全力っていっても・・・・

執事というか、自分の欲望を満たすためと、そのためにええカッコしいしてるだけを執事全力とは言わんのじゃないか、という気がするけど。

しかも金剛番長などは、表紙で、正義とか言ってるけど、今のサンデーが持ち出しても、説得力ないんじゃないかと思うし。

最近の金剛番長見ていると、王道バトルモノとか、一癖も二癖もあるキャラをいくつも出そうとして、それが空回りしているかのように見えるし。本気でバカをやる、天然ぶりが突き抜けているより、普通の人が、バカなのりや、天然を真似しようとして、なりきれていないように見えてしまうのですよね(金剛番長に関しては、既に見切りをつけていたりする)。

自分の家族を説得して、アテネと一緒に暮らそうとするハヤテ。彼が持っている指輪に関して、考えをめぐらせますが、普通に考えたら、もういなくなった婚約者とかがありえそうですが。先週の話で、天王洲家の令嬢が今も行方不明という記事がありましたが、後継ぎなり、他の子供がいなくて、両親だけが、今も帰りを待っているとか言うパターンなら、実年齢で、何歳になろうとも、令嬢と呼ばれることはあるでしょうしね。
ハヤテが着ていた執事服を仕立て直したといっていましたから、それでしたら、指輪が大人の男のサイズでもおかしくはないでしょうし。

指輪を持っているということは、普通に考えれば、指輪を交換する約束をした相手が、その約束を果たせなかったということでしょう。

裏切りとか、あるいは、記憶を失って、他の誰かとくっついたとか? まあ、あるいは、ハヤテがきている執事服の持ち主と恋に落ちたとかで、それを身分が違うとかで、認められなかったから、世界にいやけがさして、王族の庭城にきてしまったというところか? 言動からするに、女性を商談とか、政略の道具にしか見ない、あるいは、金目当てとかで、女性を本当に大事にしているとは言いがたい(まあ、金持ちに限らず、男性というのは、そういうところに疎いところがありますし、それを補おうともしない人が少なくはないですからね)。
女性を大事にするというのは、その指輪の持ち主がアテネに教えたことで、それをさして、考えずにまねをしているというところでしょうかね、彼女の場合。

おそらくは、この現状から逃げ出したら、幸せになれると思ったら、それは、もっと辛いことの始まりでしかなかったということなのでしょうね。

でまあ、指輪を落とさないようにと、持ち物を見てみると、バンソーコーにお守り、BB弾、輪ゴムにキン消しの偽ものですが、ハヤテが幼稚園の時って、1994年あたりまでで(キン肉マンの最終シリーズのアニメ化は91年)、このときのハヤテの年齢によっては、旬を過ぎているアイテムのような気がしますが、親に大事にされないで、こういうものしか、手に入れることしか出来なかったとかいう表現をしているというところでしょうか?05年の話なのに、ボウケンジャーは出してくるわ、ユニコーンガンダムは出してくるわ、と実際の時間にあわせたネタを持ち出してくるのですし、その理屈で行ったら、この時期は、90年代中盤94年から96、7年に相当するわけですから、その時期に、キン消しの偽者を大事に持ち歩いているというのは、普通なら、その境遇を物語ることも出来る表現だとも思いますし。

まあ、単に、今度DVD化されるから、ネタにしているだけかもしれませんが・・・。

そこに現れるハヤテの両親。彼らがいうには5日も帰っていないのだそうですが、ハヤテの時間では、2ヶ月くらいの時間が流れているそうで、時間の流れが違うわけですが2ヶ月といってることかr、あそのスピードは、単純に12倍。
王族の庭城の方が進む時間が早いわけですが、90年代に流行ったファンタジーものでは、異世界に召還されたりする話では、その主人公が、ことをなして、元の世界に戻ってきても、時間はさほど、経っていないということが珍しくはなかったですからね。

好きなキャラの方が年齢が上だったのに、いつのまにか、自分のほうが年齢が上になっているというように、物語の時間の進み方と現実の時間の進み方の差が大きかったりすることもありますし。

そういう意味では、王族の庭城は、異世界か、2次元と三次元くらいの差の出る世界なのかもしれませんね・・・。

親を変えるのだ、と、ハヤテは、意を決して、何が気に入らないんだ、と首をかしげる父親に、泥棒はいけないと注意をするのですが、あっさりと、表面上は意見を聞いた振りした両親に騙されてしまい、しかも指輪に目をつけて、質屋で金に替えようとする両親に騙し取られてしまいます。

しかも、ハヤテに父親の見本になれみたいなことを言ってるわけですし。

まあ、こういう手の施しようのない、しかも、自分のやってることを変える気もない人間ほど、口先だけで、相手の言ったことに態度をあわせて、本気で反省するとか考えるということをしませんからねえ。

それに、ハヤテやハヤテの両親のようなタイプというのは、自分の得になるような相手や、自分の言うことを聞きそうな相手には、そいつが喜びそうな態度をとったり、人格が出来ている振りをして、相手を喜ばすことをしたがるものですからね。
だから、ちゃんとした態度をとっていたり、行動に筋が通っているからといって、すぐに信用するのは危険なのですよね。
そうでなかったり、自分の理解の範疇を超える相手には、その反動で、きつかったり、容赦がなかったりするものですし。もっとも、そういう相手が特になるとわかってから、態度を変えることもありますが、こういう相手のことを理解するようなことはしないこともすくなくないので、逆に怒らせるようなことも、珍しくはないのですよね。

もっとも、ハヤテの場合も、自分の都合の言いように、回りを変えようとしているのだから、丸め込まれて、罪がないとはいえないのですけど。
アテネの元に戻ったハヤテですが、前述のやり取りを見ていたために、もう、ハヤテをどこにも生かせないという強硬手段に訴えでる。

しかし、ほこりと自信をつけさせて、というアテネだが、そういうものは、自分で見つけて、自分で見につけ、本物にするものだと思うのだが。与えられた誇りと自信は、あくまで、きっかけに過ぎないものだし、それにすがり付いているでは、何も変らない。

それで得られるものがあったとしたら、可哀想な人間を自分が変えたという自己満足だけですし、そういう自己満足を欲しがる人間というのは、相手の身に立っているつもりで、そうなりきれていないのですよね。

さらに、アテネは、ハヤテの両親は、人間のクズで人の優しさをクイモノにするとか、そういう奴についていってもぼろぼろにされるだけ、とか言っていているけど、後年のハヤテもまさにそれをそのまま、行っている。まあ、綾崎親子がやってることは、まんま、この作品や、サンデーの姿勢にも、同じことが言えるわけだけど。

罪を犯したものが、なんて、ハヤテは、独白しているが、その後の生き様を見る限り、今の時点では、それを悔いて、罪を償おうとしているよりも、同じ罪を繰り返しているし、それを改めようともしていないわけですからねえ。

人は同じことを繰り返してしまうとか言うのがテーマだそうですが、開き直って同じことを繰り返しているのは、人は同じ過ちを犯してしまう生き物だ、という言葉を言い訳にしているだけではないか、と思いますが。少しでも、その罪を償おうとする人と、人くくりにして語るのは、違うと思いますしね。

私といれば、幸せになれると手を伸ばすアテネ。

親がいないから、自分の気持ちなどわからない、とアテネに、暴言を投げかけるハヤテ。

しかも、ハヤテもアテネも自分が寂しい、つらいから、自分が幸せになりたいことが先にありきで、相手のことを見なかったという意味では、同じなので、疾風だけが悪いのではないのですよね、この場合。結局、「間違っていたのは自分」とかいって、涙を流していたのは、女の前でいい格好しているだけだったようですね。

そういう意味では、コードギアス反逆のルルーシュの主だった登場人物が、自分の大切なものしか見ていなくて、しかもそれがあからさまな一方通行でしかない、ということに近いものを感じますが。

まあ、この過去編の話自体も、ハヤテの見る夢という形ですけど、ハヤテは、自分に甘い男ですから、あくまで、彼の目から語られてる過去は、自分は、悪くない、被害者だと言わンバ仮の態度をとっていますが、そうしないと生きていけないから、それをわかっていながらも、親のやることに手を貸していて、それに騙されている、罪のない被害者の立場をとっているようにも見えますし。

棺の中から、何かが蠢き、アテネの後ろになにやら、まがまがしい気配が漂っているわけですが、三年前なら、もっと迫力を感じたのだろうけど、今となってはなあ・・・・。

まあ、アテネと同じ立場か、あるいは王族たちの怨念か。まあ、王族の庭城に残った、そこにいた人々の怨念というのもありそうですね。それを封印、あるいは浄化するために、アテネのような人物が、必要になるとか?

そもそも、本来描こうとしていたストーリーよりも、萌えやねたで受けをとることを優先せずに描いていたら、このシーンも、今よりかは、納得できるような話の流れになっていたと思いますからねえ・・・・。

しかし、過去編、強制ムービーというより、ときめも2の幼年期編とか、みずいろの子供時代とかで、子供時代に、桂姉に関わっていたら、きっと、桂姉の性格が大幅に変るんだろうなあ、どこぞのやかま進藤みたいに(笑
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by kwanp | 2008-07-23 09:28 | コミックス
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