2009年 04月 13日 ( 1 )

うーん・・・・・

リオールへ向う汽車の中、リオールの教主の噂に関して語り合うエドとアル。
何もない空間から、ものを練成するのが手品かもしれないが(宗教の場合、信者を集めるためのパフォーマンスである場合も少なくはない)、本物、賢者の石である可能性があるかも、というエド。

人体練成後か、車椅子に座っているエドが、賢者の石に関する書物で手がかりを求めて、調べるのだが、たいした事は描いていなくて、「もっと、詳しく書いておけよ!!」と本の作者にあたるのだが、本の作者はエドとアルの父親のホーエンハイムということか?

だとしたら、賢者の石の詳細なんて、書けるわけがないから、お茶をにごしたような書き方しか出来ないのも無理はないけど、逆にそれが賢者の石を求めさせる原因になっているような・・・・・・。

それを思い出して苦笑するエド。もし、本物で、アルの体も取り戻せたら、たいした手がかりもないところから初めて、三年でようやく、ここまできたか、ということでしょうか?

ちなみに、前のアニメでも、第三話では、冒頭に賢者の石に関して、語っていて、練成陣入門を見て、過去の回想にはいっていく構成は、ある意味近い。

エドとアルを探しに来たトリシャが、父親の書斎を散らかして、床に練成陣を描いて、トリの玩具を練成しているのをみて、父親に習ったのと訊ねるトリシャ。いない人に習えないだろ、というエド。本にかいてあったというアル。作中ではぼかされているのか、本の作者はホーエンハイムか?
もしそうなら、エドたちは否定しているが、ホーエンハイムの書いた本で錬金術を使えるようになったわけだから、父親に教わって、仕えるようになったのと同じだと言える。

前のアニメシリーズでは、ウィンリィに人形を練成して、失敗してしまうという結果になって、ウィンリィになかれてしまうという結果に為り、ウィンリィの両親やトリシャがお互い謝ったり、ピナコが大人でも、諦めるというようなことを語って、兄弟の技量の凄さを語る。

父親のホーエンハイムが人の姿をした賢者の石ということも、ある程度関係しているのかも、という可能性も多少ながら、残るが・・・・。

兄弟のことを自慢げに想いながらも、ホーエンハイムのことを思い出してか、痛ましい表情になるシーンもあるのだが、そういう場面はかかれずに、今回のアニメでは、エドの説明セリフで流行り病になって、亡くなったというようなことが語られて、流される。

母親が喜ぶのは、父親が喜ぶから、というようなシーンも書かれず終い。

墓に前で座り込む、エルリック兄弟。アルがおなかすいたとか、帰ろうとか言い、父親が帰ってくれば、という言葉に、あいつのことはいうな、と叫ぶエド。
人体練成に関しても、人間を作るのがいけないことというアルの言葉に、二人だけのヒミツと口止めをするのだが、前のアニメでは、ここで、あいつに出来なかったことをやってやるという、父親のホーエンハイムに対する対抗意識がありありと見えている。

しかも、ウィンリィの両親が戦場で亡くなったことも書かれておらず、墓に呼びに来たウィンリィが、ないていると、その涙の分だけ、死んだ人が悲しむというようなセリフをいうにとどめられていて、両親が出かけているから、泣いているくせにというようなニュアンスに変っている。

その分だけ、母親を取り戻したいという欲求や、それを可能に出来るから、実行に移すというような状況に対して、それに対する理性のブレーキが弱いということを表現しているのかもしれないが、旧アニメに比べると、人体練成を行おうとする兄弟に対する歯止めが弱くなっている気がする。

夕食で、牛乳を飲まないエドに対して、大きくなれないというようなことを言って、言い争いになる、エドとピナコ、食事を食べながら、あきれた顔で、それを横目に見るアルとピナコ。

学校からのかえり、エドが、学校と関係ない本を読んでいる事をとがめるウィンリィ。聞く耳をもたないエド、何の本と聞いても、教えてくれなくて、ふくれるウィンリィ。別れ際、夕飯がシチューだと聞いて、シチューを発明した人は偉大だ、と牛乳嫌いのエドが誉めるセリフがあるが、旧アニメでは、帰り道に言っているのだが、今のアニメでは夜、実験室で話しているシーンに変更。

イズミの下で学んで、錬金術を身につけたという説明でも、母親と一緒に暮らしたいという思いの強さは強調されているが、ホーエンハイムのことは、あまり、語られていない。

人体練成を行うための準備が整い、材料をそろえて、実行に移すことに。
旧アニメでは、材料は一部語るのがはしょられており、さらに、「肉体はともかく、精神は何と交換するの?」というような、アルの戸惑いなもどかかれてはいないのだが、これは兄弟が欲望のままにストレートに人体練成を実行に移す過程を書いているということか?

いよいよ、人体練成を行うのだが、練成陣から、黒い影みたいなものが現れて、エドの左足などが分解されていき、アルが体全体が分解されていって、手を伸ばして、アルをつかもうとしていると、気がついたら、心理の扉の前に立っている。

ちなみに、旧アニメではロイが、暴風雨の中、エルリック兄弟を訪ねてきている。

心理の扉で、「世界、あるいは宇宙、あるいは神、あるいは真理、あるいは全、あるいは一、そして、おまえだ」
と名乗る存在に出会い、「ようこそ、みのほど知らずの馬鹿野郎」と扉の中に引きずり込まれ、代価と引き換えに、心理を見せられ、それを理解するエド。人体練成に何が足りないかが、後一歩というところで、代価が足りないということで見せてもらえないのだが、左足を失った激痛にさいなまれながら、母親のほうを見ると、似ても似つかないシロモノが生まれており、さらには、アルの体が失われてしまっていて、
「こんなことを望んだんじゃあない、おれの、おれのせいで・・・・」
と幸せを取り戻そうとして、悲劇が起きてしまったことを悔やみ、責めるエド。

鎧に血印を描いて、「足だろうが腕だろうが、心臓だろうがくれてやる」と叫んで、右腕を代償にアルの魂を鎧に定着させる。

ええっ、うん、ここで、あの場所に鎧じゃなくて、ピンクの怪獣とか、ボン太くんみたいな被り物とか、某サンダースみたいな人形とか、人体模型だったら、どうなってただろうとか、かけらも考えては降りませんよ、ええっ・・・・。

アニメの三話ではこのシーンはかかれてはいなくて、あるを鎧に定着した後のシーンが書かれている。

ヒューズの部屋を訪ね、東方に帰れる事になったというロイ。次に来るときは准将くらいにはなっておくんだなといいながら(そのときには、自分が先に准将になっていることと、ロイが中央に来るときには彼が、既にこの世にいないわけで、ある意味、哀しい未来を予測させる皮肉めいたシーンといえなくもない)、ヒューズがロイにアイザックに関する報告書を見せ、アイザックが錬丹術を使っているということを知るわけだが、国を裏から操っている「お父様」ことホムンクルスのいる場所では錬金術は使えないので、それに対する対抗手段として、錬丹術を見につけたということも考えられるから、かなり、核心に近いところまで知っていた可能性があるが、目的を果たすために、手段を選ばないあたりが、ああいう結末を迎えたという気もするが、第一話の顔見世で、しかも、物語の謎をちらつかせるためとはいえ、ひょっとしたら、アルやエドと手を組めたかも知れない相手を一話限りで使い捨てにしているわけだし、ある意味、エドやアルは今の時点では、賢者の石の正体を知らないから、知っているか、いないかの違い(これは大きいとは思うけど)、一歩間違えていれば、エルリック兄弟がアイザックみたいになっていたかもしれない可能性をうかがわせてしまう。

エルリック兄弟はどうなっていると訊ねるヒューズ。「なんだってエドを国家錬金術師にした、まだ、子供なんだぜ?軍にいる以上、いつか地獄を見る羽目になる、俺たちみたいにな」
と自分に子供がいることもあって、自分が味わった地獄(イシュバール)を子供に味合わせたくはない、と思っているわけだが、中の人ネタで言うと、サーシェスとライル&ロックオンが子供を案じて放しているシーンというのは、シュールだ(汗)
まあ、ヒューズのほうは、野原ひろしのイメージ・・、いえ、想像していませんよ、ひまわりなエリシアとか、みさえなグレイシアとか(汗)
ヒューズが親であることも関係しているわけだが、自分が見た辛いことを、子供やその世代にも味合わせたくないというのも、ロイの理想に手を貸す理由の一つになっているのだと思いますからね(イシュバールの時には、まだ結婚していなかったとはいえ)。
子供に辛い思いを味合わせたくはないから、体や命を張って、それから守るって、時間帯が時間帯だけに、中の人がサーシェスのヒューズがそれをやっているわけだから、中の人的には、ロイはライルかな、守られるという意味では。

ヒューズに息子がいたら、確実に刹那か、フォンにダブっていそうだけど(汗)

それに対し、「地獄か、地獄なら見たさ、二人とも、もう十分にナ」と回想シーンに入り、ロイとホークアイがエルリック兄弟の家をたずねたときのシーンに為り、人体練成の惨状を目の当たりにするロイ。

旧アニメでは、イシュバールの地獄を見てきて、人体練成に手を出しかけたという演出がなされていたり、エルリック兄弟の家をたずねる時には、ホークアイが同行していない(原作では、そのころ、リゼンブールを尋ねるシーンがかかれてはいなかった)。

ピナコの家にやってきて、鎧になったアルフォンスに車椅子を引かれているエド(生気のない目をしている)をみつけ、人体練成について、問いただす(見る見るうちに、エドの顔が、自分のやったことを思い出してか、暗く沈んでいく)。アルがご免なさいと間に入り、震えた声で言う。

ロイの目的は、優れた錬金術師がいるということを聞いて、やってきたのだそうだが、アニメでは、ロックベル夫妻のことも関係している(アニメでは、彼らを殺したのはロイ)。

不完全ながら、人体練成を行い、さらには魂の定着まで行っていることで、国家錬金術師になる資格がアルというが、ピナコは、血まみれで家に兄弟がやってきたあと、あの惨状を目にした彼女は、あんなものを練成するのが錬金術師か、とロイにいう。
まあ、母親を亡くした上に、兄は片腕と片足を失い、弟は体を失っている。おまけに、ウィンリィの両親も、戦争で失っている。自らがやったことの報いとはいえ、既に罰は十分に受けていると思うだろうし、それ以上に、彼らを地獄へ追いやろうとするロイの言葉に対して、怒りというか、聞き流せないものがあるのだと思うが。
しかし、ロイはロイで、イシュバールの地獄を経験していて、目の前の兄弟に、場合によっては、さらに地獄を見せようとしているわけだが、生きていればこそ、光明をつかむことが出来るというようなことも分かっているからこそ、後悔したまま、人生を送るか、それとも、茨の道を進むようなことになろうとも、前に進み、元の体に戻るか、という選択をエドに突きつけるのでしょうかねえ。

ホークアイにコーヒーを出すウィンリィ。人を撃ったことがあるのと訊ねるウィンリィ。イシュバールで、たくさん撃ってきたわけだけど、子供に、過去を直視させられることを聞かれるとは思わなかっただろうけど。
ウィンリィは両親が戦争に取られて、死んで、エドやアルも連れて行かれようとしている。
身近な人たちが戦争にどんどん取られていくということおw悲しんでいるわけで、大事なものが奪われているというような感じがしたのだと思うが、ホークアイは、己に聞かせるように、選ぶのは自分だ、と答える。
ロックベル夫妻も、自分の意思で戦場に残った上での結果ですが、それでも、犠牲を正当化して、いいわけじゃあないですからね。
ウィンリィの言葉は、無理からぬ反応だと思うけど、戦争に奪われたといつまでも思うことは、両親の選択を貶める結果にもなってしまうわけですからね。

進むか、止めるか。

絶望と後悔のまま、人生を送るか、ドロの河であっても、可能性があれば、軍に頭をたれてでも、前に進んで、元の体に戻る方法を手に入れる可能性を求めることを促すロイ。

決めるのは自分自身だ、と。

ホークアイに、なぜ軍人になったの、と問うウィンリィに、守るべき人がいるから、と返すホークアイですが、この流れで、そのセリフは、一歩間違えれば危険だと思うのは私だけか?
さすがに、自分のやってきたことを、その一言で正当化しているとは思わないけど、守るべき人がいるから、そのために何をやってもいいとかいう解釈を招きかねない気がするのだが、そのセリフは(汗)

エルリック兄弟に決意を促し、ロイは去っていく。去り際、ウィンリィの名前を聞き、また会えるといいねというホークアイ。

ピナコの家を後にして、「くるでしょうか?」とたずねるホークアイ。「くるさ」と確信するロイ。
「あの少年、無気力な目をしていましたけど?」と首をかしげるホークアイに、「アレは火のついた目だ」と語るロイ。

ちなみに、旧アニメでは、ロイ一人で、しかも、やり取りはあっさりと済ませられている。

現在のエドがさらに過去を思い出すように、オートメイルをつけて、リハビリをする、それも一年で、それを行うことを決め、血反吐を吐くことになるよというピナコのセリフに、決意するように頷くエド。

旧アニメでは、エドが起き上がり、軍の狗になっても、元の体に戻る道を探すことを決意するのだが、ピナコに、「一度戦争があれば、狩りだされるし、命令があれば、大衆のために使う錬金術で人の命を・・・。私の息子たちを奪った戦争だって、国家錬金術師がからんでいたって」と制止するのだが、それを振り切って、エドは国家錬金術師になる決意をする。

さらに、オートメイルをつけるシーンがあり、痛みに耐えながら、「こんな痛み、あいつにくらべたら」とそれに絶えるシーンもカット。

オートメイルwつけて、アルとリハビリがてら、組み手をするエド。錬金術をあの時以来使っていないのだが、練成陣なしで、オートメイルを練成する。しかし、アルは、その記憶が失われていて、錬金術は使えない。

このシーンでも、旧アニメでは、錬金術師になるつもりか、とアルに問われて、自分たちが間違っていたといい、元に戻る方法を探してくるといい、お前まで失いたくはないというシーンのやり取りもカット。

オートメイルを変形させたことを怒るウィンリィ。元の体に戻るまでサポートすると言い出すウィンリィ。

国家錬金術師資格試験で、ブラッドレイの前で、義手を手に入れた敬意をごまかして、練成をおこない、ブラッドレイに、暗殺の危険性を示唆するという原作どおりの経緯で(アニメでは、実技試験で、練成陣なしで、他の受験者が練成したトーテムポールが倒れそうになったのを食い止めるというアピールをしたことがきっかけで、国家錬金術師になった)資格を得て、鋼の錬金術師の二つ名を得て、その銘を自ら、背負うことを受け入れる。

エドが国家錬金術師になったら、この村を出て行くのか、とたずねるウィンリィに、「うん」と頷くアル。

回想は終わり、ようやくリオールへ。

まあ、旧アニメと同じように、なぜエルリック兄弟が賢者の石を求めるようになった経緯を描いているし、この兄弟が人体練成をすることころから、第二話がはじまるわけですが、旧アニメでも、リオールのエピソードを最初に持ってきてはいるけど、人体練成をした過去のエピソードを物語のスタートにおいているという意味では同じではありますが、ソフトというか、話の描き方がマイルドになったといえば、聞こえはいいけど、グロテスク描写を避けているのと同時に、決意とか心理描写の大事なところも、あっさりした書き方に変えていて、差は出ているし、今度のアニメは原作全部を出来るだけアニメ化するのだろうから、会川氏の脚本じゃあ、下手をすれば、ダイジェストになってしまうから、大野木氏の脚本のような軽さがあったほうが、スピード感があるように見せやすいと思っての起用なのでしょうかね?

すくなくとも、グリードが出てくるあたりまでは、前のアニメとまったく同じでは、飽きるだろうという判断(ずっと前から、喧伝していますから、チェックしている人も多いでしょうからね、原作とか、DVDとか)もあるのでしょうけど、前のアニメとの差をつけることを意識し過ぎないで欲しいとは思いますね・・・・・・・。
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by kwanp | 2009-04-13 23:05 | アニメ