戦い終わって

共通の敵と戦ったことにより、わだかまりが溶けたパピル族とヤック族。
その調子のよさにあっけにとられるアルト達ですが、すくなくとも、自分の都合で態度をころりと変えるミルキィはこいつらのこといえた義理じゃあないと思うのですが・・・。

そこへいつのまにか、いなくなってたワンダーが現れて、異民族同士でにらみ合うことはあったが、仲間同士の結束はとても強かったとか、理解と納得を経て、平和への結束に変ったとかいってるわけですが、自分たちを脅かす共通の敵がいるから、それと戦うために力を合わせたわけで、理解と納得は、むしろ、これからの両民族の努力を必要とするものであって、シーマに力を合わせて立ち向かったというだけでは、理解と納得により和解したとはいいきれないのではないでしょうか? きっかけにはなったと思いますがね。

ワンダーはミルキィに何者とか尋ねられて、

即座に空へ飛び去っていってしまいます。そして、ヒーローとは、強くかっこよく、そして、謎多きところにその魅力があるというわけですが、それだけだったら、悪党でも当てはまる条件ですがな。まあ、強いということはともかく、かっこよくというのは、ビジュアルではなく、生き様ですし、佐渡川氏は、前作無敵看板娘Nでは、勘九郎に鮫やアンコウの着ぐるみを着せて、そのことを描こうとしていたところがありますしね。
それに無印の無敵看板娘でも、生き様というか、心の強さとしてノヒーローということを描くというスタンスが、Nほど、露骨ではなかったにせよありましたしね。

謎多きというように、佐渡川氏もNでの青鮫(&アンコウ)でも、勘九郎が正体を隠していたように、ヒーローの正体は秘密というお約束があるわけだが、単に正体を隠すというだけではなく、ヒーローというのは、一般人では成しえないことをやってのける、言って見れば、人ならざる力を持っていて、それをもって、己が守ろうとしていることを守るということを行うわけであるが、強い力というのは、それだけでは、単なる暴力でしかなくて、それを制御する強い心が必要になるわけですしね。

青鮫も、正体がばれたらクビ(夢を守るということでもあり、カンナの教育係として、そういう筋を通す生き方も必要だという考えだと思うのですが)という雇用条件であったのですが、Nの終盤、子供を助けるために、その禁を破ってでも、命を助けることを選んだように、いざとなれば、何が大事かということを、すぐ行動に移せるように、正体を隠すのは必ずしも、己の身だけを守るためではなく、自分がいなくなれば、だれから、世界を守る、あるいは、自分が守るべき対象を守るのか、ということで、命をやたらに無駄にしないための行動でもあるのですから。

ついでに言えば、正体を隠すことで、何にも囚われない立場で、正しいと思うことを行うということもあるわけですが、ワンダーの正体がウォーゼルであるのであれば、リブリという領地の利害だけではなく、それ以上に大きなもの、たとえば、あの作品内で言うところの世界に、彼はがんじがらめになっていて、ウォーゼル故人では出来ないことを、ワンダーという仮面をかぶることによって、世界を変える手伝いをしようとしているのかもしれませんし。

屈強な古代兵器

葉っぱ人間の魂が混じっただけで、エンスト起こしていたのですが・・・・。

蛮族の総攻撃

この言い方は、自分たちの文化を中心に物事を考えて、他の民族や種族のライフスタイルとの違いを、劣るものと決め付けてのことなのですが、ワンダーも世界を変えることを、アルト達に期待しながらも、この世界の奇妙な平和と、それの根底を成す思想からは逃れ切れていないということなのでしょうかね?

葉っぱ人間のことを蛮族といっているあたり、ワンダーのやったことって、結局、自分たちの文化圏でない所に行って、そこでの民族紛争に首を突っ込んで、争いを激化させて、漁夫の利を得ようとする自称、文明の進んでいる民族と大差ないメンタリティのような。

まあ、アルト達も、ワンダーも、考古学者も、結局、侵入者や略奪者、破壊者であるわけで、それを無理やり正当化してしまおうという無理は、結局、隠し切れなかったということでしょうかね?

ワンダーに必要以上に手を出させないというのは、導き手がでしゃばって、導かれるものの成長を阻害しないためということもあるのだろうし、無敵看板娘Nでも、それは徹底していましたからね。

でまあ、ワンダーが去っていって、我に帰ったアルト達は宴を盛り上げようとして、両民族がけんか腰になりつつも、ヒートアップしたところへ現れるウォーゼル。

ワンダーの正体がウォーゼルであるならば、変身をといて、現れるのは良くあるパターンだし、ウルトラマンなどは、その彼方に飛び去っていった後で、変身している人間が、すぐに、仲間の近くに現れるのだから、こういうすぐに現れるあたりは、突っ込むほどではないだろうからなあ。

かくし芸ということで、ノリノリになるウォーゼル。ミルキィは剣振り回すのが関の山とかいっているけど、その剣振り回すのが関の山の男に、鎌の扱いがなっていないみたいにいわれたのは、どこのだれなんだか。

それに、戦いが終わった後、焚き火(歩行植物とはいえ、植物が植物燃やして、暖をとったり、灯をともしたりするのは、どこかしら、シュールな気が(汗))を囲んで剣舞というのも、りっぱな一芸だと思うのだが。

というかかくし芸を身につけていたら、多少なりとも、旅はもうちょっと、円滑に進んでいたんじゃないのか、という気はするが・・・・。

ウォーゼルは剣を口でくわえて、それでリンゴを突き刺すことをやろうとして(それをあっけに取られた顔で見るミルキィや葉っぱ人間達)、ミルキィに投げさせて、あっさりと顔にリンゴをぶつけて、受けを取るわけだが、まあ、彼の今の生き方自体、気まぐれで道楽モノの領主として、振舞っていて、自分にキバがないことをアピールして、相手を油断させるというか、安心させるという意味では、ある意味、大差のない生き方かもしれませんしね。

ウォーゼルは兄のことを引きずっているエルに歌えとかいって、吹っ切れさせようとしているのですけど、その手の行動はサジ加減、ちょっとでも間違えると、ただの善意の押し付けになりかねない危険なところはありますが、ウォーゼルの場合は、かろうじてセーフでしょうかね、この場面に限っては。

ミルキィは楽しまないと損とか言うわけですが、彼女の場合は、自分が楽しければ、いいだけでしょうし、それ以外のことは見えていないから、大抵、はた迷惑だったり、ヘタすれば、こういう騒ぎで事故を起こす(酒の飲みすぎで、人死にを出すたぐいの事態を引き起こす等)ことも珍しくは無いですからね。

ミルキィが彼女自身というか、佐渡川氏がネットで見かける画力云々の批判に対して、言い返すかのような内容の絵描き歌を歌っている中(というか、ワンダー登場以降の批判はビジュアル的なものに対して、脊髄反射的な反応だと思っているので、あまり、同意しかねるところはあるのだが)、アルトはウォーゼルに、風のアトモスツールのことを話したことから、すべてを知っていたのではないか、と問い掛けるのですが、はぐらかされながらも、敵の正体って、何なのだろうな?と 質問で返されるのですが、ヤヤナーナ編は世界の姿を擬えた二つの異形の民族の民族紛争を描きながらも、世界と、己の使命と、戦わないといけない相手との間で、板ばさみにあう未来を予言されるかのような、光景の中で、その中でどう生きるのか、ということに関して考えるきっかけになるエピソードであるとは思いますが、ここまでの展開を見た限り、ただ単に敵のことを知らしめるだけの展開にしたのと、現時点では、大差ないのでは、とか思えてしまいますが・・・・・・。

まあ、アルト達が今のところたいして、成長していないというより、世界からはみ出しているならず者的な立場にあって、モラルも減ったくれもないような生きかたしているから、自分たちのことしか頭に無いのは、無理もないのかもしれませんが、それなら、それで、ヘタに美化しないで描くというのも、世界の中でのアルト達の立ち位置をはっきりさせるというのも、必要なことだと思いますし、そこから、ヒーローになっていく過程をちゃんと描くから、そういう立ち位置が成長を映えさせるのだと思いますしね。

結局、ウォーゼルは、壮剣とシーマとのかかわりに関してはぐらかすわけですが、謎をぼかすというよりも、これは、まだ、アルトが真実を知って、それを受け止め切れないから、語らないということか、あるいは、真実を知ってもなお、壮剣を手にして、世界を変えるために行動できるとは思えないから、はぐらかしたということなのでしょうか?

まあ、主人公たちの方が、世界や人類にとって、悪であるというような立ち位置になってしまってる、そう思われているとか、あるいは、最終回で、善悪が逆転するようなこともあるので、場合によっては、敵のほうに理があるということも考えられますから、それゆえに、アルトの自分を安全なところに置く思考回路では、真実を知って、なおも、壮剣を手に出来るとは思われていないから、真実を話さないということも考えられますしね。

アルトにもかくし芸を刺せようとしたところで、森中にパピル族の族長曰く、まがまがしい咆哮が響き渡り、それをウォーゼルはザイナーハと断言するのですが、ようやく、海を越えて、ザイナーハと相間見えるときがきたのでしょうか?
ザイナーハとの戦いで、アルトの事なかれ主義というか、彼自身が、自分の姿を見つめなおすというイベントがあるから、葉っぱ人間たちの民族紛争は他人事だったのでしょうか? でも、他人事に考えないで、渦中に飛び込んだほうが、己のあり方に関して、考える材料になりえたと思うのですが、そういう難しそうなことを語ると読者が引いて、読まなくなることを危惧しているのでしょうかねえ?
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by kwanp | 2008-11-27 20:13 | コミックス
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