ありましたっけ、

痛快な話なんて・・・・・。むしろ、話が進むにつれて、すっきりしない話が増えていってると思うのですが、この作品。

今回のサブタイトルは、TLSSの篠坂唯子か? 朝早く学校に来て、そういう類のことをいってるイベントがあるのだが、それなど、まだ可愛いほうで、血の綺麗な人は心も綺麗なのですというようなことを言っていたわけだからなあ・・・・・。

ななんとはなしに、朝4時半に目を覚ますお嬢。日の出には、少し早い時間帯なわけでして、朝ってさわやかなのだなあ、とかひとりご散るわけですが、朝方の太陽が黄色く見える人種だからなあ、お嬢は。
それにたまに早く起きて、それで、のんびり屋敷の庭を歩いているわけですが、主婦の中には、この時間帯から家の掃除や庭の手入れ、朝餉の支度などをしていたり、他にも、朝のジョギングや犬の散歩とか人によっては、その頃から、出勤するために朝の支度をしている人もいるわけですから、その上で、朝のさわやかさを堪能するのは、かなり、精神的な余裕を必要とすると思うのですが(出勤、通学する人は、電車の中でも、座れたら、少しでも睡眠とっておこうという人が殆どでしょうしね)。
そういう意味では、お嬢様とか、たまに早く起きた人間が抱く実感みたいなものでしょう、これは。

おなかがすいたはいいけど、朝早い時間帯で、しかも、マリアもまだ起きてはいないという状況ですから、わざわざ、起こして、作ってもらうには忍びない。しかし、この屋敷の大きさだと、そろそろ起きていないと、実質、マリアが維持管理しているような屋敷なのに、最低限の掃除とかでも、結構時間掛かるんじゃないので、五時前に起きていてもおかしくはないと思うのですが。
大体、屋敷の掃除や家事とかだけが、マリアの仕事とは思えないのですが、まさか、5時以降とか、6時以降に起きて、それらをパパっと済ませているとか、ハヤテがおおかたやっているとかいうことなのかな?

そういえば、クレヨンしんちゃんの劇場版「三分ぽっきり」では、冒頭、野原家の朝の光景から始まるわけですが、みさえが7時におきて、旦那と子供を起こして、仕事に行かせて、しんちゃんを幼稚園に送っていくということをやっていたっけ・・・・。
まあ、しんちゃんの場合は幼稚園児ですけど、小学生になってもそのあたりは変ってないわけですが、このあたりのことで、親の手を煩わせているということでは、似たようなことをいくつになってもやっている人間というのは、結構いるようですし。

しかし、考えてみれば、桂姉も借金返済時代には、それを行いながら、妹の面倒を見ていたと思うのですが、意外とこまめに、朝はあわただしく、桂妹のご飯とか作ったりしていたのでしょうかねえ?
桂姉のようなタイプというのは、酒浸りだったり、バカなことばっかりやっているようなイメージが強いのですが、よく考えると、今の状況は妹はしっかりしているし、少し前までは実家で、両親と一緒に暮らしていたし、腐れ縁のガンプラ教師とか、理事長とかがいるし、志織とかとつるんでいるわけだからなあ・・・・・。もしかして、酒の上で、酔っ払った桂姉が、エイトを見て、「こういう気の利いた彼氏がほしいわあ」みたいなことをいったとか、酒の上での賭けか、駄目大人の心理戦に勝って、お金が足りなかったので(いつも賭けに勝っているから、現金を持ち歩かないという人もいますからねえ)、エイトが肩代わりになったとかいうオチじゃあないだろうなあ(汗)
まあ、話が脱線したけど、今の場合、世話を焼いてくれる人が多いので、自分からそれをやらないだけで、借金返済時代はそうでなかったから、家事とかもしっかりとこなせていたのではないか、と思うのですよねえ。

いい匂いがしているということで、ハヤテが食事の支度をしている厨房にやってくるわけですが、男子厨房に厨房に入らざるべしというのは、明治以降の話ですし、執事の本場でも、産業革命の後に、そういう人手は女性に任せて、男は働かせろということになっているわけですからね。
もっとも、ハヤテの場合は、物語開始以前からの習慣みたいなもので、両親の面倒を見ながら、働いていたわけですけど。過去編のラストの記述を見る限り、あくまで、物理的に金を稼いで(それはそれで、凄いことだとは思いますが)、食事とかを食べさせていたというだけになるようですが、アテネとのことが原因で、心を閉ざしていたのであれば。
朝早くに起きているお嬢を見て、驚くわけですが、そりゃ、普段、起きない人間が、起きていないだろう時間に起きていたら驚きますよねえ、徹夜でゲームとかやっているならともかくとして。
そういうことがないように、マリアが気を使ってはいるとは思いますけど。
ハヤテの働きを見て、そんじょそこらのお母さんよりもお母さんとか言うわけですが、そりゃあ、朝早くにこういう準備を毎日しているのもすごいですが、物語開始前から、親の面倒を見ながら、働いていて、家事とか、食事の準備をしてから、とか、早朝のバイトに行ってから、学校に行くとかいうことをしていたと思うので、むしろ、今は、ある意味、楽になっているんじゃないかと思うのですが。屋敷の事だって、肝心なことは、まだ、マリアやクラウスが取り仕切っているでしょうし、家事や掃除を任されていて、しかも、お嬢と一緒に学校に行って入るけど、補習とかには付き合わなかったりしているわけで、結構、うまいことやって、息抜きは十分やっているんじゃないのか、と思えてしまいますが。

その合間を見て、色々な女性に手を出しているわけで、そういう時間の作り方とか、要領よく立ち回っているのは、一つの技かもしれませんが、こういうことをやっているうちは、そのセリフに値するとは思えないのですが。

お嬢がおなかがすいたということで、トマトと卵で炒め物をするわけですが、これもマリアが作っているということですから、こういうことの世話にかける時間とか、魚を釣っている時間とかも必要とするわけですが、これって絶対、毒殺対策だよなあ・・・・・。ギルバートとか、暗殺とかいう形で、お嬢が狙われるケースは何度か書かれているわけですが、よくよく考えると、外から入ってくる食材では毒を混入される危険性があるわけで、ヘタに、お嬢が色々な食材を取り寄せて、料理をする趣味でも盛っていたら、そういう食材に毒を盛られる危険性も考慮していなければいけないわけですし、執事の腕前を見るといわれる銀食器もあれは毒殺を防ぐための手段ですからねえ・・・・。
三千院家がイツ頃からの家柄かは知りませんが、帝の代から続いていることだけは確かで、その間、こういう危険と背中あわせで、食材とかも、屋敷内で育てているとするなら、そういうどろどろしたやり取りの中で、使用人たちが、生き物や作物を栽培しているわけで、植物というのはデリケートですから、そういう作り手の精神状態を敏感に受信するということも珍しくはないわけで、いつぞやの柿の木などは、そういう三千院家の環境下が一因でああなってしまったということかな?

それにしても、植物がそれを育てる人間の感情を敏感に受信するという話を考えると、マリアの作る野菜や卵が、そんなにおいしいとは思えないのだけど。なにしろ、どこの馬の骨とも知れない身で、過保護にお嬢を守ることで居場所を作っているようなところもあるし、お嬢を狙うどろどろした財産狙いとか、ハヤテとお嬢のこととか、ハヤテのことが気になりだしているとか、いろいろとある中で育てているわけですし、そういう状況の中で、マリアが合間を見て育てたものですし、その精神状態が心中穏やかであるとは思えないのですよね。
なにしろ、色々と悩みを抱えているからといって、畑氏の作品は、それでも、正しく美しくあろうとするよりも、そういう理由をいいことに、登場人物が好き勝手をやる免罪符にしているわけですし、この間の桂妹などは、ヒーローの格好していても、心は全然、ヒ-ローになりきれていない(コスプレするなら、心まで飾れという言葉もあるように、やはり、ヒーローの格好していて、公衆の面前出でている時はもちろん、人の目がないときでも、やはり、心までヒーローになりきっていないといけないものだし、ヒーローものでないからといって、ヒーローの格好をしていても、何やってもいいというわけではないだろうしね)。ましてや、マラソン大会の時は、ハヤテが、自分の借金返済にお嬢を利用したり、下田の時は、伊澄の曾祖母との約束をすっぽかそうとしたり、虎鉄あいてに、自分のダークサイドを剥き出しにしたりして、全然、身勝手な行動ばっかり取っているときに限って、この作品は、そういう登場人物がそういう心情を乗り越えるのではなく、無理やり美化するので、全然、納得できるようなものではないのですしね。
そういう行動をやっているわけですから。どろどろした状況を抱えて、葛藤していても綺麗な心を保とうと努力しているという風な印象を持たせるための説得力が足りないので、マリアの作った作物が、その綺麗な心を受けておいしく育っているとは全然、思えないのですよね。ましてや、怪奇現象が色々と起こる場所だと、なおさらですからねえ・・・・・。

ハヤテはお嬢が、二度寝しないように、と気を利かせるわけですが、中々起きない人間を起こすのは骨が折れるのも事実で、ヘタすれば遅刻する可能性が高いからじゃないのか、と思うのだが・・・。要するに、余計な手間が掛からないようにあらかじめ、手段を講じておくというところなのだろうけど結局、そういう苦労もむなしく、お嬢は眠ってしまったわけですが・・・。
しかし、ハヤテを無理やり、お嬢の世話を見ているような姿を描いているけど、あくまで、職務でそれをやるのと、本当に人のことを考えて、世話をするのとは別の話で、それに、人の顔色うかがって生きてきたわけで、そういう気遣いは、ハヤテの場合、生きるために身につけた自衛手段を、そのまま活用しているわけですから、過去編のラストを引き合いに出すまでもなく、二度も屋敷を追い出されているのですから、自らのみを守るために知恵を総動員しているというほうが近いのでしょうけどね。
執事らしいことをやっていますというアピールかもしれないけど、先週の内容とあわせて考えると、それも怪しく思えてしまうのですが・・・・・・・。試金石みたいな話ということですが、もし、執事モノとして描こうとする試金石だったら、今の人気を維持するまま、それを書くというのであれば、そういうことは、05~06年あたりに取り組んでいれば、まだ評価できたけど、萌えやネタで注目を浴びるのだけではやっていくのが難しくなってきたから、そういう方向性模索しだすようになってからじゃ、手遅れなんじゃないのかと思うのですけどね。今からそういう方向性模索するなら、今の人気、かなぐり捨てるくらいの気概でやらないと、無理だと思うけど、サンデーがそういう挑戦を許す度胸があるとは思えないから、ポーズだけだろうねえ。
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by kwanp | 2008-10-22 17:44 | コミックス
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