ダークだとかいうけど・・・

今週のパニッシャー感想を見て回っていると、ミルキィの過去が、父親に道具扱いされて、しかも、死神として、覚醒させられることをさして、ダークだ、とか、いつのまにか、ダークファンタジーだとかいってる意見が多かったけど、ダークな側面については・・・、

その片鱗は第一話からしっかり見せていたと思うのだけどなあ・・・。

ミルキィがパン泥棒をしたとばっちりをくらって、警官に尋問されたときに剣を見られるのを以上に嫌ったことや、森に入って、動物を狩ったときに、剣を使って、狩をしていた事を見られてから、いじめられるようになったと独白しているシーン、野生の一部始終に手を出すなという父親のことばなど、随所に見られるわけで、ヒーローものや、ファンタジーに関して、多少の知識があれば(まあ、多少の知識が無くてもわかるのが理想なのだろうけど)、そうそう驚くほどの内容ではないような気がするのだが。
もともと、無敵看板娘Nでは、無印でもあったヒーロー物を扱う要素が、さらにその要素を扱った部分が大きくなってるわけだし、テッコツ堂の面子に伸びしろがあり、特にカンナは成長物語をやりたいのでは、と思わせる要素が強かったのは明らかだ。
しかも、ヒーロー者に限らず、シリーズものでは、前のシリーズの登場人物が、新シリーズの登場人物を導くというのは、よくある話だし、前のシリーズの登場人物がでしゃばらないようにそれを行うためか、無印の主だったキャラは出なくなり、花見町に残ってるはずのキャラも、出番が少なくなったわけだし(無敵看板娘Nが始まったのは06年だったが、その前年にあったでしょう、前作主人公がでしゃばって、話をめちゃくちゃにした作品が)。
青鮫=ヒーローの構図は、指摘するまでもないが、カンナも、己の快楽のために、人を殴り倒すのを楽しむような娘であり、鬼丸美輝とのかかわりもあったが(うちでも指摘しているが、彼女は、欲望を満たすベクトルが善行の方を向いているものの、それを満たすために、周りを省みないところがあるので、キャラの成長を促す立場ではない)、さりげなく、彼女を導き(登場時から、カンナの事情を知っていたりと、彼女の成長を見守るようなそぶりは見せていた)、正体が明らかになった後の青鮫の退職をめぐる騒動の後、テッコツ堂に残りながらも、青鮫の出番は、役目を終えたために、一職員としてのそれに変っていた。まあどういう物語でも、導き手は頼りがいのアル強力な存在ではあるが、それに頼り切っていては、登場人物は成長しない。
物語のどこかで、それを登場人物から切り離すなり、別れを告げるなり、そいつの助けを借りないような状況に持っていかないといけない、もしくは、そいつが、成長して、お役ごめんだと、距離をとるようにしないといけない。
青鮫も、彼がでしゃばることが無かったように、正体がばれても、残ることが決まったあと、導き手としての役割を終えた青鮫は、その成長を阻害しないように、退場したも同然の扱いになり、残り数話とはいえ、話には、全面的にでしゃばっていないし、出てきていたのは、西山勘九郎としてである。

結局、無敵看板娘は一年で終わったわけだが、成長物語をやりたいのは紙面から、露骨に読み取れたが、完全に昇華できていないのではないか、と思うような結末だったわけだし。

なにより、無敵看板娘では、元から強烈なキャラが何人もいるわけで、そういうキャラがぶつかり合うのが魅力なところに、その何人かを退場させて、伸びしろのあるキャラをだして、成長物語をやるのは、難しいわけだし。

そういう意味では、パニッシャーで、アルトやミルキィに問題があるのは、成長物語をやりたい、という意図から、伸びしろがありそうなキャラにしたといえなくもない。ただ、伸びしろがあるキャラが出たはいいが、アルトやミルキィの言動に対して、それをとがめたり、注意するようなキャラがいないので、彼らが好き放題するような状況が序盤続いて、無法地帯になるというのは、いい傾向ではないので、超人ワンダーの登場は、私的には、もっと早く出せと思ったくらいだ。

それに、暗い過去、辛い過去というのは、もともと、英雄などにはつき物であり、それを乗り越えて、何かを成し遂げてたわけで、ミルキィの過去が明らかになったが、アレくらいでは、ダークな過去ではあるが、ダークファンタジーとは言わないのではないか、という気がするが。

ミルキィの母親が、アトモスツールを埋め込まれたりしているように、死神覚醒は仮面ライダーの改造手術と受け取れるようにも解釈が出来るのだし。

そもそも、クウガ以降、平成ライダーと呼ばれるカテゴリーでくくられたライダー以前には、尊敬していた上司に、無理やり改造された仮面ライダーZO(島本和彦氏のコミックス版などは、さらに、元婚約者が、怪人にされて、それを倒さないといけないなど悲惨な追い詰められ方をされている)、息子を助けるために、瀕死の重傷を負いながらも、カイゾーグへと改造した神博士。

余談だが、いつのまにか、改造されていた鋼鉄ジーグの司馬宙は、実はコミックスの安田版では、親子ともに重傷を負い、父親が息子を助けるために改造手術をして、ジーグになったのが、仮面ライダーXとかぶるので、ああなったのでは? という説がある。

ついでにいうと、昨年放送されたアニメ版鋼鉄神ジーグでは、司馬博士は、100歳近い老人お姿で現れたため、解釈によっては、瀕死の重傷を負い、同じく瀕死の重傷を負った息子を助けるために改造手術を行いながらも、自身はしっかり生き残ったというどう考えても、作品内一の不死身の体をもつ男ではないかと思える、ギャグのような解釈すら出来る内容になっている。普通に考えれば、人間型のボディを持っているというKとなのだろうけど。

仮にこの解釈が当たっていたら、大気圏内でのシャトル事故で、素で生き残ったキョウスケ・ナンブといい勝負が出来るキャラなんじゃないか、と思えてならないが(汗

恩師が悪の組織に、改造人間の候補として、推薦されたがために改造された本郷猛という風に、仮面ライダーでは、めずらしくはない内容だし、そもそも仮面ライダーは、幹部怪人ばった男が、脳改造を免れたがために、脱走して、正義のために戦った存在だったりするのだし。

たとえば、ガンダムWのヒイロユイなどは、それまでの生い立ちで、閉ざしていた心(オペレーションメテオ前のミッションで、知り合った少女が死んだり、育ての親の死などといったことがかさなり、さらには、戦いの日々で、本来持っていた優しさを閉ざすようになった)を、怪獣のようなヒロインと関わったのがきっかけで、それを取り戻すようになる過程も書かれていたわけだし。

ガンダムのイメージを一変させた機動武闘伝Gガンダムでも、主人公ドモンは、母親を失い、父親は冷凍刑、兄は、デビルガンダムを奪って逃亡したという事実を突きつけられ、復讐の鬼となって、デビルガンダムを追いかけるという筋書きであり、ガンダムファイトの戦いの日々の中で、それを乗り越え、明鏡止水の心を手に入れ、真実を知り、さらにそれを乗り越えて、大事なものに気が付き、それを手に入れるための物語であったわけだけど、

序盤のドモンが背負っている状況は、かなりどろどろしたもので、怒りのスーパーモードの姿は、鬼気迫るものがあったのだし。そういうどろどろしたものは、どういう作品に内包されていて、それを見せるか見せないか、の違いがあるだけなのですよねえ。見せなくても、そういう手がかりをつかむことは出来るわけだし。

まあ、結局、グダグダになってしまった、新世紀エヴァンゲリオンだって、途中までは、シンジの成長を書こうとしていたわけだし。だからこそ、シンジは、ああいう冷めたというか、何事にも熱くなれないような性格で、人とかかわりを避けていたように書かれていたのだから。

アルトも闘おうとしないのは、平和主義者だKらとか、不殺主義者だからではなく、その力を振るったところを見られてから、迫害されたからであり、人々に恐れられるのをいたずらに避けようとしているからに過ぎずない。しかも親が、狩を行っていて、それに子供は、したがって行わざるを得ない状況の方が多いのだから、ミルキィ同様親の思想のとばっちりをくらい、村八分になっているという状況は同じなのであり、力を持つものへの畏れと迫害という意味では、二人とも似たような生い立ちを生きてきたのであり、そういう意味では、同じような生い立ちの人間が、お互いを支えあい、お互いの経験を通じて、視野を広げていくというのは、王道であり、生い立ちやら、主人公やメインのキャラを取り巻く状況が暗いなり、壮絶なだけでは、ダークファンタジーとは言わないのではないか、という気がするけど。もともと、御伽噺だって、残酷なものが多いのを、そういう残酷さを修正してきたわけだし。
そもそも、ヒーローと異形性というのはきっても切り離せない関係にあるわけだし、私が、子とあるごとに、アルトやミルキィをバケモノと呼ぶのも、佐渡川氏がヒーローを描きたいのではないか、と思える部分があるわけで、ヒーローというのは、仮面ライダーだけ見ても、往々にして、仮面ライダーは、敵と同じ技術で生み出された存在であり、心のありようで、ヒーローにも、タダの化け物にもなりうる二面性を、元から持っておりいるわけですし。ミルキィの過去が、ああだったのは、その法則にしたがって書いているだけに過ぎないのだと思いますが。
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by kwanp | 2008-07-19 10:53 | コミックス
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