永遠ねえ・・・・・

まあ、時が流れるし、物事は常に変化するということでしょうけど、時の流れを意識しすぎると、それはそれで、目も当てられないことになる場合もあるようですよねえ。

前回のヒーローショーで、散々、好き勝手にいじくった後で、「いや、受けないだろ」と駄目だしして、引っ掻き回してきた帰り、ハヤテは、散々な目にあったとか言うわけですが、普段お子の男の言動から考えると、あの程度でも、まだおつりがくるような気がしますが。

ちょっと痛い目見せれば、不幸キャラとして体裁が取れるわけではないのですがねえ。

お嬢とハヤテは最初にあった公園の自販機をを見つけて、ハヤテに覚えているか、と問い掛けるわけで、それに対し、忘れるわけはないと答えるわけですが、

たった一ヶ月ちょっとで、自分の命を救ってくれた恩人を、利用して、自分の欲望満たしたりするようになってたのは、どこの誰でしたっけ?

自分の都合で、ころころと、恩を出したり引っ込めたりしている人間が、それを忘れるわけはないみたいなことをいっても、説得力がないと思うのですが。
そりゃ、記憶力が良くても、それを覚えていることと、そいつがどういう行動を取るのかは、別な場合もあるのかもしれませんが、ただ、事柄を記録しているだけという気が。
それか、昔は理想を口にしていた人間が、年をとるなり、現実の前に妥協して、「昔はそういうことをいってたかな」みたいな態度を取るのに近いのか。

結局、お嬢の前でのパフォーマンスにしか過ぎないのですよね、これは。

時がたつにつれて、忘れてしまうことが多いということを口にするお嬢ですが、ええっ、あなたの目の前にいる男のようにね。それか、感情に流されて、相手の運命を左右するようなことを、軽々しく、行い、反省しても、その反省を忘れるあなたのように、というべきか。

まあ、お嬢の場合は、母親を失ったり、していますから、時の流れが、逆戻りしないのをよく知っているはずですし、特に、風向きが変わることで、態度を変える人間というのは見慣れていると思うので、そう思うのも無理はないかもしれません。
でも、三千院家に勤める人間は、お嬢の機嫌を損ねるのを恐れて、お嬢の機嫌(もしくは、みかどのじいさん)を損ねないように気をつけて、振舞っている人が多いのですが、それに慣れているせいか、姫神のように大事な相手を失ってしまうポカを平気で、やってしまうところがあるので、そういう雰囲気で絵いるようなことでもないのでは(汗
これは時の流れというよりかは、お嬢の見る目がないというか、お嬢の周りには、わが身が可愛い人間のほうが多いということなのかもしれませんが。

でまあ、屋敷に帰って、カメラを引っ張り出すわけですが、出してきたのがライカM7で、温故知新なカメラなのだそうで、ある意味、描くのに厄介そうなお約束みたいなものは、切り捨てて、受けを取るのに手っ取り早そうな今風の要素を取り入れるのに、目が行ってるこの作品とは、ある意味逆をいくカメラですよね。

マリアを写そうとしたら、いきなり、カメラ目線になってしまうのですが、しかし、マリアとシラヌイでは、別の突っ込みも出て来るというか、マリアの場合、普通にカメラに写るのでしょうか?

カメラが重いということで、コンパクトなCMを渡すのですが、究極超人あ~るなら、ここで、鳥坂先輩やyたわば先輩あたりが、かたよった知識を吹き込みそうですね。

それとも、レーザー光線とか怪光線を出すカメラあたりか(笑

しかしまあ、リアルタイムなら、光画部の連中も、30代後半なのだけど、今ごろは、作中に出てきたOB連みたいになって、後輩を悩ませているのかなあ・・・・。
そういえば、旧バージョンのほうでも、鉄腕バーディにちょこっと出てきて、つとむを変な人呼ばわりしていたけど、作中でも突っ込みあったけど、あの連中に言われたらなあ(汗

新しいおもちゃを手に入れたら、振り回してみたくなるのが、道理というわけで、ワタルのところへやってくる二人。

でまあ、お嬢が写真に凝ってみようか、みたいなセリフに、こだわりを見せて、マニュアル仕様のカメラを出すわけですが、古臭いカメラとか、庶民派とか、好き放題言うお嬢とハヤテ。

天然発言で、悪気がないつもりか?

天然っぽくかければ、何を言ってもいいとか思っているところがあるよな、この作品。しかも、上の立場の人間にそれを言うのではなく、主人公や、その周囲にいる人間が、自分たちより、下の立場の相手にそれをいうところがあるから、ハヤテの天然描写は、いやみな感じにしかならないというか。
咲夜のお笑いもそうなのだが、受けを取れれば、何をやってもいいという主義に関して、あまりにも考え無し過ぎるところがあるからなあ。

よく考えてみれば、こういう類の描写が目立つのは、羹に懲りて、膾をふくという経験があるからだろうな、畑氏のばあい。

イチイチ、マニアックだから、伊澄にモテないというお嬢。
自分で聞いておいて、相手のことをマニアックとかいうような切り替えし方するのはいいのかよ、というか、それで、相手のことをマニアックとか言って嫌う資格はあるのか、と思うのだが。
まあ、お嬢が、ワタルの言ったことに対して、むっとしただけかもしれないが、それっぽい理屈を掲げて、得意げになっていること言ってれば、そりゃ、口の一つも挟みたくなるけどなあ。
負けず嫌いと、そういう個人攻撃というのとは、別の話だと思うし、ギャグでも、何言ってもいいというものでもないだろう。

そもそも、お嬢だって、マニアというか、オタクという気はするけど、そういう切り返しをしているあたり、自分の主張はするが、相手のそれは認めないみたいなところを感じるわけですし。
個人的な経験から、こういうことをいうタイプはえてして、それをいう面白さやこだわりに、説得力がないというか、ポリシーを感じない場合が多いのだよなあ。

お嬢の拘り方が、通り一遍というのは、確かで、痛いところを疲れているのは確か。だからといって、そういう切り替えしやら、サキを写真に撮るのを、マニアックとかいうことを口走るのは、どうかな、と思うのだけど。

しかし、サキを撮ろうとしているワタルをマニアックとかいうわけですが、お前らも、メイドさん写真に撮ってたのに、自分のことは棚上げするか?

まあハヤテは、自分のこと棚上げして、他人を金の亡者呼ばわりすることに関しては、得意ですから、こういうことを平気でするのでしょうけどね。

次は鷺ノ宮家ですが、伊澄の持っているカメラを見て、霊を封印するカメラでは、というのですが、そもそも、カメラ自体、昔は、魂を吸い取るみたいなことをいわれていたわけですからねえ(汗

しかし、お嬢は、伊澄の正体知らない、もしくは忘れているのに、そういう霊を封印するとかいう発想がどうして、出てくるのやら? 封印している記憶が無意識に、そういうことを思い出させているのかもしれませんが。

ハルが写真とったら、心霊写真をとってしまい、あわてて、削除してしまうことに。

どんぐりで、西沢、桂妹、と鉢合わせするわけで、桂妹は、先週のこともあって、ハヤテと顔をあわせられないわけですが、ハヤテは、そのことに気が付いていないのか、というか、ハヤテの場合、動きで気がつくこともありえるのではないか、と思うのですが、そのあたりに関しては、言及されていないで、正体に気が付かないわけですけど。

まあ、セーラームーンみたいな例もあるとは思うけど、ボケるにしても、言及して欲しかったかなとおもうのですが・・・。

正体を隠すという意味では、先週のレッドの正体は秘密ということと、ハヤテへの思いは通じていないということもかけているのかもしれませんけど。

ハヤテ、お嬢、桂妹、西沢で写真をとるわけですが、ライバル意識剥き出しの西沢と、お嬢。先週のことがあるからか、あるいは、西沢とのこともあるからか、顔をそむける桂妹。ということですが、そういや、桂妹は、西沢のことは気にするけど、お嬢がハヤテをどう思っているのかに関しては、言及されていないよなあ。

ハヤテは死亡フラグがたっているとかいうけど、そこは全然、気が付かないでいるくらいはしてもらいたいところですが。わざと気が付かない振りをしているだけだろ、と突っ込みを入れたくなるのですが。

最後は、屋敷に帰ってきて、マリアと三人で、写真をとるわけですが、この間、生霊になって、めそめそないていたクラウスも入れてやれよと思わなくもないけどなあ・・・。後、タマとかさあ。マリアには、二人で撮らなくていいのか、と訪ねて、また、いつか、あの自販機を通ったときにでも、というのですが、その機会は、ないような気もするけどなあ・・・。

まあ、今回は、時の流れを扱っていると思いますけど、前にもいった、擬似家族に絆が出来上がっていくのも、時の積み重ねだと思うのですが、マイナスの部分をスポイルして、触れないでいて、綺麗なところばっかり、強調しても、説得力が伴わないような気がするけどなあ。
そもそも、ハヤテという作品の場合は、時の流れに合わせたネタや言動を取っているけど、それだけな部分もあるので、時が流れても、代わらないもの、色あせないものというのを描くのが、難しいところがありますからねえ。だから、時が流れでも、揺らがないものがあるとか、そういうものに、絆は左右されないとか言われても、描いている作品自体が、時の流れに乗ることばかりやっているわけですからねえ。
次週以降の展開では、一歩踏み出して、とかいうけど、それこそ、今の大部分のファンからいっせいに叩かれるくらいの内容描くくらいの事をしないと、瀬川家のエピソードもそうだったけど、結局、いつものパターンじゃんというのがオチだと思うし。

まあ、瀬川家のがその実験だったのかもしれませんが、それにしては、かなり、おっかなびっくりなところがあったと思うので、あまり思い切れない気もするのですが・・・。そもそも、畑氏の場合、前述の天然描写や、咲夜のお笑いなどから見るにつけ、ああいう描写になってしまう原因があるわけですが、それをどうにかしないと、思いきったことをして、話を書いているつもりでも、形だけという結果に終わりかねないという気がするのですけどねえ・・・。

今週の月光条例とか見ていると、ハヤテやそれに類する作品や、それを後押しするサンデーに対する皮肉みたいにも取れるないようだったわけですが(一寸法師の言動、まんまハヤテじゃないか)、そろそろ、サンデーも、ハヤテの次を考えているのか、あるいは、ガッシュ目当てでサンデー見ていた客を逃すまいとしているのか、いつまでも、萌えやネタで受けを取るやり方では、限界があるから、それだけではないということをアピールしたいのかもしれませんが。
問題は、それを描く事が出来る力が残っているかということですけど。少なくとも、この数年、萌えやネタ優先で話を書いていたわけで、序盤のころのような話を描くにしても、相当ブランクがあるわけですから、ばあいの拠っては、ここ数年のツケが一気に出て来る危険性はあるわけですからねえ。

バックステージでああいう予防線張る暇があったら、一歩先に進むのであれば、話を考えるほうに、時間をまわしたらいいのに、と思うのですが・・・・。

しかし、今週の話は、ある意味、ガンプラ教師がメインでやった方が、ある意味、説得力のある話になったかも、とか考えてしまう。
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by kwanp | 2008-05-28 09:55 | コミックス
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