<   2008年 07月 ( 25 )   > この月の画像一覧

ようやく・・・

アルトと再会したミルキィ。彼の顔を見るなり、飛びつきますが、嫌な過去見せられた後に、自分に都合のいい相手の顔を見たら、そりゃ、飛びつきたくもなるわなあ・・・。
ただまあ、過去の嫌な記憶から目をそむけて、目先の希望にすがり付いているだけという風にも見えてしまうのですけどね、シャフォーが見せた映像による、アルトとミルキィの反応は。

一歩間違えたら、これ、悪質な洗脳だぞ(汗

ここで、シャフォーの支え支えられながら、生きていくことを選んだのなら、あるいは・・・という言葉がかぶさります。

本当にあの人形っぽいのが空王シャフォーだった。

あれはシャフォーがメッセージを伝えるためのメッセンジャーみたいなものだと思っていたのだが・・・・。そして、やはり、八戦聖だったみたいです、ワンダーは。
ワンダーのあの格好も、シャフォーの格好も、何者にも、いかなる考え方にも囚われない心を持つということをするためにああいう格好をしているのではないか、と思うのですよね。

なにしろ、八戦聖は立場もある人間が多いようですし、ワンダーの正体がウォーゼルだったら、リブリとルウォールのぶつかり合いになってしまう危険性はあるわけですしね。

ワンダーとの会話で、火・金・埴(これは土のことでしょう)・緑(これは木でしょう)水・風、魔法の属性が明らかになっているわけですが、これは五行をベースにして、それに、ちょこちょことアレンジを加えているということでしょうか?
五行は、互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環するということですが、命(人や動物に限らず、植物やその他のものも含めた意味で)がめぐって、それによって、多くの命が生かされていくということですが、今の世界は、ひょっとすると、500年前の大破壊が原因で、いたずらに死を恐れたり、血を流して、何かを成すということを極端に避けたりして、500年前に、死神が、「今の世界は間違っている」と思ったであろう状況よりも、ある意味、悪くなっているのではないか、という気もしますからねえ(まあ、その原因の多くは、間違いなく、死神がもたらしたものなのが、ある意味、皮肉なのですが)。

死神というのは、ひょっとして、これらの属性の魔法が通用しないとか、それらを吸収するとかいう能力を持っているということかな? 魔法というのは、普通、ファンタジーだとマナとかを使うけど、マナは大抵、世界を支えるエネルギーでもあるわけだから、もし、こn作品の魔法も、マナによって、更生されるのであれば、死を司り、死を操る死神に、それが通用しないのは、ありうる話ですからね。

アトモスツールなり、魔法なりが、人々から遠ざけられているのは、死神の大破壊が原因で、それらを敬遠して、使わないようになった(死神学者などは、研究のためにか、持っていたり、使っていたりするようだけど)?

空王シャフォーは、この世でただ一人の宙(そら)の魔法の使い手なのだそうですが、Gガンダムとか、ナイトガンダムとか、武者ガンダムとかあるから、ファンタジーにガンダムネタ使っちゃあいけない理屈はないからなあ(笑 面食らわなかったといえば、ウソになるけどね(汗

サムライトルーパーでも、宇宙をそらと読むとかいう強引なネタ使っていたし(笑


そういう事情を抜きにしても、感情や自分の立場に囚われず、本当に大事なことを成すために、真実を見抜き、それをなすために行動するということだと思いますが、

なんでしょうか、ワンダーやスキのやり方の方が、まだ、穏便な気がしてきたのですが。

過去の辛い記憶を見せて、またそうなるのは嫌だ、と思わせるまでは、いいとして、問題は、それに対し、どうすれば、そうならないで済むのか、ということを、二人に考えさせることだと思うのですが、シャフォーの示したことは二人でいなさいというだけで、それ以上のことは言っていないわけですし、アルトもミルキィも嫌な映像見せられて、そうなりたくないから、仲直りしたという風にしか、見えていないのですよね。

それだけ二人が、問題山積みだったから、二人で支えあえという基本的なことを教えて、いろんなことを一気に教えて、オーバーヒートするのを防ぐためという解釈も可能だけど(汗

嫌な過去や記憶に立ち向かうというより、それを避けて、いい結果を得ようとしているように見えてしまうのですよね、今回の結果は。

結局、海をわたる術が伝えられなかったということですが、アルトとミルキィが直前で喧嘩しなけりゃ(いつかはそうなることはさけれなかったでしょうけど)、伝えられたかもしれませんけどね。

それに対して、何とかするさと一人ごちるワンダー。

ミルキィはアルトに対して、どうして、自分と行こうとしたのと問い掛けますが、アルトは、ミルキィがいなければ、リブリの牢屋で事態は変らなかった、ミルキィのように、笑ったり怒ったりして、苦労を吹き飛ばす強さがなかったといいますが、

それは強さじゃなくて、虚勢だという気がするのですが・・・。

まあ、15歳前後ということですから、そういうのが、豪快というか、強さに見えてしまう年頃でもあるのでしょうけどね。
アルトもミルキィも、父親の主義主張で、周りに対する影響も考えずに、自分たちの生き様を貫いて、それで、周りがどう見るか、のリスクもろくに考えないで、あるいは気にしないで済むのでしょうが、二人はそのとばっちりを受けて生きていたわけですからね。
アルトはただ、怒りや感情を押さえ込んで、事態が収まるのを待つ(アルトとカッツの喧嘩をことあるごとに周りが止めていたのは、おそらくは、アルトの剣の威力を知った周りの人たちが、その危害が自分たちに及ぶのを恐れたためじゃないか、という気がするが)。ミルキィも昔は、大人しく殴られていたわけですが、死神の力に目覚めて、旅に出る前後のこともあって、「なんで、自分だけ、大人しく、痛い目を見ないといけない」、とbどのつまりは、自分だけが損をしたくはないという真理が強くなってしまっているのだと思いますが。
しかも、彼女の見た人間は、親切そうに見えても、結局、自分を敬遠していたり、何かにおびえて、自分を殴ったりするか、利用したりする人間しか見てこなかったか、あるいは、そういう目でしか人間を見なかったから、手を差し伸べてくれる人間に気がつかなかったか。

自分いないものを持っている人といれば、自分が、いいと思った何かを持っている人にいれば、何か、変れるかも知れないということで、ミルキィと一緒に行くことを選んだアルトですが、
強くなりたい(まあ、いたずらに耐えている受け流しているだけでは、いつかは、爆発してしまいますからねえ)と思うのは無理もないことかもしれませんが、アルトがいってることは、誰かと一緒にいることで、あくまで、強くなった気分になっているだけで、本当に強くなっているわけではないのですけどね。

そいつと一緒にいるときはともかく、そいつがいなくなったら、元に戻ってしまうか、あるいは、さらに悪くなってしまう可能性だってあるわけですし。
アルトとミルキィは、向けられる感情に対して、それを内にためこんで、大人しくしているか、あるいは、それを向けてきた相手に返しているか、の違いがあるだけで、二人とも、大差のないのが、実情だと思うのですが・・・・・。

自分にはじめて、優しくしてくれたから、という(そう思ったのは、同類を見分ける勘みたいなものが働いたからじゃないのか、という気がするが)ミルキィのいってたのと、大して、変らない理由で、アルトはミルキィと一緒に行くことを決めたのだそうです。

まあ、半年かかって、これというべきか、まだ半年というべきか。しかし、一歩成長したとするにしても、空王シャフォーに過去の記憶を見せられる、和解するの間に、もうワンクッションほしいところだと思うのですが・・・。

アニメで換算すれば、10話になるか、ならないか、のあたりだと思いますが(アルトとミルキィが出会うリブリのエピソードで、2~3話くらい、ルウォール3~4話、憂い山のエピソードで、3話くらいでしょう)。

無敵看板娘Nでも、このあたりの導き手の部分で、テッコツ堂の面々、特にカンナでしっくりこなかったようなところがあるのですが、無敵看板娘の場合は、おかみさんというキャラがいたのですが、彼女がなまじ強烈というか、強力だったので、それなしでの、至らない登場人物たちへの、導き手の導き方に関して、ノウハウが少ないというか、加減をどうすればいいのか、ぴんとこないのではないか、と思えるところもありますが(なまじ、強力なキャラだすと、似たような役回りのキャラを作るときに、苦労するのは、プロアマ問わずによくある話ですし)。

アルトはミルキィに温泉饅頭を、そろそろ、おなかすいてきた頃だろうといって、出すわけですが、餌付けという言葉が頭をよぎるのは気のせいでしょうか?

アルトが猟師から、猛獣使いか、トップブリーダーにジョブチェンジしたというところでしょうかねえ(笑

結局、海をわたる方法は話はわからず終いで、あるいていくことにする二人。壮剣と死神の鎌が、いずれ、ぶつかり合う予感を暗示しているのか、重なりあい、布を取った本来の姿で、刃がぶつかり合う姿がかかれるのですが、やはり、いずれ来るぶつかり合いは避けられないということでしょうか?

シャフォーのやり方を見ると、嫌な過去の記憶を見せて、それを避けさせるというようなことを考えて、勇者と死神が再びぶつかり合うことを避けているのか、あるいは、ワンダーの言動に、表面上あわせているだけで、本当は、それによって、互いを依存させて、その結果、何かがきっかけで、決裂するように、導いたのか?
後はあの子達次第とかいってるけど、逆に自力で、考えたり、困難に立ち向かっていく力を奪っているように見えてしまうのですが?

しかし、アルトは、一人だったら、何も変らなかったとかいってますが、それはあくまで、彼らの主観で、ウォーゼルは、何かしら理由をつけて、彼らを釈放して、旅立たせていたと思いますし、こういう彼らの感情自体、そうなるように仕向けられているのかもしれませんね。

謎の球体は日増しに大きくなっていくようで、スキも海を渡る方法はないのかもしれない、と危惧し、グロセオもヤナヤーナに向かうしかないと結論を出します。まだしばらく、退屈するなというザイナーハに、自分で見てきたらどうだ、というグロゼオに、それに気が付かなかったと口走るザイナーハ(笑

まあ、ファンタジーとかでは、自分の拠点にじっとしている敵役が多いですからね、もろもろの事情で。

ちなみに、吉崎観音さんが昔、、ファンロード系でやっていたファンタ&スエットでは、魔王自らが動いているわけですが、勇者と対決するまで、さして、動こうとせずに、追い詰められ、後は、エンディングを見たいときに便宜的に倒される、そんな魔王は嫌だということで、自らアクティブに動く魔王もいますけど、ザイナーハのようないかにも、パワータイプのキャラがそれをやると、アルトに返り討ちにあうかませ犬フラグにしか見えないのですが(汗

いやだって、主人公の強さを強調するときには、デカブツなきゃらを倒すというのが、一番わかりやすいですからねえ。
最初にそれをやると、八戦聖が本当にすごいのかよ、という突っ込みを招きかねないですし。

ただ、ザイナーハとの戦いで、何か、力が目覚めるとか、何か、大事なことを悟って、開眼するような展開があるならともかく、今回のような互いに依存させるのを促すような展開で、成長を示すような描写がなかったわけですから、ザイナーハで、ろくに成長とか、葛藤させるような展開がないまま、表面上だけ、成長したというような展開をやられると、パニッシャーも危ないかもしれませんね、作品的に。

まあ、シャフォーのエピソードは、アルト達を誤った方向へ誘導しようとしている節も見受けられるので、ザイナーハ戦で、怒りの心で闘うような、間違った力を手に入れるような展開があるのであれば、そういう心配も抱かないで済みそうですが。


シャフォーのハッタリを、グロゼオがよこでフォローしていて(シャフォーは、宙の力、おそらくは、あるがままの記憶を人に見せることはできるけど、それを使って、自分がいいたいことを伝えるというのは、あまり得意ではないようなので、グロゼオが、その意図をうまいこと伝えていたのではないかという構図が思い浮かんでしまうのだが・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-07-31 11:56 | コミックス

そういえば、アレもヤンデレだったか

背後に巨大な骸骨を浮かべて、ハヤテの行く手をさえぎるアテネ。

滝夜叉姫を思い出すのは、私だけですか?まあ、あれは父親の復讐のために動いた女性というか、そういう風に脚色された物語なのですが、この滝夜叉姫を元にした作品で、彼女をヤンデレに描いて、千年越しの怨念を、相手の男にぶつける話もありましたからねえ。

この骸骨、彼女の前の番人たちか、あるいは、神のなれのはてなのでしょうか? ひょっとして、王族の庭城で、彼女に課せられているのは、この骸骨をその身をもって封印することなのでしょうかねえ? 
セブンフォートレスとかでは、おなじみのパターン(フレイスの炎砦の魔王ディングレイの封印など)で、自身に宿っているそれを封印するために、廃人どうぜんいなった勇者キャラもいましたしねえ・・・・。妹の方は、魔王をぶったぎったというのに(汗
もちろん、それをやるには、強い精神力が必要になるわけですが、今回のように、彼女が感情的になった場合、歯止めが利くわけはなく、暴走してしまうということなのでしょうか?

考えられるのは、白桜を抜けなかった人間たちの怨念だということでしょう。正義をなすための王の剣ということですから、よほどの人物出なければ、抜くことが出来ないわけですが、あるていど、能力やら、人格が高い人物がそれを抜けなかったとして、無事に帰してもらえるなら、ともかく、それが出来なかった場合とか、この手の持ち主を選ぶ剣というのは、選ばなかった人間を逆に飲み込んでしまうことだってあるわけですから、聖闘士星矢にでてきたサガのように、光が強ければ、逆に又、闇も強くなる。
白桜を抜けないということは、正義をなすための人間でなかった、つまりは選ばれなかったものであるわけで、少年漫画においては、大抵は、その存在価値を否定されたといっても過言ではありません。
ジャンプで言う、努力友情勝利という黄金パターンは過去のものとなって、今では大抵は才能で買ってるようなパターンですし、そうでなくても、少年漫画は、世界の中心にいる主人公が、どんどんエスカレートしていく強敵を、倒していくといったりとか、主人公という存在が、色々な強敵やら美少女ヒロインに認められていく過程を書いた物語でもあるわけですし。
同時に、主人公は正しく強い存在でなければいけないわけですが、それは納得できるものであれば、ともかく、アニメDCSSやら、アニメシャッフルのように、ヒロインをふった主人公の行動が、「なんでそうなる」とか、主人公は悪くない(主人公は、白といえば、黒も白になるし、主人公と敵対しているものは、その行動にどれだけ筋が通っていても、極悪非道の大悪人にされてしまう)、悪いのは、ふられたヒロインというふうな、方向に話をもっていかれることも珍しくはないですからねえ。
白桜というのが何かの象徴という話ですが、ひょっとして、少年漫画、それもバトル系の主人公の象徴ということですか、ひょっとして?

なにしろ、バトルマンガの場合は、強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、それを打ち破る、強い敵が現れて、それをパワーアップして打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップし強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらにて、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る、さらに強い敵が現れて、パワーアップして、それを打ち破る・・・・、とまあ、読者の人気と、そのループ展開を納得できる余裕が続く限り、このバトルの永久ループは続くわけで(どこかで、このループ展開が、いつまでも、納得できる許容できるなんてことはマズないわけで、どこかで必ず飽きられるわけですが)。
まあ、最近は、この構図が、ギャルゲーナイズされた作品に応用されているわけで、二人が結ばれるまでや、結ばれた後でも、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、またもや、二人がくっつくことや、その仲を脅かす障害が現れて、それをクリアして、二人の絆が強くなって、というふうに、延々、同じパターンを繰り返すということでは、同じ訳で、勝ち続けることや、二人の仲を維持し続けるということは、表面上は違っても、その立場や状況を維持するという大変さという意味では、同じですからねえ。

白桜を抜けたとしても、それに値する人物でなくなれば、それを手にとる資格を即座に失う。それを維持することは、至難の業ですから。そして、選ばれなかったもの、言ってみれば主人公でないものは、その世界から、排除されるか、あるいは、主人公に恭順しないと生きてはいけないという二択しか、許される運命を持たない世界ですからねえ。この骸骨は、主人公になりえなかったものたちの怨念というところでしょうか?

ひょっとすると、王族の庭城というのは、神の資格を得たものが、世界を運営していくことが出来る場所で、黄金勇者ゴルドランのレジェンドラ(レジェンドラに到達したものが、新たな宇宙を生み出うレジェンドラ王になる資格を得ることが出来る)とか、久米田氏が96年~97年に連載していた太陽の戦士ポカポカのシャンバラ(世界のリセットボタン)のようなシロモノなのでしょうか?

アテネに呼びかけるハヤテですが、アーたんと呼ぶなと、ハヤテのよびかけに耳をかさずに、彼に向かって、刃を振るう。

ハヤテは、アテネの後ろに見える骸骨を神様なのか、疑い、自分を殺そうとしているから、違うと言い切るわけですが、自分を殺そうとするから、神様じゃないというのは、ちょっと違うわけで、神というのはどこの神話でも、もっとも残酷で、自分の身勝手で、人の運命をもてあそぶなんてことは、よくある話ですしね。アテネの父親とされるゼウスなどは、ある意味、身勝手な神様の代表格みたいなものですからねえ。
まあ、ハヤテにそれを知らないわけですが、自分に都合が良くないから神様じゃない、というのは、ムシがいいと思いますけどね。まあ、ハヤテに限らず、神は、自分たちに恵みをもたらしてくれるものという幻想は、もたれやすいわけですが。

神が攻撃してくれるのに対し、剣を振るうわけですが、アテネを攻撃するのを見て、思いとどまるハヤテ。アテネに駆け寄ろうとするハヤテですが、神がアテネに近づけないように、攻撃する。
アテネは精神的に混乱しているためか、自分を倒してでも、自分よりも、両親を選ぶのか、と、ハヤテに問いただす。
自分は、この場所を動けないから、ハヤテと一緒に行くことは出来ない。けど、ハヤテの望みは、みんなで一緒に暮らすことなわけで、という風に、ちぐはぐなわけですからね。

まあ、どちらも、自分に優しくしてくれる人間がいないから、生きるのが辛い、だから、手を差し伸べてくれる人間が喜びそうなことをして、ご機嫌をとる、誰もいない世界で一人きりで生きていかないといけないから、寂しい、だから、迷い込んだ人間を、自分を大事にしてくれる存在に仕立て上げよう。
自分は辛いのだ、ということを前面に押し出して、自分の寂しさや辛さ、虚栄心を満たしたりはしても、相手の寂しさや辛さを見ようとはしなかったわけですからね。
相手が大切だから、大事にするのと、自分の心の隙間を生めるために利用するのとでは(そういうスタートがいけない、とは思わないが、いつまでもそのままではいけない、という意味)にているようで、違いますからね。
そういう意味では、アテネは、ハヤテを、相手を正しく導くという意味からすれば、間違った執事にしたてあげたということでしょうねえ。

嘲り笑う骸骨に、僕は、一生懸命やったということですが、それはあくまで、ハヤテの視点で、ハヤテがいいと思うことを実現させようとしただけですから、もし、神と呼ばれるモノが、それの慣れの果てか、あるいは、神になり損ねたものたち、自分が、城桜の持ち主になりえると信じていたのに、そうではなかった(多分、その事実を突きつけられるという絶望は大きい)中で、倒れていったものたちであるなら、形は違えど、自分がそうしたかった理想が敗れて、無残な結末を迎えたものたちを、それ見たことか、あざ笑うというのは、やりそうだなあ。
何しろ、ヒーロー嫌悪の感情が、より強い昨今。ヒーローたらんとして、行動するキャラを、もっともらしい理由をつけて、否定する人は多いわけですから。
でも、皮肉にも、ハヤテって、作品は、今のところ、そういう人たちが、一番、好みそうな作品であるわけですが、ハヤテをちゃんとヒーローとして描こうとするなら、その人気をぶった切る位の事をしないといけないわけですから。

ぶつかり合いの果てに、双方の剣が折れて、引き分けとなり、アテネは、どこへでも行けとハヤテを追い出すわけで、この裏切りが、ハヤテの罪ということでしょうか?
ハヤテの罪とか、幼さゆえの過ちというよりかは、相手を思いやれないもの同士が招くべくして、招いた結果という気がしますけどね。

アテネは、指輪を売ったことを許せない、そんな相手についていったって、ハヤテが幸せにはなれないのは明白(とはいえ、第三者から見て、人は、よりよい選択肢よりも、なんで、そっちを選ぶかという悪い方の選択肢をえらぶことはママあるわけだしね)だから、自分が守ってやらナイト、と思うじゃないとか、ずっと一緒に、と泣きながら、ハヤテの去っていった方に手を伸ばす。

もう一度、私の名前を呼んで・・、と、返す言葉のない呼びかけをしながら。

ハヤテは結局、依存する相手を、両親から、アテネに変えただけですし、アテネは、自分の寂しさを受け止めてくれる相手を求めていただけのようですからね。これは幼いからではなく、自分の感情というか、欲望に流されて、それに抗おうとしないというか、自分で自分が生きるには、どうあればいいのかを考えないモノは、いくつになっても、こういうことを繰り返すだけだと思うので、幼いか、どうかは関係ない(幼くても、相手をしっかりと思いやれる人間はいるんだし)と思いますしね。

人は、同じ過ちを繰り返す生き物ではあるが(といっても、ハヤテの場合、痛い目を見るということがあまりかかれないので、説得力がないのですが)、それを乗り越えることの出来ると思いますしねえ(とはいえ、説得力があるかかれ方をされるかどうかは怪しいものですが)。

結局、アテネは、ハヤテに、相手に必要と去れないと、自分はいる価値がないということを再認識させてしまっただけであり、自分を高めて、必要とさせるのではなく、アテネの、厳しく、あれこれおt叩き込んだ、やり方は、今のレベルの自分を、必要とさせるやり方(つまり、自分をよくしようとは思わないし、ついでに言えば、自分を必要としてくれる人を良い方向へは導かずに、悪い方向へ導いてしまう悪循環)をハヤテにさせる一因になってしまったわけですからね。
ついでにいえば、ハヤテも、その気になれば、過去の反省から、それを改める機会はあったはずなのに、それをしないで、10数年間、両親に当てにされる生き方をして、流されてきたわけですしね。
でもこれ、過去の回想であり、ハヤテの見ている夢だから、実は、ハヤテは、アテネの説得に成功して、アテネと一緒に残ることを選択して、両親には、ハヤテの出来の悪いコピーを送って、そばに置いて、その出来の悪いコピーが、作中のハヤテだったりして(だから、ロクでもない、身勝手なことしかやらない(笑))
[PR]
by kwanp | 2008-07-30 18:54 | コミックス

まあ、なんだ・・・・・

ピンクの怪獣じゃないだけ、マシと思うべきか、皇帝がピンクの怪獣じゃないだけ、マシと思うべきか、迷うところだ。
[PR]
by kwanp | 2008-07-28 10:38

なんともはや

記憶を失い、クイーンをハンターの女と間違える渡の父親。待ち合わせの時間にこない彼を町保浮けるハンターの女。

普通なら、罠とか、嫌な予感しか感じないフラグなのだが、これに限っては、そうは思えないのだよなあ・・・(汗

2008年(時代の切り替わりがかかれないというのも、ないならないでけっこ不便)

ウェイトレスの娘のことが忘れんられない渡。その彼女に、クイーンになるように説くビショップ。ウェイトレスの娘は、人を愛することがいけないことには思えないという。
人間として生きてきたのだから、当然といえば当然だけど。ファンガイアとして、気が付かないで、生きてきたか、あるいは、人間もファンガイアになってしまうことがあるということか?

まあ、人を愛するファンガイアが増えるのを好まないのは、何度も言ってるように、主の存続に関わるからでしょう。

まあ、クイーンの役目に覚醒しないウェイトレスの娘に、その気がないのであれば、処分されるとかハッパをかけるのも、ある意味、種族の維持という観点からは、当然かも。ただ、ファンガイアという存在が、どうやって生まれるとか言うことを、もうちょっと描いていれば、そのあたりももう少し、わかりやすいのではないか、と思うけど。

人の生気を主食にしているようですから、それを食べないというのは、命に関わるわけですし、人間を愛するファンガイアが増えたら、それゆえに個体数が減ってしまう危険性もあるわけだしそういえば、前回の人を愛したファンガイアは、それっぷい描写はなかったような。陰で食べていたのか?

人を襲わない=人と共存できるとは限らないということか? 

自分の非を認めようとしない啓介に、「なぜ、自分の弱さを認めようとしない」と叱責する嶋。

それ、今更だって・・・・。

自分の弱さを認めて、人は強く慣れるとかいうのだけど、平成ライダーで、そんなこといっても、それを成し遂げた奴、あんまりいないでしょうに・・・。大抵、そのまま失速していったのが多かったような。精々、睦月とか一部のライダーくらいでしょう、それが出来たの。

己の弱さを認めないのが、啓介の限界とかいってるけど、その啓介くを装着員にせざるをえない会の人材の少なさも、ある意味、会の限界のような気がするのですが(汗 嶋が、集められる人材の限界というべきか・・・。

ウェイトレスの娘を探すモデルの女。その彼女を影から見つめて、さいこーだ、とのたまうクモのファンガイア。

そうか?という気がするけど。ファンガイアの基準では、悪い方ではないということか?
まあ、ビショップに手を貸すことで、人を好きになったことをお目こぼししてもらっているようですが、ファンガイアが目をつける女性というのは、人格に問題があるタイプが多いような(汗
ある意味、うまくやっていけるタイプが多いのじゃないか、という気がするけど。

クイーンを目覚めさせようと躍起になるビショップ。さて?

1986年

自分はどう愛すればいいのか、とクイーンにといかける、渡の父親。自分らしく、あいせばいいと促すクイーン。そこにルークが出てきて、渡の父親を逃がし、芝居は終わりとか、愛がわかりそうとつぶやく彼女。

愛を知って、本気で愛した結果、クイーンの役目を放棄したということか?

ま、ファンガイアの感覚がアレなのは、モデルの女とかを付けねらっていることで、よくわかるから、渡の父親に関する彼女の言葉も、ファンガイアゆえの感覚で言ってるのだと、今なら、納得できるが(汗

2008年

人を愛したファンガイアを粛清しようとするウェイトレスの娘だが、彼女だけは逃がしてくれ、と男の方、ファンガイアが言う。
しかし、女性の方は、ほとんど、ノーリアクションって、自体がつかめていないのか、よほど、肝が据わっているのか(汗

結局、ウェイトレスの娘は逃がそうとするのだが、ビショップに消されてしまう。

クイーンの目覚めを促す割には、そうなるように意識を誘導していないような気がするのだが、これまでのクイーンは、すんなり、目覚て、クイーンの勤めを果たすようになったということか、それとも、このビショップが、人間の意識が強いものをファンガイアとして、目覚めさせるやり方に疎いだけか?

渡に助けを求めるウェイトレスの娘。まあ、彼女のようなタイプは、人を頼るのがヘタだし、普通の人間の手におえるようなことじゃないから、巻き込まないように別れを告げたものの、どうしていいのかわからない、というのは、さほど、不思議ではないか・・・。

1986年

バイオリンを見て、何かに突き動かされて弾く渡の父親はハンターの女の約束を思い出す。

2008年の渡も、ウェイトレスの娘が眠っているそばでバイオリンを弾き、何が出来るかと考える。て、静かにねかせてやれよ(汗
渡はウェイトレスの娘を守れるくらい、強くなると誓うわけですが、これまでも変ろうとして、変わりきれなかったのに、また、守ろうとして、見当違いの方向に突っ走りそうな気がするけどなあ。
ウェイトレスの娘は、渡よりも、状況が大変なわけで、それに対して、渡が何かしてやって、立派になったように見せるようことをしないと、渡が成長したかのように見えないからなあ。
っていうか、渡を彼女のような状況において、成長を促す方が早いと思うのは、気のせいでしょうか?登場人物の成長をアピールしたがる作品に限って、最近は、ろくに、登場人物を鍛えようという意図がないも同然のような気がするし。

彼女に頼まれて、水を持ってくる間に、彼女はいなくなったわけで・・・。

1986年

クイーンと海にやってきて、無くした指輪を探そうとする渡るの父親。そこにやってくるハンターの女。クイーンは彼女に声をかけ、人に愛されることを尋ねる。
人は愛することで今日を、愛されることで明日を生きるというが、そのときの都合で、相手の愛をもてあそんでいるだけだろ、あんたは・・・・。
そこへ指輪を見つけた渡の父親が戻ってきて、記憶を取り戻す。
クイーンのことを除いても、幸先のいいカップリングじゃないからなあ、この二人。

2008年

渡の家を飛び出したウェイトレスの娘を襲うクモのファンガイア。モデルの女と啓介が駆けつけたのだが、クモのファンガイアはこれ見よがしに、イクサへの変身をする。
啓介とモデルの女を蹴散らすのだが、モデルの女に騙されて、金的をけって、イクサを奪い返される。
イクサに変身して、クモのファンガイアを倒そうとするが、逃げられてしまう。

ウェイトレスの娘を探しにきた渡が彼女を見つけるのだが、そこに鉢合わせしたクモのファンガイアが、「お前のせいだ」と逆恨みで襲い掛かる。
変身できない、と生身で、立ち向かうが、それが逆に、ウェイトレスの娘をクイーンへと覚醒させる。
しかも、キバにいつのまにか変身して(彼女の前では変身できないのであれば、いつのまにか変身しているような描写は止めて、ちゃんとそれをクリアして変身する姿を書いて欲しいものです)、エンペラーフォームに変身するキバ。
タッツロットとガルルセイバーを連結させた技でクモのファンガイアを蹴散らすキバ。しかし、ルークとか、強敵と当たらないで、新フォームとかパワーアップとかをおざなりに果たすのは、どうかと思うのだけど。ゴーオンジャーは、一応、そのあたりの段階踏んでいるのだけど。

クモのファンガイアはクイーンの力に目覚めたウェイトレスの娘に粛清されてしまう。

己の弱さを認めた振りをして、嶋を騙す啓介(汗 そうまでして、成長をまっとうに描きたくないのか?正義のために戦う人間を、そこまでいびつに強調したいというのだろうか?

去年の電王は劇場版の宣伝のために、ドラマがかなり犠牲になっていたけど、今年は、パワーアップとか、キャラの成長が、とりあえず、パワーアップや成長っぽいことをさせて、それっぽく見せていますと、表面上だけ取り繕うのが、去年よりもひどくなっているような・・・・。やはり、パワーアップには、それにともなうドラマも必須なのですけど。

劇場版の宣伝は、モモタロスたちがなぜか、魔界城じゃなくて、魔剣城を目指すことに。しかし、鈴村さん、最近、鉄腕バーディでは、悪役やっていたりと、主役から、ダークっぽい役回り、悪役にシフトしつつあるんじゃないか、と少し不安になってしまうのだが(汗
[PR]
by kwanp | 2008-07-27 22:46 | 特撮

かなりすっとばしてます(汗

幕末ギアス、黒の維新団が、紅蓮可翔式、斬月、暁と戦力を充実させて、零(ゼロ)は我勝から、蜃気楼に乗り換えるというスピード展開というか、すっとばしぶり。

しかも、幕末の世界では、ピザ屋を経営しているアシュフォード家。

おまけに、今回のラストでは、指揮官クラスのギアスユーザー、ペリーがピザを貪り食うというシーンがあり、アニメ本編と違って、繁栄しているんじゃないか、アシュフォード家?と思いたくなるような状況ナ訳ですが、そのピザ屋にナナリーを伴って、やってくるスザク。
アニメ本編と同じく、琉々朱が、CCのためにピザを注文しているという設定なのですが、自宅で受け取って、新撰組の屯所に那奈離が運んでいくというやり方で、Ccに持っていくのだが、このやり方で、しかも、零が残したピザの半券、しかも、

あまりのマズさにまったく売れずに一ヶ月だけで販売中止になった納豆マヨネーズピザ(汗
しかも、それを注文したのは、那奈離だけ(汗

さすがにCCの味覚にもあわなかったらしい・・・。

というか、琉々朱は、本編の彼と違い、妹に間接的にとはいえ、黒の維新団のやってることの片棒担がせているわけで(アニメの場合は、全部自分が、厄介なことをやってのけていた)、今のところ、なんで、琉々朱が新撰組の局長やってるの、とか、この話での彼ら兄弟は、どういう立場で、日本にいるの、とか、どうして、零になってブリタニアに立ち向かっているのとかいうことは、まったく触れられていなかったりするので(現時点で)。推測で補うしかないのだが、第一話で彼女は、「この体でも出来ることはありますから」といってるように、アニメでは、守られるか弱い妹の振りをして、ルルーシュを(精神的に)支えていたところがある彼女だったが、幕末版では、その生き方をヨシとしないということか?
あるいは、兄妹、二人で助け合って生きていて、しっかりものの妹が質素倹約で余計な出費をしないように(武士の家っていうのは、えらくなればなるほど、名誉に伴って、出費が激しかったから)、那奈離ができることをやっていて、兄を助けていたか、場合によっては、那奈離に財布の紐を握られていて、あっさりと、CCにピザを買っていることがばれたか?

場合によっては、兄のやっていることに勘付いていて、しかも、それに気が付かない振りをしていながら、兄のやることを少しでも手伝っているとかいう展開にもなりそうな内容だし。

しかし、スザク、

妹の前で、その兄を黒の維新団のリーダーじゃないか、と疑っているかのような会話をするのはどうかと思うのだが(汗彼女の前で、ピザを食べてみたいと取り繕っているような会話をしているわけだし。

しかも、この話での那奈離は、コーネリアと対面しているわけだが、そのあたりの関係がどうなっているかが語られていないし、しかも、彼女らの会話がなく、そこをスザクやジノが琉々朱がゼロではないかという疑いを持っていることを説明する会話になっているあたり、後々、このあたりの設定が開かされるとか、このあたりの設定を使って、なにか、どんでん返しがあるということか? まあ、ケロケロエースの連載は、サイクルが短いので、そこまで描くような余裕がないというだけの話かもしれないが・・・・・。

後半は、黒の維新団による、富士山、黒船工場襲撃で、ジェレミア(未改造)の操るジークフリート対蜃気楼で、大量に、騎士銘亜を運ぶギアスを使って、香煉(カレン)のあやつる紅蓮に、攻撃させるシーンや、黒船出撃に、他のラウンズの機体とともに、援軍として現れる蘭須露斗。
とまあ、今回は、いろいろな意味で見所たくさんな内容になっていたりする。

全何回かしらないけど、ある意味、二次創作向けの作品になりつつあるような・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-07-26 21:31

その目の見てきたものは

気が付くと、ミルキィは、倒れていたわけですが、死神が呼応したとはいえ、一時的に、その力を呼び出しただけだったようです。
アニメとかでも、無我夢中で、その力を偶然発動させたけど、その力は完全に、そいつがモノにしたわけではない、そういう状況だったのでしょう。

しかも、倒れていたのは、ミルキィが作った母親の墓がある場所。おそらくは、ミルキィが、ただひとつ、心許せる場所。周りの人たちも、親でさえも、自分にとって、心を許せる相手ではなかった。まあ、ある程度は、父親の研究というか、父親の得体の知れない人格のせいではあるのだろうけど、ミルキィ自身も、その状況に甘んじていたというところはあったのではないか、とは思いますが。
まあ、何かにつけて、ゼルロット博士の子供ということで、自分痛いし、鬱憤晴らしとばかりに辛く当たってくるような相手に従えない、従いたくはないという気持ちはどこかにあるのでしょうけど。

死神を生み出すという己の欲望のために、自分から、母親やら、自分が得るはずだった幸せを奪った父親、そして、その父親を気味悪がるくせに、その怒りや畏れを、自分にぶつけたり、自分を避けたりする周りの人間。

500年間のうちに、どういうイメージをもたれているかは知らないので、なんともいえないが、下手をすれば、イメージが膨らみまくって、世界を完全に滅ぼしたとか、そういう風に話が膨らみまくっている可能性はありそうだし(汗

そんなものを本気で生み出そうとしていて、しかも、かなり本気だとわかっているうえに、周りで何かしら、生き物が死んでしまう。
普通は怖がるでしょうしね、そんな相手(汗

怖がる方も怖がる方で、その恐怖や怒りを本人にぶつけないで(ヘタしたら殺されると思い込んでいそうだし)、ぶつけても、仕返しが怖くなさそうなミルキィにぶつけて、己の恐怖心を紛らわせているわけだしなあ。

どちらもミルキィにとっては、味方ではなかったということは確かだろうし。

クラスメイトから聞いた、他の家庭の幸せそうな話を聞いて、自分にはそれがない、ということを知ったわけですが、自分がこういう目にあわないといけないと思っていたところに、自分に辛い思いをさせる連中が、自分よりもいい思いをしているわけですから、それがうらやましかったり、悔しいと思うわけですからね。

しかも、その元凶である父親も、自分のやりたいことをやって、好き勝手している挙句、自分意こういう思いをさせている。

なんで、自分が、こういう目にあわないといけない、なんで、自分も幸せになる権利はあるはずなのに、それがない。
挙句の果てに、父親の実験台にされて、母親のように殺され、捨てられるわけですからねえ。

しかし、考えてみると、それは形や規模は違えど、世界や人は間違っていると思うことになりはしないか?

それも、死神も一方的な見方や考えで、あれだけの大破壊や大虐殺を行ったわけだが、ミルキィのそれだって、苦難を伴うが、村から逃げるとか、その気になれば、考えるなり、他にも目を向ければ、何か、見えるものがあったかもしれないのだし。
過去のミルキィの言動を見ていると、これまた、考えない、他のものを見ようともしないで、あるがままを受け入れて、生きていたわけですから。もちろん、父親のやってることに、恐れや怒りを抱く村人に対する態度は、そう簡単には変えられないが、それでも、学校の先生などは、「あなたはあなた」とかいって、理解しようという態度は見られたわけだし。まあ、その後で、ムーアが殺されたことで、この先生が、何か、憶測めいたことを言って、ミルキィに疑いがかけられたのだが、これに関しては、どっちもどっちという気はするが。
ミルキィの場合、前述したように、考えない、見ようとしないという態度が目に付くわけで、いくら、心を開いても、もう片方が、それでは、心が通じるわけはないのですからね。つまり、ミルキィ自身も、その誤解を解く努力をしなかったわけですし、うらやんでいた他の子供の過程の状況も、皆が皆、そういう家庭があるわけじゃあないし、幸せそうに見えても、ということもありますし。家庭ごとの個人差はあるわけだし、そういう幸せな状況を築き、維持する努力は必要ではあるし、いきなり、どかんと手に入ったり、天から降ってきたりはしない。そういうことを考えずに、今が辛いから、それを覆してくれるようなものが欲しいと思う感情は、無理もないのかもしれないが、それに流されるのは危険ですしね。
周りの人、すべてが無理でも、一人や二人でも、味方を作ることは、その気になれば、出来たのかもしれませんが(あくまで、その気になれば、であるし、これだって、平坦なことではない)。

自由になったとミルキィはいうのだが、状況はともかく、死神になるという選択をしたことは、多分、心までは自由になっていないどころか、それに囚われているわけですから。

そもそも、自分をこういう状況に追い込んだ連中が、死神として、自分を見るのに、それに応じているのって、全然、自由じゃないだろう。
むしろ、死神にならないで、それを乗り越えて、どこかで幸せになろうといきることが、父親のやろうとしていたことや、村人偏見から、自由でいるということの一つのあり方なのじゃないか、と思うけど。

なにしろ、死神が目覚めるきっかけになったあの実験の前に、ミルキィは、他の子供たちには、当然のように、温かい家庭で幸せそうにしている(ように見えた)のに、自分には、それがない。
覚えているのは、母親に抱かれている光景くらいなモノで、それで、哀しい気持ちになっているところに、父親が珍しく話し掛けてきたのである。あわよくば、父親が心変わりして、と、ひょっとしたら、自分にも、という期待を抱いても、不思議ではない。
しかも、それはあっさりと裏切られて、母親と同じように殺されかけてしまったわけだし。

しかし、ミルキィの状況を考えると、彼女にとっては、あの場所以外に生きる場所はないわけだし、しかも、父親の保護下で生きているわけだから、それ以外の幸せとは何かを良し悪しは別にして、彼女は知らなかったわけで。

自由になりたい、幸せになりたいというより、自分を見てもらいたいということで、そうなることで、自分も、彼らがもっているであろう幸せを手にしたいということなのだろうなあ。あの状況では、そうやっていきることが一番、よさそうな選択肢に見えたということではあるのだろうけど。
まあ、そうなったとしても、多分、ミルキィには手に入らないと思うが。
流されつつも、ミルキィには、そういう連中の言いなりにはならない、意に添わないことには従わないという感情がどこかにはあるし(ただ、その感情の発露はネガティブな方向に走ってはいるが)。
そういう人間は、どこかで、従いきれなくなってしまって、排除されてしまうか、あるいは、自分で飛び出してしまうことになりやすい。

死神になるのも、目に付く選択肢がそれで、それ以外のものは、考えようともしなかった、考える材料になりそうなものを見てこなかった、聞いていなかったからで、浮かびようがない、といえばそれまでですが、そういう風にわざと育てられた可能性も高そうですけど。

死神学者が、サンサディアと縁が深いというか、彼らが、サンサディアとかで、組織めいたものを作っているのではないか? というい推測は以前、書きましたが、死神などという、過去に大破壊を行ったものに関する情報を、集めれる限り、集めたいとか、それを研究して・・・、というような考えに至るのは、一つの方向としては、あるのではないか、と思います。
まあ、最初は、ひょっとしたら、同じ研究をやっているもの同士のネットワークだったのかもしれませんが。
その中で、死神を生み出そうとしている一派が出てきても、不思議ではない。考えられる理由としては、この世界が間違っていると思い込んで、死神によって、破壊を行い、新しい世界をつくろうとか、正しい形に戻そうとかするといったところでしょうが、おそらくは死神を生み出そうとするのも、過程の一つでしかなく、死神を生み出そうとすると同時に、それを倒せる勇者をも、生み出そうとしているのではないでしょうか?

いくら、死神を生み出そうと研究しても、それが死神を生み出すことに対する歯止めになるとは限らないし、一番手っ取り早いのは、壮剣カーヴィナルを持った勇者なのは、確かですからね。そのこと自体が記録に残っていたとすれば、誰だって、そう思うのでしょうし。

ひょっとしたら、八戦聖すら、そういう意図のもと、育成された、勇者候補の者たちだったのかもしれませんが。

長い年月を生きているのではないか、と思わせる、八戦聖の面子に入っているだろう、ウォーゼルの「まさか、この時代にあらわれたか、ようやく、ヒマしないで、すみそうだ」「人生をかけて探していたのが、・・・」みたいな発言もあったが、これは、ヒマ云々は領主としての仕事をさしているのだろうし、この時代云々は、自分の代に見つかるとはという、驚きもあるのだろうし(永いこと見つからなかったシロモノが、自分の代で見つかるというような想定は、まず、ぴんとこないだろうし)。

あと、サンサディアの代々、行ってきたことの一つだと思われるのが、壮剣カーヴィナルの発見。あの大破壊の後、死神を倒した勇者が、死神と同じような目で見られるのは明らかで、姿を消した可能性は高いですから、サンサディアが壮剣カーヴィナルを持っていない(持っていたら、それを象徴として扱ったであろう可能性は高い)でしょうし。

死神を生み出さない傍らで、勇者候補生(ひょっとしたら、勇者アルシスも、八戦聖の中で、カーヴィナルに選ばれるであろう可能性が高い)を育成したり、カーヴィナルを探索する者たちを、各地に放っていた可能性は高いでしょう。

私は、アルトの母親が、勇者アルシスではないか、そうでなくても、サンサディアの息がかかった人間ではないかとすら考えているわけですが。なにそろ、死神に関する情報を多く抱えたサンサディアに働きに行ってる彼女ですが、グロゼオ、ザイナーハが、カーヴィナルを持つ少年という情報や、アルトの父親の死に関する詳細を、彼らのネットワークから得ていたことからして、死神に関する情報を一手に抱えるサンサディアが、そういうたぐいの情報を得られない(まあ、衰退していたら、話は別だけど)というのは、考えにくい。
カーヴィナルに関しても、なんらかの情報は持ち合わせていたと考えるのが妥当でしょうし。
アルトの母親が、アルシスではない、もしくは、サンサディアにかかわりのあるものではないにしても、その素性を知って、彼女を何かの仕事で雇い入れているというのは、偶然とは考えにくいでしょう。
しかも、場合によっては、サンサディア自体が、アルトの父親暗殺に関わっている可能性だってあるでしょうし。一番の理由は、母親のいるところに、アルトを呼び寄せることでしょうけど、それで父親を殺すということは、彼が、その障害になる可能性が高いとにらんだからでしょう。
アルトの父親が、カーヴィナルの所有者で、死神を生み出して、世界を破壊させるのであれば、あるいは、彼を暗殺する理由は、目的の達成のために邪魔者を排除したということでしょうが、アルトの父親が、カーヴィナルの前の所有者と断言できるような材料は、作中にもあまりないわけですしね(アルトは自分が使えるとは言ってたが、父親が使えるとは言ってなかった)。そもそも、カッツがアルトに興味を持ったときには、既に、それを使っていて、しかも、そのときには、父親は存命だったのですし(目が見えなくなってから、譲ったのかもしれないが)。
つまり、アルトを暗殺するのであればともかく、父親を暗殺するメリットはあまりない。まあ、偶然、命を拾っただけかもしれませんが。
まあ、アルトの母親がサンサディアに行くのは、まあ、割のいい働き口が会ったからかもしれませんが、それにしたって、アルトの父親は、目が見えないわけですから、仮にアルトを呼び寄せようとしても、目の見えない人間を連れてのたびは大変なものですし、サンサディアが、それを援助したとしても、ついて、アルトに、彼らに協力するように言ったところで、アルトの父親は、反対するでしょうし。勇者を生み出すということにどこまで気が付くかはともかくとして、サンサディアの望んでいるカーヴィナルの役割は勇者の剣だと思いますが、アルトやアルトの父親は、狩りに使ったりしているわけですが、父親の方は、壮剣の使い方について、何か知っている可能性もありそうですし。勇者を生み出すということがサンサディアの目的であるのなら、この部分で、アルトの父親と意見が合わないで、彼が勇者を生み出す障害になるのでは、と判断されたからか?
まあ、アルトの母親だけでなく、父親も、勇者を生み出すプロジェクトに関わっていて、そこから、脱走したので、協力的ではないからかもしれないが。

これと同じで、ミルキィの境遇自体も、ゼルロット博士や、その背後にいるかもしれないものたちによって、意図的に生み出されたものかもしれないが。

でまあ、ミルキィは、最初は、父親や周りの人たちを見返すためのものであった死神が、どんどん大きくなっていった(殺してやりたい人間が多かった)とかいってるわけですが、ミルキィのそれまでの言動から考えると、ミルキィの方にも、十分に原因はあるような気がするけど。
なにしろ、腹が減ったらパン泥棒、無賃乗車なわけfだし、それを手にするためのほかの手段を、はじめから、スポイルしているようなところもありそうですからねえ。ひょっとしたら、手を差し伸べてくれていた人もいたかもしれないけど、多分、彼女のものの見方ゆえに、それに気が付かなかった可能性もあったでしょうし。


世間の風の冷たさに、疲れていた頃に、第一話の船上で震えていたところに、アルトの親切を受けたことが嬉しかったみたいに言ってるわけですが、まあ、アルトの場合は、事なかれ主義だし、自分だけあったかい思いをするのが後ろめたかったということもあるのだと思いますが。

しかも、その後で、ミルキィの夢も希望も背負って、その結果、自分は、釈放されたわけですしね(お金を分けてくれた上で)。しかも自分が追い求めている死神への手がかりにもなるわけで、

手を差し伸べてくれたというより、クラスメートの温かい家庭をうらやんだりしたときのように、自分にとって、都合のいい状況をもたらしてくれる相手だから、大事なのでは、という疑惑も捨てきれないのですが(汗

ただ、子供だったから、というより、ミルキィのようなタイプは、いくつになろうが、こういう姿勢でいる限り、同じことを繰り返し、水面に映った月に手を伸ばすようなまねをしてしまうので、年齢の問題ではないのだと思いますけどね。

アルトと知り合ったところで、回想は終わり、空王シャフォーらしき人物は、もう一度みたいか、と問い掛け、一人で生きていくなら、いやでも見ることになるというわけですが、ミルキィは今の姿勢を改めない限りは、そりゃ、何度でも、同じことを繰り返すから、誰でも、予測はつきますよね。

しかし、二人で支えあっていくのなら、あるいは、と二人で手を取り合って、先に進むことを示唆するわけですが、

やり口が不安を煽る占い師や、新興宗教の勧誘や教義にちかいものがありませんか、これ?

相手の不安をあおって、そこに付け込んで、自分の考えに賛同させるあたりがどうも、異論を認めないで、立場の弱い相手に向かって、自分の意見にただ従え、と威圧的に迫り、それ以外の選択肢を認めない、教えようともしない人種のそれに見えてしまうのだが。

ミルキィの性格からすれば、手っ取り早く得をする方を選ぶのは確実なわけだから、嫌な過去と、自分に有利な状況をもたらしてくれたことを天秤にかければ、どちらをえらぶか、というのは、明白ですし。

アルトだって、己の壮剣で、ミルキィに似た死神を刺し貫いたわけですからねえ。

自分の言うことに賛成させるために、情報を共感させる力を使って、かなり強引なやり口をとっているように見えてしまう。まあ、こういう幻影を使って、情報を共有、共感させる力があるからこそ、逆に、こういう強引な手段で、賛同させるのかもしれないが。
なにしろ、こうも真に迫った映像を見せられたら、言葉を費やすよりも、説得力はあるわけだからなあ。しかし、空王シャフォーの場合は、その反面、相手の心情を汲み取ろうとか、自分の考えを、自分の言葉を費やして、相手を説得するという部分では、この有利な能力に頼り切って、逆に退化している部分もあるのではないか、とさえ、思えてしまうが。

しかも、この時点でのミルキィに、アルトと一緒に進みなさい、は、一歩間違えれば、アルトへの依存を促してしまう危険性もあるのだから、慎重にやらないといけないと思うのだが。
こうも矢継ぎ早に、悲惨な過去を見せ付けて、アルトと一緒にいる方がいいと思わせるようなやり方では、逆にアルトに対する依存を強めてしまうようにしか見えないし。

むしろ、そうやって、死神になる方向へ誘導しているようにも見えてしまうのだが。アルトへの依存が、最後まで問題にならなければ良いが、依存が強い分、逆に、反動が出たとき、裏切られたとか、アルトがなくなってしまったときなどは、喪失したショックで、ミルキィが、世界に価値なしと先走ってしまう危険性だってあるわけだし。

アルトに見せた過去の記憶あたりなら、まだ、アルトの煮え切らない心に決意を迫るべく、過去の悲惨な記憶を見せたあたりでも、まだ、納得できるのだが、ただ、過去を見せて、一緒に行け、では、試練になっていないのではないか、と思えてしまうし。

空王シャフォーの能力からすれば、勇者を生み出そうとする計画があるのであれば、しるのは造作もなさそうですし。今回の話で、むしろシャフォーは、何かたくらんでいるかのように見えてしまった気が・・・。

まあ、八戦聖の言葉をそのまま信じるようなら、それはなんら、今までと変わりない。アルトもミルキィも父親の生き方に、考え無しに流されていたわけですしね。
八戦聖はいくつかの考えに分かれているみたいなので、そういういくつモノ意見を見聞きし、そこから、自分の五感で受けとめ、自分はどうするのか、と結論を出す過程を書いていく、ということか?

もうあんな日々は嫌だ、と思ったところで、アルトと再会するミルキィ。再び、二人とも、手を取り合うことはできるのでしょうか?

もっとも、シャフォーの見せた映像が強烈過ぎたために、それを味わうことへの拒否反応が強く出てしまいかねないのですけど、さて?
[PR]
by kwanp | 2008-07-24 10:06 | コミックス

全力っていっても・・・・

執事というか、自分の欲望を満たすためと、そのためにええカッコしいしてるだけを執事全力とは言わんのじゃないか、という気がするけど。

しかも金剛番長などは、表紙で、正義とか言ってるけど、今のサンデーが持ち出しても、説得力ないんじゃないかと思うし。

最近の金剛番長見ていると、王道バトルモノとか、一癖も二癖もあるキャラをいくつも出そうとして、それが空回りしているかのように見えるし。本気でバカをやる、天然ぶりが突き抜けているより、普通の人が、バカなのりや、天然を真似しようとして、なりきれていないように見えてしまうのですよね(金剛番長に関しては、既に見切りをつけていたりする)。

自分の家族を説得して、アテネと一緒に暮らそうとするハヤテ。彼が持っている指輪に関して、考えをめぐらせますが、普通に考えたら、もういなくなった婚約者とかがありえそうですが。先週の話で、天王洲家の令嬢が今も行方不明という記事がありましたが、後継ぎなり、他の子供がいなくて、両親だけが、今も帰りを待っているとか言うパターンなら、実年齢で、何歳になろうとも、令嬢と呼ばれることはあるでしょうしね。
ハヤテが着ていた執事服を仕立て直したといっていましたから、それでしたら、指輪が大人の男のサイズでもおかしくはないでしょうし。

指輪を持っているということは、普通に考えれば、指輪を交換する約束をした相手が、その約束を果たせなかったということでしょう。

裏切りとか、あるいは、記憶を失って、他の誰かとくっついたとか? まあ、あるいは、ハヤテがきている執事服の持ち主と恋に落ちたとかで、それを身分が違うとかで、認められなかったから、世界にいやけがさして、王族の庭城にきてしまったというところか? 言動からするに、女性を商談とか、政略の道具にしか見ない、あるいは、金目当てとかで、女性を本当に大事にしているとは言いがたい(まあ、金持ちに限らず、男性というのは、そういうところに疎いところがありますし、それを補おうともしない人が少なくはないですからね)。
女性を大事にするというのは、その指輪の持ち主がアテネに教えたことで、それをさして、考えずにまねをしているというところでしょうかね、彼女の場合。

おそらくは、この現状から逃げ出したら、幸せになれると思ったら、それは、もっと辛いことの始まりでしかなかったということなのでしょうね。

でまあ、指輪を落とさないようにと、持ち物を見てみると、バンソーコーにお守り、BB弾、輪ゴムにキン消しの偽ものですが、ハヤテが幼稚園の時って、1994年あたりまでで(キン肉マンの最終シリーズのアニメ化は91年)、このときのハヤテの年齢によっては、旬を過ぎているアイテムのような気がしますが、親に大事にされないで、こういうものしか、手に入れることしか出来なかったとかいう表現をしているというところでしょうか?05年の話なのに、ボウケンジャーは出してくるわ、ユニコーンガンダムは出してくるわ、と実際の時間にあわせたネタを持ち出してくるのですし、その理屈で行ったら、この時期は、90年代中盤94年から96、7年に相当するわけですから、その時期に、キン消しの偽者を大事に持ち歩いているというのは、普通なら、その境遇を物語ることも出来る表現だとも思いますし。

まあ、単に、今度DVD化されるから、ネタにしているだけかもしれませんが・・・。

そこに現れるハヤテの両親。彼らがいうには5日も帰っていないのだそうですが、ハヤテの時間では、2ヶ月くらいの時間が流れているそうで、時間の流れが違うわけですが2ヶ月といってることかr、あそのスピードは、単純に12倍。
王族の庭城の方が進む時間が早いわけですが、90年代に流行ったファンタジーものでは、異世界に召還されたりする話では、その主人公が、ことをなして、元の世界に戻ってきても、時間はさほど、経っていないということが珍しくはなかったですからね。

好きなキャラの方が年齢が上だったのに、いつのまにか、自分のほうが年齢が上になっているというように、物語の時間の進み方と現実の時間の進み方の差が大きかったりすることもありますし。

そういう意味では、王族の庭城は、異世界か、2次元と三次元くらいの差の出る世界なのかもしれませんね・・・。

親を変えるのだ、と、ハヤテは、意を決して、何が気に入らないんだ、と首をかしげる父親に、泥棒はいけないと注意をするのですが、あっさりと、表面上は意見を聞いた振りした両親に騙されてしまい、しかも指輪に目をつけて、質屋で金に替えようとする両親に騙し取られてしまいます。

しかも、ハヤテに父親の見本になれみたいなことを言ってるわけですし。

まあ、こういう手の施しようのない、しかも、自分のやってることを変える気もない人間ほど、口先だけで、相手の言ったことに態度をあわせて、本気で反省するとか考えるということをしませんからねえ。

それに、ハヤテやハヤテの両親のようなタイプというのは、自分の得になるような相手や、自分の言うことを聞きそうな相手には、そいつが喜びそうな態度をとったり、人格が出来ている振りをして、相手を喜ばすことをしたがるものですからね。
だから、ちゃんとした態度をとっていたり、行動に筋が通っているからといって、すぐに信用するのは危険なのですよね。
そうでなかったり、自分の理解の範疇を超える相手には、その反動で、きつかったり、容赦がなかったりするものですし。もっとも、そういう相手が特になるとわかってから、態度を変えることもありますが、こういう相手のことを理解するようなことはしないこともすくなくないので、逆に怒らせるようなことも、珍しくはないのですよね。

もっとも、ハヤテの場合も、自分の都合の言いように、回りを変えようとしているのだから、丸め込まれて、罪がないとはいえないのですけど。
アテネの元に戻ったハヤテですが、前述のやり取りを見ていたために、もう、ハヤテをどこにも生かせないという強硬手段に訴えでる。

しかし、ほこりと自信をつけさせて、というアテネだが、そういうものは、自分で見つけて、自分で見につけ、本物にするものだと思うのだが。与えられた誇りと自信は、あくまで、きっかけに過ぎないものだし、それにすがり付いているでは、何も変らない。

それで得られるものがあったとしたら、可哀想な人間を自分が変えたという自己満足だけですし、そういう自己満足を欲しがる人間というのは、相手の身に立っているつもりで、そうなりきれていないのですよね。

さらに、アテネは、ハヤテの両親は、人間のクズで人の優しさをクイモノにするとか、そういう奴についていってもぼろぼろにされるだけ、とか言っていているけど、後年のハヤテもまさにそれをそのまま、行っている。まあ、綾崎親子がやってることは、まんま、この作品や、サンデーの姿勢にも、同じことが言えるわけだけど。

罪を犯したものが、なんて、ハヤテは、独白しているが、その後の生き様を見る限り、今の時点では、それを悔いて、罪を償おうとしているよりも、同じ罪を繰り返しているし、それを改めようともしていないわけですからねえ。

人は同じことを繰り返してしまうとか言うのがテーマだそうですが、開き直って同じことを繰り返しているのは、人は同じ過ちを犯してしまう生き物だ、という言葉を言い訳にしているだけではないか、と思いますが。少しでも、その罪を償おうとする人と、人くくりにして語るのは、違うと思いますしね。

私といれば、幸せになれると手を伸ばすアテネ。

親がいないから、自分の気持ちなどわからない、とアテネに、暴言を投げかけるハヤテ。

しかも、ハヤテもアテネも自分が寂しい、つらいから、自分が幸せになりたいことが先にありきで、相手のことを見なかったという意味では、同じなので、疾風だけが悪いのではないのですよね、この場合。結局、「間違っていたのは自分」とかいって、涙を流していたのは、女の前でいい格好しているだけだったようですね。

そういう意味では、コードギアス反逆のルルーシュの主だった登場人物が、自分の大切なものしか見ていなくて、しかもそれがあからさまな一方通行でしかない、ということに近いものを感じますが。

まあ、この過去編の話自体も、ハヤテの見る夢という形ですけど、ハヤテは、自分に甘い男ですから、あくまで、彼の目から語られてる過去は、自分は、悪くない、被害者だと言わンバ仮の態度をとっていますが、そうしないと生きていけないから、それをわかっていながらも、親のやることに手を貸していて、それに騙されている、罪のない被害者の立場をとっているようにも見えますし。

棺の中から、何かが蠢き、アテネの後ろになにやら、まがまがしい気配が漂っているわけですが、三年前なら、もっと迫力を感じたのだろうけど、今となってはなあ・・・・。

まあ、アテネと同じ立場か、あるいは王族たちの怨念か。まあ、王族の庭城に残った、そこにいた人々の怨念というのもありそうですね。それを封印、あるいは浄化するために、アテネのような人物が、必要になるとか?

そもそも、本来描こうとしていたストーリーよりも、萌えやねたで受けをとることを優先せずに描いていたら、このシーンも、今よりかは、納得できるような話の流れになっていたと思いますからねえ・・・・。

しかし、過去編、強制ムービーというより、ときめも2の幼年期編とか、みずいろの子供時代とかで、子供時代に、桂姉に関わっていたら、きっと、桂姉の性格が大幅に変るんだろうなあ、どこぞのやかま進藤みたいに(笑
[PR]
by kwanp | 2008-07-23 09:28 | コミックス

そもそも・・・・・・・

ブリタニア皇帝に反感を抱くようになったのも、父親なら、自分たちのことを守ってくれるはずだという甘えの裏返しだったわけだし。

第一期の後半あたりの書かれ方から、ルルーシュはキラを意識して描かれたのか、と思えるような場面もありましたからね(ガウェイン強奪は、ユーフェミアと一緒にいるときに、起きたことだし、何か強力な力を手に入れたら、それにあぐらをかくあたりも、似ている)。

ただ、ルルーシュは、優しいのじゃなくて、一人で背負って、生きていけないという方が近い気がするが。
ナナリーやら、大事な人たちに対する感情も、大事には思っているけど、一方通行というか、どこか、自分が優位なところから、それを見ているようなところがあったわけで、結局、自分がヨシとする守り方が正しいのであって、相手が望む幸せやら、生き方がどういうものか、考えてはいなかったようなところがあったわけですし。

ナナリーにとって、ウソというのは、自分が守られていることと同時に、自分をちゃんと見てもらえないということでもあったと思いますし(いうまでもなく、ルルーシュは、自分が、こうしたいという感情を一方的に、ナナリーに持っていて、ナナリーがどうしたいか、というのは、見えていなかったわけですから)。
まあ、人間というのは、普通に生きていれば、そういった感情を多かれ少なかれ、持てしまうものですし、そうならないように考えるということで、相手を少しでも理解しようとするわけですからね。
盲目、足が不自由ということで、自分が守ってやらないといけない、という意識を持ってしまうわけですし、自分ひとりしか、妹を守るモノがいないともなれば(実際には、アシュフォード家とか、色々な人たちに守られていたけど、それが見えなかったということだと思いますし)、という感情や、ナナリーは言ってみれば、失われた幸せな日々の中で、唯一ルルーシュに残された存在だと思うので、それを何が何でも守ろうとして、目を向ければ、手に入ったかもしれない幸せにも気が付かないで、失われた幸せに縋っているうちに、前述した皇帝に抱いていた、わかってくれるだろうという感情を、無意識のうちにナナリーに向けていたということもあったと思いますしね。
ルルーシュは、悪いことから、妹を守ろうとして、それらから遠ざけていましたから、結果的に、ゼロにならなくても、彼は妹にウソをついていたわけで、ナナリーは、そういう感情に気がついていたのでしょう。
ただ、形が一方的でも、それは、立った二人の兄妹である自分を守るためと思うからであり、ついでにいえば、ルルーシュは、それを行うことで、ようやく自分を保てているところがあったわけだから、大事な兄を守るためでもあったと思うのですが、本当の妹じゃなくて、ルルーシュの方が、釈迦の手のひらの上で、守られていたとか言うオチになっても、不思議じゃなさそうだし(汗
守るということは、物理的に、力や知恵で守るだけではないからなあ。

シャーリーに関しては、正体や、ルルーシュのやっていることを知ってもなお、それを受け入れてくれる相手だったわけで、これまた、CCとは違った形で、彼の共犯者になりえたということに、今更ながらに気が付いたわけですが、まあ、あれだけ、好き勝手やっておいて、そういう相手と一緒に生きるということが許されるわけもないのですが・・・。

CCはかつては人間で(さいしょから、ああいう存在だと思っていましたけど)、かつてのマオとCCの関係に近かったようですが、彼女と契約したシスターを殺すことで、入れ替わるのですが、今わの際に、彼女は、CCが利用されていたことを告げるのですが、b>ある意味、相手のためを思ったうそでもあるのかもしれませんが。
自分の力が通用しなくて、本当に自分のそばにいてたと思えるような相手を殺して、さらに、長い年月を生きるというのは、辛いわけだから、憎しみでも、酔いしれる不幸感でもない寄りかはマシだ、と思いますし。
やさしさというよりかは、自分が楽になるために、他人に自分の重荷を肩代わりさせて、逝くわけですから、すっきりした気分でいけるわけがないのですから、せめてもの償いか、後ろめたさをごまかすためか。いずれにしても、永い刻えを生きるための最後の餞別といえるわけですが。

人は死に向かって生きているというようなことをCCは言ってはいるけど、不老不死でなくても、イツまで生きれるかどうかなんてのは、普通、誰もわからないものだから、作中を見る限り、ギアスユーザーが契約を結ぶケースでは、そのときの現状が、自分にとって、心地いいものではないから、それを変える為に、己の力を超えたものに頼り、それによって、一時的に、己にとって、都合のいい世界が作られるから、それを享受している所に覚悟やら、その重みを背負って生きるような強さは中々に生まれないということなのかもしれませんが。
CCのような存在を殺すまでに、全部を知らされていなくても、自発的とはいえ、ギアスを与えた相手がマオのように自滅する例のほうが多かったわけだから、長く生きるのは、疲れたとか言って、死を望むのも、それはそれで、はた迷惑な話ですしね。

力を持つには、覚悟がいるのだと思うけど、生半可な覚悟では持つなと言うことを言いたいのかもしれないけど、そういうことを語リ、結論に至るまでに、登場人物たちに好き勝手させていたら、その結論に説得力が出るかどうか、怪しい気もしますが(汗

マリアンヌの自殺の原因は、それこそ、CCを殺せるほどにギアスが強くなったということか?

ウソというのは、時に誰かを守るためのものでもあるわけですが、それであっても、ナアリーにとっては、自分をちゃんと認めてくれない、見てくれない(単に自分を認めて欲しいというようなことではなく、本来、同じ痛みを持っていたはずの兄でさえ、そうだったわけで)ということを突きつけられることであるから、大事な人であればあるほど、ウソをついて欲しくはないという思いは人一倍強いのでしょうね。
皮肉にも、ルルーシュがブリタニアに反感を抱く理由になった母親の死によって、自分お思いをわかってもらえなかったことであるのに、彼は、いつのまにか、その父親と同じことを繰り返し、守らないといけない人間から、己を遠くに感じさせてしまっているのである。

そして、世界はウソに満ちているという皇帝ですが、世界中の人々が、今ある世界が本当だと思い込まされていて、セカイが存在していて、今も営みを続けているとウソを教えられているということなのでしょうか?CCやシスターのような、存在は、その世界の番人で、世界がほころばないように、管理していると。

前にも例にだしましたが、宇宙英雄物語のクラートゥでの最終決戦で、ラスボスのブラスは、クラートゥの力で、パラメーターをいじくって、主人公のジュージを英雄の座から、引き摺り下ろしたように(クラートゥは、その宇宙の人々に、役割を与えていた)世界の番人としての権限だったとか、ギアスが?
愛する感情をコントロールするとか、絶対服従させるとか、動きを止めるとか、記憶を書き換えるとか、こういった力は、ある種、神の力といってもいいわけで、世界を何かから隠して、世界の人々を神は安心させているということか?

この作品では、特定の人間には甘い、あるいは、必要以上に大事にするけど、そうでないものには、容赦がないキャラが多い。言い方を変えれば、大事なもの以外見えていないか、気が付こうとしない。たとえ、そこに、価値のあるものがあったとしても。
うそによって、守られながらも、気が付かない、手に入らないものがあるより、厳しい真実を突きつけられながらも、大事なものを手に入れる、あるいは、それに立ち向かう強さを手に入れるということをヨシとしているのだろうか、皇帝は?

ただまあ、皇帝はそれに立ち向かう強さがあるのかもしれないが、それを一様に、すべての人に求めるものではないとは思いますけどね。

ルルーシュに対しては、CCを殺す役を買って出たり、皇帝も、どこかしら、真実の姿を見せないで、ルルーシュを守るかのように振舞っているかのように見えるあたり、やはり、特定の人間に甘く、そうでない人間に、その反動ともいえるくらいに厳しい、この作品のキャラの性質から外れていないように見えますね。

その特性が、今のところ見えていないのは、シュナイゼルくらいか。

まあ、ギアスの世界では、核爆弾は製造されていなかったのをニーナが指揮をとって、作り出してしまったわけだから、ギアスの世界は、私たちの世界の延長線上にある世界であって、世界を滅ぼす核の炎の力で、一度滅ぼされかけたということか? あるいは、滅ぼされかけて、永い時間をかけて、癒しているというところか?
しかし、それまでに、また人が争ってしまっては、元も子もないので、冷凍睡眠かなにかで、万人一人に管理を任せて(本当の延命か、管理する側の権限か何かで、時間感覚が人と違うのか?)、人々は眠りについているということか? かつての歴史と違う流れ見せることで、その真実から遠ざけていたとか?

シュナイゼルは、核を作り出し、それを世に出すことで、何かを変えようとしている? 後、誰かが特に大事ということから無縁なのは、スザクくらいだけど、今週、カレン相手にリフレインを使うという葛藤の仕方が、えらく、今更過ぎる気がするけど、一応、使わないで済んだ訳だが、その誰かが特に大事という性質から、今のところ、無縁でいられる故に、果たせる役割があるということか?

ただ、最近のアニメやゲームの風潮から言うと、あまり、スザクの書き方にも機体は出来ないと見た方がいいのだろうけど。

ギアスの力というのは、見方を変えれば、人に対してのハッキングで、本来とは異なる情報を与え、それを真実と錯覚させ、それに伴う言動を行わせて、指示を与えた人間に利益をもたらすわけですからね。コンピューターにではなく、人の持つ情報を操作する力ですけど、コンピューターか何かで、本当に、人が生きながら管理されているか、誰かの作り上げた、フラスコで、その世界を管理する力が、ギアスという形で、人にわかり易いように装って、見せているだけなのかもしれないが。

cの世界も、死んだ人間ではなく、死んだ人間の知識や人格というのも、一種の情報だけど、本来、百年にも満たない人間の寿命から、管理できる記憶の量から、CCの生きた年月は、おそらくは大幅に越えているわけで、CCの記憶のバックアップ装置で、それを、CCが、話し相手にも使っているということなのかもしれないし。だから、ルルーシュによって、Cの世界をめちゃくちゃに去れたCCが記憶を失って、ギアスを得る前の状態に戻ったのでしょうね(早い話が初期化)。

力を得たために孤独になったというより、大事なものを守るために、手段を選ばず、他のものを見ようとしない、考えを広げることもしない。それがゆえに、どんどん孤独になっていくように思えるのだが、残り10話ちょっとで、そこから抜け出して、考え方を改めれるのか?

って、まさか、スパロボ参戦も考慮に入れて、取り入れやすい設定を用意したとか言うのじゃないだろうなあ・・・・(汗
[PR]
by kwanp | 2008-07-20 20:20

何と言うか・・・

渡の父親にオムライスを振舞うハンターの女。

無理やりに、ガルルを恋愛関係から蹴落として、渡の父親と、ハンターの女蹴落としたみたいに見えるので、この二人が急接近しても、あまり、良かったとは思えないのだが。
ひょっとして、吸血鬼をモチーフにした作品には、美女がつき物だから、こうやって、美女(?)との絡みを用意しているのか、という気がするのだが。

無理に恋愛要素入れなくても、ガルルとのつながりで、バディ物をやった方が、まだ面白かったと思うのだけど。ファイズの時も、真理にヒロインの魅力があったとは思えなかったし。

マスターの店で、啓介がコーヒーを飲んでいる後ろで、ウェイトレスの娘とデートしている渡。
モデルの女が乱入してきて、デートとかはやし立てて、渉は違うとか言ってるけど、どう見てもデートだろ、おい。

しかも、デートのプロとか称して、二人に指南しようとか言い出すわけですが、どう考えても、当てにはならないだろ、おいっ!?

啓介は、恋愛など早いみたい、人類のために、世界平和のために、君たちが出来ることを考えなさいとかいうけど、啓介の場合は、自分を正当化するための手段でしかないので、世界平和のために行動しているとはいえないし。渡をファンガイアがらみの事件で手足として動かしていたこととか考えると、若い二人を導いている(つもりになる)ことで、自分は正しいと悦に浸りたいだけじゃないか、と思うのですが。
渡の場合も、ウェイトレスの娘に対する感情は、恋愛感情とは思えないし、やってることは、ギャルゲ主人公の恋愛っぽい行動と大差がないような気がするのだけど。

まあ、モデルの女が口を挟んだことにやめなさい、といったことに関しては、正しいと思うけど。

1986年

ガルルが人間じゃなかったということを聞いて、驚くようなことを言う嶋だけど、

絶対、わかっていて、入れてただろとしか思えて、白々しく思えるのだが、あんたが言うと(汗

この時点でのイクサの扱いの難しさを考えると、どう考えても、ガルルが着こなせていることに疑問を抱かない方が不思議だと思うのだが(汗
しかも、ガルルがいなくなったことで、渡の父親を会に入れようと、調子のいい態度をとる嶋とハンターの女。

嶋も、ハンターの女が女言葉を使うときは、とか言ってるけど、まったく持って、その通り、としかいえないですよねえ(汗 自分の都合次第で、コロコロと調子を変えすぎという気が。

しかし、ドッガとバッシャーは、ガルルがああいうことになったので、さっさと、退散したのか、どこにいったのやら・・・?

イクサナックルを手渡される渡の父親。ハンターの女は、自分が幸せなことに疑問を抱くわけですが、

いや、まだ、7月の時点で結ばれてる段階で、破局フラグか、幸せになれないのは目に見えているから(オイ

というメタな発言はともかくとして(笑 自分お幸せを追求できて、なおかつ、人の幸せを守れるというのが、ある意味、いいのかもしれないが、人間、誰かを幸せにするか、幸せを守る場合、己の幸せを犠牲にしないとそれは出来ないと思うからなあ。それでも、他人の幸せを守りたいんだ、誰かが不幸になるのを、見過ごせないんだ、と思うくらいじゃないと難しいと思いますけどね、人の幸せを守る役割って言うのは。

海に行って、昔、無くした指輪を見つけてやるとか言い切るわけですが、世の中にはそういう芸当を、本当にやってのける人間がいるから、ありえないとは言い切れないのですよね。俺が見つけてやるとか豪語する人間よりも、無欲で見つける人のほうが多いわけですが(笑

2008年

イクサのパワーアップに関して、モデルの女に説明する嶋。しかし、啓介に問題がありすぎるって、今更ですか?

っていうか、そういう人間しか、装着員として、最適な人間がいないとか、イクサを任せていて、放置しっぱなしの会の姿勢のほうがどうかと思うのですが、問題だと思うのですが。そこは棚上げですか?

そりゃ、啓介のような人間しか、装着員に最適な人間が出てこないわけだ(汗

普通なら、そういう姿も成長を描くための一過程と取れるわけですが、平成ライダーで、そこから、成長するという姿を見込める可能性は、低いですからねえ。それを逆手にとって、成長を書いたら、そっちの方が、逆に驚かされそうだが(笑

弁当配達をしていたウェイトレスの子は、配達先で、いきなり、人が倒れた(ファンガイアに襲われた)ことで、取り乱して、バイト先に逃げ帰るわけですが(って、警察に連絡しろよというか、そのまま逃げ帰ったら、普通疑われないか、と思うのですが)、そこでも同じようなことが起きて、パニック状態に。

1986年

久々に登場のルーク。花を見て、また、何かゲームを思いつく。

一方、クイーンは、また掟を破ったファンガイアを襲うわけですが、今の世の中、人に混じって、生きていかないといけないわけですから、人に恋愛感情を抱くファンガイアも出てくるよなあ。
まあ、だからこそ、人に恋愛感情を抱くファンガイアを起きて破りとして、粛清しないといけなくなるわけだが。
ただまあ、ファンガイアがどういう存在で、どうやって生まれてくるかとかある程度、主として、どう成り立っているのかを書いたほうが、この手の話はもうちょっと、納得できると思うのですよね。

掟破りのファンガイアを始末してから、ばったりクイーンと出くわす、渡の父親。四度目は、運命とかいうけど、運命の女は決まってると、いう渡の父親。いや、この時点から、最終回まで、それを保てたら、逆に驚くけど(汗

さらにルークまでやってきて、それを見て、クイーンを連れて、逃げる渡の父親。当然、クイーンはぴんとこない(笑 クイーンはファンガイアなのだし、渡の父親はそれに気がつかないのだから、このズレは当然か。

いい女は、狙われるものだ、心配するな、俺が守ってやると豪語する渡の父親。
それに対し、死ぬかもしれないのに、と首をかしげるわけですが、男は女を守るものだと切り返す渡の父親。
いい女だから、下心があって、守るみたいに聞こえてしまうのですが。ハンターの女は、今のところ、いい雰囲気になっているけど、そのときの都合次第で、ころころ、気分が変るわけだしなあ。

2008年

自分の周囲で、いきなり訳がわからないことがおきて、渡を巻き込むまいと、別れを切り出すウェイトレスの娘。

それはわかるけど、直接会ったら、それこそ、台無しだろうと思うのですが・・・。それこそ、会っているときに、また、いきなり、会っている相手に何かあったら、どうする気なのだか・・・。いきなり、自分の前で、人が倒れるようなことが起きて、巻き込みたくはないのであれば、電話で、別れを告げるとか、そういう方向に切羽詰るように思えるのだが。切羽詰っているからこそ、そこまで、気がつく余裕がないということか?

しかも、久々に登場の静香。

理由も言わないなんて、勝手じゃない、と、これ幸いと、渡とウェイトレスの娘を引き離すような行動を取ります。こういうときだけ、出番があっても、どうかな、と思うのですが。
まあ、いつのまにか、便利キャラになってしまったから、ヘタに出して、あれこれと気が付かれてしまったら、逆に、話に支障が出るという判断でしょうか? 話の都合で便利キャラ扱いして、引っ込め方が強引過ぎるのって、それはそれで、ご都合主義が過ぎる気がするけど・・・・。
こういうキャラは、おとなしく引っ込めといわれて引っ込むようなキャラじゃないのだし。

風呂で、自分が頼りないのか、と悩む渡。そこに、キバットを押しのけて、自分を売り込みに来るヅラ。こういう場合、エンペラーフォーム云々は関係ないだろうと思うのだが・・。

自分はやっていない、と悩むウェイトレスの娘。まあ、普通、こういうこと、人には相談できないわなあ・・・・。
そこへ現れるビショップ。ウェイトレスの娘を新たなクイーンと言って、リストを渡すわけですが、そんなものをすんなり受け入れられるわけもなく(というか、受け入れられたら、悩まないけどね)、クモのファンガイアも現れて、裏切り者扱いされる。

いきなり、裏切り者扱いってのも、どうかと思うけどなあ・・・。普通、こういうことは、じわじわ外堀を受けていくことからやるものなのだと思うけど、裏切り者が多いから、そんあことに手間をかけていられないということか?

まあ、種の存続がかかっているから、必死になるのではとおもうけど、オリジナルのファンガイア自体、数が少なくて、人間を無理やりファンガイアにして、仲間にしてから、種の存続を図っているとか?

1986年

ルークから逃げる二人。要素をみてくると、一人、クイーンを残す渡の父親。一人残されたクイーンと、顔をあわせるルーク。

って、気が付いていなかったのかいっ!?渡の父親しか目に見えていなかったのだな。
ゲームを続けろと命令するクイーン。人間をすきになるファンガイアが多いから、それに関して、詳しく知りたいと言い出すクイーン。

いや、それ、ミイラ取りがミイラになる落とし穴だから・・・。

原因を知ろうとして、あえて、原因に飛び込む場合、よっぽど意思が強くないと、それに取り込まれるからなあ・・・・・。戻ってきた渡の父親はそんなことなど露知らないで、イクサに変身するわけですが、ガルルと二人がかりでも敵わなかったわけで、あっさりと返り討ちに。

他の作品なら、人を守るために、敵わなくても・・・、と思うのに、このシーンがそうは思えないのは、無理やり、ガルルを退場させたからかもなあ・・・・。

2008年

ウェイトレスの娘が、襲われているところに、駆けつける啓介とモデルの女。しかし、サメノファンガイアに、吹っ飛ばされたモデルの女が、啓介にぶつかって、イクサナックルを落とし、それを奪われるというファイズ並(攻撃を受ける、吹っ飛ぶ、ベルトが外れるのコンボで、奪われることしばしば)のパターン(汗

そのまま、イクサナックルを奪われてしまう。

ある程度逃げ切ったところで、現れる渡。キバに変身して、闘っているところへ、顔を出すタッツロット。エンペラーフォームに変身して、鮫のファンガイアを倒すも、イクサナックルは回収できず(汗

1986年

記憶を失う渡の父親。しかも、ハンターの女の名前だけは覚えているのだが、クイーンは、それに成りすまそうとする。普通、こういう場合、カンかなにかで、うそだと気付きそうなものだが・・・・。

しかし、静香の妙な出番調整やら、ガルルの無理やりな脱落とかのおかげで、話の展開に無理みたいなものを感じてしまう内容が多いなあ、最近。

しかも、今年は、モモタロスたちが、劇場版の説明するって、人気あるのかしれないけど(秋に又、劇場版だそうな)、しゃしゃり出すぎだと思うのだが・・・。
とりあえず、新フォームやとかの出し方は、とりあえず出しましたというような、無理のある出し方は止めて、少なくとも、強敵が出たから、それに対処するために、くらいの理由付けでやって欲しいとはおもうけど。
[PR]
by kwanp | 2008-07-20 09:12 | 特撮

ダークだとかいうけど・・・

今週のパニッシャー感想を見て回っていると、ミルキィの過去が、父親に道具扱いされて、しかも、死神として、覚醒させられることをさして、ダークだ、とか、いつのまにか、ダークファンタジーだとかいってる意見が多かったけど、ダークな側面については・・・、

その片鱗は第一話からしっかり見せていたと思うのだけどなあ・・・。

ミルキィがパン泥棒をしたとばっちりをくらって、警官に尋問されたときに剣を見られるのを以上に嫌ったことや、森に入って、動物を狩ったときに、剣を使って、狩をしていた事を見られてから、いじめられるようになったと独白しているシーン、野生の一部始終に手を出すなという父親のことばなど、随所に見られるわけで、ヒーローものや、ファンタジーに関して、多少の知識があれば(まあ、多少の知識が無くてもわかるのが理想なのだろうけど)、そうそう驚くほどの内容ではないような気がするのだが。
もともと、無敵看板娘Nでは、無印でもあったヒーロー物を扱う要素が、さらにその要素を扱った部分が大きくなってるわけだし、テッコツ堂の面子に伸びしろがあり、特にカンナは成長物語をやりたいのでは、と思わせる要素が強かったのは明らかだ。
しかも、ヒーロー者に限らず、シリーズものでは、前のシリーズの登場人物が、新シリーズの登場人物を導くというのは、よくある話だし、前のシリーズの登場人物がでしゃばらないようにそれを行うためか、無印の主だったキャラは出なくなり、花見町に残ってるはずのキャラも、出番が少なくなったわけだし(無敵看板娘Nが始まったのは06年だったが、その前年にあったでしょう、前作主人公がでしゃばって、話をめちゃくちゃにした作品が)。
青鮫=ヒーローの構図は、指摘するまでもないが、カンナも、己の快楽のために、人を殴り倒すのを楽しむような娘であり、鬼丸美輝とのかかわりもあったが(うちでも指摘しているが、彼女は、欲望を満たすベクトルが善行の方を向いているものの、それを満たすために、周りを省みないところがあるので、キャラの成長を促す立場ではない)、さりげなく、彼女を導き(登場時から、カンナの事情を知っていたりと、彼女の成長を見守るようなそぶりは見せていた)、正体が明らかになった後の青鮫の退職をめぐる騒動の後、テッコツ堂に残りながらも、青鮫の出番は、役目を終えたために、一職員としてのそれに変っていた。まあどういう物語でも、導き手は頼りがいのアル強力な存在ではあるが、それに頼り切っていては、登場人物は成長しない。
物語のどこかで、それを登場人物から切り離すなり、別れを告げるなり、そいつの助けを借りないような状況に持っていかないといけない、もしくは、そいつが、成長して、お役ごめんだと、距離をとるようにしないといけない。
青鮫も、彼がでしゃばることが無かったように、正体がばれても、残ることが決まったあと、導き手としての役割を終えた青鮫は、その成長を阻害しないように、退場したも同然の扱いになり、残り数話とはいえ、話には、全面的にでしゃばっていないし、出てきていたのは、西山勘九郎としてである。

結局、無敵看板娘は一年で終わったわけだが、成長物語をやりたいのは紙面から、露骨に読み取れたが、完全に昇華できていないのではないか、と思うような結末だったわけだし。

なにより、無敵看板娘では、元から強烈なキャラが何人もいるわけで、そういうキャラがぶつかり合うのが魅力なところに、その何人かを退場させて、伸びしろのあるキャラをだして、成長物語をやるのは、難しいわけだし。

そういう意味では、パニッシャーで、アルトやミルキィに問題があるのは、成長物語をやりたい、という意図から、伸びしろがありそうなキャラにしたといえなくもない。ただ、伸びしろがあるキャラが出たはいいが、アルトやミルキィの言動に対して、それをとがめたり、注意するようなキャラがいないので、彼らが好き放題するような状況が序盤続いて、無法地帯になるというのは、いい傾向ではないので、超人ワンダーの登場は、私的には、もっと早く出せと思ったくらいだ。

それに、暗い過去、辛い過去というのは、もともと、英雄などにはつき物であり、それを乗り越えて、何かを成し遂げてたわけで、ミルキィの過去が明らかになったが、アレくらいでは、ダークな過去ではあるが、ダークファンタジーとは言わないのではないか、という気がするが。

ミルキィの母親が、アトモスツールを埋め込まれたりしているように、死神覚醒は仮面ライダーの改造手術と受け取れるようにも解釈が出来るのだし。

そもそも、クウガ以降、平成ライダーと呼ばれるカテゴリーでくくられたライダー以前には、尊敬していた上司に、無理やり改造された仮面ライダーZO(島本和彦氏のコミックス版などは、さらに、元婚約者が、怪人にされて、それを倒さないといけないなど悲惨な追い詰められ方をされている)、息子を助けるために、瀕死の重傷を負いながらも、カイゾーグへと改造した神博士。

余談だが、いつのまにか、改造されていた鋼鉄ジーグの司馬宙は、実はコミックスの安田版では、親子ともに重傷を負い、父親が息子を助けるために改造手術をして、ジーグになったのが、仮面ライダーXとかぶるので、ああなったのでは? という説がある。

ついでにいうと、昨年放送されたアニメ版鋼鉄神ジーグでは、司馬博士は、100歳近い老人お姿で現れたため、解釈によっては、瀕死の重傷を負い、同じく瀕死の重傷を負った息子を助けるために改造手術を行いながらも、自身はしっかり生き残ったというどう考えても、作品内一の不死身の体をもつ男ではないかと思える、ギャグのような解釈すら出来る内容になっている。普通に考えれば、人間型のボディを持っているというKとなのだろうけど。

仮にこの解釈が当たっていたら、大気圏内でのシャトル事故で、素で生き残ったキョウスケ・ナンブといい勝負が出来るキャラなんじゃないか、と思えてならないが(汗

恩師が悪の組織に、改造人間の候補として、推薦されたがために改造された本郷猛という風に、仮面ライダーでは、めずらしくはない内容だし、そもそも仮面ライダーは、幹部怪人ばった男が、脳改造を免れたがために、脱走して、正義のために戦った存在だったりするのだし。

たとえば、ガンダムWのヒイロユイなどは、それまでの生い立ちで、閉ざしていた心(オペレーションメテオ前のミッションで、知り合った少女が死んだり、育ての親の死などといったことがかさなり、さらには、戦いの日々で、本来持っていた優しさを閉ざすようになった)を、怪獣のようなヒロインと関わったのがきっかけで、それを取り戻すようになる過程も書かれていたわけだし。

ガンダムのイメージを一変させた機動武闘伝Gガンダムでも、主人公ドモンは、母親を失い、父親は冷凍刑、兄は、デビルガンダムを奪って逃亡したという事実を突きつけられ、復讐の鬼となって、デビルガンダムを追いかけるという筋書きであり、ガンダムファイトの戦いの日々の中で、それを乗り越え、明鏡止水の心を手に入れ、真実を知り、さらにそれを乗り越えて、大事なものに気が付き、それを手に入れるための物語であったわけだけど、

序盤のドモンが背負っている状況は、かなりどろどろしたもので、怒りのスーパーモードの姿は、鬼気迫るものがあったのだし。そういうどろどろしたものは、どういう作品に内包されていて、それを見せるか見せないか、の違いがあるだけなのですよねえ。見せなくても、そういう手がかりをつかむことは出来るわけだし。

まあ、結局、グダグダになってしまった、新世紀エヴァンゲリオンだって、途中までは、シンジの成長を書こうとしていたわけだし。だからこそ、シンジは、ああいう冷めたというか、何事にも熱くなれないような性格で、人とかかわりを避けていたように書かれていたのだから。

アルトも闘おうとしないのは、平和主義者だKらとか、不殺主義者だからではなく、その力を振るったところを見られてから、迫害されたからであり、人々に恐れられるのをいたずらに避けようとしているからに過ぎずない。しかも親が、狩を行っていて、それに子供は、したがって行わざるを得ない状況の方が多いのだから、ミルキィ同様親の思想のとばっちりをくらい、村八分になっているという状況は同じなのであり、力を持つものへの畏れと迫害という意味では、二人とも似たような生い立ちを生きてきたのであり、そういう意味では、同じような生い立ちの人間が、お互いを支えあい、お互いの経験を通じて、視野を広げていくというのは、王道であり、生い立ちやら、主人公やメインのキャラを取り巻く状況が暗いなり、壮絶なだけでは、ダークファンタジーとは言わないのではないか、という気がするけど。もともと、御伽噺だって、残酷なものが多いのを、そういう残酷さを修正してきたわけだし。
そもそも、ヒーローと異形性というのはきっても切り離せない関係にあるわけだし、私が、子とあるごとに、アルトやミルキィをバケモノと呼ぶのも、佐渡川氏がヒーローを描きたいのではないか、と思える部分があるわけで、ヒーローというのは、仮面ライダーだけ見ても、往々にして、仮面ライダーは、敵と同じ技術で生み出された存在であり、心のありようで、ヒーローにも、タダの化け物にもなりうる二面性を、元から持っておりいるわけですし。ミルキィの過去が、ああだったのは、その法則にしたがって書いているだけに過ぎないのだと思いますが。
[PR]
by kwanp | 2008-07-19 10:53 | コミックス