一つの時代の終わりかな

世界の終わりというよりも、一つの時代の終わりということなのだろうなあ。
元ネタは、エヴァあたりか? 

君が望む三千世界って、それは初恋の少女に刃物を持って追いかけられるということでしょうか?まあ、ヤンデレは流血が伴うイメージがありますが、流血の伴わない、潜在的なヤンデレが出て来る作品も、結構あるんだけどなあ・・・・。

まあ、流血が伴う場合、大抵の原因はヘタレな男にあるわけですが。

それはさておき、罪を犯したとしたら、その罪の報いを受けるのはイツのことだ、ということですが、まあ、自分が生きるために、お嬢を誘拐して、身代金で借金を返そうとしたわけですからねえ。

罪の償いをするにしても、その報いはいつか来るわけですが(許してもらうことと、その報いを受けることは別のこと)、ハヤテガ償いをしているかといえば、疑問ですしね。

ハヤテは、誘拐犯を許してくれたと勘違いしたのですが、お嬢のほうは、それを告白と勘違いしていたというすれ違いがあるわけですし。
しかも、その後で、借金を肩代わりしたりするわけですから、心のどこかで、お嬢のことをちょろい相手だから、何とかなるとか思った可能性もありますね(後に伊澄に買い取られたときに、かえりたがったのも、そのためだろう)。ハヤテは、人の好意に付け込んで生きる男ですから。

だからこそ、彼は同じことw繰り返すのでしょうけど。テーマにあるような、人はいたい思いをしても、何度も同じ事を繰り返すというのとも、いささかずれてるとは思うのだが・・。少なくとも、劇中のハヤテは、ナにやっても、痛い目を見ることはないに等しいのですからねえ。
っていうか、似非不幸キャラを書いたり、不幸ネタを悲惨な目にあわせれば、それでいいと思っている人ほど、こういうことを書くわけだからなあ・・・・。

90年代のある時期から、暗かったり、悲惨な過去を描けば、物語やキャラに深さが出るだろうという幻想がまかりと通っていた時期のそれと、ある意味、大差はないのかもしれませんが。

第一話に現れたサンタのセリフを一応、信じることにしたハヤテですが、しかし考えてみれば、このセリフって、天網恢恢という奴だろうしね。このセリフを書いたときには、まだ、ハヤテを誰かのヒーローとして、描こうという意気込みはあったのかもしれませんが。

しかし、世界が終わるというのなら、桂妹も、それに一応は当てはまるわけで。何しろ、やさしかったであろう両親はいなくなり、後には借金が残り、今までの生活は一変した。
こどもの視点から言えば、世界というのは、一部の例外を除けば、たいていは、自分の視界に写るものですしね。それらが姉と一握りのアイテム以外は、失われたともなれば、それはすなわち、一人の人間にとっての、世界の終焉に等しいものではないか、と思いますしね。

桂妹は、ハヤテのことを同じ境遇の人間として、似ていると思っているようですが、よくよく考えると、全然似ていないわけですけどね。

ハヤテが通っていた幼稚園で給食費が盗まれて、その疑いがハヤテにかかったのですが、その理由は、ハヤテの両親がロクでもない人間だったということで、親から、そういう話を聞かされていたからということですが、それで、子供の人間関係にヒビがはいるのは、珍しい話ではないし、それでも友情が続くのは、それを続けるだけのよさがそこにあるからだと思うしね。
大概は、親だとか、周囲の声に従うわけですからね。そうしないと、自分が次に、そういうターゲットにされるわけだし。
それに学校や保育園などの先生も、こういう場合、ハヤテのような立場の人間のことなど、考慮もしない人間が多いからなあ。面倒なことには関わりたがらないということもあるのだろうけど、下手にハヤテをかばったら、親御さんたちを敵にまわすということもあると思うしね。
そういうリスクをおかしてでも、ハヤテをかばう人は、そうそういないでしょう。
しかも、結局、ハヤテの父親が盗んでいるというシャレにならない結果で、さらには、盗まれたほうが悪いといわんばかりの言い草で。こういうあたりは、後年のハヤテも、結局、この親父の子供であったのだなと痛感させられますが。

でまあ、親の悪事を知りながらも、それでも親のことを信じていたハヤテですが、まあ、子供にとっては、親がすべてですし、ハヤテを泥棒扱いした子供たちも、皆、親が言ってたから、ということで、ハヤテもそうだと思ってたわけですし。
それでも、どこかで、彼らは自分の親で、しかも、自分をちゃんと守ってくれると信じたかったわけですが、実際には、その逆で、自分を追い詰めているわけで。

しかし、この考え無しに悪事を行うあたりも、まんま、親子じゃねえか、と突っ込みを入れたくはなるが。

家は貧しくて、親はドロボーで、友達はいなくて、大人は信じてくれなくて、と

サンタの言葉を信じても、良いことなんて何もない、と心の中で叫ぶわけですが、子供の姿で、それ言わせて、ハヤテのやってることを正当化させてるだけだよなあ、これ。

でまあ、走る続けた先で、一人の少女と出会い、手を差し伸べる少女に出会うわけですが、心が折れても、体はまだ立ち上がれるとか、助けてと呼ぶ声がしたとかいってるけど、どこか、胡散臭いものを感じるのですけどね・・・。

しかも、天王洲アテネって、アテネって、城戸沙織みたいな性格で、あれ、かなりモデルに忠実なのだよなあ。まあ、前聖戦のアテナのほうが評判良いのだけど(笑 まあ、冥王神話で、出てくる黄金聖闘士の順は、実は、再販される聖闘士聖衣神話のスケジュールに合わせて、描かれているようなところがあるのだし、ゴッドクロスの発売が告知、予約が始まったあたりに、チャンピオンでもテンマが神聖衣を纏ったシーンがチラッと現れたしなア・・・。

それはさておき、アテネという名前から、神のような視点で、モノを語るということか、このキャラは? とはいえ、ハヤテの視点は、それを言ったら、人としての視点に拘りすぎという気もしないでもないが・・・。

こういう過去がありましたから、自分はああいう人間になってしまいましたと開き直っているだけのような気が。最近の月光条例でも、一寸法師の言動が、お姫様を自分のものにしたくて、計略にかけたことを、自分はああするしかなかった、仕方なかったんだ、とかいって正当化したり、自分を助けてくれた鬼を助けようとする鉢かづきが、その鬼を助けようとするのを、相手の弱点を知るとか、月打された金棒が、お姫様を、一寸法師を恨む理由があるから、と、自分の価値観を一方的に判断して、とりついて、暴れさせたりと(マラソン大会のように、自分の可哀想な事情を前面に出したら、他人に何をやっても良いと思い込んでいて、それを正当化するあたりとかね)、自分の価値観でしかはかろうとしないというあたりとか、まんま、ハヤテのやっていることをデフォルメしているのでは、と疑いたくなってしまうのだが、今週から、過去編で、ハヤテの過去を書くあたり、わかっていて、そのあたりを書いているんだろうな、と思えてしまうわけだが・・・。
しかm、それを描いた上で、自分のやってきたことに向き合い、受け入れて生きていくって、ハヤテのようなキャラに、求められているものを、描いているわけで、それおw物語のキャラにやらせているあたり、どう考えても確信犯だし、かたや、月光の鉢かづきを武器として使わないというこだわりも、結局、個人のつまらないこだわりで、救えるものも救えなくなってしまうというのは、一見すると、月光のこだわりは男らしいように見えるのだが、鉢かづきを女として、軽く見ているということには変わりないわけだし。
月打された棍棒に操れられていた姫は、騙されたままでも良かったと告白するわけですが、あくまで、そのウソが自分が好きだから、それをやったからだし、そのウソを最後まで、つきとおしてくれると信じたいからだと思うしね。
つまいr、ウソをついたり期待させたのであれば、それの責任を最後まで、取らないといけないということなのだ。早い話がウソを真にしろということで。


ちなみに、ハヤテは、最初の告白はもちろん、帝のじいさんが最初に出てきた話で、お嬢に対し、それをやっているわけで、もはや、自分の無力さを理由に、逃げることは許されないのだ。


まあ、話のスピードが遅いから、無理もない部分もあるんだけど、見る人が見れば、ハヤテのは、悪い部分もかく、というよりも、悪い部分を正当化しているというほうが近いのは明らかなのだし。

・・・・・しかも、一寸法師のエピソードとかを見ていると、俺にハヤテをやらせろ、とか、そのうち、言い出すんじゃないだろうな、藤田氏。まあ、それはそれで見てみたいが。

あれこれ、描くのをためらっているうちに、それを他人に書かれて、しかもおいしいところまで、持っていかれるというオチになるんじゃないか、これ(汗

そして、サンデーが、よく量産してくるベタな作品は、その豪快さや、前向きさには、重みがない場合が多いわけで、そういう傾向が、旋風の橘のような、見せ方がうまくない作品とかで、露呈するのであって、サンデー作品には、ついてまわる傾向だったりするのだし。

まあ、増刊から、受けている作家を引っこ抜くというやり方をしているあたりで、そういう相手の価値観を理解できないのは明白だし、サンデーというか、小学館は、そういう傾向が人一倍強いからなあ・・・・。

言ってみれば、自分の事情の押し付けでしかないわけで、いつもの話では、不幸だから、かわいそうだからというイメージでカムフラージュしていたのを、子供のいっていることだから、ということでカムフラージュしているだけに過ぎないわけで、結局、いつものハヤテと大差がない。子供を使って、言ってることがこれだから、ある意味、いつもよりも、厄介ではあるが。力の強さ弱さをかなり、強引に通り一遍に描きすぎている気もしないでもない。

今週のハヤテが、いつも以上に、描いている内容に納得がいかないのは、ハヤテの主観だから、自分はかわいそうとかいうのが、いつも以上に正当化されてるからだな・・・。
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by kwanp | 2008-06-04 12:22 | コミックス
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