ミイラ取りがミイラに

善悪に関係なく、死はやってくるわけですが、力自体も、使うものの心がけ次第で、善にも悪にもなるわけだから、その人間の資質が大きく左右する。

自らの意思に反して、壮剣カーヴィナルで、ミルキィ=死神を刺し貫き、そのことに驚いて、悲鳴をあげるアルト。

しかし、シャフォー(?)に心静かによく見なさいと諭されて、再び、見ても、そこには、何もなく、アルトがであった人物が、カーヴィナルに手をかけていた。

その人物は、再び、支えてあげなさいとつげ、姿を消す。なまじ、死を選ぶよりも、辛い選択を強いているのはわかっているというシャフォーに、アルトは、そんなに思いつめることでは、と言葉を返すが、前回も言ったように、ミルキィが死神になったとして、かつてのような大破壊を行えば、それを止めるのは、壮剣カーヴィナルを持つアルトの役割にならざるをえない。

ルウォールの壁画にも書かれていた二匹のバケモノの姿。おそらくは、勇者と死神の戦いを描いた図であろう。

強力な力を持つもの同士の戦いは、事情を知らないものから見れば、化け物とか怪物同士のぶつかりあいにしか見えないのは、よくある話である。ヒーローというのも、怪物の別の呼び方であるし、人は、自分たちに都合のいいものを神と呼び、都合の悪いのを鬼やら悪魔と呼ぶが、それらは往々にして、コインの表と裏の違いがあるだけで、本質的には変らないことが珍しくは無い。

今でさえ、カーヴィナルを使って、狩をしているところを見られてから、ムラでいじめられていた彼だが、そいつはあくまで、彼が住んでいる村だけでの話で、外の世界に出てしまえば、そのことを知る人間はいないわけですから、剣を使って、暴れたりしなければ、あるいは、剣を使っているところを見られなければ、だれも、彼を恐れないし、迫害しない・・・・・、

アルトが思い込んでいるだけなのである。

カッツのことが無くても、アルトが、いたずらに戦いを避けていることで、結局は、その力を振るわないといけない場面に追い込まれることがパターン化しやすいのは明白であり、その結果、ムラと同じようにいじめられたり、迫害されることになる可能性が高い。

よそ者だから、というのもあるが、その力がイツ、自分に向けられるのか、わかったものではないという恐怖心もあると思うのだ。アルトの家族は、その狩猟スタイルによって、周りから浮いていたということをカッツは言ってたが、あまり、村人と交流が無かったから、逆に、いつ、自分たちが襲われてもおかしくは無いという疑心暗鬼を村人にもたれていたのではないか、と思われる。

何も言わない、何をされても、おとなしく、じっと耐えていることが逆に恐怖心を煽るという悪循環の一因になっていたわけで、事情を知らなかったり、傍から見ている第三者からは、ヒーローも、怪人(怪獣)も、大差は無いのである。
アルトが、戦いを避けるのも、ミルキィにその態度をイラつくといわれたりするような態度も、何もしないことによって、いじめられたり、迫害されたりするのを恐れているからだと思うが、血からあるものが、やたらと黙っているのも、逆に相手の不安をかきたてて、場合に寄っては、過剰反応させてしまう結果を招くものだし。

つまり、何らかの形で、私はあなたたちの敵ではありませんという保障がなければ、こういうことの繰り返しであり、戦いやゴタゴタをいたずらに避けるだけでは、根本的な解決にはならないのである。しかもこの話は、アルトとミルキィの旅であるわけだが、ミルキィの犯罪行為と同じで、その町を後にすれば、リセットされ、一時的な解決が望めるから厄介であるのだが。

とはいえ、こういう騒動を起こして、町にいられなくなり、その町を去ったとしても、こういうことを繰り返せば、噂は広がり、やがて、世界に居場所はなくなってしまうわけだから、いつまでも通用する手段ではない。

八戦聖のように、領主や皇女として、その地域を守るための責任を負うというのも、自分たちは、人々の味方であることをアピールするための手段としては、一つの手でもあるし。

超人ワンダーのようないでたちで、しかも、スキの天神力を解除して、というような実力を披露して、というのも角が立たないよう事態を纏めるうまいやり方ではないかと思う。

なにしろ、八戦聖か、他の領主だったら、「口出し無用」ということで、引くに引けない袋小路になってしまうが、正体不明の、それもなまじっかな常識はずれではなく、桁違いの常識はずれな妖しげな扮装の人物によって、その場の雰囲気をものの見事にぶち壊されてしまうわけだから、より得体の知れない相手によって、場をうやむやにしたということになるわけで。

力をむやみに使わないにしても、徹底してやるのか、うまく立ち回るか、あるいは、その力を、人の役に立てるという形で、敵意が無いことをアピールするか、その中庸かというだけでも、話は違ってくるわけで、決して、力を使わなければ、あるとはいじめられない、迫害されない、というわけではなかったりする。

でまあ、アルトはミルキィが何かを背負っていて、それを口に出さないとしているのわかっているけど、自分に何が出来る? と自問する。

ま、アルトの場合は前述したように、出来ないのではなく、やらないだけなのだが・・・・・。

アルトが気が付いていたのも、ある意味、同類故に、どこか、自分に似た匂いを感じ取っていたということなのだろう。

一方、ミルキィはというと、昔の自分と対面するわけだが、叩かれすぎだといって、血を吐いたり(虐待を受けていたというかことか? 父親や周りから?)、学校で、ムーアという兎によく似た生き物が殺されていたことで、疑いをかけられるということがあったりと、ミルキィも父親のやっていること、死神学者、それも死神を作り出そうとしていることで有名な人物らしく、その娘であるミルキィも、それによって、白い目で見られているという状況らしい。

自分の考えを強く持ち、それを実行して生きているということで、周りから奇異に見られている親を持ち、己もそれによって、とばっちりを受けているという意味では、これまた形は違えど、アルトの状況とよく似ているわけで。

しかも、父親によって閉じ込められたりしていたり、周りから迫害を受けていたりするなど、アルトと同様な目にあっているわけだが、おそらくは、それが一因で、力を得ることによって、それを撥ね退けようという結論を得たのと、自分を迫害する人間たちは、自分のことをよく確かめもせずに、異端の死神学者の娘ということで、先入観まるだしで、自分を迫害してきたわけですから、自分たちを迫害する世間に、何がわかる、なんで、そういう奴らのいうことを聞かねばならないのか、という結論に至った結果が、かっぱらいやら、無賃乗車という行動の一因なのではないだろうか?

アルトは何もしないことで、ミルキィは攻撃的だったり、犯罪行為に走ったりして、自分に対して、迫害を加える世間に反応しているわけで、どこまでいっても、アルトとミルキィは背中あわせのコイン表と裏になってしまうのだろうなあ・・・。いずれにせよ、自分がひどい目にあったから、という理由で、好き勝手やっていることには変わりないわけですが、そこから、成長して、死神の力を克服し、勇者と死神が戦う運命を乗り越えるようになるのを描いていくことで、成長物語を描いていきたいのでしょうかねえ?

まあ、死神学者という存在が明らかになったが、アレだけの大破壊を行ったから、そういう破壊を行う存在を生み出さないように、原因を究明しようという考え方や、死神がどうやったら、生まれるかということを研究するのも、当然の成り行きですから。
ただ、その原因を探っていくうちに、その対象に見せられて、逆に取り込まれてしまう人もでてしまうのだと思いますが、死神を調べていくうちに、その思想に共感したかで、死神を生み出そうとして、自分の妻や娘にそうなるように追い詰めたということか?

死を乗り越えれる生き物は早々いないので、死神を生み出すことで、それを乗り越える術を探していたのかもしれないか、ただ、単に見たいとか言う厄介な理由で生み出そうとしているだけだというのもありえそうだが(汗)

いずれにしても、親の生き方が、子供に、とばっちりを受けさせてしまって、人格に大きな影響を与えてしまったということなのだが、人は生まれを選べないが、同時をそれやそれにまつわる境遇を乗り越えることが出来る、そういうことを描きたいのだろうか?
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by kwanp | 2008-07-10 23:13 | コミックス
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