今週の

感想でも書いたように、アルトの仲間のためなら戦えるというセリフには、あまり、共感というか、成長したというか、そういうものを感じない。

今週の感想でも言ったように、自分に自信がもてないというか、どの考え方に己を置いていいのか、わからない少年だと思っている。
というのも、アルトは父親の死を母親に知らせるために、サンサディアに向っているという設定になっているが、サンサディアに向うのをあまり、急いではいないような節が強いし、序盤に出でてきた父親のことを思い出す回想シーンとか、第一話で、ミルキィのとばっちりを食って、町の外dまで出てきたときに、壮剣を隠している布を取って、それを形見だとつぶやいていたけど、父親を失ったショックや、壮剣が形見になったことへの戸惑いもあるのかと思ったが、後の話で、アルトは重いと思ったことは一度もないとかアルトにしか使えないというようなことを言ってるわけで、父親がどうだったか、までは語ってはいない。
自分だけが当たり前のように使える剣がの所有権が父親のもので、父親が亡くなってしまったことで、その所有権が自分に移ったと言う実感がないという風にも、見えるシーンでもあるのだが、このシーンの中で、アルトは、母親に父親の死をどう告げればいい、みたいに悩んでいるシーンがあるわけだが、アルトはその事実を説明すればいいのか、戸惑っているとも取れるわけだが、よくよく考えてみると、目の見えない父親を一人にして、外に出ていた間に、父親が殺されていたわけですから、言いにくいということもあるのかもしれないが。
何しろ、現代でも、施設とか、ボランティアとかでも、目を離したスキに、世話を見ている人がいなくなって、それが原因で取り返しのつかない事故とまでは行かなくても、何かアクシデントがあるのが問題であるのはもちろん、下手をすれば、ことによっては、目を離した人間は外野から人否人扱いされることも、決して、めずらしくはない。この言い方が極端であるにしても、目を離したのを怠慢みたいにいわれたりして、いい印象をもたれないのは確かだが、人の世話、特にお年寄りや子供の世話を見た人なら、分かると思いますが、目を離したスキにどっかいって、何かしでかすなんていうのは、イツ起きてもおかしくはない話で(他にもやらないといけない仕事があるし、目を放さないようにどれだけ気をつけても、注意が別のところにいくのは、無理のない話だ)、決して、アルトに非があったわけではないのだが、そのことに負い目とか後悔を、少なからずもってしまうのは、避けられないことだと思うし、もし、その事件の直前か、少し前に、父親と揉めた、特に狩をしていく生活がらみで、アルトが、今の生活を否定したり、一緒に、母親のいるサンサディアに行ったほうがいいんじゃないか、というようなことを口にして、それで、狩に対して、悪し様、そこまでは行かなくても、否定的なニュアンスを口にして、父親を悲しませたり、怒らせたり、あるいは、自分が狩を通じて、アルトに伝えてきた、伝えたかったことも、通じていなかった、極端に言えば、自分のことを否定されたようなショックを受けたとして、その後で、父親が殺されるようなことが起きたとして、それを天罰だとか、それ見たことか、と思えるような人間関係なら、話は違うだろうが、大抵は、罪悪感や後ろめたさを感じるはずだ。
そこまで行かなくても、目を離したスキに、取り返しのつくというか、大事にならない程度に何かあるのであれば、これからは気を付けようと言うことにはなるだろうが、たとえ、己のせいではなくても、目を話した隙に、父親が死んだ、殺されたというのは、その「次」が与えられる機会は永遠にこなくなってしまったわけで、アルトの年齢(10代半ば)を考えると、そのショックはでかかったことは、容易に想像できる。
まあ、人間生きていれば、ここまでは行かなくても、心ならずも間に合わないというようなことは、よくある話だが、問題はアルトにそれを教えてくれる人間が、家族以外にいたか、というっことなわけで・・・。教えてくれる人間があれば、何とかなったかもしれないが、狩猟生活が浮いていたというkとおで、村八分状態だったアルトやその一家にそういうことを教えてくれるようなかかわりをもとうとする人間はそうそういないだろうし、カッツも喧嘩三昧の生活をしていて、周りからはよく見られていなかった人間で、そういうケースには当てはまらない。

こういった喪失を一人心に抱えている状態で、しかも、目の見えない父親が、自分が目を話した隙に殺されたともなると、そこに残って、狩猟生活を続けて、母親の帰りを待つというのは、精神的にかなりつらい選択肢ではないだろうか?

だから、いたたまれずにサンサディアの母親のもとに、とるものもとりあえず、報告の旅に出たのではないだろうか?

前述したように父親が生きていればともかく、死んだとなると、亡くなった人間との関係にもよるが、普通はその喪失感を人は何らかの形で埋めようとするわけだし、アルトが言うように、自分のためよりも、人のためになら、何かが出来るという気持ちはともかくとして、そういう気持ちが先走った人間が、空回った行動に出てしまうのは、よくある話だし。
さらに、リブリやルウォールとアルトの戦い方は常に、あとくされのないというか、自分が、ほかの事を気にせずに戦ってもいい、言い方を変えば、戦ってもいいという保障がなければ、剣を抜こうともしない、いってみれば、戦うしかない状況に追い込まれて、それでもなお、自らを安全圏において、責任をとろうともしない言動が目立つというのも、それが関係しているのかもしれないが。
そして、前述した喪失感の後で、憂い山でシャフォーが見せた幻、500年前の再現で、ミルキィそっくりの死神を己の意思でやろうとしたわけではないにしろ、刺し貫いてしまったわけで、これは下手をすれば、傷口に塩を塗ってしまった危険性があるわけで、荒療治という言葉もあるが、場合によっては、心身ともにダメージを強くしてしまい、悪循環にしかならない。
つまり、タダでさえ、ダメージ負っているところに、さらにダメージを受けてしまったことになるわけで、ミルキィを守ろう、支えようというのは、アルトからすれば、強迫観念にも等しいものになっている危険性すらあるわけで。
ついでにいえば、アルトは、父親との会話を思い出すシーンで、父親が狩をすることに関して、語っているシーンがありましたが、アルトはそれに関して、割り切れていないというか、こういう生活をやっていていいのかというような顔で、父親の言葉を聞いていましたし、いじめと父親の言葉の板ばさみで、自分が狩をしていていいのか、自信がもてないところがあったと思いますし、それにくわえて、前述の精神的ショック。
虚勢にしか見えない、ミルキィの態度を強いと勘違いしたのも、そういうショックから解放されたいと思う彼の心境とは、無縁ではないでしょう。自分の今の状況を何とか出来るなら、それが出来そうなことに、とりあえず、縋ってみたくなるのも、無理のない話ですから。
つまり、憂い山の幻だけではなく、もともと、父親の一件による精神的なショック。それに対する代償行為と、ミルキィを一人にしてしまった場合の結果と、それを止れそうなのは、壮剣の持ち主だということを考えると、ミルキィを支えようとするのも、彼女を守ろうとするのも、自らの過去から逃れるためであり、結局、自分のためでしかない可能性が高いと思わざるを得ないのだが。
そういう過去から立ち直ろうとするのは悪いことではないのだが、人を守るために、とか、誰かのためなら戦えると、無理やり美化して語っても、どこかにゆがみが出てしまうわけで、マイナス面にももう少し触れてというか、ちゃんと描いた上で、それを乗り越えるからこそ、成長になるのではないか、と思うのですが・・・・・。
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by kwanp | 2008-10-31 08:00 | コミックス
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