おいおい・・・・

カッツ「足引っ張るんじゃねーぞ!!」
アルト「そっちこそ!!」

拳と剣でバルハークの氷をぶち破る二人。

なぜだ、壮剣カーヴィナルの持ち主がなぜ、その剣を私に向ける!? 釈然としないバルハーク。
アルトやミルキィが海をわたるために銀鯨狩りに参加したからです。死神を封じた剣を持つアルトが海蛮に属していることが納得できないわけですが、伝説の武器が行方知れずになって、どこの誰とも知れない人間の手に渡っているのは、よくある話だし。
ゴクドーくん漫遊記じゃあ、ゴクドーは魔剣とともに通りすがりのよっぱらいに預けられてましたしね。
ヤマトタケル(アニメ)では、三種の神器のうち、ヤタの鏡は、ヤマトタケルが仲間の命との二択を迫られて、仲間の命を選択したために、ミカヅチの手に渡りましたし、タケルが三種の神器を手に出来たのは、最終話で、しかも、ミカヅチが倒れた後、彼が落としたそれを身につけて、でしたからねえ。
それにドラゴンクエストロトの紋章(無印)では、ロトの剣、ロトの鎧などが異魔神の手に落ちてしまっているように、最強武器が魔王などの手に落ちることもあるわけですから。

まあ、銀魂で、銀さんの持っている木刀を刀狩をしてまで、捜し求めていた奴もいて、しかも、その攻撃力が半端じゃあないものを通信販売で売っていたというギャグにしかならない話もありますけど(笑

代々、特定の家系や、ある条件を満たしたものに受け継がれていく武器や術などもありますが、その反面、長い間、行方知れずで、人から人の手に渡るというアイテムもありわけですし、バルハークの知識には、ムラというか、偏りがあるみたいなので、彼は壮剣に関しては、死神を封じたという伝説と、そのデザインに関しては知識が在るようですが、長いこと失われていたか、あるいは、壮剣を操ることが出来る人間には、条件があったのでしょうかね? ウォーゼルやグロゼオ達もカーヴィナルや死神の鎌に関する情報、徳にデザインは知っていた見たいですから、どういうデザインをしているか、というような情報だけはしっかり残っていたか、あるいは、少なくとも、何年か、あるいは、10年以上前(アルトが物心つく前)には、八戦聖の目にとまるような人物の手(ふさわしいとされる人物)か、場所にあったということか?

アルトの足を武器で引っ掛けて、刃のある部分で、攻撃を間髪入れないで叩き込む。つづく、カッツに対しては、みぞおちに攻撃するわけですが、それで吹っ飛ばされた彼を、アルトが受け止め、その後ろにはミルキィが。
しかも、いうことが、方向考えて吹っ飛ばされてくれよ。

お前がそのせりふを言うか?と思うのは私だけでしょうか? ヤヤナーナでは、考えなしにザイナーハの攻撃を当たり構わずに跳ね返していたのは、どこのだれですか? それで、自分の仲間が倒れているときだけ、そのセリフって、無茶苦茶なのはたしかだけど、それはどうかと思うけど。

自分は考えなしに被害ばらまいておいて、人には、自分の大事な物守っているから、考えて吹っ飛ばされろってのは、自分や身内だけはよくて、それ以外のことはどうでもいいっていってる内輪意識丸出しじゃないか。

先週のアルトの言動もそうだったけど、中途半端に無敵看板娘の文法のまま、この作品描いているんじゃないか?と思えてしまうのですが・・・・・。

壮剣を真正面から振り下ろすアルトに、かがめと声をかけて、ショットをぶち込むカッツ。
彼らの戦い振りを見て、アルト達にも、守るものがあるのだなとか悟ったようなことを言うのですが、ミルキィやられたときの態度美りゃ、一目瞭然でしょう、それ。

バルハークの過去が明かされるわけですが、海でいけにえとして、神にささげられていた女性を助けて、海に神などいないとかいってのける彼ですが、

それはそれでどうよ、と思いますが。

海蛮におびえ、迷信に踊らされ、若い命を易々と・・・。

それに対し、度重なる略奪を受けても何も出来ず、神様に頼るしかない。そのお役に立てるならという女性。

そういうことを言えるのはバルハークが銀鯨とか呼ばれて、海蛮を蹴散らせるほどの力を持っているからで、人には、生きるための支えが必要だし、そのために、何かを信じて生きるということは大事だと思いますけどね。
まあ、行き過ぎた伝統やら、その心に付け込んだカルト宗教やら、それによって、他者の信じているものを迫害する行動とかにエスカレートするなどの行き過ぎた行為もろもろは許されていいものではありませんけど。
意味のないいけにえにされている彼女を助けた行為はともかくとして、それを神などいないとばっさり切るだけなら、進歩的な考えでもなんでもないし、ただの力を持ったものの傲慢でしかありません。

女性ウェンディを村に返してやり、そして、海蛮を叩きのめすバルハーク。今まで、何をしても、我関せずだったということで、好き勝手をしてきた海蛮に、海の神が怒っているのだと言い放つバルハーク。

要するに、力を持っていても、それを自分のためにしか振るわないとまではいかなくても、何が起こっていようと無関心で、見過ごしてきたわけで、本当にアルトがそのまんま、年を取ったような男だなあ。
アルトは父親の野生の一部始終に手を出すなと言われて、その言葉を守って、そこで行われることを、見過ごすような事をしているわけですが、バルハークは神などいないから、そういうものを信じても無駄、と言い放ち、神を信じるというかバルハークからすれば、迷信に踊らされている人たちを見捨てていたわけですから、ひょっとすると、力がなくて、しかも、神を信じて、それに縋るしかない人を軽んじていた様なところがあるとか、自分が力があるから、ほかの人間もそういう風に生きれるというタイプの偏った合理主義者なのでは、と思えてしまいますが。

迷信によって、人の命がいたずらに失われたりするのを怒るのは間違ってはいないけど、今まで見過ごしておいてというか、それに気がつかないで、何もしてこないで、そういう無知への怒りを掲げておいて、しかも、それに対して、対抗できる、そういう無知がもたらす犠牲に対して、怒りを唱えて闘うことが出来るのに、それをしてこなかったわけですから、神はいないとか、無常を振りかざしておいて、自分が神はいないとか、そういう真実とか知恵を知っている立場にいたり、その力を手にしていることに満足していたタイプということでしょうかね?

ワンピースのノーランドはシャンデリアで迷信のために失われる命に怒り、そして、命を守るために、疫病のワクチンになる薬を作ったり、これ以上の犠牲を防ぐために、知らなかったとはいえ、木を切り倒したりして、怒りを買っても、大事だと思ったから、それを行ったわけですし。

神はいないにしても、だから、なにをやってもいいというわけではないですし、神を信じて、日々を必死に生きている人たちを軽んじて良い訳はない。

自分は何のために戦っていると自問自答するわけですが、海の平和って、全然、守っていないだろ、それ!!

しかも、ウェンディに婚約者がいて、まあ、そのあたりまでは、スキになって、好きになった相手に婚約者とか恋人がいて、ショックを受けるのは、まあ、良くある話なので否定はしないけど、良かったといいながら、そのショックで、海蛮を見過ごして、彼女のいる村が襲われて、彼女がいる村が襲われて、彼女が倒れたって、

完璧な自業自得じゃねえか!!

まあ、彼女の笑顔のためとか、彼女のために希望を見出して、闘う理由にするのはともかく、力を持っていながら、自分の気分次第で、戦ったり闘わなかったりして、それによって、誰が泣こうがお構いなし。

どう考えても、海蛮のこと、どうこういえる人間じゃねえだろ。

あるがままに生きろという言葉を、手前勝手に解釈するかのような言動、自分の気分次第で、戦うかどうかを決めたり、そのために他の人間がどうなろうと、お構いなし。自分が傷つくのを最大限避けようとして、相手を勝手に悪者扱いする、もしくは、その面倒を押し付ける。

明らかにアルトがそのまんま成長したようなはた迷惑な人物です。

こいつに伝説の剣の持ち主がどうこうとか言えるような資格があるとは、どう考えても思えないのですが・・・。

それとも、そういう言動はファンタジー云々で、PUNISHErを批判する意見に対する皮肉ですか、これは? まあ、さすがにそういう意見に関しては、金八先生云々で、ファンタジーじゃないとかまで言う人もいるくらいだし、ワンダー云々は、大抵は、ビジュアルで、ファンタジーっぽい作品に、ああいうキャラが出たから、ファンタジーじゃないとかいう人も多かったけど、ファンタジーというかRPGというのは、最初こそ、ヨーロッパの中世とか、ギリシャ神話っぽい世界観で作られていたけど、中華風の世界観は取り入れるわ、日本の和風テイストはとりいれるわとちゃんぽん状態だし、FEARのようにパロディ要素満載、メタナ発言てんこもりな作品も珍しくはないのだし、SFとファンタジーの融合というのも、よくある話ですからねえ。
ビジュアルだけで、脊髄反射的に批判して、そのまま来ているじゃないか、とか思えるところありますし、ファンタジー云々で、この作品を批判する意見で、納得できた意見って、殆ど見受けられませんでしたから。

でまあ、何をやっていたのだ、と自分を責めるのですが、バルハークのやっていることは、明らかに海を守っておりません。っていうか、女性一人守れなかったって、自分の気分次第で、戦かったり、、闘わなかったりして、きまぐれで力を振るっているだけで、浅い以前の問題です。

でもアルトが、ミルキィを守るというか、一緒にいるのだって、結局は、ミルキィが死神になったら、壮剣を仕える彼だけが死神に対抗できるわけですし、しかも、そう簡単に死神によって、死をもたらされる子尾Tがないから、その運命からは避けられなくて、最終的にミルキィを殺してしまう可能性が高いからですし。
しかも、ミルキィが死神になったら、まっさきに殺してくれというように、自分が嫌な思いをしたくないから、ミルキィを死神にしたくはないという魂胆が見え見栄ですからね。

だから、ミルキィに一緒に強くなろうというのは、お互いがお互いを支えあうというより、ミルキィが強くなって、自分を必要としなくなることを恐れて、という意図のほうが強いように思えてしまいますからね。

あるとの一撃を受けたバルハークは、同じ過ちは繰り返さないとかいって、クレイモア地雷のように、ヘルズブルーという爆発を起こして、相手のいる地面を破壊する技を使うわけですが、思い切り過ちを繰り返しているのでは?と思うのですが、バルハーク。

というか、海蛮w年に一回叩きのめしてはいるけど、それだけみたいだし、しかも、海蛮は付近の漁村を襲ったりしているわけですが、それに対して、何のリアクションもしていないわけですから、全然、海の平和を守っていないような・・・・・・。

まあ、迷信というか、無知に踊らされて、人をいけにえにして、神に縋る人たちに対しても、怒りみたいなものを感じていて、助けるに値しないとか勝手に思い込んでいる可能性もありそうですし、ウェンディも利用されたとか思い込んでいる(勝手にバルハークが彼女に希望を見出して、勝手に絶望しただけです)からとか言うのじゃないだろうな・・・・・。

前述したように、バルハークがそれを迷信だとぶった切れるのは、それを言い切れるだけの力があるからで、殆どの人には、それは難しかったり、無理だったりすることが多いわけですからね。
自分の基準でしか、人をはかっていないうえに、それで、助けるかどうか、とか選定している可能性もありそうですし。
力を持っていても、それを自分の欲望のためにしか使わないというのであれば、それは自分にとっても、周りのものにとっても不幸でしかないということを言いたかったのかもしれませんし、今のままだと、アルトはこのバルハークと大差のない人間になってしまうということを言いたいのであれば、描き方としては、ありかもしれません。

ただまあ、英雄も一人の一人の人間であるとか、アルトやミルキィの成長というか、弱さを描くことをやたら強調しているわりには、アルトやミルキィに対して、彼らの行動を野放しにして、それに対して、意見を言ったり、成長を導く(ウォーゼルは、自分の都合の言いように誘導しているだけ)ような存在がいないような状況にするだけではなく、さも、アルトやミルキィが優しくて、正しいというような描き方ばっかりしていて、彼らの負の部分をぼかすようなことをしていて、ムリヤリ主人公として表現しているから、描かれる物語に納得がいかないものを感じてしまうわけですが。

無敵看板娘の時は、おかみさんのように、美輝のやっていることまったwかけれる人間がいたし、曲がったことは嫌いな人間として描かれてはいたけど、それだって、作中でも言われていたけど、自分の欲望をストレートに出していて、それが善行に偏っているだけでしたからねえ。


アルトもミルキィも、表面上はともかく、似たような内面ですから、おたがいに刺激しあって、成長するというのは難しいうえに、牢屋に閉じ込められたリブリはともかく、それ以外の場所では、特別扱いを受けたりして試練らしいことは全然やっていない上に、騒動に巻き込まれても、それには極力関わらないで、目的を目指していただけなので、そんなことで成長なんて、するわけがない。
そういう相手に叩きのめされながら、くじけず、腐らず、挑戦し続けて、曲がったことを嫌うキャラを保ってきたからこそ、勘九郎をヒーローとして描く説得力をもてたわけですが、カッツを勘九郎ポジションに置くにしても、アルトとミルキィでは、美輝のようなポジションにしては、役不足と思いますしね。
スキは相手の体を念動力のような力で、相手を捕獲して、懲らしめる力があったし、ワンダーは、それすらも、無効化して、あの場に乱入する力があり、ザイナーハはいうまでもなく、誰が見ても明らかなパワーキャラ。
しかも、なまじっかなことじゃあ、敵わない強者なわけだから、ことあるごとに八戦聖にぶつかっていき、返り討ちに合うけど、カッツのほうが試練というか、鍛えられていることは確かですからね。
アルトが、ミルキィに対する怒りを叫んでも、説得力がないのはある意味、当然の帰結なのでしょうね。

語りたいことのために、個性あるキャラを主人公周りからはずしたり避けてしまていることが、裏目に出るという典型的なパターンですからねえ。まあ、個性あるキャラを出せば言いいってものでもないわけですし、主役大事の話を描く人は、キャラの個性に応じて役目を振り分けるというようなことをやりませんからね。
個性的なキャラを多く出しても、そのアクの強さで描きたいことがかけなくなることも、またよくあるのは分かるけど、遠ざけすぎても、かけなくなってしまいますからね。

英雄が、民衆の犠牲にされるということをバルハークのエピソードで語りたいのかもしれませんが、裏切られたと怒るほど、海の平和のために戦っていないしなあ。

成長物語で、最初のうちは、極端に弱さとか、苦悩とかを抱えていても、それだけで、それに打ち勝とうとする心をまったく持ち合わせていないで、しかも、何もさせないというか、何かさせるために手管を使わないというような、失敗しやすいタイプのように見受けられますし。何もしないことが等身大の弱さとかそれを持ったリアルなキャラだ、とか、思っているような節がありますからねえ・・・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2009-04-09 12:11 | コミックス
<< やりたいことは・・・・ そうはいっても >>