悪役を描いたことが無いというよりかは・・

PUNISHER3巻の巻末コメントで、悪役を書いたことがないということを佐渡川氏が言ってたが、無理に描く必要ないんじゃないか、という気はするのだが・・・・。
無敵看板娘Nでも、青鮫というヒーローを用意しておきながら、それが生かしきれなかったのは、悪役的なキャラを用意できなかったのは確かだし、時には、鬼丸美輝がそれを担っていたときもあったわけだし。
まあ、商店街とテッコツ堂との商売上でのバトルをにおわせながらも、成長物語を重点的に書いていて、商売敵として、描ききれなかったのも事実ではあるのだが、無理に悪役出したところで、中途半端な主役補正のために悪く見せられるキャラを生み出すのが関の山というところだろうし。

どちらかというと、無敵看板娘NやPUNISHERを見ると、プッシュしたいキャラと、渡り合えるだけの個性をもった相手がいないという方が近いわけで、無敵看板娘からNに移行する時には、辻やら、茅原先生やらといった個性的なキャラを退けて、メインにしたいキャラを描くのに専念したのが、面白さがトーンダウンした一因だったと思うのだが、まあ、カンナが乱入して、三つ巴のバトルがやりたいのか、テッコツ堂を商売敵にした町内バトルがやりたいのか、成長物語がやりたいのか、はっきりしなかったのと、成長物語をやるにしても、新キャラが、既に登場しているキャラに押されて、かすまないようにするために、遠ざけたのだと思うが、PUNISHERの場合は、二人旅を強調したいために、ワンダーやら、八戦聖に一歩引かせているところがあるわけだが、成長物語の場合、最初は、ある程度、強烈なキャラに牽引されるのもありだと思うわけだが、まあ、強烈さにもよるわけで、特定の強烈過ぎると、他の個性的なキャラが成長しないという難点が存在するわけで、なまじっかな個性的なキャラは、その前にはかすんでしまいがちであるし、一番強烈なキャラを登場させた後で、それを押しのけると、むしろ、出てこないことに物足りなさを感じてしまうという結果になってしまい、そのバランスをとるのが難しくなってしまうわけで。

無敵看板娘を見ると、ある意味、クレヨンしんちゃん的な作品だったと思うので、クレヨンしんちゃんは、しんのすけが暴れ回るわけだが、しんのすけのすき放題にさせているのではなく、振り回されながらも、大人たちは、それをしっかりと怒るわけだし、登場する人物も、個性的なキャラが多いわけで、そのあたりのメリハリは、しっかりと取れているわけで、無印の無敵看板娘も、近いところがあるし、主役が酔っ払ったら、真面目になるところも同じだしね。

まあ、ミルキィもデザインだけ見たら、うさぎのぬいぐるみもっていたし、ぶちきれ具合を考えると、金髪のネネちゃんといえなくもないのだが・・・・。

それをいったら、めぐみも同じか。アルトは性格から言うと、しんちゃんというより、マサオくんだろうなあ・・・。

それはさておき、主役を食いそうなキャラを控えさせたら、メリハリが無くなってしまったうえに、世間の価値観の外にいるアルトやミルキィの立場が見えにくくなってしまった(アルトが嫌がらせを受ける理由は、知識がないと、分かりづらいものがあるし)うえに、ミルキィの言動に待ったをかけたり、アルトにはっぱをかける人間がいないから、結果的に、犯罪を犯しながら、旅をしている彼らを、正当化してしまうものがあるし、しかも、ヤヤナーナでの、ウォーゼル(ワンダー?)の行動は、アルト達に、墓あらしをさせたり、無理やり、パピル族を巻き込んだりするのだが、これは、ウォーゼルが世界を変えると言ったことや、死神にまつわることを考えると、死神学者は、サンサディアに深く関係している存在ではあるが、スキが死神にまつわる分権は少ないとか、この過去を知るものは、ごくわずか、ということと、その反面、死神学者という存在がいて、サンサディアには、死神に関する文献やら、遺跡の宝庫とかいってるわけで、その場限りのセリフの連発でなければ、これらの事柄から考えられるのは、体制側による、死神の情報の隠匿であり、死神を生み出さないということは、とりもなおさず、死神を生み出した当時の状況を作り出さないということであり、作中での一見、平和そうな世界を見ると、死神を生み出した当時は、戦争をしていたということがうかがえるわけだが、情報を隠匿していることを考えると、単に死神を生み出すことを恐れていることのほかに、ひょっとすると、死神を生み出したのは、現行の体制も一枚かんでいたのではないか、と思えてしまうのだが・・・・。死神学者がサンサディアに関係があるという推測の上での話ではあるが、八戦聖も、おそらくはサンサディアに関係がある人間であるのだろうが、死神を生み出さないといってる半面、八戦聖のような存在がいるわけで、いつか、死神の大破壊(虐殺)が起きることに備えてのことかもしれないが、そういった力を管理下、あるいは、支配下におこうとしているのかもしれないわけで、ゼルロット博士のような人が出てきているが、そういった人物を黙認しているのではないか、とさえ思えてしまうのだが。
ウォーゼルは、世界を変えると目している二人に、墓泥棒を促すようなことを言ってるわけだが、アルトとミルキィの言動は、モラルが伴っていないというか、危うい部分があるわけで、そういった二人の性格をなおしもせずに、むしろ、犯罪行為をけしかけているわけだが、風のアトモスツールも、隠されていることから、死神にまつわる重要な情報と目することが出来るわけだが、そういったシロモノを奪って、近道をしろというのは、急いで、サンサディアに行かせる事もあるのかもしれないが、成長させるのではなく、むしろ、成長を阻害させることも考慮しておいた方がいいのかもしれない。やりたいようにやれ、行きたいところに行けとかいっておいて、好きなようにやらせているが、シャフォーもそうだが、二人で一緒にいないといけないという強迫観念を植え付けたりして、お互いに支えあうことの大事さを理解させずに、二人でいる方がいいという方向に、強引にもってきているわけだが、成長を見守るために、何も手を出さないとかじゃなくて、世界を変えるためには、ヘタなモラルや常識は必要ないから、そういうアドバイスを与えていないとかいうことかもしれないのだが、世界や価値観を変えるには、常識に囚われている人間には難しいのかもしれないが、単に常識を知らないだけと、常識を知りながらも、それに囚われないで、大事なことを行うということは、似ているようで違うわけで、前者は、大抵、好き勝手なことをする人が、常識に囚われないということをいいわけめいた使い方をして語っているだけだったりするのだが・・・。

そもそも、アルトやミルキィを取り巻く世界の状況、ウォーゼルが、アルト達が変えるといった世界そのものが、ある意味、敵といえなくも無いしね。
アルトやミルキィは、世界の枠組みからはずされている存在、言ってみれば、アウトローであって、それが故の迫害のようなものにあっている。そして、世界はおそらく、かつての大破壊の教訓から、極端な反動のまま、道を進んでいて、どこかしら、いびつなものを抱えて、今にいたっているようで。
常識の外にいるからこそ、そのいびつさの正体が見え、それをどうすればいいのかが見えるということなのだろう。

悪役といっても、黒の契約者みたいに、肝心かなめの組織は、中枢はかかれずに、各組織に入り込んでいた末端の人間を描くということで、表現することも出来るし、人物を登場させなくても、前にも、主役の登場人物にまつわる設定次第では、時に、その人物を取り巻く状況、目的を達成するために生じる困難そのものを、悪役とする事だって、可能なのである。
悪役というのは、言ってみれば、ある意味、主役を映し出す鏡みたいなものであるわけで、必ずしも、人物をそれに持っていかなくても、演出することは可能なのだ。

ただ、導いている振りをして、ウォーゼルは、他の八戦聖を巻き込んで、アルト達を利用しているのではないかという節があるわけで、善悪に関するメリハリは、ますますぼやけてしまっているし、かといって、ピカレスクというほどには、突き抜けれていないわけで。
これで、ヘタに悪役を出すことに拘ったら、主役をよく見せるための引き立て役が関の山というところではないだろうか・・・。

まあ、最近の作品は、主役をよく見せるために、むりやり、正当化しているようなところがあるから、これより、補正が露骨な作品も、珍しくはないのだけど・・・・・・。とりあえずは、アルトやミルキィの言動に、待ったをかけれる人物、そういう人物があらわれるだけでも、ずいぶん、違ってくると思うのですが・・・。
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by kwanp | 2008-10-11 07:11 | コミックス
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