2009年 04月 14日 ( 1 )

なんとまあ・・・・・・

ディケイドで会川氏が降板ということになったそうで。
まあ、ディケイドの内容に関しては、3話くらいまで、士の言動が鼻についていて、4話から、ユウスケが加わって、そこそこ見られるようになって、段々と見るテンションがあがってきて、キバ、龍騎、ファイズと良くなってきた印象を受けてきたのですが、会川氏はストーリー的に剣を持ち直させた過去があり、一時的とはいえ、正義と平和を守るために闘う仮面ライダーを平成シリーズに蘇らせたことがある人だったりするので、そういうライダーを好ましく思わない白倉氏が最後まで、脚本を任せるとは思えない、少なくとも、そう思わせるだけの要素はあって、仮面ライダーカブトで平成ライダー最大の大ゴケをしでかしたストーリー展開を行っていた米村氏が電王編以降は担当するという頭の痛い(スチィッチも終わったからなあ・・・・・・・)ことに為りそうなのだが、カブトでは、井上氏を元にした天道のようなオレ様野郎を中途半端に描いていたからか、電王以降は、そういう展開がかけなくなってしまい、ディケイドでは、ユウスケとのコンビをうまいことかけているように、会川氏が演出していた(ユウスケが説得役に回れるのは、少なくとも、自分があるからで、士の場合は、相手の心中を想像するにしても、自分だったらこうするというようなことしか考えられないし、基本的に世界をクリアするのは、自分が何者か知りたいということもあるからで)からこそ、マシに見えているわけだが、米村氏の場合、主人公至上主義にありがちな主人公を目立たせるというか、話の世界の中心に立たせて、他の人物は引き立て役にしか考えていない脚本が、井上氏よりも悪目立ちする傾向が強いわけだし、自分のためだけに戦うライダー全面に出せない(電王、キバと基本的には変わってはいないが、表面上はそうでないように演出してはいる、うまくいっているかどうかは別にして)わけですからねえ。

会川氏に最後まで、とりわけ、カブトや響鬼を再構成した話を描かれたら、ますます、自分のためにしか戦えないライダーを描きづらくなるのではないかという考えもあるのではないか、と思えてしまうが。
なにしろ、剣の後半は一時的とはいえ、自分のために戦うライダーより、命や、正義、平和を守るために戦うライダーの方が支持されてたわけだし、しかも、響鬼がうまくいってたら、カブトのような作品は、ますます作りづらくなっているわけだからなあ。

まあ、ディケイドのストーリーがうまくいってるのは、士が成長しているというより、ユウスケが脇でフォローに走りまくっているから、あっちこっちの世界をクリアできているというところが大きいし、ファイズの世界では、写真というファクターがあったり、海東に対する嫌がらせで行動していたというところもでかいわけだし。だからこそ、ユウスケのフォロー無しでああも動けたということだと思います。

ユウスケが八代が生きているのを見て、G3ユニットに加わるって、妙に不自然なものを感じていたけど、あれ、ユウスケを自分に擬えて、描いていたのじゃないかとかいう疑惑すら出てくるんですが(汗)

あの内容からすると、G3-Xがディケイド及び平成ライダーという作品になり、海東にいいところを取られて、補欠でも八代を守るために、傍にいるという、クウガの世界の八代の言葉を忘れたかのような行動は、自分が降板させられることに対する心情の表れだったかの性も考えられるわけで。
海東はG-3Xで、GM-01をちょっと撃って、満足が行かない性能に、あっさりとG-3Xを脱いで、ディエンドに変身するということをやっており、G-3Xで闘って勝つと言うような手持ちのアイテムの性能を生かすような闘い方をせずに、さっさと、性能のいい武器を持ってきて、戦うというようなことをしていて、G-3Xでグロンギを倒して、警視庁やマスコミや世間にG-3Xは、グロンギ相手にも有効な兵器ということをアピールしたい八代の考えを全然省みてはいないわけですが、八代の方針、手持ちの武器の性能を生かすというのは、各平成ライダーの持ち味を生かして、脚本を生かすというディケイドでの会川氏の方針に近いものがあり、ディエンド(海東)は井上氏なり、米村氏なりの白倉氏(桜井もどき)の意向に従う脚本家、という解釈も出来ますしね。
アギト編では、神経断裂弾でも、グロンギは倒せるといったセリフがあり、クウガやG3-xなしでも、つまりは、人を守るために特訓したり、高い志をもつような(五代雄介はみんなの笑顔を守るために戦い、結果、心に傷を追い、変身不能になった)ライダーは要らないというようなニュアンスにも取れますし、うちの記事で何度か触れているように、桜井もどきの目的は、誰でも変身できるようなライダーシステムではないかと思える節もありますし。
だれでも、ヒーロ-になれるかといえば、聞こえはいいが、誰もがそういう装置を使って、変身したとして、正義や命を守るための戦士になるわけではないし、むしろ、己の欲望を満たすための道具として使うほうが多いわけですから、ある意味、自分の欲望のためだけに戦う小物ライダーが多い平成ライダーを象徴するアイテムともいえるわけです。
でまあ、クウガの世界以降、ユウスケは士たちの旅に同行し、戦う士の横で、他の世界のライダーたちのフォローに回ってきたわけですが、ファイズの世界では、好きな女のために戦うという、ユウスケが共感しやすい要素があるにもかかわらず、彼はあまり、動こうともしないで、しかも、海東に気を失わせられて、事態に関われませんでした。しかし、それでも、士がタクミの説得に動けたのは前述の通り、嫌がらせと共感しやすい要素があるからですが、海東が米村氏や井上氏というのであれば、会川氏はおそらくは、ユウスケに己を仮託していると思われ、キバ編以降は変身せずに、脇でフォローに回っていた姿勢なども、まんま、作品の特徴をつかんで、再構成している姿と重なります。
でもって、海東に気を失わされてしまい、その後のリュウガ戦では、牙を召還、「バケモノには、バケモノ」とユウスケが、ワタルの心を開いて、説得できた経緯と違って、単なるデータ、強力なアイテムを武器にして、使うかのような戦い振りを見せていたわけですし、今回のエピソードで召還されたドレイクはカブトで井上氏が脚本を手がけた時に使っていたライダーですし、デルタは三原と木村沙耶以外は、それを使ったことで人格が歪んでしまうというようなアイテムでしたし、ファイズのメイン脚本は井上氏、しかも、その話のラストでは、デルタのルシファーズハンマーによって、ギルスにベルトを取られ(あっさりとベルトが外れるというのは井上氏のファイズでよく見られたシーン)、変身解除。士が狙いを定められるというところで終わっているわけですから。
しかも、桜井もどきや海東に召還されたライダーというのも、

地獄兄弟(いうまでもなく、米村氏)
カイザ(井上氏)
轟鬼(後半に井上氏に脚本が交替してから、クリスマス商戦時のドラマで、斬鬼さんとの師弟がらみのドラマで、メインを張っていた)
歌舞鬼(脚本井上氏の劇場版) レイ(いうまでもなく井上脚本)
キバ(井上氏がメイン脚本)
リュウガ(初出の劇場版は井上氏が脚本)

轟鬼の時は、米村脚本なので、除外するにしても、小林女史や、他の脚本もいるのに、井上&白倉コンビ寄りの作風のライダーに象徴される者ばかりが桜井もどきや海東に召還されているのだ。クウガ以降、大抵の作品に、この二人が関わっているのだから、当たり前だ、と言われそうだが、小林女史の電王、龍騎でも、彼女が手がけていたライアやタイガといったライダーは、彼女の関わった脚本で書かれていたわけですし、井上氏の描いた脚本のつじつまあわせに小林女史が振り回されていたというのは有名な話(お互いのライダーをお互いが殺しあうとかいう応酬もあったそうだが)。今のところ、電王系ライダーは一切召還されてはおらず、仮面ライダーしん王はアニメだから(でもアバレンジャーの例もあるから、共演がありえないとはいえないよなあ)、難しいにしても、仮面ライダー響鬼など、非白倉&井上系のライダーが少ないにしても、小林系のライダーは召還されてはいないし、キバの召還がありなら、ユウスケがいるのが駄目なら、初代クウガの召還とか、出来ないわけではないだろうし。
桜井もどきや海藤は井上&白倉コンビよりの傾向が強いライダーを召還していて、桜井もどきや海東は、井上氏や白倉氏を象徴していている可能性は低くない、ということである。

しかも、ファイズ編の後編、アギト編には、シナリオ後退を匂わせる内容がちりばめられてたりするわけですが、それらを踏まえたうえで、アギト編で降板で、考えられることは、

話題づくり

だろうなあ。響鬼の時も、今から冷静に考えると、商業的に駄目だったのを注目させて、売上を回復させるために、ネットの注目度とか、井上&白倉コンビの自分たちに対するファンのアンチ反応(まさか、自分たちに対する批判をまったく知らんとは思えないし)を利用して、矢面にたった節があるし(井上氏はともかく、白倉氏は筆者は個人的には、今も好きではない)。
クウガの世界で八代を士が殴ったときなど、ネットでは賛否両論だったわけで、私としては、士が八代を殴ることを今でも、否定的に考えているが、わざと、批判される行動を取ることで、注目を浴びせようという狙いもあったのだと思っている。

電王でも劇場版放映前に、銀魂やらクレヨンしんちゃんという他の作品で、アピールするというようなことをやっていて、しかも、07年夏当時の放映中の電王でも、劇場版とのリンクを匂わせるというやり方を取っていて、劇場版を見ろというやり方を取っていたわけで、平成ライダーでは、ファンの注目が取れrためには、どんな手段も選ばないというのは、常套手段といえ、カブトで平成ライダー最低の商業成績をたたき出した後は、その傾向に磨きが掛かっている。

いままで、やってこなかった、それでいて、期待が高い平成ライダー集結というネタをやるに当たって、それを注目させようということで色々と仕掛をしているわけで、パラレルネタで、新しいユウスケやカズマを作り出し、というのは、カブトの水嶋ヒロさん、佐藤健さんなどは、他のドラマへの露出が激しいから、半年というスケジュールでは、オリジナルキャストとしての拘束が難しいことは、素人目からも容易に想像できるから、それによって、ディケイド版ライダーと、オリジナルキャストとの共演を望む声もあるわけで、期待を煽る手段にしっかりと利用している、そう考えれば、井上&白倉コンビに対する反応なんて、話題づくりの一番の切り札みたいなものではないですか。

本当にごたごたがあったにしても、井上&白倉コンビが、自分たちの作ったライダー作品のイメージを守りたいというのであるという考えはもっていると思いますが、そういう連中に対して、自分たちは、そういう連中に引き摺り下ろされた、とシナリオに符号を残すというのは、確かにやりやすい手ではありますが、あんな露骨に分かりやすい脚本で、相手が気がつかないなんて、ありえるとは思えませんしね。

もしあれで、気がつかないなら、相当な鈍感か、面の皮が厚いと思わざるを得ませんが。井上氏は表向きは、アンチには気ににも止めないという態度を見せているから、あえて、スルーしたということも考えられるけど。

おおかた、他の新番組の脚本か、シリーズ構成に携わることになって、離れるということになるのが実際のところかもしれませんし、それを逆手にとっての話題づくりといわれても、意外とは想いません。そこそこ、うまく纏まっている、再構成されている作品では、平成ライダーを見てきた人ならともかく、新しくライダーw見る人には、興味を引きにくいわけですし、むしろ、よほど、面白い作品であるならともかく、そこそこ、出来のいい作品というのは、注目されにくいわけですからねえ。
しかも、残る世界は、スタッフ交代で物議をかもした響鬼、劇場公開を控えた電王、ある意味、もっとも自分のためにだけ戦う平成ライダーを象徴したカブトなわけですからその上で、メイン脚本交替なんて、狙っている可能性の方が高いと思わざるを得ません。

注目を得るためにヒール役を引っ張り出し、騒動を演出しているということでしょう。だいたい、降板されるから、シナリオで嫌がらせをするなら、もっと効果的な方法がいくらでも・・・、ゲフンゲフン。

桜井もどきや海東といった井上&白倉という勧善懲悪に対する疑問を掲げている勢力と、仮面ライダー剣を立て直した経緯のあり、人の命や平和を守るために命をかけるヒーローを描く会川氏という構図が浮かび上がる。鋼の錬金術師では、井上氏が「シナリオにテーマを掲げるのは馬鹿のすること」というような発言をしており、会川氏のやろうとしていることに喧嘩を売るような発言もあったわけで、容易に対決構造を想像しやすい。
これも、作品を盛り上げるための、演出装置である可能性が高いと見ておりますが・・・・・。

そういう符号を含めても、アギト編やファイズ編は平成ライダーに批判的な自分としても、抵抗なく楽しめる作品であった内容だけは確かであり、面白かったと思います。おそらくは次回のアギト編の後編が、会川ディケイドの事実上の最終回であり、おそらくは、アギト編以降の内容では、感想を二つの記事に分けるというようなことは、起きないと思われます。
それでも、スタッフ間の事情を匂わせるような内容を、必要以上に露骨に脚本に盛り込んで欲しくはなかったというのが正直なところですし、果たして、話題づくりというか、脚本家交替(さすがに米村氏に不安を感じざるを得ないし・・・・)に見合うほどの出来になるのかという不安を感じてしまいますが。

なにせ、先日終了したガンダム00は、話題づくりに力を注いだ挙句に、ストーリーがグダグダになってしまった節もあるわけで、話題づくりがいけないとは思わないけど、それでストーリーが犠牲になるのが当然とか構わないといわれるようなことが当たり前になってしまうのはやめて欲しいと思いますが。
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by kwanp | 2009-04-14 16:00 | 特撮