今回の話は・・・・

今回のサブタイトルは、02年にアニメになった「ほしのこえ」でしょうね。

さて、今週は、ヘタをすると、二度と戻れなくなるかも、というとんでもない引きからの続きです。

マヤの説明によると、SFなどでおなじみのウラシマ効果で、宇宙船での一日は百年に相当するらしく、要するに、二度と、あえなくなるとのことですが、しかし、考えようによっては、これって、今もある意味、大差はないのでは?

このあたりに関しては、後述するとして、ハヤテは、どんなことをしてでも、お嬢を助けたいと叫ぶわけですが、これまでの話を考えると、その場の勢いの方が近いような気が・・。

これまでの行動を見ていたら、雇い主がいなくなって、借金だけが残るのがいやだから、それを回避したいだけじゃないか、と思いたくもなるわけで。
まあ、一応は、忠誠心とか、お嬢に対する情もあるのだろうけど、いざとなれば、目先の目的のために、それらはあっさりと吹っ飛びますし。
問題は、それをありのままに書かなくて、ハヤテを正しいように書こうとすることですしね・・・。

第一部では、それほどでもなかったわけですが、第二部あたりから、この傾向が強くなり、しかも、マラソン大会での言動以降、その傾向に拍車がかかるわけですが、この描写が納得できない理由としては、まず、第一部の中ごろから、ハーレム描写の傾向が強くなったが、お嬢は、勘違いだし、伊澄は、誤解とはいえ、一応、困っている伊澄を助けた、と納得できる理由がありましたし、咲夜も、マリアさんも、ハヤテに首っ丈ではなく、一定の距離を保っていた。
つまり、ヒロインにすかれる状態でも、一応の説得力はあったわけですが、第二部では、桂妹との急接近や、その後の言動、ハヤテのことが好きだという西沢の登場、しかも、咲夜までがハヤテを意識するなど、ハーレム化に拍車がかかるわけですが、ハヤテという作品の場合は、上流階級が舞台ですが、お嬢の性格ゆえに三千院家の構成は、かなり、変わっているわけで、
一応は、ハヤテがもててもおかしくはないという風な設定が作られているわけです。
ところが、不幸というファクターを覗いて、段々と明らかになる、ハヤテのろくでもない本性に比べて、不幸でお人よしというレッテルだけは維持し続けている。
このあたりは、ハーレムものによくありがちな、複数の異性に好かれるだけの魅力を持つだけの人間というところを書いているのでしょうが、ハヤテも、性格に問題のある人間な訳で、それを不幸な姿とかを書かずに、しかも、オーソドックスに執事のイメージを書くということも、途中で放棄しているわけで(男性ファンに受けたからで)、その割には好き勝手をやってるし、ハヤテが話の中心にいて、ハヤテに取って代わる人物は出てこないような構造になっているわけで。
よく見せて、複数のヒロインから、好かれる理由にすればするほど、説得力がなくなっていくわけです。
しかも、そう見せておきながら、中身は変わらないまま、好き勝手やっても、お咎めなしなので、似たような身勝手な行動を繰り返す。
ヒナ祭りの時や、桂妹がらみで、指摘したわけですが、細かいエピソードの積み重ねがおろそかになっている上に、好き勝手なことしかしないから、今回のハヤテのセリフにも、説得力が伴わないのでしょうね。

それに、このせりふを言ってる場所は、鷺の宮家だし、しかも、伊澄の曾祖母は、宇宙船をがめて、誰にも渡さんぞという盗人猛々しいことをいってるわけで。
そんな人間が家主の家に、一人取り残されているのは、どんな無茶を言われるかわかったものじゃないという不安もあったんじゃ・・・・、とか考えてしまいますけど・・・・・。

まあ、ここ数ヶ月でも、数日しか進んでいないのはともかくとして、話の進行が遅い割には、あせって、話を早く書く印象があるのは、きれいにまとめようとして、話がわき道にそれたり、余計なエピソードを書くことで、話の進行が遅くなることを心配していることもあるのでしょうけど、、それで、話が、ダイジェストに近くなっては意味がないような気が・・・。

お嬢を助けに行こうとするハヤテの姿を見て、ハヤテの血をなめて、力を取り戻し、ホームランで、ハヤテを宇宙船まで、ふっとバス伊澄。
その際にまた、お嬢のヒーローというのですが、意図的に、先週で終わるはずの話を引き伸ばしたから、先週、今週と、妙に話がぎこちない持っていき方になったんじゃないのか?と疑ってしまいそうです。

何しろ、今週は、日曜日にアニメが始まって、何日も経っていないわけでして、アニメを見て、興味を持ってる、ほとんど、ハヤテのことを知らない人に、ハヤテ=ヒーローという刷り込みをするのには、うってつけの状況ですからねえ。

しかし、ハヤテの場合は、己の不幸に甘んじているわけで、それを乗り越えようとはしませんし、しかも、それをいいことに身勝手な行動ばっかり引き起こして、何もとがめられないという状況。
そりゃ、伊澄のいってることは、個人の憧れレベルのことなのかもしれませんが、ヒーローというのは、強く正しくなければいけないわけで、それをいかなる事情があっても曲げることは許されませんし、曲げた時点で、ヒーローではなくなるわけです。つまr、マラソン大会で、お嬢を借金返済に利用した時点で、彼は、お嬢のヒーローである資格を失っているわけです。
それに、あれはばれなったという運がいい状況でしたが、アレがばれていたら、お嬢のようなタイプは、心を開く相手には、とことん開くわけですが、反面裏切られたら、それに対する怒りは人並み以上です。生半可なことでは、許してはくれない。つまり、ハヤテは、借金返済のためとはいえ、一歩間違えば、取り返しのつかない傷をお嬢に与えてしまっていたところなのです。
ところが、そういったことには言及されず、とがめられもせずに、相変わらず身勝手な行動をしたまま、しかも、ハヤテが正しいみたいな書き方をされているわけで、ヒーローというには、とても、説得力が伴っているとはいえませんし、人は過ちを犯す生き物とはいえ、それを償うのには、時間がかかるわけで、間違ったらやり直せばいいといっても、無条件ではありません。
少なくとも、己の決めたルールは守る、そして、人を踏みにじらない上で、というように、ヒーローであろうとするならば、想であるための厳しいおきてが存在するのです。
ハヤテは、一流の執事になるとか、お嬢をよく導くという課題は提示されていますが、それらはあくまで目標でしかないわけですし、いざとなれば、その目標すら、放り投げて行動してしまいますし。
それにハヤテやお嬢に対して、道を示す人間や、悪いことをやったら、しかる人間というのもいないわけですし。たしかに、西沢の一件ではしかられましたが、あくまでアレは、説明的なセリフに過ぎなかったわけですし、作中で、、そのしかるシーンを書かないと、好き勝手やりたい放題やったあとで、体裁を取り繕うために、申し訳程度につけられるというパターンに陥りやすいですし一流の執事になるとか、お嬢をよく導くという課題は提示されていますが、それらはあくまで目標でしかないわけですし、いざとなれば、その目標すら、放り投げて行動してしまいますし。
それにハヤテやお嬢に対して、道を示す人間や、悪いことをやったら、しかる人間というのもいないわけですし。たしかに、西沢の一件ではしかられましたが、あくまでアレは、説明的なセリフに過ぎなかったわけですし、作中で、、そのしかるシーンを書かないと、好き勝手やりたい放題やったあとで、体裁を取り繕うために、申し訳程度につけられるというパターンに陥りやすいですし。
だから、ハヤテには、ヒーローの資格があるとは、とてもではないですが言えませんし、演出で、それっぽく見せているだけなのです。

一方、お嬢ですが、どうやら、前に母親がなくなったときに、喧嘩したままで、それっきり、仲直りする機会は、永遠に失われたわけですが、どうやら、そのことも、伊澄が行った行動の一因だったようです。
まあ、誰であろうとも、いつ亡くなってもおかしくはないわけですが、それを常日頃、自覚して行動できる人間は、そういないでしょうけど、それでも、お嬢の場合は、感情任せに行動して、それお繰り返しているわけですが、暗闇が怖いということもあるように、ひょっとすると、お嬢の時間は、母親が死んで、伊澄は、死んだ母親と再会させようとして、おきた騒動のときjに、止まったままであり、だからこそ、人一倍、懲りずに同じ過ちを繰り返すのかもしれません。
伊澄もある意味、同じであり、一人で抱え込もうとするのが変わるのには、お嬢の泊まった次官を再び動かさないといけない。
そして、主とそれに使えるものは、ある意味、お互いを映し出す鏡であり、良くも悪くも相応の相手しか、寄ってこない。
そういう意味では、ハヤテも、成長がストップしているどころか、マイナスにすらなっているわけですし、己の不幸にアマんじているのでしょう。

でまあ、宇宙船を動かしていたのは、桂姉で、しかもしこたま飲んでいることがわかり、聖衣をまとっているよりも、脱いだほうが強さを発揮する某キャラの必殺技で桂姉をぶっ飛ばすわけですが、どうせなら、脱ぐところまで、パロった方がよかったのでは?
しかも、これでは、桂姉が、バカなことをすると、自分たちの命が危ないから、阻止したという意味合いが強くなるわけで、アニメ化したばかり、それも日曜の朝に放送する作品で、教員の飲酒運転を面白おかしく書くのは、どうよと思いますけどね。
書くなとは言いませんが、やはり、飲酒運転は、やっては駄目ということも強く強調するべきだと思います。あれでは、ハヤテがたちが、自分ナチの命がかかっているから、とめたに過ぎないように見えますし。

結局、宇宙人は、お嬢の母親のお芝居だったわけで、お嬢のことは母親から、託されるわけですが、夢か現か、というような状況であり、しかも目を覚ましたのは、お嬢の母親の墓の前(毎年来るのは、そのためらしい)ということで、いまいち、あれが本当に起こったことという自覚がしっかりと持ちにくい状況であり、すぐには、お嬢の母親にお嬢を託されたから、その期待に応えないといけないという風にはなりにくいわけです。
言ってみれば、フラグのひとつがたったに過ぎず、それだって、今後の行動次第では、有効に生かされないまま、消滅してしまうわけで、このイベントによって、ハヤテが、お嬢をいろいろな意味で守る人間になるまでには、時間がかかり、ゴールデンウィークの番外編の状態になったとは、まだまだいえないのです。

演出的には、ぐっと来る話になるわけですが、これまでの展開を考えると、説得力が伴わないので、本当に、お嬢の母親の期待に応えれるのか? と警戒してしまいますからねえ・・・。
素直には感動しにくいですね。

しかし、二週に別れてしまったというより、意図的に分けただけじゃないのか、とか、勘繰ってしまいそうな内容なわけで、話の持っていき方がぎこちなかったかな、という印象が強い話でした。
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by kwanp | 2007-04-04 21:50 | コミックス
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