なんだかなあ・・・・

今週の武装錬金で、再殺部隊の戦部がヘタレっぽくなってきたわけですが、
筋肉、露出、桁違いの再生能力とマッチョ系の変態キャラの要素を色濃く持っているのに、

ドーピングで精神力のチャージってのはどういうことですか、和月先生!!

こういうキャラはべたでも、ワンパターンでも、底なしの精神力は自前というのが、王道だというものだと思うのですが(笑)

まあ、確かに、近代に入るまでは、戦士が倒した戦士の血肉を食らうという風習はありまして、割と最近まで、残ってるところも少なくありません。

そういう意味では、リアリティのある設定かもしれませんが、万国変態大集合な、この手の作品では、リアリティはさりげなく表現するのが、美学というものですし(笑) 内容から考えても、この設定を持ち込むにしては、現段階では準備不足だったという感が否めません。

おそらく、今回の話で言いたかったことのひとつとして、ホムンクルスは、最多撃墜の戦部すら、それくらいしないと倒さない相手だということを言いたかったのではないかと思うのです。

物語中でも、斗貴子さんは、私情を可能な限り排して、ホムンクルスの排除に徹していますし、現在カズキと行動をともにしている剛太も、カズキの考え方に、己の考えはこれで正しいのか、と迷う一歩手前にあります。現地入隊のカズキを除けば、戦団の人間の考え方は、基本的に、敵となった人間は、誰であろうとも排除せよ、が基本的なもので、言ってみれば、戦部のやり方は、その極端なまでに、その思想を忠実に実行するための、象徴のひとつだと思うのです。

しかし、この思想を作中で語るには、いくつもの難があります。

ひとつは、この物語の中で書かれているホムンクルスは、パピヨンを除けば、その大いなる目的を果たす前に倒されています。ヴィクターⅢの力のことを考慮からはずしたとしても、カズキは自分の力を出せるだけ出して、最良の結果を引き出そうとして、奔走し、いくつかの事例を除いて、それを導いたわけです。しかし、それは、多くのホムンクルスとの戦いにおいては、奇跡的なケースに属するか、非常にまれなレアケースにはいるようなのです。
つまり、通常のケースにおいて、錬金の戦士が、ホムンクルスを倒すために、いかなる犠牲を払ってでも、それをなさなければいけない、という思想がどれほどのものか、ということが作中で触れられていないわけです。


それを語るとすれば、おそらくは、ブラボーや、火渡の大きなトラウマになっているであろう、おそらくは、斗貴子さんが、錬金の戦士になるきっかけとなった一件。
それが、これ以上ないほど、うってつけだろうと思われます。おそらくは、かつてのカズキのように、錬金の戦士として、命の取捨選択をせずに、救える命はすべて救う、ということをモットーにして戦ってきたのは、想像に難くありません。

七年前の出来事が、そんな彼らの力や行動が、無力に等しいくらい、悲惨なものであり、彼らの信条を粉々に打ち砕くほど、容赦のないものであったことも、また、確かだと思われます。
目の前に事態に、己の力がまったくの無力であった場合、たいていの人は、現実に妥協して、ブラボーノ要に、多くの人を救うために、心を鬼にして、ことの処理に当たったり、火渡のように、理不尽には理不尽で立ち向かう、というような、ある意味、正直で、直球的な発想も、昔は正義や使命に燃えていて、その結果、挫折してしまった人間には多いですから。

確かに、一度転んでしまっても、もう一度立ち上がって、転ぶ前の己の道を進めばいいだけの話かもしれませんが、それをやるには、犠牲になった人たちの命や犠牲は重すぎるのでしょう。それを全身で受け止めて、なおかつ背負いきれて、己の道をいける人間は、まれなのだと思います。たいていは、その重みをうけて、これ以上、重み、つまり犠牲を出さないようにしようとしたり、その重みを払いのけようとするのが、普通の反応ですが、けっして、それをやるから、弱いのではなく、それだけ、その重みを真正面からうけとめて、それでも、その重みに真摯に応えようとしているだけですから。だからこそ、その重みを受けて、倒れる前と同じ道を行こうとし、同じ過ちを繰り返すまいとするものもまた、強いとも言えるかもしれませんが。
要するに学習による、反応に違いに過ぎないのです、これらは。

もうひとつ、難点があるとすれば、そういった、ホムンクルスの恐ろしさを書ききる前に、そのホムンクルスすら凌駕するヴィクターの存在を出してしまったことで、錬金の戦士たちは、ヴィクターを倒すべく、可能な限りの戦力を集中させて、ことに当たらざるをえなかったことで、作中のホムンクルスの脅威というのは、それに比例して、落ちていき、敵としてのボリュームの大きさを、前ほどは感じなくなってしまい、今週号のパピヨンの「そういうことをしないと、精神を高揚できないのか、お前」というせりふをぶつけられても、それを跳ね除けられるほどもものをだせなかったのは、彼に責任のすべてがあるとは言い切れないかもしれませんね。
そういった意味では、戦部は、一連の展開の犠牲者なのかもしれませんね・・・・。

つまり、ヴィクター、および、ヴィクターⅢの設定が明らかになる前に、戦部の設定を出しておけば、もっと映えたのになあ、とちょっと残念ですね。

ともあれ、パピヨンに負けたことで、彼が人から向けて、真の変態マッチョになって、底なしの精神的なしぶとさで、パピヨンを付回すようになってほしいものですが。

まあ、使い捨てキャラだから、こういう設定が突き詰められてないキャラを出したのかもしれませんが、そうだとしたら、三巻で、使い捨てキャラにも愛を注ぐ、という発言は達成されてないような気がするのですが・・・・(汗)
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by kwanp | 2004-12-13 13:57 | コミックス
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