個人的には、悪くはなかったかな・・・

多くのファンから見れば、衝撃、個人的にはあれでENDマークを打たれても、一向に差しさわりの無い展開から数ヶ月、武装錬金もようやく、完結編のお目見えです。

まあ、カズ×トキのブライダルウェアが描かれた表紙に関しては、他のサイトで大騒ぎしてくれるでしょうから、おいといて、のっけから、カズキの代わりに、決着をつけに来たと言い放つ、斗貴子さん。
しかし、パピヨンは、代わりなどいない、と言い放ち、「お前にはいるのか?」と逆に問い掛けます。

一心同体といった相手の代わりなど、いるわけはありませんし、代わりに毛着をつけても意味が無い。もっとも、

彼女の場合は、後ろめたさの域を出ておりませんが。

そもそも、カズキが月へ行っちゃったのは、彼女が、死んだカズキに力を与えてしまったため、戦団から追われ、ブラボーと戦う羽目になったのも、この戦いにまつわる全ては、斗貴子さんが新しい命として、黒い核鉄を与えたことからはじまっているのです。

カズキが傍らにいる限り、その事実を彼女は突きつけられるわけで、辛いことだと思いますが、それも、彼女が選択した結果なのです。
その責任を命が終わるまで、取り続けないといけないわけですよ。

長い年月をかければ、それも何らかの形で、心の中で決着がついたのかもしれませんが、
カズキは、皆を救うために、一人、帰れる保障の無い、終わり戦いを選ぶことになってしまったわけです。

つまり、大事な人間を失ったとともに、彼を、そこまで追い込んだのは、自分だ、と彼女は自責の念に借られ、せめて、今の自分が、カズキにしてやれることは無いかと悩むわけです。

一方、戦団、というよりも、照星はヴィクターの一件で、突きつけられた、戦団がヴィクトリアをホムンクルスにして、追ってとして差し向けた事実から、戦団の方針を見直す、つまりは組織改革に乗り出すわけです。
「できる出来ないのではなく、やれねばならないのです」と照星が言ったように、このまま、戦団の体質を見過ごせば、ヴィクター、カズキに続いて、同じ悲劇が繰り返されないとも限りません。
力を求める人間はいくらでもいるわけで、その結果、誰かが黒い核鉄、もしくは、それに近いものを作り出さない保障はありませんし。
そうでなくても、一人の男を追い詰めて、その結果、多くの命が犠牲になり、彼が、バタフライにもたらした技術により、その犠牲は百年間で続けていたのですし、今回の戦いでも、関わった人間が傷ついてしまったあげく、一人の少年が皆を守るために、空の彼方へ消えてしまったわけですから、戦団の体質を放置すれば、いくども同じ事が繰り返され、さらには、もっと大きな悲劇が起きるかもしれませんからね。
というよりも、ホムンクルスは、もともと、錬金術の産物であり、それを自分たちの手で排除していたとはいえ、自分のやったことの責任を自分で取っていたわけですが、他人を己の欲望の犠牲にしていたことには変わりない。
そして、人の欲望には際限が無いわけですから。ここで、その流れを断ち切らないといけない、
数多くの戦いを潜り抜けてきた男が、そう決断するのも無理はありません。
これだけの事態を引き起こしたのが人の手によるものであるならば、人はそれを変える事もできるはずですからね。

そして、ホムンクルスの制圧、その締めとも言えるべき任務が、パピヨン制圧であるのですが、カズキを失ってしまったことへの、悲しみから、やけになった斗貴子さん。周りの人間が、心配するのですが、その言葉は当然届きません。
剛太も、彼女が笑顔に戻るなら、と同行を申し出、桜花、秋水とともにパピヨンのアジトに向かいます。

そこに待ち受けていたのは、かつて、連載序盤で、パピヨンになる前の蝶野が使役していたホムンクルス達。
ドクターアレクのクローン技術を使って、再生させたようですが、桜花、秋水がその相手を買って出て、斗貴子さん、剛太を先に行かせます。

そして、一番の側近の相手を剛太が引き受け、パピヨンと退治する斗貴子さん。そして、冒頭の場面につながるわけですが・・・・・・、

その少し前、ヴィクトリアとの会話で、パピヨンの食尽衝動が薄れている理由は、彼が人間としての自分に執着が無いことを意味すると推測する彼女。
パピヨンの背後には、なにかの装置みたいなものが置いてあり、最終チェックとともに、カウントダウンを開始します。

食尽衝動の薄れ、つまり、人間蝶野公爵が、この世界には執着するべきものはなく、決着をつけるべき相手がいなくなった。

そのことから、斗貴子さんは、蝶野がこの世界を焼き尽くそうと考え、破壊しようとするのですが、パピヨンが、バルキリースカートの刃に貫かれながらも、守ったそれは、白い核鉄をより、完全に精製するためのもの。

彼は、カズキの帰還を信じ、約束を果たすために白い核鉄を作っていたのです。

カズキを失った悲しみのあまり、やけになった斗貴子さん、そして、カズキの帰還を信じて待つパピヨン。

普通、逆だろ!!

まあ、武装錬金クオリティとか、いいそうな人間は多そうなので、ほうっておくとして、よっぽど、連載中の展開にフラストレーションたまっていたんだな、和月氏。
この推測に関しては、後で述べるとして、

月から山吹色の光が見え、カズキが生きていることを知る斗貴子さん。そして、カズキを迎えに行くための準備をする戦団。

カズキを彼を待つものたちがいる世界へ返そうとするヴィクター。

カズキとヴィクターを、希望と絶望になぞらえるわけですが、運が良かった、悪かったの差に思えてしまいますね。
一歩間違えていれば、斗貴子さんは、カズキと敵対したかも知れず、まひろたちも、カズキをバケモノと呼んだかも知れない。
希望を手放さなかった姿勢は確かに正しかったかもしれませんが、その姿勢を貫いたからこそ、この結果になったのかもしれませんが、どんな強い人間でも、僅かな隙が、その人を良くも悪くも、変えてしまうわけですし、その姿勢を貫いたところで、報われないものは報われない。
大体、カズキの仲間たちは、彼をバケモノとして迫害したりしませんでしたし、斗貴子さんやまひろが、敵として立ちはだかることもなかったわけで、追った句同じ状況に追い込まれてもなお、希望を手放さなければ、その姿勢の違いが二人を分けたということにも納得は出来ますが、ヴィクター化した以外は、カズキは、ブラボーと戦うことだって、ヴィクター編以前から、何らかの形で、彼を越えるべき壁と作者自身が言っていたわけですから、形としては、やや以外だったかもしれませんが、ある意味、予定されていたことですし。
それに対して、ヴィクターは、最強の戦士だということで、無理やり生き返らされて、何の非も無いのに、失敗作だということで、かつての同胞から追われて、挙句の果てにかみさんは、脳だけ、娘はホムンクルス仁なってしまい、それで、100年もの年月を過ごしたわけですから、同じ状況の両者というには、無理があるわけです。
だから、姿勢の違いや、ヴィクターの姿勢が間違っていたというよりかは、運が良かったという印象が強いのですよね。

それはさておき、

完結編は、カズキによって、変わった者たちが、カズキを彼の待つ世界へ返すストーリーだったわけです。

そして、白い核鉄を手にしたカズキと、パピヨンの一撃の下に決まるであろう決闘。カズキは、偽善者といわれながらも、パピヨンの命を奪わずに、新しい命と名前で、この世界を生きてくれ、と、刃を収め、みんなが幸せになる道を選び、それをやりとおすことを誓うのでした。

一方、ヴィクターのほうも、白い核鉄によって、元の身体に戻り、娘と再会を果たすわけですが、娘と同じホムンクルスになって、月へわたり、戦団は活動を凍結し、ホムンクルスの再人間化、核鉄の管理ということを目的にして、新たなスタートをきることに。
剛太は、斗貴子さんのことを頼むといって、戦団に残ることを決意。ある意味、作品のとばっちりを一手に背負うことになった男、好きな人の幸せを願って、己のみを引く決意とともに、退場。
後日談で、一番男を上げたのは、こいつで笑ねえ・・・・。

そして、人々の間でささやかれるパピヨンの名前。謎の怪人として、人々に親しまれ、新たな命をエンジョイしているパピヨンの姿が。

カズキや、斗貴子さん2人よりも、他の人々に焦点を当てた後日談、物語の締めくくりとしては悪くはないし、ブレイドエンドの先を、この作品なりに描いているわけですから、週刊連載の最終回以降、この作品に対して、冷ややかな目で見てきたものとしても、素直に面白かったですね。

思うに、武装錬金、この作品は、私は巷で言うほど、惜しまれる作品ではないということは、散々言ってきたわけです(ピリオドでは、そこそこ、納得のいく回答を出してくれましたけどね)が、この作品の場合も、このファンサービスのさじ加減を極端に誤ったがために、打ち切りの憂き目にあったよいまでも、考え方を買える気はありませんが、要するにカズ×トキのストロベリーが好きな人と、そうでない人手は、受け入れられるか受け入れられないか、が大きく別れるわけですが、あまつさえ、その主人公が、仮面ライダーみたいな設定なのに、恋愛ものに偏って、無敵の力を手にして、しかも、ヒロインとラブラブなのですから、これで、離れていったファンも少なくなかったと思いますよ。
武装錬金がはじまった頃というのは、仮面ライダーファイズがやっていた頃でして、要するに、私を含め旧作ライダーから見ている人間は、「あんなんライダーじゃねえ」というように、自分の欲望のためだけに戦うライダーを、見せ付けられてたわけですよ。当時、評判の良かった、アバレンジャーも、アバレキラー登場以降、変な方向にはしりだしてしまいましたし。
だったら、みなきゃいい?

それで、あっさり見ないように割り切れるなら、いい年して、ライダーやガンダム見とらんわ!!

それでも、いつかは・・・と面白くなるという希望を抱えつつ、まあ、見続けていたわけですが、
その願いがかなうことはブレイドの後半まで無かったわけです。
仮面ライダー的な主人公、そして、ホムンクルスという、奇械人やオルフェノクを思わせる設定。そして、困っている人を見たらほうっては置けない、そして、正義感の強い主人公が、力を得て、人々を守るために、人知れず戦う。
イケメン人気を意識しすぎて、ヒーローが変な風にかかれた作品ばかりだった頃に、こういった設定の主人公が人の世に隠れて、人をむさぼり喰らうバケモノを相手に戦うというシチュエーション、燃えないわけには行かないでしょう。
そして、ヒロイン&当初、戦士としての指導も行っていた斗貴子さんの戦うためのルールを優先させ、任務達成のために、邪魔なものは排除するという姿勢や、パピヨンになる前の蝶野、そして、早坂姉弟という風に、戦士としては、実力的に、不完全であるがゆえに、彼等を人として、扱い、それを受け入れ、彼らの中の何かを変えていったというカズキの姿勢は、ある意味、十分ヒーロー的なものでしたし。
ところが、LXE編の終わりごろに、打ち切りの危機が訪れ、根強いファンの支持で、それを回避できた、そこまではいいのですが、その根強い読者が求めているものはといえば、変態てんこもりの展開、そして、容赦なく目潰しを行ったり、作者自らにすら、「アレのどこがカマやねん」と突っ込みを入れられたりする、ヒロインらしからぬ要素の塊のヒロイン、斗貴子さん。
そして、カズキとのストロベリーな展開ですが、そのファンの要望にこたえるために、剛太(たぶん、まひろに惚れるという設定がこのために変えられたものだと思われる)は踏み台にされ、カズキと斗貴子さんはストロベリーな逃避行に及ぶわけですが、一度失ったはずの命がつながれて、それを一人でも多くの人間を守るために使おうと決心した人間が、好きな女と逃避行。
おまけに追っ手は、彼よりも弱い相手ばかりですし、最強の力を手に入れても、それを振り回して、敵を蹴散らすだけで、デメリットは無いも同然。しかも、最初から、悟って、超越的な域に達している感すらあったことが拍車をかけて、力及ばずとも、こんなにもめげずに、命を守ろうとしていた頃の面影は影をひそめましたし。

ぎゃくに、再殺編が始まった少し後から、仮面ライダーブレイドが、まっとうなヒーローらしい展開になっていき、人気を持ち直しだして、対照的に、最強の力手に入れて、邪魔するものもいなくて、好きな女と一緒に逃避行というある意味、主人公にいい要素が揃いすぎた武装錬金が、ブレイドよりも、よく見られるか、といえば、それは難しいという答えが出てくるのではないか?
しかも、ブレイドのラストは、皆を守るために、自分は、化け物になって姿を消すという自己犠牲エンド。

しかも仮面ライダー、特に旧作は、人でもなく、バケモノでもない存在であるがために、大事な人たちと距離をとり、皆の幸せのために、一人戦い続けるという選択を選ぶのが常です(単に集結するけど、それとて、でかい組織との戦いがクライマックスに迫ったときですしね)
特撮ヒーロー的要素を持ちつつも、それとは逆の道を行く武装錬金というのは、潜在的なファン層の特撮ファンを見抜けなかった、もしくは、それよりも、カズ×トキストロベリーを望む声に、応じざるを得なかったために、その層のファン離れも、打ち切りの一因となったのかもしれません。

おまけに、剛太とのう友情を優先したがために、斗貴子さんがカズキに感じていたであろう罪悪感というのは、折り合いがつかないまま、ストーリーは進んでいったわけですし。
だからこそ、一心同体とか言っておきながら、最後の最後で、手を離したカズキに驚き、八つ当た気味に暴れまわったのでしょうね。
一心同体というのであれば、カズキがあそこで、皆の命を守ることを優先させて、自分のみを省みない方法に出るのは、分かるはず。そして、止めても無駄だということも。
いくな、と思うのは当然ですが、しかし、止めても無駄なのも分かっている。だからこそ、このあたりの葛藤にドラマがあるわけですが、斗貴子さんはただ、泣き喚くだけ。
逆に決着をつける相手がいなくなったパピヨンが、帰って来るのを信じて、白い核鉄を作るという行為をしている。

さっきも言いましたが、普通逆ですし、仮にも一心同体といっ相手が、手の届かないところに言っても、その寂しさに耐えて、帰りを待つから、その姿にドラマや、感動を感じるわけです。
ところが、大事な相手がいなくなって、荒れて、それをライバルに諭される。
戦士としてのルールに忠実で、ホムンクルスを倒すことだけをヨシとしてきた少女が、大事な人を得て変わったというのは分かりますが、最終回に、ヒロインがやることじゃありません(きっぱり)。
大事だからこそ、失って悲しい。それは分かりますが、だからといって、感情任せに暴れて、周りがお膳縦して、カズキを迎えにいって、好きな人が帰ってきて、ハッピーエンド。
ヒロインの成長も何も、あったものじゃないと思うのですが・・・。
普通は、決着をつけるべき相手を失って、凶行に走るライバルを、同じ相手を失ったヒロインが、命をかけて、止めるのが、普通でしょうに・・・・。

まあ、この作品は斗貴子さんじゃなくて、パピヨンがヒロインなのは、結末を見ても明らかといえば、それまでなんですが。

大事な相手を失って、悲しみにくれる人間、そして、立ち上がり、どうしても譲れない、守るべきもの、大事なもののために、再び立ち上がる。
このあたりを剣心で、力の限りやってしまいましたから、下手にやれば、マンネリになってしまうということもあったのかもしれませんが、一度、打ち切りを免れたことで、より、読者の声に答えることを意識したのもあったのではないか?
それがゆえに、再殺編で、極端にカズ×トキストロベリーな展開を行い、それがゆえに、カズ×トキストロベリー以外の要素を楽しみにしていた、そして、好きだけど、何か違うという読者は離れていったのかもしれませんね。種デスでも、キラファンが、種デスでの描かれ方に違和感を感じるということもありましたし。
カズ×トキストロベリーを好む人が望む光景というのは、人によって違うはずですしね。
カズキと斗貴子さんが結ばれれば、形は何だっていいと思う人はそういないはずですし、すきだからこそ、拘っている人もいたはずですからね。
ああいう形で描くのは、本人も嫌だったんじゃないか?とか勘繰ってしまうくらい、赤丸での完結編2本、特にピリオドでは、斗貴子さんの描き方が逆転しているわけですし。
一概にこうあるべき、というわけじゃないですし、こう言う展開もありかもしれませんが、「一心同体」と言ったからには、カズキの行動を理解して、その行動と、自分の心情との葛藤を描いて欲しかったかな、と思うもので。
ましてや、カズキは斗貴子さんをかばおうとして、命を落とし、黒い核鉄を、カズキの心臓にがわりにしたことで、物語は始まったという前提もあるわけですから。
なんか、周りがお膳立てして、それに乗っかっているだけという印象が強くて、それでハッピーエンドというのは、ちょっと、腑に落ちなかったわけですし。
まあ、物語において、恋愛要素は一要素に過ぎないわけですし、変にそっちに偏ると、ろくなことが無いわけですから。週刊連載の最終回のしめ方で、一区切りつけて、読者アンケートを気にしなくて言い、赤丸での完結編では、カズキを月へ行かせたり、パピヨンがカズキの帰りを信じて、白い核鉄を作り、しかも、斗貴子さんの悲しみに押しつぶされた行動がそれのアクセントになっているわけですから、一見、カズキが帰ってきて、ハッピーエンドですが、結局、物語をしめるには、カズ×トキは、ある意味、重要なウェイトをしめていなかったということなんでしょうね。カズトキストロベリーを強調せざるを得なかった反動が、斗貴子さんの描かれ方に見事に出ていますな、ホント。
週刊版で、もっと、こう言う雰囲気で書いていてくれれば、打ち切られることもなかったと思うのですが、それは後の祭りという奴なんでしょうね・・・・・。
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by kwanp | 2006-01-16 15:19 | コミックス
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