ある意味

最近の銀魂は、銀魂で最近のライダーをやったら、こうなるという類の話だろうなあ・・

というのも、スタンドとかいうのは、ジャンプ読者、それも男性読者あたりは、そういうネタに食いつきがいいから、あくまで、名目にしか過ぎないだろう。
しかも、憑依させて、意識を保つというのは、仮面ライダー電王だし、下手な人間が、霊に憑依されて、自我を失ったりするのは、電王でイマジンに憑依された普通の人間のそれとそっくり同じだし。
しかも、同作品の沖田を演じている鈴村さんは、リュウタロスで、しかも、お姉ちゃんっ子、子供でなにやらかすかわからない性格と、起きたとかぶる部分が多いし、銀さんを演じている杉田さんにいたっては、変身ベルトのキバットである。

モモタロスが憑依するソードフォーム、ウラタロスが憑依するロッドフォーム、キンタロスが憑依するアックスフォームとリュウタロスが憑依するガンフォームと、ひとつの体に複数のイマジンが憑依しているのと、銀さんが、複数の霊を憑依させて戦った光景などは、まさに電王と同じシチュエーションですし。

仮面ライダーキバでは、キバットがフエッスルを吹くと、狼男とかが武器になり、それを手にしたキバが、フォームチェンジするというシステムをとっているわけで、井上版電王というように、電王とかぶる部分も少なくはない。

それに、最近の銀魂では、パロディネタをさり気に取り入れて、自作品にあわせてアレンジしているというようなことをちょくちょくやって射たりするので、銀さんの声をやってる杉田さんが変身ベルトの声をやっているともなれば、なおのこと、ネタとしては、手を出したくなるのではないだろうか?
銀魂のスポンサーはバンダイだし、昨年の電王の劇場版の頃には、あっちこっちの作品に顔を出すなんてこともやってたわけで、リュウタロスを演じていた鈴村さんが、番組内で、「答えは聞いていない」なんて台詞を口にしていたこともあったし。
電王本編でも、本編放送を劇場版とリンクさせるというようなことをやっていた。
つまり、あっちこっちにアピールして、興味を煽るというやり方をしていたわけですが(もっとも、それに力を入れて、本編のストーリーを書くのが、だいぶおろそかになっていたような感があったが)、一応、キャラ人気で、受けをとることには、そこそこうまくいったようである。とはいえ、本編の内容は、かなりロクでもなかったわけで、それを表面上の台詞やシチュエーションで、もっともらしく演出して、ごまかすようなことをやっていて、お世辞にもヒーローというようなことをしていなかったわけだが。
キバでは、前述したキバットのシステムなどは、電王の憑依変身の毛入れるのシステムだし、女子中学生に世話を焼かれる主人公(電王では、ハナが、イマジンの首根っこを抑えて、彼らの身勝手から、主人公を守っていた面があった)や、主人公が尊敬するもう一人のライダー(電王では、いうまでもなく桜井のこと)というように、電王の受けたので、それを彷彿とさせるようなネタを取り入れているような描写が目立つ。
もっとも、井上氏の脚本の場合は、さらに露骨に書いているので、電王では隠せていたマズイ部分も、同時に露呈させているという、皮肉な結果になっているのだが・・・。
ただ、仮面ライダー響鬼の劇場版でも、鬼の戦士が恐れられるといった描写が取り入れられ、前半では、そういう部分には、結局触れないで射たこともあって、前半の内容を皮肉った部分があったわけで、それと同じ事をやろうとしているのかも知れなのだが・・・。

しかも、作中で、宿の女将は、世の中、どうしても零れ落ちてしまう奴はいて、そういう連中の受け入れ場になるのだ、見たいな事を言っていたが、銀魂では、普通なら顧みられないような、思いや、軽んじられてしまうものを大事にするようなところがあるわけで、そういう部分が女性人気にもつながっているのだろう(単に新撰組や幕末要素を取り入れたくらいでは、今みたいな人気にはなっていない)。
その考え方はヒーローにも通じる部分はあるので、銀魂で、仮面ライダーっぽいネタをやるのは、さほど、取り合わせは悪くはなかったりする。
それにヒーロー要素を取り入れても、変身したりという、露骨なことをしていないと、それに気がつかない人も、世の中には少なくはないみたいだし、パロディネタを取り入れる場合、ジャンプね大概は、間接的に描くというやり方を好んでいるようだし。その隠れ蓑がスタンドというわけだろう。
しかし、女将のやっていることは、かなり本末転倒になっているようで、淀んだ霊の溜まり場になっているように、行き場のない霊を受け入れ、その魂を癒すというやり方や、その根底にある考え方を守り続けるというのは、なおのこと困難だったりするわけで、難しい。
銀魂でも、派手な売りが欲しいみたいなことをテコイレされているように、それでも、銀魂は、それを可能な限り抑えているところはあるが、聖闘士星矢のスチールセイントのテコ入れやら、変な方向に言ってるてこ入れも、あそこの会社がスポンサーの作品には、珍しくはないのだが、銀魂の場合は、女性読者の人気も高いわけだから、そういうテコイレに下手に応じれば、アウトなわけだし。
まあ、かつての戦いで、名をはせた強者(つわもの)の戦士という設定は、るろうに剣心とも通じる部分があるわけだが、和月作品は、剣心の雷獣太編以降、メインの敵意外は、その相手を小物にして、主役側を引き立たせるというやり方を取っており、人誅編では、それがさらに露骨になり、剣心のラストの方では、和月氏がオタク趣味を全開にするなど、男の価値観に比重がどんどん傾いていった感があり、ガンブレイズウェスト、武装連金も、これにふりまわされていた感があるわけで、男の価値観に下手に染まるとろくなことはないという姿を見せていたわけで、銀魂のような作品では、絶対に真似してはいけないたぐいの行動なのである。
オタク趣味がいけないというのではなく、その価値観にどっぷりと染まることで、失ってしまうバランス感覚みたいなものが、女性の読者の受けをとる上では、必要なわけで、その取り扱い方は男の身からすれば、かなり慎重に取り扱わなければいけない、繊細なものだったりするのだ、これが。そして、それを取り入れて、自作品に生かせる人間というのは、これまた一握りでしかないわけで、一度、うしなうと、そういう感覚は、取り戻すのが、非っ常ーに困難なのだ、これが。
つまり、女将は、そういう零れ落ちたものの受け皿になるという考えを行っているか、あるいは、旦那がいなくなってしまったことで、一人取り残される寂しさに絶えられず、ああいう風に変質していったかもしれない(レイがそばにいるが、彼女も霊であり、いつかは、成仏していってしまうのだし)。ついでにいえば、これ、最近は極端な商業主義に走っているバンダイがスポンサーをしている番組にもいえるわけで、仮面ライダー電王などは、そのあおりを受けて、ストーリーがだいぶ、犠牲になっていて、ヒーロー番組としては、及第点に及ばなかったりしますからね。
銀さんは、竜宮城でもいってたように、年を重ねても、心はまっすぐに保つに、輝きを失わないでおくことが非常に難しいというように、女将が弱いというわけではないし、銀さんが強いというわけではない。
ただ、そういう考えを守り通し、貫き通すことは非常に難しい、だが、だからこそ、それをやり遂げることは素敵なことでもあるわけで、だからこそ、そういう考えを持っていた女将の変質と、それに同じような考えを持っている銀さんとのスタンドバトルということに話が書けたのかもしれないなあ・・・・。これもまあ、ある意味、ヒーローものに通じる部分は、あるわけだし。
できれば、女将を打ち負かすだけじゃなくて、間違えた道を、本来あった形へ導きなおすという形で、幕を閉じて欲しいものだが・・・・。
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by kwanp | 2008-02-19 19:44 | コミックス
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