ようやく・・・・

愛の竹刀って・・・、どこに愛があるんだというか、穂波のキャラだと、自分が気に入らないことで相手を殴る口実にしか見えないのだがなあ・・・・。というか、愛のムチを声高に唱える人間ほど、そのとおりであったためしはごくごく一握りだし、ハンザスカイを見ている限りでは、愛のムチに説得力は皆無としか思えないし。

蓮城との試合から、一週間が経ち、稽古にいそしむ御門の面子。

実りの多い試合だったとか、すげーヤツ、すげー戦いがたくさん見れた、倒すべき好敵手とかいってる半座ですが、

そんな素敵なヤツラ、どこにいましたか?

少なくとも、峰岸は、見かけで相手を判断して、対戦相手に対する侮辱、暴行を働いていて、しかも最初は試合にそれを露骨に表すタイプ。
半座だって、途中から、相手をなめてかかっていたようなところ阿賀ありましたから、どっこいどっこいですけど。

試合が終わったら、急にいいやつみたいに書かれているからなあ・・・。しかし、最後の最後で、親指の爪内出血していたけど、アレ爪はがさないといけないのじゃないか(汗)?

伊奈たちは伊奈たちで、峰岸に対するおとがめなしで試合に出すし。
しかも、顧問は、ひょっこり、相手校のところにもぐりこんで、おっさんよばわりした相手に、自分が相手校の顧問であることを名乗って、「おっさんじゃない」とかにらみきかせるし(こういう手合いに限って、無礼講だとか、自分に対する意見を聞くようなパフォーマンスをしたがる)。

さらには、こういう連中に因縁めいた試合をして、負けておきながら、マークされていることを想定していなくて、試合に臨む御門の面々。
あげく、ルール無効すれすれのやり方でしか、相手の隙をつけない青柳。

ギリギリの戦いですごいヤツラというのを表現したいというのはわかるけど、リアリティがそこそこあるのかもしれないが(PUNISHErではリアリティがないとか叩かれていたけど)、漫画の場合はリアリティよりも、ハッタリじゃないのか、と思うけど。

いまだと、自己満足漫画家みたいに言われているけど、かつての高橋陽一氏がサッカー知らなくて、サッカーマンガ描いたのが、サッカーやってる人間に与えた影響は大きかったわけですしね。

推理小説の世界でも、警察経験者の描く話はリアリティがあるけど、華がないケースが多いとか言われるわけで、面白い話は一握りですし。

もっと強くならないとという半座。

練習始めるぞという番場。

早くやろうぜ、とグローブをつけて、意気込む半座。
しかし、それを没収して、
「お前のような素人に必要なのは、基本と形」という穂波。

いやがらせとはいえ、いきなり中段逆突き教えていた人間のセリフとは思えませんね。

しかも、その中段逆突きだけを試合中、とことん、使いまくっていたわけだから、自分の過去の悪行目の前で突きつけられるようなものだし。
とはいえ、何も知らない相手に、かつ方法はアレしかないとかいって、わかれよ、みたいなことを言ってるわけで、自分のやったこと、反省して、それを言ってるというより、これ以上、自分のいやな過去見せ付けられるのがいやだから、基本が大事とか言ってるようにしか見えないような。

なんか、空手描写だけは評価されているこの作品ですが、今のところ、連載期間の半分を費やしてやっているのは、経験者がその拳で素人を痛めつけていることだったりするわけで(経験者が素人に対して、拳を振るうのは凶器を装備しているのと、同等に扱われるとかいう話を聞いたことがあるのですが)、そのくせ、礼が大事とか、そういう連中をすごいヤツだと正当化するようなことをやってるような描写ばかりが目に付く話になっている有様。

穂波のようなキャラが完全にダメとは思わないけど、キャラを魅力的に見せる方法を、無敵看板娘で変に学んでしまっているようなところがありますからねえ。
それに、ごたごたがあったとはいえ、専属のコーチをつけて貰って、さらには、試合にまで出してもらって、初勝利。
これで勘違いしないでいるほうが珍しいでしょう。しかも、半座の格好、誰も指摘しないで、練習試合にまできているし。


「まずは左側九時方向に下段払い、そのまま、一歩進んで、順突き。180度回って、下段払いと、その手をひきつけてからの拳槌うち」
松涛館流の基本形平安初段を教える穂波。

それをやりながら、峰岸に勝てるのか、という半座に、基本をおろそかにするなど言語道断とか怒鳴るわけですが、

自分が嫌がらせとはいえ、中段逆突き教えていたのを棚に上げて、基本を無視することを怒鳴る始末。
自分のやってたことには触れず終いって・・・。

藤木も大変ですね、という番場。穂波も地区大会の選手で、自分の練習があるのに、ということですが、

不良にけんか売ったりしているので、

野放しにしておくよりはいいのじゃないか、と思うのですが。

それなら、大丈夫という青柳。ちゃんとした指導者が帰ってくるからということですが、

指導者がいなくて、青柳のやりたい放題という批判があったから、どこかにってたみたいな設定にしたのじゃないか、と勘ぐりたくなるのですが。

ネットでの批判に対して、あれこれ、小細工して対応しているような節もありますからねえ。

御門高校の前に立つ女性。

昼休みということで、武道館にいく、半座。昼も形の稽古だということで、練習なのだそうですが、グッドラックという野田。といつぞやの女生徒。

道場へ行ってみると、吹雪マリみたいなビジュアルのキャラが空手の形をしていて、半座に松涛館空手の指定形のひとつ・慈恩と説明する。

形をやっているときは心が和むという女性。しか、半座は焦りしか感じないというのですが、

そりゃあそうでしょう、喧嘩の世界とはいえ、ぶっつけ本番一発勝負の中で勝ってきた人間が一つ一つの積み重ねで何かを為しえるということの大切さというのを、すぎに実感できるわけではないと思います。それを納得させるって、よっぽど、影響力を与えれる人物が、それを痛感できる出来事がないとねえ。一足飛びに強くなりたいというのが普通でしょう。

組み手すきなのねといて、相手をしてあげるという女性。

誰かもわからない相手と組み手をすることになりながらも、これで暴れられると嬉々として、拳を振るう半座。

穂波はアレだけど、いくら、自分が相手をしてあげるとかいっても、女性に対して、拳を振るうことに、躊躇を覚えないどころか、暴れられると嬉々として、言ってるあたり、どうかな、というか、喧嘩屋とどう違うんだ、と思うけど。

女性だからといって、手加減するなとかいう意見もあるだろうけど、暴れられるなら、何でもいいみたいな性分で、だれかれかまわず、嬉々として、拳を振るうようなヤツのどこが誇りアル武道家なのやら。

中段逆突きをかわされ、用具を置く棚にぶつかる半座。

かけ手とかいって、相手の攻撃に抵抗せずに横から絡めて、受け流すとかいうわけですが、

あなた、勢い余って、壁までいっちゃったとか音符をつけて、得意げに言ってどうする(汗)

怪我したらどうするんだか。

今の試合だったら、場外って、

喧嘩でブイブイいわせてきたやつの言うセリフじゃないだろ。

都合のいいときだけ、空手家の発言するなよ(汗)

これならどうだ、と攻撃するのですが、基本の形であっさりと撃沈させられてしまうのですが、

たしかに、どこかで半座の鼻っ柱をへし折っておかないといけないとは思いますが、結局、空手を教えるのが、ろくでなししか描けないというか、加減を知らないような連中で、変にリアルな描写がマイナス印象与えているというような負のスパイラルはどうにかならないのでしょうか?

当てるつもりはなかったとかいうけど、生徒が棚にぶつかるのも止めようとしなかったりと、そういうそぶりはまったく見えなくて、形を軽視しているやつにお灸をすえる気満々に見えてしまうのですが。ぶつかるギリギリで半座の体をつかむとかして、実力をアピールするとかいうやり方もできたのでは、と思うのだが。

しかも、おばさん、名前はと言われて、半座の足をつねって、産休明けのピチピチの人妻とか言う始末。

この作品の指導者、こんなんばっかりかい!!

しかし、生徒を壁に激突させて、平然としているのは、何かあったら、どうする気なのだろうか?

菅野真緒、空手部の顧問だそうですが、別な意味で納得できる人物です。

しかし、産休とはいえ、部の事を信頼できる人間に任せたりしないのか、というのは素人考えなのでしょうかね?
調べてみると、産前は6週間、産後は8週間でおよそ三ヶ月半ですから、1月あたりからということに成ると思うのですが、4月からの空手部のやっていることを見る限り、彼女が空手部の面々の手綱を取っているということなのか、穂波のパワーアップ版ということで、振り回している可能性もあるのですが、表面上ハイハイ、言うことに従っていて、いなくなった途端にたがをはずす。
そういう風にしか、見えない描写なので、おかみさんポジションとして、書いているつもりなのかもしれませんが、おそらくは、その説得力は無敵看板娘ほどではないでしょうね。
作中でも言われていたように、おかみさんがいなければ、美輝がどうなっていたか、わからないというようくらい、首根っこ押さえる人物でした。
PUNISHEr以降は、書き手の主張が前面に出ていた話を描く様になっていて、突っ込み役として、おかみさん的なキャラを出したところで、無敵看板娘のかみさんほど、機能するとは思えないのですよね。

PUNISHEr以降は、自身の主張をそれを代弁するキャラに語らせていて、それを無批判に正しいと言い切ってるような状況が続いているので、おかみさんほど、そのポジションのキャラとして、機能できるかどうか、怪しいところですし。

青柳たちの態度からして、空手部を引っ張りまわすトラブルメーカー的なニュアンスを感じるので、
峰岸と同じく、穂波をヒロインらしくみせる魂胆なのでしょうか?

というか、形というか基本云々って、地道な努力の大切さを語っているわけでしょうけど、PUNISHErで展開が遅いとか言うことに対する批判への皮肉に見えてしまうのだけど。
ファンタジーじゃねえとか言う意見も、よくよく読み返してみると、ファンタジーっぽい要素は取り入れていたけど、それの見せ方がまずかったということだったわけだから、作り手も見せ方を納得させられなったけど、受け手も批判の仕方も、その批判に一理アルという納得できるものではなかった(そこから学ぶべきものはあったにせよ)わけで、よほど、物分りのいいというか、謙虚な人間でナイト、前作の批判から何かを学んで、活かそうとする、そうしていることを納得させるというのは、難しい気もするので、連載開始が決まったときには、予告されている内容にいやな予感を禁じえなかったものですし。
とはいえ、PUNISHErの方はPUNISHErの方で、たとえば、アルトの狩に関する設定も、一話とか、カッツの口から語られた程度で、本編にはそれほど、踏み込んでこなかった内容でしたし、地道に描写を重ねるということをしてきたとは思えない内容でしたし。
ハンザスカイでも、描きたいところ意外は、掘り下げもしないで、とりあえず、条件満たしていれば大丈夫だろ、みたいな意図が見え隠れする場面が多いので、力を入れているであろう場面も盛り上がりを感じませんし。佐渡川氏に地道な努力を語られても、説得力ないだろ、としか思えないですし。

それにおっとり系でも強いというのはともかくとして、佐渡川氏のキャラで、おっとり系って、吹雪マリくらいなもので、それだって、出番が少なかったから、そう見せることに成功したところも大きいので、スキも穏やかそうに見えて、ウォーゼルのことに言及した途端、態度が激変したというように、イマイチ、描ききれていないところがありましたしね。

まさか、それを自覚していたから、とかいうので、これまで出さなかったとかいうのであれば、おっとりキャラを成功させようとして、それが裏目に出てしまっているような部分が大きいと思うのですが。

前回、佐渡川氏の王道云々には足りない要素があると書きましたが、それに似た理由で、おっとり天然系もそれを描くには、必要な要素があったりするのですが、佐渡川氏の描く話を見ていると、それが乏しいように思えますからね。

そもそも、登場の仕方もまんま、吹雪マリと同じですが、佐渡川氏のやりたそうなストーリー(人の心を持たない人間が、周りの人間に導かれて、成長し、自分の居場所を手に入れるというストーリー)はほとんど同じなので、顧問にテッコツ堂の吹雪マリを思わせる人間を出すのは、わかりますが、何ヶ月も、誰かに代理を頼むことなく、あの問題児集団を野放しにしている時点で、指導者失格だろ、この人。すくなくとも、穂波による、素人に対する指導を口実にした暴行だけでも十分な不祥事ですし、空手部の面々の問題ありそうな言動に気がつかないで、自分がいない間の代理も立てないわけですからねえ。
しかも、下手すれば、生徒を怪我させるようなことをしておいて、音符をつけて、得意げに語っているのだし。
佐渡川氏がおっとり系のきゃらかけないのに、それに手を出している時点で、失敗しているキャラだと思いますけどね。

しかも、穂波は穂波で形を見てやるとか言いながら、居眠りこいている始末。
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by kwanp | 2010-07-08 11:48 | コミックス
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