因果応報の果てに・・・


もう誰も愛さないの方にしようと思ったが、どちらかというと、来週の方がうってつけそうだしなあ、このタイトルは。

ゼロへの復讐の焔を燃やすニーナに対し、スザクは、君にそれを撃たない覚悟はあるのか、または撃たない覚悟はあるのかと問い掛ける。

この作品では、何かを大事にするけど、その反面、ソウでないものに対する相手や者には、容赦がない、冷淡な相手というのが多いわけだが、大事なものを奪ったゼロに対する怒りで、フレイヤを作ったとしたら、

ニーナもある意味、ゼロと大差がない人間になってしまうわけだが、まあ、怒りで頭に血が上っている人に、それが気が付くはずがない。

そして、使わないとか言いながらも、生きろというギアスが発動して、フレイヤをぶっ放し、ナナリーを始めとして、多くの人を亡き者にしたスザク。

手前も、しっかり、何かあったときに備えて準備していたくせに、周囲を取り囲まれて、取り押さえられたことで、我をうしない、裏切られたと逆上したルルーシュ(まあ、もともと、頭は切れるが、感情にむらっけが多いので、詰めが甘いところがあるのだが、彼は)。

大勢には関係ないとしても、ギアスをかけられ、主でないものを主と思い込み、あげく、その相手を助けるために、行動し、それをかばって、消滅していったギルフォード。

一見すると、これらは、大事なものを奪われて、残ったものにこだわるあまり、それ以外が何も見えなくなってしまった人間が招いた破壊の果てのようにみえるわけだが、

これらはあくまで、一個一個の珠でしかないのだ。

これらの珠に糸を通し、ひとつなぎにするかのように誘導した人物がいるから、あの惨劇は起きてしまったのだと思う。

ルルーシュも、スザクも、ニーナも、ここに至るまで、その人物の手のひらの上で踊っているに過ぎないのではないか、とさえ、思えてしまうのだが。

まあ、怒りに血が上っている人をそう簡単にとめられないとかいう意見もあるだろうが、すくなくとも、シュナイゼルの権限だったら、作っただけで、それを使わないとか、ニーナを手玉に乗って、納得させるだけのことはできるのじゃないか、と思うし、いざとなれば、色々と理由をつけて、必要とあらば、その身柄を抑えることは可能なはずだ。

しかし、ニーナのその怒りを、フレイヤ開発のためにしっかりと利用しているわけだけどね。

普通に考えれば、いくら、頭が良くて、兵器を開発した人間だからって、「好きな人を奪った、だから、新兵器をその相手や、そいつが従える軍にぶっ放して復讐するの」なんて、感情論を認めて、そいつの行動を許していたら、きりがないし、下手をすれば、戦略自体にも差しさわりが出てくる。

すくなくとも、そいつをたきつけて、シュナイゼルか、あるいは別の誰かが、それをメリットにするだけの価値を、ニーナに認めたということでしょう。

スザクだって、結果論といわれれば、それまでですが、前回、シュナイゼルは、ギアスのことを訊ねる際に、かつて、スザクがギアスをかけられた際のことを引き合いに出していることから、一連のギアスが絡んだ、ブリタニア所属の人間の不可解な行動に関して、スザクの例も、その範疇に入れている。

つまり、作戦行動中に何をしでかすかわからない人間に戦略兵器持たせた兵器に乗って戦うように仕向けているわけだから、フレイアをぶっ放すことは、少なくとも、シュナイゼルの狙いの一つでもあるわけで、合衆国に対して、フレイヤの脅威を見せることで、ブリタニアにはむかう各エリアに対して、牽制を行おうということだろう。

かつて、大事なものを奪われた少年が、残された、本当に守ろうとするために、未知の力に頼って、起こした反乱やら、自分と妹以外の人間を、人と見ないような行動の果てに招いた、怒るべくして起こった破壊というのは、表面上の要素でしかない(もちろん、それで、ルルーシュの罪は、完全に許されるわけではないのだが)。

まあ、ギアスの力というのは、大きな物事の流れというのは、生き物であり、個人の力で、それに立ち向かうのは難しいというようなことを言いたいのではないか、とさえ、思えてくる。ナイトオブテンのデスマスクばりの戦場で人を殺せば、英雄なんて、言い草も、どこかで聞いたようなそういう言い分を、なぞっているようにしか見えなくて、それっぽい条件をなぞって作っているけど、個性的な敵役としての迫力も、個性も持ち合わせていないような印象が強くて、そういうナガレに流された結果、ラウンズの立場になっていたかのような印象をうけましたし。
シュナイゼルのやっていることも、ギアスの力を持たなくても、自らの頭脳と、人の心のつぼをつつくやり方で、彼の望むような行動をとらざるを得ないように仕向けているわけで、
ある意味では、ギアスの力をもたないギアス使いといえなくもない。

とはいえ、デュランダル議長のように、やってること事態は妥当であるが、キラやラクスを無理やり正しく見せるために、悪の黒幕にされてしまったキャラの役割を背負っているようにも見えてしまうのだが(汗


スザクが「生きろ」というギアスに対して、ユーフェミアと違って、あっさりとしたがって、フレイヤを撃ったのも、楽な方向に流れる弱い人でも言いたいのか、個人の意思で、大きな流れに逆らうのは難しいとでも言いたいのだろうか?

簡単ではないだろうけど、その流れとて、永遠ではないと思うし、ゼロが合衆国連合を作って、ブリタニアに立ち向かったのも、流れを変える新しい流れは生まれるとでも言いたいのだろうか?

まあ、今の時代に必要とされないから、それを完全に排除しろとか、今は、こういう時代だから、それに無条件で従うばかりが、生きることじゃないと思うし、そういう時代の中でも、流れに立ち向かいながらも、生きる道を模索する、自分の生き方で出来ることを探すということも、難しいことではあるが、出来ないことではないわけだし、シュナイゼルによって、追い込まれて、自縄自縛になって、そうしないといけないとか思い込んだ結果、こうなってしまったわけですからねえ。

利用される方の罪は完全にはないわけではないのだろうが、それ以上に、それを自らの目的を果たすために、やっているという意味では、それを操っている人間が、重いと思いますしね(その気になれば、止めることも、それが出来るだけの力もあったのだから、なおさら)。

自分の大事なものだけを大事にするままでは、そこからは抜け出せないわけで、最終的に、そこから、スザクは、今週の紅蓮の攻撃で、自らの死を受け入れたわけだが、これって、極端な話、日本を取り戻すのを諦めるのと同義なわけで、スザクが内部で出世して、ナイトオブワンになって、実を取って、日本を取り戻すということは、理解されにくい生き方であり、彼が、死んだら、その後に続くものは、出てこない可能性がある。本当に、ブリタニアの支配に苦しめられている人たちを見過ごせないで、それを無くすために闘っているのであれば、最後の瞬間になろうとも、それを諦めないものではないか、と思うのだが。

生きろというギアスに関係なく、自分の償いのためだけではなく、本当に、自分のためであり、なおかつ、多くの日本人のために、日本を取り戻すために生きるという意志をもって生きることを選択するようにならないといけない、ということなのだと思うのだが・・・・?

ルルーシュは、本当に、人々を解放するゼロとして、行動するようになることだと思うが。

二人とも、流されたまま、そこから脱却できないで、流されたまま、バッドエンドを迎えたとかいう

可能性は難しいだろうけど、そうなることを期待したいものだが。スザクも、最終的には、その輪から、脱却することが出来るのか、それとも、出来ないまま終わるのか、・・・・後者の方向に誘導されそうな気配が強くて、嫌なのだが(汗
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by kwanp | 2008-08-10 22:52 | アニメ
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