結局のところは・・・

伊澄がハヤテ争奪戦から降りたのでは、という意見がチラホラ目立つわけですが、そうは思っていない、私の私見はともかく、そう見られても、おかしくはないでしょうね。何しろ、第一部の後は、2ヶ月も出番が無かったわけですし、第一部の終わりで、とりあえずは、ハヤテのことを諦めたかのような言動、さらには、旧校舎の話では、人体標本を操って、桂妹を驚かす役と、第一部の途中から出てきて、一時はメインになったのがウソのような、ご無沙汰感。
他にも、タイ・タニック号の一件など、ハヤテと他のヒロインとの間を盛り立てるような役回りが多かったうえに、今回の発言ですから、リタイヤと見られてもおかしくは無いわけですし、桂妹に対する弱点を突くやり方も、「フラグ消滅か」と思ったほどですし。
ともあれ、特定のヒロインに焦点を当てて、出番が終わったら、ほとんど出てこない上に、あの台詞では、そう思われても仕方ないと思いますけどね。

でまあ、今週の伊澄のシーンに関しては、チグハグ、唐突感が強かったわけですが、まあ、あのシーンで結局、「僕はお嬢様のそばにいますよ」という決意表明につながるわけですし、今回の話は第1部のラストの狂言誘拐騒動と構図的には、一見、同じなんですが、違うところと言えば、第1部では、ハヤテ・お嬢・伊澄・ワタルというやや入り組んだ関係を構築していて、その結果、ハヤテにはあまり、非がなかった(しいていうなら、鈍かったと言うことか?)のに、お嬢の勘違いで、売り飛ばされてしまって、それで、お嬢が、自分にとって、大事な存在であるときが付いて、助けに行ったことであったが、今回は、ハヤテが自分の借金返済に我を失って、結局、詰めの甘さゆえに、三千院家を一時的(?)に追い出されると言う状況に陥ったわけで、本人の意思や、事情はどうあれ、ハヤテが、結果的にお嬢を自分の目的のために利用したことは、事実だということだ。
でっ、今週の話では、「僕のかえる場所は・・」という台詞を言うわけですが、今回の話では、ハヤテがお嬢のそばで、彼女を守ることが自分にとって、いかに大切であるかを痛感させられるエピソードな訳ですが、一度は、自分が目先の欲に目がくらみ、その居場所を、自らの詰めの甘さから失うという事態を引き起こしてしまっているわけで、失ったものが以下に大切であるかを痛感させられるのが執事とらのあな編での話で描かれることだったと思うわけですが、
如何に大事かと言うことを痛感することで、決意を新たに、お嬢のために一流の執事になると誓うわけですが、そのためには、マラソン大会で、己が欲に目がくらんで、お嬢を利用したことと言う真実を直視することも避けられないわけですし。
そうでなくても、桂妹にやったことも、何らかの形で落とし前をつけないといけないのですが、それもやっていなくて、平然と力を借りに行ってますし(謝るくらいはするべきでしょう)。
つまり、お嬢を守ると言う決意を新たにするなら、そのお嬢に対してやったことや、お嬢のためと称して、やったことという現実は消えないわけです。
まあ、ハヤテを罰しろと言いたいのではなく、そういった事実が存在する以上、それを踏まえたうえで、なおも、お嬢を守ろうと決意するなら、それはそれでいい。手段を選ぶ余裕が無いなら、それも仕方ないだろう。
お嬢を自分の欲望のために利用した、だから、今度は間違わない、そんなことはしないと決意するからこそ、その決意が映えるわけですが、今のところ、その気配はなく、伊澄の台詞で気が付くと言う経緯をたどって、ハヤテが「帰る場所は」という発言につながっているわけですが、
次回以降のエピソードで、このことに触れないのであれば、次の五大行事のときにでも、賞金云々で触れるのかもしれませんが、それが無ければ、別の見方があるのか、それとも、桂妹への態度を考えると、結局は、主人公をよく見せるためにスルーしているのか、あるいは、気が付かずに賞金の設定をしているのか、と思えるわけですが、いずれにしろ、マラソン大会でハヤテがやったことは、私が言うように、お嬢を自分の借金返済に利用したというのは、紛れも無い事実な訳ですが、この事実が、お嬢のヒーロー云々の発言以降、改めて、お嬢を守ると誓った、ハヤテに突きつけられるのは、普通に考えれば、避けられない話ですし、本人がその事実二機がつけば、疾風自身が苦しむわけで、その葛藤がドラマになるとは思うのですよね(それが無ければ、うそでしょう)。
そうでなくても、ハヤテがお嬢のために奔走すればするほど、いずれ、何らかの形で、その現実は、彼にのしかかってくるわけですが。畑センセが賞金の設定を、そこまで考えずに設定したと言うのなら、ともかく。
おまけに、ハヤテは、お嬢に対して、恩義を強く感じているわけで、彼がお嬢を守るのは、いってみれば、その恩に報いるため、職務にいそしんでいるわけで、ハヤテがお嬢のヒーロー太郎とすればするほど、この傾向に拍車がかかる。
それは、ハヤテに恋愛感情を抱いているお嬢とのすれ違いを意味するわけで、ハヤテがお嬢のヒーローとして、頑張れば頑張るほど、このすれ違いは大きくなるのは、避けられない。
このすれ違いに乗じて、三千院の財産問題なり、他のヒロイン、桂妹、もしくは西沢の台頭なりがかかれるか、あるいは、姫神の登場で、クラウスがこれ幸いとばかりに、ハヤテをお嬢から遠ざけるとかが考えられるが、それはオーソドックスに話を書いていればの話。
伊澄の告白以降は、勘違いとすれ違いの関係やら、ハヤテの不幸など、主人公モテモテ状態以外の王道パターンを極力配している節があるわけですが、ここ最近にいたっては、描きたいシーンだけを数珠繋ぎに書いて、これまでのじっくりゆっくりと言うスタイルに反する描き方をしているわけですが、これは多分、畑センセのような、たくさんの設定がびっしりと詰め込まれた作品で、時間をかけて語らないといけないタイプの書き手が、はしりやすい傾向といえるのですが、この手のタイプが、物語をじっくりゆっくり語るのは当たり前、それをコンパクトに、そして、スピーディにかたるのが、レベルの高い書き手だ、という考え方にはまりやすいわけで、週刊連載で、「もっと早く話を進めろ」とせかされていれば、そういう傾向に陥るのは、なおのことなんでしょうね・・・・。
いきなり、そんなことをすれば、物語ではなく、単なる情報の羅列にしかならないわけで、最近の展開に感じる、「何か違う」感の正体かもしれません。まあ、当然の欲といえば、それまでなんでしょうけど、いきなり、スタイルを変えようとしても上手くはいきませんし、それで、物語が物語として、機能しなくなれば、本末転倒でしかないので、じっくりゆっくり、話を描くスタイルだけは、変えないほうがいいと思うのですが。
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by kwanp | 2006-01-07 22:44 | コミックス
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