迷子ねえ・・・

ある意味、最近のハヤテも迷子みたいな気もしますが・・・・。

アニメは評判は悪いし、しかも、そのアニメを強く意識したネタを盛り込んだりしているし。

まあ、これは面白ければ、なんでもありの論理が、ハヤテファンに中途半端に作用しているというところもあるのでは、と思いますけどね。

なにしろ、半端じゃない商品展開、ノベライズ版や、公式ガイドブックというようなものも出ているけど、何か違う感じが否めない商品。

まあ、これは作品のイメージを変に守ろうとするのが仇になっているというところもあるのでは、と思いますけど。まあ、資料的には、外れてはいないけど、執事ものとしては、認められていない、あるいは、これをそのまんままねしたら駄目みたいな印象で見られている感がありますが、たとえば、マリアさんの描写であった、自分の夢みたいなものが思い当たらなくて、人生に物足りないものを感じるようになったみたいな描写とかがありますけど、お嬢みたいな手のかかるうえに命を狙われているような厄介極まりない子供の面倒見ている最中に、そんあこと気にする余裕あるとは思えないんですが。

そりゃまあ、人の面倒見ながら、己の人生楽しむ余裕のある人もいますというか、そういう行動だって、ストレス解消とか、そういう意味合いもありますからねえ。

手はかかるわ、命や財産を狙われているわ、で手のかかること、トップランクの子供抱えているのに、そのうえ、自分の夢見るなんて、余裕を持てる人はそういませんし、確かにマリアさんは優秀ですが、それでも、シスターみたいなのが命を狙ってきたりと、厄介な世界ではありますから、マリアさんの優秀さで、余裕を持てる状況ではないと思いますし。実験を握っているように見えても、あくまで、家庭内のことですし、ハタから見れば、どこの馬の骨ともわからない小娘が、帝のじいさんや、両親のいない子供をいいように手玉にとって、好き勝手やっているというようなイメージももたれやすいわけですしね。

同じような、どこの馬の骨ともわからないハヤテが好き勝手やってる状況って、そういう意味では、マリアさんの足を引っ張る一因にもなりかねないわけですし。
まあ、ハヤテの場合は、自分のことしか考えていない、マリアさんは、ためになっているかどうかはわからないけど、一応は、お嬢のことを考えているわけで。
まあ、お嬢が、気分次第で、人の人生左右するような子供な訳ですから、それと長いこと付き合っていくのには、「ストレートに、あなたは間違っています」なんて、大上段からぶった切るのも難しいですしね。

まあ、帝のじいさんからして、アレだからなあ・・・・。

話はそれたが、そんなマリアさんが、好き勝手に生きているハヤテに励まされて、フラグが立つみたいな展開とか描いているんだから、そりゃ、看板だけとはいえ、執事モノにはみなされないわ。
ついでにいえば、お嬢の趣味とかがゲームやマンガだから、お屋敷物の雰囲気というか、別世界観も味わえないというのもあるんだろうけど。おまけに主にかかれるのは、ハヤテが、あっちこっちのヒロインに、済ました顔で手を出す光景。
しかも第二部以降は、学園や外が主な舞台になっていることが多くて、雰囲気や小道具で、ハヤテの言動をごまかしきるということすらやっていないわけで。そもそも執事喫茶待望論が盛り上がっていた頃に、、ハヤテは、執事要素に、背を向けるようなことをやっていたわけですしね。しかもなまじ、ネットで名前が知れ渡っているから、ブームになってから、執事モノでござーい、とかいっても、ごまかしが聞きにくいというのもあるわけですし。結局、サンデー掲載分に、執事マンガの決定版みたいなむなしいあおりをつけるくらいしか出来ないわけで。

自ら、墓穴を掘っているところも歩けど、目立っていることが、ファン以外には、逆に仇になっていた部分もあったのでは、という気がしますが。

ノベライズ版もハヤテがさりげなく、黒い行動に出ていたりするわけですが、それでも、マンガでは見れない顔を見たというよりかは、まんま、小説にしたようなものですし。
下手に書かれたら、アニメからはいったお客さんに、ハヤテの実態がばれてしまいますし、おまけに、畑氏が色々と設定を事細かに考えて、それを守って話を書けば、がんじがらめになって、出来ることなど、限られてしまいます。

公式ガイドブックも似たようなつくりだと思いますしね。
満足のいかない品を売られて、しかも、前々から、コミックス買ってくれ、とか、ことあるごとに読者にお願いしているわけで、露骨に、財布が狙いだといってるようなものですから、ある意味、すがすがしいのかもしれませんが、そこまでやっているのであれば、一定の水準以上で、楽しませないと、満足するはずがないのですからねえ。
しところが、アニメの時間帯が時間帯だけにファミリー向けを意識するような演出をしているわけで。
カモにしていますといわんばかりの事をしておいて、そのカモをターゲットからはずすようなことをしておけば、そりゃ、不満がでるのも、当然でしょう。
しかも、生徒会メンバーが、アニメに出るとか、名簿ネタでは、理事長の名前が出てくるなど、アニメをフィードバックしたような演出も目立つわけですが、下手すりゃ、これまで、見てきたファン切り捨てるような行動になりかねないの、わかっているのでしょうかねえ?

最近、浮かれているなんて言う声もあるわけですが、最初の週間連載で、一巻が、売り切れ続出になって、ネットで騒ぎになったり、その後も、「畑健二郎は天才だ」とか持ち上げられて、浮かれないでいろというほうが難しい気がしますし、今に始まったことじゃあないですし。

それに前々から、あれもしたい、これもしたい、という欲は強いし、それでいて、ファンの声は、強く意識しているわけですから、バランスが取れているうちはいいけど、ちょっとでもバランスが崩れれば、大変なことになるのは目に見えるタイプですからね。
マラソン大会だって、三連戦をはしょっていましたが、あれだって、話を早くしろという声に応じたわけですが、畑氏は、時間をかけて語るタイプなわけですから(批判をされるのは、それに伴う満足度が高くないからでしょう)、そんなことを一足飛びにすれば、大惨事になりますしね。

おまけに、マンガの場合は、アシスタントに手伝いを頼むといっても普通は、背景とか、サブ的なものですが、やはり、数は限られてくるわけですが、アニメの場合は、それよりも多い人数で書いていますし、さまざまなアイディアが出されるわけですし、ハヤテがネットで、話題になっているといっても、基本的には、校庭的な記事が飛び交っているわけですからね。
ところが、アニメのスタッフの場合は、一応は、似たような傾向に走りたがるとはいえ、ハヤテだけで、仕事しているわけではないので、自分が考え付けるような発想とは違う発想に出会えるわけですからね。
そういうのを、とり入れたい、なんとか自分のものにしたい、とかいうのは、無理のないことですし、前述したように、畑氏はそういう傾向が強い。
おまけに、朝10時という時間帯で見ているのはファンだけじゃないわけで、それを意識せざるをえない。

大体、ライフセイバーズで、読者に受けることが大事だと悟っているわけで、今は、そのために、注ぎ込めるものを大部分、注いでいるわけです。となれば、今のやり方をキープしていくためにも、結局は、レベルアップして、余裕を持ちたいとか思いたくなるのは自然の成り行きだと思います。

アニメ以前も、そういう傾向が強かったし、サンデーには、受けているからか、それには止めをかけるやつがいないか、そういう意見が通りやすい環境が作られていないかで、まったがかけられた感じられませんでしたしね。

ましてや、アニメで名前だけは、ますます派手に広がっている中では、その傾向に拍車はかかるでしょうし。
もっとも、そういうのを考え無しにやってしまうと、目も当てられないことになってしまうのが、関の山ですけどね・・・・・。

大体、金色のガッシュでも、ファウード編後半は作者のやりたいことが先走ったわけですが、それと同じことが起きかねないのでは、と思えますが・・・・。

実力をつけたい、先に行きたいという感情は、当然だと思いますが、そういうものは着実な積み重ねが大事なわけですし、師匠の久米田氏だって、長いこと、それをやってきたから、イ曲がるわけですし(まあ、その師匠と同じステージに立って、注目を浴びているから、余計、あせるんでしょうけどね)。

ああっ、なんだか、どんどん、脱線していくので、本編言ってみましょうか。しかし、東宮の坊ちゃんが表紙という、めったにない ことですが、これも考えようによっては、女性人気狙っている? と思えるやり方ですよね。
こういうタイプが、チャンと成長していく過程は、ガッシュでも人気が高かったわけですし。ただ、こういう種は、もっと前に巻いておけばともかく、アニメ化が始まった後では、後手に回ってしまうのでは、という気はしますけどね・・・・。

ただでさえ、パロディを始めとして、読者のニーズを敏感に感じ取ることは、折り紙つきですから、路線変更をヘタに意識させれば、逆に、時流にあわせて、切り替えるとみられるわけで、ヘタすれば、これまでのファンまで、失うわ、新しいファンも確保できないわ、ということになりますしね・・・。

さて、クマが逃げたというニュースが流れて、それを見た、クマが高尾山に逃げて、しかもハヤテと遭遇するとか、と「そんなことあるわけないですね」ということを口にするわけですが、現在、今まさに、その真っ只中なわけでして(笑

愛の逃避行ちゅ・・・・、もとい、クマから必死で逃げるハヤテと虎鉄。そして、しんだふりにもなっていない死んだ不利で、やり過ごそうとする坊ちゃん。

まあ、こういう場合、大抵、野々原がいましたからねえ。もっとも、お嬢の場合も似たようなもので、あれだけ財産目当ての連中に狙われて置きながら、人を見る目がついていないのも、周りの人間に恵まれているということがあり、それに依りかかっているからですしね。

なんとか、坊ちゃんを助けて、逃亡しながら、なんで、こういうことになったのかと答えが返ってくるはずのない問いをするところで、シーンが変わり、ワタルと愛歌のシーン。
疲れている彼女を、ワタルが心配して、声をかけるわけですが、どうやら、迷子になったのは、石の力だそうですが、そういえば、不幸描写がおざなりになったきっかけでもある、伊澄の力で、石に宿っていたものを祓った(?)時にも、怨念めいたものが出てきましたしね・・・。

現状で想像できるのは、この石を使って、お嬢の母親を復活させる、もしくは、その石をもつ人間に宿らせるということですが、まあ、この手の儀式に必要なのは、対象の体の一部や愛用していたものがポピュラーですし、よく、オカルトマンガでは、呼び寄せるだけでも相当力を消費するようなことが描かれていますしね。伊澄の場合は、光の巫女で、力が桁違いに大きかったから、術を行うこと自体は可能だったと思いますが、それでも失敗していたわけで、ペンダントに、ああいう怨念みたいなものを呼び寄せるのは、ひょっとすると、伊澄がやったことを参考にしているから、ああいう代物を使っている(失敗した光景で、霊力を使うというのは、こういうことなのだろうと、思い込んだ?)のかもしれませんが。
呼び寄せるだけでも、大変なわけですから、それを定着させ、ずっと、地上に引きとめ続けるのには、さらに霊力なり、エネルギーが必要だと思うので、ああやって、霊的な力をかき集める媒体が、あのペンダントであり、あの世との路をつなぐ役割も果たしているので、やってること自体は、伊澄のやったことに近いのでしょうし。

愛歌を休ませるわけで、フラグっぽいものがたつわけですが、最近は言及されませんが、伊澄は確か、ワタルはお嬢が好きという勘違いをしていたはず。

でまあ、サキに、シスターと年上の女性と、フラグっぽいことを立てることが多いわけで、そこへ、こうやって愛歌とフラグっぽいことを立ててるのはその条件には、大まかには、みたしていたのですが、彼女、めがねかけていないからなあ・・・・・。

そういう冗談はさておき、体が弱いわけですから、そういうことで、彼女を軽く扱う人間もいたでしょうし、しかも金持ちですから、そういうことで、価値がないとかみなす連中も出てくるでしょうし。

見方を変えれば、そういう人の本音をみやすい立場にいたから、ああいう弱点帳みたいなものをつけて、人の弱みを握り酔うなポーズを取っているのかもしれませんが、コミックスのあとがきでみられる、お嬢の母親も、似たような条件がそろているでしょうしね。
おまけに、ハヤテも、人の本音をみやすい立場にいたという意味では、生い立ちはおおきく異なるわけですが、近いものがありますしね。
ひょっとすると、愛歌って、お嬢の母親のクローン(メタルジャックの純のように赤子から育てるのではなく、ある程度、成長してのほうがやりやすいという設定の作品もあるため、計算が合わないというのは、この可能性の否定の理由にはならないでしょうし)か、そうなるように意図的に育てられた(愛沢家にお世話になっていたようなことをいってたし)可能性もありそうですね。
もし、そうだとすると、そういう境遇で生きてきた彼女に、お嬢の母親の依り代となることが、彼女の価値になり、それを受け入れることが、自分が生きてる存在意義みたいに考えているか、そう思うように育てられたとしても不思議ではないですが。髪の色が似ているしね。

何しろ、ワタルの場合は、シスターの復讐心を、思いっきり覆して、それに注がれていたエネルギーが、一手に彼に注がれるという結果を呼び起こしたわけで、しかも、怖いことに、そのエネルギーを向けられていることに、素で気が付かないような状態(汗

愛歌の場合も、結果によっては、似たようなことになりかねないわけですが、まあ、あんまり、ぽんぽん、フラグを立てると、逆に、そういう構図を損なう個尾tになるから、程々にしたほうがいいような気がしますが。

大体、不幸描写だって、とっとと、描くのをやめたわけですから、風向きが変われば、そういう描写を書かなくなるのだったら、止めておいたほうがいいでしょう。

木に登って、難を逃れたハヤテたち。ドサクサ紛れに、ハヤテに迫る虎鉄。相変わらず、虎鉄に対して、露骨に敵意を見せるわけですが、彼のような相手にたいして、そういう態度を見せるあたりが、詐欺師としては三流なのだろうな、という気はしますし。
まあ、この虎鉄の態度も、お嬢が助長させたということもあるわけですが、ハヤテが、女の子の振りをして、虎鉄を騙したのがきっかけですからねえ。それに、ハヤテの場合は、世B逃げを繰り返していましたから、こういう事態になっても、それをうまく対処して、己の益につなげようとするよりも、さっさと逃げて、都合の悪いことから、バックレようという考えのほうが強くなってしまうので、この手のやからに対する対処法なんてのは、身に付けていないも同然ですし、しかも益にならないと考えているから、態度が露骨になるわけですが、逆効果なきがしますけどね・・。

しかし、虎鉄や、ハヤテはしっかりと枝の上に上っているのに、坊ちゃんは、木の幹にしがみついているだけ・・・・。
一番、この状況で何かしでかすのを、そんな位置においておく自体、やばいのでは?

このあたりもハヤテの考え方が良く出ている気がしますけど・・・。


案の定、東宮の坊ちゃんがずり落ちてしまうわけですし。sこで、野々原の名前を呼ぶも、彼が来るわけもないですし。
しかし、ヒナ祭のときとかに、出番があったりしたけど、そういうそぶりは見せなかったわけで、思いっきり、彼のイギリス行きは、唐突の域を出ていないわけですし。
そもそも、出番が少なかったというkともありますが、やはり、あの事件があるので、彼の体罰ネタが使えないというのが大きいでしょう。

ハヤテと同じクラスになったのは、ハヤテじゃかけない、この手のキャラ特有の情けなさや、ヘタレぶりを描くということを、代用しようという考えもあると思いますけど。主人公であるハヤテは、不幸を売りにしておきながらも、それは表面だけですし、ずるさやせこさを持っていながらも、主人公というイメージを壊さないためか、善良なイメージを強調するきらいが強い。

ついでにいえば、前述したように、お嬢と似たようなところ、大事にしてくれる人に囲まれて、育ったがために、知らないことが多いということ、ましてや、ハヤテと、損得勘定での結びつきが弱い(桂妹がらみでは、恋のライバルともいえるわけですが、勝負にならない、もしくは、ハヤテのほうは、そうだと思っていない)わけですから、やりようによっては、お嬢のために執事になるということを、彼を通して、成長する狙いもあるわけですし、そもそも、ハヤテと東宮の坊ちゃんというカップリングで、女性人気を狙おうというハラもあるのかもしれませんが。

やるなら、徹底的に慎重にやった方がいいでしょうね。

まあ、それを差し置いても、野々原に頼って、何も出来ない坊ちゃん、と、何かあるごとに、周りの人間に頼りまくって、何もしないハヤテと、多少の力の違いを除けば、この二人は、似ている部分もあるわけですし、三千院家にきたことで、その傾向に拍車がかかっていますから、ある意味、大差ないという、見方も出来ますが。
そういう意味では、ハヤテを移す鏡という見方も出来るわけですし。

ただ、東宮の坊ちゃんを使って、ハヤテをよく見せようとするだけなら、そういう意図があっても、結局は失敗に終わるでしょうけどね。

そもそも、ガッシュが受けた後に量産された作品群をみてもわかるように、最初の頃は、王道少年漫画っぽい印象をもっていても、それを最後まで保てる作品というのは、ここ数年のサンデーでは、少ない、もしくは、最後は妙な方向に行くことが多いので、私個人としては、最近連載が始まった金剛番長もそうですが、この方面からのアプローチというのは、まったくといっていいほど、期待していません。

しかも、今回の話では、危機に対するハヤテの本能とかいってますが、これまで、何かあるたびに、人の力を当てにしてきたり、人に助けられるばかりだったわけですから、そんな直感、さび付いている方が自然ですし。

そもそも、そういう直感が働いているなら、坊ちゃんを、一番安全そうなところに移すくらいしているでしょうし。
執事、それもこの作品内で一番の金持ちの家の執事が、他の家の御曹司一人、守り通すことが出来なかったら、どう考えても責任問題でしょうし。

坊ちゃんをかばって、ハヤテは負傷するわけですが、これは坊ちゃんをかばったというよりも、負傷して、自分は、東宮の坊ちゃんを守ったというアリバイを作ったという、保身行動にすぎないわけですから、身を呈して守った友情フラグなんて、かっこいいものではないでしょう。

言ってみれば、この行動は、損得勘定の色合いが強いのですよ。

ワタルも、いつまでも休んでいるわけにはいかないので、歩き出そうとするわけですが、愛歌に飲料水を渡して、そそくさと歩き出すわけですが、こういうのは、メインでやると、逆に、あざとく見えるわけで、サブで、やるのがちょうどいいのでしょうねえ・・・。

お嬢たちは、帰ったら、この山買い取って、ヒラ地にしてやるって、逆恨みですが、んなことすれば、逆に世間からうらまれるような気が。
まあ、こういう時に、そこまでの考えは働かないでしょうけどね。

桂姉と泉は、伊澄と一緒のコマにいるってことは、なにかおきますと声高に宣言しているようなものですが、咲夜みたいな描き方(すでにされてるような気もするが)は勘弁してください、本当に。
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by kwanp | 2007-11-01 17:02 | コミックス
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