<   2008年 10月 ( 29 )   > この月の画像一覧

今週の

感想でも書いたように、アルトの仲間のためなら戦えるというセリフには、あまり、共感というか、成長したというか、そういうものを感じない。

今週の感想でも言ったように、自分に自信がもてないというか、どの考え方に己を置いていいのか、わからない少年だと思っている。
というのも、アルトは父親の死を母親に知らせるために、サンサディアに向っているという設定になっているが、サンサディアに向うのをあまり、急いではいないような節が強いし、序盤に出でてきた父親のことを思い出す回想シーンとか、第一話で、ミルキィのとばっちりを食って、町の外dまで出てきたときに、壮剣を隠している布を取って、それを形見だとつぶやいていたけど、父親を失ったショックや、壮剣が形見になったことへの戸惑いもあるのかと思ったが、後の話で、アルトは重いと思ったことは一度もないとかアルトにしか使えないというようなことを言ってるわけで、父親がどうだったか、までは語ってはいない。
自分だけが当たり前のように使える剣がの所有権が父親のもので、父親が亡くなってしまったことで、その所有権が自分に移ったと言う実感がないという風にも、見えるシーンでもあるのだが、このシーンの中で、アルトは、母親に父親の死をどう告げればいい、みたいに悩んでいるシーンがあるわけだが、アルトはその事実を説明すればいいのか、戸惑っているとも取れるわけだが、よくよく考えてみると、目の見えない父親を一人にして、外に出ていた間に、父親が殺されていたわけですから、言いにくいということもあるのかもしれないが。
何しろ、現代でも、施設とか、ボランティアとかでも、目を離したスキに、世話を見ている人がいなくなって、それが原因で取り返しのつかない事故とまでは行かなくても、何かアクシデントがあるのが問題であるのはもちろん、下手をすれば、ことによっては、目を離した人間は外野から人否人扱いされることも、決して、めずらしくはない。この言い方が極端であるにしても、目を離したのを怠慢みたいにいわれたりして、いい印象をもたれないのは確かだが、人の世話、特にお年寄りや子供の世話を見た人なら、分かると思いますが、目を離したスキにどっかいって、何かしでかすなんていうのは、イツ起きてもおかしくはない話で(他にもやらないといけない仕事があるし、目を放さないようにどれだけ気をつけても、注意が別のところにいくのは、無理のない話だ)、決して、アルトに非があったわけではないのだが、そのことに負い目とか後悔を、少なからずもってしまうのは、避けられないことだと思うし、もし、その事件の直前か、少し前に、父親と揉めた、特に狩をしていく生活がらみで、アルトが、今の生活を否定したり、一緒に、母親のいるサンサディアに行ったほうがいいんじゃないか、というようなことを口にして、それで、狩に対して、悪し様、そこまでは行かなくても、否定的なニュアンスを口にして、父親を悲しませたり、怒らせたり、あるいは、自分が狩を通じて、アルトに伝えてきた、伝えたかったことも、通じていなかった、極端に言えば、自分のことを否定されたようなショックを受けたとして、その後で、父親が殺されるようなことが起きたとして、それを天罰だとか、それ見たことか、と思えるような人間関係なら、話は違うだろうが、大抵は、罪悪感や後ろめたさを感じるはずだ。
そこまで行かなくても、目を離したスキに、取り返しのつくというか、大事にならない程度に何かあるのであれば、これからは気を付けようと言うことにはなるだろうが、たとえ、己のせいではなくても、目を話した隙に、父親が死んだ、殺されたというのは、その「次」が与えられる機会は永遠にこなくなってしまったわけで、アルトの年齢(10代半ば)を考えると、そのショックはでかかったことは、容易に想像できる。
まあ、人間生きていれば、ここまでは行かなくても、心ならずも間に合わないというようなことは、よくある話だが、問題はアルトにそれを教えてくれる人間が、家族以外にいたか、というっことなわけで・・・。教えてくれる人間があれば、何とかなったかもしれないが、狩猟生活が浮いていたというkとおで、村八分状態だったアルトやその一家にそういうことを教えてくれるようなかかわりをもとうとする人間はそうそういないだろうし、カッツも喧嘩三昧の生活をしていて、周りからはよく見られていなかった人間で、そういうケースには当てはまらない。

こういった喪失を一人心に抱えている状態で、しかも、目の見えない父親が、自分が目を話した隙に殺されたともなると、そこに残って、狩猟生活を続けて、母親の帰りを待つというのは、精神的にかなりつらい選択肢ではないだろうか?

だから、いたたまれずにサンサディアの母親のもとに、とるものもとりあえず、報告の旅に出たのではないだろうか?

前述したように父親が生きていればともかく、死んだとなると、亡くなった人間との関係にもよるが、普通はその喪失感を人は何らかの形で埋めようとするわけだし、アルトが言うように、自分のためよりも、人のためになら、何かが出来るという気持ちはともかくとして、そういう気持ちが先走った人間が、空回った行動に出てしまうのは、よくある話だし。
さらに、リブリやルウォールとアルトの戦い方は常に、あとくされのないというか、自分が、ほかの事を気にせずに戦ってもいい、言い方を変えば、戦ってもいいという保障がなければ、剣を抜こうともしない、いってみれば、戦うしかない状況に追い込まれて、それでもなお、自らを安全圏において、責任をとろうともしない言動が目立つというのも、それが関係しているのかもしれないが。
そして、前述した喪失感の後で、憂い山でシャフォーが見せた幻、500年前の再現で、ミルキィそっくりの死神を己の意思でやろうとしたわけではないにしろ、刺し貫いてしまったわけで、これは下手をすれば、傷口に塩を塗ってしまった危険性があるわけで、荒療治という言葉もあるが、場合によっては、心身ともにダメージを強くしてしまい、悪循環にしかならない。
つまり、タダでさえ、ダメージ負っているところに、さらにダメージを受けてしまったことになるわけで、ミルキィを守ろう、支えようというのは、アルトからすれば、強迫観念にも等しいものになっている危険性すらあるわけで。
ついでにいえば、アルトは、父親との会話を思い出すシーンで、父親が狩をすることに関して、語っているシーンがありましたが、アルトはそれに関して、割り切れていないというか、こういう生活をやっていていいのかというような顔で、父親の言葉を聞いていましたし、いじめと父親の言葉の板ばさみで、自分が狩をしていていいのか、自信がもてないところがあったと思いますし、それにくわえて、前述の精神的ショック。
虚勢にしか見えない、ミルキィの態度を強いと勘違いしたのも、そういうショックから解放されたいと思う彼の心境とは、無縁ではないでしょう。自分の今の状況を何とか出来るなら、それが出来そうなことに、とりあえず、縋ってみたくなるのも、無理のない話ですから。
つまり、憂い山の幻だけではなく、もともと、父親の一件による精神的なショック。それに対する代償行為と、ミルキィを一人にしてしまった場合の結果と、それを止れそうなのは、壮剣の持ち主だということを考えると、ミルキィを支えようとするのも、彼女を守ろうとするのも、自らの過去から逃れるためであり、結局、自分のためでしかない可能性が高いと思わざるを得ないのだが。
そういう過去から立ち直ろうとするのは悪いことではないのだが、人を守るために、とか、誰かのためなら戦えると、無理やり美化して語っても、どこかにゆがみが出てしまうわけで、マイナス面にももう少し触れてというか、ちゃんと描いた上で、それを乗り越えるからこそ、成長になるのではないか、と思うのですが・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-31 08:00 | コミックス

って・・・・・

アルト達を始末するのを作業といいはり、襲い掛かってくる警備ロボット。
それを辛くもよけるアルト達、壁に激突する警備ロボット。
ミルキィが反撃しようとするが、相手は同時にアンカーを地面に打ち込み、地中から不意打ちをかけてくるが、アルトの攻撃で、それも、真っ二つに両断され、事なきをエル。このアンカー、腕の付け根あたりから発射されるってことは、登攀用とかにも使えるという事? 最初から警備用に使われてたんじゃなくて、ひょっとして、旧型を警備にまわしていたとか、そういうのじゃないだろうなあ(汗 それとも、建物の安全や秘密を守るためには、それを壊さない程度にはなんでもありということなのかもしれませんが。

アルトが斬りかかり、何発もの攻撃を打ち込むも、レーザーで攻撃してくる警備ロボット。って、どう考えても、アルト達、レーザーを見るのは初めてなのに、そういう意味ではあまり、驚いていないような気がするんですが・・・・? それとも、アトモスツールみたいに魔法の類だと解釈しているのでしょうかね? 風のアトモスツールがある場所ですし。まあ、科学で作られたロボットのことを、ゴーレムと説明するファンタジーもあるわけですし、このあたりを魔法と戦っている相手が解釈するくらいは、戦いの最中にはありそうですしね。

驚いているスキを付かれて、警備ロボットに殴られ、壁に叩きつけられるアルト。その体に激痛が走っているのが、よく分かる光景ですし、
って、ミルキィも、声をかける前に、魔法で攻撃するなりして、アルトへの気をそらすとかいう方法はとらないのだろうか?
あるいは、先ほどの戦いで魔法を司る力を消耗しているから無理とか言うのか?
ミルキィも、アルトが痛めつけられたのに怒って、攻撃を仕掛けるが、ロボットの手が特殊ワイヤーによって、伸びて行き、彼女の首根っこを押さえつける。

その光景を見て、アルトは、油断したとか言ってるわけですが、驚いたという風に見えますし、その驚き方も、見たこともない兵器を使ったからではなく、不意を疲れたからだと思うのですが・・・・?そもそも、警備ロボットに使われている材質がどんなものかは知りませんが、金属の類で作られていると思いますけど、リブリでは、フルパワーで、ウォーゼルの城の壁を壊しましたが、今のところ、物語の中では、金属の体の相手と戦ったことはないですし、相手の武器を砕いたこともなかったはずですし。それに言ってみれば、未知の相手で、しかも、その中中にはエルの兄が入っていて、それを助けないといけない。それで、どこに、油断する余地があったのやら?

っていうか、そんなときにも、自分が戦う理由を考えること優先って・・・(汗

っていうか、ずっと引っかかっていたとかいってるけど、ヤック族の人海戦術を相手にしていたときにも、そんなこと考えていたのか? 

まあ、ヤック族は数に押されて、息が続かないよとかいってたけど、戦いに集中していたのじゃなくて、そんなことを考えながら戦っていたって、キラ・ヤマトか、あんたは!?
そんなこと考えて、戦っていたら、そりゃあ、戦いに集中できていないわけで、息が続かなくなるというか、完全に相手が弱いと思って、手を抜いていたということか? 読み返してみると、相手を力任せにふっ飛ばしていたり、壮剣を床に突き刺して、吹っ飛ばしたりしているわけだし、ミルキィをエルとともにかばった時も、エルのほうが動作が速かったりしているわけで、この戦い方も、そういうことを考えていたから、戦いが大味というか、力任せになっていたということでしょうか?

数が多いとはいえ、葉っぱ人間相手に、考えて戦う必要はないとか思っていたのか? 森の動物のほうが手ごわいとは思うけど、森では何があるかわからないからこそ、全力で相手に挑んでいかないといけないわけだし、ヤック族相手の戦いで、今読み返してみれば、そうと取れるシーンもあるけど、そういう葛藤は、もうちょっと、しっかりと描いてもらわないと・・・・。
大体、そんなことを気にする前に、もっと、気にすることあるんじゃないかと思うのだが、ミルキィの暴言とか。そういう葛藤のことが吹き飛んだかのような発言していて(だから、そういう葛藤関係無しに行動したということを言いたかったのかもしれないが)、ヤック族との戦いとかには、そういう葛藤があるようなことを全然言わない、考えていないかのような戦い振りを見せていて、相手が強そうなときだけ、そういう葛藤を持ち出してくるというのも、ご都合主義じゃないのかと思えてしまうのだけど(コミックスになってから読み返せば、何かわかるのかもしれませんが)・・・・。それとも、アルトがロボット相手に苦戦しているのも、ヤック族相手に数で押されているのも、アルトが弱いからじゃなくて、アルトが迷っていたからということなのかもしれませんが、別にアルトが無敵というような描き方でなくても、読んでいる身としては、あまり気にならないので、必要以上に、アルトが強いということに拘って、無理やりアルトを強く見せるような描き方しなくてもいいのじゃないか、という気はするのですが。
そもそも、アルトの場合は、狩をしていたといっても、動物相手に命のやり取りとか駆け引きをやっていたわけではなく、壮剣の力に頼って、狩りをしていたためか、それとも、父親の「野生の一部始終に手を出すな」とか、狩りで生き物を狩って、それを食べるということにも、疑問をもっていて、それでも生きるために動物を狩らないといけない暮らしをしていたわけで、狩をする自分を完全に肯定していたわけではなく、それにアイデンティティを見出していたわけではないみたいで、生きるために剣を振るってきたといっても過言ではない。まあ、風のアトモスツールを手に入れるのは、サンサディアに行くためで、そのために剣を振るっているはずなのですが、母親に会いに行くのは強くなってから、ということで、このまま、、狩をしていき続けるか、それとも、別の生き方を見つけるのか、迷っていて、強くなるということに拘っていたわけですが、しかし、それをやるにしても、単に似たような生き方をしていて、その結果、自己主張だけが強くなってるミルキィを強いとか言って、見習っているあたり(この年頃は、そういう虚勢を強いと勘違いしやすいころでもありますが)、強くなるおいうのは、実力的に、というよりも、自分の行き方に自信を持てるようにするという意味なのかもしれませんが。まあ、人間、己の生き方に、いつでも自信を持てる人なんて、そういないですし、迷いながら、そのときそのときで、選択していかないといけないわけですが、森の中で、狩りをする生き方しか知らないアルトには、その生き方しか知らないで、しかもいじめられていたわけで、他にもっと、いい生き方があるのではないか、とか、隣の芝生を青いといってるような考えなのでしょうか?
いじめられても抵抗しなかったのは、ヘタに抵抗したら、余計にひどくなるとか、そういうところなのでしょうか?

警備ロボットの足にロープを引っ掛けて、転倒させる、ミルキィを助けるエル。そんな中、アルトは今は違うとつぶやくけど、基本的に、今は、ミルキィを支えて、彼女を、大破壊を引き起こすような死神にさせないということを己の役割にしているというか、ミルキィを支えることに存在感を見出しているわけですから。

警備ロボットが立ち上がる隙をついて、ロボットの正面に取り付くミルキィ。そして、魔法をぶっ放すわけですが、それだったら、さっき、アルトが殴られたときにロボットの注意をそらすために使えばよかったのに、と思うのですが、他の相手と、一緒に戦うことに慣れていないというか、思考がそういうことを考えるようには、まだ、出来上がっていないのか、彼女の場合?
アルトとエルがミルキィをかばうシーンはあるけど、ミルキィがそういう事をするシーンはなかったし、各自、バラバラに戦っていたけど、戦力が強いから、そういう戦いでも、ある程度考え無しの力押しで何とかなったけど、人海戦術の前にチームワークのなさを付け込まれて追い込まれたというわけか?

つまり、カイルン遺跡での戦い方は、

目の前の戦いよりも、自分が何のために戦うかを考え込んでいて、戦いに集中しきれなかったアルト(考えて戦うということに慣れていない)。

誰かと一緒に力をあわせて戦うということがなかったために、誰かと連携するという事を知らないミルキィ。

壮剣の力や、魔法に頼っていて、自分たちの弱点に気が付いていない二人という問題点があるわけで、かなり、行き当たりばったりで、勢い任せな戦い方をしていますよねえ・・・。
このあたりをザイナーハ戦で、つけこまれて、本格的に追い込まれてしまうのかな? とはいえ、八戦聖たちの間柄がどうなのかは、材料が足りないので、彼らにどういうチームワークがあったかは断言できないのですが、壮剣や魔法の力に頼りきっている彼らに遅れをとるようなことはないと思うのですが・・・・・・、憂い山からのアルトとミルキィの仲にも、表面上、一緒に旅をする理由は出来たけど、逆に言えばアルトの方は、他に、自分の存在意義になりえる理由があれば、いともあっさりと手のひらを返せるたぐいの動機ですし、ミルキィもアルトに依存しているというほうが近いので、絆に、いつ、ヒビが入ってもおかしくはないことを匂わせていて、やがて迎える決別を予感させますし。

魔法をぶっ放ししたはいいが、返って相手を本気にさせてしまったミルキィたち。ロボットはリミッターをはずすのだが、ミルキィは、力尽きて、成す術がないのか、それとも、魔法や鎌の力で、自分よりも弱い相手を張り倒すことは出来ても、自分よりも強い相手と、己の力を駆使して戦うということに慣れていないのか、警備ロボットの本気に気圧されてしまう。

しかし、そのとき、勇者の姿を浮かび上がらせて、剣の力を解放するアルト。

守るって言ったじゃないか、仲間(ミルキィ)を。

自分のためばかりが戦う理由じゃない、今は大事な人を助けるんだ、そっちのほうが僕はやる気が出る。

って、会ったばかりとはいえ、一緒に戦い抜いたエルは仲間じゃないのか? それに、自分のためじゃないとか言ってるけど、アルトはミルキィを自分の存在理由にしている、もっといえば、自己満足のために、彼女を支える行動をしているわけで、思いっきり、自分のためでしかないのですけどね・・・・・・。大体、セリフでいってるだけで、ミルキィのピンチを助けたのはエルだし、何もやっていないわけだしね、こういうセリフをいって、状況に酔っているだけ、って、ますますキラだろ、それ・・・・。

まあ、このセリフを言わせるために、ヤック族とパピル族の争いというか、世界の姿を彼らの姿で描いて、リリフの死、パピル族の蜂起と言う描き方をしていたのだと思いますが、アルト達にとっては、他人事でしかなかったわけですし(まあ、最近の作品でも、主人公が力を貸すのは、主人公が力を貸す相手よりも優れているとか、人が出来ているとかいうことをアピールするための自己満足でしかないところがあるので、似たようなものですが)、エルの兄がロボットの中にいるわけで、それはどうでもいいのだろうか? エルの兄が中に入っているロボットを倒すか、それとも立ち去って、秘密を守るかの二択を突きつけられるかと思いきや、ロボットは自分の秘密を守るために襲い掛かってきて、そういう躊躇したりしながら、どちらを選ぶかという責任をアルトたちが背負う責任を回避させたり、ずいぶんと戦いやすい状況をお膳立てしてもらっておいて、しかも、仲間(ミルキィ)のために戦うとか言う大義名分を引っさげて、あとくされのない戦いが出来るわけで、そりゃあ、やる気も出るでしょう・・・・・・・。
今週号から見れば、まだ、かっこいいとか思ったのかもしれないけど、葉っぱ人間の民族紛争とかが話しにしっかりと結びついてこないあたり、戦う理由というか結論が出なくて、とりあえず、今は身近にいるというか、支えないといけない相手をダシにして、戦う理由にしているようにしか、見えないのですが・・・・・。事の善悪に関係なく、アルトが本気で前に進もうという意思を強く持ったときに反応しているのだろうか、この勇者?

勇者の姿が浮かぶ壮剣に驚くエル。ミルキィの説明によって、博士の只者ではないと言ってた言葉を思い出すのですが、壮剣に関する伝承とか、それらしい剣や、それを持った人間の噂とかは思い出さないのでしょうか? 八戦聖の噂とか聞いたことがないのか?
やはり、考古学者は出土品の発掘とか、遺跡(主に昔の軍事基地?)に踏み入って、その中を探索するけど、詳しいデータとか、めぼしい資料とかは、誰か(おそらくはサンサディア)に抑えられていて、考古学者というのも名前だけで、危険な仕事をやらされる下っ端みたいなものということなのかな? 

ロボットも、勇者の姿が浮かぶ壮剣を見て、戦闘停止を宣言してきたけど、壮剣自体は、彼らのデータに登録されていなくて、勇者の姿に反応したということなのか? ということは、壮剣は勇者が使っていた武器ではあるけど、特別なものではなく、死神を倒したとか、勇者の意思が宿ったから、それで、特別な武器と認定されたということかな?
先週の感想でも書いたけど、の兄貴を取り込んだロボットと似たようなニュアンスがあるようにも見えますしね・・・・・。

しかし、ヤヤナーナ編は無理やり、アルトたちをよく見せようという意図が強くなっていたけど、今週はそれが特に強くなっているような・・・・・・・・。これが間違った方向へ進んでいって、そこから叩き落されたり、鼻っ柱を折られることへの伏線なら、いいんですけどねえ・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-30 09:19 | コミックス

誉めるのはともかくとして

執事として誉められるようなことをしてましたっけ、ハヤテは? どちらかというと、執事よりも、個人として好き勝手しているだけにしか見えませんが。
まあ、執事モノとしては、ハヤテよりも、今、アニメが放送されている黒執事のほうが、まだ、執事っぽく見えるでしょうし、ハヤテよりも前の作品とか(ネットではハヤテのほうが知名度が高いけど、ハヤテよりも前に発表されていて、現在も連載中の作品とかあるし、それらに便乗しているということで、ハヤテも二番煎じ作品に入るとも思うが)、後発の作品とかが、ハヤテよりも執事を取り扱った作品らしく見られるでしょうしね。そもそも、ファン以外からは萌えやネタの作品というイメージを強くもたれていたりもするわけですし、人気を維持するために執事作品としてのイメージを維持しようとか、ちゃんとしているかのように見せることを強調しようとか、そういうことを考えているんじゃないか、と思いますが、そういうことは、もう、2~3年前にやっていれば、ともかく、そういうことをやりだしたのは、執事ブームとかいわれて、執事喫茶の評判とかが顕著になってからですし、それまでは、思いっきりないがしろにしていたところが強いですからね。
それに最近、第二期を大々的にアピールする作品って、大抵、見ている人間の興味を引ければ、それでヨシというスタンスの作品が多いですからねえ・・・。
コードギアスはやりたい放題でしたが、スクライドのときの時のほうがやりたい放題やっているような印象が強かったですし(あのころは、まだアニメ作品で、90年代引きずっている作品が多かったので、それをぶち壊す意味では、あのやりたい放題は意味があったと思うし)、ガンダム00も、第一期は衝撃的な展開を矢継ぎ早に用意して、それで、今度は、恋愛で興味をひきつけようとしているんじゃないかとさえ、勘ぐりたくなるところがありますから。
まあ、興味を引くというやり方は悪いことではないのですけど、それだけが主目的になっている感が強い作品が増えているので、それでも、納得できるところがある作品であれば、ともかく、そこまで昇華できていないんじゃないか、と思える作品も多いですから、こういうスタンスの作品ばかりになって欲しくはないですが。
夏目友人帳も最小限に抑えられたとはいえ、萌えやねたで注目を引こうという意図で手を加えられた部分が無きにしも非ずでしたが、第二期に不安を感じずにはいられませんし。

最強の矛と盾は相容れないねえ・・・・・。そういや、パタリロでそれを実証しようとしたら、実はパタリロが、宇宙を作ったとかいう話があったなあ・・・。矛と盾が相容れないというより、それを使いこなすのが難しいということなのかもしれませんが。

一周年目、二周年目とお嬢のマンガがねたに出てきたわけですが、200回目に備えてということなのか、マジカル☆デストロイでハト魔人のねたですが、ハトとビーム関係ないじゃん・・・・・。
せめて、豆鉄砲にしてくれればとは思いますが、日本の場合、平和の象徴というのは、戦後になってから、外国からそういう文化が入ってきたからだそうですから、ある意味、体中からビームが出る怪人としては、うってつけのモチーフとも言えなくはないそうですが。

お嬢と伊澄は、こいつをブリトニーにどうやって倒させようかと考え込むのですが、水の中に叩き込めば、威力を減少できるのかもしれませんし、人のいないところに誘い込んで、エネルギー切れを待つという戦法もありでしょうけど、どこぞのフリーダムみたいに、エネルギー切れを待つ戦法は使えない設定が多いですからねえ、この手の話では。

新しい必殺技が必要だとお嬢は言うわけですが、そういう展開を考え無しに次から次へと付け足すと、ジャンプ漫画とかにはつき物のバトルモノのインフレになってしまうのですが。
とんでもない敵を生み出したとかいうわけですが、そういうとんでもない敵を力押しで倒してしまうやり方ばっかりやっているから、バトルマンガもマンネリの典型みたいに言われるのだと思いますが(汗
こういうことになるから、バトルマンガはやらないよとか言いたいのかもしれませんが、少年漫画は基本、主人公がステップアップしていき、世界の頂点になっていく話が殆どですから、バトルをやっていなくても、強さ以外でインフレしていく傾向からは無縁ではいられなくて、バトルというのはある意味、そういうインフレを納得させやすいというのもまた、事実なわけですから。
そういう単なる何かのインフレを強く感じさせるようになったら、その作品はマンネリ(まあ、マンネリを楽しむというのも、一つの手ではあるのだけど)気味になるというよりも、面白くなる余地がなくなると思われるという側面のほうが大きいのかもしれませんが・・・。

ハト魔人をどう倒すかということで、対策会議で伊澄の家に泊まる事になり、屋敷のほうに電話を入れるわけですが、その理由をそのまま、口にしたので、ちんぷんかんぷんな会話になってしまうわけですが。

マリアは、屋敷の中に一人とかいうわけですが、いや、SPたちいるじゃん(汗) 直接関わらないことが多いから、意識しないのだろうけど。

お嬢は、一人が怖いとか言うのでしょうけど、とかいうわけですが、直接、SPと顔をあわせるようなことが少ないだけで、本当に一人になるわけではないのでしょうけどね。そもそも、本当に一人になるようなことを、いろいろな意味で、マリアがするわけはないでしょうし。お嬢が、そこから抜け出して、一人で行動することはあっても。

久しぶりに暇になって、読書でもしようかというマリア。まあ、主婦は自分の時間がないとは、クレヨンしんちゃんでも強調されていることではありますが、そのなかで、時間を作るのも、主婦の技みたいなものがあると思いますからねえ。
そこに、買出しを終えて帰ってくるハヤテ。連絡を受けたら、お嬢を迎えに行くことになっているのだそうですが、お嬢が命を狙われていること、忘れていないか?いくら、鷺ノ宮の家に泊まることで、鷺ノ宮の家の人が守ってくれているからといって、それで、素直にのこのこと帰ってくるあたり、そういう可能性を全然考慮していないと思われても、無理がないような。
鷺ノ宮も守ってはくれるだろうけど、執事の名誉は主の名誉なわけだから、そういうときにもすばやく対応できるように備えておくのも、仕事なのではないか、と思うけど。成長途上ということを言い訳にして、己の役目を思いっきり放棄しているような・・・・。
ハヤテも、お嬢と一緒にいると思うからこそ、マリアも屋敷に一人きりとか言うことを言ったと思いますしね。ハヤテは、マリアから、お嬢が伊澄の家に泊まるみたいなことを言われて、自分もむこうに、とかマリアに聞くわけですが、帰ってくる前に、携帯で指示を仰ぐとかすれば、こういう行き違いもなかったんじゃないのだろうか? 一応、マリアに指示を仰いでいるけど、確か、ハヤテも携帯持たされていたから、そういうことに気が付かなかったとか思えないし。そもそも、西沢弟の時とかは、後から付回していただろうに。まあ、このあたり突っ込みいれられても、圏外だったとか、そういうことでお茶をにごすのだろうけど。
屋敷に一人きりだと思っていたマリアが驚くというシチュエーションをやりたいがために、そういう手順を強引にすっ飛ばしたということなのだろうけど、それを納得させるだけの材料がないから、ハヤテの行動が、というか、話の内容が胡散臭く思えてしまいますからねえ・・・。

しかし、本は読んだだけでは、知性は磨かれないと思うのだがなあ・・・・・。まあ、この作品も、パロディねたとかを多用するけど、持ってきたというか、すぐに分かる形にしていることが多いだけで、それをオマージュに昇華するようなところまではいっていないことが多いし。
お約束を多用する作品には陥りやすい弊害なのかもしれないのですが、そういう部分は。

ハヤテは屋敷の中にマリアと二人きりとかいうことを口にするわけですが、彼女は、そんなことを気にしないようなそぶりを見せているわけですが、内心動揺しまくっているものの、そういうことを考えていないそぶりを見せているだけですが、まあ、これも、お嬢の周りによからぬ考えで近付いてくる人間が多いから、身につけた態度なのでしょうけど。
しかし、ハヤテをニブチンとかいうのですが、ハヤテの場合は、都合の悪いことに気がつかない振りをして、責任回避をしているだけで、目ざといところはあるので、ちょっと違うと思うのですが。
二人きりということで意識しまくる二人ですが、作中の突っ込みでクラウスのことがかかれるわけですが、ペットですがタマもいますしね・・・。

大体、こういうタイミングで、桂姉のような人間が、ここぞとばかりに、何かやらかしてくれるものですが、ハヤテの場合は、そういうトラブルで、邪魔が入ってということ自体、期待するのは難しいところがありますからねえ・・・・・・。

一方、鷺の宮家では、お茶菓子を取りに行こうとする伊澄の前に、神父が現れて、ハト魔人を子供の発想とか言うわけですが、子供の発想がいけないというより、そういう設定を考えなしに使うから、前述のバトルマンガのインフレと同じで、そういうことをやってはいけないように見えるのだが、そういう表現は、多用されていることで、分かって貰いやすいという部分があるから、自分なりに考えた結果、解釈をして、それを分かってもらおうと努力するよりも、楽ではあるというのも事実ではあるのだろうけど・・・・。いけないから、安易に避けるというのも、安易なバトルマンガのお約束展開を多用するのと、ある意味、大差はないのだけど。神父のバリアも、ある意味、その典型だけど、こういうことになるから、バトル展開は描きたくは無いという意思表示なのでしょうかね?
もっとも、クロスボーンガンダムのスクリューウェッブのように身も蓋もない理屈で問題をクリアすることもありますが、じゃあ、スクリューウェッブが魅力のない武器かといわれれば、そうではないのですし、見せ方と使いどころなのだと思いますが。

食事中のハヤテとマリア。ハヤテは、お嬢がいないだけで静かになるとかいっていますが、お嬢が騒ぎを起こすとか、お嬢が騒ぎの原因になると言うようなことを強調したいのだろうけど、ハヤテも、その騒ぎの原因を煽ったりするようなことをしているわけで、決して、善良な巻き込まれ役ということではないのですけどね。というか、ミコノス島の一件で、お嬢のあの性格を形成した一因は、ハヤテにあるわけだから、このセリフで墓穴掘っているわけですけど。
しかも、その影で、結構好き勝手やっているわけで、なにをしゃしゃあと言っているのやら。相違ことをいうから、ニブチンだとでも言いたいのでしょうが、手遅れと思うのですが・・・。
マリアは、広いし、二人きりだということで、何が起こるわけでもないとのことですが、お嬢の心配よりもそっちかい!!
そりゃあ、鷺ノ宮にもSPとかいるだろうし、これまでにも、何度かあったことなんだろうけど、かといって、目の前のハヤテのことが気になるような精神状況というのは、身の回りの世話をする人間として、どうよ、と思うのだけど。こういうことを書いているから、執事ものというか、人の世話をする仕事を描いている作品としては、支持されにくいところがあるわけで、サンデーのほかの作品にも、当てはまることではあるとは思いますが。
ハヤテの勉強を、マリアが見ることになるわけですが、白皇のレベルについていけるように勉強をしているというkとおですが、白皇の勉強についていくことで、一流の執事になるための努力をしているということを匂わせているのかもしれませんが、今まで、一流の執事云々すら、忘却の彼方みたいなことを散々やっておいて、こういうフラグの時だけ引っ張り出されても、説得力がないのだけどなあ・・・・。それとも、ミコノス島のエピソードへの布石なのでしょうかね?
大体、お嬢のその場の気分で、二度も屋敷を追い出されたこともあるわけだし、マリアは、お嬢の一番身近な人間で、屋敷の中で一番の実力者なのですから、そんな人の前で、努力はしていますというのは、ある意味、当たり前というか、今の立場にあぐらを書いているということを思わせることの方が危険ですから、努力しているそぶりを見せて、いい印象を与えること自体、この男は当然のように心得ているでしょう、生き残るための手段なんですから。
そのやり取りで、ハヤテの部屋で、勉強を見ることになって、断れない展開に持っていくわけですが、純粋な笑顔で断れないとのことですが、純粋だからといって、善良だとか、罪がないわけではないのですけどね。スケ番刑事でも、澄んだ目をしていると思ったら、単に自分が正しいと思い込んでいるだけだったとか、身も蓋もない落ちがありましたし、そもそも、お嬢を狙って、近付いてくる奴で、本物と見まごうばかりに純粋なそぶりを見せて、近付いてくる奴だっていたでしょうし、お嬢を守るために、そういう表面上の言動に、イチイチ、動揺していられないと思うのですが、マリアの立場だったら。それすらも、根底から覆すほどの行動をハヤテがとっているとは思えないわけですし。っていうか、お嬢の世話とか、ハヤテの面倒見る以外にもやることあるんじゃないのか、と思えなくもないけど。

ビームとシールドで千日戦争状態に陥るブリトニーとハト魔人。しかも、ハヤテの部屋の前で、今の状況に戸惑っているマリアと、お嬢のマンガとある意味、現在の状況がダブっているところで、次回へ続くわけですが、マリアとのフラグを立てることが先にあって、そのために無理やり、話をご都合主義的にすすめたという印象が(ご都合主義自体は悪いことではない)、西沢が海外に行くという展開の時ほどじゃあないけど、やはり感じざるを得ないわけで、先に、予定のスケジュールを消化することを優先するあまり、ほかの事にまで、気が回っていないところが、そういう話をつなげるためとか、そのエピソードの目的を優先させるためのご都合主義という風になってしまうのでしょうしね。
[PR]
by kwanp | 2008-10-29 09:56 | コミックス

やっぱり・・・・

桂姉の化粧にしっくりこないような・・・・。
六角坊さんところのコメントで、アニメで化粧のシーンがあったことを指摘されたのだが、私はそのシーンを失念していたわけだが、それを考慮に入れても、飲みに行く金にすら事欠いて、ワンカップ飲むような桂姉が、最低限でも化粧にまわすようなお金を持っているとは思えないのですけど・・・?
まあ、化粧とか、最低限必要なお金を残した上で、ああだったと考えるにしても、遅刻をよくするようなことを自ら、言ってたり、ガンプラ教師にたかったり、桂妹に差し入れとかしてもらったりしているわけで、化粧などに回すお金を残した上で、ワンカップとは考えにくいし、だからこそ、パスポートのときは偽造の可能性をかなり本気で疑ったわけで(汗
そもそも、遅刻をよくする類の人間がおしゃれに気を使う場合、前の晩に化粧をするというような本末転倒なギャグは別にして(これにしたって、前の晩飲んでいる事が多い桂姉がそんな余裕あるとは思えない)、短い時間でやってのけるか、遅刻してでもやるか。27話の化粧シーンは、生徒の通学時間なので、ぎりぎり間に合っていると考えられるが、遅刻が多いとかいってる事から考えると、たまたま、あの日は時間に余裕があったということも考えられるわけだが、考えられる可能性としては、白皇学院のドレスコードがあるのではないか、ということで。
伊澄が登場したエピソードでは100万円のコートを着ていたわけだが、額は明らかにされていないが、ハヤテやマリアの執事服やメイド服なども高価なのは疑いようもないわけだし、白皇学院の制服も○十万くらいする可能性もあるだろうし。
10年前のらき☆すたとして、紹介された「コンティニュー」でも、お嬢様の真砂の学校の制服の値段が紹介されたことがあり、6桁だった記憶があるしなあ。名門とか言われている白皇も、それと同じか、あるいは、それ以上の額が制服代になっていると考えても不思議ではないだろうし。
執事は各家の執事服を着ているわけだが、これはお仕着せだろうし、高価であることは疑いようもないが、高級レストランをファミレス感覚で捉える三人娘とかがいるわけで(会計が百万を越えているとか言ってて、それをたいした額じゃあないとかいってたが、一般人からするとかなりの額を桂姉は飲んでいることになる)、これをあの学校の一般基準と断言するのは早計かもしれないが、生徒の制服にかなりの額が掛かっているのが容易に想像できる。
とすれば、教師や職員にも、身なりに気を使わせている可能性がある。まあ、ガンプラ教師は体育教師だが、高校時代の桂姉が出てくる話で、その収入の使い道に関して、語られたときに、身なりにお金を使っているような記述は一切なかったわけだが、TVドラマ「ごくせん」では仲間由紀恵さんに、各ジャージメーカーから、これを着てくれというオファーが殺到していた話は有名で、名門学校である白皇だが、そういうところで使われているジャージというのは、宣伝効果もある意味高いと思うので、そういうメーカーと契約して、支給されているジャージやら、体育の授業で使う道具とかを支給されているのかもしれないが。
つまり、桂姉が化粧とかみなりにある程度、気を使うのも、そういうドレスコードの一環で、そのあたりがある程度、きっちりとしていなかったら、減給とか言われているのかもしれないが。桂姉がそのあたりの服装に気を使っているのであれば、ああも、飲みに使っていられるような余裕はないわけだから、そのあたりは、学校からフォローされているのか、理事長からの借金でまかなっているのか、後は、桂母が実はいいところのお嬢さんで、義母が若い頃着ていた服とか、いまでも見掛けは若いので、桂姉の世代が着ても違和感のない服装をもっていて、それを実家を出るときに拝借していったとか、義母が持っている化粧品で使わないのを貰ったとかそういうところなのかもしれないが。
いい物を使っているからといて、自分で金を出しているとは必ずしも限らないというか、自分で金を出さないでも、そういうのが自分の手元に集まってくるという人間は、時々いるわけだし、生徒である三人娘のおごりで下田旅行に行ったり、高価なお酒を飲んだりしているから、服も、そういうことでまかなっているところはあるのかもしれないなあ・・・・・・。

そういや、下田といえば、一歩間違えれば、よその星に行って、今NHKで放送されている海外ドラマアルフみたいに(しかし、電話の取りあいとは、最近見かけなくなった光景だわなあ・・)、エイリアンとして、よその家に居候しているか、あるいは、マヤの正体はお嬢の母親だったのだから、ヘタすればあの世で大暴れしていて、黄門じごく変みたいな冒険をしていた可能性というか、危険性もあったわけで、あそこで助かったのは、桂姉だけじゃなくて、世間にとっても幸運なんじゃなかったか?
[PR]
by kwanp | 2008-10-28 15:41 | アニメ

これって・・・・・・

改造手術を受けたアレルヤが、マリーの心の呼びかけに応じたことで、彼女の入っているカプセルを見つけたことがきっかけで出会ったわけですが、研究者たちがその様子をモニターで見てるって、思いっきり仕組まれた出会いじゃないですか!?

まあ、マリーの精神的な呼びかけが聞こえるかどうかが、手術の成否を分ける基準だったのかもしれないが、アレルヤ=強化人間、マリー=人造ニュータイプみたいなものだったのだろうか? 他の感覚が閉ざされている代わりに、直感みたいなものが研ぎ澄まされた結果なのだおるか?

名前すら思い出せないということですが、どっかの大食い強化人間とどえらい違いですな(汗)マリーに、アレルヤという名前を与えられたわけですが、自分が何者だったか、ある意味、己を規定する一番大切な記憶がすっぽ抜けているわけですから、そりゃあ、そんな状態で与えられた名前も、それにまつわる記憶も大切に思うわけですよね。
ある意味では、第一期第一話で、刹那が0ガンダムを見て感じた感情以上に根源的なものだったのではないか、と思いますし。
マリー=ソーマには、ソーマで、自分の人生を生きているわけで、アレルヤが取り戻したいと思うのは一方的な感情になりかねないところがあるけど、マリーを何が何でも取り戻したい、と思いますよね。

スパロボOG2では、スクールの面々、ラトゥーニとアラド&ゼオラや、オウカが、中盤まで敵味方に分かれて戦うことになるのですが、スクールというのが、PT(パーソナルトルーパー)のパイロットを育てるために、子供たちに非人道的な実験を施していたところで、ラトゥーニたちは、その生き残りなのですが、ラトゥーニと再会した当初、ゼオラは暗示とかをされていたために、ラトゥーニが無理やり、PTに乗せられていたと思い込んでいたわけですが、暗示とか、投薬とかを除いても、ロクでもないところで嫌な思い出が多いところだったら、その人の性格にもよるのかもしれませんが、ソーマのような人間が、幸せだとは考えにくいですし、ソーマ自身が誇りとか、仲間とかがいて、自分の大事なものが出来ていたとしても、彼女が置かれている環境というのは、そういうものを、自分たちの都合次第で、ソーマからあっさりと奪い取ってしまいかねないようなところがあるから、彼女には彼女の生き方があるのだといわれても、素直には納得できないところがありますからねえ。
しかも、話の都合で、そういう誇りや生き方の否定をアロウズはあっさりとやりそうな気がして怖いし・・・・・。

ああいうカプセルに閉じ込められてもなお、生きていることに感謝ということを素直に言えるような性格であれば、記憶も何もない残されていないアレルヤが強く惹かれたのは、無理もないと思うけど、奪ったのも機関の人間で、それを植え付けたのも、そして、用済みになった彼を宇宙に捨てたのも機関の人間ナ訳で、自分たちの都合で、アレルヤを始めとする子供たちの運命をもてあそんでいたわけだから、そういう連中に何もかも操られて、根源的な大事なものすら守りきれない、そんな哀しさや、それ以上の悲劇を味わいたくはないということであり、そういう悲劇を生み続けている連中を許せない、そして、超兵の機関を壊しただけでは、こういう悲劇はなくならない、無くしていくには、世界を変えないといけないということであって、たとえ、ソーマ自身が今の自分の生き方をよしとしていても、その喜びすら、あっさりと奪っていくわけだから、そういう構造から、大事な人を守りたいということなのかもしれませんね。

まあ、マリーことソーマが、その状況と戦っていく決意をしたのであれば、また、話は違ってくるわけですけど。

まあ、第一期の刹那の俺がガンダムだの感情をパッケージを変えているという気もしますけどね。刹那が、そういうアレルヤを導いていくことで、刹那を主人公として強調するつもりなのかな?

一歩間違えれば、単なる善意の押し付けになりやすい類の話であるので、こういう話の描き方には慎重な取り扱いではありますが。

しかし、ソーマとのやり取りで、そういう過去はあるんじゃないかとは思っていたけど、こういう過去はもっと、第一期で語っておくべきでしょうねえ。後回しにしておいて、第一期のラストでぽんと出されてもナア・・・・・。

助けてもらったことと、5年前のアザディスタンでのことに例を言うマリナ。これからどうするという刹那の問いに、アザディスタンに戻ると答える彼女。

一緒にいたら、まんま、キララクだからですか?マリナと刹那とのやり取りをふやすという目的のほうが主とは思うけど、ストーリーより優先して、描かれるのって、よくないような・・・・。

そういう問いは、投獄されている彼女に向って問うべきであったわけで、今問い掛けても、遅いと思いますけどね。もっとも、アザディスタンの惨状をマリナは語ってるような惨状ですし、連邦やアロウズの行動を考えると、彼らにこれ以上にらまれたくはないものたちがマリナを政治的、社会的に抹殺しようとしていたり、すでに社会的に抹殺している可能性があるので(そういう状況で生き残ろうと考える人々の自己保身なら、それくらいありえるだろうし)、戻ったとしても、平坦な道ではないのだと思いますが。それでも、国を捨てるわけには行かないから、彼女は戻ろうとするわけですが。

しかし、ミレイナに恋人同士かと問い掛けられて、違うという答え方が思いっきりはもっているのは説得力がないような・・・・。

しかし、アザディスタンのことを思うなら、それこそ、アレルヤ救出作戦の時に牢獄に残るべきだったのでは、と思うのですが・・・・。ソレスタルビーイングやカタロンに連れて行かれたりしたら、ますます疑惑を持たれてしまうわけで、それで国へ帰っても、逆に国に拒否される危険性もあるでしょうし、それこそ、連邦に妙な介入される口実を作る理由になってしまうわけですから。

まあ、ガンダムやその戦艦の情報をねたに連邦と取引するというなら、話は違ってくるわけですが、そういうことを考えたり、そういうことを商売にするような性格ではないだろうし。

スメラギはまだ、復帰する気にはなれないようで・・・。

シミュレートで訓練するも、兄には遠く及ばないライル。先週のことを考えると、トレミーの中では、猫をかぶっているということなのでしょうか? ちなみに、12月号のガンダム00Pは、ロックオンのスカウト話でしたが。

ライルが気になって仕方がないというフェルトが、様子を見に来るものの、ライルにキスされたりして、怒ったのを、ライルは分からせてやったとか、比べられるのは嫌なんだよとかいうわけですが、兄貴がいたところに関わるわけだから、意識されるのは当たり前だと思うのですが。
代用品として、見られたくはないという感情なのか、あるいは、兄がソレスタルビーイングのメンバーとして活動していて、自分は何も知らされないで普通に生きていたということ自体が嫌なのか。
まあ、同じ双子ですし、しかも、同じ辛い過去を経験して、ロックオンにしてみれば、守っているつもりであっても、ライルからすれば、自分が蚊帳の外に置かれていたということになるわけですから、同じ双子であるだけに、嫌な思いもひとしおなのかもしれませんね。かといって、フェルトにそれをぶつけるのは八つ当たり以外のなにものでもないと思いますけど。

目的があって、潜入しているのに、そういう感情を丸出しにするのは、足元すくわれると思うけどなあ・・・。

スメラギの部屋にやってきて、一杯飲もうといってくるアレルヤ。

前回の失敗のことで、ねちねちとアーサーグッドマンにいびられるマネキン大佐。ちなみに、コーラサワーは生きていて、しかも、不死身のコーラサワーとか言われて、ぴんぴんしているのだそうですが、噂と実態の乖離が激しい典型みたいになっているように思えるけど、ガンダム追い詰めたりして、結構手柄は立てているのだよなあ、よく考えると。

次の作戦を任されたリント少佐ですが、今のソレスタルビーイングは私情で動いているとか言うけど、まあ確かに、刹那たち以外にも、ガンダムマイスターの候補はいたわけだし、そいつらをスカウトするという手もあったとは思うけど、ソレスタルビーイングの行動によって、世界は連邦の統一の名を借りた弾圧を受けていますし、外伝では、ガンダムを強奪した元マイスターがいたり、刹那はエクシアで飛び出したままですから、新しいマイスターを引き込んで、何かやらかされるよりも(ライルだって、下心ありで入っているわけですから)、アレルヤを救出したほうが、まだ、作戦行動に支障がないという意味でも、助ける意味はあるでしょうし。

トリロバイトと呼ばれるMAの使用の許可をうけたリント少佐。ミスター武士道という謎の仮面の軍人を作戦行動に使う許可を求められるわけですが、エレガントレーズとかエレガントールギスとかいうネーミングで、謎のキャラ気取るエレガントな人もいるわけですから、鎧武者の格好をするくらいは、まだ可愛いのかもしれませんね・・・・。

マネキン大佐は前回の作戦を分析するわけですが(繊細さと大胆さを併せ持つとかいわれているわけですが、突っ込みどころ満載の作戦でしたけどね)、スメラギの立てるプランに見覚えがあるということでしょうか? しかし、そうだとしたら、前作でも気が付く機会があったと思うのですが、それとも、前作から4年間の間に見たデータの中にそれがあったということでしょうか?

トリロバイトとか兵器の開発に、ルイスは、財産から多額の寄付をしているのだそうで・・・。思いっきり復讐の鬼と化しているわけですが・・・・・・。

カタロンでは、ライルからの情報で、トレミーがアザディスタンに向っているという情報を得て、作戦準備に掛かっているわけですが、場合によっては、マリナの保護をするということですが、アザディスタンの状況を考えると、反連邦の象徴にするにしても、時期尚早な気もしますが。

連邦に加盟できたとしても、それを維持するためには、連邦の言うことを聞かないといけませんし、聞いたところで、連邦のような組織は、アザディスタンに太陽炉の技術を相関単位与えるとは思えませんからね。
太陽炉を握っている連邦は、それによって、その技術をもっていない各国相手にアドバンテージをもっているわけで、その技術を知られたり、ましてや、コピーされたりするのは死活問題ですので。
連邦に加盟できたとしても、アザディスタンによほどのうまみがなければ、太陽炉を与えることも、そうそう行われることはなくて、いいように利用されるのがオチでしょう。
もっとも、連邦の太陽炉は擬似太陽炉で、人体に与える悪影響のこともあるので、ヘタに飛びついたほうが後は怖いわけですが・・、アザディスタンや各国がそれを知る由もないわけで(汗

アザディスタンの枠の中にいたのでは、連邦のやり方を間違っていると指摘したり、その体制を変えることは難しいし、時間が掛かるということをいいたいのでしょうか、シーリンは?
でも、体制の中から、それを変える戦い方を選ぶ人間もいないと、何も変らないと思うのですが・・・・。

マリナが政治面から世界を変えるとしても、今は、雌伏を選ぶときだと思いますからねえ・・・・。
行動することだけが選択肢ではありませんし。

しかし、刹那にアザディスタンにこないか、とか言ってるけど、解釈に依ったら、プロポーズというか告白みたいなものだろ、これ。マリナは戻ったとしても、政治的に大変な立場にいるわけだし、その上、連邦ににらまれているガンダムマイスターをつれている。自分のやってることを手伝ってくれとかいってるけど、最初のうちは、彼女が刹那を守らないといけないことのほうが、圧倒的に多いと思いますし。刹那の思い立ったら即行動で、なにやらかすのか分からないので、それに対するフォローが必要なことを考えれば、見方を変えれば、あなたは私が守るといってるようなものですからね・・・・・・。
刹那は俺に出来るのは戦うことだけとかいってるけど、本当にそれしか知らないわけで、刹那から、それを取り上げたら、何も残らないとはいわないでも、死ぬような目にあうのと同じようなものだと思いますしね、そこから、戦い以外の道を模索するのは、生まれ変わった気になって、なんて言葉が生易しく思えるほど大変なわけですから、マリナはそれの面倒を見て、アザディスタン再生への道を模索していかないといけないわけで、その大変さが分かっていて言ってるのかな?

一歩間違えれば、私のヒモになれといってるようなものだからなあ・・・・。

しかし、刹那、あんたらが破壊の中から生み出したのが、連邦が弾圧を行う今の世界なんだけどねえ(汗)得意げに言うことじゃあないだろう・・・。

沙慈はトレミーの整備作業を手伝っているわけですが、人手ガ足りなくて、作業を手伝わされたり、働かざるもの食うべからずって、まんま、クロスボーンガンダムで、クロスボーン版ガードで作業を手伝っていたトビア扱いだな、沙慈も。
彼は、イアンに戦うわけを聞くわけものの、それによって、引き起こされたことを考えると、利湯があれば、世界を巻き込んで、それをぶち壊すようなことをしても言い訳じゃあないのだからなあ、弁解をしているととられかねない行為だと思いますが・・・・・。
テロで家族を失ったり、体を改造されたり、テロリストにされたりして、世界にはそういう現実があるにしても、それを平和に暮らしている人間に、そのとばっちりを押し付けて良い訳がないと思うのですが。平成ライダーでいう、自分には理由があるから、手にした力で何をやってもいいという考え方に転びかねない危険な考え方で、その力の使いどころはそれこそ、慎重にやらないといけないし、それが故に、オコーナーやリボンズのような存在の跳梁を許して、こういう世界になってしまったわけですからねえ。巻き込まれたからといって、平和に暮らしている一般市民に得意げに言っていいことではないでしょう。
一話のティエリアのセリフも層だったけど、このあたりの違和感はやはり、強いといわざるを得ないわけで・・・・・・。

マリーのことを、スメラギに話すアレルヤ。罪を償う時が来た(つかまって、それで、処罰、おそらくは極刑が下されるから、自分のできる限りのことはやったということと、その前に彼女に又会えたことで思い残すことはないということなのかな?)ということですが、世界が統一されて、それで終わりではなくて、世界を変えるきっかけを作ったものとして、その後のことにまで責任はもたないといけないと思いますし、マリーを取り戻すということは、前述したよう一部の人間の都合で、人の人生が好き勝手に翻弄することを容認するような社会を変えていき、自分やマリーのような目にあう人間を一人でも減らしたいということであると思うわけですし、アレルヤは、超人機関の施設を破壊して、同胞を殺したわけですし、そのことは、どう理屈をつけても許されることではないわけで、マリー(ソーマ)を助けて、それでオッケイというようなことではないのだと思いたいですが。どれだけ、多くの人を救ったところで、その罪は帳尻が合うものではないでしょうし。それを忘れたら、アレルヤも彼を改造したものたちと同じになってしまうわけですからね。

スメラギは、それをうらやましいとか、自分のエゴで、多くの命を犠牲にしたということですが、それはスメラギに限らず、ソレスタルビーイングの面々も同じでしょう。その結果、こういう世界になってしまい、もっと、ひどい結果が待ているのではないかとか、考えてしまうのは無理もないわけですが、そういう重みを知っている人間が戦って、その犠牲を繰り返さないということも重要でしょう。
アレルヤは、だったら何で自分を助けたとかきくわけですが、よく知っている人間がつかまっていて、自分が作戦立てなくても、それでも助けに行こうとしているわけで、それを横目で見ながら、知らん振りして、無関係を決め込むには、距離が近すぎるとも思いますが。
まあ、こうやってなし崩し的に巻き込んでいくうちに、その気にさせるというのも一つの手だと思いますからねえ・・・・・。

アリオスガンダムで、マリーを助ける=そういうことが繰り返されない世界を作ることを誓うわけですが、ガンダムエックスを思い出しますよね。大好きな女のこのために世界を大きな戦争の悲劇から守ろうとするわけで、あの底なしのバイタリティは見ていて、爽快でしたし。

ティエリアはその様子を見ていて、昔なら、否定していたとかいうわけですが、第二期になってから、ティエリアも変った変ったとよく言われるわけですが、ヴェーダとのリンクを切られて、自分の頭で考えないいけなくなった上に、ガンダムマイスターは彼一人になってしまい、スメラギもいないわけですから、変ったということを実感させるためにも、空白の四年間の光景を書いてくれたら、その代わりブリも納得が出来るわけですが。

かつての仲間たちの写真を見ながら、もう一度戦うことが出来るかと自問するスメラギ。
しかし、海の異変に気がついた時には遅く、トリロバイトに翻弄されるトレミー。しかし、司令室に乗り込んできたスメラギが反撃の作戦を語るわけですが、ああいう状況では、さくせんの成否も大事だとは思うけど、周りを絶望に追い込まない方向に話をもっていくことも大事なわけで、そういう意味では、現状を良い方向に語るというシーンは悪くはなかったのではないかと思いますし。

トランザムで、トリロバイトを押し返すセラヴィー、そこを狙い打つケルディム。ダブルオーのGNソード2の二刀流でトリロバイトを撃破した後、アレルヤが変形したアリオスで、母艦を叩こうと、00を海上に連れて行ったはいいけど、ミスター武士道とマリーのアヘッドと一戦交えることになったけど、アリオスはトランザム使っていたので、時間的にどうなっていたかは分からないので、なんともいえないけど、制限時間内にしては機体は赤くなっていなかったしなあ・・?

ミスター武士道の恥を忍んだ、というのは、フラッグじゃない機体に乗っているということかな?
しかし、フラッグに擬似太陽炉積んだことで、その発言反故にしたようなものでは?

カタロンが現れたこともあり、ガンダムと一緒に相手するのは分が悪いということで、アロウズは撤退。
マリナは、カタロンの構成員となったシーリンと再会したわけですが、刹那やシーリンとの再会が、アザディスタンを立て直そうとする彼女にどういう影響を与えるのでしょうか? すくなくとも、アザディスタンに戻るというのであれば、今は耐えるときだとは思うのですので、変に感化されないといいのですが。
一方、アロウズでは、カタギリが叔父の誘いを受けて、ソレスタルビーイングと戦うことになるわけですが、カタギリは、スメラギに利用されたとか言ってますが、自分から情報漏らしていてたような(汗) それに面倒を見ていたときだって、下心が何もなかった、純粋な行為で面倒見ていたっていえるのかねえ? あれこれと尽くしたのに、捨てられた腹いせにアロウズに加わったとしかおもえないのだけど・・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-27 00:03 | アニメ

ようやくというか、とうとうというか・・・・

お互いの正体を知って驚く渡たち。渡はというと、その事実の重さに驚いてしまって、その場から逃げ出す始末。つい先日、サンバットソードを使いこなすほどに成長したとか言われた矢先に、こういう描写をされては、成長したといわれても、説得力が皆無と思わざるを得ないのですが(汗)
ウェイトレスの娘のほうも、その光景に打ちのめされる始末。

渡は逃げているうちに先ほどまでの銭湯のダメージものこっているのか、気を失ってしまい、ガルルに世話の焼ける奴だと、助けられるわけですが、こういう風に見ているとガルルは、好きな女を奪われて、しかも、その女とくっつかないで、他の女との間になした子供の面倒見せられているそんな役割とか、貧乏くじのように見えてしまいますが、ガルルの目的はファンガイアを倒して、一族を再興させることですから、それを考えると、ガルルはガルルの利害のために動いているわけですから、そうでもないのでしょうしね・・・・。

大牙はビショップに、渡が牙であることを知っていただろうと、詰め寄るわけですが、彼もつい先日、それを知ったかのような口ぶりでしたが、本当は前から、それを知っていて、知らない不利をしていたというか、それを利用できるところで最大限に利用しようとしていたのではないか、とか思えてしまうのですが(汗
なにしろ、チェックメイトフォーの中では、ルーク亡き今、先代と今の代のなかで、唯一、チェックメイトフォーのメンバーで健在(ファンガイアとしては、という意味)ですし、ウェイトレスの娘に対して、ファンガイアに変身する力を外付けで与えたのではないか、というようなところもありますしね(足にアクセサリーをつけるシーン)。
キングを都合のいいように利用するためなのか、それとも、渡のようなファンガイアからすれば、クイーンが人間の男との間に生んだイレギュラーでも、強ければ、いいのか? どう転んでも大丈夫なように動いているという風に見えてしまうのですが・・・・。

ウェイトレスの娘も、渡がキバであることに驚きを隠せないのですが、もともと、人を愛したファンガイアを始末するという使命にはノリ気ではなかったわけですから、それを考えると正体がばれても、気にしないと思うのですし。それに正体隠して、渡と一緒になろうとしていたわけで、一生、それを隠す気がなければ、どこかで、黙っているわけには行かない&正直に話してしまいたいということは避けられないので、クイーンとしての使命を受け入れられないというのであれば、事情を話して、渡に助けを求めるというのも一つの手だと思うし、渡がウェイトレスの娘に近付いている理由の一つは、自分が必要とされているという実感が欲しいからだと思うから、話の持っていきようによっては、わたるに助けを求めるのも、一つの手だと思うけど。
それに渡も、自分がキバに変身することをどう思っているのか、作中で、説明とかされていないわけだし。自分がキバである事を隠していて、それでウェイトレスの娘と付き合う自体はともかく、相手がファンガイアであることにとやかく言えるような立場じゃないような気がするけどなあ・・・・・。そもそも、どういうつもりでキバとして戦ってきたのか、すら、全然書かれていないで、みんなを守るとかいってたわけだし。自分だって、ファンガイアと人とのハーフなのに、相手がファンガイアと知って、逃げ出すのは、裏切られたとか騙されていたとか思っているからなのだろうか? それだったら、人のこと、言えるような立場じゃないと思うのだけど。

まあ、キバがファンガイアを倒しているという話聞かされているわけですから、それで、正体がお互いにばれて、ウェイトレスの娘は渡のことを逃げ場に出来なかったということなのか?
相手の正体を知って、それに戸惑うというのはありがちな光景かもしれないけど、自分も人に正体隠しておいて、それで驚かれてもなあ・・・・。

目を覚ました渡は、夢だと思い込もうとするものの、ガルルに現実だと思い知らされるわけですが、ガルルもファンガイアを倒すために渡のことが必要なわけですから、こういう厳しいことをいっても、それは所詮、自分のためでしかないわけで、渡を甘やかす周囲の人間と、ある意味では、大差はないような。
それに、父親の魂とともに、お前を見ているって、あからさまに胡散臭すぎるような・・・・・。精神的に追い詰められている状態とはいえ、そういうセリフは、さすがに怪しすぎるんじゃないのか、と思いますけど・・・・・・・。

1986年

イクサを持ち出した結果、病院に担ぎ込まれたハンターの女。渡の父親はそれを見て、しょうがない奴だといわんばかりの態度をとるわけですが、普通、好きな相手が自分の目の前で、他の異性とべったりしているのを見せられて、しかも、自分を理解してくれているのはあいつだけだなんていわれて、穏やかでいられるか、と思いますから。
それで、何ともないとか、分かってくれとかいわれても、身勝手な言い分にしか聞こえませんよね・・・。
渡の父親からすれば、自分のことを理解されて嬉しいのだろうけど、その割には、相手のことを理解していないというか理解しようともしていないわけで、理解されなかったとか言ってるけど、問題は別のところにあるのじゃないのか、とか思えてしまうのだけど・・・・・・。

理解してくれという気持ちはわかるけど、安易に他人に理解を求めるのも、ある種の身勝手だよなあ・・・・・。理解しようともしないというのも、それはそれで問題だけど。

それで「俺とお前は二人でひとつ」とか言われても、白々しく聞こえるのも無理はないような・・・・。

このあたりは、井上氏が「何で分かってくれないんだ」とか思っていることがまんま、描かれているんじゃないか、と勘ぐってしまうのだけど・・・・・・。

2008年

リーダーがコーヒーを飲んでいるところにやってきて、お姉さんぶるモデルの女。まあ、実際、弟がいるわけだから、目下の相手にお姉さんぶって、あれこれ世話を焼こうとしているのは分からなくもないけど、考え無しに、アレルギーの人間から、マスクやサングラスを奪い取ろうとしたりしているあたり、年上ぶって、相手に自分の言うことを聞かせたいとか、恩を売りたいだけなのじゃないか、と思わざるを得ないのだけどなあ・・・・・・。親切でやっているのと、自分をりっぱに見せたいだけの行動って、その違いは結構、分かってしまうものですしね。

まあ、リーダーが言ってることは、ある意味、渡や他の登場人物に対しても、もっともな批判でもあるわけなのだが、それだったら、最初から、そういう人間を出しておいてくれよと思いますからねえ・・・・・。
後から、リーダーにそういう役割を背負わせるのも無理があるように思えますが・・・。

啓介は啓介で、恩着せがましく、リーダーのコーチになるとか言い出して、恩を売るとか、ネットとかで753と呼ばれているネタをそのまま、とりいれて、シャツを作ったりしているし・・・・。

そもそも、リーダーが押しかけとはいえ弟子入りしているときに、ちゃんと弟子として扱っていたら、今、そのしっぺ返しを受けなくて済んだわけだし、自業自得ではあるけど、正義を口にして戦っている相手を、転落させて、道化扱いしているわけだから、わざと、そういう風に無様に書いて、正義のために戦う人間を悪く見せているかのようなところがあるようにも見えますからね。

一方、これまで、倒されたファンガイアの残骸を回収しているファンガイアが、新しい命を与えてやるとか言い出すわけですが・・・?

クイーンのところに現れる大牙。それを見て、駆け寄るクイーンだが、大牙には拒絶されるわけだが、そりゃあ、父親以外の男を愛したわけで、裏切られたと思うだろうし、ファンガイアのキングとしての教育も受けているわけだから、いい感情をクイーン相手にいだけというほうが難しいですよねえ。それに散々、人を愛したファンガイアのことを処刑してきて、今更、自分の子供だけ、可愛いとか言う感情持ち出されてもナア・・・・。
渡を生んだことはファンガイアには隠してきたわけですが、とうとうばれてしまうのですが、父親と大牙の態度がそっくりとか言う話ではぐらかしているのだろうか?

渡はウェイトレスの娘のことを見つけて、声をかけるのですが、あそこで逃げておいて、会いたかったというのは虫がいいような。本当に大事なら、ああいう場面で、彼女に対して、そんなことは関係ないと言うようなことを言っていればよかったのではないか、と思いますし。
人間的な弱さとか葛藤とか考慮しても、やはり、どこかで、その言動をやらないといけない場面というのがあるわけですが、そういう理由を持ち出したがる作品ほど、それを露骨に避けて、延々と苦悩したり葛藤したりするのを、いいみたいに思っているケースが多いですからね。

ただ、単に二人とも、何をすればいいのか分からないというか、ないもしようとしないのを、キバだとか、ファンガイアのクイーンだとか言うことを理由にしているだけのように思えますし。

そして、そこに現れて、一緒に来てくれという大牙。


1986年

キングに告げ口(事実の報告)をしたビショップに、釘を刺しに来たクイーンですが、逆に地獄に落ちると首を指される始末。その地獄というのは、無力となったクイーンを多くのファンガイアが狙うということですが、まあ、掟を破ったということで、ファンガイアを始末してきた身ですから、その彼女が、これまで始末してきた奴らと同じことをしたら、そりゃ、「これまでのはなんだったのか」とか思いますが、それにしてもキングやクイーンには、使命があるけどビショップやルークには、そういうものが殆どないような。大体、ルークはタイムプレーとかいうことに現を抜かしていたわけで、それで、使命を果たしていたとは到底思えないのですけど(汗 キングとクイーンのたちばだから、そういうおきては守らないといけないというのは分かるのですが。
どちらかというと、そういうおきてでがんじがらめにして、逃げられないようにしているというように見えるのですが・・・・・・?

それに、現代の元クイーン、隠れ住んでいるだけで、他のファンガイアから、命を狙われているという説得力皆無だと思いますけど・・・・・・・。

2008年

そして、とってつけたように、クイーンを遅いに来るファンガイア。死んだファンガイアを蘇生できるようですが・・?

大牙につれてこられた先は、クイーンが隠れ住んでいた場所で、母親と再会を果たす渡

一方、ファンガイアが人を襲っているところに駆けつけて、ようやく、変身するリーダー。何週経ったと思っているのやら・・・。しかも、そこへやってきて、アドバイスをして、恩を売ろうとする啓介も啓介だが、だからといって、イクサカリバーで、人を撃つなよ、リーダー・・・・。
そういうことさえしなかったら、もうちょっと、ライバルキャラとしてもある程度、筋が取れているように見えているのに・・・・。

渡は会いたかったとかいうのですが、どうやら、渡を守るために、その存在を隠して、彼一人をおいていったようで、思い出しては駄目、思い出したらお前は弱くなるっていってるけど、バイオリンとか残していって、力いっぱい、父親のこととか、母親のこと思い出しているのですけど(汗)

でも、子供にそんなこと言い聞かせても、そう簡単に納得しないと思うのだけど。クイーンは、自分と渡が一緒にいては駄目とかいうわけですが、連れてこられた時点で手遅れと思うのですけど・・・・。

自分と大牙が兄弟であることを知らされる渡。しかし、母親がファンガイアということに驚く渡ですが、キバに変身していて、あの力に何の疑問も抱かなかったのでしょうか(汗)
キバットを使っているとはいえ、変身の仕方はまんまファンガイアに近いと思うのですが・・。それとも、自分はファンガイアを倒す正義のヒーローだから、と、自らの力の正体に関して、考えないでいたということでしょうか? そうだとしたら、かなり、問題のような気がするけど。ヒーローは正しいからではなくて、どんなことがあっても、人を、命をわけへだてなく守るから、ヒーローだと思うのですが。

しかし、ウェイトレスの娘も、ビショップに出会ってから、その力に目覚めたわけだし、それまでは片鱗も見せないでいたし、キングの変身能力とかはキバットやサガークベルトに依っているという変身の仕方は外付けで、後天的につけられた変身能力のように思えるし、他のファンガイアとちがって、ベルトを使っての変身は、キングとなる能力の持ち主の遺伝子をヘタに手を加えて、台無しにしたくはないから、外付けの装置で変身応力を与えたという風にも思えるのですけどね。
それとも、人間社会でいきていくのに、人間の姿のほうが都合がいいから、変身能力が発達していないで、外付け変身装置に頼っているということなのでしょうか?

そこへ現れたファンガイアが倒されたファンガイアを再生して、襲い掛かってくるわけですが、キングの命令には、全然従わないで(本当に、えらいのか、キング?)、クイーンの命を狙うわけで、キバとサガに変身する渡たち。サガークを見て、驚くキバット。サガークの方が古いということで、自分と同じ王の鎧を司る存在を知っていたということでしょうか?


1986年

ガルルの前に現れるキング。キバットバット2世を呼び出して、キバに変身するキング。嶋が言ってたキバって、このことだったわけか、ひょっとして?
しかし、キバをクイーンが渡に渡したから、大牙は、サガークを使っているわけね・・・・。
ダークキバって、カブトを思わせるようなデザインだが、考えてみれば、キングの性格とか、大牙の性格とかは、天道で、井上&白倉コンビがよしとするライダーを敵側で描いて、先週の大牙とか、リーダーとかに、現状の登場人物を批判がましく言わせているのも、堂々と、自分の欲望のために戦うライダーをかけないから(それでも、表面上はともかく、実際は、十分好き勝手書いていると思うのですが)、こうやって敵側のほうで、自分たちの描きたいことを描いているということなのでしょうか? ヒーローじゃなくて敵キャラでやる分には、うってつけのキャラなので、構わないといえば構わないのですが・・・・・。

ダークキバに徹底的に痛めつけられるガルル。

2008年

サガとの共同戦線で、再生ファンガイアたちと渡り合うキバ。しかし、エンペラーフォーム&ザンバットソードをふるって、その強さを見せ付けるのに、再生ファンガイア軍団っていうのも、エンペラーフォームが出てきたときと同じように、その強さを見せるにしても、強い敵と戦うとか、層でなくても、もっと数が多い状況とかでやってくれたほうが・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-26 14:01

ケロケロエース版ガンダム00第二期

アニメ版第一話をコミカライズした話だったわけで、アニメ版との変更点を書いてみました。

○ラグランジュ2でのアロウズの弾圧活動

アヘッド一機とジンクス3によって、ラグランジュ2で、カタロンのMS部隊ティエレン、イクナトなどがなす術もなくやられていき、破壊されたラグランジュ2の空間に漂う人々、ヘルメットのバイザーが叩き割られた犠牲者の一人が、亡くなる寸前に「あ、アロウズ」の言葉をつぶやく。

序盤のラグランジュ2での破壊活動を短いページの中で、アロウズの弾圧振りがよく分かるようにしていた。

世界観というか、4年の間の変化を説明したり、アニメでは、説明を省かれている部分を分かりやすく説明したりしている。
治安維持部隊の活動開始を語るアナウンスや、セルゲイやソーマのシーンはカット。

○ラグランジュ4 建設途中のコロニープラウド

コロニープラウドが建設中であることが説明されている。

エディがアニメよりもごつく描かれている。第一期の最終回では、内容の関係上、カットされたラストの沙慈のセリフがプラウドでの作業シーンで語られている。

更衣室でのエディと沙慈との会話がアニメでは、移動しながらだったのが、コミックスでは、そういう移動の描写無しになっている。アロウズのメンバーがアニメでは部屋に入ってくるような描き方だったのが、いきなり二人の背後から現れて、エディに声をかけてきたり、エディのダメージがでかかったり、沙慈がロッカーの壁に叩き付けられたりしている。


ソレスタルビーイングの活動再開で、セラヴィーを出すシーンのカット。

クラウスとシーリンの会話

レゾルスの襲撃では生存者なし、プラウドでつかまっていた人たちは元軍人が多いというカタロンが救出する理由がアニメよりもくわしく説明されたりしている。

クラウスがシーリンにカタロンの活動に参加してくれたことに感謝すると礼を言うシーンがあり、「行動することの大切さを学んだのよ、4年前にね」と返すシーンがあるのだが、やはり、内乱のときに、ガンダムに助けられたことを言っているのかな?


強制労働のシーンでは、沙慈がカーゴを押すような描写はされておらず、近くにいた人間が、強制労働の光景を、「表には決して出ない数多くの世の中の一つさ」と語り、アニメにもあった「命が惜しければ、黙って働くことさ」と続ける。
作業に倒れた囚人を助けれないで、心を痛める沙慈の描写は極力カット。

アロウズの戦艦 アヘッド ジンクスの出撃。

出撃の描写の省略と、ルイスの顔アップ。

プラウドに潜入する刹那。
アニメでは内部に潜入していたが、コミックスでは、外部で様子をうかがっているような描写になっている。アニメと違い、ヘルメット越しに顔は見えない。

プラウド内部での沙慈

先ほど、状況を説明した人物が、沙慈の身の上を聞いてくる、大きな変更はなし。

アニメでは内部で職員のスーツの生命維持装置を破壊する刹那だが、コミックスでは、衛星の表面で、カタロンの戦艦の到着を察知するなど、カタロン突入のシーンとあわせて描かれ、目的を果たすために人を害すシーンなどが削られている。

アロウズ到着、アヘッドによるカタロンの戦艦爆破のシーンの強調。ジニンの飛んで日にいる夏の虫というセリフ追加。

ジニンが指示を出すシーンのカット、アヘッドとジンクスによって、あっさりと、撃墜されていくカタロンのヘリオンを始めとするMS。

オートマトンの起動、それによって、なすすべもなく、あっさりと殺されていく囚人たち。刹那のオートマトンか、のセリフを沙慈が語っており、「これが連邦のすることか、と怒る。

沙慈モやられようとしたところへ刹那に助けられ、二人の再会のシーンは見開き。刹那のヘルメットのバイザーがオープンになる。

アヘッドやジンクス3がカタロンのMSを撃墜していき、ルイスが戦場の空気に翻弄されるシーンはカット。

オートマトンに見つかり沙慈の手を引っ張ってという光景は同じだが、昔の刹那のコマは一こまだが、主に刹那の顔アップだが、沙慈の手を引っ張って、こんな世界は望んでいないとつぶやくシーンは、力の限り、走っていながら、自分が望んだ世界と、今の現状との違いを語る感じはよく出ていると思う。

オートマトンに前方に回りこまれたところを、エクシアが撃破して事なきをえる。アニメでは、そういうピンチはなく、エクシアのあるところにたどり着く。

エクシアは、頭部の破損、左目は内部のカメラパーツか、壊れた部分を修理したのか、カメラパーツのディティールを細かく描写。刹那が個人で修理した感を強調。

「刹那、どうして君が」とショックを受けるシーンは、アニメでは沙慈がうなだれるシーンでしたが、コミックスでは、エクシアの前で、刹那本人を目の前にして、問いただすような形でつぶやいている。

オートマトンの反応が、というセリフを一部省略。

ジニン小隊の前に現れるエクシア、それに面食らったような顔をするルイス。エクシアの全身を描いたカット、アヘッドのビームサーベルとGNソードのぶつかり合い。エクシアの頭部アップ、右半分の破損部と、後から付け足したと思われる、右目の部分のカメラパーツの強調。

エクシアがGNソードを一閃させるも、最新の機体には対抗しきれず、アヘッドのビームサーベル二刀流で、右手も切り落とされて、止めを刺されそうになるところに現れるセラヴィーガンダム。セラヴィーの顔アップ、ジニンの顔アップ。GNフィールドは、アニメではセラヴィーを包み込む球体が描かれているが、コミックスでは上半分しかかかれていない。
バックパックの巨大なガンダムヘッドの展開シーンを三コマ二ページにわたって、描かれて、三コマ目とセラヴィーのビームサーベルに斬られるジンクス3は、ほぼ、1ページ全部を使って描かれている。アニメでは、正面から描いているが、コミックスでは、右斜めに描かれていて、ビームサーベルで切られているシーンも、アニメでは縦一文字だが、コミックスのほうは、勢いをつけて、横一文字に真っ二つに描かれている。

アヘッドとルイスのジンクスが撤退するときも、コミックスのほうが、アニメノよりも近くにあるように描かれている。

エクシアのダメージはコミックスは腕を切り落とされただけで、アニメよりも軽い。

「やはり、アロウズの動きを探っていたな」のセリフは、アニメでは、撤退するアヘッドとジンクスを確認してから、エクシアのほうを見るが、コミックスでは、あまり、そっちを気にせずにエクシアと対峙、セラヴィーと、ティエリアの顔アップ(顔アップの多いマンガだ)。

顔アップで驚く刹那。

トレミーのクルーのやり取りはセリフは抑えているけど、顔アップと、ラッセは一こま、フェルトは、顔アップニコマと、ミレイナは顔アップと後頭部で二こま。

クラウスとシーリンのセリフは、セリフを大幅カットで、助けられた・・・、ということか、とつぶやくクラウス。

ひざをついて、拳を強く握り締める沙慈。刹那とティエリアとの再会のシーン、沙慈が銃を突きつけるシーンと、彼にティエリアが、自分の世界のことくらいというシーンは、カットか、次号?

それとも、前述の沙慈のシーンがそれを代用している?

イアンの生きていたかのセリフとともに、最後のページで現れる00ガンダム。

前述のシーリンのセリフもそうだけど、ケロケロエース版は、刹那を主人公として描くことを重要視しているためか、沙慈の葛藤など、カットされている部分も多く、また、第二期の始めと会ってアロウズの弾圧も、なすすべもなく殺されていく人々、MS、アニメよりはダメージは少ないものの、アロウズのMSに破壊されるエクシアなど、アニメ以上に強調されている部分も見受けられて、知らない人でも、内容はつかみやすいほうだと思います。

一話はまだ、アニメには忠実な方だとは思うけど、話が進んでいくと、第一期みたいに、漫画版のアレンジも出てくるのかな(主に刹那がらみで)? ある意味、アニメの第一話よりかは、作品世界の状況も分かりやすいところがありましたね・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-25 08:44

ヤヤナーナのエピソードにおいて、結局のところは、アルト達にとっては、パピル族とヤック族の民族紛争は、他人事になってしまったが、戦いをどこまでも嫌がってきたパピル族や、その中にあって、ヤック族に立ち向かおうとしたものたちやリリフは、何度も言ってるように世界とアルト達に置き換えることが出来るわけで、決して、他人事ではなかったりするのだが。
考えるに、気付かずにやっているのか、あるいは意図的にか、パピル族とヤック族の争いにまつわる一連の出来事を、アルトたちと世界に置き換えて、考え、アルト達や読者に伝えられる役割をもつ存在がいない、ということなのかもしれませんが・・・。

アルトは狩りをする生活しか知らないし、ミルキィはあっちこっちをぶらついていたけど、どいつもこいつも殺してやりたいとかいってるように、それで、各地の価値観を先入観なしに説明するには、彼女だけでは不十分だと思いますからね。かとって、カッツも、アルトがいじめられていたことを説明は出来たけど、かつて、アルトトカッツが暮らしていた場所での価値観を語る上では、ともかく、それを他の地方の価値観と照らし合わせて、ということができるかどうかは、別問題。それにアルトを追いかけることを第一に考えて行動しているわけですから、そこまで目に入るかどうかは怪しいところ。

無敵看板娘のおかみさんが、一応、その条件を満たしているところだし、ワンダーとか、スキとかの八戦聖がそれに当たるのだと思うが、主人公よりも強いためか、今作ではでしゃばらせまいとして、一歩下がって、見守っているみたいだからなあ。
なまじ、個性的なキャラを暴れさせると、他のキャラ、場合によっては、主人公&ヒロインも、かすんでしまう、例えて言うなら、競馬のレース会場に、全然教育がされていない暴れ馬を放り込むようなもので、これでまともにレースが成り立つかどうかは、いうまでもないだろう。単に暴れ馬を参加させるのと、その馬の個性を残したまま、レースが出来る状態にもっていくのとでは、大違いなわけで。

贅沢を言うなら、影が薄すぎず、あるいは、そいつ一人ガいるだけで、たいていのことは何とかならないで、世情にある程度詳しかったりして、アルト達の言動が世間からどう見られているか、というようなことを説明できるキャラが道案内などをしてくれて、それでいて、アルト達の価値観に一方的に従わないで、意見がいえるだけでなく、いざとなれば、問題のある行動を何らかの形で止めれるキャラが一人でもいると、話が違ってくるのだと思うけど・・・・・・・・。
エルがそういうキャラになってくれるのではないか、とも最初は期待していたのだけど、ミルキィの暴言(お前ら、もれなく、滅んでしまえ)を止めなかったし、兄のことが分かれば、それでいいようなところがあるみたいだからなあ・・・・・。

これまた、何度も言ってるように、ヤック族とパピル族の争いがなければ、世界の価値観からはみ出しているアルトとミルキィが、風のアトモスツールを手に入れようとしても、リブリから憂い山での行動を見る限り、やっていることは単なる犯罪者や略奪者でしかないわけだから、たいした理由もなく、近道がしたいという理由で、遺跡に踏み入って、そこに納められている代物を奪い取るだけなら、なおのことですしね。
トレジャーハンターものでいう、競争相手、たとえば、風のアトモスツールを手に入れようとするほかの人間とか、ゼルロット博士のように、死神を生み出そうと考える人間とかをだして、アルト達を単なる略奪者にしないようにする手もあったはずである。まあ、どちらにしても、死神になるのには、条件があるようではあるが、なれるかどうかは関係なく(ヴァウシーフに眠る死神との相性みたいなものもあるのか?)、むしろ、なれなくても、そういう力を欲しているキャラということで、出すのでも問題はないと思うのだが、それをやらないのは、もうちょっと後になってからか、それとも、それが出来ない理由でもあるのだろうか?
まあ、パピル族とヤック族の問題というか、平和に見えて、大きな問題を抱えている世界に関しては、一話から、断片的にではあるがかかれていたが、良し悪しは別にして、ぴんとこない人が多かったと思うけど、(作品を語る上でも大切だと思うので、)そいつを分かりやすく説明するために葉っぱ人間を出したのではないか、と思っているのだが、説明役がいなかったことで、アルトたちや葉っぱ人間を結びつけることが出来なかったのではないか、と思えてしまうのだが。

二人旅ということで、お互いがお互いを成長させるということなのだろうが、表裏の違いがあるとはいえ、アルトとミルキィは似たもの同士なので、刺激しあっても、さして変化は訪れないと思うわけですが、ヘタに彼らの行動に注意をし、間違った行いをしていたときは、それを止めれるようなキャラをだしたら、成長が阻害されるか、あるいはキャラがかすんでしまうという問題点があるから、二人旅にして、あっちこっちで、ばったりと遭遇したりするスタイルを選んだとか?
それにしても、アルトやミルキィが世界の価値観からはみ出ているということには変わりないわけだし、RPGにおいて、よく、メインキャラが身をおいている冒険者などといわれる存在も、たいていの場合は、アウトロー、ならず者扱いされている場合も少なくはない。PUNISHERの場合は、アルト達をはじき出している世界の価値観が、おそらくは、アルト達が世界を変えていくか、あるいは、ウォーゼルなどにそう期待されているということで、物語に深く関わってくると思うので、どこかで、それを語ることはさけられない。

アークザラット2では、主人公のエルクが身をおいているハンターという職業がそうであるわけで、主人公たちが世間の価値観の外にいることを、どこかで明言する必要が出てくると思うのだが、それを書きにくい理由でもあるのか、あるいは、そういうキャラ間のバランスを二人旅のほうが取りやすいと思ったのか?

いまのところ、その土地その土地の重要人物にすぐに関わるような事が多くて、ルウォールでイリリアに関わったときくらいではないだろうか、重要人物以外の人間と関わって、言葉を交わしたのは? それだって、水泳大会に結果的に乱入した後、カッツとの戦いになって、その後、カッツをスキが乱入して、というような展開になって、結局、イリリアとカッツと酒を酌み交わしながら、アルトのことを語るというシーンがあったのみで、結局、すぐに憂い山に言ったかのような書き方で、あれから、挨拶に顔を出したかどうかもはっきりしていないわけで。
またたびものよろしく、ルウォールのイリリアのような人物と、その土地の事情に通じている人間と関われば、アルト達が、世界の価値観からはじき出されているということが明るみに出てしまうし、そういう人間にそうそう、行く先々で、好意的に力を貸してくれる相手など、都合よく見つかるはずもないから、その土地での重要人物とすぐに関われるように、ウォーゼルという人物に、物語開始後、すぐに関わらせて、「あいつら、世界を変えるぜ」というような興味のもち方をするように言ったのだろうか?

無敵看板娘Nを見た限りでは、青鮫の正体が明らかになったエピソードが一番描きたかったのではないか、と思えてしまうのだが(4週にわたって書いている時点で、描きたい優先順位が高いと思いますし)、青鮫というヒーローに導かれて、成長していくカンナという話だったわけで、そのカンナは、善悪というか、人の痛みが分からないで、自分のやりたいこともわからないで好き勝手に暴れていただけの少女であったわけで、これも、PUNISHERでのミルキィやアルトに通じるものがある。
PUNISHER3巻では、悪役が描けないといってたが、悪役というよりかは、こうして読んでいると、キャラ間のバランスがうまく取れていないというほうが近いのではないかと思うのだが。
確かに、ヒーローには敵役が必要なのだが、敵役を無理やり存在させると、一歩間違えれば、主人公をよく見せるために、その敵対する相手を、無理やり悪く書いてしまうという弊害に陥りやすいし、そのために、主人公たちをよく見せることで、主人公たちがますます、魅力のないキャラになってしまうという悪循環になってしまう。
無敵看板娘Nでも、テッコツ堂を商売敵として描きたいのか、それとも、ともに花見町に生きる住人として描きたいのかはっきりしなかったわけだが、時に商売敵であり、時に、ともに街に生きる住人でもあるということを描きたかったのかもしれないが、無印で、何人かのキャラを退場させていなかったら、彼(彼女)らとのかかわりで、そういう役柄に囚われない書き方はかけたのかもしれないが、キャラが減った分、花見町の住人とテッコツ堂の関わり方の幅が狭められてしまったのかもしれない(ただまあ、佐渡川氏の弟子の吉谷やしょさんのあねちっくセンセーションの方が、無敵看板娘Nでやろうとしていたことを、うまくかけているのではないかと思える終わり方だったりするのですよね、これが)。
そう考えると、やはり、世情に長けて、アルト達と世界とをつなぐ人物は必要になってくるのだが、ウォーゼルは一歩引いていて、その役割を果たしていないようなところがあるのだが、彼の思惑もあるのかもしれないが、そのためにアルト達を一歩引いたところで導いているという役割を優先させているからだろうか? それを考慮しても、やはり、説明とかツッコミとか、ストッパーになるキャラは必要だとは思うのですけどねえ・・・・・・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-24 13:18 | コミックス

って、おい

エルの前に現れたロボット、そのコクピットの中に、8年前に生き別れた彼女の兄はいた。

しかし、このロボット、ドラクエのキラーマシンがモチーフじゃないかということで、一部で批判というか、悪評の種になっているようですが、それをいうなら、チャンピオン系の感想で評判のいい悪徒も一部は仮面ライダー龍騎からデザインまんま引っ張ってきているのはいいのだろうか(汗)? ACTタイガー&ドラゴンとか、ACtポラベアとか。

彼らの前に現れたのは警備ロボットなわけですが、戦いが終わり、人は戦を忘れて、エネルギーも底を尽きかけてということで、遺跡に踏み込んできたエルの兄を取り込んで、500年以上ももっている時点で、どんなエネルギーだったのだか・・・、という気がするが。

それとも、500年の間に、何人か侵入してきた人間を取り込んで、生き長らえてきたということなのかな?

カイルン遺跡の警備ロボットが500年も動いているわけだが、オートメンテナンス機構をもっていたとか、エルの兄貴を取り込んだときに、機体からのびていたのが、コードというより植物っぽかったから、あれが植物なら、ああいう植物部分が支えていた可能性もあるだろうし。ああやって取り込めるのなら、仲間の残骸から必要な部品取り込んでいた事だってやってたかもしれないでしょうしね、ああも生きる執念が強いということは。

でも、長い間ほったらかしにされていた兵器がぼろぼろになりながら、稼動しているなんて表現っていうのはむしろ、可愛いほうのような・・・・。

天空の城ラピュタなどは、メンテナンスされていないのにロボットが稼動していて、ラピュタを守っていたし、ラピュタ自体も機能が健在だった例もありましたしねえ。
黒歴史の語源になった∀ガンダムなどは、2000年の間、ナノマシンで自己修復していたという例もあるからなあ。
イデオンとソロシップとか、不思議の海のナディアのノーチラス号やニューノーチラス号とか、500年じゃあ聞かないシロモノもあるし(後者は、修理されていた可能性もあるけど)。

山田正紀氏の機神兵団のラストでは、2年前にドイツの装甲騎士団と戦って失われたはずの機神が万全の状態で現れたけど、これは物語の根幹に宇宙人の関与があるので、例外と見たほうがよさそうだし。
アニメの今川版鉄人などは、昭和30年代に戦時中に作られた鉄人が日本に現れるわけだけど、これもメンテされていなかったと思いますが、他の例を考えると、これは可愛い部類に入るほうだと思いますしね。
中にはグランセイザーのように、何億年もの昔から埋もれていて、それでも動かせるという例だってありましたしね。
それにファンタジー&SFでも、太古に滅んだ機械文明の問題無しに動くなんてことは、よくある話だし、500年間、カイルン遺跡の警備ロボットが動いているのは、むしろ、かわいいほうなのかもしれないなあ・・・・・・・・。

ヤック族がその頃から、カイルン遺跡を根城にしていたというのであれば、アルト達ですらてこずったあの軍勢を、ヘタすれば、一人で、切り抜けられた可能性もあるわけで、そりゃ、生命エネルギーを補充するのには、うってつけの人材と思われても、無理はないかも・・・。

まあ、リリフあたりから、ヤック族に気が疲れないで、入れるような抜け道を教えられたのかもしれないけど。

しかし、ロボットがエルの兄を取り込んでいるシーンを見ると、こいつは、機体と生体コアをつなぐチューブなのか、それとも、植物みたいにも見えるのだが、ヤック族とパピル族のような植物を兵器に利用することで、人間のもつ精神的、あるいは、直接生命エネルギーを吸収して力に変える兵器を作っていたということなのだろうが、サイズの大小は別にしても、アトモスツールと人の関係ににていないか、これ?

自然の力と、人の精神を干渉させて、引き出す力が魔法であり、大概の奴は使えないのだそうですが、足りない人の精神を補って、魔法を発動させる掛け橋がアトモスツールなのだそうですが、人間を媒介にして、その道具の力を引き出すというコンセプト自体は、ダイレクトですがこの警備ロボットと同じなわけですしねえ。
まあ、スパロボに出てきた修羅神を連想するような設定という気もしますが、魔法の力を科学的なアプローチで生み出す作品も、最近だと、某魔砲少女とかがあるわけですが、それ以前にも、そういう作品があったわけですから、ありえない話ではないし、ファンタジーと見せかけて、SFという作品も珍しくはないからなあ(山田正紀氏などは、江戸時代と見せかけて、ということをやっていたし)。
アトモスツールの前段階が、こういう警備ロボットで、試行錯誤を繰り返していくうちにか、もしくは、カッツのアトモスツールには切り替えスイッチというか、S(ショット)とか(E(エクスプロード)とか描かれているところに、宝珠とも、切り替えたときに点灯するランプみたいなものとも知れないものがありましたが、宝珠だとすれば、そいつでダウンサイジングに成功したのではないか、という可能性もありますからねえ・・・。

まあ、このロボットの理屈は、生きるためには仕方がなかったというところなのでしょうし、何度も言ってる様に、考古学者も略奪者になりかねない部分はあるので、エルの兄は、このロボットからすれば、侵入者ということでもあるのでしょうけど、むやみやたらに人を取り込むあたり、長い年月の間に壊れていたのではないか、と思えてしまうのだが・・・。
それとも、侵入者とか敵の捕虜とかでをコアにして、生命エネルギーか、精神エネルギーを吸収させていたのだろうか?
かなり、人を兵器の部品として扱うのに、躊躇のないあたり、末期なだったのだろうか、あるいは、ヤック族やパピル族のような歩行植物、ひょっとしたら、エイリアンみたいなものと戦っていて、対抗するために敵の技術というか、存在を参考にして立ち向かう兵器を生み出して、それがアトモスツールだったとか?

って、よくよく考えると、壮剣をアルトが使うとき、条件をみたせば、500年前の勇者の姿が浮かび上がってくるわけだが、このロボット、人を取り込んでいる部分に見える植物のようなものから考えると、かつてのコアにしていた人間の意識とか知識や記憶を吸い取っていて、それで知恵をつけたということで、自我が暴走しているのではないか、と思うのだが、武器に宿る何かしらの人格という点では、壮剣に宿るかつての勇者の姿とダブるものがあるように思えるのだが・・・・。

歩行植物とかを自らの技術に取り込んだつもりで、逆にそういう存在が、兵器を支配しているということかな? 今のところは、推測の域を出ないけど、危険なトップシークレットを封印するのに、番人は必要だとは思うのだが、番人が必要なら必要なのはいいとして、メンテナンスする人間はいなかったのか、と思うのだが。それともそういう技術すら失われたか?
しかし、こういう場所に安全に踏み入るのに識別コードみたいなものでも残っていなかったのかと思うのだが、500年前の大破壊のときに失われたか、あるいは、その反動で、こういう研究に触れるものがいないように破棄されたか(破壊できなかったか、あるいは、破壊するには、惜しかったか?)ということなのか?

まあ、当時のヤヤナーナが兵器の研究や開発の結果、死神や勇者と呼ばれる存在にたどり着いたというのであれば、あの大破壊の責任を、生き残っていたのなら、ヤヤナーナや、そこの軍人たちが問われていた可能性は高いので、そういう連中に、アトモスツールを扱わせるわけには行かない、と危険視されて、識別アイテムとかを取り上げられた可能性もありそうですからねえ。

しかし、運が悪かったとかいうけど、本能が暴走しているとしか思えないので、自己正当化じゃないか、とも思うけど、機能停止していなかったか、することが出来なかった過去の人間たちの不始末だよなあ・・・・。機械は己の勤めを果たそうとしていたのも確かではあるけど。
しかし、兵器の割には、自己保存のために人を取り込むような強烈な本能があるのなら、無理やり取り込まないで、相手の目的を聞いてから、場合によっては、取引を持ちかけるくらいの突然変異くらい見せても、よかったのでは、と思えるのだが(汗)

エルの兄貴は、遺跡のことを調べたいというか、知りたいわけだから、そこに付け込んで、「私と一体化すれば、この遺跡に関して、あらゆる知識を授けてやるぞ」みたいなことを言って、言いくるめるとか言う手もありだったんじゃ・・・・?

兄を生命エネルギーのコアにされたことで怒るエルだが、兄を奪われた怒りというのは、分からなくもないが、今の彼女たちもそうだが、前述したとおり、エルの兄貴は、略奪者であり、侵入者でもあるから、怒るのは、筋違いという気もするのだが。
何かしら、資料あ伝承が残っていて、対策とか、たてられなかったかと思うのだが、そういうものすら、残っていなかったのか? しかし、博士もこのことを知っていて、それでエルに「行っておいで」といったのであれば、石橋を叩いて人に渡らせるという具合に、自分の知りたいことを知るためにエルの兄やエルに、危険と承知で、カイルン遺跡に行かせた可能性があるし、場合によっては、エルの両親もそのために利用して、カイルン遺跡に行かせて、その結果を美味しい所取りしようとしたのでは? という疑惑が出てくるのだが?

ロボットの中から、呼びかける兄の声に、駆け寄るエルだが、ロボットに殴り飛ばされてしまう。
思わず、身構えるミルキィ。しかし、エルはロボットの中の兄と、8年ぶりに会話して、元気だったか、と会話し、エルに、自分を倒してくれるように懇願する兄。

自分の欲求のままに遺跡探検して、それでミスって、ロボットの生体コアにされたのに、その尻拭いなんて役目を、妹にさせるのか、この兄貴(汗)えらく、はた迷惑な兄貴だよなあ・・・・。

ロボットのほうも、立ち去るか、それとも、自分を倒すかという選択肢を突きつける。

その選択肢に愕然とするエルやアルト達ですが、アルトはひどいよとか言ってるけど、自然の一部始終に手を出すな、という言葉はどうした? 
このロボットだって、長いこと、この場所で、己の役目を果たしてきたわけだし、エルの兄はある意味、自業自得でしかないわけだが、自らも侵入者であり略奪者であるから、エルの兄貴を見捨てるか、それとも、手を汚すかという、どちらにしても、後味の悪い選択をしないといけない、嫌な思いをしないといけないから、それで怒っているということなのだろうか(アルトの行動基準は嫌な思いはしたくはないということがある)? アルトの場合は、これを自分が何もしないことへの言い訳に使っているような節があるからなあ・・・・・。

エルはほったらかしにされてきたけど、それでも、兄の笑顔に癒されてきたとか言ってるのですが、それって、ロクデナシ属性ということでしょうか?駄目な兄の世話を焼くのがすきということもあったのかもしれないけど・・・・。

場合によっては、新たな手の掛かりそうな連中(アルトとミルキィ)がいるので、同行することになるのかねえ?

しかし、親切なのか、ロボットは、選択肢を突きつけておいて、口封じのためにアルト達を消す行動に出るわけですが、そういう行動に出る頭脳があるのなら、エルの兄貴をダマくらかして、納得ずくで生体コアにするだけのことは出来なかったのか、と思うのは私だけか?

場合によっては、遺跡に関する情報が好きなだけ入るから、人によっては、受け入れる人も出てきそうな気もするのだが? そんなことをしたら、それこそ、アルトたちがただの略奪者になってしまうから、このロボットを悪者にしないといけなかったということなのだろうけど。
しかも選択肢を突きつけておきながら、アルト達が戦わざるをえない状況まで作っていて、至れり尽せりで、妙な方向でサービス精神旺盛に見えるのだが・・・・・。

自分のことが可愛いミルキィは、当然、大人しく殺されるようなタマではないわけで、当然のごとく、応戦しようとするわけですが、それに対して、止めるのかと思いきや、エルはとどめは私に、と、アルト達に頼むわけですが、兄の首をロープで締める気ですか、あなたは(汗)

ロープだけでロボットと渡り合える戦い方があったなら、それはそれで見てみたいと思うけど。

それとも、壮剣でも借りて、兄を突き刺す気なのか?

それを聞いて、戦闘開始するアルトとミルキィですが、ヘタすれば、そうせざるを得なかった状況とはいえ、同行者の肉親の命を奪ってしまうわけだが、得るの了承を得てとかいう風に、アルトやミルキィの逃げ道、しっかりと作っているように見えてしまうのだが(汗
なにしろ、アルト達はこういう戦っても構わないというお墨付きがないと、戦うことによって生じる責任から逃げるようなところがあるとはいえ、お膳立てが整いすぎているような気がするのですけど・・・・・。

そして、警備ロボットとの戦いが始まるわけですが、ヤヤナーナのエピソードは、アルト達を単なる略奪者にしないための方便として、ヤック族とパピル族、エルの兄のエピソードを挟み込んだんじゃないのか、という印象があったけど、ますます、強くなってきましたねえ・・・・・。
[PR]
by kwanp | 2008-10-23 10:01 | コミックス

ありましたっけ、

痛快な話なんて・・・・・。むしろ、話が進むにつれて、すっきりしない話が増えていってると思うのですが、この作品。

今回のサブタイトルは、TLSSの篠坂唯子か? 朝早く学校に来て、そういう類のことをいってるイベントがあるのだが、それなど、まだ可愛いほうで、血の綺麗な人は心も綺麗なのですというようなことを言っていたわけだからなあ・・・・・。

ななんとはなしに、朝4時半に目を覚ますお嬢。日の出には、少し早い時間帯なわけでして、朝ってさわやかなのだなあ、とかひとりご散るわけですが、朝方の太陽が黄色く見える人種だからなあ、お嬢は。
それにたまに早く起きて、それで、のんびり屋敷の庭を歩いているわけですが、主婦の中には、この時間帯から家の掃除や庭の手入れ、朝餉の支度などをしていたり、他にも、朝のジョギングや犬の散歩とか人によっては、その頃から、出勤するために朝の支度をしている人もいるわけですから、その上で、朝のさわやかさを堪能するのは、かなり、精神的な余裕を必要とすると思うのですが(出勤、通学する人は、電車の中でも、座れたら、少しでも睡眠とっておこうという人が殆どでしょうしね)。
そういう意味では、お嬢様とか、たまに早く起きた人間が抱く実感みたいなものでしょう、これは。

おなかがすいたはいいけど、朝早い時間帯で、しかも、マリアもまだ起きてはいないという状況ですから、わざわざ、起こして、作ってもらうには忍びない。しかし、この屋敷の大きさだと、そろそろ起きていないと、実質、マリアが維持管理しているような屋敷なのに、最低限の掃除とかでも、結構時間掛かるんじゃないので、五時前に起きていてもおかしくはないと思うのですが。
大体、屋敷の掃除や家事とかだけが、マリアの仕事とは思えないのですが、まさか、5時以降とか、6時以降に起きて、それらをパパっと済ませているとか、ハヤテがおおかたやっているとかいうことなのかな?

そういえば、クレヨンしんちゃんの劇場版「三分ぽっきり」では、冒頭、野原家の朝の光景から始まるわけですが、みさえが7時におきて、旦那と子供を起こして、仕事に行かせて、しんちゃんを幼稚園に送っていくということをやっていたっけ・・・・。
まあ、しんちゃんの場合は幼稚園児ですけど、小学生になってもそのあたりは変ってないわけですが、このあたりのことで、親の手を煩わせているということでは、似たようなことをいくつになってもやっている人間というのは、結構いるようですし。

しかし、考えてみれば、桂姉も借金返済時代には、それを行いながら、妹の面倒を見ていたと思うのですが、意外とこまめに、朝はあわただしく、桂妹のご飯とか作ったりしていたのでしょうかねえ?
桂姉のようなタイプというのは、酒浸りだったり、バカなことばっかりやっているようなイメージが強いのですが、よく考えると、今の状況は妹はしっかりしているし、少し前までは実家で、両親と一緒に暮らしていたし、腐れ縁のガンプラ教師とか、理事長とかがいるし、志織とかとつるんでいるわけだからなあ・・・・・。もしかして、酒の上で、酔っ払った桂姉が、エイトを見て、「こういう気の利いた彼氏がほしいわあ」みたいなことをいったとか、酒の上での賭けか、駄目大人の心理戦に勝って、お金が足りなかったので(いつも賭けに勝っているから、現金を持ち歩かないという人もいますからねえ)、エイトが肩代わりになったとかいうオチじゃあないだろうなあ(汗)
まあ、話が脱線したけど、今の場合、世話を焼いてくれる人が多いので、自分からそれをやらないだけで、借金返済時代はそうでなかったから、家事とかもしっかりとこなせていたのではないか、と思うのですよねえ。

いい匂いがしているということで、ハヤテが食事の支度をしている厨房にやってくるわけですが、男子厨房に厨房に入らざるべしというのは、明治以降の話ですし、執事の本場でも、産業革命の後に、そういう人手は女性に任せて、男は働かせろということになっているわけですからね。
もっとも、ハヤテの場合は、物語開始以前からの習慣みたいなもので、両親の面倒を見ながら、働いていたわけですけど。過去編のラストの記述を見る限り、あくまで、物理的に金を稼いで(それはそれで、凄いことだとは思いますが)、食事とかを食べさせていたというだけになるようですが、アテネとのことが原因で、心を閉ざしていたのであれば。
朝早くに起きているお嬢を見て、驚くわけですが、そりゃ、普段、起きない人間が、起きていないだろう時間に起きていたら驚きますよねえ、徹夜でゲームとかやっているならともかくとして。
そういうことがないように、マリアが気を使ってはいるとは思いますけど。
ハヤテの働きを見て、そんじょそこらのお母さんよりもお母さんとか言うわけですが、そりゃあ、朝早くにこういう準備を毎日しているのもすごいですが、物語開始前から、親の面倒を見ながら、働いていて、家事とか、食事の準備をしてから、とか、早朝のバイトに行ってから、学校に行くとかいうことをしていたと思うので、むしろ、今は、ある意味、楽になっているんじゃないかと思うのですが。屋敷の事だって、肝心なことは、まだ、マリアやクラウスが取り仕切っているでしょうし、家事や掃除を任されていて、しかも、お嬢と一緒に学校に行って入るけど、補習とかには付き合わなかったりしているわけで、結構、うまいことやって、息抜きは十分やっているんじゃないのか、と思えてしまいますが。

その合間を見て、色々な女性に手を出しているわけで、そういう時間の作り方とか、要領よく立ち回っているのは、一つの技かもしれませんが、こういうことをやっているうちは、そのセリフに値するとは思えないのですが。

お嬢がおなかがすいたということで、トマトと卵で炒め物をするわけですが、これもマリアが作っているということですから、こういうことの世話にかける時間とか、魚を釣っている時間とかも必要とするわけですが、これって絶対、毒殺対策だよなあ・・・・・。ギルバートとか、暗殺とかいう形で、お嬢が狙われるケースは何度か書かれているわけですが、よくよく考えると、外から入ってくる食材では毒を混入される危険性があるわけで、ヘタに、お嬢が色々な食材を取り寄せて、料理をする趣味でも盛っていたら、そういう食材に毒を盛られる危険性も考慮していなければいけないわけですし、執事の腕前を見るといわれる銀食器もあれは毒殺を防ぐための手段ですからねえ・・・・。
三千院家がイツ頃からの家柄かは知りませんが、帝の代から続いていることだけは確かで、その間、こういう危険と背中あわせで、食材とかも、屋敷内で育てているとするなら、そういうどろどろしたやり取りの中で、使用人たちが、生き物や作物を栽培しているわけで、植物というのはデリケートですから、そういう作り手の精神状態を敏感に受信するということも珍しくはないわけで、いつぞやの柿の木などは、そういう三千院家の環境下が一因でああなってしまったということかな?

それにしても、植物がそれを育てる人間の感情を敏感に受信するという話を考えると、マリアの作る野菜や卵が、そんなにおいしいとは思えないのだけど。なにしろ、どこの馬の骨とも知れない身で、過保護にお嬢を守ることで居場所を作っているようなところもあるし、お嬢を狙うどろどろした財産狙いとか、ハヤテとお嬢のこととか、ハヤテのことが気になりだしているとか、いろいろとある中で育てているわけですし、そういう状況の中で、マリアが合間を見て育てたものですし、その精神状態が心中穏やかであるとは思えないのですよね。
なにしろ、色々と悩みを抱えているからといって、畑氏の作品は、それでも、正しく美しくあろうとするよりも、そういう理由をいいことに、登場人物が好き勝手をやる免罪符にしているわけですし、この間の桂妹などは、ヒーローの格好していても、心は全然、ヒ-ローになりきれていない(コスプレするなら、心まで飾れという言葉もあるように、やはり、ヒーローの格好していて、公衆の面前出でている時はもちろん、人の目がないときでも、やはり、心までヒーローになりきっていないといけないものだし、ヒーローものでないからといって、ヒーローの格好をしていても、何やってもいいというわけではないだろうしね)。ましてや、マラソン大会の時は、ハヤテが、自分の借金返済にお嬢を利用したり、下田の時は、伊澄の曾祖母との約束をすっぽかそうとしたり、虎鉄あいてに、自分のダークサイドを剥き出しにしたりして、全然、身勝手な行動ばっかり取っているときに限って、この作品は、そういう登場人物がそういう心情を乗り越えるのではなく、無理やり美化するので、全然、納得できるようなものではないのですしね。
そういう行動をやっているわけですから。どろどろした状況を抱えて、葛藤していても綺麗な心を保とうと努力しているという風な印象を持たせるための説得力が足りないので、マリアの作った作物が、その綺麗な心を受けておいしく育っているとは全然、思えないのですよね。ましてや、怪奇現象が色々と起こる場所だと、なおさらですからねえ・・・・・。

ハヤテはお嬢が、二度寝しないように、と気を利かせるわけですが、中々起きない人間を起こすのは骨が折れるのも事実で、ヘタすれば遅刻する可能性が高いからじゃないのか、と思うのだが・・・。要するに、余計な手間が掛からないようにあらかじめ、手段を講じておくというところなのだろうけど結局、そういう苦労もむなしく、お嬢は眠ってしまったわけですが・・・。
しかし、ハヤテを無理やり、お嬢の世話を見ているような姿を描いているけど、あくまで、職務でそれをやるのと、本当に人のことを考えて、世話をするのとは別の話で、それに、人の顔色うかがって生きてきたわけで、そういう気遣いは、ハヤテの場合、生きるために身につけた自衛手段を、そのまま活用しているわけですから、過去編のラストを引き合いに出すまでもなく、二度も屋敷を追い出されているのですから、自らのみを守るために知恵を総動員しているというほうが近いのでしょうけどね。
執事らしいことをやっていますというアピールかもしれないけど、先週の内容とあわせて考えると、それも怪しく思えてしまうのですが・・・・・・・。試金石みたいな話ということですが、もし、執事モノとして描こうとする試金石だったら、今の人気を維持するまま、それを書くというのであれば、そういうことは、05~06年あたりに取り組んでいれば、まだ評価できたけど、萌えやネタで注目を浴びるのだけではやっていくのが難しくなってきたから、そういう方向性模索しだすようになってからじゃ、手遅れなんじゃないのかと思うのですけどね。今からそういう方向性模索するなら、今の人気、かなぐり捨てるくらいの気概でやらないと、無理だと思うけど、サンデーがそういう挑戦を許す度胸があるとは思えないから、ポーズだけだろうねえ。
[PR]
by kwanp | 2008-10-22 17:44 | コミックス