2009年 04月 12日 ( 2 )

旅の終わり・・・? 1

かつて、クウガの世界で、惚れた女に認められるために闘っていた男、ユウスケ。
「オレは、あんたに誉めてもらえると嬉しかった」

「世界中の人の笑顔のためなら、あなたはもっと強くなれる。それを私に見せて」
彼女が惚れた八代はグロンギとの戦いで亡くなり、彼女と交わした世界中の人の笑顔のために士とともに、いくつもの世界を回ってきた彼は、その約束に近づけているのか?

河原に出現した未確認生命体47号。46号はゴ・ガドル・バに次ぐ番号なのですが、クウガのときと違って、ゲゲルが違う流れで続いている世界ということでしょうか、アギトの世界は?
それに対して、神経断裂弾の使用を許可されて、ライフルに装填する警官や刑事。

一方、野菜畑が映し出されて、ここの世界のショウイチも野菜を育てているのかと思いきや、光写真館で、未確認が未だに暴れている世界ということで、てっきりクウガの世界かと勘違いする士たち。
って、番組開始前は平成ライダーマニアとか言う触れ込みの主人公だったはずなのに、アギトの世界の可能性に気がつかないのか、士は?

TVをつけると、警官隊と未確認生命体の戦いが中継されていて(考えてみると、人をゲームのように殺そうとする連中が暴れているのに、警察はよく、マスコミを中に入れたものだな・・・。それとも、神経断裂弾で何とかなるから、警察の力をアピールするためなのか?)、未確認生命体4号、クウガの登場かと士が言うのですが、もしかして、オリジナルアギトよろしく、平成ライダーの記憶が一部失われているということか? 

クウガはオレだろ、というユウスケ。まあ、アギトは平行世界みたいなもので、未確認生命体4号が、ほかのみ確認生命体(グロンギ)を倒してから二年後なので、この世界にもクウガがいたはずだと思いますが、オリジナルでも、変身能力を失っているそうですし、最悪、黒い目のアルティメットフォームになっている、封印されたか、あるいは、闘うことが出来ない状態になってしまった可能性もありそうですね。

そしt、え登場するG-3xになんじゃコリャ、と目を剥くわけですが、これまでの世界のライダーに比べたら、不恰好に見えるのでしょうかね? 動きがぎこちないとは思うけど、そこまで驚くほどには見えないのですが・・・・。

ちなみに、G-3X放映当時、クリスマス商戦ごろには、関西のめぼしい玩具屋では見かけなくなってしまうほど、商品を見かけませんでした、ソフビが。

しかし、去年も思ったけど、ニチアサキッズはともかく、OPの中にアピールを挟み込むのはやめて欲しいのだけどなあ・・・。

現場に現れたG-3X。しかし、刑事は、「G-3Xを出したのか!?」と悲鳴みたいな声を出しており、G-3Xは装着員も、その性能に振り回されているのか、使いこなせておらず、無我夢中で手近に合ったパトカーをブン投げて、刑事に怒鳴られてしまう始末(あわてて、平謝りする装着員)。

さらには、Gトレーナーから、班長の八代に怒鳴られてしまうが、装着員の話によると、前にも、上層部からこっぴどく叱られてしまい、G-3xが最高傑作であることを証明しなさいと喝を入れられて、GS-03を装備して、戦うかうも、命中せず、さらには、強引にGX-05を使用を許可して、ぶっ放して、グロンギ(字幕で人間どもめ、あくまでゲゲルの邪魔を、って言うせりふも結構、一方的なセリフだよなあ(汗))を倒すも、周囲にも甚大な被害を出してしまう。

特車二課の第二小隊ですか、この世界のG-3ユニットは(汗)

ケータイ捜査官7は、21世紀のパトレイバー的な作品といえますけどね。もしかして、小沢女史が作った完璧なG-3Xの性能のままで、投入したということか? それとも、龍騎の世界、ブレイドの世界、ファイズの世界で度々、チラつかされている、人間が装着する、汎用性が高いライダーシステムに関して、ファイズの世界では、オルフェノクと闘うためにライダーズギアが作られたというようなことを海東がいっていたけど、オルフェノクに対抗するためには、オルフェノクの力を知らなければいけないわけだから、どう考えても、オルフェノクの協力は必要では歩けど、作られたファイズドライバーの性能に欠陥があったり、人間が装着して、オルフェノク相手に互角以上に戦う強化服を、何の危険を伴わなかったり、リスクなしにいきなり開発できるとは思えないので、キバのイクサだって、20年以上前ということを考慮しても、ファンガイアに対抗する力を欲するためとはいえ、ガルルが装着者に大きな負担を与える初期のイクサを装着して、深手を負うような描写もあったわけですが、G-3Xにそういうデータを取ることが出来るとは思えませんから、対グロンギの満足なデータを取ったり、そのための調整を満足に出来ないまま完成したということでしょうか?
グロンギが相変わらず、出ている世界で、クウガのいないうえに、神経断裂弾やG-3Xのような兵器が登場しているのを見ると、クウガのような存在に頼らないで闘える力を手にした、といえば、聞こえはいいが、クウガのような存在をバケモノとして、恐れて、遠ざけようとする動きがあったのではないか、と思えてしまうのだが。オリジナルのアギトでも、人よりも強い力を持つアギトを恐れて、アンノウンが人を襲うのを黙認する動きさえ出ていたわけですし、オリジナルのクウガでは、古代のクウガは戦いが終わった後、封印されてしまったというように、偉業の力を持って戦う者は、戦っている間や、人に都合がいい間はともかく、戦いが終わったり、人に都合が悪くなってしまうと途端迫害され、追いやられてしまう側面もあるわけだが、力のある存在、その力が自分たちに向けられるのを畏れてであるが、毒を持って毒を制するというような側面があるように、異形の力に対して、人の力のみで立ち向かうのは難しく、異形の力を取り込まないといけない、というのも事実であり、そうすることを避けられない。そして、その力に負けないように、心を強くもって、人を守るためにその力を使いこなすだけの心の強さが力の強さ以上に求められてしまいますからねえ。
前回のファイズの世界でも、デルタや帝王のベルト、ライオトルーパーが出ていたが、ユリはタクミを受け入れたが、他の人たちが恐れたままであることや、タイガーオルフェノクの再生能力こそ、ライダーズギアの開発に都合がいい能力(ライダーズギア開発の過程で、そのギアが欠陥品だった場合に受けたダメージなどを無効化できる)であるということを考えると、その延長線上で、オルフェノクでなくても使えるライダーズギアを作られるのではないか、と思えるような要素も転がっていたわけだが、タクミはおろか、オルフェノクでさえ、ライダーズギアを開発するために利用されているのではないか、と思える節が出てくる。ブレイドの世界で、BOARDがジョーカーを作り出して、ライダーとアンデッドの戦いを長引かせるというようなことを目論んでいたのと同じようなことを、作中で語られていた「ある企業」は目論んでいたのではないだろうか?
自分たちと異なる存在を、自分たちの都合で利用したり、排除しているわけですが、誰かに認められるから闘うというだけであれば、必要とされなくなった時に、それに対する怒りを人に向けて、バケモノと化してしまうことだってありえるわけだし、人の都合で振り回されて、そうに合わせると言うことは大抵は、何が大事ということを考えないで、感情の赴くままに行われることが殆どで、皆が大事なことに気がついた時には、手遅れということは珍しくはないのだから、何かを守るためには、そういったことに振り回されないで、大事なものを見極めることも必要なのだと思う。
仮面ライダーの場合は、悪の秘密結社の野望から人々や世界を守ることが出来るのは、自分たちだけだからこそ、その命を賭して闘っていて、自分たちを改造した敵を倒した後も、世界に散らばる悪と闘い続けていたのも、そういった理由からだ。もちろん、それを行うのは、簡単なことではないし、力の誘惑や、人とは違う存在になってしまった体を抱えて生きていかざるをえないわけで、人に拒絶されてしまうことだってある。
そういうことがあっても、闘い続けるに足る理由があるから、彼らは戦い続けるのであるが、そういったこと踏まえたうえで、仮面ライダーは誰にでもなることが出来るヒーローなのだと思うのだが。
誰にでも装着できるライダーシステムといえば聞こえは言いが、そういった何かを守るために闘ってきた偉業の人間を踏み台にして、彼らに感謝することなく、その力がどうやって生み出されたものかも、省みないで、自らの欲望のためだけにその力を行使する、外見はともかく、そんな存在がはたして、仮面ライダーの名前にふさわしい存在かといわれれば、素直には頷けないのだが・・・・・・。

G-3に対しても、周囲から不満の声が高まっているというように、強力すぎる力を振り回すために、不満の声が高まっているとニュースが告げる。
それを見て、「これなら、クウガはいらねえな」と笑い転げる士。

そして、ニュースで、批判の声を浴びせ掛けるマスコミに対して、G-3Xは完璧だといきまく八代。

パワーアップしたとか、グロンギよりも強力な存在が出てきたときのためとか言っている八代の言っていることは、いいわけじみて聞こえているけど、間違ってはいないのですよね。

グロンギのように、人間の力では、そう簡単に太刀打ちできない相手が、これから先、出てこないとは限らないし、そういう事態が起きたときに備えていなくて、犠牲が出てからでは遅いわけですから。
神経断裂弾はあくまで、対グロンギ用のものであって、オルフェノクやファンガイアといったほかの存在に太刀打ちできるかどうかも分かりませんから。ただ、グロンギ相手に通用する兵器が完成してしまって、それで通用してしていること、さらには、それが訓練をつんだ警官なら、誰でも使えてしまうシロモノで間に合っていることから、G-3Xのように、装着者が性能をもてあましたあげく、周囲に被害を振りまくようなシロモノは、尚の事、厳しい目にさらされてしまいますし、強力すぎる兵器を考えなしに投入して、それで被害を出しても、「グロンギを倒せたからいいじゃない」というように誇っていたら、そりゃ、叩かれますよね。

インタビューに答える八代を見て、驚きを禁じえないユウスケ。
二度と会えないと思っていた相手が生きている姿を見れたのだから、驚いたり、嬉しく思うのは当然だとは思うけど、「姐さんって?」とか聞いてきたキバーラを「うるさい」とかいって、ハネのけるのはどうかな、とは思うけどなあ。
夏海は、キバーラに八代のことを説明するわけだが、ユウスケにも一言言ったほうがいいのじゃないかとおもうのだけど。
八代が生きている姿を見れて、ほかに目が入らないということは分かるのだけど、いきなり、クウガの世界にもどったかのようなユウスケの態度はどうなんだと思えてしまうのだが。本質的には、何も変っていないということをいいたいのかもしれないが。

前回のファイズの世界でも、ユウスケは出る幕がなかったわけだけど、好きな相手のために戦うというスタンスは、ユウスケにとってはタクミに共感しやすい動機だったと思うのだが、士が写真という要因で共感しやすいということの方を優先させて、話を描いたのと、好きな相手のために戦うというタクミと関わることで、ユウスケが己を冷静に見つめなおすような余裕が出来てしまうから、関わらせなかったのかな?

クウガの世界と似ているが別の世界だから、八代が生きている、という士。
ユウスケは「それでも、姐さんは姐さんだよ」とトライチェイサーで飛び出すユウスケ。それを追うつかさの姿が、郵便局員に。そして、士の制服のポケットを見ると、転居先不明のショウイチ当ての手紙が。
そうえいば、オリジナルでも、津上翔一宛の手紙を持っていたことから、翔一と呼ばれていたけど、本当は沢木哲也なのですよね、彼。

警視庁にやってきて、未確認生命体対策班はありますか、と訊ねるも、警備についていた警官に、知らないと突っぱねられてしまうユウスケ。トライチェイサーを引きずって、駐車場までやってくるのですが、そこで、装着員に逃げられる八代。八代に会えたことで、懐かしくて、「姐さん!!」と声をかけるユウスケだが、装着員を追いかけるのに夢中で気がつかない。
「勘弁してくださいよ、あんなバケモノ扱うのは無理です」となきが入る装着員。「立派に闘っていたじゃない。そうね、100点満点中43点あげる」とかフォローしているんだか、いないんだか分からないセリフをかける八代。
「確かにグロンギは倒しましたけど、被害はすごいし、マスコミにも叩かれるし、モー無理です、すいません、勘弁してください!!」といって、尻尾を巻いて逃げる装着員。

無茶を言う上司に、それが作った無茶な性能の強化装甲服。しかも、そいつはピーキーすぎて、並大抵の人間には使いこなせないシロモノで、それを使って結果を出さないといけなくて、しかもマスコミに叩かれ、ムリヤリ続けさせられている。
使命感があるとも、無茶な上司の作った無茶な強化装甲服着せられて、闘わされた挙句に責任取らされたら敵わない、とも取れる態度ですが、まあ、実力が伴わないのに続けさせたところで、取り返しのつかない大きな犠牲を出されることを考えると、無理からぬ態度と思えますし。
警視庁には、装着員がもういないとも言われてしまうのですが、八代の態度やG-3Xにも、別な意味で問題があるようで、G-3xに関して、見直しを迫る上司の刑事。

八代の名前を聞いて、嬉しさを隠せないユウスケ。八代の大切な研究T聞いて、装着員の募集を募る話に即効で飛びつく。

選考試験でルームランナーのような機械で、走り続けるユウスケや他の志願者たち。八代は、「グロンギと対等に闘うことが出来る、唯一の希望、それが私たちが開発したボディアーマーG-3X。その装着員は、まさに人類の救世主となるのと同じ」と語るわけだが、八代のこういう態度は、無我の境地の人間しか扱えないG-3Xの初期バージョンや、性能や戦闘能力w優先して、装着している人間のことをまったく考慮せずに、パーツの一つとして開発されたG-4を作り上げたときの小沢の考え方に近いものがあるわけで、人々を守るための兵器を作ることと、自分がそういう強力な兵器を作るという目的が入れ替わっている本末転倒状態になっているのではないか、と思えてしまうのですが・・・・。

次々と脱落していく候補者たち。上司の刑事は飛ばしすぎだと忠告するのですが、八代は、「これくらい、彼だったら・・・」と未練たらたらナセリフをいうわけですが、「彼」の存在があったからこそ、G-3シリーズの運用は何とかなっていたというわけですが、青空の会がガルルを使って、イクサのデータを取っていたのと大差ないように思えるのは私だけか?

グロンギと闘うための性能、戦闘能力を突き詰めた結果、常人には扱えない代物が出来上がってしまい、使い手を選ぶ羽目になったが、たまたま、それを扱える人間がいたから、無茶なスペックのまま、見直さない、やってこれたということでしょうかね?

実際なくなってしまったわけですし、一部の人間にしか使いこなせない高性能なアイテムを作るよりも、訓練をつめば、誰でも扱える代物を量産することが大事なわけですから、八代のやっていることって、自分が作った高性能な装備が認められたり、それを扱ってくれることが嬉しいが、その快感を忘れられないまま、突っ走っているという心情が強いのでしょうか?
まあ、人間、そういう側面があるのは確かだと思いますが、人の命とか、安全が掛かっているところで、そういう心情発揮されたら、それこそ、取り返しのつかない結果になってしまうと思いますが・・・・・。

まあ、データがなければ、それこそ、G-3マイルドとかG-5とかを作り出せないのも確かですが・・・・。

試験会場にいつのまにか、紛れ込んでいた海東が余裕で、走っていて、スピードを上げてくれとか言い出す始末。それに張り合うようにスピードを上げるユウスケ。

更衣室で、アンダースーツに着替えているときに、海東の目的を訪ねるユウスケ。しかし、それをさえぎって、「ようこそ、アギトの世界へ」とごまかす海東。僕の邪魔をしないで欲しいな、とユウスケに釘を刺す。
そこへやってきた八代と刑事が、ユウスケが使っていたロッカーから、着替えを取り出して、他のロッカーへ移すものの、刑事に、「そこはもう問題ないだろう」といわれるわけで、装着員だった人間にこだわっているという態度が見えるわけですが、その装着員が大事というよりかは、自分のボディアーマーの性能を発揮してくれる人間が大事のように思えてしまうのですが・・・・・・。
今は誰も使っていないロッカーを複雑な思いで見つめるユウスケ。

G-3xを装着するも、その重さに満足に動かせないまま、倒れてしまうユウスケ。彼の場合は、クウガの世界が10話前後で終わってしまっているということと、五代雄介は、最初からみんなの笑顔のために戦っていたことだけは確かでしたが、彼の場合は、惚れた女に自分を認めさせるために闘っていて、八代が死んでしまったから、彼女に言われた「みんなの笑顔を守るために闘う」ことを目指していたということなのか?

この世界では、八代は生きていたから、彼女が生きていたから、嬉しかったということもあるのでしょうけど、八代に認められるために闘うという目的が蘇ってしまったということか? まだまだ、八代に言われたことを守っている段階に過ぎない、ということなのか?

物語の途中でグロンギとの戦いが終わってしまい、精神的にはともかく、身体的には、さほど成長していない、闘う目的が個人的ということで、クウガに変身するユウスケであっても、五代雄介には、まだ、足元には及ばないということを表現しているのでしょうか?

なにしろ、放映当時、翔一がG-3Xを装着したことがあり、さらにはG-3xVER1が無我の境地になった人間にしか使えないといわれたシロモノだったため、五代雄介には使えるのではないかとかいわれていましたからね、初期のG-3xは。

G-3Xを装着して、軽々と宙返りまで決める海東。あっさりと装着員が決定する。ユウスケは、もう一度やらせてくださいと頼み込むが・・・・・?

ショウイチの家を見つける士。さっさと仕事を済ませて、海東の奴でも探すか、と投げやりな士。ユウスケのことが心配じゃあないの、という夏海。
「あいつはあいつで好きにやるさ、それがあいつの物語だ」とかもっともらしいことを言っていますが、物語というのは、複数の人生の交わりや色々な条件があって、成り立つものだと思うのですが、士の場合は、自分が主役じゃなきゃ、いやだとかいう考えのほうが強そうな気がするのですが。
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by kwanp | 2009-04-12 23:31 | 特撮

旅の終わり・・? 2


訪れた家は、廃墟といっても過言ではない状態で、そこで見つけたものはねじれたリンゴ。それを手にした途端、室内に風が吹き荒れ、階段に立っている状態で現れるショウイチ。
士の「あんたが芦河ショウイチか」という問いに、「俺に近付くな」と返すショウイチ。そこへ現れるアンノウン。
すかさず変身して、外に出るディケイド。最初、グロンギだと思って、グロンギ語で話すのだが、反応はないわけだが、平成ライダーの知識があるわりにはムラが大きい士の知識。グロンギと間違えるとか、アギトの世界の可能性に気がつかないなど、ミスリードで、クウガの世界かと思ったら、アギトの世界でしたと思わせるにしては、いささか、わざとらしい気もしてしまいますが・・・・。

ライドブッカーをガンモードにして、FARで、カードを弾丸がぶち破っていくという必殺技でアンノウンを倒すが、「一体ばかりたおしたからって、何になる。奴らに目をつけられたら、大変なことになるぞ」という忠告を口にする。

士は手紙を渡すのだけど、「一年前の消印? 今更なんだ?」と破り捨ててしまう。そこへ襲撃をかけてくるバッファローロード。

G-3Xの装着員に(補欠とはいえ)選ばれたということで、写真館を出て行くことにするユウスケ。彼は、「旅をしてきたのは、もう一度、姐さんに会う為だったんだって、多分、ここが終点、オレの居場所だったんだよ」というわけですが、

言っていることはもっともらしいけど、死んだ惚れた女と同じ女がいて、それを身代わりにしようとしているだけに過ぎないのだけどなあ・・・・・・・・、ユウスケの言っていることって。ユウスケが惚れたのは、クウガの世界の八代であって、この世界の八代ではない。
世界や環境が違えば、同じ人間でもまったくの別人になってしまうわけだし、人の人生、わずかなことで、歯車の組み合わせが大きく変ってしまうことだって、めずらしくはない。
平行世界の八代ということで、同一人物的な扱いをしてしまうわけだが、ユウスケの場合は、八代のことがスキだったけど、それを守りきれなかったから、せめて、彼女の遺言だけは守りたいというところだったのだろうけど、この世界に八代がいるから彼女の力になって、今度は守りたいということなのか?
守りたいというような代償行為の矛先が変っただけなのかもしれないけど、八代の言っていたこと、全然分かっていないじゃないか、と思うのだが・・・・。

ファイズの世界で、シナリオに直接関わってこなかったのは、タクミと関わることで、八代を守れなかった過去に対して、区切りをつけることで、アギトの世界での行動理由がつけにくかったということがあるのでしょうかね?

「八代のため、この世界に残る、か」「ずっと、一緒に旅すると思っていました」と口々に言う士と夏海。

「みんなの笑顔のために戦う」という目的を忘れているかのような発言に対して、ユウスケの闘う理由は違うだろと思っているのか、それとも、自分が何者か、わからない現状で、自分が何をするべきか、ということに何の躊躇もなく(いつも、、ライダーの世界にきては、暗中模索でやることを探しているわけですし)行動できることがうらやましいのか。

ただまあ、自分で、自分が何をするべきか、判っているようなことをいっていても、そういう類の発言や行動は、実際は、そう思い込んで、のものである場合が殆どで、やってることは見当はずれでしかないのですけどね。

お世話に為りました、と写真館を後にするユウスケ。夏海に八代との仲を聞かれるけど、「他に忘れられない人がいる」と答え、彼女を守れなかったから、今度こそと決意を口にするユウスケ。

助けられなかった人が、生きていて、今度こそ、という気持ちは分かるけど、ユウスケのやっていることって、死んだ八代が望んでいたことではなくて、彼が望むことで行動しているにすぎないからなあ。
これまでの世界では、それが、それぞれの世界のライダーを助けるということで、うまいこと機能していたわけですが、なまじ、過去の傷があるだけに、冷静でいられないのでしょうか?
そのあたりの揺れ動きは納得できる範疇なのかも。

ユウスケを見送ってた夏海が家に入ろうとすると、ショウイチへの手紙を読んでいる士の姿が目に入り、勝手に人の手紙を読んでいることを怒るのですが、士は「だいたい分かった」と手紙を折りたたむ。
事情を知るためとはいえ、人の手紙を勝手に読んではいけないだろうに・・・・。

アンノウンはアギトに進化する人間や、その家族を狙ってくるわけですし、大抵はアギトに進化する前に襲われて、成す術もなく殺されてしまうわけですからね・・・・。グロンギの脅威は周知の事実ですが、アンノウンの脅威は、まだ、殆どの人に知られていないわけですし、ショウイチはどうやら、生き残っているからには、アギトやギルスの力を手にしているようだけど、オリジナルでのギルスも力を手に入れてしまったために、恩師や恋人や、周囲の人からも敬遠されてしまい、関わった人たち、特に女性が死んでしまったりするわけですから、人と距離を作らざるをえませんでしたし。
ショウイチはG-3装着員だったという話ですが、アギトか、ギルスの力に目覚めて、アンノウンに狙われているというところでしょうし、それと同時に、尋常ならざる力を持つものに対して、人がどう反応するのか、というようなことに関しても、分かっていたから、人と距離をとっていたということだと思います。

神経断裂弾は言ってみるなら、クウガのような存在がなくても、グロンギと闘える力というべきものですし、G-3Xの場合は思想的にも問題のありそうなシロモノ(グロンギやそれ以上のものに対応するために、ただ、ひたすらに戦闘能力を求めている)ですけど、その強力すぎる力をむやみやたらに振り回し、被害を大きくするからで、その矛先がいつ、自分たちに向けられるかわからないから、恐れられている側面はあるので、ショウイチが力を持つものに対する恐怖や、それを敬遠する気持ちというものに対して、敏感で、誰ともかかわりをもたないようにしていたのも、G-3ユニットでの経験があったからでしょうかね?

グロンギ出現の通報を受けて、出動する海東。G-3xのパーツをなにやら、観察しているというか、何かを探しているようですが?
ユウスケはその戦い振りを現場で見学するように言われる。

一人、アンノウンから逃げているショウイチの前に現れる夏海と士。近付くな、と彼らを避けようとするショウイチに、士は「アンノウンから守ってやる」と提案する。士が人を守ることに驚く夏海だが、ファイズの世界では、写真という要因があったにせよ、人の夢を守るというポジションで戦っていたわけですし、今回は、ユウスケが、かつては守れなかった女性のそっくりさんを守ろうとする行動に走っているわけですが、これらの行動の是非はともかく、やっていることは、言ってみれば、闘う動機というか、自分がどうしたいかがわかるから、どういう行動に出るのか、という選択肢を選べるわけですが、士の場合は、記憶を失っていて、9つの世界を渡って、それと力を取り戻していかないといけない。自分が何者なのかわからなくて、しかも、なにをやっていいのか、手探り状態で後手に回ってしまってる。
なにかをまもることで、自分が何者なのかを、行動していく中で知ろうということなのでしょうかね、前にもいいましたが・・・・・。

それを聞いて、「ふざけるな」と腕から触手を伸ばして、士を捕まえるはずが、夏海を捕まえてしまうわ、それを人質にしてしまうショウイチ。

アンノウンに狙われてしまい、他人とも距離をとって逃亡生活を送らざるを得ない状況ですから。士の態度もあるのでしょうけど、安易に守ってやるといっているように聞こえてしまうから、その言葉をそう簡単に信用できないようなところがあるのかもしれませんね。

なにせ、クウガやアギトはアマダムをそのみに取り込んで、力を得たり、人間が超常的な力を得た存在ですが、響鬼やファイズ、キバ以外は、基本的に外付け変身装置で、龍騎以外はその気になれば、その力を捨てて、平穏な生活に戻ることも可能ですからねえ。
ショウイチがそこまでピンときているのかどうかは別にしても、士の言っていることが、相手の気持ちの分からない、自分の優越感丸出しのセリフに聞こえたにしても、不思議ではないと思いますし。

「残念だが、そのなつみかんは、絞っても、おいしいジュースにはならないぞ」と平然と構える士。
「オレを守るだと、このバケモノを」
自らの姿を見せ付けるように、エクシードギルスへ変身するショウイチ。

一方、2体のグロンギが現れて、出動した海東は、最初はGM-01で発砲するも、それがあまり、通用しなくて、吹っ飛ばされると、G-3Xを脱いで、ディエンドへと変身してしまう。
そして、ドレイクとデルタを召還して、一斉射撃で片方を撃破してしまうわけだが、その戦いぶりに信じられないものを見た、というか、八代の力に為りたいのに、それが出来ないで、それでも、補欠要因という扱いを受けながらも、八代を守ろうと思っている彼にとっては、G-3Xを装着して使いこなす力を持っているのに、G-3Xなんか、どうでもいいかのように、それをあっさりと捨ててしまい、ディエンドになって、自分流で闘っている彼のことがわからないということか?

今回はクウガに変身しないのは、G-3Xの装着員として、G-3xの力がグロンギやそれ以上の脅威への力になるということを証明するということにあるからと、海東の態度に驚いていて、それどころではなかったということでしょうか?

映像がこなくて、どうしていると問いただしてくる八代に、接触不良とかいって、ごまかすディエンド。そして、ユウスケにも、

「黙っていてくれるね、別に誰が損するわけでもない」ということで口止めをするわけですが、

「一体あなたは、G3-xを馬鹿にするつもりですか」と抗議するのですが、「さあね」とはぐらかす。

彼の場合、前回の話でもそうでしたが、自分の価値観を大事にするというか、主張はするけど、他人の価値観には興味を持たない、あるいは理解しようとしないわけで(このあたりも自分の能力への過信からくるものかもしれないが)、自分の価値観だけで全てを判断してしまうから、G3-Xで戦うことには頓着しないで、あっさりとディエンドへ変身してしまう、ということでしょうかね。
ただ、今回のユウスケの言動も、ディエンドのことをとやかく言えるような立場ではないのですが・・・・・。

アンノウンが現れて、生き残っていたグロンギを袋叩きにして、ディエンドたちに襲い掛かる。

一方、エクシードギルスと対峙していた士もディケイドに変身して、「オレはアンタと戦いに来たんじゃない」とかいうのですが、変身して、そんなこといっても、武器というか、戦闘手段をちらつかせて、説得しても脅迫にしかならないと思うので、「消えろ、オレは・・・」とショウイチが言うのも無理はないかも。

いきなり苦痛を訴え、呼ぶなと叫ぶギルス。それを見て、取り押さえようとして、突き飛ばされたディケイドは、あっさりとケモノとかいう言葉がポンとでていたり、それを疑問無しに使ってしまっているわけですが、「ケモノにはケモノか」とキバ・ガルルフォームに変身するのですが、この場合、自分の人ならざる力に苦しんでいる相手に言っていいことばじゃあないと思うのですが。キバの世界では、ユウスケがワタルを説得したところに、美味しい所取りしていったから、こういう言葉が平気で出るのは当然か。最近は成長したように見えるけど、ファイズの世界では、写真という理解しやすい要素があったからだし、ショウイチあての手紙を読んでいたから、やりやすい状況だったという部分も大きいし。
説得する気なしというか、守るとか、戦う気がないとか、そういうことにピンときていないにしても、不信感をもたれるというか相手をむやみに刺激してしまっているだけの行動ですね、これは(汗)
あげく、ギルスには逃げられrてしまい、しかも攻撃、容赦はないわけで、取り押さえるにしても、やりすぎな気はしますが・・・・。
アンノウンと闘うディエンド、デルタ、ドレイク。ユウスケもGM-01を手にもって、応戦しているわけですが、そこへ乱入してくるギルス。ディエンドはそれを見て、ギルスのことをアギトになれなかった者と説明する。
オリジナルでも、前半、生命エネルギーの消耗とか、不完全さを強調する演出が多かったわけですしね。

次々とアンノウンを撃破するギルス。ディエンドとユウスケの方を見て、身構えるギルスにGM-01を向けるユウスケ。
詳しい事情を知らないとはいえ、人ならざる力をもってしまったギルスに向って、自分の意思で人ならざる力を持ったユウスケが、事情を知らないで、いきなり現れて、闘っている正体不明の相手に対して、銃口を向けてしまうというのは無理からぬ判断かもしれませんが、ギルスの正体を知っているからか、大多数の人間から見れば、正体不明の存在であることは同じであるはずの彼らが、ちょっとした立場の違いで、相手にあっさりと銃口を向ける(襲われて、やむを得ず応戦というならともかく)という描写に関しては、ユウスケが自分の力の重みとか、闘うこおtの意味とかをまだ、理解していないところもあるのか、と思えてしまいますし。

そこへ駆けつけるディケイド。「どういうつもりだ、士」と問いただされて、「俺はこいつを守る」と、ギルスを守ることを宣言する。それに驚くユウスケ。いきなり乱入してきてきたけど、アンノウン相手に闘っていたわけですし、ディエンドがいったのは、アギトになれなかった存在と説明しただけで、敵だという要素は一言も言っていないと思うのですが・・・・。

そこをどきたまえというディエンドに対して、彼の邪魔をすることを嬉々として、選択するのだけど、いやがらせで行動するってのは、基本的に変っていないような、この男(汗)

それを聞いて、カードをセットすると、デルタとドレイクが必殺技を仕掛けてきたのだが、ギルスが、ディケイドライバーを士から奪い取り、変身解除。そこへ、デルタが、士にファイズ系ライダーが必殺技を放つときの円錐wつけられ、ルシファーズハンマーを放つのであるが・・・?

今回は、ユウスケがこの世界の八代が生きているということで、G-3xに参加するということで、離脱フラグがささやかれている話なのですが、守れなかった八代を守りたいという思いはわからなくもないのですが、彼が守りきれなかった、守りたかった八代はクウガの世界の八代であって、この世界の八代ではありません。
それに前述しましたが、彼が今回やっていることは、あくまで、彼がやりたいと思っていること、彼が良かれと思っていることであり、クウガの世界以降、士が戦う横で他のライダーを支えてきたのは、八代の言い残した、「みんなの笑顔を守ること」であるのですが、別の世界の八代を見た途端、そのことを忘れたかのように、八代に会いに行き、G-3ユニットに参加するわけですが、世界が違えば、同じ人物とはいえ、別の人生を歩いている人間であり、別人といってもいいし、この世界の八代に、一方的に、自分の世界の八代を重ね合わせているだけでしかない。
それにこの世界の八代の力になっても、彼が、クウガの世界の八代を守りきることが出来なかった事実は変らない。過ぎた刻も、失われたものももどることはなく、だからこそ、大事なわけで。
辛い過去をやり直したい、という気持ちまでは否定はしないけど、この世界の八代を守ったにしても、過去が変るわけではないし、アギトの世界は、ユウスケのいる場所ではない。
ユウスケが、みんなの笑顔を守るために闘えるかどうかの分かれ道で、八代の力になることは、成長でもなんでもなくて、過去に目をそむけるということの方が近いと思いますから、あえて、アギトの世界の八代を出すことで、ユウスケに対して、過去を乗り越えさせようというのでしょうか? っていうか、これでアギトの世界に残ったら、これまでの旅はなんだったんだ、と思いますからね。
士に関しても、似たような、或はそれ以上に大変な試練が待っていて、その前振りということになるのかもしれませんね・・・・・。
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by kwanp | 2009-04-12 23:31 | 特撮