とうとう・・・・・

武装錬金が打ち切られてしまいましたが、まあ、赤丸で完結編が載るだけよしとしましょうか。

けど個人的には、カズキに答えを出して欲しかったとは思います。赤丸の完結編で出すのは承知の上ですが。
カズキがどう答えを出すにしても、残る一人は普通に考えれば、白い核鉄を得ることは出来ないから、カズキがヴィクターを倒すか、それとも、ヴィクターに「生きて、自分のやったことを償え」と白い核鉄を渡し、自らは命を絶つか、どうにかするめどがつくまで、かつてのヴィクターのように、活動を停止させるあたりが妥当だと思います。まあ、一番最初のは、まず選ばないと思いますけど、これまでの展開や、カズキは、黒い核鉄を心臓として使っているというだけで、危険視されて、命を狙われるつらさを知っているし、同じ状況に陥ったら、誰だって、ヴィクターのようになる危険性はあるので、自分だけ戻って、ヴィクターを化け物扱いして、始末するということはしないと思います(もし、それを選ぶのなら、私はこの作品を見限りますが)。第一、同じ境遇に陥れば、誰もがヴィクターのような考えに行き着く可能性は合ったわけで、カズキは、そういう意味では運がよかったというわけです。
私としては、カズキがこれまで、助けれる命は皆助けるという戦い方を、誰に何と言われようとも、それを行い続けてきていた男なのだ。そして、それは、敵として立ちはだかるものは、みんな倒せ、という戦団の掟に反する生き方である。
それも黒い核鉄の力があればのことじゃないかという声も聞こえてくるかもしれないが、だが、彼個人の一途なまでのその姿勢が、幾多もの人間を変えてきた。だとしたら、その生き方でヴィクターすら変えてしまうのではないか、と思うのだ。
そして、選択肢は与えられるものではなく、自分の手でつかみとるものだというパピヨンの持論に同感だからではないが、じつをいうと、アレキサンドラのいうことが全て正しいわけではないのだ。というのも、彼女は、この100年間、脳だけになって、そして、クローン脳で容量を増やして、研究を進めてきたが、しかし、独学でやってきたわけだし、なにより、彼女の知識と、価値観は戦団のソレにどっぷりと染まっているのだ、基本的に。ということは、黒い核鉄の欠点というか、どうしてヴィクターがああなったか、ということを明らかにするためには、彼女だけの視点での研究結果だけでは不十分ではないか、と思うのだ。つまり、知識と技術は戦団のものではあるが、その価値観などに染まっていない、そして、ヴィクター本人に触れる機会のあったバタフライの研究データを受け継ぎ、独学で、修復フラスコを複製したパピヨンが、アレキサンドラの研究データをもとに、白い核鉄を作り上げる可能性は、まったくないわけではないのだ。
というのも、カズキと決着をつけるため、という蝶個人的な動機はともかく、戦団の常識に縛られないで者を考えることのできる人間という意味では、この場合、カズキとスタンスを同じくしているからで、戦団の常識に凝り固まっているからこそ、気がつかない点から、戦団の常識に染まっている人間が気付かなかった点を見抜き、そこから、問題解決の糸口を見つけることが出来る、そして、己とは異なる人間による、ヴィクター本人を百年間見てきた人間のデータと、黒い核鉄を百年間、無効にするための研究データ、この両方があり、それを天才の名をほしいままにした人間の手で研究される。白い核鉄をつくる、とまでは行かなくても、黒い核鉄をどうにかすることが出来る、という希望にするには、十分だと思う。
まあ、パピヨンが白い核鉄を作るのを完全に当てにするよ
うなカズキではないだろうから、これを、唯一の希望にすることはないが、決断したとて、それを実現させるためには動かないといけない。つまり、白い核鉄が完成するまで間、考えるのではなく、そのための行動に時間を費やして欲しかったのだ。こういった、究極の選択は、考える時間が多ければ多いほど、どっちの選択にも、メリットとか、選ぶに足る理由が増えてしまい、かえって迷いを生じさせる結果となるのだ。それに上手くはいえないが、こう言った選択は、長い時間考え込むよりも、瞬時に答えを出せるものだと思うのだ。というのも、それまで生きてきた人生の名Kで得た経験や、知識積み重ねの上で、できるか、無理すれば、できることしか、できない。つまり、問われた瞬間に、己の答えは出ていることが多いのであって、長く考えたからといって、名案が生まれるわけでもない。そして、カズキというキャラは、脊髄反射的に行動することによって、多くの場合、己の手で最良の答えを手繰り寄せるキャラなのである。どういう結論を出すにしても、三週間は、その行動のために宛てて欲しかったと思う。この間にも、ヴィクターがなにかやったら、犠牲者は確実に増えるのだし。
そして、個人的な欲を言えば、カズキには、ヴィクターを救い、己も助かる道を選択して欲しいと思う。助けれる命は、一人でも多く助ける。ホムンクルスを倒すためなら、どんな犠牲も厭わない、錬金の戦士達の価値観からすれば、それは異端的な考え方で、そして、場合によっては狂気の沙汰である。前にもいったが、人間の理解の範疇を超えた化け物から、現代科学の理解からはずれた核鉄という錬金術の産物を操り戦う時点で、それはもはや、正気とはいえないだろう。
だが、カズキは、それを迷うことなく実践して、そして、実現してきたのだ。だとしたら、ヴィクターすら救ってしまうくらいのコトハして欲しい。第一、ヴィクターと同じ身になった時点で、ヴィクターを倒すのは、たとえ、白い核鉄をもってしても、結局のところ、化け物が、自分の個人的な都合で化け物を消すことに他ならない。そして、その生き方は、ホムンクルスを倒すためなら、いかなる犠牲が出ようとも、頓着せずに、たとえ立ちはだかる相手が誰であろうとも、倒してきた錬金の戦士のそれ、と大差が無い。そして、それは、カズキのやってきたことが、水泡と化すことを意味する。狂気の沙汰としか思えない生き方をして、常識的で無難な最後で片をつけろといわれたところで、ずっと、狂気の沙汰のまま、で生きてきた人間には、そんなこと、できるわけが無い。
それに、そもそも、ヴィクターが死んだときに、自分らの都合で生き返らせろ、そして、都合が悪くなったら、「殺せ」、ときて、化け物扱いである、ヴィクター自身には、何の非も無いのに。そのあげく、自分と同じ体になりかけた人間によって、倒され、死んでいく。全てのものを食らい尽くす体になってもなお、人を守るか、そうでないか、の違いはあれど、この二人は、全くイーブンなのであって、どっちがつらいか、というつらさ比べで決めるというのは違うのではないかと思う。どう奇麗事を言おうと、カズキが白い核鉄を我が物にして、ヴィクターを倒すというのは、彼自身の生き方に反するのであって、ヴィクターに譲るか、それとも、どちらも助かる道を選ぶか、二人まとめて、死ぬ運命を選ぶか、そのどれかに落ち着かざるをえないのだ。
でなければ、体はなんとかなっても、「武藤カズキ」は化け物になってしまうのだ、心が。

だとすれば、救える命は、難であろうとも救う。それはヴィクターにも当てはまるはずで、普通に考えたら、常識はずれかもしれないが、その上気しはずれを散々やってきたやつなのだ、カズキは。そして、この漫画で常識云々をいう時点で、それはナンセンスだが、それ
だからこそ、三週間、考え続けるのは何か、違うような気がすると、思えるのだ。
どうせ、カズキのやってきたことがクレージーなのだ、だったら、無難に収まる方法を選ぶよりも、クレージーでも丸く収まる方法を選び、ソレを実現することこそ、クレージーな武藤カズキの進むべき道かもしれない。全ての命を飲み込む存在が、全ての命を守るために戦おうというのだから、その時点で十分、無茶な話なのだ、無茶ついでに、全てを丸く収めるのもまた、ひとつの道かもしれない。
この漫画は、散々、やりたい放題やってきたのだ。だとすれば、とりあえず(?)の最後にどでかい無茶をやっても、悪くは無いだろう。
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by kwanp | 2005-04-26 11:44 | コミックス
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