それは難しいところだろうなあ

雷句氏は、サンデーを見捨てないでくれといってるわけで、それはウソじゃないと思うし、良くなって欲しいとはおもうのだろうけど、その批判が正しいことかどうか、ということと、批判がでかくなるということはまったく別物だからなあ・・・・。

まあ、雷句氏も、ここまで騒動がでかくなるとは思わなかったのだろうから、戸惑っているということもあるのだろうけど。

仕方にもよるかもしれないが、仮にその批判が正しくても、それを上回るメリットがあれば、人は、それに耳を傾けないどころか、場合によっては、その批判が正しくても、あるいは正しいゆえに、というべきか、その批判を口にするものを叩き潰してしまうというようなことだってありえるわけで、今回の騒動がでかくなった理由としては、まず、ネットの普及などによって、自己主張と、それを目にする機会が増えたというところだし、しかも、それが口コミで、あっちこっちに伝わるのが早くなったというところもあると思いますしね。

後は、ガッシュの内容が、素人の私でさえ、漫画家と編集の連携がうまくいっていないというのが読み取れるほど、ひどく、内容がそれを反映していたということであり、サンデー自体が、面白いものを作るというよりかは、今受けている内容のを、後追いしているということで、面白いものを作るには、どうすればいいのか、ということに関して、真剣に考えてこなかったというのは、皆、薄々なり、明白になり、勘付いている人が多かったということだろう。

うちでも何度か言及しているが、ガッシュに関しても、ファウード編以降は、ひどいものだったし、のっけから、主役の赤本組があるいは、たどり着いていたかもしれない可能性を思わせるコーラルQとグラブを、新呪文ザグルゼムのかませ犬にしたということから始まっていたし。
何しろ、ガッシュは、主役以外の登場人物の書き方が、ある程度、大きく取り上げているわけで、そういうキャラにも、見せ場やら、生き様を描くのに長けていたわけだが、少年漫画というのは、とりわけ、バトルモノは、段々、強くなっていって、バトルの連続で、主人公が勝ち進んでいくこと、すなわち、主人公が何が何でも正しいというような状況になっていき、それに対し、主人公ゆえに勝っていく部分が大きい、予定調和が強くなっていくという問題があると思うのですが、ガッシュの場合は、赤本組が勝ち残っていくにつれて、サブキャラとかがいなくなっていくわけで、ある意味、作品の持ち味を話が進んでいくにしたがって、削いでいってしまうという問題点があったわけですが、それに対して、作者のやりたいことはともかく、その問題点をフォローするという部分に関しては、なにもフォローがあったことを感じさせないまま、話が終わっていったわけですからねえ・・・。

その批判が大きくなるには大きくなるだけの材料があるわけだが、その批判が、表に出たころには、大概、手遅れになっているばあいがほとんどですからねえ。何とかなる時期というのは、見方を変えれば、まだ、うまみが残っているときのことで、うまみがあるときに、問題点に目を向けて、それを改善していくというのは、それに気が付かせるだけでも、かなりのエネルギーを要しますからねえ。
そもそも、その批判に関しても、便乗している人とか、「雷句氏がいうから」というので耳を傾けている人も多いわけですから、サンデーを買わないという風に、話が進んでしまうのは無理もないことだと思いますからね。

そもそも、サンデーを見捨てないで、という気持ちにうそは無いと思いますが、雷句氏が橋口氏のブログに関して、確認をして、本人のものだという確認が取れたにもかかわらず、それを告げるのが、FAXだったということに関して言えば、サンデーというか、小学館は、今回の騒動、雷句氏のような、サンデー編集部にとって、扱いづらい相手をうっかり怒らせたから、こういう結果になってしまった、平たく言うと、運が悪かったとしか思っていないのではないか、と思えてしまうのだが。
電話とかで対応しないのも、うかつに直接相手をすれば、何を言われるか、ということを恐れているからだろうし。根本的な解決になっていないのではあるが、本人たちは、自分たちの何が、雷句氏を怒らせてしまったのか、ということにぴんとこないものだから、迂闊な言動をしたら、余計に怒りを買ってしまうと萎縮してしまうものだから、FAXとかで直接対応しなければ、いいだろうと思っての行動なのだろうし、そもそも、そこで、ちゃんと対応できるか、そういうことが出来る人間がいて、対応できていれば、こういう事態になっていなかったと思いますからねえ。
まあ、橋口氏のアレに編集部も関わっているということなのかもしれませんが。こうも、漫画家に対する扱いがひどいなら、漫画家を使って反論させ、何かあったら、知らぬ存ぜぬを決め込んで、尻尾きりをするという考えもやりかねないように見えますから。そのあたりも突っ込まれるのを恐れて、ということもあるのでしょうね。
こういうのは、結局、相手の怒りを、ますます、大きくさせるだけでしかないのだし、雷句氏の最初のころの担当の反応を見れば、雷句氏が怒ったことを受けて、ちゃんと、一緒に考えるようになったわけですから、出来ないのではないとは思うのですが。

事態をこれ以上ややこしくしないためには、少なくとも、雷句氏の話に耳を傾けて、何で怒っているか、というのを、考えて、対応する、FAXやメールで済ませるというような、安直な手段には、出ないと言う風に、ちゃんと、歩み寄る姿勢を見せないと、ますます相手を怒らせて、事態がややこしくなりますよ?

ひょっとしたら、雷句氏が去るから、下手に力を入れなくてもいいのではないか、と思っているのかもしれませんが、それは多分、違うと思いますが。
そりゃ、雷句氏のようなタイプの漫画家を使わないで済むならともかく、実際問題、少年誌が、それで済む話ではないですから、雷句氏の一件にちゃんと対応して、彼のようなタイプには、どう付き合っていけばいいのか、というノウハウを身に付けるチャンスだと思って、対応していった方がいいと思うのですが・・・・・・。
ここで、雷句氏が言ってるような対応続ければ、結局、余計に相手を怒らせて行って、騒ぎが大きくなって、ますます不利な状況作り上げるばかりですからねえ。そういう風に対応しろという命令が、上から来ているなら、なおのこと、性質が悪い話ですけど。

サンデーなり、小学館なりが、今回のことを運が悪いと思っているだけで、おざなりな対応しかしないのと、雷句氏が怒ったような手合いは、ちょっとやそっとでは、自分のやり方を改めないので、敗訴しても、何も変わらないわけで、サンデーを買ったり、コミックスを買ったりするだけでも、「なんだかんだ言って、買ってくれるなら、今のままでいいじゃん」と思わせてしまうのもあると思いますしね。
せいぜい、雷句氏が挙げた例に出てきた担当を、トカゲの尻尾きりよろしく切り落として、表面上は、殊勝な態度を取って、終わりで、ほとぼりが冷めたら、同じことを繰り返すというのが関の山だと思うので、簡単には、懲りないと思いますからねえ。
まあ、仮に、サンデー編集部の人間が、これ、読んでいたとして、雷句氏への態度の参考にしても、表面上だけなら、例え土下座をしても、すぐに見破られて、余計に怒りに火を注ぐだけになるので、ちゃんと、話をするなら、自分たちは悪くありません、の一点張りじゃなくて、耳を傾けて、相手のいうことを理解して、出来ることだけでも実践しようとしない限りは、効果はないと思いますからね。少なくとも、頭を下げて、今の自分達に出来ることと、出来ないことを雷句氏に伝えるだけでも、多少は態度が変わってくると思いますけど(露骨に、ご機嫌取りをするようなそぶりを見せなければ、の話だが)。

あくまで、雷句氏の一件はきっかけに過ぎなくて、批判がおおきくなるだけの既に整っていたわけですから、運が悪かったと思っての対応をするだけならば、いずれ、三大少年誌が二大少年誌になるか、別の雑誌にとって変わられる運命もありえるわけだし。
変わる余地が無くても、支持してくれる人なんて、ごくごく一握りで、それを逃がすまいとしていたら、ますます、それ以外の人は寄ってこないという悪循環になるだけですからねえ。

とはいえ、姿勢を改めるとなれば、サンデーも、そこで書いている漫画家の人も、タダではすむとは思えませんから、サンデーを見捨てないというのは、ただ、サンデーやコミックスを買い続けるというだけじゃなくて、ちゃんと、自分で考えて批判しろってことだろうし、それに責任を持て、ということなのだろうなあ。雷句氏がいうから、それが正しいと思っている人や、便乗している人もいるだろうから、そういう動きのご機嫌をとるだけなら、何も変わりませんからね。表面上の態度が違うだけで、理解しようともしないという意味では、編集部とある意味大差ないからなあ、それって・・・・。

しかし、月光条例の一寸法師編などは、ハヤテに絡めたサンデー批判を思わせる部分もあったけど、もしそうだとしたら、ネタがタイムリーすぎるのは、もちろん、それを作品の内容そこなることなく、しかもネタやパロディに走らずにやってる時点で、只者じゃないよなあ・・・。知らない人や、気にしない人は、純粋に内容楽しめるわけだし・・・・。

ちなみに、私個人は、今回の騒動のサンデー編集部の対応を仕方を見て、騒動が収拾するか、それを待たずに、感想を書くのを止めることも考慮に入れている(他の作品の感想は、継続して描くつもりではあるけど)。
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by kwanp | 2008-06-14 10:13 | コミックス
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