てっきり・・・・

アテネと喧嘩別れしたハヤテは、お決まりのように雨の中をさまよい、つまづいて、打ちのめされて、彼女の幻影を見て、差し伸べられた手をとろうとするけど、それは幻で、ハヤテの手は何もつかめない。

自分が変れたから、人も変えられると勘違いして、それを行おうとしたけど、結局、両親に言いくるめられ、アテネから貰った指輪だけじゃなく、すべてを失う。

アテネの元には帰れずに、かといって、家にも返る気にはなれない。
もう、あの手は差し伸べられない。

まあ、一つ手に入ったら、またひとつ、と欲は深まるものだけど、ハヤテの場合、成長したというより、力を得ただけで、それをアテネに誉められて、自信をつけて、それで、いい方向に変りたいというか、皆が当たり前にもっているものを手に入れたいという欲望が膨れ上がったわけだし、アテネのほうはアテネのほうで、一緒にいてくれる人間を、使い勝手のいい執事に仕立て上げたというか、力を解放して、急成長させて、自分に都合のいい執事に育て上げたわけですからねえ。

まあ、アニメやゲームとかでは、力を目覚めさせたり、与えたりするのは良くあるパターンですが、アテネの場合は、一緒にいてくれる人間を執事、つまり、自分に仕える存在にしているわけで、誰からも省みられなくて、泣いている人間に手を差し伸べているけど、そいつは、自分の寂しさを満たすためでもあるわけですしね。
執事にしたのは、ハヤテに居場所や存在意義を与えるためだったのかもしれないけど、それでも、執事にしたハヤテを一から、時間をかけて、見守るのではなく、力を解放したりして、すぐに仕える執事にして、自分の身の回りの世話を完璧にさせようとしていたりするわけで、お嬢様だから、人が自分のために何かをやってくれるのは当たり前だ、と思っているのかもしれませんが、一緒にいる相手をともにいてくれる存在じゃなくて、自分のおかげで育った、利用価値のある存在に仕立て上げて、自分に従うようにしているようにも見えてしまいますからね。

まあ、これ、ギャルゲーでも同じなわけで、KEy作品などが、特に顕著ですが、主人公が、ヒロインの抱えている問題を解決するわけですが、攻略に失敗したり、他のヒロイン攻略を優先させると、そのヒロインの抱える問題は解決されないわけですからね。
KANONなどは、アニメと違って、攻略するヒロイン以外は、救われない場合が多くて、次の誕生日まで生きられないといわれている栞は助からないし、舞は、親友を刺してしまったことを悔いて、自害。真琴は、おそらく力尽きて、心残りを残したまま、力尽きてしまうし、あゆは目を覚まさない。名雪は、多分、相変わらず、祐一にいいように振り回される。

という風に、主人公のおかげで、ヒロインは助かったということにして、シナリオを盛り上げて、ヒロインとの絆を深めるわけですが、これ、形骸化すると、アニメのDCSSのように、ことりが捨てられても、主人公は悪くないとか、アニメのシャッフルの主人公みたいなことをやらかすわけですからねえ。

ハヤテとアテネがやったことって、お互いに、自分を主人公だと思って、救うべき相手と決め付けた相手に、相手にとっての救いじゃなくて、自分にとって、都合のいい結末を押し付けただけなのですからねえ。

ヒロインの抱えている問題を解決して、それで、ヒロインにとって、いなくてはいけない、ヒロインよりも格上の存在になって、その価値を認めさせる。
このやり方を、アテネに教わって、それで、両親や、ヒロインに行っているという意味では、このころから変わっていないわけですからね。

でっ、打ちひしがれているおころに、兄と出くわすわけですが、ハヤテの兄は、この頃には、まだ、家族と一緒にいたようですが、きている学生服は学ラン。
ひょっとして、桂姉と同じ学校ですか、ハヤテの兄は?

ヒーローさん、云々を言ってるわけですが、ハヤテの兄もメインで描かれるようになったら、メッキが落ちて、ヒーローに値しないような人間にしかかかれないのじゃないのか、と思うのだが・・・。
いまは、それはさておいて、この手の主が帰ろうとして、変える途中で、迷子になったか、すれ違って、騒動に巻き込まれたところに、居合わせて、通りすがりのヒーローだ、とか何とか、ほざいたというところでしょうか?

まさか、ヒーロー云々を言ってるのが、桂姉か桂妹で、既に借金返済しているとしたら、ゴタゴタを解決した帰りとか、ソウでないなら、この頃から、いっしょに、あれこれ、騒動に首を突っ込んでいて、その後(借金返済するようになってから)は、一緒に、金になりそうな話に巻き込んでいたということかな?

それとも、美希か、ヒーロー云々とかいってるから? 

兄にアテネと喧嘩したことを話すわけですが、都合のいいことしか言ってないのだけおdなあ・・。アテネが一人だというのは、もちろん、いけないことですが(というか、ハヤテの場合も、周りに人がいるだけで、実質、アテネと同じように、心許せる人がいないから、似たようなものだと思うのだが)、自分の幸せだけを見ていただけで、幸せになるために何をすればいいのか、どう行動すればいいのか、を深く考えなかった(こどもだから、出来ないということはないだろうし)。目の前にいる、守ってもらえそうな人間に慰めてもらうために、殊勝な態度をとっているようにしか見えないし、結局、アテネを大事にして、その生き方から、一歩先へ進むか、あるいは、アテネを選ぶか、ということをしなかったわけだからなあ。

子供であるというのは、言い訳にはならないと思うのだけど。子供であるとか、雨に打たれて、とか、もっともらしい演出で、登場人物が身勝手なことをやったのをごまかしているだけじゃないのか、という気はするけどなあ・・・・。

過去編がギャルゲに対するアンチテーゼのつもりなのかもしれませんが、ハヤテ自体、ギャルゲの法則にどっぷりと使っている要にしか見えないので、批判する資格はあるのか、という気はしますし。

結局、二度と、城に行くことは出来なかったわけですが、城のあった場所は、白皇の新校舎の予定地だったようで、その奥に、まだ、健在で、十年以上あとには、幽霊が出るようになる旧校舎が建っている。

ひょっとして、ついになっているのではなく、ガッシュのリオウみたいに、同じ土地の中に、空間をゆがめるなどして、存在していたということか?

ちなみに、かぶりものリオウの一族は、レベルが上がると、彼らの中に、他者を入れて、しかも中がカプセルホテルとか、それ以上に大きくなるのだそうですが、それと同じ理屈か?

でも、アテネはバニキスじゃなくて、かぶりものリオウのほうだよなあ、この場合。

一心不乱に働いたとか、一人の夜は思い出すたびに、罪悪感で後ろめたくなったとか、体を強くして、心を鈍感にして、とかいってるけど、とどのつまりは、作中でこれまでやってきたことのいいわけを言ってるだけなのですよね。
だから、こういうロクでもない人間になったから、ああいう身勝手なことを色々と起こしてしまうのです。仕方のないことなのだ、と正当化しているだけでしかないわけだからなあ。

十年以上後で、捨てられたから、彼女は正しかったとかいってるわけですが、捨てられたから、うまいこといってるから、その選択が正しい、間違っているというのは、ちょっと違うような気がするが。

報いのときは来るだろうとかいうけど、こういうことをいう奴に限って、報いのときがきたときには、許してくれとか、勘弁してくれとかいって、その償いと向き合わないでいるわけだからなあ。

そもそも、心を鈍感にして、とかいってる時点で、自分のやったことから目をそむけているわけだから、そんな奴があやまったところで、何を反省しているか、自覚していないので、謝罪にならないと思うのだけどなあ・・・・・。

大体、過去編だって、いくつか、都合のいいように改ざんされているわけだし。それにハヤテの兄も、ハヤテに対しては、多少は味方になっていたようですから、必ずしも、孤立無援だったわけではないようですしね。多分、アテネ以外にも差し伸べられていたけど、それに気が付かなかった、あるいは、自分の不幸で頭が一杯で、そこまで気がつく余裕はなかったということなのでしょうね。

お嬢が遊ぼうとか言いだし、一緒にずっと遊ぼうというのに、ずっとお供しますというハヤテ。

結局、生き方自体、過去編のときかr、あまったく変っていないということなのでしょうね。

アテネでは、これまた、生き方を帰れなかった成長したアテネが(あの時点で、見た目の何倍も生きていた可能性があるし生きている時間だけなら、場合によっては、年寄りの域に達している可能性もある)、ハヤテの事を夢に見て、執事をバカ扱いしているわけですが、彼女も、王族の庭城を追い出されたようです。
彼女の弁によると、棺の中身で、あの場所が成り立っていたかのようなことを言ってるわけですが、ひょっとして、アテネにとりついたままなので、排除されたということですか、あの場所から。
何しろ、あの骸骨に関しては、鬼という指摘もあるわけですが、神も悪魔も、神も鬼も、アル意味変わりないわけですし、鬼は、神の座を追われた、かつての神であったりもしますし、なにより、男の鬼は、最初から、鬼として、完成していますが、女の鬼は、物語の中で、鬼になるわけで、彼女も、ハヤテに固執して、その感情で、神になりきれなかったものたちに身をゆだねたことで、王族の庭城を追い出された、つまりは、彼女の中に、まだ、潜んでいる可能性もすてきれないということでしょう。

ハヤテがそばにいないから、その蒼い炎は前面に出ないだけで。

結局、ハヤテが、ああも、ロクでもないのは、こういう理由があるからです、という自己正当化でしかない話だったというのが正直なところですね。それに間違っていたにしても、生き方を反省するというよりも、あの時はしくじった、今度はうまくやるさ、程度の認識しかないのではないかと思えますし(何がいけなかったか、ということを考えずに、うわべの態度だけを、相手に合わせるだけですからねえ)。
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by kwanp | 2008-08-06 22:46 | コミックス
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