新章突入ですか

練習試合をすることになった空手道部。

私立蓮城高等学校と、にやりと笑いながら、学校名をいう青柳。上級生メンバーの表情に戦慄が走る。

っていうか、こいつらしかいないのか、上級生(汗)

そういえば、コミックスは今回は、第一巻だけが発売のようですが、それこそ、一、二巻同時発売の方がよくないですか?

一巻に収録されるのって、穂波がすき放題やっていて、半座をイビるかイビらないか、のころですよね?

どう贔屓目に見ても、穂波の言動が鼻につくので、同時発売でごまかしておいた方がいいのじゃないかとかなり本気で思えてしまうのですが。コミックスから入った読者に2巻まで何ヶ月も待てというのは、いささか、精神的にキツいのじゃないですか?

後述するけど、突っ込みどころが多かった先週の話だって、パッと見には盛り上がったように見えるわけで、評判自体は悪くなかったわけですし。

私個人は、何度も指摘しているように、それまでのストーリーで喧嘩三昧の生活がいやになって、高校デビューして、変わろうとして、結局変われなくて、新しい目標を見つけるまでのいきさつが雑というか、とりあえず、パターンなぞりましたみたいな軽い流し方が好きになれなかったのと、穂波のイビりがあっさりと終わったという風に、そこ至る過程がおざなりだし、それでいて、穂波のキャラを無理にヒロインみたいに描こうとしているわけで。

無敵看板娘だって、第一話で主役がげろはいたりしていたけど、あれはギャグだったからなんとかなったわけですし、鬼丸美輝の言動だって、ギャグだから、笑って済ませれた部分も少なくはなかったというべきか、あれはひとつの場所に定住しているからこそ、なんとかなっていたというところが大きいわけだからなあ・・・・。

佐渡川作品の場合、メインの女性キャラ(女の子というほうが近い気もするが)はやりたい放題やっているわけだが、ぶっちゃけていうと、欲望に対する理性というか、常識の押さえが存在していないわけで、何かがあると、即、それに反応するという、脊髄反射といえば、聞こえはいいけど、何も考えていないというのが実情のキャラが多いわけで。

この漫画が始まって、感想を書くようになってから、つくづく思うのだが、弟子の吉谷やしょさんの漫画では、師匠の作風と一見、よく似ていて、腕っ節の強い女性キャラが多いし、ハイリスクみらくるなどは、成績優秀、腕っ節が強いと設定だけ見たら、完璧超人というキャラであるが、暴れているイメージしか連想できないというタイプが多いのだが、欲望のままに動く相棒、もしくは身内に突っ込みを入れる常識人っぽいキャラというパターンが多いわけで、師匠を反面教師にして、話書いているのじゃないか、とかんぐりたくなる節があるのですよね。

あねちっくセンセーションも、無敵看板娘では、こういうことをやりたかったのでは? と思えるような内容だったので、二人旅なヒロイックファンタジーやったら、本家より、納得できるような話になっているかもしれませんね。
さすがにそれは露骨過ぎるからないでしょうけど。

要するに、人間生きていれば、いろいろとしがらみとか、制約が作られてしまうわけで、それらと折り合いをつけて、生きているわけですが、佐渡川作品のメインの女性キャラ(ヒロインとよぶ気にはなれない)はそれらがない。だからこそ、「~だから」という理由でミルキィ、こそ泥レベルの犯罪に走ってしまうし、穂波も不良に喧嘩を売り、不良だからという理由で半座を追い出そうとイビりと極端な暴力的な制裁を加えようとする。

勘九郎がヒーローになれることがあっても、美輝がそれになれないのは、そういう一線の有無というそれだけだけど、大きな違いがあるからだ、と思う。

一線といえば、わかりにくいかもしれないが、平たく言うと、手段を選ぶかえらばないか、ということで、正統派のヒーローって言うのは、手段を選ばないといけないし、一番難しいやり方で物事を解決しないといけない。

鬼丸美輝をはじめとして、佐渡川作品のメインの女性キャラには、そういう部分がすっぽ抜けている。

じゃあ、なんで、鬼丸美輝というか、無敵看板娘がおもしろく見えるのか、といえば、ギャグであったということを別にしても(同じようなことかいても、受けるとは限らないしね)、善行にも躊躇がなくて、自分の体を張っていた、ということが大きいのだと思う。
なにせ、仕事中(主に出前)に、それを放り出して、人助けをする。冷静に考えてみれば、ある種のだめ人間であるわけだし、善行を積むのも躊躇がないということは、

ある意味では怖いことでものだけど。

というのも、人助けをするにも、いろいろと方法があるわけですが、ドラマ相棒で寺脇さん演じる亀山薫退場のシーズンの最初のエピソードの還流、海外でのNGOに関する物資横流しがらみの事件で横流しで得たお金を、海外援助のために使おうということだって、手段を選ばない、法を破ってはいるけど、こういう風に結果的に人助けになっている、簡単に判別をつけにくい類の行為に分類できる。

無敵看板娘作中でも、美輝の暴力によって、町の治安が守られているというようなことが説明されていたわけだが、これだって、突っ込んで描写していれば、穂波のように、自分の思い込みだけで不良を撃退していたというようなケースだってあったかもしれないが。

このあたりはぎりぎり、許容範囲だったにしても、善行を行うために躊躇をしないということで町の人たちの手助けをしているという構図になっているので、少年漫画的な快楽原則にもマッチしていた。もっとも、これらはまじめに生きている人からすればおもしろくないこと、この上ない。

生きていくために見過ごしている、あえて蓋をしていることも少なくはないのに、持ち甘えの腕っ節と、自身の欲望をフルスロットルさせて、人助けを行い感謝される。それに反比例して、社会人としての能力はあまり高くないで好き勝手ばっかりやっている。

これはまじめにやっている人からすれば、不愉快きわまるのだが、まんま、穂波が批判していた更正した不良とパッケージが違うだけで、中身はそう大差がないと思えるのは、私だけだろうか?

ギャグでやっていたがために、あらとなる部分が隠れていたということもあるのだが、ギャグがうまい人の中には、シリアスもちゃんと書ける人もいるのも確かではあるが、どうも、無敵看板娘、Nまでは突込みがあっただけではなく、それがあったことによって、いくつもの視点が存在していたのだが、
PUNISHER以降はそれが存在していないで(突込みがあったとしても、それがなければ、説得力がない)、そのままやっているあたりを見ると、そういう条件には当てはまらないのではないか、と思わずにはいられない。
後は、ギャグといっても、受けるギャグには大まかに二通りのギャグが存在する。どうすれば、人に受けるかをちゃんと考え抜いて、楽しませるギャグと、安直に受けそうな要素を使って、他人を笑わせようとするギャグで、佐渡川氏はどう贔屓目に見ても後者で、こういうギャグを使う人というのは、自分や、その周囲の身内の感覚だけで、ものを考えるというか、それ以外の観点を全然、考えないというケースが少なくはない。

ヒロイン? なのに、ヒロインとして扱ってもらえないキャラというのは、影が薄いという理由のほかには、ヒロインにあるまじき言動の数々を繰り返すというタイプのキャラがいて、佐渡川作品のキャラは間違いなく、このタイプであろう。

このタイプはヒロインとして扱ってもらえなくなるのが常であり、ヒロインとしては振舞ったこと自体がギャグになるキャラも珍しくはない。

しかし、こういうキャラを無理にヒロインとして描こうとしている、というのも、PUNISHEr以降の作風に見られる特徴だったりする。

とはいえ、一年や二年ぐらいじゃあ、無敵看板娘のノリに戻るのは難しいだろうし前ほど、素直に楽しむのは難しいように思えますし。

いやまあ、ミルキィでもヒロインにしようと思えば、できる素材だと思いますよ、あくまで素材は。

ただまあ、佐渡川氏って、少年漫画に必要な常識破り(非常識な言動とは似て非なるもの)の要素が薄いわけで、ミルキィとか穂波のようなキャラには、こういう要素が必要不可欠なのですが、それがかけているので、不愉快な要素が前面に出てしまう結果になってしまう。

ヒロインらしからぬ言動をするヒロインというのは、今や珍しくはないですし、無敵看板娘第一話でもヒロインが吐くことを描いていたわけですが、こういうヒロインというのは、王道破りと同じですが、王道破りをやっているというだけの話でしかないのですが。
まあ、ミルキィはこのあたり全然だったわけですが、穂波に関しては、言動を振り返るとその反省を行おうとしていた節はあるみたいですが、自転車置き場での善行は半座にやらせていて、自分はやっていなかったし、不良にけんかを売るのも、助けに入った半座を袋叩きにするということをしていたわけですし、鬼丸美輝ほど、善行の面において、体を張っているというイメージを与えることはできていない。

しかも、この手のキャラを魅力的に見せる手段として、できるだけ出番を与えないというやり方があるのだが、穂波の出番の少なさはそれが理由な気もするのだが、たまに出てきて、首を傾げて、さらに、不愉快なことしか言わないわ、それでいて、ヒロインというか、作者の主張を代弁させようとしているようにしか見えないわ、で、正当化されて、主人公を叩きのめすような展開を延々と続けられる。登場人物の言動に首をかしげるといっても、突き抜けていれば、あるいは、それはそれで、開き直って楽しむという方向があるのだけど、変に常識的ですから、それも難しい。

その上で、ヒロインとして、むかないキャラを無理やりヒロインとして、シリアスに描こうとしているわけですから、無理が出てくるのは避けられないわけです。

右足踏み出して、下段払いと号令する青柳。

「違ーう、前足と後ろ足がそろっている
半座の姿勢がなっていないと竹刀片手に指導する穂波。反転した途端、普通に指導しているように見せているなあ。

半座は、「いきなり、何だよ、この立ち方は! 中段逆突きはどうした」というのですが、

前屈立ち 基本動作における基本動作のひとつ、空手の安定した体重移動のイロハはこれで覚えると説明する穂波。

初心者が中段逆突きなんて、10年早いというのだが、あんたがやらせたんだろ、それも一週間も。

この手のタイプは気分しだいで、友好的にも敵対的にも、コロコロ変わりやすいですからねえ。
それに体育会系的な性格が加わると、こういうタイプは調子のいいこといっておいて、肝心なところで頼りにならないというのも加わるわけですが。

まあ、空手の腕前が突いている野田のバージョンアップなので、さもありなん、というところでしょうけど。

ギャグのつもりでやっているのかもしれないですが、アレだけのことをしていて、そこをスルーするあたりが、都合の悪いところをうやむやにしようとしているような印象を受けてしまいますしね。

予定を繰り上げて、組み手の練習だ、という青柳。穂波にも自分の稽古をちゃんとやれ、という。

いや、あんたも指導はちゃんとやれよ。

番場たちの組み手を、雑巾がけをしながら見ていた半座は、朝から気合が入っているというのですが、野田は、そりゃそうだろという。
というのも相手が相手らしく、去年の県大会の男子団体戦の優勝校、全国でもトップレベルの空手道部だと説明する野田。

この空手道部も去年、負けているらしく、
「復讐心もあるんだろうな、ここしばらくは荒れるぜ? 先輩方・・・」

言いたいことはわからなくもないが、公式のルールにのっとって、実力で負けたわけだから、復讐なんて、言葉使うのは、相手が悪役みたいに見えてしまう印象もでてくるので、どうかな、と思うのだがそりゃまあ、勝利に対して、貪欲であることを表現したかったのだろうけど、雪辱戦とか、ほかにいくらも、使い勝手のいい言葉あったのじゃないか? と思えてしまうのだが。

というか、穂波のシゴキを放置していたのって、この練習試合が早くから決まっていたから、ものになりそうな一年生鍛えるためだとか言うのじゃないだろうなあ。心情的には無理もないかもしれないけど、一歩間違えれば、不祥事確定の行動放置していい理由にはならないだろう。

青柳や番場よりも強い奴らと聞いて、驚く半座。

人格破綻者ぞろいなのですね?

この漫画にでてくる登場人物に人格と強さが伴っているキャラを期待するだけ無駄だというのは、この三ヶ月でとことん、思い知らされましたからね。

穂波にそこ、何を休んでいると怒鳴られるのだが、大事な話が、と取り繕う野田。

それを言われて、うっかりしていたと半座にわびながら(忘れるなよ、という気もするが、このあたりは許容範囲内か)、空手胴着を手渡し、
「お前の拳士としての証だ。あるいは汗で黄ばみ、血で汚れることもあるかもしれない。しかし、心だけは真っ白であること、忘れるなよ」
と覚悟を問うようにいう穂波。それにうなずく半座。

ほかの作品だったら、名場面だったかもしれませんけど、この作品ではなあ・・・。

穂波自身がその空手胴着にはじない心の白さなのか、といいたくなるわけだし。胴着に恥じない言動をいつも心がけるように、己を省みているのか、と言いたくなりますからねえ。
っていうか、血で染まるにしても、不良の血で染まっているのじゃないか、と突っ込みを入れたくなるし。正しくあろうとしているが故の暴走ではあるのでしょうけど、自分が正しいということを信じて疑わないわけだからなあ・・・・・・。

箱庭的な作品だとしても、視点というか、価値観がひとつしかなくて、無理やり、正当化されているようなところがありますから、本来、半座のような人物が空手部に転がり込むというのは、警戒されて当然だから、穂波のようなキャラが不快感あらわにするのも、決して、間違いじゃないのだけど、不良相手にけんかを売るような言動とか、礼儀作法云々とか言いながら、人を殴りつけるとか、全然、心が伴っていないからなあ。

たしかに、要所要所でしめることは大事かもしれないけど、それ以外は全然しめられていないじゃないか、と突っ込みを入れたくなるのですが、空手胴着が白ければ、空手やっている人間として、間違っていないという気になったつもりということでしょうか?

強さの意味を履き違えているというなまじっか強い人間には、よくありがちなたいぷという解釈になると思うけど、書き手が本気でそう思っていて、穂波がそれに恥じないキャラであることを思っているように思えるので、穂波のこれまでも、演出だとは思えないのだけどなあ。

思い込みで不良というだけで、アレだけのことをしていて、半座のセリフだけで、あっさりと半座を認めたわけですが、逆に言えば、また、思い込みで評価反転させるだけのことをやりかねないのだけどなあ。

自分のクラスで空手胴着に御門の名札を縫い付ける作業をする半座。

家でやったら、という野田に、今すぐつけたいという半座だが、不器用なのか、うまく行かない。

そこに、第一話で半座に絆創膏を張ってあげた女子生徒(名前は佐倉)が覗き込むわけで、針で指を刺して、血が流れている半座に絆創膏を張ってあげるのですが、やりづらいということで、代わりに縫うことに。

半座にケンカに空手とか使うの、とか恐る恐るたずねるわけですが、

「勘弁してくれ、俺ァもう、ケンカ屋じゃねえ」といい、胴着を見せて、「真っ白だろ」といいそうゆーこったといって、礼を言いながら、教室を出るわけですが、

たしかに、穂波のシゴキが無茶ではあるけど、実情知らない人間からすれば、たった一週間、空手をがんばっただけなわけで、散々、ケンカして暴れている人間が、それで、評価を改めてもらおうなんて、ムシがよすぎるような。

半座にしたって、がんばれているのは、強くなるという目標があるからで(恋愛という意味では、かなり疑問だが)、ある意味、がむしゃらに目標を追いかけていられる時期なのですから、がんばれて、当たり前だと思いますし。

というか、いつのまにか、野田とも仲良くなっているわけで、これも座に舎弟にされたとか思われて
も無理がないわけだし、第一話~2話で血龍ということで、恐れられているようなイメージを強調している割には、その後、全然、そういう描写は出てこなかったわけですし、穂波のシゴキに耐えているときに、そういう描写を入れていれば、反座のがんばり具合も、強調できたと思うのですが。

ある程度、変わろうとする半座を描いていれば、これだって、変わろうとする半座の決意の表れというように見えたし、恐れられていたのに声をかける過程も、悪くはなかったと思うのですが、とりあえず描いただけの描写が多いから、この時期になって、声をかけてくるという効果も半減以下だろうし、穂波の言動の中和剤にもっと早くにクローズアップしておいたほうが、まだ、マシだったのじゃないか、とかなり本気で思えてしまうわけで。

そうだ、一人ぼっちのケンカ屋はもういねェ。どなりつけてくれる奴もいれば、心配するお人よしもいる。道を照らす奴もいる。俺は、正真正銘の御門の拳士の一人だぜ!!

胴着に着替えて、道場にやってくる半座。

まあ、このあたりは半座の主観が丸出しなので、野田は、入学早々、声をかけてきて、誘ってくれたわけだが、それにしたって、一度は襲い掛かってきているわけだし、それ以降は、半座は知らないとはいえ、半座を快く思ってはいなかったし、見てみぬ振りをしていたわけだからなあ。

しかも、番場とのつながりを強調するために、全然、描写がされていなかったわけで、ここ2~3週で、そういう描写が、少し入れられただけでしかないので、半座にそう見えるのかもしれませんが、心配するお人よしというには、説得力が乏しいといわざるをえない。

道を照らすひともいるというのも、照らしてはいるけど、自分の気分しだいで、その明かりがあっちいったり、こっちいったりしているような奴だからなあ。

なんというか、脱不良して、運動部に入部して、自分がまともになった気になって、いきがっているようにしか見えないわけだし、むしろ、こういうのは、長い時間をかけて、信頼を築きあげていくもので、短時間で評価が覆るものではないし、胴着を見せた行動だって、それっぽいことを言って、演技している、猫をかぶって、おとなしくしているだけだといわれれば、それまでですからね。

現時点で、あっさりと覆りすぎだろう。

なんか、キャラのレベルが無敵看板娘に出てきた、ラグビー部入った不良と大差ないように思えてしまう。

決意のあらわれのシーンなのかもしれないけど、増長して痛い目を見る前兆に思えてしまいます。

根底的な意味で、ケンカ屋のままだと思うし、なにか、思い通りに行かないことがあったりしたら、まだ、臆面もなく、「オレにはケンカしかない」とか、自分の不幸に酔ったセリフを平然と口走りかねないと思うのだが、半座の場合。

蓮城では先輩相手にけりを決めたり、派手に中を舞う自称期待の超新星・峰岸勝郎というキャラが出てくるのですが、リアルな描写をしている割には、このあたりのリアル漫画の境界がご都合主義が強すぎて、リアル空手をやりたいのか、それとも、胡蝶を加えた空手漫画をやりたいのか、はっきりしないわけですから。

まあ、蓮城の人格に関しては最初から期待していないけど。

今回の話は、半座を認めた直後の話で、あくまで、前に比べて、穂波がおとなしいからマシに見えているだけの話で、半座の言動は相変わらず、ムシがいいというものだし、キャラの動かし方も書き手の都合丸出し、ネットの評判を見て、それっぽく見えるように話を描いているだけで、これまでの展開考えると、説得力が低いので、うなずけないエピソードというのが正直なところですよね。
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by kwanp | 2010-04-08 13:02 | コミックス
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