ひょっとすると

京橋ヨミを出したのは、普通担当のつもりなのだろうけど、西沢はとっくの昔に普通の女の子というレッテルがはがれてしまっているし(少なくとも、恋は盲目で大借金もちの男は追いかけないだろう)。
とはいえ、たまに出入りしているとはいえ、大蛇は出るわ、変な柿の木は出るわ、妙にでかい魚は連れるわと解禁現象には事欠かない屋敷に出入りしていて、それにかけらも気が付かないなんて、相当な天然じゃないと無理な芸当だと思うのですしねえ・・・・・。

まあ、不況下で、そういう仕事でも引き受けざるを得ないというような状況なのかもしれないけど、彼女の家の園芸屋が。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしくは、彼女の家は、設定上は相当な天然か、大馬鹿ということかな?

ひょっとして、ハヤテと仲よさそうにしていたのは、あの屋敷の中じゃあ、まともそうに見えたからであって、結局、三千院家の住人だということが判明したからか、女装云々以前に。

まあ、個性的なキャラの中で普通そうに振舞っていても、そういう奴が一番変だというのは、ギャグマンガやドタバタコメディにおいては、れっきとした事実なので、そういうのに染まるのが嫌だから、普通の振りをしている、言ってみれば、桂姉の面倒を見ていて、似たもの姉妹なのに、桂姉よりもしっかりとしているように見える桂妹のように、自称常識人、早い話が高嶺清麿のようなキャラなのかもしれないのだが。
もっとも、彼の場合は、作品唯一の突っ込み担当であり、あのマンガは基本的にはギャグマンガでしかないのだが、ファウード編は、それなのに、突っ込み担当を一年以上、瀕死の重傷にしたということで、あれ以降、ガッシュは普通のマンガになってしまったわけだし。
まあ、あの騒動で分かった状況下じゃあ、ガッシュの特性を生かしつつファウード編を展開するなんてのは、無理だとわかったし、すくなくとも、ガッシュに続く、もしくはあの系譜のマンガを描きたいのであれば、サンデーに近付くなということなのだろうけど。

まあ、彼女のようなキャラを出した理由の一つとしては、おそらくは、西沢の普通の人というイメージが通用しなくなっているから、普通担当のキャラ(厳密に言うと、作中でということで、普通人というわけではない)を用意するということだろうが、西沢と桂妹の係わり合いとか、桂姉を遠ざけるというか、ストーリーを紐解くと、乱入していてもおかしくは無いのに、何故か外野で大人しくしている桂姉のようなキャラの描き方から察するに、西沢と桂妹で、かつての桂姉妹のような雰囲気を作り上げようという意図でもあるのではないかと思えてしまうのだが。
桂姉を前面に出すと、この手のキャラは、主人公そっちのけで暴れかねないし、往々にして、そっちの方が、主人公をメインに描くよりも面白い話になってしまい、本来描きたかった話など、見ている側に省みられなくなってしまうなんていうのは、よくある話。無理にパワーバランスを調整すると、説得力がなくなるが、かといって、出さない訳にもいかない。
そこで、西沢を桂姉の代役に仕立てたら、パワーバランス的にも丁度いいし、主役が食われるということにはならないし、西沢も桂妹も振られた後でも、話に首を突っ込むのが不自然ではなくなるというところだろうし。ところが、タダでさえ普通の人っぽい(別に完全な意味で普通の人なんて、出さなければいけない理由はないのだけれどね)役回りがいないわけだし、普通の人でなくても、それに近い感覚で突っ込み役はいないと、物語は成り立たない(ハヤテは、とっくの昔に、三千院の価値観に染まりきっているから、それを期待するのはもはや無理だろうし)。
そういう意味でも、普通の人っぽい彼女が出されたのかもしれないが、前述したように、こういう作品で普通の人という時点で、別の意味で怪しくなるわけだから、一歩間違えれば、西沢がいつのまにか、プチ桂姉の道をたどりつつあったように、下手をすれば、プチ桂姉がもう一人増えるだけの話なのだろうけどね。まあ、そうやって、似たようなことをやっているうちに、プチ桂姉が何人も出揃えば、ある意味、見物ではあるだろうけど。
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by kwanp | 2008-11-28 13:06 | コミックス
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