一概に

愛されるといっても、愛されたい相手に愛されるとは限りませんし、おまけにその愛され方が、いかにも、というような分かりやすい愛され方ではない場合だってあるわけですからねえ。

ハヤテの場合は、愛されたいというより、自分のやっていることをすべて、容認されたいというか、自分のことをわかって、受け入れてくれという感情のほうが強くて、自分は愛されたいけど、相手を愛する、もしくは、それに伴うリスクを何とかするような手間隙をかけないで、自分の手で何とかなりそうな愛を、自分の手におえる間だけ、自分の周りでまとわりつかせて、それに対する責任を取ろうともしないという態度ですからねえ。

まあ、そういう相手でも受け入れるというのは、相手を疑うことを知らない奴か、よっぽど、懐のでかい相手か、ハヤテのような相手を都合がいいと見ている人くらいでしょうけど。

それに、ハヤテが表紙で、こういうことを言ってる時点で、畑氏だか、サンデー編集部だか、このサブタイトル考えたのはだれだか、しらないけど、人の世話を診る仕事を題材にした漫画を書くセンスが乏しいと思えてしまいますが。

いくら、キャッチコピーとかで、執事モノの決定版とかいいながらも、こういうことを言ってしまうあたり、それらが嘘っぱちにすぎないといっているようなものですからね。

皆が海外に行く中、お嬢は庭先で、とんがった社員は要らないだの、売れる技術を出せだの、ムシのいいことばっかり言っている某企業のPCでゲームとしゃれ込んでいるところに、ハヤテが、他の女と話しているところを目撃するわけですが、ハヤテに問いただすと、園芸屋の娘で、園芸にも詳しいということですが、まあ、ハヤテの場合、職場関係の人間と仲良くするというのは、生き残るための保身にもつながりますから、そりゃあ、好感を得ようと努力するでしょうし、園芸にも詳しいということで、話しているうちにその手の知識を得られるわけですから、仲良くするメリットはあるでしょうからねえ。

お嬢は、自分に惚れるくらいだから、ハヤテはロリコンに違いないと危機感を抱くわけですが、お嬢の場合は、恋のライバルに関しては、自信の無さの裏返しか、女として、自分よりも勝っている相手とか、嫌われたくはない相手がハヤテに興味を持っている場合、そういう敵意を前面に出さずに、回りに八つ当たりすることが殆どですし、そうでなければ、ハヤテに興味を持つ相手には容赦はしないというような態度を露骨にとっているという、はた迷惑な行動パターンを取っているわけですからねえ。
しかも、お嬢はハヤテの奴があまり構ってくれない気がするとか言っているわけですが、それはずいぶん前から、そうなっているような・・・・・。

まあ、勘違いとすれ違いから始まる出会いでしたし、ハヤテはハヤテで、陰で好き勝手やっていて、お嬢の前では、自分は忠実な執事ですみたいな態度を取っているわけで、その本性に気が付いていなくて、ハヤテの言っていることを鵜呑みにしているわけですからねえ。
マリアも、どういうわけだか、その本性に気が付かないでいるわけですが、基本的に三千院家は、お嬢のワガママぶりに意見するよりも、その顔色をうかがっているというのが実際のところですから、ハヤテの本性に気がついてて、それをお嬢に進言できる人はいないということでしょうしね、逆にお嬢を怒らせて、ひどい目にあうというのが関の山ということなのでしょうけど。

TVで倦怠期を迎えたカップルにインタビューしている場面で、女性が兄妹みたいなものとか言っているわけですが、そっちのほうがマダマシで、姉弟になったら、シャレにはならない話をよく耳にしますからねえ・・・・・・(汗)

倦怠期ということで、最近、ナギが秘処女だったということで、別の意味で話題になっているかんなぎをパロったコマがかかれるわけですが、まあ、処女、秘処女だけに限らず、好きな作品の登場人物には、キレイでいて欲しいとか、正しくあって欲しいとか思う感情は、誰しも、多かれ少なかれ、ついて回るものですが、最近は、そういう感情を意識しているのか、少年漫画だと特に、バトルモノ的な作品形式に慣れている人が多いのか、主人公は正しいというようなニュアンスを必要以上に強調して、それで、物語が妙な形になっている作品は少なくはないと思いますし、かんなぎのこの一件で、大騒ぎするファンのことを言える人って、意外と少ないんじゃないか、と思うのですけどねえ・・・・・・。
この手のケースで問題だと思うのは、処女か否かに限らず、脊髄反射で大騒ぎして、その内容そのものをちゃんと検証した上で、批判している人って、むしろ少数派で、大概、そういう声が大きい場合、中身を確かめもせずに脊髄反射でそいつを批判して、場合によっては、それによって、作品の寿命そのものすら、左右してしまう。そっちのほうが問題なわけで、表面上のパッケージが違っても、この手のケースって、最近のネットじゃ珍しくも無いですからねえ。

GWを利用して、二人の関係を燃え上がらせようとか画策するわけですが、無理やり、自分のペットに、強制的に草を食べさせて、腹痛を起こさせるっていうのはどうかなと、相手に対する自分の立場を使って、相手を無理やり、自分の言うことを聞かせるようなことをしているわけですけどね、ギャグで流していますけど。
シラヌイが来た時でも、結局、彼女が書いたマンガを破かれたとはいえ、ロクに真偽を確かめないで、タマが悪いと一方的に決め付けて、オリに閉じ込めていたわけですし、自分の都合よく動く、下僕が欲しいだけじゃないのかと思えてしまいますしね。

無理やり二人っきりという状況を作り出すわけですが、まあ、二人っきりで出かけようとしても、主だった面々は出かけたにしても、ワタルについていったかどうか分からないシスターとか、伊澄とかが残っていますから、出かけた先で、二人っきりになる状況を作ったとしてもそれがうまくいくようなことにはつながらないと考えているのでしょうかねえ?
まあ、ハヤテが水やりをしたいということで、ハヤテを水浸しにしようと妄想するお嬢ですが、
このあたりの妄想と言うか、企み方に関しては、突き詰めが甘い物を感じざるを得ないのですが、そういう部分が、お嬢が、ハヤテの本性に気が付かないというような状況を作り出しているとはいえ、マリアにタマを、しかも、タマのような、自分の立場では、NOといいにくい状況で言うことを聞かせて、連れ出させて、二人きりになるあたり、お嬢の妄想力というか、頭脳も、この手の問題に関しては、あまり有効に働いていないのではないか、と思えてしまうのですけどね。
なんというか、思考のもっていき方が無難というか、不特定多数の人が考えるけど、思考の飛躍を感じないのですけどねえ。
アレなゲームのやりすぎとか言っているわけですが、どちらかというと、前述した場面でも、Tvでのインタビューを間に受けたりして、影響されやすいのですが、そういう人のイメージ力というのは、皆が考えそうなことを、そのまま、深く考えないというか、自分流に昇華しないで、ストレートに流用するという事が多くて、ハト魔人に対する対処の仕方などにも、そういう姿勢が現れていましたしね。そういう意味では、妄想が通り一遍になってしまうのは、無理もないのかもしれませんけど・・・・・・。
しかも、こういう人が、編に独自性を出そうとすると、陳腐というか、オーソドックスなやり方を極端に避けるから、奇策を練るにしても、王道パターンをただ単に否定したり、反発したりしているだけの場合が多いので、ただ、奇をてらうか、インパクトにはしって、注目を得るかで、奇策ゆえの力というか、パワーに乏しい場合が殆どなのですけどね。

一方、愛歌と一緒に帰っているメイドの娘は、愛歌にGWはどこかに行くのか、と尋ねて、愛歌はギリシャに届け物をしにいくと答えるのですが、アテネがらみでしょうけど、アテネは、帝のじいさんのやっていることを阻止しようとしている立場ですから、ひょっとすると、ハヤテをダシにして、その行動を牽制しようとしているということでしょうか? 忘れたつもりでも、どこかしら、吹っ切れていないかのようなところがあったわけですしね、アテネの態度には。

海外に行く予定もないとのことで、お土産を期待しているというメイドの娘と別れて、愛歌は三千院家の前を通りがかるわけですが、お嬢に水をかけられてしまい、ハヤテをにらむわけですが、この場合は、お嬢のせいであることはもちろんですが、彼女をちゃんと止められなかった疾風に対する責任が強いと言うことで、ハヤテに対して、怒っているということでしょう。

ハヤテは、お詫びに何でもしますからとかいっているわけですが、お嬢のやったことで、迂闊な反応をしたら、マリアのような実力者もいないわけですし、自分の責任になってしまうわけですから、そりゃ、なんでもしますから、許してくださいと事を荒立てないよう、立ち回ろうとするでしょうしね、ハヤテのような性格だったら、特に。
まあ、彼女の場合、そういう性格を見越しているようにも解釈できるキャラですが、それをやると、作品的に都合が悪いから、そういう部分には、触れないでキャラを描くのでしょうけどね。最終的に、がっかりさせられるキャラ描写しか、してこなかったわけですからね、この作品。

でまあ、水をかぶってしまったということで、愛歌をお風呂に入れるわけですが、先週の一位になったら脱ぐとか、今週の入浴シーンとか、興味の引き方が露骨というか、直接的になってきてしまっているわけで、ハヤテが終わったら、畑氏こそ、雷句氏みたいに、サンデーや小学館飛び出したほうがいいんじゃないか、思えてしまいますしね。

風呂に入っている愛歌は替えの下着を用意してくれと、至極当然のことをいうわけですが、ぬれた下着をハヤテに洗ってもらうのも恥ずかしいというのは、ある種、同じ目線で語っているようなところはあると思えますからねえ。そういう意味では、彼女の病弱なというバックボーンが影響しているか、場合によっては、彼女が生かされているのは、帝の目的ゆえなのでしょうけど。

ハヤテが手玉に取られているのを見て、愛歌に感心するわけですが、ハヤテの場合は、ある意味、その本性がわかりやすいですし、愛歌のような立場だと、ある意味、人の本音は見えやすいですし、ハヤテ自身、自分の欲のためだけに動いている人間ですから、手玉に取るのは難しくは無いのかもしれませんけど。

そういう意味では、愛される云々は、ひょっとすると、愛歌にも当てはまりそうな気もしますね、自分の好まない形で愛されているという意味では。

そういう意味では、お嬢とは立場が逆みたいなところがあるわけですから、お嬢が、感心して、師匠とか呼ぶような態度を取るのも無理はないでしょうね。この年頃は、そういう自分いないものをもつ人間とか、自分の出来ないことをやってのける人間に、無根拠の憧れを抱くようなこともしますから。
倦怠期を迎えた恋人云々と相談するわけですが、肉体的な刺激とかいうわけですが、出落ちだろうなあ、これは。

しかし、マンネリ感打破というより、お嬢の場合は、わがままな言動がアレ過ぎるので、そういうのに、振り回されるのが好きな人を選ぶか、あるいは、そうでなければ、そういう言動を改めた方が、事態打開の近道にはなると思いますけど・・・・・・。

でまあ、ハヤテは、下着をどうやって調達しようとするのか見物ですが、頼りになりそうな人間は、あらかた出かけているわけですから、いつものように人任せは出来ないわけですが、マリアに頼むとか、それでも、人任せナやり方で切り抜ける方向で行くのでしょうけどね・・・。
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by kwanp | 2008-11-19 14:44 | コミックス
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