<   2007年 12月 ( 13 )   > この月の画像一覧

時期が時期だから・・・・

そりゃ、サンタのコスプレをさせたくなるのは人情でしょうけど、西沢はサンタの柄ではないと思う。
むしろ、気合でそりを引っ張るトナカイの方が似合ってると思うのだが。
ついでにいうと、彼女の家庭教師をやっていたと思しき桂姉も。

じゃあ、サンタは誰かって? この面子だと桂妹とするべきなんでしょうが、彼女も、この場合、トナカイで、西沢弟か、ワタルにでもサンタをやってもらって、ほとんど、制御不能なトナカイたちに引っ張りまわされて欲しいものです。ワタルだと、この面子にくわえて、シスターやサキも入ってきそうですが。

アニメでも、西沢がサンタのコスプレしていたけど、原作の方は、トナカイルックさせておけば、対照的になって、良かったのかもしれないのに・・・。そりゃ、サンタのコスプレの方が、なじみがあるけど、萌え云々でウケを取ってるんだから、トナカイルックでも萌えをアピールするくらいの芸当はやって欲しい気はしますが。
ゲームのアレが評判悪かったのだろうか?

暫定最終回の方は、武上氏が関わっている作品がやりそうなこと、ことごとくやってるというか、台詞や、シチュエーションは、一応、ハヤテとお嬢の絆を強調したりもしているわけですが、
あくまで、最終回っぽいものの要素の詰め合わせで、それ以上でもそれ以下でもない、というゆな印象が強かったですが。
まあ、先行最終回とか言うのも、話題集めのためでしょうけど、先行して公開する最終回が、ああも、最終回で、いかにもやりそうなことの詰め合わせだとするなら、本当の最終回はそれにとどまりませんということを匂わせているのかもしれませんが。
とはいえ、私は武上氏が関わっている作品には、さほどの期待もしないことにしているので、斬新なこととか、予想外のことをやろうとして、傷をおおきくするだけという結果に終わりるのではないか、という気はしますけど。

サブタイトルは、某妖怪人間ですが、そもそも、今年のクリスマスは満月でして、ハヤテ第一回目の04年のクリスマスも、満月ということで、当初は、この条件に当てはまるクリスマスは、07年の話なのだと思っていたわけですが、携帯を買いに言った話では、日付、曜日、月齢を考慮すると、ハヤテは、実際の世界では、その条件では、2084年しか当てはまる条件の年はないというとんでもない結果がでたのは余談ですが。
サンタのコスプレした西沢の表紙で、妖怪人間のタイトル、この間のマリアのカードにも、たしか、満月がかかれて降りましたね、そういえば。
やっぱり、人間じゃないとか言うんじゃないだろうなあ、マリアは。妥当な線で、座敷わらしか(最近は、年を取る座敷わら視のねたも珍しくないし)、あるいは、お嬢の母親が、大事にしていた人形が自我を持ったとか? そんなあたりか、人外疑惑があるとすれば。


しかし、最近、人外ネタ、強調しているの、多くないか?

でまあ、喫茶店どんぐりのバイトが終わって、前日の高尾山のハイキングのことを、西沢と話しているわけですが、ココ数週間のは、やっぱり、4月3日のことなのでしょうか? 今週は、少し時間を遡って、ということでしょうか?

つまり、その後で、あのひどいや姉さンタイムが繰り広げられる少し前ということですか?

お嬢が筋肉痛で寝込んでいるということで、ハヤテ一人でバイトにきているのを、西沢に、執事がお嬢様放っておいていいんだ、みたいにいうのですが、こいつの場合は、お嬢への忠誠心よりも、自分のこと優先な訳ですので、職場の一番えらい人の命令にしたがって、一人でバイトに来ることくらいは、やるでしょう。下田やら、4月3日のエピソードで言ってたお嬢を守るという宣言は、表面上のものでしかないわけですし。

そのあたりに、西沢の付け込む隙があるわけですが。

一人帰ろうとするハヤテを、呼びとめ、夜道は危険だから、送っていってくれないか、と要求するわけで、面食らうハヤテですが、物語以前だったら、しぶしぶながらでも、付き合ったでしょうねえ、この状況なら。

何しろ、お弁当を作ってくれたりと世話を焼いていたわけですから、その好意に気がついていたかいないかは別として、相手の機嫌を損ねない程度には、相手の喜びそうなことをしたと思いますし。

しかし、桂姉の教え子(?)の可能性もある西沢が、桂妹と知り合いの加賀北斗に雇われているわけですが、桂姉との付き合いがあった場合、借金返済時代から付き合いがあれば、桂姉の起こす騒動に関わっていくうちに、そういう生活に慣れきってしまい、桂姉がいなくなった後、物足りなさを感じている可能性はあるわけで、加賀北斗のボスが咲夜であったならば、彼女を桂姉みたいに仕立て上げようとかもくろんでいる可能性も考えられるわけですが、西沢を雇ったのは、桂姉に似たにおいを感じて、雇ったからとかいうんじゃないだろうなあ・・・。
それこそ、つい、桂姉に似た女性、それも年下を見つけては、往年の桂姉みたいになるように、育て上げようとかで、とりあえずつながりを確保しておこうとか、考えているんじゃないだろうな(汗)

帰り道がてら、世話話などをする二人ですが、ハヤテは桂妹に嫌われているみたいに思っているということで、桂妹の気持ちに気がついていなくて、自分が嫌われるようなことをしていると自覚しているように見えますが、元、が付いているとはいえ、西沢も、かつてはハヤテに世話を焼いていたり、弁当を作っている人間ですので、初恋の少女のときに、彼女のせいで、女お子と付き合えないということをアピールしたのと同じく、自分をよく見せるためのポーズです。

普通は、ニブチンレベルということになるのでしょうが、ハヤテのやってることを考えると、相手の気持ちより、自分の感情、都合を、必要以上に優先して考えるので気が付いていないということなので、決して、自分がすかれていることに考えが及ばないとか言う可愛いレベルではなかったりしますが。
そりゃまあ、考えすぎて、逆に袋小路にはまるなんてこともあるでしょうけど、ハヤテの場合は、それ以前の問題ですしね。

それに桂妹に、西沢のことでは、色々とハッパをかけられていましたしね。おまけにかつては世話になっていた人間ですし。そういう損得勘定の付きまとう相手の前で、他の女と仲良くやっているなんて、得意げに言ったら、心象をよく出来るとは思えませんしね。あっちこっちの女の好意をいいようにかいくぐっている、ハヤテのけちな処世術でしょう、これは。

伊澄に買い取られたときでも、ハヤテは、その手を取らずに、結局、お嬢の元に戻ることを選択したが、それから、一ヶ月もしないうちに、自分の欲望を優先して、行動していたし、ひどい目にあわせた相手に、手を貸せといってきた。
こういう奴が、相手の気持ちを考えるにしても、チャンと考えられるかどうか、怪しいものだし、桂妹は、ハヤテにいろいろと注意をしているわけだが、自分にとって、さほど、相手のために自分を高めようというような手間を惜しむような奴が、果たして、そういう小言を言う相手が、自分のことを思って、言ってくれているとか思うであろうか。思っていたにしても、自分の都合優先で、行動するわけですし、むしろ、そういう相手にヘタに好かれたら、好き勝手できない、窮屈だ、みたいに考えるように思えますが・・・。
地下迷宮の一件で、自分の都合第一で、相手の気持ちなんて、全然、考えていない行動をとる奴が、その後もたいした変化のなく、その行動を間違っていると正されもせずに、そこそこうまくやり過ごしているのに、まともに、そういう自分を省みて、自分は間違っていたんだ、なんて、思うとは思えませんしね。仮に、すかれているとか、それに近いことを口にしたとして、それが回りまわって、その相手の口に届いたとしたら、そのうるさい小言を言ってる人は、自分のやってることが、相手のためになる、みたいに解釈して、ますます、小言を言うようになるわけで、まともに相手の注意を聞く耳をもたない人間が、間違っても、そういう行動は取らないものでしょう。

潮見高の方は、授業が始まっていて、という方向に話の矛先が向いていき、ノートを忘れたことを思い出す西沢。一緒にとりに行こうということになり、夜の学校で二人きり、ドサクサ紛れに抱きついて、ということで、ノリ気の西沢。

安全神話崩壊とかいうことを聞かされたあとなので、これで、西沢と別れて、一人で学校に活かせて、何かあったら、という不安からでしょうか、こういうことをいったのは?

さっそく、夜の学校に忍び込む二人。ハヤテが学校の警備なんて、どこもこんなものとかいうわけですが、こいつがいうと、非合法とまでは行かなくても、かたぎじゃない特技を発揮して、あけたように思えてしまうのですが・・・。

白皇と違って、多分、お化けは出ないと、不安になるようなことを言うハヤテ。もしかして、自分を好ましく思うように、わざと振舞っていないか。西沢が自分を好きになるようにというより、いざというとき、力を貸してもらう対象として、好印象与えておこう、みたいな感じで・・・。

一方、鷺宮家では、なぜか、そこにいる神父に、伊澄が、「このあたりに悪質な霊がいます」という、気が付いていないというより、あてつけで言ってるんじゃないのか、と思うようなやり取りしているわけですが、この間のメイドがらみの話で、精神的に未熟なところをつつかれて、神父のペースに乗せられた結果なのか、憑りつかれていないか、伊澄?

まあ、強力な霊能力者とかいっても、精神面は、かなり未熟で、力押しで悪霊退治をしているわけだから、神父のような相手には、手玉に取られやすいんだと思うのですが、霊力の強力さを前面に出すだけよりも、こっちの方が、面白いとは思いますけどね。

しかし、一応、中学生くらいの女の子の前で、フィギュアのパンツ除いているなよ、神父。しかも、ハルヒとか、もえたんのいんくとかあるし。

ノートを無事、回収した西沢を見て、ひょっとしたら、西沢と、という可能性を考えてみるハヤテですが、あの両親が何もしでかさないわけないし、ハヤテだって、あの時点で、ハヤテによくしてくれるのは西沢くらいだったから、そういう相手と関わっているうちに、ということはあるかもしれませんが、ほかに、仲良くしていて、好都合な相手を見つけたら、そっちに乗り換えていた可能性もありそうですしね。

でも、西沢は、ちょっとやそっとじゃめげないし、しかもなまじっかな恋敵だったら、蹴散らせるような、精神的な頑丈さは持ち合わせていると思いますから、恋人になったら、以前みたいに、あいまいな態度をとって、複数の女の間を行ったりきたりするということが出来なくなるので、逃亡を図ろうとしているか、首根っこ抑えられて、しりに敷かれている可能性が高そうですが・・・。

まあ、少なくとも、あのまま、何事もなく、すごしていたら、多分、ハヤテに他の女は寄り付いてこない状況になっていたでしょうね。

ガンプラ教師も、散々、桂姉に振り回されていますが、恋仲になったら、今までの日々が上げ底であったことを、とことん、思い知らされるのだと思いますので、ある意味、今はまだ、平穏なのですよね・・・・。

でまあ、目的も無事に果たせたのですが、ハヤテに抱きつくチャンスがこなくて、不満の西沢。

しかし、西沢姉、彼女のポジションは、陽の下光とか、アニメカノンにおける水瀬名雪ポジションだし、カノンでは、祐一に貸した名雪のノートを、祐一が学校に置き忘れていたがために、それをとりに行って、ヒロインが一人出現するというフラグが立つわけで、彼女のポジションから言ったら、決して、いい傾向といえるようなイベントではないのですよね、これが。

でまあ、教室の鍵が開いていたり、先生の姿も見ないということで、強盗でも出たのかなといっていると、本当に出た、しかも、クロコダインというのが、微妙だ(汗

ハヤテの機転で、強盗を撃退するも、ノートはぼろぼろに。西沢のことを大事な人というのですが、自分に何かしてくれるという意味で、大事なとか言うのではないだろうなあ・・・?

過ぎたときは戻らない、ということなのでしょうが、ハヤテの場合は、そういう時に、利己的で、悪い結果に行きそうな選択肢を取ったりしても、作者補正とかで、そのミスを強引に、いい方向にもっていったり、無理やり、うわべを美しく取り繕ったりするので、そういう風な話をされても、説得力を感じませんからねえ。そもそも、自分の利害が絡んだときには、何の躊躇もなく、自分の利益を優先する選択を平然と取ることを何度も繰り返しているわけで、選択の責任の重さをごまかしておいて、こういうときだけ、他の選択肢に思いをはせられても、その場の状況に流されて、自分によってるという印象を受けてしまうわけで・・・・。

しかし、この後、ワタルたちに、余計なことを電話で吹き込むのでしょうかね、彼女?
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by kwanp | 2007-12-26 19:15 | コミックス

いよいよ・・・・・・

6年以上続いた金色のガッシュも、明日発売のサンデーで最終回になるわけですが・・・、ファウード編あたりから、どんどん、普通の少年漫画っぽくなってきたわけで、クリア戦のラストでは華麗なるビクトリーム様が出てきて、「メロンを持って帰れ」という、ある意味、らしい、話のもっていき方をしていたわけですが、清麿、なぜ、ツッコミを入れない!?

しかも、クリアが規格外だからとはいえ、複数の魔物で袋叩きで、しかも、魔物たちは皆、上位のシンの術を使っているわけで、ある意味、カードバトルでは、再現したくてもやりようが無い光景なのだが。
なにしろ、カードバトルは、極端な話、100人の魔物の子の誰もが、原作のマンガと違い、魔界の王となる可能性を再現できるわけだが、作中で出ている術はともかく、出ていない術や、生き残れていたら、習得していたかもしれない、高位の術など、それらをすべて、カードで再現するとしたら、どう考えても、放送期間内に追いつけるはずが無い。
バンダイが、無難に作中に出ている術や、原作に沿ったイベントカードなどで、お茶をにごそうとするのも、無理は無いかも。
まあ、クリアという魔界を滅ぼして、自らも滅ぼすなんて奴を、放っておけるわけはないのは、わかるのだが、自分たちが生き残るために、主義も主張も関係なく、大勢の魔物の子たちの強力な呪文で、袋叩きというのは、それが優しい王様になろうという奴を主人公にした作品のすることか? ハヤテやそれをプッシュするサンデーの、「受ければなんでもあり」の理屈に相当毒されてきたのではないか、という気もして、しょうがないのですが・・・。

まあ、ファウード編の冒頭では、コーラルQをかませ犬にしたり(しかもキャラに対するフォローなし)、もともと、金色のガッシュはギャグマンガの色合いが強いのに、唯一、ツッコミを担当しているといってもいい、清麿を一年近くに渡り、瀕死の重傷を負わせて、意識不明にしたために、もともと、ボケキャラが多いこのマンガでは、ギャグ方面に走ると、話の収拾がつかなくなるためか、シリアスな流れにならざるを得ず、というか、そのシリアスな話の流れがやりたかったのだろうけど、ウンコティンティンやキースは、ギャグキャラとしては、シリアスバトルで、見る影もなく、キャラを貶められて、退場せざるを得なかったという結末を迎えてしまった。

私は、ガッシュは、バトルマンガというより、一筋縄ではいかない変な人たちが、真剣に馬鹿をやる作品の側面が強いと思っている。しかも、百人の魔物とソノパートナーという、誰が魔界の王になってもおかしくは無いバトルロイヤルは、主人公やその仲間たちの価値観だけがすべて、という少年漫画にありがちな主人公至上主義には、陥りにくいわけですが、ファウード編あたりから、赤本組の理屈が正しいみたいな方向に話が進んでいき、このマンガ唯一の突っ込み役、清麿が瀕死の重傷を負った後は、ギャグキャラであるウンコティンティン、キースはシリアスキャラやバリー相手に、キャラを貶めるようなかかれ方をされており、その次のクリア編のクリアは、のっぺりとした美形キャラという風に、話が進めば進むほど、当初感じた面白さとは、どんどんかけ離れたものを感じる作品になっていったわけで(それでも、面白いことは面白いのですが)。
とはいえ、この違和感の理由は、推測ながら、見当がつかないでもない。
というのも、金色のガッシュは、弱かった者たちが強くなったり、力をあわせたりという風に、普通の少年漫画なら、切り捨てられる、もしくは扱いが低くなるキャラをしっかりと書いているところにあるわけですが、主役というのは、最初、どんな胃弱くても、最後まで生き残ることが、大抵は約束されていて、その頃には、一番強くなっている場合が多い作者の寵愛を一番にうけるキャラとなりやすい。
そして、そういう主役というのは、作者の価値観を色濃く受け継いだキャラであり、下手な少年漫画的な作品だと、主役が正しい、強いという話に方向が行きがちではあるが、ガッシュのキャラたちは、そういう主役の価値観で、簡単にどうこうされるような大人しいキャラではなかった。
というか、無いはずだった。
ところが、コーラルQ&グラブを始めとして、キースや、ウンコティンティン、といったキャラたちは、主人公側、もしくは主人公をよく見せるためのかませ犬として、キャラを落とす羽目になり、ファウード編のラストのゼオン戦では、激闘の果て、散々、好き勝手やってたゼオンと、ガッシュが和解するわけだが、ゼオン帰還の時には、長々と、ガッシュと語り合う時間があったりと、ゼオンの扱いに関しては、まだ、アニメ版のほうが、ある意味良かったな、と思わざるを得ない。ファウード編序盤で感じた違和感は、清麿瀕死のあたりから、どんどん大きくなっていき、クリアも、いかにもな美形キャラだったことも、それに拍車をかけた。ある意味、安心したのは、キャンチョメ&パピプリオ送還の際のゴームに追い詰められながらも、パピプリオを守ろうとするルーパーの姿と、彼女の「私はお母さん」だからという台詞や、増長するキャンチョメを真正面から止めようとするフォルゴレの姿であり、このエピソード以降は、良くも悪くも、普通の少年漫画っぽい展開が繰り広げられ、クリアとの最終決戦では、ティオやウマゴンが魔界に帰っていき、クリア対99プラスαの魔物という形で、クリアは袋叩きのような最後を受けてしまう。
そりゃ、クリアが魔界にとって、異物というか、危険分子であることはわかるが、都合の悪い奴は、数の力で袋叩きにして、排除では、どこが優しい王様なのやら・・・・・、と思わなくもない。
そういう当たり前の力の理論に力の限り抗うのが、優しい王様ではないかと思うのだが・・。
そして、三ヶ月の猶予をおいて、卒業式を経て、ブラゴ&シェリーの黒本組との、生き残った二人の魔物と、パートナーたちとのラスとバトル。これもはしょりにはしょられ、数種間で終わってしまった。
まあ、他のいくつかのマンガも終わる気配を見せていたし、06年ごろから、かなり早い段階から、ハヤテをメインにして、一時期は、メインに置かれていた藤田組カラーを抑えようという動きがあっわけで(こういう変わり身の早さは、商売を考慮しても、節操がなさ過ぎる気がするのだが)、ましてやファウード編あたりから、魅力が減じるような展開もあって、サンデーでの、ガッシュが軽くなったのでは、と思わせる状況証拠はいくつかありますし、ある時期から、普通の少年漫画的な内容になってしまったアニメ版の影響をもろに受けて、ファウード編がああなってしまった、しかも、作者自身のやりたいことが先走っていて、とファウード編の後半以降は、前ほど魅力を感じなくなってしまったとか思っていたのですが、むしろ、雷句氏自身が終わらせたいのでは、と思えてしまう節があるのですよね。
というのも、考えられる原因のひとつは、華麗なるビクトリーム様を始めとするギャグ魔物、イロモノ魔物人気。確かに彼らは面白いし、個性豊かな魅力的なキャラではあり、「千通来たら、復活させてやる」といったら、三千通やってきたわけで、その人気が高いのは、有名な話です。
しかし、彼らは、話的には、高い位置にいるわけではなく、途中で立ちはだかる、強敵に過ぎないわけで、あまり、そっちに注目が向かっていったら、作者としては面白くは無いでしょうしねえ。
金色のガッシュは、作者の雷句氏がギャグマンが向けの作家であることもあいまってか、メインの魔物やパートナーよりも、それ以外のサブキャラとかの方が、魅力的に書かれている場合が、往々にしてあるわけで。
しかし、それと同時に、メインキャラとか、強くてかっこいいライバルキャラというのは、普通なら、十分い魅力的ではあるが、そういったギャグ魔物、イロモノ魔物の影に隠れてしまうという自体を招いてしまったのではないだろうか?
前述したように、主役やメインキャラというのは、作者が、力を入れて、魅力的にかくのが当たり前のキャラ達であり、作中においては、正しいとされることの多い者たちである。ましてや、強気をくじき、弱きを助けるといったたぐいの話においては、主人公は正しいとされるものである。
この作品の場合は、100人の魔物と、そのパートナーという風に、多様な価値観の中で、強気をくじき、弱きを助けるといったたぐいの考えを持つ主人公を育てることで、千年魔物編までは、少年漫画が陥りやすい主人公、ひいては書き手の考えが、作中では絶対であるという考え方に、比較的、陥らずに、話をすすめてこれたのだと思う。

しかし、アニメ版でも、ガッシュ達が、ブラゴ&シェリーVSゾフィス&ココの戦いに乱入したりと、悪い意味での少年漫画的な価値観が幅を利かすようになると、アニメの評判も悪くなったわけですが、ギャグ魔物や、イロモノ魔物の人気が高いことが、逆にネックになっているのではなかったか、と今なら思えるわけで。そりゃまあ、ファウード編後半、お笑い要員の立場を、ロデュウ様とともに、こちらは影ながら担当したバニキスギーゴー&リオウとか、一部で、重要な位置を占めているといえなくも無い(というか、コントロールルームの柱の設定は、彼のためにあるようなものだろう)のだが、基本的に、ストーリーの中では、あまり、彼らは、刺客の一人であり、重要な位置にいるわけではないので、そういった方向に注目が必要以上に集まるのは、書き手としては、あまり、好ましくは無いのではないだろうか?

ついでにいえば、ハヤテでは、ヒロインの萌えやパロディなどのねたに注目が集まり、そっちを重視するようになったが、華麗なるビクトリーム様は、コンバトラーVがモデルなのは、有名な話しだし(ボルテスVがモデルの魔物がいつ出るかと、ひそかに楽しみにしていましたし、私も)、キースだって、バビル2世のポセイドンにデザインが似ていたりするわけで、個性豊かなギャグ魔物イロモノ魔物に人気が集まるのと、後のハヤテの萌えやネタが注目される動きというのは、ファン層がまんま同じというわけではない打折るが、動きとしては、似たようなものがあると思うし(だから、ああもあっさりと、ハヤテで注目された後の方針の切り替えが早かったのかもしれないが)。

ハヤテのように、そういう動きを迎合して、ウケ狙いに走るやり方もあるだろうが、雷句氏の場合、やりたいことが先走っていたこともあるのだろうけど、ファウード編で、主役補正の犠牲になった魔物というのも、こういったギャグ魔物、イロモノ魔物であるわけで、こういったキャラたちを冷たく扱ったりすることで、話の本筋についてこれる読者かどうか、古いに書けたところもあるのでは、というのは考えすぎだろうか?

まあ、個性豊かなキャラたちをかける反面、メインキャラやら、強くてかっこいい、普通なら、十分魅力的なキャラたちをしっかりかくというか、彼らの言い分を納得させる部分とのバランスは、話が進むにつれて、取りにくくなっていったみたいだし、ガッシュは、一応、バトルマンガであり、しかも王になる魔物を決めるためのバトルロワイヤルで、最後に勝ち残るのは、一組の魔物とパートナーだけ。
つまり、話が進めば、進むほど、個性的な魔物たちは淘汰されていき、主人公たちも強くなっていき、魔物の数も残り少なくなっていく。少年漫画が陥りやすい、主役側の価値観が正しいという弊害に向かって、突進していくことになる。
ましてや、ハヤテのごとくが注目され、次第にそれメインになっていくサンデーは、露骨に、ハヤテで、萌えやねたで受けを狙うような体制になっていったわけで、こういった体制の中で、しかも、一度路線が確定すると、何もかも、それ一食にしてしまう極端な体制の中で、ガッシュのような作品を前のように書いていくというのは、かなり難しいわけですし、イロモノ魔物、ギャグ魔物の個性を引き立てるような欠き方をしていたら、ひょっとしたら、ガッシュもハヤテのように、露骨に受けを狙う路線になっていたことも考えられるわけで、ファウード編後半以降のいかにも、少年漫画的な内容は、ヘタに、サンデー読者に気に入られて、作品をがたがたにされないために作品を守る苦肉の策だったのかもしれない。
というのも、ヘタに注目を受けたがために、読者の喜ぶ方向に話をもっていったがために、話ががたがたになった作品は、武装連金を始めとして、枚挙に暇が無い。
とはいえ、こういう手が出来るのも、サンデーで、人気作品になっていて、下手に連載を止めさせられないという事情があったればこそともいえるので、あまり、雷句氏も大変だなと思うほどのことでもないのかもしれないけど・・・。

最後の一人になるまで戦うのと、個性豊かな連中の複数の価値観が並立するというのは難かしいし、現状のサンデーの状況で、それを生かせるセンスの編集員がいて、いや、いたとしても、それのセンスを理解できる人間がどれだけいるやら、怪しいものだし。
ましてや、最後の一人になれば、主役自体が、一番の強者になってしまうという少年漫画の避けられな事実が待っている。ましてや、腕ずくのバトルで、雌雄を決するのである。どれだけ、言葉巧みに、それを雄弁に語ったところで、所詮は、力による勝者の正当化になってしまうのではないか。皮肉なことに勝ち進めば勝ち進むほど、この構図には拍車がかかるし、そういた過程を踏まえて、優しい王様の志を貫くには、ちょっとやそっとの長さでは書ききれないし、ベタな作品を描くにしても、表面上の条件を満たせばいいみたいな考えがあるサンデーでは、そういうのを書ききれるかは、非常に怪しいわけですし。
ので、あえて、語らなければいけないものに口をつぐんで、予定調和的なラストを淡々と進めて、幕を閉じることを選んだのかもしれない。まあ、雷句氏自身も、少年漫画的な考えが強くなってきたという部分もあると思うけど・・・・。

明日発売のサンデーで、どういう最後を迎えるにしろ、7年近くもの連載、お疲れ様でした、雷句誠氏。
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by kwanp | 2007-12-25 17:19 | コミックス

よくよく考えてみれば・・・

カイによって、時間が変えられ、イマジンの時間につながった過去の出来事を見せられた主人公。

当然ながら、主人公には、この記憶は無いし、何事も、無かったかのように、いつもの時間は流れていたわけで。
しかし、カイは時間を変えたけど、強引に力技で、何かを行ったようですから、カイが変えようとしていた時間お流れが定着するのには、何かしら、隙が合った。
主人公も、何度か、契約者の時間を変えたことがありましたが、それらはほとんどが、時間お流れに影響を及ぼさない、小さな変化だったわけですし。
時間の流れを大きく変えるのには、ただ単に過去に起こった出来事を変えるだけでは駄目だということなのでしょうか?
何しろ、イマジンに破壊された過去は、戦いが終わった後、修復されるわけですが、人間が消えた場合は、その人間を覚えている人がいないと、時のハザマに迷い込んで、刻の列車の乗客になってしまう。
分岐点? であるゼロノスが負けて、カイが、時間を変えたわけであるが、実際は、一部の出来事の改変が行われているが、時間は前と、あまり変わらずに、営みを刻んでいる。

ひょっとすると、過去の桜井にベルトとカードを与えたのは、これが理由で、後述するが、未来の桜井も、ゼロノスのベルトを持っていて、変身している。
やり方としては、劇場版の複数の主人公が出てきたときと同じ要領か? ひょっとして、劇場版で、手勢が必要ということで、主人公を複数連れてきたのは、自分で似たようなことをしていた経験があるから、とか言うのじゃないだろうなあ?

つまり、過去の自分にベルトとカード、デネブを託したのは、自分がやられた場合の保険の意味合いも合ったのではないだろうか?
桜井ゼロノスがイマジンに破れれば、分岐点である、主人公の姉を守るものがいなくなり、イマジンの時間につながるのだが、何らかのトリックで、若い桜井がゼロノスとして、もう一人存在していたとすれば、未来の桜井が破れたとしても、ゼロノス=イマジンから、時間や、主人公の姉を守る存在が、失われたことにはならなくて、時間は変えられない。
敗れたから、若い桜井がゼロノスになったのではなく、あの時点で、若い方の桜井は、既にどこかでゼロノスになっていて、デネブや、ゼロライナーも、そっちにたくされていた。

だから、カイと一緒にいたとはいえ、ゼクトルーパーに送れをとっていたのかもしれないなあ・・・。

多分、あれだ、モルんです(マンガ版モルダイバー)みたいなものだ。

あれはたしか、モル鉱石が消耗して、パワーが良くなって、いずれ変身できなくなってしまうために、一回だけ使えるように分離した使い捨てユニットだったわけで、ゼロノスが回数制限なのも、一人の人間が、自分の過去の人間に、それを使わせるために、分離させた結果なのかもしれない。
ある意味、ゼロノス自体が可能性であり、複数のゼロノスがいること自体が、本来ありえないこと、負けた事実と、生き残っている事実が、同じように並立している。
普通、相反する記憶やら、同じ時間に、いくつモノ記憶が混在していたとすれば、どうなるか?
普通は己の経験やら、常識から、実感の強い、現実味のある記憶を、己の事実の記憶とするはずだ。
つまり、これまでどおりの時間が営まれるのと、無理やり、割り込んできたイマジンの時間のどちらかが現実味が高いかといわれれば、おそらくは、前者の方を選択する率が高いと思うのだ。
そして、それにあわせて、記憶の改ざんが行われるが、桜井ゼロノスが、カイに負けた事実は無かったことにされているわけだから、その記憶は存在しない。しかし、では、何があったかというのを、イマジンの時間につながらないように改ざんされた結果、主人公の変えられた記憶が事実として、存在してしまったのではないだろうか?

前に桜井が消えたときに、桜井が復活したのも、これに近い仕掛けだったのかもしれない。

時間のハザマを移動する桜井はおそらくは、いるか以内か、あいまいな存在になっていたわけだが、主人公や、カイたちに、その存在を認識されていることで、存在しているということになり、若い方の桜井が消えたときには、今度は、未来のほうがバックアップになって、桜井は、消えていない、存在するという風に事実を持ってきたのかもしれない。
つまり、ベルトは同一のものであり、未来のほうの桜井も存在しているからこそ、可能な芸当なのだろう・・・。

確かに、他の人間は、巻き込めないやりかただわなあ、これは・・・。

カイの記憶があいまいになっているのも、イマジンの時間につながるということは現実味が薄いから、かもしれないなあ・・・。

しかし、桜井に関して、えらく、主人公そっちのけで展開されているわけですが、これって、主人公がヒーローやっていないということを結果的に認めているようなものだよなあ・・・。

主人公の不幸もそうだし、桜井に関しても、こういう手間隙かかったであろうまねを、行っている可能性があるわけだが、自分ひとりで、自分のいる時間の運命背負い込んで、それで、他の人間は巻き込めないから、過去の自分を巻き込んで、いざというときの保険にして、という大変な真似を、誰でも出来るわけないし、普通は、やりたがらない人間のほうが多いわけで。

しかも、物語の根幹に関わる部分とはいえ、桜井のやっていることは、リスクの伴う、大変な辛いことであるのと、メインのライダーではない、つまり、見ている人間が、感情移入しない率が電王よりも高くなるキャラで、もし、推測があたって散るのであれば、リスクの高いことをやっているわけで、主人公の不幸を描くという、本来なら、主人公をヒーローたら占めている部分を、描いていないというのに通じるところがあるわけだし、しかも、明かされたのが、残り一ヶ月近くになってから、ほとんど、説明で、語られているわけで、説得力が伴わないわけだし。
しかもクリスマスだし、ゼロノスは赤くなってしまったが、ゼロフォームの装着変身は、二月発売で、ゼロフォームの商品は、デネビックバスターやソフビであるし、ベガ/アルタイルフォームのソフビや装着変身をアピールしないといけない。

実を言うと、私、ゼロノスの変身ベルトが半額で売られている光景をよく見かけるわけで、一番古い記憶は、10月中ごろだったりする。

電王のベルトは、量販店でも、二~三割引あたりで売られている横でである。

今回書いた桜井の行動はあくまで推測の域を出ないことであり、ゼロノスの商品をアピールするために、ゼロノスが二人、同時に存在する描写をしたのではないか、と勘ぐりたくもなるのである。

それに桜井だって、美人の婚約者と結婚を間近に控えているわけだし、そんなときにイマジンによって時間が変えられるかもしれない、というようなことを知らされたら、「よっしゃ、やってやるか」という気にもなるし、自分の記憶や、存在が失われても、大事な人達が無事ならば、という気にもなるし、最悪、消えるのも受け入れようという気にもなるのかもしれない。

つまり、これほどまでに、大掛かりなことをしているかもしれない、桜井の行動の原動力は、下手をすれば、自己満足の域を出ない可能性だってありうるわけで、桜井の行動を推測できたとして、そこで導き出された結果が、その姿はヒーローとは言いがたいものなのかもしれないのだ。

あれ、最近、年を食ったほうの桜井と、まんま同じ事をしている主人公がいたような・・・?

たしかに、大事な人を守るためには、わが身を省みずに、命を賭さねばならないときがあるのかもしれないが、年を食ったほうの桜井の行動は、ハードルは高いのかもしれないが、ある意味、普通な行為であるわけで、ヒーローという姿には、いささか、そぐわないものに思えてくるのだが・・・。

ともあれ、そういう大変な行為を、描くことを、力の限り避けていて、ウケを取れそうなことを描いているわけだから、それで、ヒーローを語っているとすれば、本末転倒と言われるのも、当然だ
だろうし、いかに、ヒーローっぽく見えても、そこにでてくる登場人物は、どこかしら、ヒーローとはいえないものになっているのかもしれない・・・・。


さらに考えてみれば、ゼロノスを二人にしたのも、時間の流れを守るのと、自分の身が可愛いということもありえそうだしなあ。
確かに確実に、自分だけで、守りきれる保障は無いわけですが、そりゃ、どのヒーローだって、同じなわけですしね。
過去の自分とはいえ、他の固体を巻き込んだ時点で、桜井=ゼロノスは、やはり、ヒーローではないのだろうなあ・・・・。
桜井が、今の時間や、主人公、姉が大事というのも、デネブの証言だし、デネブは、桜井を消滅させたくは無いという考えが強くて、無関係な人間を巻き込んでいるわけですし(これも、年を食ったほうの桜井を見習ったからでは?)

やはり、説明台詞や、最後のほうで明かされる事実で、桜井のやってることが大変だったというのはともかく、桜井がヒーローというのは、説得力に欠けるものだろう・・・。

まあ、大事なことを成すために、あえて、鬼にならないといけない場面も、人間にはあるわけですが、若い方の桜井のいってるように、嫌な奴という推測もひょっとしたら、あたっているのかもしれない・・・・。
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by kwanp | 2007-12-23 22:48 | 特撮

結局のところ

ほとんど、スーパー戦隊のクライマックスのノリじゃねえか、ハヤテの暫定最終回。

ハヤテが執事としての力を奪われて、姫神に、お前は足手まといだといわれて、しかも、自分の部屋の机の上にあった手紙を見て、三千院家を去るという内容だったが、

どう考えたって、脚本お名前は違うけど、武上(敬称略)の入れ知恵だろ、これ!

あきらかに、ネタ元は、スーパー戦隊クライマックスの定番パターン、変身不能のそれだから、可能性は高そうだし。

スーパー戦隊の場合、その戦隊をつかさどっている力が失われる、封印されるという手をうたれて、変身不能になり、追い詰められたところから、逆転するというパターンが一時期顕著で、ジュウレンジャーでも、守護獣が取り込まれて、変身不能になったり、ダイレンジャーでも天宝来々の珠を、導師カク(この人のおかげで、話がややこしくなってた気はしないでもなかったが・・・)に取り上げられてとか、オーレンジャーでは、超力を抑えられて、カーレンジャーでは、クルマジックパワーを守る守護星座が力を失ったところを抑えられて、という風に90年代前半のスーパー戦隊は、ほとんどが、このパターンで、危機に追い詰められるわけだし、ボウケンジャーのラストもこのパターン。

この逆転のパターンで納得できたのって、最終回じゃあないけど、忍者戦隊カクレンジャーのクリスマスの山場の三本くらいなんだよなあ・・・。

特にひどかったのが、百獣戦隊ガオレンジャーで、20数体のパワーアニマルがことごとくやられて、変身不能になり、追い詰められたものの、何とか生身の力で奮戦していたら、世界中から、残りの70数体のパワーアニマルが出てきて。パワーも復活、ラスボスを袋たたき、ガオレンジャーがいる必然性なしというひどいありさまでしたし・・・。

しかも、それで前半が終わり、後半は後日談だったのですが、ブラックのシーンで、監督が自ら登場するというありさま。

んなシーン作ってる暇があったら、話のほうをしっかりと作りやがれ!と、私が怒り心頭に達したのはいうまでもない。

ご都合主義で、納得いかなイラストを作っておいて、一部スタッフの自己満足優先で、シーンを作る。メガレンジャーでも、武上氏の脚本は、あまり好きではなかったのだが、ガオレンジャーの最終回で、決定的に、武上氏が嫌いになってしまったのだ。

ちなみに、パワーレンジャー版では、後発とはいえ、日本版よりも、はるかにマシな終わり方をしたという話を、当時出入りしていたTOYレビューサイトで耳にしたのは、ココだけの話だが・・・。

そういえばあれも、シルバーがガオレンジャーよりも強いということで、ツッコミを受けていたのですが、強力なラスボスを出して、追い詰めるという手法で、それをどう逆転させて、納得させるか、ということに関して、ヘタだったことを考えると、こういう強力キャラの使い方、もしくは見せ方というのが、つくづくヘタな人なのだな、と思わずに入られなかったり。まあ、六人目の追加メンバーの描き方は、どのスーパー戦隊でも苦労しているみたいだけど。
ともあれ、ラスボス倒せれば、何をやってもいいだろう、といわんばかりのこの人の傾向と、畑氏は似たものを感じてしまうわけだが・・・。

ともあれ、ハヤテの力が奪われるというねたは、明らかに、この感覚で作っているのだが、見たところ、紅茶を入れるのが下手になったり、置物を割ったり、迷子になったりとしているわけで、相手の感情を読み取る能力やら、注意力などが低下されられているわけですが、ハヤテの場合は、生きるために生きるみたいなニュアンスで、金儲けにいそしんでいたわけで、人の良さはそこそこ、詐欺師としても、三流というのが個人的見解ですが、しかし、こいつの場合、奪われた能力を見るにつけ、力が低下させられたというより、煩悩を無くした諸星あたるみたいなもので、生ける屍みたいになるくらい、奪われた能力は、ハヤテの中で大きな割合を占めているわけで、能力が低下したという可愛いものではないと思うのだが・・・。
つくづく、シチュエーションだけで、取り繕ってるなあ・・・、と思わざるを得ない。まあ、どうせ、原作の第一部の暫定最終回みたいに盛り上がりの無い力の取り戻し方、あるいは、もっとひどい展開になるのは、目に見えていそうだが・・・・・・・。

私が嫌っているスーパー戦隊ロボの破壊もそうだが、盛り上げるために、単に派手にピンチを煽ればいいと思っているところがあるのか、派手なピンチを演出するだけしておいて、そのたたみ方に納得がいかない傾向が強いので、こうも、スーパー戦隊色の強い演出をしているとしたら、39話においても、名前が出なくても入れ知恵している可能性は、非常に大きそうだが・・・・。

まさか、畑氏が作中に出たりするところまで、同じじゃないだろうな?

スーパー戦隊のネタを取り入れること自体は悪いことではないのかもしれないが、武上氏が関わっている作品は、それをなんのひねりもなく、入れてしまうから、作品を損ねる危険性が高いので、不安なのですよね。
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by kwanp | 2007-12-19 14:55 | アニメ

そのとき、彼らに何が起こったのか?

主人公の記憶に何かが欠落していると、いうことに気が付いたカイ。

一方、姉の店で店内のクリスマスの飾りつけを手伝っていた主人公は、ツリーの飾りつけをしていて転倒するわけですが、これも、不幸描写だとか言うんじゃないだろうなあ・・・。

電王でネックになっている原因おひとつは、この主人公不幸をしっかりとかけていない、もしくは、不幸を描いたら、見ている人間につまらないと思われることで、こういう不注意レベルのことをことさらに不幸だとかいって、強調して、チャンと不幸を描かないことでしょうね。
何度も言ってるように、不幸好きのキャラは、別に主人公が悲惨飴に会うのを喜んでいるのではなく、それを乗り越える、普通の人なら心が折れたりくじけやす状況でも、立ち上がって前に進む姿をみたいのであるわけで。
ヒーローって言うのは、普通の人からすれば、割に合わないというか、普通の人は、要領よく生きていきたい、赤信号、皆で渡れば、怖くないというように、皆と生きていることで、その中で、無難に生きたいという人が多くて、長いものに巻かれるということと、ヒーローであるという生き方は、違うわけですからね。
時には、世界をすべてを敵にまわしてでも、命や世界を守るために、戦わないといけませんし。
ところが親近感とか、等身大というものを求めて、普通の人であること、生身の人間であるを強調しているのが、平成ライダーで、言ってみれば、これは楽な方向へ楽な方向へいくだけともいえるわけですからね。
人としての心を保ち続けようとか、そういうことをないがしろにして、その力を自分だけのために使おうなんて生き方は、ヒーローではないのですよ。大体、強い力を持っていて、自分のために使うのは、当たり前ですからね。
勧善懲悪への疑問、否定は、単に正義のために戦うということを否定して、逆のKと緒をすればいいというものではないわけで、そういう意味では、自分たちが創り手になっているからといって、正義のために戦うヒーローを否定しているだけの平成ライダースタッフにヒーローを作るだけの気概があるとは、到底、思えないのですがね(TV屋としては、出来がいいのかもしれませんが)。しかも、なまじ、実力があるから、逆に厄介なのですよね、どこぞの負債と違って・・。

でまあ、そのクリスマスツリーの飾り付けで転んだ、主人公の姿がおかしくて、笑う姉の姿を見て、桜井がいた頃を思い出す主人公。
そこへ、宅急便がやってくるのですが、その送り主が主人公になっているのですが、彼には覚えが無い。中身は桜井のと同じ懐中時計で、同じモノが三つあることに。

主人公の話によると、その時計を買った時、結婚して時間が新しくなるという思いつきが、気に言った姉が、予算が苦しい中で、やりくりして、時計を買ったということで、主人公が、しぶしぶ、それに同意させられたということで、結局、なし崩し的に賛成させられたという結果になっていることで、桜井の時計に関して、語ったことも、相当に美化されているみたいで・・・。

一方、主人公を驚かせようと、サプライズクリスマスパーティを行う、モモタロスたち。キンタロスとウラタロスはその最中に、主人公の記憶の欠如に関して、会話するのですが、特異点は影響を受けないということは、過去を弄ることに関してで、ゼロノスのカードのように、抜け道がどこかにあるのではないかということを口にするウラタロス。
桜井が特異点ではない、ということを言ってるのは、桜井自身と作中で、そうにおわされているだけですから、ッ桜井が、未来の桜井に、そう、教えられているのを鵜呑みにしている、ミスリードの可能性もあるわけですし。
キバライナーと、ガオウも、契約と変身を一人で行っていましたが、キバライナーはあらゆる時間を行き来できるし、しかも、変身にイマジンを必要とはしません。つまり、スペックが、デンライナーやゼロライナーとは段違いであり、あえて、性能を落として、時間の行き来を行いにくくして、人間の記憶でいける範囲の時間しか行き来できなくなってしまったということも考えられるわけで、特異点が、刻の列車と契約して、変身できるということが、並立するということではなさそうです。

でまあ、時計を買った店に行って確かめるわけですが、店主が忘れていて、八月に送るはずのものをクリスマスに贈ったとのことで、記憶が欠落しているとのことで、それおw確かめるために、デンライナーで過去へ飛ぼうとする主人公。
しかし、それって、気持ちはわからなくも無いけど、自分の欲望だけを、最優先にして、行動しているわけで、そういうkとおを躊躇もなく、即、行動に移せるのは、ヒーローとしては、どうなのだろうか?
確かに手っ取り早いけど、やはり、強大な力を使うことに関しては、ヒーローは自制心が不可欠だと思いますし。

デンライナーでは、勝手にそういうことは出来ないというハナ。しかし、カスミの一件のときは、ルールを捻じ曲げて、キンタロスをお咎め無しにしておりますしねえ。抜け道さえ、見つければ、意外と可能なのではないか、とか思えてしまいますし、主人公も、そのあたりのことを期待しているのでは、と思える節がありますから。

そりゃまあ、気になること、どうしても、思い出せないことを思い出せる手段があれば、それに手を伸ばしたくなるというのは当然でしょうが、己の欲望のままに、そういうシロモノに手を伸ばしていけば、結局、理由さえあれば、何をやっても言いという平成ライダーの理屈でしかなく、口先だけで、ヒーローらしいことを言っても、結局、それは見ている人間に対するポーズでしかなかったということになる。

平成ライダーに限らず、人間であること、等身大ということを強調して言いますが、ヒーローというのは、時には、世界のすべてを敵にまわしてでも、すべてを守るために、一人で何かを行わないといけないという、ある意味」割の合わない立場でもあるわけで、誰にでも出来ることではないと思いますからね。
平成ライダーの場合は、勧善懲悪の否定や疑問を、正義を守るとか、平和を守るというお題目を否定し、自分の欲望だけを優先する姿を描く、つまりは、反対の姿を書くことで、表現していますが、単に逆のことをするだけでは、そのことを否定したり、批判することにはつながりませんからね。
結局、その対象に関して、突き詰めていくことは不可欠になる。

だったら、ゼロライナーがあるじゃないか、と、今度は桜井に頼もうとするのですが、これも断られる。もっとも、彼の場合は、別の理由で隠しているみたいで、モラル的なものではないみたいですが・・・・。
主人公は、記憶を代償にというのがゼロノスと同じ主張するわけですが、もし、そうだとすれば、記憶を代償にすれば、その記憶の代償によって、成せることがあり、ゼロノスが回数制限で変身するからといって、特異点ではない理由とはならないし、特異点がまったく、影響を受けないなどの特長にも、抜け道が存在することになる。
まあ、一部のイマジンと、オーナーによって、語られている設定ですし、契約相手に、駆け引きで有利な条件を引き出そうとするのは、普通の人間だったら、そっちへ転びやすいですからね・・・。

でまあ、イマジンがあらわれたということで、駆けつけるわけですが、今回の契約相手は、前述の時計屋、在庫を何とかしたいということで、勝手にばら撒くわけですが、なんか、イマジンと、契約者の関係も、スタッフとファンの関係にそっくりですよね。
スタッフは、自分のやりたいこと、商売優先(まるっきり、否定はしないが)で、ファンの見たいものに関して、本気で考えようともしないわけですしね。
作っているほうかrすれば、ファンが勝手なことを言ってると言うところでしょうけど、「そういうファンを相手に商売することを選んだのは、己ですし、しかも、好きなことを商売にしている人が少なくないでしょうからね。それで、好き勝手やって、ファンに文句をいわれても、説得力は無いでしょう。

でまあ、イマジンが跳んだ時間は、姉が記憶を失ったあの日ということで、過去へ飛んで、さっさと終わらせようとする主人公。今年の電王は、自分の周囲のことでしか、動こうとしない建前で、世界や多くの命を守るということではなく、世界とつながっている、自分や、自分の大事な人間がいるこの世界会ってこそ、自分たちは生きていられるということが大事なわけだと思いますからねえ。
この時期になっても、結局、これでは、ヒーローとはいえませんし、ヒーローというのは、正しくて、強い存在というのではなく、自分の暗部や、己の、弱い部分を乗り越えて、正しく強くあろうとするからこそ、その姿が輝くのであり、そういう部分をスポイルして、強くかっこいい部分ばっかり書いても、それは説得力は出てこないでしょう。
そういう意味では、不幸を描くのをないがしろにしている時点で、この作品は、ヒーローを描くことを放棄しているし、最後の最後で、そういう決意をしたとしても、それは説得力に乏しい気はしますからね。

イマジンを倒して、姉のところに向かった先では、ゼロノスがカイと戦っていた光景が繰り広げられていたわけですが、そのゼロノス、いなくなったほうの桜井。ひょっとして、若い方の桜井に渡したカードって、彼が持っているカードの一部だけとかいうのじゃないよな(汗 予告では、彼も変身するようなシーンがありますし。
でまあ、カイが時間をつなげて、すべてが消滅するという衝撃の事実が明らかになったわけですが、これは、一度は、時間が、イマジンのいる未来につながったことを意味するわけですが、ハナだって、スバ手を放しているわけではないし、イマジンのいる未来が、本来の時間である可能性が高いわけです。
場合によっては、主人公が刻の運行を守るという大義名分は、消滅するけど、自分お子と優先で戦う、この主人公が、今更、そうだからといって、ぐらつくわけないし、結局、自分やその周囲の人だけ守るために戦うとかいって、自己完結しそうな気がするけどなあ・・・。
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by kwanp | 2007-12-17 08:43 | 特撮

いよいよ・・・

金色のガッシュも、来週で最終回ですが、06年あたりから、藤田組のカラーを可能な限り、抑えようというのか、藤田組の面子の作品の名前を借りて、妖逆門とか、メルオメガとかを、他の人にかかせていたりしたけど、まさか、看板作品にもなったガッシュで、クリア戦のラストから、ほとんど、ダイジェスト状態で、話をすすめるとは思わなかったけど、そりゃ、ファウード編あたりから、話に違和感を感じるときはあったが、一時は看板作品にもなったこの作品で、この扱い。
主だった話に方がついたから、他の作品もいくつか終わりかけだし、さっさと、カラーを一新して、リニューアルしようとかいう魂胆じゃないだろうなあ・・・。

ハヤテも人気が下火になったら、こういう扱いを受けるのかねえ・・・。

こういうことを露骨にやるから、ガッシュに続け、みたいな作品を作っても、ガッシュほど、受けなくて、結局は、ジャンプやマガジンに差をつけられるんじゃないのか?

医療モノでも、原作つきの作品が始まったけど、この手のサービス業を取り扱った話を、サンデーでやらせても、そういう作品を描くセンスは、この雑誌には乏しいおいうのは、この2~3年でよくわかったしな(執事を題材にしても、男にしか受けない一因ではあると思う)。

2~3年後に休刊になっても、多分、ボンボンほど、残念には思わないだろうなあ、サンデーの場合。

今回のサブタイトルは、眠れないAM2時だそうですが、草木も眠る丑三つ時じゃないか(汗

そりゃあ、マリアって、解釈次第では、人間じゃない可能性が、冗談うきに成立してしまうのに、こんな時間に起きてしまうって、しゃべる虎はいるわ、自我を持った樹はでてくるわ、大蛇はいるわの、この屋敷では、シャレにならないような。

なにしろ、マリアの場合、お嬢の回想にはでていないわ、昔のシーンが、動画研究会以外は、帝のじいさんに、書庫につれられるシーンとか、思わせぶりなシーンばっかりですしね(汗

拾われたわけですが、それにしては、お嬢の母親がいなくなったときとか、大事な場面の回想とかには出てきていないわけですので、この自分には、まだ、今のような関係になっていないということもあるのかもしれませんが、それでも、ここまで出ないと不自然ですし。

それこそ、お嬢の母親が死んだ後に、そういう設定で、三千院家にいついているとかも、伝奇ものとかでは良くある設定ですしねえ。

そもそも、作中では、マリアさんの自己申告くらいじゃないですか、その設定を語っていたのは。私は、基本的には、物語中において、当人、特にG男性向け作品での女性キャラの自己申告オンリーの告白というのは、信用しておりません。

たとえば、PS版の東鳩の来栖川綾香の過去で、昔、彼女の家庭教師をやっていた少年が、彼女の才能を妬んで去っていったとかいう話がありましたが、よく考えると、あれも結構、綾香に都合がいいように語られていたような・・・。いやだって、来栖川の執事で、昔ストリートファイトをやっていたセバスチャンが(二次創作では、バケモノ扱いされること多し)、彼女が抜け出すたびに追いかけに行くけど、それに手を焼いているような女ですよ?

しかも、高校二年生の彼女の数年前といえば、やんちゃんのさかり。

どう考えても、普通の10代後半の人間に手におえる相手じゃないような気が。

しかも、作中の台詞では、自分の知ってることがすべて吸収されるのが怖かったとか、空手が最後の砦だったとか言うけど、それって、才能に恐れをなしたというより、身の危険を感じたとか言う理由のほうがおおきかったんじゃないのか?

教えれることを教えたら、なまじ、才覚のある人間だったら、教えた人間よりも、うまくなる可能性が高いわけですし、そうなったら、自分では、ますます、手におえなくなる可能性高いわけですしねえ・・・・。
彼女は僕の手には負えませんと白旗を揚げたくても、自分の親が勤めている会社のえらいさんの娘だから、逃げ出すわけにもいかないだろうし(汗

どう考えても、猛獣(もしくは怪獣)の世話に疲れて、家庭教師をやめたようにしか思えないんですが。そうでなくても、数年前だし、人間は自分の都合のいいように記憶w改ざんしますし、しかも、自分が、意識している相手に、ハヤテほどじゃなく得も、自分をよく見せたくなるものでしょう、普通の人間は。ギャルゲなら、なおさらでしょうし。

今のところは、彼女の口から語られているくらいですからねえ。キャラ設定にも描かれているとはいえ、年齢不詳ですし。17歳というのも、ある程度、疑ってかかった方がいいのかもしれませんね。

しかも、マリアは、屋敷内で起こる常識外の出来事には気が付いておりませんが、逆に彼女が、三千院家で起こる怪現象の中心というか、エネルギー供給源みたいになってる可能性だってありますし(えてして、騒ぎの原因は、無自覚というのは良くある話)。

伊澄がなんで、何も気が付いたりしていないのかとか言われそうですが、彼女は、霊力が高いだけで、精神修行もろくにつんでいない未熟者ですし、神父に言いように手玉に取られていたり、雑念が強いためか、好ましく思っている相手にかける術を失敗していますしね。
つまり、マリアが人間外だとしても、その術中にはまっている可能性は大いにあるわけです。

それはさておき、お嬢は、昼間散々眠ったわけですので、夜になって寝付けないという、昼夜の逆転が起こっているわけですが、しかし、風邪で寝込んだ、4月4日の時は、ハヤテと二人きりということで、昼間は眠れなかったということでしょうかね?

でまあ、マリアの頬をつつこうとするも、ジャンクにしますよと寝言(?)を言われるわけですが、腹黒ということで、ラクス? &ジャンクで水銀燈か?

そういや、ガンダム00のチャイナの人って、髪が黒いけど、上からものを見るような立場で、実際に戦っている人間や、その状況には、理解が全然無いというのは、世界を変えようとするソレスタルビーイングにかかわりがあるということは、ラクスみたいなキャラなど、実際は、ああいもので、けっして、平和の女神ではないのだ、ということを皮肉っているのかもしれませんが。

まあ、ガンダム00自体、遠まわしに種&種デス批判をやってきたある作品を参考にしているのではないか、と思っていたのですが、アレルヤの二重人格や、それに伴う行動、ナドレのデザインなどを見ていると、ますます、その可能性も否定できなくなって・・、いや、それは別の貴下に語るとして、眠れなくて置きだすお嬢が、ハヤテの部屋に行くと、勉強をしていて、一日3時間しか寝ていないというのですが、まあ、10代前後の人間が、人間三人が暮らせるような金額稼ぐには、それくらいやらないと難しいかも・・・。
そりゃ、やばい仕事にも手を出すはずだ・・・。

眠れないお嬢に付き合うことにして、そのための執事ですから、と、執事らしいことを言っておりますが、勉強を頑張っているのは、白皇の勉強が、ちょっとやそっとの勉強では追いつかないからですし、そもそも、白皇にいく時に、マリアと一流の執事になるという約束をしているわけですが、前にもいったように、職場の一番えらい人との約束ですから、マラソン大会のときのように、誰にも気が疲れないようなたぐいの約束なら、平気で、ハヤテは、自分の都合次第で、反故にしますが、白皇を退学になるというような目に見える形での約束破りは、ハヤテからすれば、職場で一番えらい相手の好感度を下げる可能性があるので、避けたいところでしょうし。
桂妹のときは、彼女は、学校では世話になっていますが、それでも、生きるために生きているハヤテの感覚からすれば、生きるうえで、あの場での彼女に対する優先度はそんなに大きくないでしょうしね。

こういう場面を見ると、ハヤテも努力しているんdな、みたいな印象を受けるわけですが、中身が、伴わない作品ほど、この手の努力や、人格的成長をことさらにアピールして、しかも、よくよく見れば、言われているような努力や、成長には説得力はほとんど無いということは、さして、珍しいKと緒ではないですからねえ・・・・。

大体、ハヤテの場合は、自分のために行動するという基本が変わっていないわけですし、マリアとの約束も、職場で一番えらい人とやったことと、白皇を退学になれば、最近は、大人しくしているクラウスも、チャンスとばかりに、ハヤテを排除しかかる可能性もあります。
言ってみれば、自己防衛の意味合いもあるので、ことさら、ほめることでもないでしょう。

それに深夜に起きていて、しかも、お嬢と言葉を交わしているわけで、その後、一人になって、彼女の身に何かあれば、それこそ、責任がハヤテにかかってくる可能性もありますから、そりゃ、ささやかな睡眠時間を削ってでも、お供しようという気にもなりますよ。

ハヤテの場合、マラソン大会以降、自分のためにしか行動しないということしかやっていないわけでして、自分のための努力など、当たり前のことですしね。それに人の世話を見る仕事というのは、本気で関わろうとすればするほど、自分のプライベートを犠牲にするなんてのは当たり前ですし、人の世話を見ながら、自分のスキルアップをする人は、これくらい、誰でもやっているわけで、いわば、ハヤテは、最低ラインを保っているに過ぎないわけです。
これだけでも、普通は、好感をもたれるわけですが、そう見えないのは、ハヤテが自分のためにのみ、そういう行動をやっていることと、作者が、そういうハヤテを無理に、その言動が正しいように見せようとしているのがおおきな原因でしょうね(ついでにいえば、サンデーには、こういう類のネタを、かけるようなセンスは低い、もしくは欠如している)。

でまあ、眠くなるには疲れさせるのが一番ということで、温水プールで体を動かすことにするわけですが、先日の秋葉原での人気投票で上位になった、お嬢の水着姿を描いて、ウケをとりたいだけじゃないのか?

4月3日のことでも、バトル描写でも、散々叩かれたしなあ。もっとも、畑健二郎(敬称略)は、時間をかけて、話を考えないと、この作品、受ければ手段を問わないという類の言動が書き手、キャラともに、露骨に出ているので、そういう部分が鼻について、しかも、作家的には、ステップアップしたいという欲もある。
つまり、自分のこと優先で、話を書いているわけだから、そういう部分の嫌なところが、露骨に出ているから、叩かれやすいわけですし。しかもなまじ、読者の喜びそうなことをしていて、、読者が興味を持たないようなことは、切り捨てているから、なおさら、鼻につくんでしょうね。

アニメでも、この間のクラウスがメインの話で、表面上は執事っぽかったが、何十年と三千院家で勤め上げてきたものゆえの行動というか、姿というか重みみたいなものがぜんぜんかかれていないわけですしね。
散々、ないがしろにしてきた執事要素を、ブームが大きくなってきたからといって、急に手のひら返したように、取り繕っても、そりゃ、説得力出ないわ。

先行最終回では、タイトルがキカイダー01の最終回のパクリだけど、あるのか、ハヤテに執事力なんて?

まあ、脚本を書いているのが、武上氏だったら、絶対に期待以上のものは出来ないのは確実なので、期待しないで、見ることにしますが。

まあ、お嬢は泳げないわけで、泳ぐよりも、水の中を歩くほうが、結構疲れるわけですが、水着の上に着ぐるみでも着せておけば、もっと、体力消耗すると思うのだが・・・・・・・・・。

でまあ、泳ごうとしたら、溺れるわけですが、それを予測していたハヤテに助けられるわけですが、忠実な執事というより、この緒上の行動パターンはある程度読みやすいから不測の事態のときに、対応するのも、こいつの場合、何か起こって、自分に責任が降りかかるのを可能な限り回避しようというようにしか見えませんからねえ。

伊澄もそうですが、綺麗な部分とか、きらびやかな部分ばっかり、強調するから、ますます、ハヤテたちの言動が、もっともらしい言動を重ねれば重ねるほど、胡散臭くなっていくわけで、ハヤテに限らず、こういう部分は、サンデーは結構強いと思えるので、こういう部分を、少しでもなおさないと、それこそ、三大少年誌のひとつという立場からずり落ちるか、数年後には、休刊なんてことも冗談抜きにありえそうですが・・・・。

今週の話で、ハヤテが、さも、お嬢のために頑張っているようなことを描いていますが、ハヤテよりもワタルのほうがマシに見えるから、ああいうネタにして、釣り合いを取ろうとかいう魂胆なんだろうか?
しかも、ハーレム状態を形成している二人ですが、ハヤテは、能力や、財力権力に優れた人間を、いざという時に利用するために、うまいこと扱っていますが、あくまで、それは自分のためという域を出ない。
しかも初恋の少女に、女の子を守りなさいとかいわれたけど、これだって、自分が生きるのに精一杯で、守りきれていない。
一方、ワタルは両親には、省みられていないのは同じですが、シスターの復讐心を説得したり、愛歌に気を使ったりと、今のところは、自分のためには、この人脈を使っていないし、シスターがサキを助けたときも、一応は代償を払っているというふうに、ハヤテは自分のため、能力、財力などが、優れているという人間の感情をうまいこと利用する。重い好意は出来るだけ避けようとするなどの傾向がありますが、ワタルの場合は、親には、祖母の面倒を押し付けられたりしていたドジメイド(普通はこういう人間は、クビになります)や、ゴッドファーザーの孫だけど、筋違いの復讐のために、空回りしていて、その復讐もいまいちうまくいっていないと、散々なシスター(偽)、病弱で、帝のじいさんになにやら利用されている感のある愛歌と、ある意味、切り捨てられやすい人間が多い。
ハヤテは、力を借りても、代償を払おうとはしませんし(それどころか、可能な限り、すっとぼけようとする)、しかも、桂妹に対する態度のように、ひどい事をした後で、謝りもせずに、力を借りようとすることも平気でやっています。どう考えても、ハヤテよりも、ワタルのほうが、好感を持てるわけで、ことあるごとに、ワタルをヘタレに見せたりして、ハヤテをよく見せようとして今助雄d、こういう主人公びいきは、よく見せようとすればするほど、逆に、主人公が醜くなってしまうことが多いですからねえ・・・・。
でまあ、二つのハーレム傾向を見ると、ものの見事に対照的になっているふたつののハーレム。

ここまで、対照的だと、いがいと同じ人間から教えを受けるなり、関わるなりしたということも考えられるわけで。その可能性が、一番高いのは、ハヤテにとっては初恋の少女でしょうね。
まあ、彼女は、ハヤテに女の子を守りなさいとかいってたわけですが、ハヤテを張り倒しているように、そのやり方は、かなり厳しかったのは容易に想像できるわけですが、ハヤテの場合、あの両親ですから、親の無償の愛などはまず、期待しないほうがいいでしょう。
つまり、ハヤテの場合は、彼女に、そういう優しさとか、自分に手を差し伸べてくれるのを求めていた可能性が高いけど、彼女の場合は、ああいうことを吹き込んだ所から見ても、ハヤテを、自分好みの頼れる男にしようとしていた可能性があるわけですし。
それを力の限り、張り倒して、教育を施していたとして、それをハヤテのためとか言い張っていたとしたら、そりゃ、ハヤテも、相手のための愛はこりごりだ、と思うかもしれませんが、それでも、作中でハヤテの取っている行動が、赦されるわけではないし、ハヤテはそれを言い訳にしているだけでしょう(私は、ハヤテのこういうところがヒーローの器にあらずと思っているわけですが)。
ワタルの場合、両親は金持ち気分が抜けないと言ってるわけですし、許婚はお嬢。三千院家の人間は、自分のやりたい放題行動して、人の人生左右するような言動を軽々とやってしまうというような性質を持っているわけで、こういう連中と関わって、その行動を反面教師にしても、大抵意は、単なる反発で終わってしまいますから、やはり、自分のことは自分でやれるように教育した人間がいて、そういうたぐいの考え方を吹き込んだ可能性は高いでしょう。
何しろ、サキとあったころには、すでにたいていのことは自分で出来るようになっていますし、普通の子供に見えても、サキの成人式の多ために、ポンと金を出すなど、音は金持ちの子供と思える部分もありますしね。
必要に迫られて、自分で覚えたよりも、自力で生きる思想や、技術を叩き込んだ人間は、いる可能性が高い。この考え方と、初恋の少女の考え方は、非常に近いものです。
初恋の少女の場合、ハヤテという失敗例がありますから、よほど、アレでなければ、それを踏まえたうえで、ワタルに教育を施した可能性はありえますし。

初恋の少女が一条さんとして、橘家に関わっていた可能性は、十分にありえそうですが・・・。

しかし、先週のワタルの話で、勘違いで、サキに怒られる話の次に、お嬢のことはよくわかっていますよみたいなハヤテの話って、露骨な主役補正じゃないか・・・。
武上氏も結構、キャラのひいきが大きかったけど、思いっきり、悪影響受けてるなあ・・・・。
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by kwanp | 2007-12-12 11:31 | コミックス

心の目で見てください

黒の契約者 CDドラマ

コミックス一巻と月刊アスカを買って、900円為替を送って、応募してもらえる全員サービスのCDドラマ。

銀ファンの人には残念ですが、銀は出てきません。

というか、今回のメインは、未咲で、警視庁で、部署対抗のカラオケ大会が行われるということで、外事4課では、未咲に白羽の矢があたりわけですが、未咲はオンチなので、それを何とか回避しようと、あの手この手で、切り抜けようとするも全部失敗に終わってしまいます。

でまあ、覚悟を決めて、カラオケの練習に向かった彼女が入ったカラオケボックス(かなり寂れている)には、案の定、契約者を追っていた黒がもぐりこんでいました(笑

ちなみに時間軸は10話の後。

今回の契約者は、死んだ相手の脳内の情報を読み取ることが出来る能力で、海兵隊じこみの射撃能力で、相手を殺害して、それを行うわけですが、代償は歌を歌うこと(汗

しかも、経済関係の仕事についていて、この能力で、人を殺して、それで得た情報を駆使して、成功しているという話で、自分の欲望のためにしか力を使わない典型みたいな能力。

多分、作品内で、もっとも、感情移入したくない契約者だと思います。しかし、黒の死神の情報持ってる人間をおとりに使うなよ(汗 見事なまでに悪役ですし。
本編では、黒が感情移入したくなるような任務がおおく振り当てられていましたが、ここまで、好きになれない能力者は、そういない。

こいつに能力を使わせて、歌を歌おうと、カラオケボックスにやってくるのを、もぐりこんだ黒が、待ち構えていたというわけです。ちなみに、未咲を何とか追い返そうとしたのですが、結局、未咲の口車にまくし立てられて、失敗に終わってしまいます。

契約者と黒が、ノリノリで未咲がうたっているカラオケボックス内で、戦いを繰り広げるわけですが、未咲が注文したソースやきそばを作りながら、戦う黒(汗

普通に考えれば、インスタントなんだろうけど、相手の攻撃をかわしながら、一から、材料で作ったほうが、絵になるよなあ・・・・。

しかも、銀は出番は無いけど、マオや未咲の説明台詞で、応援にきているのですが、そのソースやきそばを未咲が歌っている部屋に、ウェイトレスよろしく、運んだりするので、銀ファンの人は、銀は出ていないけど、その姿を想像するのもひとつの楽しみかもしれません。

マオに言われて、つたない日本語を駆使しようとするも、怪しくなる黒とか(マオに言わせると、完璧すぎるのだとか)、マオに、その手順じゃあ、乙女が夢見るお菓子は完成しないんじゃないのか、と突っ込みいれられたり、と結構、お茶目な一面も書かれたいたり、と、爆笑するほどではないが、微笑ましい黒のシーンは結構多い。

アニメでは、前後編構成なので、ファンサービスと割り切った上での内容と見たほうがいいだろう。

相手を倒したときの、お前にカラオケボックスは似合わないという台詞がシブい。

ともあれ、これ、CDドラマじゃなくても、十分、いける話なので、最終巻の追加エピソードの候補のひとつだったのかな、とか勘ぐりたくなりますね。これ、映像でも、十分見栄えのする話ですし。まあ、光景を想像するのも、結構楽しいことなので、音声ドラマのうまい使い方ともいえなくもないが。

ただ、コストを考えると(コミックス&アスカ、900円で、2000円近く)、歌のひとつや二つ、入れた方が、その間の黒と敵の契約者のバトルの横で、美咲が乗りのりで歌っているという状況が、平行して繰り広げられているというニュアンスは、演出されやすかったというきはするが。

コミックス版では、銀が出てこなかったり(イラストはあるんだけどね)、女性向でやるのに、徹底していますなあ、黒の契約者は。まあ、そのほうが面白い作品を作るのにうってつけだから、嫌いじゃないですけど。
このCDドラマの場合、美咲は、監督いわく萌えキャラだということなので、美咲をプッシュしたかったのかなとも思えなくも無いが・・・・。
結果的とも思わなくも無いが、少女向けということで、男性ファンに人気の高い銀を出さないというのは、正解だと思う。少女向けの作品で、ネットで、男性ファンの注目を浴びると、そっちにあわせて、作品作らざるを得なくなるので、面白さが下がるし。
コミックス版では、銀や李が出てこなくて、オリジナルキャラの女子高生が出てくるわけですが、李の場合は、黒の本来の姿(妹を受け入れるために、暗殺者になったので、無理して、裏家業の人間を作っているといえなくもない)であるわけですが、他の作品なら、黒と李を別の人間として、成立させると思いますからねえ。
というのも、クールで頭のいいが、どこかしら、大事なものを失っている人間と、そいつに比べると、あまり、頭は良くないが、感情的で、困った相手を放って置けなくて、危ないことにもどんどん首を突っ込んでいく相棒という構図は、この手の作品では、欲使われる構図だと思うが、黒の契約者の場合は、それを、黒と李、二つの仮面を持つ同じ人間ということで、うまく、表現しているのではないか、と思うのだ。
コミックス版では、さらに、李という仮面はなくなっており、黒というキャラの人格が強調されているが、これだって、オリジナルキャラの女子高生がいるからといえなくもない。
というのも、コミックス版は、父親が契約者になった女子高生が、メインキャラとして登場しているわけですが、突然、家族が契約者になって(死んだということにされて、残された家族の記憶は処置されていた)、平穏だった家庭が崩壊して(母親は、父親の死を受け入れられずに、生きているという風に振舞っている)、というのは、あの作品の世界では、誰の身に起きてもおかしくはないことで、アニメ版みたいに、家族が、契約者に関して、研究していたり、黒のように、殺し屋家業になるという立場は、よくよく考えてみれば、例外的という気もするし。
そういう意味では、契約者という存在がいる、あの世界を身近に感じれる設定としては、うまいやり方ではないか、と思っているし、李という人物は、それを表現するのには、うまく表現しにくくなる可能性があるのだ。とはいえ、李も黒の一面であるために、李を出さないことで、その一面は、黒の言動に垣間見えるということになり、李という側面を本来は持っているということをむしろ、強調することになると思うので、黒というキャラを表現するのにも、決して、不都合ではないと思う。
家族が契約者になり、しかも、自分を狙って、母親を人質にするわ、その母親が父親に殺されるという悪夢のような光景が繰り広げられるわけで、最初は戸惑い、立ちすくむだけだった彼女も、黒と関わっていくうちに、自分にも、置かれた状況の中で、何か出来ることがあるのではないかと、自分なりに立ち上がって、行動しようとするようになるわけで、黒と李というキャラの場合、完成された感のあるキャラなので、黒の過去話にするよりか(いずれ、ああいうキャラになるとわかっているわけですしね)は、あの世界を身近に感じれるやり方のひとつだと思うし、誰もが、黒のように行動できるわけではないので、そのことを踏まえたうえで、家族が契約者になり、平穏な家庭が崩壊して、それでも、失った幸福を取り戻そうとしていた人間が、自分の足で立ち上がるということを、かけていると思うし、李という側面を前面に出さないことで、似たような過去を持つ黒が、彼女とか関わっていく構図は、バディシステムの取り合わせとしては悪くないと思う。
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by kwanp | 2007-12-11 10:39 | アニメ

実際のところ・・・・

このまま戦い続ければ、イマジンが消えてしまうといわれて、モモタロスたちと一緒に戦わないとか言い出す主人公。

理由はといえば、このまま戦っていけば、自分で自分を消してしまうということに手を貸してしまうから、なのだそうですが、そういう結果が待っていなかったとしても、憑依してきたとはいえ、有無を言わさず、腕力で押さえつけ、戦うときだけ力を貸せ、それ以外は、デンライナーで大人しくしていろ、と、協力してもらっているというよりも、首根っこ押さえつけているわけですし、しかも、敵に破れれば、イマジンたちは道連れ。これまでは勝ってこれたから良かったもの、一歩間違えて、どこかで負けていれば、モモタロスたちは、主人公の道連れになって消えかねない運命だったわけですから。

このまま、戦い続けることで、イマジンが消えるという事実を突きつけられなくても、消えるという運命とは、背中あわせであり、これまでは運が良かったから、その死を免れていただけに過ぎないのです。
まあ、別に戦いに限らず、何が起こるかわからないのは、どういうことにしたって、変わらないですが。

それに主人公は、モモタロスたちに、自分で自分を消す行動に手を貸して欲しくは無いと思っているわけですが、この行動には、少なくともひとつ、描けているポイントがあるわけで。
というのも、モモタロスたちの気持ちでして、なあなあでやってきたとしても、何ヶ月も一緒に行動していれば、誰だって、情がわきます。
しかも自分たちの力を借りないと、満足に戦えないような人間が、無理やり、自分は大丈夫だから、とモモタロスたちを放り投げ、一人で戦い、カツならともかく、負けてしまったら、彼らも寝覚めが悪いのは明らかでしょう。
結局のところ、主人公は、モモタロスたちが消えるのは嫌ではあるものの、それは自分が嫌であるわけで、モモタロスたちが消えても、今のまま戦い続ければ、その運命は変わることはなく、自分の見えないところで、その最後を迎えるわけで、散々巻き込んでおいて、後は勝手にしろ、というような勝手な言い分でしかないのですよね。

何度かあった、自分だけで戦おうとしたときみたいな自己満足でしかない。

モモタロスたちもモモタロスたちで、消えるかもしれないという事実を隠していたわけですし。

黙っていても、いずれ、そのときはやってきて、事実が明らかになる。何も言わないまま、自分が消える手伝いを相手にさせていたことになるのですから、一緒に戦っていた相手に、それをされたら、たまったものではないでしょう。
自己満足という意味では、主人公もモモタロスたちも、どっちもどっちで、少し前までの、デネブと桜井の関係と、大差は無かったわけです。

そういう意味では、その関係をとりあえず、乗り越えて、桜井と一緒に戦おうとするデネブの決意もあるので、これは主人公たちの決めることだ、という桜井の言葉は、ある意味、正しいわけで。

デネブと桜井の場合は、間に入るものがいなかったから、すれ違いが目に見える形で明らかになってはいたものの、主人公とモモタロスたちは、間に、ハナがいたので、そういう事実と向き合う必要性に迫られることは無かったわけです。

しかも今回、モモタロスが言ったように、イマジンを置いたままで、こういういい争いをやっているわけですから、時間を守ることよりも、自分が戦うことで、知り合いを消すのを見るのがいや(誰でもそうだろうけど)だから、それでごねていることを優先しているわけで。
それで、自分ひとりで戦えるなんていわれても、説得力はない。結局、今まで、なあなあで済ませてきた付けがこういう形で、跳ね返ってきたとしか言いようが無いわけで。

一方、カイは、桜井が、未来の自分よりも、電王を助けることを優先したことに疑問を抱くわけですが、主人公に関して、何か知っていたということもありえるでしょうけど、一緒に戦っている相手をとっさに助けたということは、十分に考えられますし。
なにしろ、前回、桜井が、デネブと一緒に土管で、焼いもを食べていたシーンのあとで、10分近くたった後に、颯爽と主人公を助けにきたシーンの間に、桜井の出番は無く、その直前の彼の心理描写はかかれていないで、主人公を助けたわけで、主人公について、何か知っていたということもありえるわけで。
まあ、単純に、無制限に変身できるという主人公を失うわけには行かないというだけの話かもしれませんが・・・。

ターミナルで、それぞれ、頭を冷やすことになるのですが、モモタロスを、待合室につれてきて、頭を冷やさせようとするキンタロスとウラタロス。しかし、怒りが収まらない(これも自業自得なのですが)モモタロスは一人で、どこかへ行ってしまいます。

デネブに引っ張られ、ショッピングモールをつれまわされる桜井。一人でふさぎこんでいるリュウタロスを見かけて、声をかけるわけですが、自分たちと戦わないといい張る主人公のことを理解できない彼は、自分のことが嫌いになったのか、と首をかしげているわけですが。
そりゃ、いつも一緒にいる連中が、前述したように、自分が消えるのはなんでもないから、そばにおいてくれといわれて、平気でいられるわけは無いですしね・・・。

ハナも、イマジンたちが消えることに釈然としないものを感じているわけで、主人公の姉に、好きになっているということを指摘されるわけですが、戦うときだけ力を貸せ、後はデンライナーで大人しくしていろと、押さえつけていた連中が戦うのに使役するだけ使役した結果、消えてしまうわけですから、ばつが悪くなるのは、当然でしょう。
まあ、憑依したのは、イマジンたちのほうなので、どっちもどっちですが。

キンタロスとウラタロスは、戦うことをやめる気は無いわけで、追いかけてきたイマジン相手に、戦おうとするわけですが、キンタロスの「子供を巻き込もうとするのは感心しない」というのは、過去に、被害が出るのをそっちのけで、人を説得rしていたので、説得力があまり無いような気が・・・。

イマジンとの戦闘で、ターミナルはパニックになり、戦いの場に向かうリュウタロス、主人公。

リュウタロスはキンタロスとウラタロスに合流するのですが、イマジンのいるところに向かう主人公の前には、モモタロスが立ちはだかり、戦いに行くなら、自分に一撃でも入れてみろと攻撃してくるわけですが、当然適うわけは無いが、それでも、一撃を入れようと粘ります。

もう二度と、一人で戦うなんていうな、と怒鳴りつけるモモタロス。しかs、それを嫌だ、モモタロスたちを消したくは無い、しかし、時間を守りたい気持ちにもうそは無いと自分の心のうちを話す
主人公ですが、目の前であろうが、そうでなかろうが、モモタロスたちが消えることには変わりない。
モモタロスたちと分かれるのは、自分が、時間を守るために彼らを消してしまったという後ろめたさを感じたくは無いから、そういってるとか思われかねないのですが、その台詞だと。
勝った場合は、そうかもしれませんが、負けたとしたら、イマジンオイル時間につながり、ヘタすれば、モモタロスたちだけで、戦うことになりかねないわけで、場合によっては、自分が出来なかったことを、彼らに押し付けることになってしまいかねません。

モモタロスは、戦わなくても、主人公は運が悪いから、それでぽっくり言っても同じことだ、といって、主人公を言いくるめて、いっしょに戦うことに。
まあ、主人公に、自分が消えてもいいから、戦おうとかいっても、それで、彼が、納得しきれるわけではないですし(無理いていってるとか思われかねませんし)、動かしようも無い事実を突きつけて、一緒に戦おうと言うほうが効果的なのでしょうね。
守りたいのは、今というだけという台詞が、変わったのか、それとも、成り行き任せに流されて、そう思い込んでいるだけなのかは別にして。

キンタロスたちがピンチのところに、主人公とモモタロスが駆けつけて、一緒に戦うことを誓い、反撃に打って出るわけですが、主人公が戦わないといったことで、迷いがあったから、敵のイマジンに苦戦を強いられていたのが、それが吹っ切れたので、猛攻をくわえるモモタロスたち。

ソード→ロッド→アックス→ガンときて、クライマックスに変身して、倒したのを見て、桜井も、一安心するわけですが、駅長グッズに身を固めたデネブで台無しに(汗

デンライナーの食堂車で、いつものようにくつろいでいるモモタロスたちの前に、ナオミがハナの作ったという料理を振舞うわけですが、ハナは、あんたのためにやったんじゃないからねとかいって、ツンデレっぽく照れ隠しでごまかしているわけで。
しかもオーナーは、駅長とのチャーハン対決に負けたのか、意気消沈で、駅長との対決と、主人公の戦いの二重の意味合いで、「本当の戦いはこれから」と口にするわけですけど、終わり間際に主人公に、こういう覚悟を決めさせるような描写を出しているわけですが、もっと早く煮出して、何度も主人公を迷わせて、迷わせて、自分で考えさせてから、それでも時間を守るために、戦うことを選ばせていれば、良かったのに、とは思いますね。ただでさえ、表面上の不幸描写とか、ヒーローたらしめさせるものは、なきに等しいわけですから、ちゃんと、絆を構築していくのをやっていれば、桜井の悲劇を強調しなくても描ける材料はあったわけで・・。一応、大まかなラインは満たしているのかもしれませんが、今回の話って、きっかけレベルの出来事で、己の周囲のことで、騒ぐだけで一年間、話が終始したというのはどうかな、という気がするのですが・・・・。

一方、カイは、主人公の欠如している記憶に、何かを見つけたようで・・・?
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by kwanp | 2007-12-09 17:02 | 特撮

それって・・・

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/05/news102.html

この設定って、サンダーバードという気もせんでもないけど(笑

まあ、確かに、防災用の強化服というと、ゴーゴーVの例もあるし、あれも、働く車がモチーフだったので、例が無いわけじゃあないですし。敵は倒さなくても、災害とかで、人の命を救うという方向に特化するのは、ヒーローを描くという上では、十分にありでしょうね。
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by kwanp | 2007-12-06 08:08 | 特撮

危うきではありません。

ある人種にとっては、ある意味、それ以上かもしれませんが。

ともあれ、先週は、マリアが人間じゃないということを思わせるようなサブタイトルおかげで、インパクトがありましたし、ココだけの話、設定とか、本編に書かれている描写を踏まえると、本当に人間じゃあないのでは、という推測すら成り立つ彼女ですが、それに対して今週は、比較的、平穏な気分で見られる、サキの表紙。

でまあ、今週も安息日なのか、ワタルが愛歌のことを話題にするところから、始まるわけですが、その話を聞いて、不機嫌になるサキ。
年上キラーの奈をほしいままにしている彼ですが、次々と、年上の女性をたぶらかして、と、サキは言ってるわけですが、目に見える形では、シスターくらいで、咲夜の場合は、ニュアンスが違いますし、桂姉やら、マリアさんを落としたわけではない。

その言い方は、愛歌ももちろん、己もカウントに入っているというか、自覚があるということでしょうか?

それはさておき、ワタルはどんどん成長していく、そこに時間の流れで、変わっていくのを実感せざるを得ないし、

何しろ、シスターの場合は、ストーカー同然に、ワタルの周りをうろちょろしていて、しかも、本人は、気付いているんだか、気付いていないんだか、判断しかねるような態度を取っているわけで、しかも、そのストーカー同然の相手に対して、ますますその気にさせるような言動とっているわけですから、わたるが年上の女の話をすれば、身近な人間としては、また、そういうのを引っ掛けたのか、と気が気でないのは無理もありません。

しかも自分の知らないところで、ですし、自分が置き去りにされたというか、その相手にとって、自分は代わりの聞く人間なのか、と思えてしまうのは、まあ、無理のないことです。

それで、涙を流してしまったサキに理由を尋ねようとするわけですが、そそくさと店を出てしまうサキに、呆然と取り残されるワタル。

そこで追いかけていけば、まだ良かったものの、西沢姉に相談してしまいます。

そう、ハヤテをどこまでも追いかける、桂姉の一番弟子に、です。

考えてみれば、桂姉も愛の深い女なのですよね(設定を読み解くかぎりでは)。借金を抱えながらも、それを返済して、妹を守り通したわけで、そういう行動には、愛はあるとは思いますし。しかし、金を返し終わって、養父母に引き取られ、平穏な暮らしが戻ってきたわけですが、見方を変えれば、男でも見つかればよかったのかもしれませんが、平たく言えば、愛を注ぐ対象、しかも、常人離れしたエネルギーをもって、というおまけつきのその行動に値する対象がないわけで、その対象が避けになってしまった、という見方も出来るわけで。つまり酒瓶の数が、彼女の避けに対する愛の深さなのかもしれない(笑

しかし、愛する相手が見つかったとして、あのエネルギーをもって、特定の相手に愛を注ぐ・・・・・・・・・・・、だめだ、なまじっかな男じゃ、受け止めきれないよ、彼女の愛は(汗

ガンプラ教師も、追いかけている立場だから、桂姉を好きでいられるのかもしれないわけで、これで、恋愛関係になっていて、桂姉に愛を注がれる立場になっていても、桂姉への愛情が同じだったとは言い切れないのカも知れませんね・・・・・。

でまあ、その弟子である西沢は、借金を抱えたハヤテを、今も追いかけている。

登場したての頃は、ハヤテの居所もわからなかったのに、そこまで調べ上げているわけですから、その気になった彼女の行動力は、考えてみると結構恐ろしいものかもしれないですが、それもひょっとしたら、ハヤテがいなくなって、消息がつかめていなかった間に、金持ちのお嬢様にとらわれの身になって(西沢主観)いたわけで、昔好きだった家庭教師の先生(かなりの確率で、桂姉だと思いますが)を見習って、好きな男を取り戻すために行動するようになったのかも?

しかし、物語以前のハヤテは、西沢の好意に気が付かなかったわけですが、桂姉ほどじゃなくても、強烈なエネルギーでハヤテにアタックをかけていたことを考えると、どう考えても、それを気が付いているのか気が付いていないのかはわからないが、故意か、本能的にかはともかくとして、やはり、逃げていたので笑ねえ・・・。

やつが、これを受け止めきれるとは思えないし。

桂姉ほどじゃなくても、この手の相手はなまじっかな男じゃ受け止め切れないでしょうし、キャッチされたら、逃走はかなりの確率で不可能なのは目に見えている。しかも、他に女が出来ても、たいていの場合は、蹴散らされるのが目に見えている。

ひょっとして、桂妹、自分の恋心を告白したことで、桂姉を二人に増やしたようなものでは(汗

でまあ、その西沢が、恋だと言い切り、しかも、それを年の差とか不倫とか、根拠もなく言って、火に油を注いでしまう上に、サキはサキで、河原で、切なさを炸裂させているところに、いつぞやの刑事が出てきて、慰めるわけですが、それを目撃して、西沢の言うこともあって、不倫だと判断するワタル。

この光景には、ある意味、年上キラーの名をほしいままにするワタルが、陥ってしまっている罠が潜んでいたりするのですが(笑

前述の光景を見て、呆然としているワタル。店にやってきた、西沢弟に、愚痴をこぼすわけですが、西沢弟は、西沢弟で、恋人にするなら、年下のちっちゃい女の子と言い張るわけですが、

ひとつ言っておこう、西沢弟。お前のその考えは、おそらくは、哀しいまでに、根本的なポイントを見落としている。

ついでにいうと、この台詞を聞いて、ロリコンとか犯罪を連想してしまうというか、共感できないポイントが、実は、今回のワタルの敗因だったりするのですが。

西沢弟の

女の人に、何か伝えたい気持ちがあるのなら、優しくするのが基本というアドバイスを受けて、サキを食事に誘うのですが、

だから、あるポイントを見落として、このアドバイスをまんま実行するのは正しい選択じゃないんだってば・・・・。

でまあ、ワタルの態度に、腑に落ちないものを案じるわけで、恋の達人だと、サキが認識している西沢姉に相談する彼女(汗

あのう、西沢は、片思いもしくは、ストーカーすれすれの追いかけの達人であって、恋の達人ではないのですけど、というか、相談する相手が何者であるかに、全然、気がついていないだろ、あんたら(汗

でまあ、海辺で、ワタルは、サキに伝えておかないといけないと切り出して、不倫はいけないというのですが、もちろん、全然、見当はずれの話なので、肩透かしを食らったサキは、大激怒で、延々と、絞られたわけで、お嬢に、メイドさんが怖いというメールを送るわけですが、

ひとつ言っておく、今回の話で、真に恐ろしいのはメイドさんではなく、弟がいる姉だ!!

姉というのは、西沢姉のことなのは言うまでもないが、彼女は、桂姉の教えを受けた人間名分けですし、そもそも、物語上において、姉さンは姉さんを呼び、弟から見れば、姉さンが倍々ゲームで増えていく、という大変な自体であるわけで、西沢弟も、間接的に、桂姉の影響を受けているといえなくもない。

というか、被害者に見えても、その姉に振り回されている弟も、ある意味では、同類としかいいようがない部分もあるわけでねえ。

悲惨な弟くんオブジイヤーの名をほしいままにする、向坂雄二の好みが、まんま環とか、相良宗介がテッサじゃなく、かなめを選んだ理由とか言う風に、それを証明する事例に、意外と事欠かないわけで(汗

ああっ、

西沢弟のちっちゃい子がいいというのも、姉を見ているが故の反動でしかなく、姉がいる弟というのは、えてして、この手の落とし穴、いや、むしr、例えるならば、地雷原に目隠しで、ルパンダイブで飛び込み、後門の狼から逃げようとして、前門の虎につかまるような行為を、結果的に行ってしまうという典型的な例だったりするのだ、これが(苦笑

しかもワタルは年上キラーの名をほしいままにするわけですが、年上でも、一人っ子や妹はいるわけで、愛佳も今週の話で、一人っ子だと、言われていましたしね。
唯一、姉なのが咲夜ですが、彼女は、4月3日の一件で、ただのわがまま小娘でしかないことを露呈させましたし(すくなくとも、物語上では姉が無茶なことを言うのであるが、結構、筋の通っていることが多かったりするのだが、咲夜のは、4月3日のあれは、ただのわがままの域を出ていないので、姉という人種が口にする無茶とは、到底呼べないものである)。

年上と姉は、似て非なるもので、この違いを自覚せずに、姉や姉に深く関わる弟という人種に相談し、しかも、彼女らの言ってることをそのまま、信じてしまったのが、今週のワタルの敗因であって、今週の一件において、真に恐ろしいのは、メイドにあらず。

弟がいる姉さンにあり。

しかも、西沢姉弟は直接的、間接的に、桂姉の浅からぬ影響を受けているわけで、今週の話の影の主役は桂姉だといわざるを得ないのだ、冗談抜きに。

というか、普通のギャルゲーだったら、間違いなく、他のヒロイン蹴散らしていそうな陽の下光タイプの女子高生や、その弟の感覚で言ってることを、まんま、鵜呑みにして考えるほうがどうかと思うのだが(汗

ので、オチにマリアを持ってくるのが、えらく無理やりに感じてしまったのですよね。
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by kwanp | 2007-12-05 23:19 | コミックス