コメントに描こうかと思ったのだが・・・

このことに関しては、語るとやや長くなるので、こちらで語らせてもらうとしよう。というのも、こいんさんの今週のサンデー感想、


http://blog.livedoor.jp/death6coin/archives/50501308.html


ガッシュのところで、


>エリーの生命力の根拠が清麿への連絡にあったなら

その心配に関しては、杞憂だと断言できるので、大丈夫だといいたい。

アースの最後を伝えて、アースのことをガッシュたちにたくすのは、彼女の目的のひとつでしかないのだから。
何しろ、先の長くはない命であるために、生きることを放棄していたところに、アースが現れて、生きることをあきらめないことの大事さを教えたのであり、しかも、アスエリの関係は、

どう見ても、エリーが主で、アースが心配性じいやという、関係。

私は個人的には、カルディオの魔界送還も、主役補正ではなく、カルディオが魔界に帰ったあと、残されたのは、

兄馬鹿オトコノサウザーと心配性じいやのアースに、エリー。

どう考えても、お嬢様やお姫様の世話を過剰に焼きたがる兄貴やじいやに、それに対し、ひとり立ちしたがるお嬢様がそれを煙たがるというコメディチックな構図である。

心臓じいさんの体内に飛び込んでいって、エリーや大事な人たちを守るために、カルディオが魔界に帰ることをも辞さなかった、あの感動的なエピソードには、しっかりと落ちがついていたのである。

まあ、語りそびれたんですが、実は、コントロールルームの戦いも、実は、一年がかりで仕込まれたギャグネタがひそかに仕掛けられていて、あのステージは、あるキャラ(ゼオンや、ロデュウ、ジェデュンに非ず)のために作られたといっても過言ではなかったりと、結構、シリアスっぽい描写の中に、ギャグが影をひそめていて、雷句氏に、あんた、やっぱりギャグ漫画家だよ、と突っ込みを入れたくなった衝動に何度駆られたことか・・・。

まあ、06年あたりから、ガッシュに関しては、前以上に批判お声が強く聞こえてきていたのだが、ギャグ漫画家が、無理にシリアス書いている話を書けば、当然の話だろう。しかも、この傾向、、これからも、続く可能性が高いので、いやな予感を禁じえないんだよな・・・。

話が脱線したが、対等のパートナーではなく、主従であるということが、アースとエリーの関係であり、ゴームとの戦いでも、土壇場になるまで、自分が魔界に帰って、魂だけの存在になること辞さずに、エリーの命を優先していた。
このコンビ、ファウード編では、ファウードを魔界へ返すために、自分の命も顧みずに、それを行おうとしていたわけだが、これだって、清麿が、ファウードの封印をときつつ、それを魔界に返すというウルトラCを提示したことで、解決を見たのはご存知のとおりだが、エリーたちには、封印を説くか、自分の命を犠牲にしても、ファウードを魔界へ返すかというに炊くしかなかったわけで、清麿のような具体的な案がなくても、封印をときつつ、ファウードを魔界へ返すという手段を思い浮かばなかったのか、という疑問があったわけだが、まずは、エリーが、そのままでは、余命の少ない命であることであり、生きたくても生きられない絶望を抱えていたことが、大きく関係しているだろう。
相手の命を人質にして、自分の欲望のために、相手を従わせ、己の目的を果たす。
しかも、その結果、世界が滅びかねないし、下手をすれば、そんなリオウが王になるのである。
生きたくても生きられないつらさを知っている彼女にとっては、命の大切さは、いやというほど、理解していることであって、エリーにとって、これが許せない行為であることには違いない。
そんなやつと手を組むのも論外であるし、同じくのろいをかけられている相手でも、命惜しさにリオウと手を組むなら、敵だと思っていたのかもしれない。

もちろん、アースがエリーをできることなら、死なせたくはなかったのは、エリーの過去を知れば、明らかだが、22巻での再登場での、「アース、おぬしは本当にそれでよいのか!」と言われたときや、御意のままにといったときの彼の表情が物語っている。

しかし、彼女の命令に何でも従うといった誓いをたてっているわけで、それを破るわけには行かないし、彼女を助けつつ、世界を守るなんて、方法がわからない、いや、ひょっとすると、性分的に、思い浮かばなかったのかもしれない。
というのも、アースは、魔界の法を守る一族のものであるわけだが、ファウードを開放しつつ、魔界へ返すというのは裏技は、法を己の己のいいように利用する態度につながりかねないわけで、法を、厳守する態度を叩き込まれている可能性は高いし、子供であるから、法の解釈に融通を利かせるということを良しとしない態度を持っていても不思議ではない(彼の場合は大人になっても、変わらないと思うが)。
つまり、思い浮かばなかったわけだ。

この主従の関係は、魔界送還のぎりぎりまで、変わらなかったわけだが、死の恐怖を吐露して、それをエリーが、あきらめるな、生きようとすることの大切さを、自分の教えたのはお前だろう、と励ますことで、彼女らは、対等のパートナーになったわけだ。

まあ、そんな彼女らだが、清麿たちの前に、最初にあらわれたときは、バオウとファウード、魔界の脅威を取り除くために、ガッシュを消すことが目的であった上に、清麿が、自分に対して、いやな思いをさせた相手に対して、その事を忘れないというところがあり、主に金山にたいして、それは発揮されていた。
おまけに、ファウード再突入後は、ずっと、清麿は意識不明で(唯一の突っ込み担当の不在も、批判が高くなった原因のひとつなのだが)、おまけに、アスエリは、別行動で、最後まで、ファウードを魔界へ返す装置を守っていた。
つまり、意外と、彼らに対する理解を深める機会が少なかったのである・・・。

おまけに、エリーが手術をしないと生きられない体という事情をしらなかったし、意外と、アスエリに関して、清麿は、知らないことが多かったりするのだ。

アースや清麿たちに、どんなことがあっても生きようとすることをあきらめないこと、自分が正しいと思うことのために、他人を踏みにじらずに行動する、少なくとも、この二つのことの大切さを知った彼女は、何が何でも生きようとすることをあきらめないはずだ。

単にアースの意思を伝えるだけでは、彼女の生きようという意志は消えないわけで、ガッシュが王となり、アースが、その下で、法をつかさどる役割を担うことになっても、その生きようとする意志は消えるわけがないのだ。
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by kwanp | 2007-03-10 23:50 | コミックス
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