案外、こうなってるのかもしれない。

http://udonou.cocolog-nifty.com/otaku/2005/03/1.html

ゴルゴ31さんなどで、紹介されている「少女漫画に望むこと」ですが、私としては、コミックス派という存在と、雑誌やら、ネットやら、面白い作品を伝える口コミ手段が多くなったということもあるのではないかという気がします。
コミックス派というのは、文字通り、週刊誌掲載時ではなく、コミックスになって、話が何話か、一まとめになってから、見るというパターンですが、このタイプは、週刊誌は余り買わず、立ち読みで済ませるというパターンがほとんどです。しかも、少なくない数で、ひいきの作品しか、読まないという人も珍しくない。サンデーだったら、ガッシュ、きららだったら、トリコロオンリーという風に。
おまけに、そういった人種は、ネットや雑誌などで紹介された作品が合ったとして、その作品が掲載されている雑誌を、毎回買って、掲載されている作品を、隅から隅まで読むということは、ほとんどしません。おまけに、あっちこっちで、面白い作品を紹介しているわけですし、面白いと評判のマンガは、レビューまで、やってるサイトが少なくないから、興味を持って、読んで見て、はまるという図式が生まれるわけです。
しかし、その人気作、話題作だけで、雑誌製作、販売が成り立つわけではありませんし、他の作品も、見てもらって、あわよくば、気に入ってもらって、コミックスを買ってもらいたい、と思うのは、当然でしょう。しかし、そう簡単に、ヒット作というのは、次から次へと生まれない。
そうなると、一番、とりやすい手段といったら、一番受けている作品や、その時期受けている要素などを取り入れた、いわゆる、ブームに乗っかった、作品というのが作られやすいのではないだろうか?
そして、ネットの普及などが、それに拍車をかけている側面も、あるかと思います。

後、これは個人的な推測に過ぎないのだが、元気の無いエロいということで有名な少女コミックス。この路線を打ち出したのは、、一時期、大うけした「快感フレーズ」の作者の新条まゆさんの担当だった編集者で、その成功をもとに、エロ路線を打ち出したのだそうで(ドラマ化され、仮面ライダーナイトをやった松田さんが、この役が一番よかったという妹に恋する男が出てくる「ぼくは妹に恋してる」もこの雑誌)、さらに言うと、少女コミックスは、毎月のように新人作家を誕生させて、その育成がおぼつかずにレベルを下げたという過去があり、はなれていくファンも少なくは無かったわけです。
ついでにいうと、柴田亜美さんの実録マンガに合った、ゲーマーぞろいのなかよし編集部という例もあるように、少女漫画でも、男が編集やら製作に携わっている雑誌も少なくないだろうが、
男と女の、面白いという感覚は全くといっていいほど、違っていて、最初のうちは、男が製作に携わったものが、偶然受けた、たとえば、特撮などのイケメン人気で受けたとしたら、イケメンを目だたせて、人気を稼ごうという路線に終始してしまい、少なくないかずのファンに飽きられてしまったという事実が指すように、男女の感覚差というものは存外、考慮されない。
そして、なまじ、何かのやり方で成功してしまうと、ひとというのは、その成功方法でやっていけると思い、ずっと、そのやり方でやっていくというケースが少なくない。その結果、
男の感覚まるだし、そうでなくても、どこかしら、男の感覚で、少女漫画の雑誌を作ってしまっているのではないだろうか? おまけに、雑誌をどういう方針で作るかということが決められる立場に来るまでには、普通、少なくない時間がかかる。ここで、なまじ経験があるために、自分は、「この少女雑誌を読んでくれている女の子のニーズがわかる」という、二重の錯覚に陥ってしまうのではないだろうか? そういった鈍さというのは、案外、見抜かれやすいものだったりする。
その結果、女の子のニーズに合わない作品がいくつも並んだ、雑誌が出来上がってしまい、女性のファンは、面白いものを見つけるのには貪欲である反面、つまらなくなると、あっさり見限るというところもあるので、つまらなくなった雑誌からは、どんどんはなれていく、そして、面白くない雑誌に、好き好んで来たがる人間は、一部の例外を除いて、そういないわけですから、雑誌のほうも、悪循環的につまらなくなる、というような図式が成立していたという図式が成り立つのかもしれない・・・・。
つまり、少年漫画のほうがまだ、元気があるとしたら、同じ同性が作っているから、感覚的に受け入れやすいというところもあったりするのではないかという気がするのだ。
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by kwanp | 2005-03-28 00:24 | コミックス
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