結局のところ・・・

この間のスペシャル以降、何となしに、シンの扱いについて、考えていたのですが、シン・アスカは、ファン以外の人間からは、考えが足りない、「馬鹿な子」とか、あまり、いいイメージをもたれていないわけですが、シン・アスカというキャラクターは、「SEED」の連合のオーブ侵攻で家族を失って、そのことがきっかけで、力を欲するようになった。
オーブを攻撃した連合は勿論、自分たちを守ってくれなかったオーブも、どういうことをいおうと、いや、だからこそ、信用できない。ゆえに、プラントに渡って、ザフトにはいったわけです。
つまり、個人的スタンスはどうあれ、組織に所属しているわけでして、命令には従わないといけない。

ところが、言動に問題はあれど、一国の指導者への暴言、16話での戦闘中の命令無視、さらには、ステラを、勝手に連れ出して、連合の士官と接触し、連合へ返したり、と、これらの行動が叩かれる原因となっており、さらには、後半、理由はあれど、ステラの一件以降、急に協力的になったレイにそそのかされ、いいように操られるかのように、ギルバート・デュランダル議長の操り人形に、自ら進んで、なっていくかのように描かれる描写で、自分では何も考えずに、耳障りのいい言葉に踊らされていく、馬鹿な子供というイメージがファン以外でもたれているが、
命令に従わなければ、勝手な奴。命令に従えば、己の考えをもたない馬鹿な奴と、ステラの一件以降、特にキラを倒してからの叩かれる理屈は、正反対の理由だったりします。

前半、特に16話は、シン個人の過去、力を持たなかったために、成す術もなく家族を失ったことが原因で、連合の兵士に銃で脅されて、基地の建設に強制的に協力されていたのを見て、基地を破壊していました、この時点では、12話と、この戦闘で、30機近くのウィンダムを彼一人で撃墜しているわけです。とはいえ、何の後ろ盾もない彼が、個人的な理由で突っ走っているわけです。
しかし、彼はザフト軍人であるわけで、組織の命令に従わないといけない。極端な言い方をすれば、1枚の歯車にすぎません。

人とは群れる生き物であり、一個人だけで生きることは難しい。一匹狼を気取って、その生き方を貫こうとすれば、するほど、それに伴う困難は多くなっていきます。

出る杭は打たれる。

集団で、目立ち過ぎる人間は、どれだけ実力があろうとも、それゆえに、逆に皆に疎まれ、最終的には、失墜してしまうケースがほとんどです。その人物が眩い輝きを持っていれば、いるほどに。
人間、誰だって、強くありたい、正しくありたいと願うのは当然のことだが、自分が身を置く状況や、それによって発生するしがらみによって、やりたくても出来ないと言うのが現状であり、組織に身をおくものは、多くのものが、そういうもどかしい思いを抱えつつ、生活のため、家族のため、大事なもののために、日々、己の役割をこなして、生きていかざるをえない。
ところが、周りの人々が、そういった思いを抱えていることなど、知ったこっちゃないとばかりに、シン・アスカは、己の正しいと思ったことを迷わずに行う。
しかし、彼は、故郷であったオーブで家族を失っており、それによって力を望む傾向が強く、実際、カガリに食って掛かることもしばしばであった。
つまり、大事なものは思い出となっており、自分の身がどうなろうと、己の思うままに生きれる、という風に見えるので、それがまた、シンを好ましく思わない人間には、好きになれない部分に映ってしまう。
「お前は何も大事なものが、思い出や己の主義だけだから、そう好き勝手をいっていられるのだ。守るべきものがあって、なお、それをいえるか!?」
とあまり、いい感情をもてないと言う人がいてもおかしくはないかもしれません。

実際問題、シンのように勝手なことを、組織の中でやっていれば、普通は、周りに叩かれ、つぶされてしまうのがオチですが、結局、シンは、ステラを勝手に返したことが理由で、営倉に入れられますが、12話、16話、28話など、「それまでの功績を鑑みて」ということで、釈放され、お咎めなしと言うことになるのは、皆さん、ご存知の通り。

これで、シンが、処罰を受けたり、そのまんま帰ってこずに、飛び出したことで、痛い目を見るならば、シンを好ましく思わない人間には、溜飲が下がったかもしれない。
あるいは、それ以前に、組織のルールに従って、「助けたい」と想いつつも、もどかしい思いでステラが本国に送られ、研究材料になるのを、じっと耐えたりすれば、シンに対する反感が好感に変わったかもしれない。

しかし、シンは戻ってきた。

つまり、好き勝手はやるが、それに対する責任を取るために戻ってきたし、なおかつ、戦争中とはいえ、己の実力によって、自分の行動や価値を、(議長にも思惑があったとはいえ、)認めさせたわけです。

普通なら、処罰されてしかるべき奴が、お咎めなしで釈放されたのだが、ここで、殊勝な態度で、皆に対して、スミマセンでした、自分のせいで、迷惑をかけたと悔い改め、個人ではなく、組織のルールに大人しく従うのであれば、「ヨシヨシ、可愛いやつだ」と思う人も出てきたと思う。
ところが、そうはならずに、大まかな意味で言えば、彼自身の力で、釈放され、しかもおとがめなし。そこで態度を改めれば、ともかく、それもなしで、あまつさえ、頼りないとはいえ、上司に増長した言動でけんかを売る。

元々、好ましく思っていないものには、更に反感を煽るのには、十分である。もっとも、ここで、シンに、何だかんだいいつつも、周りのものが自分のことを心配している、ということを気づかせれば、シンが正道に立ち返る(ここで言う正道は、負債のよしとするものではなく、自分のような人間を作り出さないために戦う主人公と言う意味)きっかけになりうるのだが、そちらの可能性を全くと言っていいほど、描こうとはしておらず、レイに操られるように、これまでと大差なく、個人の感情で突っ走る人間と言う描き方を強調しているのだ。

また、デストロイのパイロットにステラがなったことで、その被害の直接の原因として、シンが叩かれることになったのではないかという気はする。
本当は、ステラを返さなくても、オクレ兄さんや別の人間が、デストロイのパイロットになる可能性は合ったわけですし、ネオが指揮するファントムペインは、Dアストレイで暗躍しているマティスともつながりがあり、テスタメントガンダムでは、連合に捕まって、調整を受けたリジェネイトのパイロットが操縦をやらされていた事もあるので、必要とあれば、そちらの方面から、人材が提供されていた可能性があったわけで、シンのせいばかりとはいえないのだ(大体、それをいうなら、キラやラクスがやっていることは、混乱を大きくし、犠牲を増やすことばかりだったではないか)。

そのステラが、デストロイのパイロットになって、最終的にキラの攻撃によって、機体が破壊され、死亡してしまうという出来事に見舞われ、シンは、キラへの復讐を決意するのであるが。
場合によっては、ここで、シンには厳しい処罰がなされ、ステラも助からないという救いようもない展開、逆に、お咎め無しで釈放され、ステラが助かるという展開もありえたわけす。

ここまでかいて見ても、ストーリーには、落としどころがあり、それによって、シンに対する感情を好ましくできたはずのチャンスが、いくつもあったことは明らかです。
ある意味、一番、シンへの感情を良くするのは、救われないと評したシンもステラも助からないか、ステラが助かるが、シンは助からないと言う展開。逆に、シンへの反感を大きくするのが、シンもステラも助かって、めでたしめでたし、という展開。

ところが、この両極端の展開はかかれずに、シンはお咎めなしで釈放されるも、ステラは助からず、その原因となったフリーダム、すなわち、キラを恨むように仕向けさせる。
両極端でなくても、シンを主人公として描くのであれば、もっと、皆が納得する描き方もあったはずですが、それすらも行われてはいない。

なぜか? キラを逆恨みで狙ってくる復讐鬼という見方を強調し、キラを、更に正しいように思わせるためであり、そのためには、シンはお咎めなしで釈放されて、増長していなければ、ならず、さらには、そのシンから、ステラの命を奪うのだが、彼女には、いくつもの都市を破壊していたという罪状が着き、ぱっと見には、討たれなければいけない理由が出来てしまうのだ。
シンがキラを狙う理由としては、もう少しで、ステラへの説得が成功するはずだったのに、それを、何も知らないとはいえ、ぶち壊したというものが存在する

この時点で、いずれの陣営にも属さずに、戦場に乱入してきては暴れ回る。しかも、自分が何をしたらいいのか、わからないという状態で、おまけに、デストロイの一件を除けば、オーブがらみの戦闘にしか介入せずに、デストロイ戦では、カオスガンダムを、集団リンチのようにして、撃墜している。 人助けのためとはいいがたい言動を重ねているわけだが、対するシンは、ぱっと見には逆恨みとも取れる動機で、フリーダムを狙う。

普通ならば、シンに対して、同情的な感情が高まるケースと思われるが、それまでに、組織のルールを無視して、己の感情に任せた行動。挙句の果てに、お咎めなしで釈放されたにもかかわらず、上司に対する増長した言動を取る。

これらの行動により、シンを快く思わない人たちの感情に、さらに拍車がかかるのは、想像に難くないでしょう。こういった一連の、キラたちの問題行動を霞ませるために、シンを悪く見せて、スケープゴートにするための可能性が高いわけですから、当然かもしれませんが。

この時点で、シンを快く思わない人は、好き勝手やっておいて、さらには、自らの責任を棚に上げて、逆恨みをする。しかも、己の恨みを晴らすために公務を利用する奴というイメージが強くなるわけだが、多くの組織に身をおく人間がこれを快く思うわけはない。

こう言うイメージを持つ人もいたはずだ。

しかし、キラがシンをかばうにしても、フリーダムで、強引にでもインパルスを引っ張るとかという手段も使えたはずであり、キラがシンをかばって死亡と言うのは、嫁にとっては、論外にしても、いきなり、不殺を気取っていたのに、堂々とビームサーベルを相手に突き刺すようなことを、必ずしなければいけないと言うことはないだろうし、シンを攻撃から守るというやり方を取る事だって出来たはずでしょう、作中で言っている様な、高い技量と高性能な機体に乗っているなら。

まあ、シンが、戦争によって、大事なものを奪われたという過去を乗り越え、辛い過去は自分だけではなく、数多くの人たちが、同じような目に会っている。少なくとも、自分と同じ境遇の人間をこれ以上作り出さないためにも、戦いを1日でも早く終わらせるといった考えに基いて、行動すればするだけ、キラやアスランが相対的に、その行動に問題があるのが、より強調されるわけですし、キラを正しく見せるためには、シンを悪役にせねばいけない。物語の必然と言うよりは、嫁がそういう形でしか、シンを描けなかったという要素が強いと思われる。

話が進めば進むほど、シンに対する同情の感情はあっても、好感度が上がりにくい展開になっており、ロゴスを散々苦労して、やっつけた後に、たいした証拠もないのに、議長を悪と決め付けたら楠達によって、レクイエムは破壊され、メサイアは陥落、シン自身も、キラではなく、アスランに叩きのめされるという憂き目にあって、美味しいところをキラたちに掻っ攫われ、挙句の果てにオーブの墓碑の前で、キラと和解させられるという目に合わされるという散々な扱いである。

勿論、シンを快く思っていなくても、何の脈絡もなく、最終回にいくつかのシーンを追加して、手直しした後の後日談に、こう言うシーンを、いきなり入れられて、納得できる人間など、早々いるわけもなく、そもそも、この物語は、キラによって、家族を殺されたシン・アスカが戦いの中で、成長していき、どうなっていくかを期待している人間も多かったはずである。
ところが、2月か3月になって、いきなり、シンを主人公から降板させて、キラを主人公にすると言う話が持ち上がり、スタッフの言葉はと言うと、「感情移入できない」というものである。

「だったら、何のために主人公にしたんだ!」

と怒るのは当然の話であるが、そもそも、シンは、家族を戦争によって失い、その辛い思いを繰り返さないためにも、軍に入り、力を得たいというのが動機で、ザフトにはいり、数々の戦果を得て、スーパーエースになっていく、という、内容だけを見れば、彼自身の心情を別にすれば、オーソドックスなサクセスストーリーであり、書き方に高い技量を要求されるキャラだったのである。
当然、脚本家としての技量がない嫁は、自分に都合のいい主人公だったキラやアスランを書くことに、逃避して、シンの出番は少なくなるわ、あっても、好感を得られない行動をとるわという欠き方しかされなくなっていく。当然だろう、自分の実力での仕上がり、自分のやったことの責任を取れる人間を、旦那のコネで、仕事を得て、それを笠に来て、好き勝手やっている(電童のスバル事件とかね)人間が、真っ向から向き合って、その姿を真摯に書くなど、どう、逆立ちしTも無理なのだ。
それがゆえに、他のスタッフが、嫁の暴走を抑えるために生み出したキャラという説まで、あるくらいなのだ、シンと言うキャラは。
だからこそ、主人公だと言うのに、出番を少なくして、アスランを出張らせて、キラを主人公に返り咲かせて、キラを中心に話を書くということで、シンを悪役に仕立てて、お茶を濁すと言うやり方を選ばざるを得なかったのだろう。
もっとも、前作種とて、当初、ファーストガンダムの焼き直しと言われるようなストーリーであり、どう書き進めて言っても、普通は、キャラが、その中で成長していくというのは、まず、避けられなかったはずなのだ。
戦争の中で、助けの手を差し伸べられるときはあるが、基本的には、立ちはだかる困難を自分お手で何とかしていかないといけない。特に、ガンダムを動かせるのが、キラだけであれば、尚更。
ストーリーは焼き直しでも、キラが、戦争の中を戦い抜き、その中で、何かを感じ取って、その繰り返しの中で、成長する。そのことには変わりはないわけだが、ストーリー後半、アスランとの戦いで、イージスをストライクに張り付かせ、アスランが自爆させたことで、死んだと思われていたキラは、なぜか、プラントで目を覚まし、かつて助けたラクスによって、ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載し、活動時間無制限の機体を手に入れ、さらには連合を抜け出し、同じく、連合を抜け出したアークエンジェルクルーや、ラクス、アスランやディアッカと、三隻同盟を結成し、いずれの陣営にも属さずに、戦争を終わらせるために戦うといえば、聞こえがいいが、やっていることは、戦場に乱入して、桁違いの性能の機体、しかも、ミーティアというオプション付きで暴れまわり、最終的にラスボスに言い負かされ、逆切れで、相手を倒して、お終いという、しまらない結末になってしまったわけだ。
物語を描くために研鑚するのではなく、自分の好き勝手に書いているだけであるから、その結果、自分が知らない領域を書かないといけなくなった。
人間は、自分の知っていることを基本にして、それを元に想像力で、話を膨らませるという手段でしか、者を語れない。戦いの中で、人が真摯に生きるというということは、嫁にとっては、どうかいても大嘘になり、まっとうな脚本家なら、それでも、物語を描くために追求するものを、嫁は、まっとうな脚本家ではないから、真正面から向かい合えなかったのではなかった。
だからこそ、キラやラクスに、強力な武器与えて、好き勝手暴れさせて、悪い奴を倒させてお終いという風にしたのであろう。
美人の恋人(嫁さん)が自分にベタぼれで、しかも自分のやることに、理解を示してくれてどこまでも協力してくれるのだから、シチュエーションだけ見れば、いいと思った人間も少なくはなかったのかもしれない。シンと違い、スーパーコーディネーターに生まれてくるのは、自分の努力でどうにかなるものでなく、運であり、キラがガンダムに乗ったのも、戦争にかかわり、ラクストであったのも、運であり、シンと違い、自分もチャンスさえあれば、キラのような境遇になれると考えることもできるのだ。
逆にシンは、ザフトに入るまではともかく、そこから優秀な成績で赤服になり、最新鋭機のパイロットになるなど、自らの努力で掴み取った結果であり、そのためには並々ならぬ精進が必要とされるのだ。
好き好んで後者を選ぶのは、そうそういないだろう。
だからこそ、「俺の家族はアスハに殺されたんだ!!」とわめいていたころなら、まだ何とかなったかもしれないが、話が進んでいくにつれて、成長していくシンを描くのが難しくなり、キラやアスランを中心に話を書いていき、挙句のはてに製作者サイドで、主人公交代だの、主人公三人制だのと、妙な、変更を繰り返していたのも、シンアスカという一個人を主人公として、描くのには、嫁には荷が重いキャラであったからに他ならない。

ただ、それだけならば、前作種は、もっと大きな形で失敗していてもおかしくは無いわけだが、そうはならなかった。まあひとつは、ガンダムの看板ゆえに、ついつい期待してしまうという心理が存在したのはいうまでもないが、前述したように、キラに関して言えば、最終的には、自分が努力しなくとも、幸運が転がり込んで、順風満帆に事が進むというたぐいの話が流れが描かれているわけだが、大して、努力しておらず、むしろ、何もしていないのに、好条件がいくつもついている美女が、自分のことを好いていてくれてて、しかも、その美女からもたらされた高性能MSに乗って、戦争を終わらせるために戦ったなんて、以前に言った、一発逆転願望

http://kwan.exblog.jp/3755979

とまんま、あてはまるわけで、それがキラを支持する男性ファンの欲望をダイレクトに突いたのだという気はする。実際、種がはじまった前後の、男性ファンに人気の女性キャラは、男に都合のいい条件を取り揃えたキャラが増えていたような気がするし、女性ファンの場合は、種ははじまった頃は、イケメンブームの真っ最中であり、イケメン俳優が、仮面ライダーになる、しかも、殺人を犯した汚職刑事とか、凶悪犯とか、ネットで人を操り、自分がプログラムしたゲームで、互いに傷つけ合わせることを遊びでやっている大学生とか、強力な力を使って、好き勝手に振舞うことを、平気でやる人間が仮面ライダーの名前を名乗る「仮面ライダー龍騎」をやっており、次の作品の「仮面ライダーファイズ」は、ベルトは、変身装置で、誰でもなれるわけではないが、オルフェノクと呼ばれる異形の力を手にしていれば、変身してライダーになれるというものであり、善にも悪にもなると言うものであるが、どうも、イケメン俳優とかを目立たせるのと、話題づくりのために、ベルトを、めぼしい人間に身につけさせて、変身させていた節があるので、
話の内容や、行動の善悪ではなく、イケメンが目立って、それが受けれいればいいみたいな風潮が、やたら強かった時期であり、言ってみれば、これも、女性の欲望に強く訴えるというやり方をとっていたといってもいいだろう。
まあ、仮面ライダーは正義のヒーローで、そんな好き勝手しかしない奴が、ライダーを名乗るなと怒ってたファンも確かにいるのだが、売り手の側にとって見れば、イケメン俳優にキャーキャーいうだけのミーハーファンでも、それを相手にっやっているほうが、口うるさい古参ファンよりも、手っ取り早く商売になるのだから、そっちの方がやりやすいと踏んだのだろう。
しかも、種は、美少年キャラをメインにすえて、いずれの勢力にも属さずに、自らが正しいと思うことのために行動し、そうできるだけの力を持っていたというガンダムWのそれを髣髴とさせるような行動をとっていて、「エンドレスワルツ」のレイは言うに及ばず、トルーパーや、過去いくつか、美少年キャラのグループがメインで受けた作品と言うのは、ビデオ(いまだと、DVD)、Cdが馬鹿売れした経験もあるから、それを髣髴とさせる、つまり、美少年要素が強い「種」もいけると踏んだから、制作進行に遅れが目立っていたり、脚本に問題がありまくりだったりしたにもかかわらず、負債の首がとりあえず、つながったのも、このあたりの事情と、無関係ではないだろう。
種のころは、まだ、ボロがあまりでていなかったから、そこそこ、の反響を得ることが出来たわけで、種デスのころも、まだ、他のスタッフは、嫁の事を買いかぶれていたのは、このあたりの事情に助けられていた可能性は高いだろう。
しかも、キラが戦うことで、生まれた犠牲の目撃者であるシン・アスカを主人公にしたのも、結局のところ、成長したシンが、キラと和解し、「やっぱり、キラは正しい」ということをやりたかったのだが、前述したように、シンは敷居の高いキャラで、嫁の手におえるものではなかったのだ。
そういう場合、人は易きに流れやすく、それをごまかすために話にゆがみが生じて、「なんじゃこりゃ」と言いたくなるような、悪夢の第四ク-ルにつながったのだろう。
安易に過去の事例に当てはめたがために、目先の儲けで、切るべき人間を切らずに、さらには扱いやすい人間だったがために、好き勝手やらせた挙句が、種デスの最終回みたいに、一部のファン以外は大顰蹙という最悪の結果を招いてしまったという大やけどをする羽目になったのは、当然の帰結としかいようがない。
そんな話で、脚本の技量のつけを、主人公や、周辺の人物達が一手にになわされ、作中でもゆがめられ、、シンファン以外のファンからも、必要以上に、厳しい目で見られ、話を作っている人間は自己正当化して、やたらと自分に都合のいいように動かないキャラクターを貶めて、責任をとらないのだから、いいかげんにしろ、と思いたくもなる(そんな可愛い話ではないが)。
[PR]
by kwanp | 2006-01-03 11:46 | アニメ
<< うわぁ・・・、いよいよ・・・・ 目に見えて・・・ >>