どこまでいっても

ブリタニアの皇帝になって、しかも、貴族制を廃して、エリアを開放するなど、ブリタニアをぶっ壊すかのようなやり口で、すべてを変えようとしていくルルーシュ。

反対する勢力は叩き潰すわけで、既得権益云々と、SEEDDESTINYのデスティニープラン、遺伝子によって、適材適所に人材を配置するという計画によって、獲得した平和をより確実なものにしようというものではあるが、既得権益を持っている人、たとえば、代表格であるラクスなどは、それをよしとするはずはないわけで、ノートの走り書き、しかも、デュランダルに対して、いい感情を持っていない人間の書いたものを根拠に、議長のやろうとしているのは、死の世界とかいうことにして、ラクスたちの正当性をアピールし、前作で、ザフトから奪ったままのエターナルや、ユニウス条約違反のストライクフリーダムと、インフィニットジャスティス(今度MG化されますね)で、暴れ周って、ディスティにープランをぶち壊したわけだが。

自分らは、シャルルに従っているのだ、ということで、新皇帝に反旗を翻すスザク以外のラウンズ。ある意味、マリアンヌとビスマルク以外は敵に寝返った血の紋章事件よりもとんでもない展開に。ちなみにマリアンヌは、前のナイトオブワンを倒したこともあるのだとか。

結局、生きろというギアスと、VーMAXっぽい超機動(?)で、ナイトオブワンを制するわけですが、元ナイトオブシックスには、ギアス使わないと闘えなかったりするのに、ナイトオブワンとして、云々言っても説得力ないわなあ・・・・。

よく考えてみれば、スザクは、ギアスに掛かっているわけだから、もうかかることはない。ある意味、皇帝となったルルーシュをその気になればどうにかできる存在ナ訳だし、そういう意味では、ある種、信用のできる相手ではあるのだけど。

ランスロットに取り押さえられたジノは何のために闘えばいいのかと、頭を悩ます。

っていうか、シュナイゼルに、反乱そそのかした奴に、君がブリタニアに忠誠を誓うなら、僕の仲間になるべきだ、とか、言われたくは無いわな。

このあたりは、ジノは、SEEDDESTINYのアスランの役割だったというべきなのかもしれませんし、カレンにシュタットフェルトに戻ることをすすめたり、としていたし、戦いを楽しむしかないとか言うようなことを言わせるあたりに、ブリタニアのラウンズとして、闘うことに、何かしら葛藤があるのを、ああいう飄々とした態度をとったり、戦いを楽しむと嘯くことで割り切るようにしているのでは、と思わせるものがあったようですが?

しかし、ナイトオブワンのギアスは未来を見ることが出来るわけですが、ギアスが未だに有効なのは、皇帝が生きているってことか?

合衆国連合にも参加を表明して、単身とも思えるような手勢で現れて、と思いきや、ギアス対策をして、ルルーシュに真の狙い、一番国民の多いブリタニアによって、合衆国を乗っ取る(世界をわが手にする)狙いを看破されながらも、ナイトオブワンを打ち破った。ランスロット・アルビオンが乱入し、状況は逆転する。

まあ、民主主義というのは、一歩間違えれば、独裁政治になりうるわけだし、意見を闘わせることよりも、ショーとか劇場的な要素で、票を取るというようなことになりかねないからなあ。
民主主義を逆手にとって、何かをしでかすのは、ある意味、得意そうではあるし。

ゼロって、ある意味、民主主義という世界では、支持を取り付けるために、何かしでかして、己の目的を悟らせずに、注目を得る、それに従わせるという意味では、うってつけの人間像といえなくもないし。

多分、発言力を国民の20パーセントに抑えたところで、それをクリアする方法を思いつくだろうし。

しかし、最初からギアスを使っているし、何かあるだろうとか、みんな思ってるわけだから、このあたりでは、狙いがわかっても、驚く人は少ないと思いますが、シュナイゼルがダモクレスを持ち出してきて、しかも、ナナリーを皇帝に担ぎ上げているわけですから、本当のどんでん返しがこれだったわけですが。

まあ、目的のために手段を選ばないことをやっているルルーシュとスザク。もともと、第一期から、手っ取り早い手段で、さっさとことを進めるというようなやり方を好むようなところはあって、コーネリアにしてやられたときも、ともにブリタニアに立ち向かう仲間を探していくのではなく、手近な扇たちのグループで間に合わせたようなところが合ったし。そういう意味では、この頃から、全然変わっていないともいえますが。
父親の威光とかギアスにあぐらをかいていたところはありましたし。シュナイゼルが動くであろう事もあったとはいえ、こういうやり方でしか物事を進めれないようになってしまっているわけで(一番、頼りにできるのが、一度ギアスに掛かっているスザクだし)、時間が無いとはいえ、ギアスを考え無しに使うようなやり方で、ことを勧めているあたり(ひょっとして、ギアスの限界が近いとか?)

ギアスで、皇族や貴族を従えて、皇帝になり、しかもそれで貴族制を廃止するとか、従わないものは始末するとかやっているわけで、生きていたとしたら、ナナリーが喜ぶものではないのは確か。

ナナリーにしても、ルルーシュをそういう風にさせてしまったのは、自分であって、兄を止めるのなら、と考えるだろうし、シュナイゼルも、そういう意味では、ナナリーを皇帝に担ぎ出すのはたやすい。

ナナリーのことを理解していないというか、彼女の身になって、行動していなくて(しかも、それで世界に影響を与えるようなことをやっているのだから、はた迷惑なのだから)、結局は、ナナリーの笑顔の意味も、あれはナナリーを助ける自分に向けられる笑顔ということを意味していたと思いますからね。

それが、肝心の場面で、ルルーシュにとどめを刺す一番の切り札になってしまってしまいましたが。

そりゃ、スザクとあっさりと手を組ませるようなことをするはずだ。

ある意味、ルルーシュが一番闘いたくは無い相手だし。第一期でも、ゼロである自分は、ナナリーの傍にいられないから、とスザクを、ナナリーの騎士にしようとしているくらいでしたし、ルルーシュにとっては、ナナリーにすべてが知られることや、己を否定されることは、一番、避けたいことでもあるはずですからね。
しかも、第二期では、特区日本をまた作ろうとしたりして、ユフィの遺志を継いでいるわけで、ある意味、ラクス的な立場になってしまったような(汗

ルルーシュは、自分たちには向かう相手を既得権益にしがみつく云々とかいてたけど、SEEDDESTINYでは、ラクスたちは、その筆頭と目されていましたし。でも、話自体は、ある意味、コードギアスも、種と性質的に大差は無いのですけどね。

シュナイゼルの目的ですが、ひょっとして、シュナイゼルは、この世界のあり方に関して、本来、あるべき姿ではないというような手がかりを感じていて、ギアスの使い手である皇帝や、ルルーシュと手をとることを良しとしないのは、ギアスの使い手が世界をゆがめているというか、本来とは別の方向へ世界を導いているような象徴であるという考えをもっているということか(まあ、そういう考え方をしているからといって、いい人とか世界を愁いているというのではなく、合理的に物事を進めるのをヨシとする人間なので、ギアスが無い世界を、合理的なユートピアみたいに思っているんじゃないのかとか思えてしまいますが)。そういう世界の真実に対して、調査の結果、そういう結論にたどり着くというキャラは、封神演義の申公豹みたいに気がつくキャラもいないではないですしね。こういう場合、その手の実際の歴史とは違った進み方をしそうな作品というのは、その作品で登場したIF要素を排除するか、無かったことにするか、何らかの方法で修正を施して、実際の歴史と最終的につじつまが合うような流れに持っていくというような場合が、あるわけです。封神演義の場合は、歴史の道標を倒して、その星の歴史を、その星のものに任せるという選択を選んだわけですが。シュナイゼルの場合は、おそらくルルーシュがやろうとしている優しい世界(ルルーシュ主観)を作るということは、彼の存在価値を否定されるようなところがあるから、のように思えますし(どうも、人の世界のことに神の力や王の力はいらないのでは、というような考えとも違うようにも見えますし)。
どうも知略の人というよりかは、相違力を振るって、自分の思い通りに、事態が進むことをヨシとしているような節がありますし。ギアスの力は、どう出るかわからない人の言動の先を読んで、手を打って、事を成す人間からすれば、それらを、相手の知略で、ぶち壊しにされるなら、まだしも、そうではなく、念じただけで、人を思い通りに出来るような力で、無理やり従わせて(シュナイゼルのようなタイプも、人のことは言えないと思いますが)事を成すようなやり方で、ぶち壊しにされるのを快く思わないのではないか、と思えてしまいますし、人は自分の力だけで生きていくべきとか言うようなたぐいの考えではなく、自分は力があるから、そういう世界を生きていくのは心地いいけど、そうでない人のことまで考えていないようなところはあるのではないか、と思いますしね。
スザクにしろニーナにしろ、その気にはさせているけど、都合が悪くなったら、あっさりと切り捨てるというか、最後まで面倒見ないで、しらばくれて、自分は、安全圏に避難というようなことを、シュナイゼルは、ちょくちょくやっているようですし。合理主義というよりかは、合理主義が都合がいいから、それを信条にしている人といったところなのかも。

そういえば、ガンダムWでも、当時は、リリーナとゼクスが地球と宇宙の二つの陣営に分かれた兄喧嘩に発展とか、某アニメ誌で書かれていたけど、あっさりと、リリーナは女王を降ろされてしまったことがありましたから、ナナリーがラスボスとは限らないですし。

テッカマンブレードとか、ある時期までのGガンダムなどは、世界を巻き込んだ、兄弟喧嘩とか言われていた作品が、あのころは多かったですからねえ・・・・。

そういえば、この作品の中で、トップクラスに、補正に振り回されたニーナは、フレイヤを作ったことで、狙われていて、アシュフォード学園にかくまわれているわけですが、フレイヤを作って、犠牲を出したことで、狙われているというよりも、その技術とか知識を狙われて、というほうが近い気がしますが。

しかし、フレイヤの一件で、自分のやったことの重大さに気が付いて、しかも、追われているのを助けられたのは、重要視していなかった友人たちだったということですが、この作品、ニーナのことをとやかく言えるような人間、限られているというか、ルルーシュや、主だった登場人物は、特定の人物は大事にするけど、それ以外はあまり、大事にしないということで、差が激しいキャラが多かったですからなあ。自分のやったことの重大さと本当に大切なものを思い知るという奴なのだろうけど、意図的に、そういう風に追い込むというか、この手の作品は、物語で、こうなるであろう展開というのに、誘導ラインに従うように収まるようなところがあるから、そのために話をもっていく要員として、一時の狂おしいまでのゼロへの憎しみを強調していたように見えてしまいますから。それで、役目が済んだら、己のやってしまったことに恐れおののき、周りに助けられて、本当の大切さを知るとかいう展開は、こういうキャラを、他のキャラをよく見せようとする役割として使っているか、あるいは、本当に一キャラとして、描いているかで、違いがよくできるキャラではありますしね。

ルルーシュによって、確保されてしまったニーナですが、まさか、ルルーシュ、フレイヤの情報を手に入れて、そいつを無効化するなり、抑える方法を、ニーナの罪悪感利用して、聞きだすつもりじゃあないよなあ?

まあ、こういう展開になってしまった時点では、アル意味、己の目的のために、何千人、何万人もの人間を犠牲にするということをやってしまったことに関しては、ニーナも同じですが、闘う理由を押さえ込まれてしまったルルーシュに対して、立ち上がるように説得するのは、彼女の役割になるということか?
場合によっては、それも、自分の痛みを自分だけのものにとどめるということには変わりないように思えるのですが・・・。

というか、ここまで、好き勝手やってきておいて、最後に、自分が、好き勝手やってきた理由であるナナリーと戦わせて、しかも、彼女と決別することで、心を入れ替えましたとかいう体裁をとろうとか言うのじゃないだろうなあ・・・。

まあ、この手の作品は、時々、最後に成長して、立派になるから、途中までは、あれこれ、もっともらしい理由をつけて、何やっても構わないだろうとか思っているような作品少なくないですからねえ・・・・・。
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by kwanp | 2008-09-08 19:44 | アニメ
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