意外と似てるかも・・・・・

さて、先日もお伝えしたとおり、海藍氏の「特ダネ三面キャプターズ」がまんがタイムラブリー6月号から復活することにあいなりました。
この話は、部長で、なにかというと騒動の中心にいるおさわがせ娘・秋山みずほ、みずほの友人で、真性サドの、カナヅチ(と性格)をのぞけば最強キャラ・冴木たから。
とばっちり要員で、突っ込みキャラの風間慎汰。慎太の幼馴染で、見た目○学生、何気に毒舌の小田とみか。なし崩し的に顧問にされてるっぽいとばっちり要員その2、三沢美里先生がおりなす、どたばたな日常を描いた話なのです。2004年2月まで連載されていたのですが、休載、その後、トリコロは復活したものの、休載したまま、コミックスも出ないで、現在にいたったわけですが、ようやく、復活にいたったわけです。
その話を構成する大きな要因のひとつとして存在するのが、友達以上恋人未満な関係で、進展が気になる慎太ととみかの二人な訳ですが、復活に備えて、手持ちの原作をチェックしていると、この慎太、うちでレビューをやっている「ハヤテのごとく!」のハヤテほどは行きませんが、なかなかに、女の子をその気にさせるやつではないか? という気がして成りません。

そもそも、この二人は幼馴染ですが、ギャルゲでも、早々、見れないようなレアケースの関係だと思われます。というのも、近所に同じ年の人間がいなかったこともあり、さらには、とみかが、慎太が自転車の練習をしていたときに、結果的に邪魔をして、みずほに「無意識に慎太を囲った」と言わしめたように、自転車に乗れなくなったこともあり、四六時中、一緒にいる事が多かったわけです。



それでも、普通、他に近所にすんでいる人間がいないといっても、小学校高学年から、中学校のあたりの年頃は、女の子と仲が良いだけで、そりゃあもう、冷やかされます(笑) 当然、いつも一緒にいた慎太ととみかも冷やかされたはずですし、そうでなくても、一緒にいれば、何らかの形で、意識するものです。年頃の女の子と男の子、というのは。
ギャルゲや、普通の物語なら、この時点で、恋人みたいな関係になっててもおかしくはないと思いますが、とみかの方はともかく、慎太のほうは、一応は、意識はしているようですが、自覚にはいたらずに、表面上、友達という認識のまま、接しているわけです。まわりは、「やっとそういう関係に?」とか、「責任取りなさいよ」とか、「あんただけでも幸せになんなさい」とか、カップルと認識していて、それをあからさまに口にしているにもかかわらず、です。
これは多分、とみかの外見が、○学生と見まごうような小柄な外見であることとも、十分、関係があるのでしょう。劇中、特に、CAPTURE20で、「あいつ、まだ子供なんですよ」というセリフを見ればわかるように、慎太は、とみかが小柄なために、ついつい、子ども扱いで接しているところがありまして、二人を恋愛関係に進展させるのを邪魔しているからでしょうし、生物学的にも、身近すぎる男女というのは、本能的に恋愛関係へと進展するのに、ストップをかけてしまうことがある(近親相姦を防ぐための、防衛本能)ようで、とみかは、慎太のことが異性として好きだけど、慎太がそう見ていないのは、こういった本能的な働き、つきつめていうと、小柄な見かけから、子ども扱いしているからだと、思われます。

逆にいうと、「巡洋艦とみか」と四コマのタイトルにつけられるほどに、強力な毒舌や、自転車に乗るのを邪魔したりという、暗躍振りを生む一因になった可能性は非常に大きく、これが年相応に見える体の成長をしていて、あの一見、あどけなさそうに見える性格で、「慎太ちゃん、慎太ちゃん」と近寄ってきて、劇中と同じように振舞えば、どうしたって、多かれ少なかれ、女と意識してしまうのは当然でしょう。ナイスバディだったら、なおのこと、体のほうに目が行ってしまいます。
第一話で三沢美里先生に、あこがれたり、自室にHな本を隠し持っていたりしていることから、女性への興味や、性欲は人並みにあると思われますので、○学生と見まごうとみかには、女性として意識しにくいのもあるのでしょうね。
つまり、同じ年頃の女の子というのは、ついつい、とみかが基準にならざるをえません。見かけが年相応の場合がほとんどですから、とみか相手のように、露骨な子ども扱いはしないと思いますが、根っこのところは、これと同じでしょう。

現実問題、彼の身近な女の子というのは、とみか一人と限定されてしまうわけですが、男というのは、バカな生き物でして、女性に幻想を抱きやすいわけです、自分の身近にいないタイプには特に(笑)
そういう意味では、美里先生は、ぱっと見には、とみかの正反対ですから、ある意味、あこがれるのは無理も無いわけです。「美里先生はトイレにも行かないんだぞう!!」というような80年代のアイドルみたいな幻想が一般的かどうかはさておき(笑)
結果として、その幻想は打ち砕かれて、タバコを吸っているところを目撃して、「そんなの、美里先生じゃなーい!」と暴走したわけですが、美里先生がタバコを吸っている理由として、「好きな人が煙草を吸ってる女性が好きだから」という理由だったことが発覚した後、彼女にあこがれている描写は無いわけですが、憧れに決別したというよりかは、のちに、「巡洋艦とみか」のタイトルの四コマで、美里先生の痛いところを突きまくるという言動を見るあたり、一話と二話の間に、とみかがあれこれ、慎太の憧れを修正するなどの、刷り込みをしたように思えて成らないのですが(笑) おそらく、こういうことは、過去にも何度かあって、何かにあこがれたり、心を奪われそうになった慎太を、とみかが、さりげなく、その幻想を打ち破るようなことをして、必要以上に目が行かないように手綱を握っていたのではないかと思われる。

ついでにいうと、これはメリットになると思うのですが、同年代の女の子に対して、同じ年頃の、一般的な男子よりも、女の子相手に意識せずに接することができるわけです。慎太にとって、とみかは一番の友達であるわけですが、とみかの方は、それ以上の感情を抱いている。つまり、多少、年頃の男女が、相手に対して、行う仕草にしては、つい意識してしまう行動を、慎太は自覚せずに、とみかは、一人の男の子として意識しているので、多少のことは受け入れてしまうのではないだろうか? 
慎太のほうも、最低限の意識はしていると思いますが、「かき氷」の回のように、とみかの食べているかき氷を一口、食べようとするなど、下手すれば、間接キスになるような行動にも自覚がないわけで、
みずほの自覚無しの横槍が入ってなかったら、間違いなく、それをやっていたわけです。そして、慎太は、それを友達同士の感覚で、当然の行動として、インプットしているわけで、ヘタすれば、他の女の子相手に、とみかに対して、「友達相手に行う」と認識している言動を、無意識に取ってしまうことも、ありうるわけです。付け加えるなら、この感覚のあいまいさが、慎太がとみかを、恋愛対象として意識するのを阻んでいる一因でもあります。おそらくは新聞部にはいるまで、とみか以外の女の子と最低限のやり取りはあったけど、彼にとって、女の子にも色々いるということが感覚的に自覚できるまでに、付き合いのある女の子は早々いなかったでしょう。彼が女の子をその気にさせるには、一瞬の仕草や、何気ないひと言だけで十分といえますが(笑)

つまり、これらの要素をつなぎ合わせると、女の子に対して、その気にさせるような行動を無意識にとってしまう可能性は非常に大きいといえるわけです。運動神経もそこそこ良いし、見かけも悪くない。おまけに、性格も悪くはないし、と、悪くない要素も、そこそこ揃っているわけです。本人が気がつかない間にとみか以外の女の子に好意をもたれていても、さして不思議ではないわけです。劇中では、新聞部の女性陣や、顧問の美里先生以外の女性とは、しゃべる光景がないので、断言は出来ませんが。
とみかの方は、慎太のことをかなり早い段階で意識していたのは、確かなようですから、慎太が他の女の子に見向きもされない人間ならともかく、無意識のうちに相手をその気にさせる言動をさり気に取るような相手で、されたほうもまんざらではないと思えば、当然、危機感を抱かずにはいられません。。
おまけに、「巡洋艦とみか」やら、さそり座で嫉妬深いという属性をもっていて、前者は主に美里先生が標的ですが、後者はたから相手に、二度ほど、発動させている(CAPTURE16 CAPTURE21)わけですが、みずほがその手のターゲットになったことはほとんどありませんし、クリスマスに宿直になった美里先生に差し入れに行く際の待ち合わせ場所で、慎太とみずほが同じ場所で、30分以上、二人っきりでいたのに、夜のお寺が怖かったとはいえ、嫉妬に走った行動はとっていないという事実もあります。それを考えると、とみかの脳内で、巡洋艦やら、嫉妬に走るには、一定の基準のようなものが合って、女性としてのレベルが、そこそこ高くて、なおかつ慎太がらみの相手に発動するようで、みずほは、その基準を満たすことは余り、ないという風に見えるのですが、よくよく考えてみると、この秋山みずほという少女、何か、思いつくとそのまま、考え無しに突っ走って、それが騒動に発展すること、数多しというタイプで、言ってみれば、慎太の女性の好みのタイプの対極にいる人物ではないだろうか? つまり、慎太が自覚無しに、女の子をその気にさせるような言動を取ったとしても、その術中にはまらないタイプなのだろう。とみかも、そのあたりのことがわかっているから、クリスマスのときのように、慎太とみずほが二人っきりで同じ場所にいても、巡洋艦とみかといわれる毒舌モードや、嫉妬の感情を丸出しにしたりしなかったのだと思う。
逆にいうと、たからの場合は新聞部(当時は同好会)に入るまで、たからの実態を知らずに、都合のいい、幻想を抱いていた可能性も捨て切れない。カナヅチと、性格を除けば、たいていの男は彼女が好みの範疇に入るはずである。とはいえ、慎太は、たからのように、できる女には、あまり、相手にされないたぐいのタイプのはずである。とみかも、それがわかっていたから、さして、自転車のときのような妨害工作もしなかったし、もし、たからが興味を示したとしても、いつものように退ければいいと思ってたのではないだろうか。だが、入部してみて、たからがサドだという事がわかった時には、色々な意味ですでに遅かったのだが。
つまり、慎太が男女関係に関して、自覚のない言動をとるために、毒舌やら、嫉妬深いといった要素にとみかははしらざるをえなくて、必然的に腹黒幼馴染にならざるをえないわけです。しかし、それで退けることで、女性相手の言動が、とみかや、みずほやたからといった、女性の一般例とするには、やや、特異なタイプの相手からしかフィードバックされなくなり、余計に、女性の気を、無意識に引きやすいというサイクルが形成されてしまうのは皮肉なことであるが。
このように、常人離れしまくった、動体視力こそないが、特異な状況下での人間関係についての経験地不足と、その少ない経験による学習と一般的な対応を知る術がないために、その言動を正しいものと認識してしまい、実行して、女性に大してある種の誤解を与えやすい、という意味においては、ハヤテと慎太は非常に近いタイプの人間だったりするのである。
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by kwanp | 2005-04-07 21:19 | コミックス
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