さもありなん・・・・・

雷句氏が、ブログにて、もうサンデーでマンガを描かないとか言っていましたが、

妙に納得できてしまうよなあ・・・・。

少なくとも、紙面からは連携がうまく取れていないのは、特に、休載明けのファウード編後半あたりからは、顕著でしたし。しかも、その時期って、ハヤテをプッシュしだした時期なんですよ。
06年のサンデーは、かなり早い時期から、ハヤテをプッシュしていたようで、海外版とか、売り出したりしていたのですが、05年あたりからは、ガッシュのカードも、かなり下火になっていて(ハヤテのツンデレキャンディーなど、足元にも及ばない、極悪な仕様で、しかも、マニアショップなどでも、あまり取り扱われていなかった)、その次に、うってつけだと思われていたみたいですしね。

04年あたりは藤田組の天下だったかのような状況から、06年には、それを取り除くのに力を入れていたかのような印象を受けていて、ガッシュが、受けた前後から、ベタな作品位置からを入れていたのは、あくまで流行っていたからなのだな、というのが、素人目にも露骨にわかるような紙面構成でしたしね。

妖逆門とか、メルオメガとか、名前は使うけど、作者本人を出来るだけ遠ざけようという意図すら、感じましたし。どちらか片方だけなら、妖逆門は、うしおととらを一年でアニメ化するのは難しい(前年のうえきの法則を一年でアニメ化したことから考えて、最初は、その戦で考えられていたけど、話のボリュームからして、それでも難しかったのではないかと)し、メルに関しては、安西氏は、絵は綺麗だけど、と藤田組出身者の中では、ことさら、評判が悪かったので、キリのいいところで終わらせて、というのは、わからなくも無かったし。妖逆門は、アニメのラストは、まんま、うしおととらのラストに似た内容だったし、コミックス版では、主人公が妖怪になって、というのは、獣の槍継承者が化け物になってしまうという設定を意識したところがあったのでは、と思わせるものだったし。

どちらか、片方だけなら、そういうやり方もありだな、という考え方も出来きますからね。
でも、師弟そろって、、作品で、似たような扱い受けたり、ガッシュのアニメが終わり、その扱いがと単に変わったのが紙面でも露骨になりだしたり(最後のカードバトルのラインナップの紹介が発売後という、それまでは、発売前にやっていたのを考えると、これだけでも、買う側からすれば、買う気が大きく変わるものである)、その次であるハヤテをプッシュする動きが見え出したり、妖逆門のアニメがやっている最中なのに、からくりサーカスが終わる(しかも、話的に、強引に終わらせた感ありという指摘もあり)など、藤田組のカラーを払拭しようとしているのが露骨に感じ取れる紙面構成だったのを覚えている。

ファウード編が終わった後のクリア編などは、機械的に話が進んだ感があって、特に、魔界に帰った魔物たちが力を貸すシーンでは、華麗なるビクトリーム様が、メロンを持ってかえれという、突っ込みどころ満載のセリフに、清麿が突っ込み入れなかったというギャグマンガでもあったのに、その特性を自ら否定するようなことをやっていたわけだしナア・・・。

そもそも、以前から、サンデーは、「絵は綺麗だけど・・・、心に響く作品が少ない」というような批判は、当たり前のように存在していましたし、ガッシュよりも、ハヤテのほうがプッシュしやすい土壌はあったわけで、そのあたりのことを考えると、ガッシュをフォローし切れなかったところがサンデーにはあるのじゃないか、と思えるところがあるわけで、サンデーは、ベタナ作品を連発しているけど、ベタを作品を書くセンスに乏しいのではないか、と疑ってしまうのだよなあ・・・。

サンデーの場合は、ベタナ作風でも、「こういう条件さえ抑えておけば、大丈夫だろう」みたいなところがあるし、何かが受けたら、それを考えなしに、取り入れるようなところが他の雑誌よりも、より強い傾向があるので、ある意味では、ベタな作品を描くには、向いていない雑誌なのかもしれないと思える所がって、金剛番長や、月光条例も、安心して見れないのだよなあ・・・。

この2~3年のサンデーを見ただけでも、雷句氏の発言を納得させるだけの材料は出ていたわけで、自分の描きたいものが、サンデーでは描けないし、かといって、今のサンデーの路線にあわせた話の描き方も、難しいから、サンデーで、描く事は、自分のためにはならないと思ったのでは、という気がするのですが・・・・。
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by kwanp | 2008-05-23 07:07 | コミックス
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