洒落になっていないといえば

今週のサブタイトルは、悪夢の第4クールのアレなのだが、これまでのマリアさんの扱いを考えると、「んでもって」でもねたにされていたように、扱いがまんま、シンアスカでしたからねえ・・・。

なにしろ、物語開始当初は、お嬢のほかには、クラスメートの女の子以外はいなかったということもありましたが、美人で有能で、優しくて、というように、何拍子も揃ったキャラで、それでも、ハヤテとお嬢の間の誤解を何とかしようとして、余計に誤解を深めたりしてという姿が微笑ましかったわけだが、伊澄が出てきたり、桂妹が出てきたりして、しかも人気が出て、という具合に、どんどん出番が減っていき、いつの間にやら、年増扱い(実は私も、最初、23位だと思っていた)されるわと、とんでもない扱いをされるようになってたわけだが、主人公なのに、出番は少ないわ、キラやアスランに見せ場を取られるわ、挙句の果てに、最終回では、アスランに身勝手な言い分で袋叩きにされるわと、散々な目にあわされ、公式でも、好き勝手言われていたシンに、今回のサブタイトルでダブらせた人間も少なくないんじゃないか、という気はするが(笑)

もっとも、帝のじいさんの後ろ盾とか、財産狙いとか、お嬢の命を狙うやからに事欠かないという状況で、17歳の今まで、潜り抜けてきたマリアさんの方が、立場だけを言えば種です開始時のキラやアスランであり、ハヤテのほうは、ひょんな偶然と、自分の撮とった思わぬ行動から、畑違いの世界に飛び込むことになったわけで、ある意味、シンに近いわけだが、実際には、無敵振りとか、何やっても、作者補正で多めに見られるといった部分や、それまででさえ、色々な手を使ってでも、かつといった描写が多かったのに、お嬢を守るという思いはともかくとして、必殺技を習得して、更に強くなったりと逆っぽいですしね・・・。

しかし、今回のサブタイトルは、ただでさえ意味深に見えてしまうのだが、書いている畑センセが、熱烈なガンダムファンであり、種デスに関して、納得がいかないみたいなことをそれとなく、作品で漏らしているわけですから、何か、考えているんじゃ・・・、という可能性も出てこざるをえないわけだ・・・。



桂姉が主人公クラスだというのは、ご存知の通りだが、一巻で書かれているように、マリアさんも、一応、主人公クラスのキャラなのである。

一方のシンは、オーブでの戦いで家族を失って、異郷のプラントで、難民として、移住し、軍のアカデミーに入る。
言ってみれば、プラントでは、少数民族であり、よそ者で、その不利な状況の中、赤服になって、物語開始時には、新鋭機のインパルスガンダムのパイロットに選ばれている。
でも、作中での扱いの悪さにもかかわらず(だからこそか)、弱いものや虐げられているものを守るために、命令違反をかう後で動き、その責任をしっかりととっていたり、超高性能期待相手に、己の機体の特性を生かして、倒したりと獅子奮迅の活躍を見せるわけだが、監督や脚本が、他のキャラを贔屓しているために、引き立て役というか、道化のような役割を背負わされて、最後には、アスランに叩きのめされて、しかも、キラと無理やり若いさせられるという散々な目に合わされていたりする。

マリアさんはというと、捨て子であり、財産や命を狙われている、お嬢の近くで、敵のほうが多いという状況で、彼女を守ってきたわけで、しかも、自身も、飛び級で超エリート校を、三年で卒業していたり、三千院家の長老ですら、頭が上がらない状況でも、お嬢を一人前の真人間にするためと、メイドの仕事をこなしていたりしているし、それでも、一歩、さがって、日々メイドの仕事にいそしんでいるわけで、一応、共通的なイメージは多いわけだ。
扱いの良くない主役級キャラにスポットをという意味では、シンを主人公らしく書くのも、マリアさんを再浮上させるのも、ニュアンス的には近いわけだ。

ただ、納得がいかないといっても、望む展開なんて、人それぞれだし、ましてや、種デスのストーリーラインにそって、シンを主人公として書いたボンボン版もあるわけで、投影するにしても、何らかの形で意識せざるをえなくなる。
まあ、マリアさん移管しては、名作劇場見たいな話を描きたいといってたわけですから、生まれとか、境遇とかを考えると、善良な主人公が、逆境の中、災難に巻き込まれたりしながらも、それを乗り越えて成長していったりする、言ってみればベタなストーリーが多いわけですから、ストーリーラインとしては、高山版に近い気もしますが、問題は、ハヤテとの関係をどうするか、ですが、ハヤテと境遇的によく似ている(あくまで、似ているのであって、同じではない)わけですし、マリアさんが優秀なのはともかくとして、ハヤテも、さまざまなバイトで培った技能や知識がありますし、マリアさんが、お嬢にとって、有能な保護者であることを考えると、ハヤテやお嬢が成長することで、彼女のスタンスも変わらざるを得ない。
マリアさんの場合は、お嬢を一人前の真人間にするということであるが、ハヤテが成長すれば、実際のところは、そんなことは無いのだが、ハヤテに彼女の役割をとられてしまうという錯覚を生み出す可能性もあるわけです。
ハヤテ、マリアさん、お嬢の三角関係になった場合、マリアさんは、自分お幸せをとるか、お嬢のことを考えて、身を引くかしないといけないわけですが、マリアさんの場合は下手をすれば、お嬢を真人間に育てるはずが、不幸にしてしまう可能性もあるわけで、自分の人生を根底から否定しかねない結果にならざるをえない。下手をすれば、二度と人を信じないという結果に陥らざるを得ないことも考えられますしね。
お嬢のためを思って、身を引くのが、己の幸せを諦めないといけない選択肢を選びそうな気もしますが・・・。
道転ぶにしても、泥沼は避けられないわけで、登場人物の成長が不可欠にならざるをえない。それも、飛躍的に。
結果的に、自分たちのやった事の尻拭いをしてこなかったハヤテが、自分のやったことの不始末をつけざるをえなくなるし、場合によっては、マリアさんは、ハヤテたちの前から、姿を消すのではないか、という可能性も考慮しているわけですが。

これは、私の持つイメージが、ヒロインの一人というより、おばさんキャラお嬢の保護者役というイメージが強いかもしれないが、お嬢が成長すれば、どういう形でアレ、一方的に守られてきたこれまでの関係とは違ってこざるをえない。
おばさんキャラというのは、庇護する対象にべったりとつき従っていたり、あれこれ、過剰に世話を焼いていたりするわけですが、作中での成長とともに、その関係も、対等なものになったり、相手の幸せを考えて、別れたり、突き放したり、と、そのままの関係ではいられない、ということを顕著に見せてくれるタイプのキャラでもありますが。
もちろん、成長したからといって、マリアさんがいなくなる必要が無いわけだが、マリアさん自身が、ハヤテがいるから、自分の庇護は必要ないし、自分の役割は終わったと思って、勝手に遠慮して、姿を消す。つまりは、お嬢を守るための役をハヤテにバトンタッチすることもありえるのではないか。
名作劇場でも、大抵の物語でも、マリアさんのような頼りになるキャラが、物語中、ずっと側で、主人公たちをフォローするよりも、途中で退場して、それによって、主人公たちが、これまで、その人物がいたことによって、直面せずに済んだ事柄に、真正面から、ぶち当たり、それを乗り越えていくという展開もありうるわけですし。
境遇も、役回りも似通っているわけですから、これまで、マリアさんがやってきたことを、これからは、ハヤテが、という交代劇も、伊澄の一件やら、本命チョコを渡す西沢とか、見せ場があった咲夜といった、キャラの書き方の変化や、お約束的な展開に陥るのを避けている畑センセの描き方を見ていると、マリアさんがさって、帝のじいさんの後ろ盾や、マリアさん、クラウスに守られることで、平穏に暮らしてきた、お嬢の生活の変化もありうるように思えますからねえ・・・。
そう思わせていて、裏をかくということも、大いに考えられるのですが・・・。お約束的展開が定着する前に(どちらかというと、少し早すぎるタイミングなのですけどね)、話しやキャラを書くのはいいんですが、マラソン大会やとらのあな編のように、それを意識しすぎて、欠ききれないというパターンに陥るんじゃないか、と少し心配なんですけどね・・・・。
さすがに、シンのように、途中まで浮上しても、それはキラやアスランを引き立てるための要素でしかなかったというようなことは無いと思いますが、西沢のことを考えると、無いとは言い切れませんが・・・。
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by kwanp | 2006-02-17 20:55 | コミックス
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