序盤の頃ならともかく・・・・

トラブルといえそうなトラブルって、この作品ではそうそう起きないというか、起きたとしても、強力な助っ人に力を借りて、クリアというケースが殆どですからねえ。作中で言うほど、トラブルに見舞われているとは思えないのですが。

ましてや、ハヤテのように話の進行が遅いと、玉数も多くならざるを得ないのかもしれませんが、それでも、桂姉を始として、強力なキャラを出しておいて、それらを使わないで、ムリヤリ、ハヤテ中心で話をすすめるから、話の展開が不自然っぽく見えてしまうのでしょうけど。

そうだとしても、それらをクリアするのが、手段を選らばなすぎるというか(必殺技のときのように、色々とヒントをつかもうとしている描写はあるが無茶というか、無駄な手順を踏まなすぎる上に、ピンチになったら、力はお前の中にあるというような理屈(ある意味、間違ってはいないのだが)で、急に力に目覚めた描写をして、ピンチを脱するから、ご都合主義のように見えてしまう)ようなことそれにしたって、定番外し故の快感もないから、しっくりこないのでしょうけどね。
ある意味、桂姉のようなキャラの描き方(酒飲みでだらしない)というようなイメージのキャラを、分かりやすく描いてしまうのに通じるものがあると思いますが。

でっ、先週の続きですが、いきなり、帝が三千院家に訪れて、クラウスに誕生日おめでとうとか言うわけですが、一族の一番えらい人間として、そういうフォローを忘れないというところもあるのでしょうけど、クラウスの扱い、誕生日を忘れられたり、置いてきぼりにされたりしているから、それに対するフォローをして、バランスを取っているつもりなのでしょうかね?

先週の引きを蹴っ飛ばしての登場に、かなり最悪の登場とか言うクラウスですが、この手のすっ飛ばしで、そのまま、桂姉とガンプラ教師のエピソードに持っていくように別のエピソードでひっぱって、終わりにぽんと出すような引っ張り方とか、顰蹙ものでしょうが、そこまで続きが気になるような終わり方じゃあないし、何度も、この手の引っ張り方で、別エピソードをそのまま、描くとか言うことやっていますから、またか、と思うだけですからね。

クラウスがまだ五十代ということで、驚くというか、むかつくとか言う帝のじいさんですが、世の中には○学生と変らんような容姿をしている五十代もいるから、クラウスの容貌で五十代は意外と驚く対象にならないと思うのですが。
そこまで行かなくても、この年代で、10~20くらい若く見える人は意外と珍しくも無いと思いますが。

お互い年をとりましたからねというクラウスに、老け込んではいないという帝。水○奈々のツアーに参加しているとかいうのですが、世の中には、何もしなくても、生命力が有り余っている人間というのはいるもので、そういう人間は、若そうな趣味に首を突っ込んでいなくても、若いので、帝のやっていることは、逆にいえば、老け込んでいないと思わせるためのポーズでしかないこともあるのですけどね。

神父の場合は、本気でアレだとは思うが、それにしたって、既に死んでいて、しかも、あれで霊だから、若い姿をとっているということだから、若そうなビジュアルが説得力を持たせている面は大きいだろうから、ある意味、論外だし。
シスター(モノホン)も、ちょっとだけしか出ていないし、しかも、テニプリミュージカルにいくような行動力云々は神父の説明セリフで処理されているから、これだって、実際、そういうキャラに説得力を持たせられるかは怪しいものだし。趣味が若いというのと、老け込んでいないというのは、また別の話だと思いますが。一部の趣味は効果を発揮するという話は聞きますけどね。

それに対して、年齢を考えろと突っ込みを入れる咲夜ですが、年齢というより、理性の問題というか、欲望を抑えれるかどうかの問題のような気が。
咲夜が三千院家に来たのは伊澄がミコノスにいるから、迎えに行くとか言う話ですが、年末に置いてきぼりにしていたのは、どこの誰でしたっけ?まあ、伊澄の霊能力者稼業知っちゃいましたし、しかも、伊澄は親友から大事な相手すら躊躇なく奪うというか、自分の欲望に忠実な人間だから、そういう人間で、しかも人間離れしている相手の機嫌は損ねたくはないでしょうからねえ。
それにラスベガスではろくな目に会わなかったというか、咲夜は自分が楽しめればいいという人間なので、面白くするために、労を惜しまないというのではなく、自分が面白くしてもらって当たり前というタイプなので、面白くしてもらえそうなところに転がり込みたい、というのも本音でしょうね。
帝は、咲夜に自家用の早いジェットを貸すわけですが、海外は危ないぞ、という思わせぶりな言葉を口にするのですが・・・?

周囲の人間にせっつかれて、桂妹に何か告白したいことがあるのでは、ということを直接問いただすハヤテですが、これだって、他の人間が見ている前で、自分が何も気がつかないというのは、外聞が悪いというような感覚もあるでしょうし、相手が言わないのに、それを強引に尋ねるというのは、それこそ、自分が知りたいというような考えが先に出ているわけですからね。
そもそも、自分に何か言いたいことがあるのではないか、というようなことで、人に言われる時点で、大抵はアウトになっていることが多いというか、自分がまずいな、と思い浮かんだときは、大概手遅れであることが珍しくはありませんから。

おまけに相手は、負けず嫌いですの性格ですし、しかも、自分から言おうとしているところへ、相手から言われる、もしくは相手に何か言いたいことがあるのではないか、といわれるのは、これまた、相手を刺激してしまう行動なのですよね。
この場合、桂妹は、ハヤテにスキだといおうか、どうしようか、考えているところへ、、「言いたいことがあるのではないですか?」と聞かれているわけで、ハヤテにしてみれば、相手の意見を聞こうとしているつもりなのですけど、桂妹にしてみれば、自分の言いたいことが分かっている上で、さらに、ハヤテは相手に、ハヤテのことをスキだと、桂妹自身の口から言おうとしている。自分から言おうとしていることと、自分が相手のことを好きだ、といおうとしていることを、自分の口から、言わせられる。というのは似ているようで違うわけですからね。
勘違いといってしまえば、それまでですが、ハヤテの場合は、そう思われるだけの前科がありますから。マラソン大会~地下迷宮で桂妹の弱みに付け込んで、卑怯な手段で勝った挙句、誤りもしないで助けを請うているわけですから、桂妹が困っている人を見過ごしては置けない正確なのを見越した上での行動を取っているわけで、桂妹から見れば、現状のハヤテの態度も、まさにそれに見えてしまっているというのが問題なんですけどね。
だから、負けず嫌いの桂妹の場合、自分から好きだと認めるにしても、相手がそれを認識していたうえで、それを言えといわれるのは、負けを認めるというか、相手にイニシアティブをゆだねることになるわけだから、意地でも、うんと言うわけには行かないし、しかも、目の前のハヤテの態度は、自分で考えて、自分の悪いところに気がつくというよりも、相手に直接教えてもらおうというような態度を丸出しに、つまり、自分がそうしたいという感情を押し付けているわけだから、悪循環に拍車が掛かってしまっているわけです。

まあ、ハヤテの場合は、こういう誤解のメカニズムを重要なエピソードというか、イベント編でしかしていなくて、通常エピソードでの積み重ねを行っていないから、その誤解のやり取りに説得力がないわけですが。

逃げられるのは、自業自得なのですよね。

戻ってきたハヤテは、彼をからかおうとする三人娘のお色気攻撃にも反応せずに、沈んでいるわけですが、普段の自分の言動、棚に上げて、逃げられたからって、沈まれてもなあ・・・。そもそも、今はお嬢の執事なわけだから、露骨に沈んでいるようなところを表に出すのはどうかと思うけど。
それに桂妹以外の人間に、今の段階で、そのお色気攻撃に引っかかるほど、優先度が高いとは思えないし、何か仕掛けてくると身構えてしまうのは、明らかだと、警戒心もあるだろうし。
反応しないハヤテに気分を害した三人娘、というか美希と理沙はハヤテを袋叩きにするわけですが、ひっかかったら、ひっかかったで、桂妹相手に誇張して、話を伝えたりして、面白がるためだったりするのだろうけど。

愛歌はハヤテに帝からの手紙を渡し、去っていくのですが、そこに書かれていたのは、帝と林原めぐみのドリーム小説で、それを見たお嬢が捨ててしまえというのですが、人のこと言えるのか、お嬢は?
お嬢のマンガ、それに限らず、創作というのは基本的にイタいもので、これと大差のない代物だと思うけど。それに付き合えるか否か、の内容であるかどうかの違いがあるだけで。お嬢も大差はないような。
まあ、いきなり、ドリーム小説、見せられたら、それは怒るだろうけど。
でも、私の知っている限り、林原ファンの言ってることって、これと大差のないこと言ってた人が多かったような気がするけど。

っていうか、ハヤテも、そのあたりを先に呼んで、お嬢に見せないくらいの機転を利かせるとかすりゃあ、いいものを、と思うのだが。

手紙の本題は遺産相続の条件が分かりにくいのだそうですが、そういうことを説明するなら、もっと早く説明すればいいものを。4ヶ月近く経っているし・・・・・・。
でまあ、ハヤテのしているペンダントを手に入れるか、破壊するということで、無くしたりすれば、遺産相続の資格を失うのだそうで。
ハヤテのペンダントを見て、なんで、その石を、というお嬢。それを説明しようとした矢先、ギルバートが現れるわけですが、ハヤテのペンダントに関しては、アテネもそれを求めているわけですが、これまでの情報から考えるに、このペンダント、正義を行うための入れ物か、呪術装置ということでしょうかね?
正義というより、プラス方向の人並みはずれた精神エネルギーを蓄える装置というところでしょうか。
第一部では、これをしていて、不幸をより呼び寄せるような描写があり、伊澄がそれを中和したようなことをしておりましたが、正義を行う人間には、困難がついて回るものですし、それを乗り越えることで、正義を証明するものでしょうし。
ハヤテは、王族の庭にたどり着いたのは、父親が給食費を盗んで、しかも父親が悪いことをしているから、というので、自分も似たような目で見られたりして、本当のことを見ない、分かってくれないことに対して、絶望したわけですが、強く真実を訴えようとしたという見方も出来なくは無い。
まあ、人間、無難に生きていれるなら、正義を主張する機会にめぐり合うことはすくないわけですし、あったとしても、それよりも、無難に生きることを選ぶ人が殆どでしょうし。それに一瞬の正義ならともかく、正義を行い続けるだけの精神力というのも、並大抵のものではないので、その精神エネルギーを入れておく器と、方向性を制御するような仕掛が必要だと思いますからね。
ハヤテにしても、王族の庭城で自信をつけて、イズミを助けたことで調子付いた挙句、それで、アテネと両親と一緒に暮らそうとしたあげく、それに失敗して、アテネを失って、自信やら幸せやらを失ったわけですから。
自分の正しいことを行おうとした挙句に、大事なものを失い、それを行うことに対する自身も失ってしまい、そこから立ち上がらないで、それに背を向けて、生き続けてきたわけですし(謝る云々にしても、兄貴に慰められて、、アテネに関しても、自分が正しさで相手を助けれなくて、という風に己の信じたことをやり遂げる意思というものに、ひびが入ってしまったわけですから(そこから、立ち直るにしても、大抵、時間は掛かってしまいますけどね)。
ペンダント無しで、王族の庭城に入ることは敵わないということか、それとも、ハヤテが、ペンダント無しで王族の庭に入るような芸当でも見せるということか?ただ、ハヤテのような言動やっていると、「正義」の見せ方というものに納得できるような描き方になるとは思えないのですが・・・・・・。
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by kwanp | 2009-04-15 22:29 | コミックス
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