<   2007年 10月 ( 13 )   > この月の画像一覧

何と言うか・・・

契約者を半殺しにして、入りたかった会社の屋上に不法侵入させる兎のイマジン。バニーガールか、それとも、余興で、バニーの格好でもさせられたか、する予定でもあったのだろうか?

まさか、スパロボプレイヤーで、バニー地獄が脳裏にやきついていたとか言うんじゃないでしょうね(汗
注:バニー地獄に関しては、各自、ググってください。

そこへ駆けつける主人公。ソードフォームに変身するわけですが、相手のイマジンが弱いことに勘付いて、練習台に使うことに・・って、理屈はわかるが、10年以上前のどこぞの高校か!!

そりゃ、ライナーフォームで、主人公自身が戦うという、普通のヒーロー者だったら、当たり前の状態で闘うわけですから、剣さばきを覚えるのは必要かもしれませんが、必要以上に、弱い敵を痛めつけるのは、道義的には納得できないものがありますけどね。
そりゃ、意識は4イマジンが使っているけど、体は、主人公のものなわけだし、今まで、散々、戦いを切り抜けているわけですから、体が覚えていて、実践で闘ううちに、その記憶で、闘えるようになるというのは、無理なんでしょうかね?

つい、この間までプラットフォームで闘ったことは何度かありますが、その際に、そういうニュアンスの描写で善戦した(倒すまでもない)というようなことをやっていれば、ライナーフォームの演出にも一役買うjことが出来たと思うのですが・・・・・・。
それとも、4つのゼクターを一つにするという反則的な武器だったカブトの反省で、主人公の意識を前面に出して、バランスを取っているのかな?
ライナーフォームには、自分の力で強く慣れる要素があるのですが、最近だと、そういうのは受け入れられないのでしょうかねえ?

まあ、圧倒的なパワーアップが当たり前になった現状では難しいかな・・・。

それにしても、過去にいかれちゃ面倒だ、と過去に行く前に倒そうとするモモタロスですが、これ、描き方を気をつけないと、これまでにも、そういう努力しろととかいう突っ込みが出てきかねない内容ですが、これはこれで、微妙な問題だと思いますし、契約を完了させるにしても、今回は、入社したかった会社に侵入するというやり方でクリアしたわけですが、場合によっては、大きな被害が出てしまう。このやり方で、イマジンを倒すには、犠牲を看過することも考慮しないといけないため、問題外だし、タイミングよく、犠牲の出ないやり方で、契約完了しようとするイマジンだけ選ぶということも難しい。
結局、後手に回らざるを得ないわけで、契約を完了しないと、イマジンが倒せないという、設定上(どうにかならなかったのだろうか、という気もするが)の問題もあるのですが、せめて、犠牲を少なくしようという姿勢は、とって欲しい気もします。
今回のにしたって、、タイミングよく、弱いイマジンで、被害が大きくなかった、過去に飛ばれる前という好条件がそろったわけですが、過去に飛ばれたら、変身が維持できなくなるということを声高に叫ばれると、被害を少なくしようという意味合いもあるのだと思いますが、おもいっきり、人聞きが悪い台詞に聞こえてしまうのですけどね(汗
ヘタな言い回しは、逆に仇になってしまうのではないか、という気がしないでもないですが(汗

イマジンを倒した後、過去へ飛ぶわけですが、過去へ飛んだ時間に何か意味があるのでは、と考える主人公。今ごろになって、指摘するか、という気もしますが、いつものパターンから考えると、さいごまですっとぼける気だったのでしょうから、書くだけマシという気もしますし(この考え方もどうか、という気もしますが)。
まあ、桜井が必ずといっていいほど、いるので、そう考えるのも無理はないでしょうし。ただ、この桜井も本人ではない可能性もありますが、よくよく考えると、本人の可能性は高いかもしれませんね。
デネブが桜井と契約したとか言ってるわけで、仮に、あの桜井が桜井本人だと仮定すると、デネブや、刻の電車と契約したわけです。
ハナの例を見ると、彼女が電王になれないのは、おそらくは、許容量の問題で、オーナーと契約したことで、その許容量の多くを使ったからでしょうし。
後、ライダーパスは定期、ライダーチケットは切符ですが、定期は、ある程度の期間分を先払いするアイテムな訳ですが、切符の場合は、必要に応じて、買い求めるわけで、一回二回程度なら、切符を使ったほうが、定期を買うよりも、コストがかからないわけですし。仮に本物だとしたら、必要な許容量に応じて、ということは、考えられるわけです。ハナがそれをやらなかったのは、デンライナー契約のコストを使ったら、残りのコストでは、回数制限のコストすら残らなかったとか? あるいは、もしものために取っておいたということも考えられるかも(桜井も最初から、フルに使っていなかったし)。

本物でないとしたら、許容量を無駄に使わせようとする考えかもしれませんが(同じ期間使ったら、切符は定期よりも割高になるでしょうし)。
ただ、今回の内容から考えると、この可能性はかなり、低い気もしますけど(あのカイがいるから、ないとはいいきれない)。

ので、桜井が本物である可能性は高いのと、過去の桜井の記憶を持っているから、、あらかじめ待ち伏せしているのでしょうか(?) この場合、移動手段が気になるところですが・・・。

モモタロスたちは、カイのやろうとしていることに関して、何かしらないか、と訪ねても、「つられるかどうかは、こっちの勝手」、「過去を変えて、どうのこうのなんて、面倒くさい」とかいっているわけで、その指示に従わずに、勝手に行動していたわけですが、それでも、ハナがいなかったら、主人公の体を好き勝手に使おうとしていたのは、容易に想像できると思うので、彼らの台詞も、単位自分の欲望に忠実なだけでしかないのですけどね(汗

駅長にリベンジを誓うオーナーは、その辺を走るといって、列車の外を走っているわけですが、注を浮いているのか(汗

一方、主人公の姉は、桜井のことを思い出しかけるのですが・・・・・。彼女自身が思い出さないといけないことなのは確かですが、主人公が言うと、自を安全な位置において、適度に姉を支えれるポジションに酔うとしているように見えてしまうのですが・・・。
まあ、相手が自分で立ち直るということを信じて、手を差し伸べないというのは、場合によっては見ている人は、非常に苦しいのですが、主人公のような受け身で、自分から行動を起こさないタイプの場合、ある意味、ここちいい、ポジションではないか、という疑惑があるので、額面どおりには、受け取れないのですが・・・。

桜井に、主人公の姉の店に行かないか、と声をかけるも、店に行くのはやめるという桜井。先日のリュウタロスの一件で、主人公の姉から、自分の記憶が失われているという現実を、リュウタオロスがいくら、お姉ちゃんとなついても、彼自身のものにはならない、という現実に叩きのめされているのw見せられたことで、彼にとっても、主人公の姉は、自分の手の届かないところにいる、もしくは、いずれは消滅してしまう可能性を思い知らされたからか・・・?
主人公の姉に接していても、それは未来の桜井のことを忘れているので、いずれ来る未来のことを思い知らされるからか?
しかし、未来の桜井が戦いを終えたとき、やはり消えるのだろうか?

桜井の姿を見て、腕を振るって、料理を作って、桜井を元気付けようとするデネブ。自分を知る人たちから、記憶が失われていく現実をよこで、一番、見せ付けられているのは彼ですから、契約したときには、それが何を意味するのかわからなくても、一緒に闘っていくうちに、その辛さを理解したということは考えられますしね。
それでいて、彼にできることは限られているわけですからねえ・・・。
いいたけを嫌いな桜井に、それを食べさせようとするデネブですが、失敗に終わるものの、デネブを見ても、だれも驚かないって、一時期怪しい着ぐるみの集団が、近所一帯を歩いていたし。

それとも、イマジンとは、別口でいるのか、ああいった格好をしたのが、闊歩する光景を繰り広げている連中が!?

でまあ、デネブには買い物に行かせないと誓う桜井ですが、多分、どんな手をを駆使しても、食材を手に入れそうだから、無駄だと思う・・・・。

そこへ主人公が自転車で通りがかって、という久しぶりの不幸描写。といっても、相変わらず、不注意レベルのような気がしますが。
主人公が、姉が思い出したことを伝えるも、桜井は最後まで変身するだけだ、と答えるのですが、これは、己の決意が鈍ることを恐れているのか? それに自分のことを思い出しても、変身することで、また記憶が失われていくことになると思っているから、あえて、希望をもたないようにしているのか? ま、思い出したときに消滅していたら、そっちのほうが、彼女にとっては、残酷なことでもあると思いますし・・・・。だかr、あえて、そのことに、思いを寄せないで、突っぱねようとしたのか?

主人公の姉が思い出すことに期待しているところにあらわれるカイ。なんで、イマジンを使って、過去を変えようとしているのかと問い詰める主人公。しかし、カイは、それで、変えられた過去がよければ、というわけですが、万人にとって、いい時間などは存在しないわけですから、結局、会のやっていることは、自分に都合のいい時間を生み出そうとしているだけ。それを生み出すまでに、犠牲は多く出ているわけで、変えられた時間がよければ、何をやってもいい、手段を選ばないということになる。変えられた時間のよしあしの問題ではないと思いますし。第一、時間の改変なら、規模は違えど、主人公たちもやっているわけで、人のことは言えないわけです。主人公たちの場合は、その規模が小さくて、しかも、善事のほうに傾いているという違いで、ベクトルが違うだけですから。己の考えだけで、既に出来上がった過去を変えようとしていることには代わりがありません。
言ってみれば、時間を帰る側と守る側ではなく、単にやってることは変わらないけど、利害がぶ対立しているから、戦っているだけになりかねません。
そもそも、そういうことを口に出来るのは、自分が、その時間を変える犠牲になっていないから、そういうことがいえるわけですし(もしくは、自分がそういう犠牲になっても、そこで停止しているケース)。こういうたぐいのことを言う人物は、その可能性をかけらも考慮していない場合が多いですしね。

カイの前にあらわれるモモタロスたち。それで、興がそがれるカイ。今しか見れないやつに、といいますが、大局を見据えて、みたいな台詞も、結局、自分の目的の正当化か、それで、自分をごまかしているのか、誰かに刷り込まれているのか?
ブロックを、砂状態のウラタロスたちに投げつけるカイ。砂だから、大丈夫だろみたいな考えな訳ですが、こういうタカをくくった考えをしていると、自身が、そのしっぺ返しを食らうことも、少なくはないのですが、さて・・・?

イマジンを過去に送り込むのですが、カイがいるのに、契約者を放っていいいのだろうか(汗
そりゃ、何もしそうにないけど、無理やり巻き込まれた契約者の安全くらい確保しておいても、いいだろうに・・・。
今回の契約者は、桜井の先生だった人間で、桜井のことを忘れているあたりが、彼が数多く、闘ってきたことを、証明しており、その代償の大きさを感じさせて、哀しい。
その送り込まれた先には、桜井の学生時代。それも天文部の活動で、校外活動中。
桜井が旧式の望遠鏡の方が、見ていて、味があるといっているところへ、あらわれるイマジン。
しかし、今回は、桜井を消すのが目的だったために、桜井が爆発に巻き込まれて、亡くなってしまい、桜井も、消滅してしまうことに・・・・。
デネブをよろしく、というところに、代償つきで戦ってきたこともあって、彼らのつながりを、感じさせるものですし、今回は、桜井の払った代償の大きさが、残されたデネブの辛さとか、哀しさとか、桜井の戦いを、必要だったとはいえ、回りの人間の記憶が失われていく様を、横で見ているしか出来なかった辛さをダイレクトに想像させるだけに、ウラタロスたち、三イマジンが消えたときよりも、その哀しさを演出することには、成功しているのだと思います。
しかも未来の自分に誘導されているのですから、なおさら、その哀しさが強調されるでしょうし。

そして、ライナーフォームで、現在に戻ると、桜井が、変身するたびに、記憶が失われていたために、今回の過去で消えた桜井を覚えている人がいなかったということになり、喫茶店には桜井のいた痕跡は、まったくなくなっており、花で彩られているありさまに・・・・・。

まあ、主人公が、これを機に成長するきっかけになるための演出なのだと思いますが、こういう成長とか、チャンと戦っていかないと、と決意を促されるイベントが、ことごとく、身内がらみだったり、それ以外では、おざなりだったりするので、主人公を良く見せるための演出の域にとどまってしまうと思いますし、桜井が生きていることから、何とかなるという予測がついてしまいますし、しかも、ゼロノスがパワーアップするのがわかっているから、復活するのは明らかだし。

まあ、その予定調和を知ったうえでも、なお、その展開をどう見せてくれるかが気になりますけど・・・・・・・・・・。
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by kwanp | 2007-10-30 19:42 | 特撮

気になりましたので・・

菊葉さんの発言に注意した趣旨に関してですが、こちらも、「そうあるべきだ」という発言は、軽々しく使わないほうがいいというのと、「自分と異なる相手を軽んじる発言が目立つ」では、確かに、わかりにくかったので、それは言葉が足りなかったとは思いますので、こちらの気になった部分を説明させていただきます。

>つばを吐く

何もそこまではいってません。ただ、この間のコメントや、今回の勧善懲悪云々で、そうあるべきとかいってるように、自分の意見を主張するのはともかくとして、今回のコメントでは、勧善懲悪はこうあるべき、というようなニュアンスが必要以上に強い印象を受けましたので。

私個人は、勧善懲悪は、ヒーローものを描く上では大事だとは思いますが、今回の菊葉さんのコメントには、平成ライダーに関して、思うところがあるのは、わかるのですが、ヒーローものには勧善懲悪は必要というのは、ともかくとして、「徹底しなくてはならないはず」とか「こうあるべきでしょう」とか、いつになく、こうあるべしというような言い回しがいくつも見受けられましたから。
もちろん、そういうつもりはないのでしょうし、平普通なら、気にするほどでもないのでしょうが、この間のボンバーマンジェッターズの記事での「ニコ房~」云々の発言から、時間がさほど経っていないということもあり、気になりまして、注意させていただきました。ですから、発言の趣旨云々がどうこうというのとは違うのです。

考え方が近いところで発言しているから、安心して、そういう発言が、無意識に出てしまうのかもしれませんが、異なる意見の相手や、好まない相手に対する発言の一部に何を言ってもいいみたいなニュアンスを受けましたし、この間の発言から、間のあいていない時期の発言なので、気にかかりましたので、注意させていただきました。

ジェッターズの発言のときも、ニコ房云々の発言では、伊東誠を批判的に見ていたと菊葉さんはいっていたわけですし、かの台詞は、ネットのあっちこっち、海外でも言われていました。
しかし、皆が言ってるから、好きではない相手だから、そういう発言をしていい、という考えは、先日言った面白ければ、何でもありの考え方と大差がないですし、そういう類の台詞を言わなければ、それで大丈夫というものではないと思いますし。これが力の論理につながるので、この考え方にも慎重さは必要なわけです。
勧善懲悪の否定云々で、流行やニーズに乗っている人を指摘したのも、それが、正しい云々よりも、そっちのほうが進んでいるから、とか、そっちのほうがかっこいいから、あるいは、皆が言ってるから、そっちを選ぶということで、前述の考え方に近いから、というのもあるわけですし。
伊東誠だから、とか、好きじゃないやつなら、ああいう台詞を言ってもいい、自分の目的のためなら、手段を選ばない、正しいなら、そうするべきだ、というあたりに、自分と異なる意見の持ち主に対して、軽視する考えみたいなものを感じたわけでして、目的、理由があるなら、何を言ってもやってもいい、というのであれば、平成ライダーのそれに、形が違うだけで、ベクトル的に近いものになりかねないわけですし、菊葉さんがいっていた正義の押し付けにむしろ、近いものになりかねないのです。
ニコ房云々の発言と、間があいていない時期に、「そうしなければいけない」「そうするべき」という発言に、そういった考え方を感じましたので、今回は、大げさかもしれませんが、注意させていただきました。
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by kwanp | 2007-10-29 19:35

駅だったのか・・・

暴走したゼロライナーと、それに巻き込まれたデンライナー、しかも、パスはゼロライナーに挟まったままで、変身不能という状態。
モモタロスたちは、リペイントしたゼクトルーパーに襲われて、ゼロノスは、イマジン相手に戦ってという四方ふさがりの状態。

カイという敵は、リュウタロスに対して、「あれ、お前のお姉ちゃんじゃあないだろ」「桜井がいなくなっても・・・」とリュウタロスの心に動揺を与えるようなことをいってくるわけで。モモタロスの「俺たちはあいつと違うんだよ」の言葉が重くのしかかる。

まあ、イマジンというのは、過去を変えるためにやってきた、自分の欲望を第一に考える連中で、モモタロスなどは、未だに、暴れればそれでいいみたいなことをいっている。
自分の欲望にストレートだということは、自分の欲望がかなわなかったときの精神的なダメージがでかいわけですからね。
それに、自分が主人公の姉が好きなのであって、主人公の姉の幸せというポイントは考えられていないという状態ですしね。

こいつを乗り越えて、主人公の姉の幸せを考えて、行動できるようになったら、だいぶ電王のイメージも変わってくるのでしょうけど、残り三ヶ月で、そこまで、かけるかどうかが怪しいですし(少なくとも、クリスマス商戦で、大きな山があるだろうけど、この数ヶ月でも、そういうことを描ききれなかったのに、そんな成長をチャンと盛り込めるのかどうかが不安)。描いたとしても、桜井のカードがらみの演出や、クライマックスフォーム登場のときのような、表面上の絆をそれっぽく演出するということだけでしょうね。
まあ、桜井が好きじゃないということで、ゼロライナーを暴走させたリュウタロスの子供な部分が描かれているけど、そこから、成長して、大事な人が幸せなら、ということを短期間で書くのって、難しいことでしょうし。話自体をそこへ持ってくるのはともかくとして、中身が伴うかどうかが、一番、問題なわけですし。
商業主義がおおきくなったツケみたいなものを感じますねえ・・・。

カイは、「邪魔なやつらは一掃出来た、けど、一番邪魔なのは、お前だ。リュウタロス」とリュウタロスをけしにかかるわけですが、一番子供じみていて、しかも、ずるがしこいというある意味、敵にまわすとたちが悪い人間なのかもしれない(汗

しかし、カイの役者さん、ブレイクダンスとかはうまくないなあ・・・。それから攻撃に転じて、リュウタロスにダメージを与えるわけだけど、意図して無いだろうけど、これで攻撃食らってダメージを受けたら、精神的な打撃は大きいだろうから、ある意味、カイのキャラクターをうまいこと表している攻撃なのかもしれない。

ダメージを追うのは、リュウタロスじゃなくて、主人公と指摘するわけですが、主人公の体を使って出ないと、07年では、実態を伴った行動は出来ないわけですし、契約しても契約が終わったら、縁が切れる。どちらにしても、主人公の体に何かあったら、主人公の姉が悲しんでしまうということに思い至ったのか、ショックを受けて、動きが鈍ります。いや、これは考えが発展しすぎで、お姉ちゃんに嫌われるかもという感情のほうが、この時点では、妥当かな。

まあ、登場した頃のリュウタロスも、相当、危ないやつだったのに、いつのまにか、大人しくなってしまってたし。いつ頃からか、ヘッドフォンはしていたとのことですが、それだけじゃあ、伏線としては弱いだろうし・・・。
イマジン自体、前述したように、自分の欲望第一な連中なので、リュウタロスの今回のような状況も、主人公たちに接してきて変わってきたというよりも、主人公たちと一緒にいるのが、自分の欲望かなえるのに、都合がいいだけで、本質的には、全然変わっていないというみ方になりますしね。

仮面ライダーというヒーローに必要な、正義の心を持って戦う怪人というには、まだ到達していないし、それを主人公に求めているなら、これはこれで、主人公が、その役目を追うにいたってないといわざるをえない。状況に流されているだけで、自動的に話が進んでいるから、そういう気になっているというところがおおきいし。

ハナが、主人公の成長を妨げているというのが大きいのですよね、実際・・・。

ハナがいらないというより、ハナがイマジンを押さえ込むのに、その役目を任せきって、受身に徹していたから、なあなあの状態になったと思うわけですが。
まあ、最近の話では、いずれ、一緒にいられなくなる、ということを匂わせているわけですが、ライナーフォームの場合は、主人公の自我で戦わないといけないわけですから、そこから、不幸によって、他人にやさしくしてもらうことに慣れきった状態をどうにかするということが書ければ、まだ、何とかなるのかもしれませんが・・・。

しかし、ゼクトルーパーのリペイントを使わないといけないというように予算的には苦しいという話を聞きますが、不幸に酔ったままの主人公、コミカルなキャラ付けをしているけど、自分の欲望に忠実なイマジンたち、腕力で、イマジンを抑えて、主人公の成長を妨げているヒロイン(?) 商業主義が露骨過ぎるストーリー展開(汗)しかも、辛そうなこと、苦しいことは、ほとんどといっていいほど、スポイルしているわけで、ゼクトルーパーのリペイントを使わないといけないほど、追い詰められたのは、ある意味、自業自得な気がするのですが・・・・。

なにしろ、復活してからのゼロノスもぽんぽん変身しているのですが、まあ、敵がそれだけ強大になっているというのはわかりますから、そうせざるを得ない状況なのは無理も無いとして、代償とかが、かかれないというのは、決意の重さが引き立たなくて、体裁を取り繕っているだけととられかねない(HPでは、前は、残り何枚と表示されていたのに、復活してからはその表示が無い)。

自分の体を得体の知れない何かに振り回される恐怖とか、それを乗り越えることで、培われる心の強さ、大事な何かを引き換えにしても、使命を果たさずにはいられないといった決意など、そういう部分を描くのを、コミカルな演出をする、もしくは、商業主義を前面に出すということで、怠ってきたから、リペイントのゼクトルーパーを引っ張り出さざるを得ない状況にしてしまったのでは、と思えますから。

少なくとも、井上&白倉コンビにいつまでも、頼りきっている状態では、来年のライダー(あるとすれば、ですが)も似たような状況になると思いますし。まあ、受けるものを作れるというのは、認めますが、勧善懲悪の否定に拘りすぎる嫌いがあるので、表面上だけ、正義のライダーを書いて、体裁を取り繕いますし、それで、受けなかったら、正義のために戦うライダーがファンに受け入れられていないと決め付けて、また、自分のためだけに戦うライダーを作りたがりそうですから。

ついでにいえば、クウガ以降、続けられてきた、毎月のように商品を出すような商品展開も、どこかで、大幅な見直しを迫る必要は出てきていると思いますし。

でまあ、ターミナルのほうでは、モモタロスたちが、本来の姿で戦っているわけですが、ある意味、フルに力を発揮できるわけですけど、劇場版では、忍者といった雑魚兵士、今回は、ゼクトルーパーのリペイント、戦う相手が雑魚過ぎるような(汗
それはさておき、ウラタロスがリュウタロスの様子がおかしいことと、何か関係があるのではと指摘して、モモタロスが言いすぎだ、と言うわけですが、あくまで、同じ体に居座っている共生関係の域を出ない間柄で、なあなあな関係に、いつのまにかなってしまったわけですから、本当のことをいうにしても、言い方を選ぶような、配慮が生まれてくる関係とも思えないですしね。
そもそも、自分の欲望をストレートにかなえたいとか言う連中ばっかりですし・・・。

しかし、ココから、残り三ヶ月で、物語を消化し切れたら、最後の最後でライダーになったといえる結果もありうるかもしれませんね。可能性的には低いだろうけど。

デンライナーが大変なことになっているところへ、オーナーはというと、チャーハンを使った、はた倒しを駅長とやっているオーナー。
彼らの話によると、ターミナルは、分岐点を監視するためのものだそうですが、分岐点となるか、他の路線が存続の可能性がまだあるということは、一本道なのでしょうかね?
しかし、刻を行き来する列車って、この説明をみると、タイムパトロールの行き着く先のように見えてしまう気が・・・・。

何しろ、タイムレンジャーでは、本来あうはずの無い人間同士が結ばれ、しかも子供まで生まれてしまうという結果を残したわけですし。それだけでも、1000年、2000年と人間の歴史に与える影響は大きいものだと思いますからねえ・・・。
その時代の人間と契約して、というシステムも(タイムパトロールからの技術流出か?)、そういう教訓から歴史に介入することで、大きな影響を与えないように考え出されたシステムではないか、と思えるところもありますからねえ・・・・。
ただ、組織そのものは、崩壊しているか、なにかで、機能していないのでと思いますしね、劇場版などで、デンライナーがジャックされたときに、なされるがままだったり、ガオウの発言とかを見ると。
個人的には、キバライナーは、地球と契約した電車ではないか、とにらんでいるわけですが。

悠長にハタ倒しなんてやっている場合か、というモモタロスに対して、駅が探していると答えるオーナーと駅長(汗 キングライナーが大写しにされるわけですが、駅だったから、あんなにでかかったのか(笑

一方、リュウタロスは、主人公の姉の下に向かうものの、弟じゃないということを今更ながらに看破されるわけですが、主人公の姉は、リュウタロスのものじゃない、ということを強調するにしては、唐突な演出という気がしますね。
それに対し、桜井は、周りの人間が、自分のことを覚えていなくても、その人たちがいる時間を守ることを決めているわけで(ただ、この経緯に関しても、自分で一から考えたわけではなく、未来の桜井に誘導されて、というのが、引っかかる気もしますが)、リュウタロスに対しては、字部の欲望をストレートにかなえようとするのと、大事な人が幸せだったり、無事であるならば・・・という対比は成立するわけです。
ただ、逆にリュウタロスは、カイの指令を無視しているのに対して、桜井は、未来の自分の誘導されて戦っているわけで、それを己の意思だと思っているところがある(未来の桜井が、本当に未来の桜井である保障は無い)。ので、その違いが、後々、二人の戦いに大きな影を指すのか?

デンライナーとゼロライナーを見つけ、動き出したキングライナー。駅が動くということに対して、「そんなことあるか」と一蹴するキンタロス。おい、未来から過去へきた、というのも、十分にそんなことあるか、のできごとなんだけど。

分岐点とともにあるということで、駅だって走るということですが、デンライナーよりも、一回りおおきい電車というデザインは、ストレートすぎて、物足りないですね。
欲を言えば、全ライナーを収納できる格納庫みたいな形で、デザインしてくれれば、と思うけど、ブラキオサウルスの時は小型サイズでしたし、リボルバーマンモスの時は、毎月出るのがカラクリボールということで、ロボット自体は、旋風神、轟雷神、天空神だったからフォローしきれたところはあるわけで、最近のように、毎月マシンが出るような状況だと、アイテムの大型化はどうしても避けられないから、こういう形に落ち着かざるを得ないのかな?おまけに、連結して長さをいくらでも増やせる類のアイテムだし。
せめて、プラデラサイズで、食頑対応でいいから、ライナーを全車両収納できる機知が欲しかったかなとは、贅沢か・・・・。

まあ、新しい路線や、キングライナーのデザインは先に出来ていたのでしょうから、ひょっとすると、ハナが小さくなったことで、これらも設定の変更を迫られたのでしょうかね?

主人公たちの前にあらわれたカイに、主人公は、狙うなら、自分を狙えと言ってることは、主役らしいわけですが、イマジンたちを狙われても、結局、自分が傷がつくし、それを止めれなくて、今回のような事件が起これば、後味が悪くなるわけですし、桜井の目がありますから、自分を良く見せるためのパフォーマンス意味合いも強いでしょうね・・・・。

タイミングよく駆けつけたデンライナーから投げ渡されたパスを手に取り、変身する主人公。
興が冷めたカイは、自らの体を開いて、イマジンを過去へ送る(汗 って、その日付、カブトの第一話の放送日じゃないか!?
そうか、たしかに、天道に近いところはあるかもなあ、カイって・・・・・。あれは井上氏をモデルにしたキャラだという話し出し、ある意味では、平成ライダー批判の最たるキャラになりそうですねえ。

自分で過去への路を開けるというわけですけど、契約が完了したということは、今回のイマジンとの契約者終了して、過去へ送ったということでしょうけど、イマジンとの契約を何度もやっているから、過去への扉を開くのに手馴れていて、ああいうことが出来るのか、あるいは、本来なら、デンライナーのような列車の客になるか、特異点として生き残ったかしたのが、ガオウのような刻を行き来する連中のように、ヤバイやつらが存在していて、そいつらに拾われて、イマジンを過去へ送り込む道具にされたのが、カイなのかも? だから、07年周辺の時間の記憶をもっていて、イマジンを送れるとか?

劇場版のときにも思ったけど、刻の中では、ガオウのような連中もいるのに、そういう連中を取りしまるやつらがいないわけですからねえ。ガオウ以外にも、そういうのがいると見たほうが当然でしょう。
カイは登場したときのリュウタロスを思わせるようなやつなので、同じように使われているということも想像しやすいですし。

過去に飛んだイマジンも、ライナーフォームで倒し(しかし、前半の複数ライダーやフォームを出なくして、後半に出るパワーアップライダーの出番を多くするのが、最近のやり方なんでしょうか?」、とりあえず、事態は収まったわけですが、皆が、食堂車の片付けをするなかで、ひとり、隅っこでうずくまるリュウタロス。自分の感情を先走らせたことで、こういう事態を招いたのを、さすがに悪いと思っているのか、それとも、主人公の姉のことを思っているのか。

主人公が、リュウタロスに、止めれなかったし、姉のことでも桜井のようなことは言えないとかいったのに対して、リュウタロスが、主人公に謝るわけですが、これはおそらく、己の取った行動が、主人公の姉を悲しませることにつながるということに対して、だと思いますけど。この小さい変化が、後に、ヒーローになることへ昇華されるのにつながりそれを納得させられるのなら、悪くない作品になるとは思うのですが・・・・。
モモタロスが、「聞こえないな」といって、もう一回ごめんなさいといわせようとするのですが、姉に対しては悪いとは思っても、モモタロスには、悪いと思っていないのか、照れ隠しもあるのか、モモタロスの馬鹿と叫んで、おどけて、食堂車から出て行くわけですが、通路のところで、主人公の姉の絵を広げて、それを大事そうに見るわけですが、もうちょっと、リュウタロスの子供ゆえの残酷さとかをかけていれば、姉が大事ということや、そこから、この先、主人公の姉や、彼女が生きている世界を大事にしたいということに、行動理由が発展していくであろう過程も、もと魅力的なものになっただろうなあ、と思うのですが・・・。
ただ、ライダーで女がらみのネタは、女性キャラが無事なら、ヘタレで終わるけど、そうでない場合は(いや、女性キャラが死んでもヘタレなのはいたけど、あれは別格だしナア)、女性キャラが死ぬという悲劇的な結末になることが多いから、このリュウタロスのエピソードでまってるのって、ひょっとして・・・。
ラストのほうで、不幸な主人公ゆえに、彼を守っていたものが失われる、もしくは、別れを告げることになるということになって、自分の足で進んでいかないといけないという風になるのなら、ライダーとしてはともかく、主人公の成長物語としては、そこそこいけるのかもしれない。

そして、空をうつろな笑顔で見ているカイ、何をたくらんでいるのやら(汗

しかし、よくよく考えてみると、鈴村さんのキャラって、女性に人気のあるのもいるし、生粋の弟属性だから、女性ファンの興味を引くには、やりやすいのかも・・・。
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by kwanp | 2007-10-25 08:03 | 特撮

身につまされるなあ・・・

今週の絶対可憐チルドレンの4コマのあるネタが(汗

それはさておき、今週は早速ハイキングのネタなわけですが、民明書房なみの説明がのっけから書かれているわけですが、ラジカル庭球団のねたはいっていませんか、これ?

いや、確か、あのコミックスで、主役の少年が、テニス部に入部するエピソードで、高尾山で修行してきたネタがあったのですが、コミックスは行方不明なので、今度ブックオフで探してみるか・・・・。

まあ、結局のところ、ハイキングをサボりたいお嬢の理論武装なわけですが、マリアさんに一蹴される始末(汗 母親代わりとすれば、当然といえば、当然ですが。
ハヤテも、都民なら、一度は登る山とかいうわけですが、お嬢は皆が気軽にやってるという理由で手を出すな、という逆に突っ込みを入れたい理屈を口にするわけですが。

そもそも、ハヤテの場合、面白ければ、なんでもいいとかい理屈で、許容しているファンも多いわけで、しかも、そういうファンに支えられているわけです。
先週の話でも、友達がいない、東宮の坊ちゃんのネタでいじめを誘発しかねないとかいう心配もささやかれておりましたが、それを言うなら、4月3日の咲夜の言動も、受け取り肩によっては、いじめの誘発になる可能性だってあるのですけどね。

何しろ、仲間内で、頼りになるお姉さんみたいな役回りだった咲夜が、誕生日プレゼントに笑いをプレゼントしろ、ここまではいいわけですが、それをいいことに、マリアさんに突っ込みいれろと、他人に要求したり、誕生日を祝いにきた友人を、いきなり、観客が見ているところで、芸を披露させて、そのすべりぶりや、反応を楽しむなんて、事をやっているし、しかも、自分は、観客席でふんぞり返っている。あれで、自分から、笑いを取る行動を取っていて、率先して滑っているなら、まだ、笑いをプレゼントする言動も、許容できるものですが、一歩間違えれば、仲間内の力関係に物言わせて、立場の弱い人間に、無理を強要する内容になりかねないところはありますからね。
ああいう描き方をしている辞典で、その手の問題に配慮する神経を持っていないと思うので、野々原がイギリスに行ったねんて、ネタは、あの事件のことも合って、表面上自粛しているだけではないか、と思いますし。

大体、仲間内の事故などは、遊び気分でやってるうちにうっかりと起きてしまうものが少なくないわけですしね。軽い気持ちでやっていて、人死にが出るなんてのは、良くある話ですのですから、受けてるからって、軽い気持ちでやっていると、そういう形でしっぺ返しがこないといいのですが。

まあ、ハヤテファンの間でも、面白ければ、なんでもあり、大歓迎という意見がありますが、商業作品における面白さとは、見方を変えれば、数の多いのが面白いと思うことであるわけで、ただ単に面白ければいいというのは、長いものに巻かれろということであり、思想や、信条など持たずに、そのときそのときの、数が多いほうにつくというだけのことで、それはそれで、ひとつの生き方ではあるだろうけど。ただ、単に面白ければいいというのは、考え無しに、数の多いほうにつくといってるのと、ある意味大差ないわけですから、考え無しにそれをやるというのは、ポリシーでもなんでもないわけですよ。しかもそれを変に、理論武装して、正当化したところで取り繕いきれるものでもないですから、面白ければ、なんでもアリというのは、勢いだけや、考え無しにやったところで、長くは続かないものなのでと思いますからね。
それに風向きが変われば、流行というのは見向きもされないものであり、流行に乗っただけなら、その時期が過ぎれば、忘れ去られてしまうものだし、次のニーズを察知したところで、そういうスタイルでは、表面上まねできたとしても、根本まで学びきれないのがオチな場合もあるので、必ずしも生き残れるとは限らないし。

もっと、身も蓋もないことを言うなら、流行っているということは、同じものに飛びつくのは、他の人間も同じということであり、個人レベルでやるなら、ともかく、商売でやるなら、他と同じことをやっていても、差をつけるのは難しい。

結局のところ、面白ければいい、という考えも、作り手の思想が無ければ、それで行き続けるのは難しいわけで、これはこれで、面白ければ、それでいいというような単純なものではなくて、本腰入れてやると、物語性やテーマを追求するのと同じくらい、手間のかかる芸当ナ訳ですし。
そういう作品が、流行が去った後でも、好まれるには、いつの世も変わりない、人間の心理というものがどこかにないといけないわけですからね。
意外と、思想や論理を必要とするスタイルなんですよね、面白ければ、なんだっていい、というのも。それと、色々な考えを知り、それを受け入れられるだけの懐の深さも必要ですし。

でまあ、マリアさんは、先日倒れたことを引き合いに出すわけですが、4月4日は、倒れていたわけですし、それ以降もバイトをするなら、お嬢のペースを考えたうえで、バイトをさせざるを得ないわけですからねえ。荒療治で、ぶっ通しでバイトさせるというやり方もありますが、マリアさんの、体力云々の発言から、それはなさそうですから、やったとしても、1回くらいですかねえ。
ただまあ、先週のともだちパロから考えると、ひょっとすると、桂妹が、お嬢のいない穴をうめていた可能性もありそうですけど。

というのも、意を決して、ハヤテを好きになったことを打ち明けたら、受け入れられたわけで、ある意味、責められたほうがはるかにマシな状況ですからねえ・・・。スタート時から、好感度の高いキャラというのは、順風満帆というより、お邪魔キャラ扱いされる傾向が強いですからねえ、以外とうたれ強くないとやっていけないというか、なんというか・・・。

ようするに、それ系のキャラであろう西沢(作中では、そこいらへんの要素は抑え目に書かれていますが)と顔をつき合わせて、同じ店で、短時間でも、一緒にいるということは、それだけで、桂妹の方は、3日のことをより、意識することになるはずですから、平静でいられるわけが無いでしょうし。
そういう精神的な部分が、日常生活に影響を及ぼさないわけはないでしょうから、そんあおりに、学年主任になった志織が作ったであろう、あの名簿。
うっかりとOKとか出して、受け流してしまったとか、あるいは、阻止しようとしても、その精神状態で、うまくいくはずもなく(意外と流されやすいところありますからね、彼女)、結果、認めざるを得ない状況になったか。
これは仲間内で騒いでいて、何かの勝負をやって桂妹が負けて、クラス全員が覆面をするということに、他のみんなが乗りノリで、彼女も言うことを聞かざるを得ない状況になたとかも考えられそうですが・・・。

大体、4月3日から、新学期までの間、桂姉妹&三人娘&生徒会面子がおとなしくしているわけないじゃないですか。

ついでにいえば、お嬢が、翌日は休みで、ハヤテも来ていないのに、西沢が、黙ってるとも思えないわけで(汗やっぱり、桂姉がお嬢の代わりに働いて、ひと悶着あって、それどころじゃなかったのでは? とか、想像しちゃいますし。

でまあ、ハイキング当日、ともだちパロのまま、やってきた生徒に、それはいいからという桂姉。
いっそ、そのまんまの格好で通したほうが、ネタとしてはいいのでは。このあたりの不徹底さから、先週から、もしやと思っていたわけですが、このネギま&ともだちパロって。本当は、三周年のネタで用意していたやつじゃなかったのか、とうがった見方をしてしまうそうですが。

たしか、バックステージVol.150/2007年9月26日では、


>スミマセン。
16ページでオチまで辿りつけませんでした。

とかいってたわけで、予定通りに話が纏まらなかったようなことを匂わせる発言をしていたようですし、もし、予定通りに、話が進んでいれば、新学期の話が、三周年目になる可能性があったのかもしれませんしね。
なにしろ、一周年目は、第五話でやろうとして、出来なくて、しかも、コミックス一巻でも修正していなかったパピヨンネタをようやく引っ張り出してきたし、二周年目では、100回目が99週だったので(開始の週に二話掲載をやったから)、数ページだけ、お嬢のマンガを載せるというようなことをやっている(前頁掲載なんてやったら、他に嫌がりそうな人が、サンデーにいそうな気もするし)ように、やってるネタは、結構、安全確実そうなのを選んでいる。
そこへ、ネットで認知されている、赤松氏がらみのネタですから、やっても大丈夫なネタと見ていいでしょうし。無理に、三周年に合わせて、話を書こうとすれば、またどこかで、ポカが出ますし、三度目ともなれば、4月3日の評判もあいまって、いいかげんあきたという声も出てきそうですしね。
無理をせずに、そのまま一週か二週の遅れのまま、掲載したのでは、と思える部分もありますし。

ついでにいうと、こういう覆面をつけたまま、描き続けたら、手抜きだと批判されるのがオチってのもあるのかもしれませんが。

桂姉が、ミニスカ、ハイヒールで、山なめるなということを得意げに言うわけですが、ハイキングに行く山でも、なめてかかっていると、事故は起こりうるわけですから、桂姉の真似は、良い子も悪い子も、決してやらないように!!

ハイキングに行く山でも、死人が出るときは、死人が出るんです。

ので、ハイキングでいける山ということで、軽くみていると痛い目をみますからねえ、実際。

っていうか、桂姉の場合、酒飲んで、はた迷惑なことをする反面教師的なキャラのイメージが強いけど、これは強調しすぎじゃないのか、という気がしますが。
まあ、酒浸りの日々でも、動体視力は、人並みはずれているみたいですから、そういうことを強調しようとしているのかもしれませんが、桂姉って、普段は、馬鹿な部分はあるわけですが、そういうことはしっかりとわかっているキャラだと思うのは、買いかぶりすぎなんでしょうか?
こういうあたりも、馬鹿なことをやるはた迷惑な人間は、四六時中、馬鹿な言動をするみたいな考えみたいなものを感じるわけですが(そりゃ、この手の作品にはつき物かもしれませんが、程度というのがある)。
このあたり、執事の職務はしっかりと調べていても、執事ものとしてみられない一因なんじゃないか、と思えますが。

ぼやきながら、歩くお嬢。マリアさんいわく、ハヤテはお嬢に甘いとかいってるわけですが、ハヤテの場合は、必要とされていて、なおかつ、楽が出来そうな相手だから、お嬢を選んだと思える部分がありますしね。
しかも、場合によっては、己の欲望を満たすことを優先する。そんな人間が、相手のKと尾を思って、しかも、その人に良かれと思うことを考えたうえで、行動できるわけないじゃないですか。

もっとも、そういう批判がある上で、そういう声に対して、自覚していますよ、というポーズを取るために、そういう描写を入れている可能性も考えられますしね。
27話、28話だって、本質は変わりなくても、見せ方が違うだけでしたしね。桂妹に対して、ギャラリーが誰もいないところで、戦って、彼女相手にフェアプレイの精神で戦ったなら、アニメのハヤテの方がマシと思えたかもしれませんが、観客がいるから、迂闊な手段をとって戦えないという考え方にも見えましたしね。
アニメに刺激されるとか言って、そういうと頃だけ、しっかり見習うなんて、やな傾向になるんじゃないのか、という嫌な予感を禁じえませんが。

でまあ、東宮の坊ちゃんを引き合いに出して、あれよりはマシって、それはちょっと・・・。

しかも、虎鉄まで、一緒の班だし。

めぼしいキャラを一緒くたに纏めておいたほうが楽ですからね。

東宮をどうするという泉のといに、放っておくわけには行かないというハヤテですが、マラソン大会の時には、お嬢を担いで、先へ進んでいたように、自分の利益が直接関係ある場合は、そういう手厳しいことはいいません、ハヤテは。

しかし、主従が一緒のクラスの場合は、一緒の班に入れているのか? 泉の場合は、虎鉄が、ハヤテに迫って、何かしでかす(おしおきを期待?)とか、お嬢と仲がいいとか(恋敵といっても、伊澄や桂姉と違って、実現する可能性が低いからであろうが)、そのあたりの理由はあると思うけど。

追い詰められた東宮が、近道とかいいだすわけですが、こういう切羽詰ったときの近道は、何事も、逆に遠回りになってしまうのがオチです。追いかけるハヤテ、さらに、それを追いかける虎鉄と、遭難フラグまっしぐら・・・。

ワタル、伊澄、愛歌の面々も、迷子になっているわけですが、先が一緒の学年という設定が無くて、本当に良かったよ。さらに大惨事になっていただろうし。しかし、愛歌は体が弱い割には、執事とかはついていないのでしょうかね? まあ、弱点帳みたいなものを持っている辞典で、別の意味で、お目付け役は必要に見えてしまいますが(汗

シスターなら、偶然、通りかかったとかいって、この遠足についてくる可能性もありそうですが。

まさか、そのあたりを愛歌に見られて、弱点帳にかかれるとか言うオチなのでしょうか?

まあ、彼女の場合、そういう弱点帳とかは、体が弱い生い立ちゆえに身に付いた虚勢なのでは、と思える部分もありますしね。お嬢の母親も、いいかげんそうな性格ですが、自己防衛みたいなところもあると思うので、似ているから、帝が目をつけたのではないか、と考えられますし。

ミニスカ、ハイヒールで、平然と上っている桂姉。酒浸りとはいえ、運動神経が、常人離れしているということもあるのでしょうけど、本当に妖怪なんじゃないだろうな、彼女? そういう疑惑なら、他にもハヤテが当てはまりますけどね。
女は、20代後半になるととかいっていますが、それにしたって、山に登るときは、服装選びます。まさか、山登りにうってつけの服装が洗濯中とかいうオチじゃあ(汗そうでなかったら、まほろまてぃっくの式条先生とか、陰陽大戦記の間宮 ユミみたいな言動取らせて、それっぽいイメージのキャラということで、お笑い担当の位置を確保しようと開運じゃないでしょうね!?

たしかにそう見られやすいキャラではあるけど、桂姉は・・・・。

しかも、妹の弱みを二口にするとか、リアル姉みたいな言動を取っていたりするわけで、リアル姉描写がうまい作品は、いい作品が多いのですが、そういう傾向に乗っかろうとかいうんじゃないかと、勘ぐってしまいそうですが(汗 この作品、どちらかといえば、姉描写は、そういうリアル姉寄りとは言い切れない部分がありましたし。

今年の秋のアニメも、DC2や、みなみけというように、露骨に姉アニメとわかる作品から、さりげなく姉キャラを出している作品まで数多くありますし、おまけに姉萌えの先陣を切っているマロンソフトが新作を出したり、らきすたの小説版というように姉萌え派が喜びそうな作品が今年は多いわけですからねえ。
おまけに、おまけにひとひらのように、作品としても、しっかりと描かれているのはもちろん、リアル姉描写としても、勘弁してくださいといいたくなるようなシロモノを描いていたり(おおきく振りかぶっても三橋は、姉キャラのいとこに頭が上がらないという描写がある)と、今年受けている作品には、何らかの形で、姉要素が入っているのが多いんですよね、これが。

畑氏の場合、そういうのにあやかろうとして、桂姉の出番を増やすような話を二週続けてやっているのではないか、と思うのですが、4月3日の咲夜の時みたいに、悪趣味な言動や、変な方向にゆがめられた描写を強調しそうで、いやですけどね(既にされている気もするけど)。

あの咲夜見たいな描き方されるくらいなら、個人的には、出番が無いほうが、マダマシだと、私は本気で思っていたりします。

でまあ、桂妹を呼び出して、遭難した連中を探そうとするわけですが、桂姉も、泉を連れて、飛び出して、遭難者の仲間入りに(汗

しかし、桂姉の場合、何か起こるのは、前提で、クラス編成していそうだとは思いますけどね(汗まあ、何も無ければ、それに越したことは無いのですが・・・。

東宮のぼっちゃんと虎鉄といっしょに、ものの見事に迷ったハヤテ。しかもノロイによく似た動物
に襲われるというオチで来週へ続くわけですが・・・・。


しかし、ハヤテにとっては、特にならない連中と一緒に遭難しているわけですが、この面子でのピンチの切り抜け方で、ひょっとしたら、ハヤテの成長がかかれるのかも、と、万が一の可能性も、過剰にならない程度に期待し得ときたいところですが、ハヤテをよく見せるための引き立て役で終わるのがオチでしょうねえ、十中八九。

最近の描き方をみていると、大部分の男性ファンが喜びそうな萌えやネタを提供する書き方と、序盤のように一癖も二癖もありそうな連中が、事態を引っ掻き回す展開の仲介みたいな下記方を模索しているように思えるのですが、アニメを見て、原作に興味をもった人間が見ても大丈夫なように話を書こうとしているのかもしれませんが、この二年余り、男性ファンが喜びそうな話の書き方に力を入れてきたわけですから、そういう書き方は、よっぽど、力を入れないと、どっちつかずに終わってしまって、元からのファンまで、失いかねない危険な状態になりかねないと思いますが。妙なところだけ、アニメを見習っていそうで嫌なんですが・・・。
新しいファン層の開拓をしようとしているのかもしれませんが、大部分の男性ファンから、アニメを見ている子供や、その親が喜びそうな、芸風に変えるとしても、序盤をみて、期待して、その期待が肩透かしだった身から言わせてもらえば、これまで、作品を支えてきた、男性ファンをばっさりと切り捨てるような危険性もあるので、ファン層の開拓をしようとしているのであれば、慎重にしたほうが言いと思いますけどね。
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by kwanp | 2007-10-24 13:12 | コミックス

その男、ラッキーにつき、最凶

THE HITMAN!  堀井 覚司 (現 松枝尚嗣敬称略)

90年に月刊ジャンプで連載されていた作品。着ぐるみを常用する殺し屋ラッキージョー、女好きで目立ちたがり屋のスナイパー、そして、紅一点のユーコが、トランプの絵札の扮装をした、ハヤテよりも巨額の借金を抱える殺し屋兄妹や諜報組織や殺し屋を月給性で抱える変態組織、左利き至上主義のテロ組織と騒動を繰り広げていく、殺し屋コメディ。

ちなみに最初は、ジョーとピートがコンビを組んでいたのだが、マンションの隣に住んでいたユーコも巻き込んで、トリオを結成することになる。

ちなみに、ジョーと関わって、身を持ち崩した人間は多いのだそうだ(ピートも昔は、まともだった)。やっぱ、個性的な人間と関わると、ペースを引っ掻き回されるのねえ・・・・・・・。

しかし、裏稼業、三人組みの構成、着ぐるみと、前の二つなら、似たような作品はイクラでもあるだろうが、この三つが全部かぶってる作品って、わたしは、フルメタルパニックぐらいしか知らないぞ(汗

松枝尚嗣氏のブログ(現在、半復帰状態だそうです)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~matsueda/

えっ、なんで、この作品紹介するかって? そりゃ、今日のガンダム00で、刹那のマンションの隣が、作中で出てきた学生という設定で、ガンダム00がガンダムWやフルメタを髣髴とさせる作品で、フルメタ=ボン太くんという発想から、ザ・ヒットマンに発想が飛ぶのは、さほど、不思議ではないでしょう?

あの場面のおかげで、刹那がジョーに見えてしまって、内容が吹っ飛んでしまったので(汗
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by kwanp | 2007-10-20 21:24 | コミックス

さて、新学期ですが・・・・

てっきり、先週続くのかと思いきや、続かずに、今週から新学期で、ハヤテは進級できたようで・・・。まあ、ぎりぎりだと思いますが。

新学期ということで、お嬢も早速、仮病で、学校をサボろうとしているわけですが、
そういえば、三学期の初めもさぼろうと、あれこれとやっていたような・・・。

しかし、お嬢のような性格の人間に、学校に行けなんていうから、逆に意地になっていかないのでは、と思うのですが。

人によって、効果が違うから、突き放せなんて、いえないですしね。

しかし、いくら、白皇学園が、救済措置のない学校とはいえ、一応、不登校の生徒の家に、顔を出して、様子を見るくらいはやるだろうに、そういう描写がないわけで。
桂姉だったら、十中八九、これ幸いとばかりに、三千院家で飲み食いしたり、何かやらかしそうな気もするのだが(もちろん、ついでであって、面倒見はいいと思うがね)、それを毎日のようにやられていたら、さすがに、学校に出たほうがマシということになる可能性もありそうだが、よく考えたら、マリアさんとかが、あまりにしつこいと、ストップかけるだろうし、しかも、桂妹がいるから、即座に、桂姉の耳を引っ張って、連れ戻しそうだからなあ・・・。

それ以前に、職員室で、家庭訪問をいいことに、飲み食いするつもりだろとか言われて、ストップかけられるのがオチか(笑

今週のサブタイトルは、とどのつまりは、ハタから見ているのと、身近で見ているのでは、印象が全然違うというわけでして、

よく考えたら、昔の桂姉のためにあるような言葉なのでは、? とかいう気がしますが。なにせ、昔は、今ほど、性格に拍車がかかっていなかったわけですから、実態を知らないやつとか他校生が、遠めにあこがれるとか言うシチュエーションがあったという可能性は否定できませんが。

そういえば、親が残した借金を抱えて、妹の面倒を見ながら働いていたわけですが、ガンプラ教師いわく、今ほど、はちゃめちゃな性格じゃなかったということは、借金返済時期の初めの頃は、そのシチュエーションと見かけに騙されてたやつは、いただろうなあ・・・・。

まあ、春休みの桂姉がらみのネタは限られているけど、逆にいえば、桂妹は、生徒会活動とか、自分の色恋のことで手一杯で、いつも以上に隙が出来てるだろうし、妹の目の届かないところで、儲け話に手を出していたんじゃないだろうなあ、とか思えてしまいますが。

ガンプラ教師は、ガンダムOYWとか、この頃出ていた、MGガンダムのOYWバージョンとか、種デスのキット作るのに忙しかったと思いますが。

何しろ、この頃、ガンプラの質がどんどん向上していったわけですしねえ。

新学期ということでダルいと連発している桂姉に、担任へ復帰という話が舞い込みますが、新学期にいいますか、それ? それとも、連絡がつかない場所にいたということでしょうか?

しかし、考えてみれば、春休み中に三千院家への侵入を試みていたわけですから、ひょっとして、三千院家のセキュリティで、見直しを迫られる羽目になり、そのための参考意見とかで、軟禁状態にされていたとかいうのじゃないでしょうね?

まあ、同性愛者という噂が高い三千院家のSPですから、フラグが立ちようもないでしょうけど。むしろ、SPたちの兄貴分に収まっているくらいはありえそうですが(でもバイじゃないとは言ってないよな)。でも、ああいう世界だと、兄貴分のほうがおごらないといけないので、さっさと兄貴分の地位返上していそうですし(笑

そういえば、桂妹は、観覧車での一軒での彼女の言動に、批判的な意見も出てきていますが、最近の言動見ていると、

ハヤテ争奪戦脱落後を見据えているのでは、とか思えてしまうのですが。言ってみればネタキャラとか、ギャグキャラとして、人気を確保しておくのか、と思える節がありますから。まあ、言動がけなげというほどではないのですが、ハヤテのハーレム描写を見ていても、
ハヤテよりも、周りを落として、ハヤテをよく見せる(桂姉とかね)傾向が強いわけですが、西沢の場合は、ハヤテよりも、逆境に置かれているわけで、周りが大変な人や困った人ばっかりだと、逆に西沢の大変さが引き立つわけですしね。それと同時に、ある一点において、ハヤテをよりよく見せるための引き立てられ役として、西沢の恋を応援すると約束しておいて、マリアさんに相談したりしながらも、ハヤテのことが好きという感情を優先させるような言動を取っているのではないか、と思いますしね(その想いを隠して、西沢の恋を応援することに徹するという選択肢もあるわけですからね)。まあ、単に男性キャラだと、うるさくない人が多いけど、女性キャラだとうるさい人が多い、というだけかもしれませんが。大体、下田のときでも、酔払い運転させられていましたしね、桂姉。なので、ハヤテの初恋の女の子も、出てきても、ハヤテにカツを入れるような存在よりも、
ハヤテを良く見せるための引き立て役にされるのが落ちでしょう。
90年代の作品などは、特にそういう傾向が強かったわけですし。
それに、桂妹のようなキャラは、高嶺の花か使いされていると同時に、何拍子好条件がそろっているわけですが、それを逆手にとって、性格的なメンで、「それが無ければ・・・」というギャップをもって、ギャグキャラとして、暴れさせるという方法もありますし。
描き方にも拠りますが、こういうキャラは人気が高いのですよね。それにそうなった場合、桂姉がいるので、姉妹で何かやらかすというのは、格好のネタだと思いますしね。

志織はというと、学年主任に格上げだそうですが、それって、実害のなさそうな地位においたってことでは?何しろ、二ヶ月近く教えていて、学年主任ですし、そもそも、人と関わることで、介護ロボット開発に、それを生かすことなわけですが(それだったら、施設にいったら、と思いますが)、学年主任の仕事では、企画・立案、連絡・調整、指導・助言ですが、本末転倒とまではいかなくても、後方に下がることになるわけですし、直接関わっていても、何十人もの生徒相手に、関わるのって大変だと思いますしね・・・・。

まあ、会社のほうも、ロボット開発にかこつけて、島流しにしたのではないかという疑惑もないではないですけど。頭はいいけど、すぐ暴走するメカばっかり造る人というのは、もてあますケースのほうが大きいですし。かといって、施設とかで、実地で学ばせるのも、これはこれで、何しでかすかわからないし、頭が良すぎて、どういう行動に出るかも、逆にわかりづらいわけで、危険すぎて、生かせれないというのが本音だろうし。

大体、白皇出て、ああいうロボット作る人間になったわけで、その人間を白皇に返すって、何の解決にもなっていないわけで、実質、島流しみたいなものだし。

学年主任にするとか、桂姉の補佐をさせて、桂姉より、常識的というイメージを植え付けるかになりがちなんだろうなあ・・・・。

お嬢も、別々のクラスになるのはないとかいってますが、手のかかる人間には、その人の面倒を見るのに手馴れた人間をつけるというのは、有効な手なわけですし、マリアさんが、飛び級せずに、世間一般と進級していれば、マリアさんと同じクラスになっていた可能性もあるわけで。

桂姉が、担任だということで、嫌そうな顔をするハヤテですが、まあ、必要以上に、厄介な話を持ってこられるのが嫌なんだろうなあ・・・。困った人間の面倒を見るのは、イメージ良くするけど、桂姉と関わると、ろくな目にあわない(屋敷を追い出された、ファミレスの代金を押し付けられたなどなど)わけですし。

でまあ、名簿を見せられたら、ネギまみたいな名簿に、ともだちの覆面という、後でどうとでもなりそうな、名簿を見せられるわけですが(笑

正体が明らかになる前となったあとでは、シルエットが違うというのはお約束ですしね。

1も、甲乙つけがたいですが、1は咲夜のところのメイド? 2は理沙、4は美希、5は東宮の坊ちゃん、7は桂妹、13は泉、14はワタル、15は伊澄、21は、いうまでもなく、愛歌。22は、まさか、らき☆すたの柊姉妹風とか、元ネタにしたようなキャラとかいうんじゃないでしょうね?25はいうまでも無く虎鉄でしょうけど。
ただ、女子生徒の写真を影で売りさばいていそうなキャラを投入していそうですが。
ハヤテの写真がトップクラスで売れていたら、ありえそうではあるけど、それはそれで嫌ですね。26は、ちびっ子?30は、本当にサルというオチがあっても驚きはしません。ほら、優秀だったら、年齢は愚か、種だって、拘らないくらいのことは言い出しそうま学校ですし。露骨にTOLOVEるネタやるよりも、BLACKCATあたりから、ネタ引っ張ってくるとかやりそうですし。

27と31は、これも新キャラ?

しかし、金返せとアニメ版の理事長の名前が書かれていましたが、名前が一緒なだけで、設定が全然違うとかいうのは良くある話ですし。逆に、アニメのほうが、先行して、ネタバレをするというのもあるのですが。

それに名前が同じだけで、実は男なんてオチがないなんて、誰がいえます?

ほら、昔、仮面ライダーのコミックス版で、地獄大使がガニコウモル相手に渡り合ったネタをやっていたら、TVでは、実は地獄大使の裏切りは演技だったというオチがありましたし。

しかも、本当にその格好で、教室にいるし(汗 いや、クロマティ高校のようにメカ沢や、豪ヒロミみたいなノリに近いのかもしれませんし。
まあ、桂姉が担任に復帰したということは、毒には毒を持って制すの発想で、手のかかりそうな生徒を、桂姉のところに集めたという考え方も出来ますしね。

このクラス、嫌だと参っているところにあらわれる東宮の坊ちゃん。案の定忘れ去られているわけですが、このマンガだとわかっててやってるようにしか見えません。
まあ、戦闘員よりも影が薄いばかりか、最終回まで、その存在をスルーされてるやつもいますからねえ・・・・・。しかも、敵の組織は、クライマックス近くにクーデターでのっとられるというのに、その怪人のことはスルーされていたという疑惑もあるし。それに比べれば、まだ東宮の坊ちゃんは存在感あるほうでしょう。

そもそも情けない部分とか、ヘタレとかを、こっちのぼっちゃんの方がしっかりかけているわけですし(ハヤテのほうは、主人公は、正しくかっこよくあらねばならないというイメージでもあるのか、負の部分の描写は、思い切れていない)。

なんでも、野々原は、イギリスに執事修行に行ってるとのことですが、ひょっとして、女性ファン対策のてこ入れですか、これ?
多分、そういう設定持ち出しただけでは、こだわる人はつられないと思うけどなあ・・・。このマンガ、基本的に、男性ファンの喜びそうなことばっかりやってるし。でも、坊ちゃんを張り倒さない生活にやつが耐え切れるとは思えないので、sぐに帰ってきそうですが・・・・。

ぼっちゃんと野々原みたいな関係は、意外と、野々原のほうも、その関係におんぶに抱っこしているところがありますからねえ・・・。

よくよく考えてみれば、やつのあの体罰も、時期的にやばいので、出番を作らないことに正当性を出す方が理由としては大きいか。一歩間違えれば、自分の理想像丸出しにしているだけならともかく、自分よりも力で劣る相手を自分の力でねじ伏せて、言うこと聞かせていることにつながりかねないし、チャンとそれを描いたとしても、受け手がそれをチャンと理解して、なおかつ、極端な体罰じみた行為に走らないという危険は無いわけだし。

もっとも、単にあの事件があったから、野々原の体罰描写を控えているだけ、というのであれば、控えたところで意味はないでしょう。そういう姿勢は、野々原でなくても、どこかで、垣間見えるものですからね。

でまあ、ハヤテに執事にならないか、と声をかけ、その理由はというと、友達がいないから、ハブられるというわけですが、ハヤテは、親のことがあって、平気だと言うわけですが、そもそも、あの扮装やってるクラスなんだから、替え玉使えばいいじゃんというのは禁句ですか?

普通なら、ばれるでしょうけど、金持ちだから、金があるわけですし、完璧になり済ませる人間を雇えそうなものですしね。

まあ、そういう冗談はさておいて、はた迷惑な身内の場合、そういうとばっちりがあるでしょうけど、だから、そういう人間の世話をすることで、好印象を持たせることを身に付けたりするわけですし、三千院の屋敷でも、マリアさんおご機嫌を取るなど、その場所での実力者に取り入る方法を身に付けたのも、そういう経験があってこそ、と思いますからね。
そもそも夜逃げを繰り返しているわけですから、一ヶ所にいて、そういう実害を延々と受けている人間とは、これまた訳が違ってくるでしょうし。
だから、ああいう性格になっても仕方がないとかいう理由にはならないでしょう。デメリットを語って、同情を呼ぶようなことやってるのは、この間の、お嬢に対して、ヘタなことを言えないとエピソードでの不評をカバーするためでしょうかね? 

しかし、最近始まったナイトウィザードの柊蓮司の下がる男伝説があるので、ヘタな不幸振りでは、アピールしたところで、見劣りするのがオチだと思いますしね。

しかし、野々原は卒業してイギリスに、手のかかる坊ちゃんは一人、最近、不評の声が大きくなり始めた桂妹・・・・、桂妹は、真性だめ人間属性の疑いアリ・・・・、まさかねえ、

この機会に、桂妹×東宮の坊ちゃんとかいう方向に持っていくとかやるんじゃないだろうなあ・・・・(汗
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by kwanp | 2007-10-17 14:06 | コミックス

思い出したかのように・・・

主人公に憑依できなくなってしまったこともあって、主人公に戦い方を教えようとするモモタロス。
主人公の電車斬りをセンスが悪いというモモタロスですが、俺の必殺技も似たようなものですけどね(苦笑)

ある意味、ライナーフォームというのは、これまでの電王のフォームの中では、一番、主人公の体に負担をかけないですむという利点がありますからねえ。
まあ、ブレイド、龍騎というように、敵の力を借りて戦うライダーは、何作かあったわけですが、いずれも、変身する人間の自我が前面になっており、ライナーフォームになって、平成ライダーの中では、これまでのライダーと同じラインに立つことが出来たということでもあるのですが・・・。
怪人の意識が主人公の体をのっとって戦っていたわけで、そういう意味では、ライダー以前のレベルで戦っていたともいえるわけですけど。

まあ、主人公の場合は、不幸に甘んじていた、ハナに守られていたこともあって、イマジンに振り回されるという立場に浸りきっていた部分があるわけです。
憑依できなくなった理由としては、おそらくは、誰かが覚えている云々といっておりましたが、逆にいえば、イマジンは未来からきた存在であり、本来、その時間の中には存在し得ないものたちであるわけです。
おまけに何度も何度も、イマジンたちによって、過去の時間はあらされてきた。過去の時間帯で暴れているイマジン達は、契約を果たして、過去に飛んだわけですが、主人公たちは、デンライナーの助けを借りて、過去に跳んで言ってるわけですし、契約もしていない。つながりがない状態で、過去に向かっているわけですので、ある意味では、イマジンたちの中で、もっとも不安定な存在ともいえるのではないでしょうか?
劇場版のラストでは、覚えているものがいる限り、時間は修復するみたいなことを言っておりますが、当然、イマジンたちはその感情の中には入っていないわけですから、世界が、イマジンたちによって、荒らされようとしたときに、そのゆがみを修復するとか、被害を最小限にしようとすれば、真っ先に、モモタロスたちが、その影響を受けるのではないでしょうか? 後、同じ人間が二人いるわけですから、修復力が働く場合は、そのどちらかを消そうとするということもあるのかもしれませんし。ところが、特異点なので、消えることはないが、特異点に憑依しているだけのモモタロスたちはそうはいかないのかもしれませんが。

もっとも、先週の話でもわかるように、モモタロスたちの目的は、初期と変わってはいないわけですから、いつまでも、主人公に憑依していられるかわからないし、自分の身もどうなるかわからないので、状況に流されて、感傷的になってるだけでは? と勘ぐりたくもなりますが(汗

ライナーフォーム以外は、イマジンの体の動きに、主人公があわせる必要があるというある意味、四つの体の動きをトレースする必要がありましたが、ライナーフォームは、主人公の戦闘センスで、四つのフォームの体の動きを効果的に組み合わせて、それを自分流に昇華することが出来るわけですが、そこまでの戦い振りを期待するのは難しいだろうなあ・・・・。
直接、体に乗り移るか、それを外付けにするかの違いですが、モモタロスたちがいないと戦うこともままならないわけですが、さて?
いずれにしろ、不幸や、イマジンおかげに隠れていることも、そのうち、出来なくなるようですから、最終回までかかってでもいいですから、自分の戦う理由とかを(出来れば、自分のため以外にも)、見出して、結論を出して欲しいものですが。

仮面ライダーブレイドでは、最終回で、剣崎がアンデッドになりましたが、あれだって、世界と始、両方を守るための選択ですから。あれをバッドエンドとか、剣崎が犠牲になったとか言う声もありますが、始を封印して、世界を守れても、それは剣崎にとって、最良の結果ではないわけですし、ボードの野望が明らかになったことのように、人を脅かす存在がどこに隠れているのか、わからない。
アンデッドになるというのは、人を、世界を守るために戦うという意味でも、その問題をクリアしているわけですからねえ・・・。

でまあ、デンライナーではリュウタロスが食堂車の終了時間になっても、出て行かないということですが、どうやら、指令を与える声が、主人公の抹殺を命令しているようで・・・・。
しかし、出てきたときくらいしか、そういう描写がなくて、その後はいつのまにかなじんで、なあなあでやってきたので、節目に、そういう設定を持ち出されても、唐突な印象しかもてないのですが。

リュウタロスと会話していた青年が、リュウタロスはいらないというようなことを言うのですが、本当に、今更のような気が(汗
戦闘員っぽいのは、どう見ても、ゼクトルーパーのリペイントですが、ソフビとかで、出しそうだなあ・・・。
しかし、時間がないということを言っていましたが、モモタロスたちが憑依で着なくなってることとも関係あるのでしょうかねえ?

キンタロスに風呂のそこをぶち抜かれて、流されたウラタロスが担がれてくるわけですが、これも、憑依で着ない影響?
ちなみに、ウラタロスはお笑い系じゃないとか言ってるわけですが、そういうことを声高に言って、カッコイイ系を気取りたがる人ほど、結構、お笑いに向いていたりするものですが・・・。

リュウタロスが、描いた絵を、主人公の姉の絵を描いて、それをあげたいと言ったことが原因で、モモタロスが主人公と、自分たちは同じじゃないとか言うわけですが、黙っていたいという気持ちは、無理は無いけど、その態度じゃあ、何かありますといってるようなものでして、全然、隠していることになっていないと思うのですが・・・。

性格的に、ウソがヘタということもあるのでしょうけど、こういう類の隠し事は徹底的に行うくらいやらないといけないわけで、下手な隠し方は逆に相手を悩ませるだけでしかないのですからねえ・・・。
もちろん、そこには、相手のことを本当に考えたうえで、という前提がつくので、相手に黙っていることを、推奨していいという理屈にはなりませんし、難易度が高い芸当ですしね。

桜井が好きそうなコーヒーを、とひねったアレンジをくわえる主人公の姉に、それを見て、笑い出す桜井。デネブが物陰から、こっそりと見ているところにやってくるリュウタロスが憑依した状態の主人公。

形はどうでアレ、主人公たちと一緒にいて、情もわいてきたころに、頭の中から、盛んに、ささやいてくる声ということで、もともと、子供なキャラの上に、これですから、精神的に不安定な状態になるわけですが、これも、そういう描写をもっと入れてくれていれば、説得力があったのですけど・・。
前述したように、自分の欲望第一の連中ですから、こういうことを相談して、親身になって、のってくれる連中もいないわけで・・・。間にもっと、こういう描写を何度か、挟んでくれていたら、納得できた展開なのですが・・・・。

モモタロスが成長したとかいいますが、ハナに首根っこ抑えられていて、大人しくしているのが、体に染み付いてきただけなのでは? という気もしますが(汗
ちなみに、オーナーによると、単に子供の姿に戻ったわけではないとのことで、やはり、存在の引き算か? まあ、ヒモや紙みたいにまでは引き算されないとは思いますが(汗
未来への分岐点云々をいうわけですが、今がイマジンによって、壊された時間か、元の時間が復活する間で揺らいでいるということでしょうか?

まあ、イマジンが時間をかえるにしても、それを防ぐにしても、モモタロスたちがただで済むとは思えませんが。防いだとしても、送り主をも、倒すわけですので、存在を保てなくなって、その後、生きていられない可能性が大きいですし。

リュウタロスの頭の中にささやいていた青年が、ディスコで、鬱憤晴らしとばかりに踊っていたリュウタロスの前にあらわれて、主人公ではなく、桜井を驚かすのはどうか、と話を持ちかけるわけですが、
精神的に、いつも以上に不安定になっているリュウタロスにまともに、話の裏を読めるわけも無く・・?

一方、デンライナーとゼロライナーの前に、分岐点のそばに現れるというターミナルが現れ、そこに停車するデンライナーとゼロナイラー。
ちなみに駅長は、オーナーと同じ顔(汗

デンライナーの客が、イマジンによって、時間を壊されたときに零れ落ちる人間だったということもありますが、ひょっとして、デンライナーって、タイムレンジャーのタイムパトロールと何らかのかかわりがある組織なのでは?

何しろ、ロボットにはならないのですが、変形するギミックを持った、細長いデザインのマシンが、合体する、というコンセプトは同じ訳ですし、技術が進んで、無駄を省いた結果、ロボットではなく、列車という形になったのかもしれませんし。
キバライナーも、恐竜みたいなデザイン(タイムレンジャーでは、Vレックス、Gゾートのような恐竜タイプのメカが存在した)。
すごかがでは、30世紀は過去にあるという仮説ですし、キバライナーも、大昔に作られたようなことを言っていましたし。

大まかではあるのですが、共通する条件というのは、存在するわけですが?

一方、取引を持ちかけられたリュウタロスは、ゼロライナーで、電王ベルトのパスにゼロノスのバイクのパスをセットする部分に、渡されたチケットを差し込むわけですが、デンライナーと連結して、暴走を始めるという結果に。

それを見て、追いかけようとするモモタロスたちの前にあらわれるゼクトルーパー。

一方、リュウタロスもパスをゼロノスのバイクに差し込んだままのために、変身できないで追い詰められるという状況に追い込まれてしまうわけで、カイとか名乗った例の青年が、リュウタロスに対しての仕返しの意味合いもかねて、邪魔者の始末を行ったようで・・・・。

そこへ助けにあらわれるゼロノス。

結局、クライマックスフォームの時に絆みたいなものがあったという演出はしていたわけですが、リュタロスが精神的に不安定になっていて、敵の取引に乗ってって、もっと早くにやるべき話だったと思うのですが・・・。結局、クライマックスフォームのときの絆みたいなものは、その場の雰囲気で流されて、そう思っていたみたいなものになってしまう気が(汗

それは言いすぎだとしても、いつのまにか、なあなあで一緒にいるみたいな空気が出来ていて、いきなり、最初のころの設定、持ち出されても、大変だ、みたいな状況持ち出されても、説得力に欠けるわけで、慌てて、敵の設定とか作ったように見えるのは気のせいでしょうか? どんどん、話がダイジェストみたいになっていきますね・・・・。
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by kwanp | 2007-10-14 23:12 | 特撮

あ、アカン・・・・・

ボンバーマンジェッターズ14話を見た後に、yourself myself見るもんじゃない(笑

金田朋子さんの演じているキャラ、どれを見ても、即座に、14話のシロボンが思い浮かんでしまって、ダメージでかい(汗
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by kwanp | 2007-10-13 21:49 | アニメ

説明編だと思っていたら

刹那というキャラに関しては、結構わかり易く語っていた00.

というのも、冒頭のシーンで、少年兵として戦っていた刹那と、彼が所属していた陣営の演説、そして、刹那の「神なんていない」ですが、神様というより、主義主張が違っても、彼からすれば、自分から大事なものを奪っていく存在には変わりはないということを、ある意味、種デスよりも、ダイレクトに描いていたわけですが、物語中での刹那の結論の出し方次第では(こう考えるのも、種の影響なんでしょうが)、気が気でない部分もありますが(汗

半年放送して、その後、反響次第で、続編を作るというやり方なので、ネタとか、興味を示してもらうためのインパクト勝負の方向に走らないことを願いたいです。


まあ、種でラクス達がラクス教とか言われていたことへの皮肉だと思いますけど、海外の人に通じているといいのですが。

神はいない発言に関しては、デリケートな扱いを切に、切に願いたいところです(汗

その一点を除けば、あの冒頭で、刹那の考え方というのは、戦争の中で、大事なものを奪われて、その戦いの中で、少年兵として生きざるを得ないのだが、宗教であろうとも、何かの思想であろうとも、無力な人間からすれば、掲げられる主義主張の違いには大した意味は無く、自分達の利益のために、強力な兵器で、平和に暮らしている無力な人たちを、蹂躙するのは、どこも同じだと思っているのでしょうし、ついでにいえば、神はいないの台詞は、言い方は変かもしれませんが、あのシチュエーションという条件に限り、刹那がどの陣営にも属さない、ということをシンプルに表している台詞でしょう。当然、自分たちのすんでいる土地に責めてきている連中を信用できはしないけど、だからといって、神の名のもとに戦うことへも、同意できない。
早速ネタキャラ扱いされているコーラサワーも、模擬戦のスペシャルということで、そういう連中のわかりやすい象徴なので、パイロットを生かしつつも、滅多切りにするのも、無理はないでしょうし。
刹那のように、生身で、MSとかそれに類するたぐいのメカに追いつめられた経験をもつ人間からすれば、フラッグのコピーとはいえ、新型に乗って、得意げになっている人間見たら、許せないものを感じるだろうし。

そんな人間が、新型に乗って、命令にしたがって、各地で、軍人としては当たり前なのだろうが、各地で戦闘行為を行い、Msに乗っている人間はもとより、闘う力をもたない無力な人間を追い詰めていく。抵抗している側にとっては、必至だろうけど、コーラサワーの側にしてみれば、簡単にことが進むし、終われる側にしてみれば、そういう人間に大事なものを、あっさりと奪われていく。
それを考えると、滅多切りにしたくなるだろうし、同時に、命を奪うということは、人を殺すことになれて、命を奪うことをなんとも思わない麻痺した人間もいるだろうが、そういう極端な例はともかくとして、どういう相手でアレ、殺してしまえば、その十字架は重くのしかかる。殺さずというよりも、斬る価値もないとみなされたのではないか、と思えるのだが。

コーラサワーが無事だったのって、殺さずよりも、死よりも辛い屈辱を、とか考えていたこともあると思いますし。人類革新連盟の式典にぶつけて、新型MSを披露するということは、Gn粒子が散布されている、あの場では、モニターも無事じゃないでしょうけど、あっちこっちから招待したお偉いさんやら、関係者はその目で目撃しているわけですから、衆人環視の中で、謎のMSに新型機を、ああも完膚なきまでに破壊されてしまっては、それに乗っていたコーラサワーへの評価も落ちるのは避けられないでしょうし、挽回するのも大変でしょう。
ついでに言えば、性格に問題があるが、一応、エースということで、しかも乗ってるのは、ユニオンフラッグのコピーとはいえ、新型。
それを滅多切りにしながら、パイロットは無事というのは、ガンダムという機動兵器の格好のアピールになるわけで、ひょっとしたら、殺さずというのとは、別のニュアンスがあるのかもしれませんが・・・・。

ガンダムの強力さを見せ付けるためのデモンストレーション、それを伝える生き証人ということもあるのかもしれませんが。

冒頭のガンダムのシーン(よく見れば、RX78ではないデザイン)も助けられた子供が、自分を助けてくれた存在に憧れ、長じて、その存在に近づこうとするわけで(第一話なので、断言は出来ない)、最後の、俺たちはガンダムマイスターだ、というのは、それに対する憧れと、その名を冠する機体を操ることへの誇り、そして、それを駆って、戦いを根絶するために戦うことだと思うわけですが、その憧れが、裏切られるという危険もあるわけで(というか、その可能性のほうが高そうです)、仮にそんな展開になったら、それを乗り越える過程の書かれ方に期待したいところですが(もしくはガンダムのパイロットになる過程で、それをしったから、ああいう性格なのかも?)。

矛盾しているのは、武力による戦争の否定だけではなく、かつて、MSに追いかけられていた、少年兵が現行のMSよりも高性能な兵器で、いくつモノ戦場で暴れ回るということもそうですし、血に染まっているであろう手で、それを駆って、破壊活動を行っていくというように、一話を見る限り、ひょっとしたら、刹那あたりは、戦争の根絶を目指して、実現するつもりで、行動しているように見えますが(皆が皆、それを信じて行動しているわけじゃないだろうし、何か裏が、ガンダムが暴れることによって、得をする連中(軍需産業とかね)が存在すると思うのが当然でしょう)、そのために、彼が出来ることといったら、戦うことですから、第一話を見た感じ、刹那というキャラは、そういう矛盾を象徴するキャラのように見えるわけですが、ルルーシュのように己の大事なものだけのために戦うことに固執するのにとどまるか、もしくはシンの様に、多くのものを守るために戦うことが出来るようになれるのか、どちらにも、なれそうなニュアンスがあるだけに、ある意味、不安なおですが・・・。

どうもクールなキャラと言う設定の割には、結構感情的なキャラに見えるのだが、刹那は。

まあ、黒の契約者のヘイも、全編見返すと、クールそうに見えて、結構、感情丸出しで行動していたわけで、最初のころは、よくこrで、組織の中で生きてこれたなと思っていたのですが、最終回を見た限り、むしろ、ヘイのそういう側面を、組織が、疑心暗鬼ゆえに、感情移入したくなるような任務をわざと割り当てて(忠誠心を試す意味合いで)、そいつが積もり積もって、強力な敵を自らの手で生み出してしまったという皮肉な結果になってしまったと思っているのだが・・・。

まあ、だからといって、刹那がすぐに、そういうヒロイズムにあふれるキャラであるとは結論を出せないし、そういう姿を全編と押して納得させてもらう必要はあるわけだし。

一話が魅力的な作品というか必要以上に力の入っている作品は、その後の展開で、それを越えるのが、非常に難しいので(いつも、その力の入れ具合で、話を作るわけには往きませんからね)、種云々は関係なしに、気をつけざるをえませんし。

第一、同じバンダイがスポンサーの電王などは、不幸で際弱の主人公ということを売りにしているが、実態は、そうではないように、好印象をもたれるためのポーズではないか、淘汰が痛くもなるわけですし、種や種デスの後では、キラやラクス、アスランのようなメインキャラが好き勝手暴れまわった反動で、戦争ですべてを失われて、その痛みを知り、人を守るために戦うキャラが主人公にしたほうが受けるから、そういうポーズをとって、作品を作っているとか、もしくは、種の反動がやたら、強すぎて、逆に種と大差がないという作品を生み出す危険性がありますから。刹那に関して描かれていた描写が、単なるポーズでも、作り手の自己満足の先走りでもないことを祈りたいですね。最近の作品を見ると、ビックタイトルとか、ゴールデンに、そういうことを真面目に描くというのは、難しくなっているな、と思うときって、しばしばありますから。
批判を作品に込めるのは悪いことではないけど、度が過ぎれば、単なる自己満足でしかありませんから。
別に、腐女子向けに走ろうがかまわない、というより、女性狙いの作品というのは、ハードルが高いわけで、男にとっては、グッと来るシチュエーションでも、単なる自己満足が強いとしか取られないみたいなこともありますので、女性ファンに媚びるのではなく、納得してもらうことが出来るのなら、いい作品になるのではないか、と思います。
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by kwanp | 2007-10-11 20:05 | アニメ

どこに・・・・

愛と青春と血と汗があったのだろうか、という気がするが・・・。面倒なこと、人任せで、好き勝手やって、肝心なときだけ、それっぽく振舞っていただけの気がするが。
そりゃ、下田の時は血を流したけど、ハヤテの場合は、結局、自分だけのためだろうと思いたくなる言動が多いですしねえ・・・・。
アニメの27・28話はマラソン大会に相当するエピソードでは、と思えてしまうほど、あのエピソードと対照的な描き方(賞品(金)に対するハヤテや、周りの反応とか、VS桂妹戦とか、バトルらしいバトルをやらないまま、話がなし崩し的に進むとか)をしていたわけですが、まさか、それに刺激されて、下田のエピソードのリベンジとかやりだしたとかいうんじゃ・・・・・・(汗)?

見せ方が違うだけで、、ハヤテの駄目な部分は変わってはいないと思いますけど。根本から手を入れたら、オリジナルのアニメ作るのと同じくらい、手がかかると思うし、それだとハヤテの人気を当て込んで、アニメ化した意味がないから、お茶をにごしたような話の描き方になるのでしょうけど。

しかし、野々原の折檻シーンがあったら、今ごろ、放送中止になってたんじゃないのか、27話。

トップのページは、マリアさんの紅茶の入れ方だそうですが、紅茶のためのもう一杯というのを感謝の気持ちをこめて、入れるという考え方もあるのだそうで。

執事の道というほど、執事ネタに、力を入れていなかったと思いますけど。仕事の内容としては、正しいという声もありますけど、人間の弱さを理由にして、自分のためにばっかり、行動するのを正当化する行為が、話が進むにつれて、目立ってきているわけですが。
アニメスタッフに刺激されて、とかいうこともいっていましたが、見習ったのが、実際はロクでもないものを、さも、素敵なもののように見せる見せ方のみにならないようにして欲しい気もしますが・・・。
アニメの27話・28話を見ていると、そういう嫌な予感を禁じえないのですが・・・・。

でまあ、ここ久しぶりに長丁場になった4月3日の疲れからか、お嬢は、寝込んでしまいます。
運動して、体を鍛えないとと、手厳しいマリアさんい、お前らと違って、繊細に出来ているんだと、どう見ても繊細ではなさそうな人に限って、強調したがる台詞を口にしますが、お嬢の台詞はともかくとして、人の世話をするというのは、体力はもちろんそうですが、精神的にも、大変ですからねえ。

手厳しいことを言われて、言い返すのは、輪亜K里やすいといえばわかりやすいですが、先週、マリアさんに抱きついたり、いつかはいなくなるんだ、みたいなことをいってるなら、こういう時に、屋敷の管理を一任されていて、日々、仕事に追われる(?)マリアさんに、感謝の言葉をかけるとかすれば、お嬢の成長も、もうちょっと、説得力のあるものになったんじゃないかと思うのですが・・・。
先週までの話の流れで、しかも、倒れているのだから、そういう言葉が、柄にも無く、ポロリともれるくらいのことはあっても、決して、不思議じゃないでしょうし。

素直になれない性格だから、ギャグで流したという見方も出来るでしょうけど、つい、口が滑って、的な話の持っていき方は可能だったと思うので、ちょっと残念なところではありますが。

でまあ、ハヤテにお嬢を任せて、マリアさんは買い物に出かけるわけですが、まさか、仕込じゃないでしょうね(汗

お嬢は影響を受けやすいわけですから、気が疲れないように、催眠術を駆使したとか、黒魔術を駆使したとか、寝ているうちに、ウィルスを投与したとか?
オレンジ色の甘くないアレとか?
咲夜の家族を見ていたら、それでさびしくなったとか、そのあたりは、お嬢の態度を見ていたら、容易に気がつきそうなものだし、しかも恋敵といっしょに、働くことになってと、いきなり、外に出るにしても、色々とあったわけですが、どちらかというと、ハヤテの退路をふさぐ意味合いで、そういう状況を演出しようという意味合いのほうが強いかもなあ。
内面的な独白で、ハヤテのことを天然ジゴロとかいってたように、女の子をその気にさせる割には、それに対し、自分を安全なところに置くわけで、そういう人間が、いざというとき、お嬢の心の支えになりえるか、と聞かれれば、それに対し、「うん」と断言するのは厳しいでしょうしね。
おまけに、お嬢とハヤテの関係は誤解に基づくものであり、事実が発覚すれば、お嬢が二度と、人を信用しない事態に陥りかねないわけですから、仕込み云々は、ネタにしても、マリアさんが、前日の夜のお嬢の様子から、不安めいたものを感じることは容易にありえそうですが。
しかも、クラウスや、タマ、シラヌイはいないとのことで、この手の話のお約束、誰もいない、一つ屋根の下、二人きりですが、SPは設計上、近くにいないものとはいえ、デバガメしていると思うのは、気のせいでしょうか?

お嬢は、ハヤテは、紳士的な男(お嬢主観)だが、男は皆、羊の皮をかぶった狼(どちらかといえば、ハヤテは、羊の皮をかぶった蝙蝠のようなきもするが)とかいうのですが、それはとどのつまり、父親に騙されたということなのでしょうか?
それとも、体が弱いとかいって、そういう相手をなめてかかる人間もいるし、そういうのを騙すのはいちころだとか、考えている人間もいますからねえ、お嬢の母親の場合、体が弱いということで、そういう本音が見えやすかったということは、あったのかもしれませんが。
コミックスでは、お嬢の母親が、いいかげんな言動をやっていたわけですが、これも、そういう人間を見てきた反動なのかな?

でまあ、ハヤテは、隣の部屋にいるからと部屋をあとにしようとするのですが、一人じゃさびしいから、と引き止めるお嬢。

結果、本を読むことになり取り出したタイトルが、ダレン・ジャン。残りのページで、ネタバレするのはマズイということになり、引っ込めるわけですが、そもそも、小説版は、もう全巻出ているわけですし、読んでる人は、もう読んでいると思いますけどね。

あるネタないネタ織り交ぜた大嘘解説をやるくらい、派手にやってくれても良かったと思うのですが、作者が外人さんだし、迂闊なことはやれないのかもしれませんが。あれ、そういえば(以下略)

しかし、原作つきの話をいくつも漫画化したりしているけど、サンデーの場合、最近、つまらんとか面白くないとか言う声を良く聞きますが、ガッシュに続けとばかりに、ベタな作品を量産していたわけですが、人気を受けて、ヒロインを重視したハヤテの路線変更を見ていると、一時期掲げていた、低年齢化路線なども、ある意味、表面上のポーズ、時流がそうだから、それにとりあえず、あわせていただけじゃないのか、と疑いたくもなるわけで。

でまあ、無難なところで不思議の国のアリスを取り出すわけで、桂妹がアリスだったために、オチがコードギアスに・・・・。

でも、ルルーシュ、あの後、妹はさらわれることで、とんとん拍子に、転落の一途をたどりだしているわけですが、妹一人のためだけに戦っていたのが、続きでは、多くの人々のために戦うようになるのでしょうかねえ?

まあ、さすがに、桂姉を失って、とんとん拍子に転落していって、あげく、西沢と銃を向け合うような展開にならないとは断言できませんが、そもそも桂妹って、まんま、ことりや楓のポジションだし、西沢は、主人公の後を追いかけるストーカー犬チック幼馴染な役回りでして、ここ数年の作品の傾向からすると、楓やことりの役回りは、散々、尽くした挙句に、本命の相手に乗り換えられるという、ふんだりけったりな役回りですし、お嬢がライバルという点を除けば、ハヤテ、西沢、桂姉という三人の関係だけでみれば、桂妹って、もろに引き立て役なポジションなわけで、コードギアスなオチを見た限り、桂妹のその後を暗示しているのでは、と思わせる部分が多いのですよね。

でまあ、納得いかないお嬢に、ハヤテが、次週に続くと、引っ張るわけですが、今週の話は、先週までの話の流れからすると、4月3日の後日談的な話になって、少しは、ハヤテも、自分がお嬢のそばにいようという気持ちが強くなるのでしょうか(追記どうやら、今週だけのようです)。

先週までの話が長丁場だったのか、肩の力が抜けてる部分もありましたけど。まあ、4月3日のエピローグ的なエピソードと見たほうがいいでしょうね・・・。それにしても、先週までのストーリーを考えると、お嬢の言動とか、マリアさんが出かけるとか、意味深なものを感じなくもないのだが、フラグを立て切っていないために、あっさりとした形で進んでしまうイベントみたいな印象を受ける話で、先々週の、お嬢に対して、「何か言わないと」的なものと似たようなニュアンスを受けてしまう話だったと思います。
やっぱり、伊澄の例もあるので、ヒロインの萌えで受けている作品なので、特定のキャラで絞ったりすると、人気が落ちるとでも思っているのかもしれませんが・・・・。
なまじ、読者のニーズに敏感なので、受け狙いで、自縄自縛に陥ってしまっている感が強い気がするが。
そりゃ、ストーリーはチャンと考えているとは思うが、いくら、ストーリーがしっかりしていても、こう受け狙いに偏った形だと、書きたい形で書けるかどうか、怪しいし、ガッシュのファウード編などが良い例だと思うが、今のサンデー編集部に、作家のやりたいこと、描きたいことをうまくフォローできる能力はない、と私は思っている。
というのも、ガッシュは、熱いバトルマンガと言うイメージをもたれているが、あれは基本的には、ギャグマンガだと思っているし、清麿のアンサートーカーなどは、どう考えても、突っ込み能力を特化させたものにしか見えないし。
しかも、清麿はあの作品では唯一の突っ込みキャラなのも明白だが、ファウード編では、清麿を瀕死の重傷にしてしまい、その後、休載時期を含めて、一年ほど、意識を失ったままになっており、その間、清麿、つまりは、つっこみ役抜きで、話をすすめざるを得なくなったわけだ。
そこまでしても、描きたいものだったのは確かだが、その結果、この作品の売りである、妙に濃いボケキャラたちは、突っ込みキャラを失ってしまい、単なる、少年漫画の悪役になってしまい、その魅力を生かせずに退場してしまったり、はたまた、バニキスギーゴーのようにそのギャグが隠れてしまうといった弊害もでてしまったり(ファウードのコントロールルームの設定は、キャンチョメたちを生かすための仕掛けだと思われていそうだが、バニキスのために考えられた節があるのだ)。ラストのゼオン退場も、アニメの千年魔物編のラストで乱入したときのような、赤本組を主役に見せようとするかのような演出を髣髴とさせる内容だったし。
いってみれば、ギャグ漫画家が、自分の描きたいものを描くために先走ったのが、ファウード編だったと思っている。休載があけた時期には、すでにサンデーは、ハヤテプッシュに入っていたようで、アニメ・マンガが同時に始まった妖逆門などは、藤田組の描く作品は(井上氏はともかくとして)プッシュしなくなったが、それでも藤田作品の看板は欲しいだろう、この時期のサンデーには、うってつけの作品ではあり、ハヤテの海外版発売など、妙にフットワークの軽い行動を取っていたので、かなり、早い時期から、ガッシュの次をハヤテにしてプッシュする体制に入っていたのでは、と思える部分があるし(ついでにいえば、うえきの法則+は、連載再開後、半年で終了したわけですが、妖逆門が一年で終わったことを考えると、これも最初から、うえきのアニメ放送にあわせて、一年で終わる計画だったのではないだろうか? このあたり、何年も続いたアニメガッシュの教訓を、学んではいたのでは、と思える部分はある)。
アニメは三年目だが、カードの売上は、前ほど、芳しくは無かった、ということもあったが、それでも、作家の考えることを、読者に受け入れられる形に誘導するのも、編集部の役目ではないだろうか? まあ、このあたり、形は違えど、アンケートシステムで、人気があるから、とずるずる引き延ばすジャンプのアレと似たようなものを感じなくもないが・・・(実際は、同じ会社だしね)。
まあ、ギャルゲのアニメやノベライズなどは、メインヒロインと結ばれるストーリーで描かれる場合が多いわけですが、そrねいしたって、他のヒロインのファンの興味を持たせるために、めぼしいイベントを話しに組み込む形にするのが多いが、4月3日や今回の話は、その傾向が顕著に出ている様に見受けられる。
しかも、コナンが、先日、ラストは決まっていると、作者がいっていたが、終わりたいときに終わらせてもらえないのは、ジャンプやサンデーにだけじゃなく、良くある話とはいえ、ハヤテの場合も、人気がある故に終わりたい形で終わらせてもらえないか、ヘタすれば、ハヤテの次が見つかったら、ガッシュのファウード編のように作家の描きたいことだけが先走った(そもそも、小学館の長期連載は、それが先走った作品が多いし)結末になる危険性も、覚悟しておいたほうがいいかもしれませんね・・・・。いやだって、4月3日の話を見てもわかるように、畑氏は、一つのエピソードを語らせるのに、時間をかけないと駄目なタイプなので、はやく描けとせかすのは、話を損ねる結果につながりかねないので、書きたいエンディングに至るまでに、時間がかかるのは、どう考えても、明らかでしょう。ハヤテの次が見つかっても、コナンや犬夜叉のような形で生き残っても、書きたい形で追われる話にするのは、どー考えても難しいでしょうし。今のサンデー編集部に、それを出来る能力はないと思いますからねえ・・・・。
大体、サンデーの場合は、増刊やら、まんがカレッジ出身者(仮面ライダースピリッツの村枝氏もそう)の方が、作品的に目立っていたというある意味、妙な傾向が強く、増刊から作品や作者を引っ張ってくるということをやっていたわけだが、その増刊サンデーも、隔月になったりしているように、見方を変えれば、金の卵を産む鶏を冷たく扱っているわけで、そんなことをして、金の卵が生まれやすい環境が整うわけはないし、サンデーは明らかに増刊頼みの雑誌なので、週間サンデー自体に作家を一から育てる能力が乏しくなっているのでは、と疑いたくもなります。

結局のところ、おいしいところ取りを長年やってきて、そのツケが、どんどんおおきくなっているというだけの話でしょう。

ついでに言えば、こういうことをやっていれば、何冊も雑誌を買ってるような、マンガ読みならともかく、小中学生にとっては、大きなダメージになると思うし、それなら、コミックスで買ったほうがいいと考える人間も出てくるだろうし。
サンデーに関しては、コミックス派が多いのは、そういう事情も、無関係ではないと思うのですよね・・・・・。
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by kwanp | 2007-10-10 16:27 | コミックス