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ともあれ・・・・・・

ともあれ、電王の世界では、オリジナルの登場人物たちが、出張ってきているのですが、

劇場版の宣伝というのはさておき(電王本編に比べたら、まだ、本編に対する被害はビビたるものだろうし)、龍騎と同じで特異点という前提条件はあるものの、IF電王がいくらでも生まれる可能性のある話だからなあ。
もっとも、龍騎の場合は、どのモンスターと契約しても、餌を与え続けている限りは、従ってくれているわけだから、ライダーたちの主義主張に変化はないと思うけど、電王の場合は、モモタロスたちだって、主人公に対する好感度が上がっているというだけの話で、今回の話を見れば分かるように、自分の欲望のためだけに行動しているという意味では、序盤から大した変化は起きていない。
IF電王を書くという事は、ある意味、それにまつわる物語を新しく書き起こすくらいの手間隙を必要とするのではないか、と思えてしまうのだ。
だからこそ、デネブがストライク電王に憑依するという、主人公がデネブと契約していた状態にしたのかもしれませんが。

まあ、会川氏だったら、あるいは、IF電王の物語を書いていたのかもしれませんけど、タイムワープという一番、IF要素が大きいのに、オリジナルのまま、ということは、刻の運行を守る列車をアジトにしているということもあるのでしょうけど、電王の世界で、人の記憶によって、歴史を塗り替えるというやり方を応用している可能性もありそうですね。意外と当事者たちにも、そうかもと認識させるのって、やり方によっては難しくはないわけだし。

でまあ、今のところ、電王編では、モモタロス達イマジンと、ハナ、オーナー、ナオミというように、オリジナルのメンバーがでていて、電王主人公、桜井は出ていなくて、士やユウスケに憑依して変身するわけですが、基本的な設定では、電王は特異点しか変身できなかったのではないか?ということです。
ハナも特異点だったのに、どういうわけか、変身しなかったわけで、これは、許容量の問題で、オーナーもイマジンっぽいから、彼と契約した時点で、彼女の許容量が余裕がなくなってしまったということか、あるいは、その時代を守るのは、その時代の人間であるということ。これは、ガオウの時は事故にあった故にあっちこっちの時代を行き来しているわけですし、幽霊列車のことがあったから、それを追いかけて、ということですが、主人公の孫の幸太郎を新しい電王にしていることから、この理由も怪しくなるわけですが、幽霊列車が時間を破壊しようとしていることに対処するために電王にしたらしいので、このあたりにも理由はありそうですが、今回の劇場版「超電王」にも登場するということですが、理由はどういうことになっているのでしょうかね?

ともあれ、特異点でなければ電王になれないわけですが、TV版ラストから、妙な現象が見られるように為ります。
キンタロスやウラタロスたちが、直接、ベルトを装着して、電王に変身することです。実体化はともかく、特異点でなければ、変身できないのに、変身してしまっているわけで、さらば、電王では、ライナーフォーム、ソードフォーム、ロッドフォーム、アックスフォーム、ガンフォーム、ウイングフォ-ムと、主人公の孫が変身するストライクフォーム、桜井が変身するゼロノスゼロフォームの二人を除いても、主人公にイマジンが憑依するタイプの電王の全てのフォームが勢ぞろいする光景が描かれています。
特異点と契約したイマジンは一蓮托生になるから、それで変身できるのでしょうか? 
他にも、ガオウ、ネガタロスと奪ったパスで変身したキャラが存在する上に、詳しいことは分かってはいません。想像するとすれば、ガオウはマスターパスを使っているのと、刻の列車ばかりを狙う強盗団ですから、いくつもの刻の列車を襲撃していて、パスを奪ったりしていることを繰り返したりしているうちに、その仕組みに詳しくなって、不正規なやり方でも、変身することが出来るようになったのではないかと。オーナーからマスターパスを奪って、ガオウに変身できたのもそのせいかもしれません。ネガタロスは悪の組織(仮)というような組織を作ることに拘っていたことから、一匹狼で、似たようなことをしていて、ベルトやパスを使う術を覚えたのかもしれません。
すくなくとも、強盗団というからには、彼ら強奪したものを買い取ったりするルートは存在するはずです。ぽっと出の連中ならともかく、ガオウたちは名が売れている存在のようですし。長谷川裕一さんのクロノアイズでは、グランサーと呼ばれるクロノアイズ崩れの人間が、クロノアイズの横流し品を装備として使っていたという描写も出てくるように、刻の列車のメカニズムに関しても、解析する人間がいる可能性はあるのではないかと。
オーナーもコロコロ方針を変えていたわけだから、刻の運行に関して、厳密に接していたわけではない。それに警視庁とかに出向しているときの姿は、事なかれ主義の性格が強いわけだし(笑)。しかも、ガオウ事件の後で、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスは、消滅の危機に陥りかけたわけで、別の時間軸から、主人公を連れてきて、という手は使えない。ガオウのようなケースが起きたときに、イマジンたちを用心棒がわりにこき使うつもりで、主人公と契約しているイマジンでも変身できるように調整した可能性はありそうです。
デネブは、もしものときのためにゼロノスのカードを残していたわけですが、この裏技をTV版終了時に知って、ゼロノスベルトに施していた可能性はありそうですし(デネブ自身の性格からすると、裏技を駆使するというような知恵が回るタイプには見えないし。生活のやりくりには、頭は回るのかもしれないけど)。

ただまあ、作中では、士やユウスケが変身しているわけですが、ディケイドやユウスケに関しては、特異点、もしくは、それに順ずる存在ではないか、という可能性がでてきます。
というのも、クウガでは、クウガと警察は連携をとっていたわけですし、クウガのことを大っぴらに公表するわけにも行かないから、マスコミに対する情報管理は行われていたはずです。詳しい事実を知っていたのは、一部の刑事とかえらいさんくらいでしょうし、一般の警察官や他の刑事、マスコミなどといった、関係者以外の人間が、噂を膨らませる余地は大いにありえると思いますし。
キバの世界では、人とファンガイアの共存。龍騎の世界ではライダー裁判という形で、世間に公認されている。ブレイドの世界では、政府機関のひとつですし、まさか、ブレイドたちライダーの情報をすべて、世間に公表しているわけではないでしょうし、政府の情報操作は何らかの形で行われていると思います。オリジナルのブレイドでも、天王寺が仮面ライダーのことを記事にしないようにマスコミに圧力をかけていたというような描写がなされておりましたし。とはいえ、虎太郎という出版社を止めた一個人が、仮面ライダーn戦いの現場をかぎつけて、その戦いを目撃したり、剣崎に接触できるあたり、一般人が、その情報を入手できる余地というのはあるわけですから、仮面ライダーに関する憶測はいくらでも、出てきそうな下地はたくさんありそうですからね。
ファイズの世界では、ケータイやネットを通じて、オルフェノクの噂が流れているし、アギトノ世界では、アンノウンの存在こそ、まだ知れ渡ってはいませんでしたが、グロンギがいまだ健在で、それに対抗するためにG-3が作られていて、ショウイチの失踪がきっかけで、よリ強力なG-3XやG-4を作り出すなど、八代がマスコミに叩かれていたようになんらかの形で、ライダーや、それを取り巻く存在が世間や多くの人に公認されている状況が作中で語られているわけですから、人が記憶で歴史が形作られるという設定に乗っ取るのであれば、人の記憶というのは、同時に移ろいやすいわけだから、それを利用して、多くの人間、さらにいうなら当事者にも、別の可能性のライダーの世界を認識させて、世界を作り変えるというのは、何らかの手段を使ってか、それを可能にしたということが考えられます。
まあ、同じ小林さんの龍騎ではライダー裁判という形で、弁護士や検事、事件の関係者がライダーになって、勝ち残った相手、の主張が通るということだけど、見方を変えれば、これって、ライダーになる人間が変っても、龍騎は龍騎、ナイトはナイトというように(シザースのように、同じデッキで戦い続けているライダーもいるらしいけど)、中身の人間が変っても、ライダーというか、その変身装置は同じですし、キバは王の鎧、ブレイドはBOARDのエースが装着するカテゴリーエースを使った変身装置、ファイズや他のライダーズギアは、オルフェノクに対抗するために開発されたというように、ディケイドにおける、ライダーは、どの世界も誰がなっても大丈夫なように設定されているということです。考えれば考えるほど、ディケイドにおけるライダーって、ヒーロー否定の考え方に基づいていますよね。
ライダーに変身する人間ではなく、ライダーという存在そのものが特異点として、設定されていて、都市伝説と同じように、いくつもの噂のバージョンや、その細部も異なってくるというように、変身する人間や、それを取り巻く環境、その戦いの過程が異なっているということなのでしょうかね? しかも士は九つの世界の仮面ライダーに変身できるディケイドライバーの装着者(このことから、士自身に、ディケイドライバー装着の資格が存在する可能性アリ)で、ユウスケは、アマダムを体の中で融合しています。特異点=仮面ライダークウガ=ユウスケ=特異点ということで、ユウスケが電王に変身できるのではないでしょうか?
逆にいえば、仮面ライダーに為りさえすれば、誰でも特異点になることが出来るわけです。ただまあ、気になるのは、今回のエピソードでは、モモタロスが人から人へと憑依してきたということを語っていて、その間に変身したかどうかで、話が違ってきてしまうのですが。場合によっては特異点と契約したイマジンに表意されている間は、変身できるということになってしまいますしね。
ただ、電王主人公が今回の話でも、異変の影響を受けて、子供になったりしているわけですが(佐藤健さんのスケジュールの関係というつっこみはさておき)、ディケイドの世界の仮面ライダー=特異点的な存在というような前提が、電王の世界にも侵食していっているから、特異点が電王に変身できるという原則が、仮面ライダーに変身した人間が特異点てきな感じにルールを変えられていって、憑依された夏海が変身できるのかもしれませんが。
ただ、夏海や光もディケイドに大きな関係があるとみられているので、特異点的ナ扱いを受けている可能性はあるでしょうけど。

電王では、ハナがイマジンたちによって、失われた時間の中で、特異点ゆえに生き残った人間ということが語られており、桜井もどきの目的であろうと推測できるライダーシステムの開発も、特異点になって、その力を手に入れることも目的の一つという可能性が出てきます。

電王世界の刻の運行を元にした世界の改変を行っているか、行われているかにしても、特異点なら、大丈夫だけど、そうでない人間が、そのシステムを知っていたとしたら、忘れ去られた人間は刻の列車に乗って、誰かが思い出すまでさまよい続けることになるわけだし、そういう不安定な運命から逃れるために、特異点の力を手に入れようと目論んで、特異点になる方法を模索しようとしているのではないか、

しかも、いく世界、行く世界で魔王と言われて、その世界のライダーたちから目の敵にされているディケイド。
しかも、その魔王は夏海の夢の中では、全てのライダーを一度に敵にまわして、蹴散らしていたわけですが、そういう存在に対して、少なくともライダーたちは、魔王ということで認識しているわけですし、それが強大であればあるほど、その存在感は強いものになっていくわけですからねえ。しかもその正体が何者であろうとも、倒すべき敵でしかない相手のことを、よく知ろう、あるいは、自分たちと同じ人間であるというように考えるのは、大抵は、一部の人間でしかないわけだから、逆にいえば、魔王の正体が変っていても、誰も気にしないわけです。
ましてや、魔王として君臨した後などは特に。

つまり、桜井もどきの考えている目的って、ディケイドの魔王としてのイメージを振りまかせて、ディケイドとディエンドを戦わせて、共倒れにして、己がディケイドに成り代わるということなのかもしれませんね。

誰からも魔王と呼ばれる存在になるということは、言ってみれば、その存在は、だれからも認識されているということになるわけですからね。まあ、普通なら、勇者という存在になることで認識されることを選ぶのではないか、と言われそうですが、魔王を倒す存在は、新たな魔王に他ならないし、魔王なきあとの勇者の末路は、大抵、その力を恐れたものたちによって、排除されてしまうことが多い。皆が好きだから、とか人に失望するとか、理由はさまざまですが、勇者とかは戦いの後に姿を消して、人々と距離をとるケースが多くなり、いつしか、その存在が忘れ去られてしまうか、一部の人々に覚えられているか、ということになるのが多いわけで、それだと、不安定なことには代わりがない。
つまり、生き残る手段として、考えるのであれば、最初から、誰もが、その名前を知っている魔王として君臨した方がいいということになるわけです、生き残るのであれば。

だからこそ、士のような、自分が一番じゃないと気がすまなかったり、自分の価値観を追い求めて、それ以外の人の価値観を省みない海東のような人間がライダーシステムを手にしている理由にも、ある程度の納得がいきますよね。魔王として君臨するための実験台なわけですから。

ただの人間が代償もなく魔王になるというのは、英雄も誰にでもなれるけど、英雄というのは、力があるのはもちろんだけど、その生き様がヒーローたら占めている部分もあると思うわけで、常人がなれないとはいわないけど、なるには、やはり、代償はでかいといわざるをえません。ディケイドで、敵として出てくるものは、ヒーローを否定するもの達であり、魔王がいくつもの世界をクリアしてきたのは、ユウスケの助けによる分がでかいわけですから、魔王の心を変える存在、言ってみれば、伝説を塗り替える存在になるのがユウスケということになるのでしょうか?
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by kwanp | 2009-04-30 21:43 | 特撮

ガンダム00 ケロケロエース版第七回

って、二巻の表紙は、アレルヤとソーマ(幼少バージョン)って、狙ってないか(汗) アンドレイのアレが起きるまでは、アレルヤも、話の都合に振りまわされていたほうだと思ったけど、まだ、マシだったのだな、と思えてしまうあたりが・・・・。

リボンズとダンスしながら、リジェネが語った、イオリア計画の全貌を思い出すティエリア。

ソレスタルビーイングを発端とする世界の統合が第一段階、

アロウズによる人類の統治が第二段階、

第三段階は、人類を外宇宙へ進出させて、来るべき対話に備えること、というのがイオリア計画の全貌。

宇宙環境に適応した僕らが、人類を新たなフロンティアに導くのさ、と語る。

一方、トレミーではイアンと沙慈は無事にラグランジュ3に到着したという報告が。リンダも残りの支援物資が出来次第、トレミーと合流するということですが、いつの間にそこまで話が。第一期版もかなりすっ飛ばしたり、アレンジが効いていましたが、まさか、ここまでとは・・・・・・。

その傍らで、大丈夫なのか? とソーマのことをスメラギに訊ねるラッセ。アロウズのメンバーで、人格を操作されていたという話を聞けば、心配だ、ということでしょうけど。

超人機関の出身というセリフは削られて、アレルヤとソーマが一緒に並んでいるコマで言外にそのニュアンスを匂わせるような流れになっている。

スメラギは、守るものがあったほうが強くなれるもの(アレルヤには必要というセリフもカット)というわけですが、前の戦いで己の戦う理由に自信を失ったわけで、何のために闘えばいいのか、と考え込んでいるわけですから、大事な人のために戦うという目的をもつことで、闘うための理由にするというのは悪いことではない、と思いますが、大切な人のためだけに戦うのって、その人がいなくなったら、戦う理由がなくなってしまうわけですし、その人がいなくなる経緯次第では、歪んでしまう結果になるので、ソーマのためだけに闘うのではなくて、その理由で闘う中で戦う意味を見出して欲しいところですが。
アニメでは、アンドレイ&セルゲイの親子喧嘩にソーマを巻き込んで、ソーマにアンドレイへの憎悪を抱かせて、復讐の念に燃えさせるという様なことをさせていて、クライマックスで急に、その念を昇華させて、アンドレイを諭すようなことをさせていたわけですから、それだって、急に、話がでてきた唐突さが強かったですから。

それ以前は、さっさとソーマが記憶を取り戻して、アレルヤと合流してしまったがために、アレルヤの物語が停滞してしまったし、イベント編を詰め込めるだけ詰め込んだあげくに、でしたからねえ・・・・(汗)

アレルヤを見て、「守るものねえ・・・」とつぶやくライル。

「まさか、そんな格好で現れるとは思わなかったよ」と驚くリボンズ。「マイスターは男だと知られているので、戦術予報士の指示に従ったまでだ」と渋面で語るティエリア。それに対し、意地悪そうに笑うリボンズ。

たいした違いはなし、リボンズの意地悪そうな顔とかティエリアの不本意そうな顔が書かれているくらい(本編じゃあそういう崩した下記か足されなかったので、これはこれで、新鮮か)。

会場を後にするルイスに後を追うアンドレイは、VIPに知り合いがいるのか、と訊ねるが、ちょっとした縁です、とかわされてしまう。

アニメでは屋敷の廊下での会話で、窓越しにルイスを見るアンドレイというシーンはカット。

ルイスの経歴を思い出して、復讐よりも、こういう姿でいる方が、自然なはずだろうに、と心の中でつぶやく。

刹那の姿を見つけて、声をかけるルイス。

珍しい名前だったから、ということで覚えているというようなセリフはカット。

リボンズと踊りながら、人類を新たなステージへ導くためには、大きな波が必要だ。そう、変革とい波が。と語るリジェネ。

「だから、アロウズの卑劣な行いを黙って見ていろというのか」と反論するティエリアに、「変革には痛みを伴う。君たちだって、そうしてきたじゃないか」と言い返すリジェネ。
他の三人は、世界を変える理由があったから、世界を敵に回して、テロリスト扱いを受けても、戦い続ける理由があったけど、この時点のティエリアに、そこまでして、世界のために戦えるだけの考えは根付いてはいなかったわけですからね。
根付いていても、何をしても良い訳ではないし、強力な力で、世界のあちこちに出没して、その力をふるって、暴れまくっているわけですし、ヴェーダの指示に、何の疑いも無く従って、行動しているという意味では立場的には、アロウズと大差はありませんから。切り捨てられそうになったから、ヴェーダとのリンクを切り離して、反撃をしたわけですけど、この4年間は反撃するための力を蓄えるので、精一杯だったようで、自らの戦う意味というのを、考えてはいなかったところもあったようですし。
だからこそ、
「今、君たちはイオリア計画の障害となっている。僕たちは計画のために生み出された。僕達の存在意義は計画を遂行すること。君は自分の存在を、自分で否定している。

満月をバックにリジェネの理想が語られるというシーンはキャラの位置や向き以外には、銃を水溜りに落とすシーン(ティエリアの動揺した心情を表すシーンか?)」がないくらいか。

ティエリア・アーデ・・・、ともに人類を導こう。同じイノベイタ-として、と手を差し伸べるリジェネの言葉に動揺してしまうわけですが。

イノベイター、計画を遂行するもの。だとすれば、僕の進むべき道は・・・・・。

リジェネ・レジェッタを差し向けたのは君か? と問いただすティエリア。
まさか、彼のいたずらにボクも振り回されているよ、と語るリボンズ。

「イオリアの計画を実行していると聞いた」
「信じられないかい? なら、今すぐ君に返してあげても良い、ヴェーダへのアクセス権を」

ティエリアの言葉に、カウンターで返すリボンズ。

ヴぇ、ヴェーダを?

いきなり、ヴェーダの名前を出されて、驚きで言葉をなくすティエリアに、少し場所を変えようか、と自室へ案内するリボンズ。ヴェーダへのアクセス権を、というセリフは、ダンスをしながら、耳元でささやいていて、ティエリアが動揺するシーンだったが、動きによるティエリアの動揺は描かれていない。

その光景を見て、「ティエリア・アーデ。さて、どちらを選ぶか?」と事の成り行きを見守るリジェネ。

窓の外から、ティエリアの様子を見ていたシーンが、窓の外で壁に背を向けているシーンに。

ルイスは、刹那に「どうして、ここに?」と沙慈のことを訊ねるわけですが、夢をかなえた事を知り、嬉しそうな顔で、指輪を見つめます。
刹那は、そんな彼女の義手を見て、沙慈の言葉を思い出し、自分のやっている戦いが引き起こした自体に関して、思い知らされてしまう。
すまない、余計なことを聞いたというせりふはカット。

リボンズに招き入れられた部屋で、ヴェーダを掌握していることへの真偽を問うティエリア。実に覚えがあるはずだ、とトリニティが表れたときのことを示唆するリボンズ。
そのことで驚きながらも、なぜ、擬似GNドライブを渡したと問い詰めるも、ソレスタルビーイングの破滅は計画の中に入っていた、本来なら、君たちは4年前に滅んでいたと語るリボンズ。

尺の関係もあってか、スローネに行ったトライアルシステムの解除というセリフはカットされていて、当然、回想もなし。

自分たちの滅びがイオリア、ヴェーダによって、決められていた、切り捨てられる存在であったことを知らされ、愕然となるティエリア。信じていた、いや、全幅の信頼を置いていた相手に、使い捨ての道具みたいに考えられていたわけだから、愕然とするのは無理からぬ話か・・・・・。

ワインに映るティエリアの姿というように動揺を表すシーンは、カットされている。

ルイスに沙慈が彼女を今も想っていることを伝える刹那。それを聞いて、頬を赤らめるも、彼女はいきなり襲ってきた激痛に頭を抱える。

第一期の連載では、沙慈とルイスの物語には尺が割かれてはいなかったわけだから、分かりやすく二人の関係を表現するために、今も沙慈を思っているというルイスの態度を露骨に描いたのかもしれませんね。

車で待っていたアンドレイはあわてて、彼女に駆け寄ろうとするが、そこへビリーが現れ・・・・。

沙慈の事を今も想っている事を表面に出しているのが、見ていて分かるシーンだが、アニメでは、そういった表情はでていない。まあ、ルイスとソーマのやり取りもないわけだから、こういうシーンを入れたほうがルイスの心情がよく分かると思うが。


そんなはずはない!!
ヴェーダから、自分が使い捨ての存在として考えられていたことが信じられずに、リボンズの言葉を否定するティエリア。

ガンダムをGNドライブを、あの4年前の戦いが、そんなものであるはずがない!!

それに、4年前の自分たちの戦いが、その戦いの中でなくなった仲間たちの命が、そんな価値しかなかったといわれているようなものだから、否定したくなるのも無理はないか。

君たちは間違っているというセリフはカット。愚かだといわれようが、がむしゃらなまでに、というセリフは、別のシーンで使われている。

心配そうに、ルイスのほうにやってきたビリーは、刹那の顔を見て、ソレスタルビーイング!! と驚きの声をあげる。まあ、自分から、意中の相手を奪っていった男が目の前に現れたんだから、驚くわなあ・・・。

ティエリアの言葉を聞いて、人間に感化されている、と笑い飛ばすリボンズ。ロックオンストラトスに心を許しすぎたと語り、計画遂行よりも家族の敵討ちを優先した愚かな男に、と、計画よりも己の敵に拘ったロックオンのことを目先の感情に惑わされた愚かな人間というようにいってのけるわけですが、リボンズの場合は、最初から、その目的のために生み出された存在で、自分の存在を、人類の上位種みたいに思い込んでいるので、ロックオンたち人間と自身を同じ存在とは見ていないで、計画遂行よりも、個人の目的を優先したことで、軽く見ているということか。

その言葉に怒りを覚え、銃を取り出して、リボンズに向けるも、そこに現れた、ヒリング達イノベイド(アニメではヒリング一人だったが、ディヴァイン、アニューらしき人物もいる)によって、銃を撃ち落されてしまう。そして、君は間違っているというリボンズは、
「我々、イノベイターは人類の意思を統一させるための任務を遂行する存在・・・。愚かな人間たちを上位種として、導いていく役割を担っているのさ。
そう、僕らは世界を、人類を正しく導くために存在している」
と語る。

人類を導くというよりかは、人類を導くという役割を、リボンズ自身が担うことの方が、彼にとって、重要なのであって、目的のために、その手段をどうとtって、それで人類がどうなろうが関係ないわけで・・・。

ティエリアを嘲笑うリボンズ、その言葉に怒るティエリアというそれぞれの感情をより強調するような描き方になっている。君は間違っているのセリフは、ティエリアが言ってたものが、リボンズのセリフになっている。

ビリーに騒がれ、その場を脱出する刹那。アンドレイがルイスに駆け寄るようなシーンはカットされている。ビリーの物語も双だが、彼やアンドレイの物語を必要以上に尺を割くつもりは無いのかも。。

そして、そのための知恵も、力も・・・・、と語りながら、メメントモリによって、中東のスイールが壊滅させられてしまう。それをモニターで捉えたトレミーの面々は、メメントモリの威力に愕然とする。そして、タイミングを同じくして、襲撃してくるリヴァイブのガデッサとブリングのガラッゾ。

「大佐、逃げてー」のシーンはカット。

デモンストレーションにブリングのガラッゾが単身、仕掛けてくるというシーンはあったが、それにリヴァイブが加わるという変更がされている。

刹那とティエリアがいないからか、既にパイロットスーツを着て、いザという時に備えていたライルとアレルヤはガンダムを発進させる。

ティエリアは窓をぶち破って、脱出し、部屋に入ってきたリジェネは、メメントモリの使用、リヴァイブとブリングの投入を指して、リボンズの計画の本格始動かい、と皮肉り、君のおかげで、パーティが台無しだ、と切り返すリボンズ。
うまくいけば、ティエリアを仲間に出来たのに、というリジェネに、「君は何も分かっていない。彼らには、これからも僕たちに対抗して欲しいのさ」と語るリボンズ。
その方が、アロウズ、そして、それを背後で操っているリボンズ達の正当性を強調できるわけですからね。

リジェネはリボンズ達の前には現れないで、崖の上から(いつ移動したのだよ)、イオリアが第一段階に執着していたということに首をかしげているシーンはカット(次回以降描かれるのか?)。
ルイスが薬を飲んだり、留美の「どちらにしても、世界は変る」のセリフもカット。

ガンダムで脱出する刹那とティエリア。自分のミスだ、謝る刹那に、世界のゆがみを見つけたと語り、リボンズ達のことを教えようとしたところに現れるサーシェス。バスターソードでセラヴィーに切りかかる。

ダブルオーとセラヴィーの位置が逆、世界のゆがみを見つけた、というセリフも、敵の存在を刹那に教えようとしているところでサーシェスが現れたくだりも大きく変っている。サーシェスの「ところがぎっちょん」や「はじめようじゃねえか、ガンダム同士のとんでもない戦争ってやつをよ」のセリフはカット。
ティエリアの「まさか」のセリフを刹那が言っている。

このコミック版では、連載開始から、半年以上経っているのにようやくご対面なので(考えてみれば、すごい話だ)、サーシェスが生きていたことに驚く刹那。しかし、アザディスタンを壊滅させた機体なのだから、それに関する情報を断片でも手に入れていなかったのだろうか、トレミーは?
確か、アニメでは、トレミーの端末で連邦による中東再編のニュースを調べていた描写があったので、調べる機会はあったのだと思うし、前回はアザディスタンが連邦に組み入れられたことを、マリナが知った後で、連邦の政策をニュースで見るというシーンがあったので、知る機会はあったと見ていいだろうし、4年間も、世界を放浪していたのだから、連邦の目をかいくぐって、エクシアで暴れまくっていたなら、そのための情報もうなり、補給ルートは確保されていると思うのだが・・・・・。

ガデッサとガラッゾに翻弄されるライルとアレルヤ。

彼らが活動すればするほど、アロウズは、世論から支持を受け、行動が正当化されると語り、ヒリングが、面白がるようにカタロンだけじゃあ物足りない、とゲーム感覚で、私たちの出番がなくなっちゃうもの、と語る。

「生きていたか、サーシェス!!」とGNソード2で、アルケーのバスターソードに切りかかるダブルオー。
体の半分が消し飛んだ、ロックオンの命だけじゃあ、物足りないと悪びれなく語り、刹那を怒らせ、再生治療のツケを払えと、ファングを放ってくる。

「僕の思うとおりなのだよ、アロウズ、人類、世界、君たちも。ボクとヴェーダの手の中にある」と勝ち誇った顔で言うリボンズ。
イオリアの計画を実行することで、自らの存在意義を証明させるためにやっているわけだから、それを行って、世界を動かしていることに、自分の存在を実感しているということなのでしょうね・・・・。

ティエリアも、その中の一人だ、と語るのだが、そのティエリアは、アルケーをスローネの発展型と認識して、砲撃するのだが、スローネには当たらないで、ティエリアをイノベイターの兄ちゃんよぉ! といって、用済みというリボンズからのメッセージを伝え、追い詰めようとする。

スローネの発展型というセリフは、アルケーと出くわした時に、見抜くのだが、ティエリアがそれを見抜いて、感情を乱すという表現に使われている。

助けに入ろうとしたダブルオーの攻撃を払いのけ、物足りないとセラヴィーを滅多打ちにするアルケー。
「そうやって、自分を型にはめるなよ。四の五のいわずにやればいいんだ、自分の思ったことがむしゃらにな。俺たちはイオリアのじいさんにガンダムを託されたんだぜ」とロックオンの言葉が聞こえてきて、セラヴィーの隠し腕でアルケーのバスターソードを受け止めて、
「愚かだといわれようと、自分の存在意義すら失いそうになろうと、ボクはボクの信じた道を進む。イオリアに託され、多くの仲間たちに支えられ、僕は今、ここにいるからだ」と語り、それが自分が戦う理由だ、と反撃に移り、ビームサーベルの二刀流で、アルケーの両足を切り落とすティエリア。

ロックオンのセリフは、8話で、一人でリジェネの言葉を思い出し、考え込んでいたときに聞こえたロックオンのセリフを、戦いの中で聞こえてきたということで、リジェネやリボンズと合間見えて、ティエリアの迷いを吹っ切らせ、さらには、己を取り戻して、戦う決意をさせるという流れをうまく纏めてはいるな、と思います。
感情を荒げるシーンや、動揺している描写をカットしているのは、一話で纏めるため(この時点で、7話目なので、長々とティエリアの葛藤に尺を割くわけには行かないという判断か?)に、イオリア計画の全貌に触れたティエリアの動揺、葛藤、サーシェスとの遭遇、というように、ティエリアがリボンズ達と闘うことを決意するまでを一話で纏め上げるという意図が感じられる内容で、屋敷でリボンズに言ったせりふも、決意したティエリアのセリフとして使うというような編集がされている。ただ、見方によっては、その場の感情に流されて、戦う決意をしたようにも見えてしまう危ない部分もあることも確か。

この出来損ないの人間もどきが、と反撃しようとしたところで、援軍が、沙慈操縦のオーライザーが駆けつけて、ダブルオーとドッキングを試みるのだが、沙慈が自分の遺志で、オーライザーに乗り込んで、刹那の元へ運んでくる描写は、この時点では、しっくりこないわけだし、アニメでも調整中のオーライザーのあるブロックが攻撃を受けて、イアンが負傷して、彼にたくされたということもあって、なし崩し的に乗り込んだと思うのですが、そういう状況でもなければ、非戦闘員の彼が、オーライザーに乗って、戦うのは難しいと思うのだけど、沙慈がオーライザーに乗る経緯は、来月あたり、ちゃんと描かれるのか、それとも、ものの見事にスルーされてしまうのか、期待半分、不安半分で気になるところですね・・・・・・。

アニューらしき人物が、ヒリングとともにいたということは、アニューがトレミーのクルーになるのは無しで、ロックオンといい仲になったり、彼女が刹那に殺されるというシーンは、カットされる可能性あり?
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by kwanp | 2009-04-29 22:20 | コミックス

って・・・・

前回のあらすじでストーリー以上に、語る内容語ってどうする(汗)

夜、帰途に着く鉄血の錬金術師バスク・グランの前に現れるサングラスの男。錬金術滅ぶべしと、グランを殺そうとする男。国家錬金術師ばかりを狙う殺人者ということらしく、練成して応戦しようとするグランですが、

確か、コミックスで酔っ払っていたからやられたとか描かれていなかったっけ?

夕飯時に飲酒していて、殺されましたなんて、描写が出来ないとかいのであれば、それこそ、この作品自体、夕飯時に流すには、マズイ描写っていくらでもあると思うし、それに、人生、いつ何時、何が起こるかわからないから油断してはいけない、という意味でもあれはありだと思うのだけど。

旧アニメ版では、賢者の石を出す前に、殺されていましたが・・・・・・。

よっぱらってて、アレだけ派手に練成できたっていうなら、ほtんどギャグの領域だけど。

「また、国家錬金術師が・・・」と通報を受けて、駆けつけてきたヒューズ中佐やアームストロング少佐。
次に狙われるのは、少佐かもと忠告するヒューズ。そこへ現れるブラッドレイ。

人員はいくら動かしても構わない、反逆者は鉄槌を下さねばならんと、いうブラッドレイの迫力に気圧されるヒューズと少佐。

マスタングがためまくった仕事の後始末に追われるホークアイたち。しかも、鉱山のエピソード、丸々、カットで説明で済ます気か(汗)

ダイジェストになるとは思っていたけど、はしょるんだったら、それこそ、グリードのエピソードあたりから、やったほうが良かったないか、と思うのは野暮でしょうかね?

ホラ、クロマティ高校のアニメ版みたいに、詳しいことはコミックスを買ってね、という手段でお茶をにごすとか・・・・。って、作品のタイプが違うか。

しかし、一応、話の本筋にからむというのに、こんなお茶のにごし方とかしていると、後々のキャラの扱いとかに不安を感じてしまう気もするけど・・・・。

フュリーが無線機をなおすのに悪戦苦闘しているところへ、無線機を練成して、修理するエド。大佐がお待ちかねよ、という言葉にげんなりする。
マスタング大佐にリオールの件を報告するエド。賢者の石が今回も不発だったか、と聞かれて、一拍置いてから、石は偽者だったが、力だけは本物だったと説明する。
生体練成に詳しくないので、調べてみたら、体を取り戻すのに役に立つかも、と興味を持つ兄弟。ロイから、綴命の錬金術師タッカーを紹介される。
裏があると騒ぐエドに、「疑わし目で見るな、これでリオールの件はチャラだ」と語るロイ。いや、普通は、そこは警戒するだろう。
人語を解するキメラの練成に成功して、資格を得たとか、ただ一言、死にたいとかいって、餌も食べないで死んだと語るロイ。

旧アニメ版では、国家錬金術師の試験を受けるために、タッカーの家で勉強に励むこととなっていて、この時点では人語を話すキメラの話は説明されない。

早速タッカーの家に行ってみたら、大型犬に飛びつかれるアルだけど、大型犬の中には、やたら、人懐っこいのもいるから、相手によっては、ちゃんとつないで置くか、しつけしておかないと、シャレにならないケースもありますが(お年寄りとか、体の弱い人とか)。まあ、さすがにアームストロング少佐は少々飛びつかれても大丈夫だろうけど、ああいうタイプには、よってコなさそうだし(別の意味で)。

タッカーとニーナに出迎えられるエドとアル。

生体練成に興味を持って、タッカーの研究資料を見せてほしいと頼むエドたち。見せる代わりに、手の内を見せろと、なぜ、生体練成に興味を持つのか、ということを訊ねる。

母親を練成しようとして、結果、エドは右腕と左足を、アルは体を失った経緯を話して、タッカーに研究資料を見せてもらうことに。
仕事があるので、と帰るロイの言葉には気がつかないで、タッカーの研究資料を読み漁るエド。その姿を見て、いるんですね、天才という奴は、と自嘲気味につぶやくタッカー。

研究資料を読み漁っているエドやアルを本棚の影から覗き込むニーナ。エドが気がついたときには、アルがニーナを乗せて、遊んでいたわけで、エドも、アレキサンダーに乗っかられる始末。

しかし、ギャグっぽく書かれているが、大型犬にあんだけ勢いをつけて、乗っかられるのって、結構、威力があるもので、WIKIでは、ラブラドール、もしくはゴールデンに容姿が似ているとされているが、30k前後が標準体重になっていて、グレートデンなどは60kにもなる。それらが勢いをつけて、人に飛び掛るというのは、相手によっては、怪我をする危険性というのが、本当にあるわけだから、にもかかわらず、人なつっこそうに、とびかかるアレキサンダーを見ると、しつけがされていない、訓練を受けていないのではないか、と思えてしまうわけで、タッカー、話の展開から明らかになるタッカーの家族の運命を考えると、ある意味、家長であるタッカーのひとなりを表している表現なのかもしれない。
ゴールデンとかは盲導犬に向いている犬種で、よく訓練されたゴールデンとかは、ちゃんと、そういうことをしないですからね。

前のアニメだと、タッカーの家で世話になることになって、ニーナとも仲良くなっていく過程も書かれていたけど、アレキサンダーが飛び掛るというような表現は、あまり多用されていなかったわけだからなあ。

傍から見ている分には、微笑ましい光景だろうし、ギャグでも分かりやすい効果もあるんだろうけど、こうも多用するのは、さすがにどうかな、と思うけど。絵的ナ張ったりというより、分かりやすさに走ってるような。
私も、訓練を受けたゴールデンを何頭も飼っている家に遊びに行った時に、いっせいに、構ってとつぶらな目を向けられたことがあったが、あれはあれで、犬好きでなくても精神的な破壊力が高いものだと思うからなあ・・・・(寄って来ることはあっても、飛び掛ってくることはなかった)。

ハボックが迎えにきたこともあって、あた、明日来ることになるわけですが、ハボックが帰り際に、査定のことに言及したロイの伝言を伝える。
国家錬金術師は年一度の査定があり、二回、芳しい結果が無ければ、その資格を失うというようなものだが、前年、タッカーは芳しい結果を出せなかったので、今回失敗すると後がないわけです。

ニーナは、がんばっているから、大丈夫と父親を励ますわけですが、それがますます、父親を追い詰める結果になったのか?

ニーナから、母親がいないことを聞かされるアル。この拾い家で、父親と二人では寂しいのではないか、というアル。ホーエンンハイムは年を取れる体に戻るために、あっちこっちを旅していたわけだが、子供からすれば、置き去りにされたことには変わりないから、そういう事情は置いておくにしても、母親を亡くしているとはいえ、周りの人たちが支えてくれたということもありますし、なにより、兄弟がいましたからねえ。

ニーナも、アレキサンダーとかタッカーがいるとはいえ、タッカーは研究のほうが大切のようですし、アレキサンダーが人懐っこいのはともかくとして、こういう大きな家で放し飼いにされているし、しかも、前述した理由から、心の支えにはなっているのかもしれないけど、やはり、エドやアルを周りの人たちが支えてくれたのとは、訳が違うと思えてしまいますよね。

研究室にこもりきりで、自分たちを置いて、出て行ったホーエンハイムのことを思い出すエド。でも、ホーエンハイムって、いたらいたで、子供からすれば、距離をおきたい父親になってた可能性は高いと思いますけどね。

トリシャとか子供に対する愛情は確かにあるけど、ヘタすれば、人並みはずれたものがあるでしょうし(旅をしていた理由の一つは、元の体に戻るための方法を探して、何年も家族と離れて暮らしていたわけですから、家族と一緒に年をとってくらしていくために、その方法を探すことに、没頭しているわけだから、傍から見ると本末転倒仲人うだったにせよ、家族のためにそれだけの行動をやっているわけだから、そのエネルギーが、家族に向けられるわけだからなあ・・・・。それとも、そういう行動すら、賢者の石のエネルギーが支えているというか、増幅している可能性すらあるのかも)、賢者の石とか、不老不死の体とか、なかったら、間違いなく、家族にストレートに愛情が向くタイプ、こうかけば、いいように聞こえるのだが、問題はそれがパワフルすぎるということだけどね。いってみれば、少佐のオーバーアクションは、大人しく見えるくらい、といえば、お分かりだろうか?
不老不死じゃなければトリシャとも出会っていなかったから、皮肉といえば、皮肉なめぐりあわせではあるのだろうけど。

エド達がニーナと遊んでいる声をききながら、行き詰まる研究に追い詰められていくタッカー。
両手で顔を覆っていたが、国家錬金術師の証である銀時計を見てから、顔を上げる。

国家錬金術師ばかり狙うっていうのは、どういうことだ? と首をかしげるヒューズ。国家錬金術師というのは、焔の錬金術師ロイマスタングの例を見ても、生きた兵器という側面もあるわけで、楽に殺せる相手ではない。

Gガンでいったら、ガンダムファイターや、その候補者(作中では、ネオフランスの国内予選の描写があった)を狙って殺すようなものだし、作中でも、同じガンダムファイターのキラルが対戦相手の暗殺を行っていたわけですからねえ・・・・。

その資格が理由なのでは、という指摘をするアームストロング少佐。

その資格をうらやむものは多いということや、大衆のためにアレ、真理の追究者でアレ、ということが、資格を得た途端に、軍の狗、人間へ行きという側面を持って、使われるわけですから。
真理の追究よりも、軍のための研究が優先されるという側面はあるわけですけど、普通なら、国防のために、錬金術師がその技術や知識を使って、役立てようとする考えもあると思うので、大衆のためにという言葉からは外れてはいないと思うが、アメストリスの場合は、最初から、ホムンクルスに操られていて、特定の目的のためにつくられた国だから、権力者の欲望に国がいいように振り回される、そういう傾向にますます、拍車が掛かってしまっているので(もちろん、国を裏から操っているホムンクルスの存在は、一部の人たち以外は知らないわけだけど)、そのいびつな姿勢を、何らかの形で感じているからかもしれないから、錬金術師が軍の狗と見られているのだと思うけど。

しかし、そのせりふを言うのが、イシュバール戦で、自分たちのやっていることに耐えられなくて、命令違反をして、目の前のイシュバールの人たちを助けようとしたのに、助けれなかったアームストロング少佐が言うのだから、実感がこもっているわけだが。

筋肉とか、その暑苦しさが強調されているけど、アームストロング少佐って、割り切れない弱さとか、情に流されやすいとか、結構、普通の人じゃないか、と思うときはありますからねえ。
傍からは濃く見えるけど、内実はどこにでもいそうな普通の人って、結構いると思うし。アームストロング少佐みたいな見かけ、性格の人がごろごろいるという意味ではない、念のため。

ヒューズの親ばかも、ある意味、ホーエンハイムに比べたら普通だろうし。

そこへマリア・ロス少尉がスカーをセントラルの駅で見かけた、という報告を持ってくる。

国家錬金術師になる前の生活は大変だったと語るタッカー。回想で妻と口論していて、ニーナがないている光景が描かれているわけだが、そんな生活に疲れてしまい、妻は出て行ったと語るタッカー。
あの頃には、二度と戻りたくはないから、というのだが、人の欲望は、一度、かなうと底なしになってしまう部分はありますからねえ。ニーナも、大総統に言ってあげるとか、父親を励ますわけだが。

そういう意味では、いろいろな意味で、アームストロング少佐と対比になっているのかもしれないなあ・・・。

ニーナに明日は、一緒に遊ぼうか、と言うタッカー。ところが、後日、エルリック兄弟が尋ねていったら、誰も返事は無く、タッカーと人語を理解するキメラが、タッカーに教えられて、エドワードの名前を口にして、そのうちに「オニイチャン」という言葉を口にして、キメラの正体に気がつくのだけど、それっぽい要素が出されているとはいえ、キメラの正体に気がつくシーンというのは、唐突に見えてしまうのは気のせいか?

これだったら、それこそ、散々、多用していたアレキサンダーの飛びつきとかを、キメラが行ったとか、そっちのほうがまだ、納得は出来ると思うのだが・・・・。

前のアニメだと、母親への手紙が暖炉で燃やされていたりして、伏線が張られていたわけだけど、尺を削っているやり方のおかげか、前話のこともあってか、唐突感は否めないような。それでも、前の話よりかは、マシなほうだと思うけど。

タッカーが奥さんと子供を実験台に使ったことに気がついて、胸倉をつかんで、動物実験にも限界があるから、人間使えば、楽だろうというようなことを言うのだけど、人体実験の賜物だろうと悪びれもせずに言うタッカー。

確かに、動物実験とか人体実験とか、犠牲もなしに何もなしえないという側面はあるけど、こういうことを口にするやからって、大抵、自分は安全なところにおいて、人を犠牲にして、自分がそういう目にあう段になって、そういうのは嫌だ、とわめき叫ぶタイプなのですよね。

君も私も同じだ、目の前に可能性があったから、試した禁忌と知っていながらも、という。

図星を指されて怒るエドがタッカーを殴るのを、止めるアル。
「もどしてあげられないんだ、ごめんね」とニーナの頭をなでる。

エドの手足とアルの鎧の姿を人の命をもてあそんだ結果というが、命を作り出そうとしたわけだから、ある意味、的を得ているわけだが、エドたちは、その代償に自分たちの体を失ったわけだが、タッカーは自分の身は、何一つ傷ついてはいないわけだから、犠牲が必要だ、といってはいるけど、あくまで、それを免罪符にして、自分のやっていることを正当化しているだけでしかないのですよね・・・。

エドやアルが母親を練成するのがダメだと持ったのも、体を失うという痛い目を見たから、という理由ですし、タッカーが妻子を練成したのは、それで国家錬金術師になったから、という成功の記憶があったから、それに習えば大丈夫という考え、人は、なまじ成功すると、その成功例から外れた考え方を考えなくなってしまいますから。

まあ、エドたちが生体練成に興味を持って、ロイがタッカーを紹介したのが、それを追い詰めるきっかけになったのも確かだとは思いますが、だから、それをしていい理由にはならないでしょうし。タッカーが言っているのは、エドの罪悪感を利用して、共犯関係に引きずり込む、自分と同類に引きずり込むために言っているだけですから。
そういう意味では、成功、失敗の違い、その後に何を考え、行動するようになったか、によって、大きく違いは出てくると思うわけですし、それだって、歯車が一つ違っていたらという偶然に左右されることも珍しくは無く、エルリック兄弟が正しく、タッカーが間違っていたから、ということを必ずしも意味するものではないにしても、タッカーにしても、エルリック兄弟にしても、行動を実行に移した時点で、一線を超えてしまっているわけですから。

違うとすれば、タッカーはそれで自己正当化に走り、エルリック兄弟は、体を失うという痛い目を見たとはいえ、それを行ってはいけなかったということを理解して、己を戒めたという一点だと思う。

ただ、そういう考えを持っているから、という点だけで、タッカーよりも正しいというようなことにはならないわけですし、人体練成をして、痛い目を見た、だから、そういうことをやってはいけないのだと思うし、その戒めをもって、行動し続けてこそ、だと思うので、そういう意味では、タッカーをどうこういえるような立場じゃあない。
マシに見えるのは、材料を元に練成したから、そこから生まれたのが人とはつかない存在になってしまったから、であって、そういう意味では同じではあるけど、タッカーがエドに対して、罪悪感を刺激して、正当化していいというわけではないと思う。

とはいえ、国家錬金術師の証である銀時計を握り締めるタッカー。それを見て、銀時計を蹴り飛ばし、「何が国家錬金術師だ」とつぶやくのですが、エドも痛い目を見たとはいえ、元の体に戻るために手段を選んでいないのだから、タッカーの姿を見せられて、図星を指された気になったから、蹴り飛ばしたのかもしれませんが。体を取り戻すために、手段を選ばないで軍の狗になってしまうのだから、そういう意味では、タッカーと大差ないわけだから、これからの行動で、エドやアルの考え方が試されていくわけですので、一歩間違えれば、自分がそういう姿になっていたかもしれない、ということを見せられているともいえるのですが・・・・・。

エルリック兄弟の通報を受けたロイたちが、悪魔の所業という言葉があるなら、今回の一件は、というホークアイの言葉ですが、やっていることの形は違っても、ホークアイも、結構な人の命を奪ってきたわけで、他人事みたいにいえる立場じゃあないと思うのだけど・・・・。

国家錬金術師は、命令あれば、人の命を奪うことも辞さず、行動しないといけない、人の命をどうこうする件で、タッカーの行為と自分達に、大きな差はない。というわけだけど、薄々、タッカーのやっていることに感づいていたのじゃないのか?と勘ぐってしまう材料がそろっているわけで、借りを返すとかいいながら、思いっきり、エドを利用していた節すらあるけど、エドに向って、そうだろ、というようなセリフを突きつけれるような立場かな、と思うのだが・・・・。

今後も、今回のような事件が起こり、手を汚さないといけない必要があるのに、そのたびにそうやって、ふさぎこむのか、とエルリック兄弟に問うわけだが、前のアニメでは、もうちょっと、言い方を選んでいたと思うのだけどなあ。

「元の体に戻ってやる、だけど、俺たちは神でも悪魔でもない、人間なんだ、人間なんだよ。たった一人の女の子さえ、助けてやれない、ちっぽけな人間なんだ」
というのだが、前の話では、立って歩け、前に進めという言葉をロゼに投げかけたのだって、えらく、ロゼたちを見下したような態度で言ってたのに、自分達が、自らの力ではどうにもならないような場面に直面した時には、人間であることを強調するように見えてしまうのはどうかな、と思いますからねえ・・・。

そして、タッカーの前に現れ、神の道にそむきし錬金術師、滅ぶべしと殺害する傷の男。ニーナを見て、「哀れな」と元に戻る術はないと、ニーナに手をかけ、祈りをささげる傷の男。
まあ、傷の男も、粛集のための力を手に入れて、己の憎しみに任せて、相手を害しているという意味では、復讐を口実があるとはいえ、やっていることは憎んでいる国家錬金術師と変らないし、国家錬金術師に限定しているのも言い訳に過ぎませんから。

そういう意味では立場が違っているけど、自分のためでしかないわけだしナア・・・・。

とはいえ、セリフの使い方が旧アニメ版の方がうまかったと思えてしまうけど。前のアニメから、何年も経っているし、原作のストックが増えているのは分かるし、だからこそ、切る部分と残す部分の選択は必要だと思うけど、最後のロイとエドのやり取りで、話がぶち壊しになってないか、これは? 
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by kwanp | 2009-04-28 22:14 | アニメ

結局は 1

次にやってきた電王の世界。士の格好は鳥打帽にコート(右手に砂時計、左手に懐中時計つきのかばん)という、夏海の言うところの探偵みたいなスタイルなわけですが、桜井もどきとの区別化か? 奴の格好、殆ど桜井だし。
この場合の探偵というのは、どう考えてもシャーロックホームズでしょうけど。鳥打帽を被ったシーンは劇中には無くて、芝居で役者がそういう格好をしたから、イメージが強くなったのだそうですが、只でさえ、日本じゃあ、帽子と言うのは、あの手のスーツ姿ではいつのまにか廃れちゃったし、シルクハットとかを被っても、士じゃあ、イメージに合わないようなところがあるからなあ・・・・・。

まあ、日本の場合だと、ホームズのイメージって、鳥打帽だし、平成ライダーはイメージ先行の傾向が強いから、そういう実状は考えないで、イメージというか、ビジュアル先行は、ある意味、電王といえば電王ですかねえ。
この作品、カブトで大ゴケして、自分の欲望のために戦うライダーが大っぴらにやれなくなったからか、表面上は、最弱とか、人のために戦うようなことを言ってるけど、今までノライダーと変っていないし。

士がデンライナーのパスとチケット。カード? 日付の入っていないチケットを見て、声を上げるユウスケ。ちなみに、電王では、チケットがカードダス化されていたのだが、これが、かなり集めるのに苦労するアイテムだったらしい。
元々、バンダイの自販機で買えるタイプのカードダスというのは、4000円ワンボックスで、それでその弾のカードは全てそろうような仕様になっているし、昔は、玩具屋とかでは、少し前のカードダスをプリズムカード一枚&ノーマルカードの20枚セットくらいで、売っていて、全部のプリズムカードをそろえた頃には、その弾のカードが全部そろうようになっていたわけですが、最近は、2ボックス、3ボックスでそろうのが当たり前みたいな仕様になっているのは、どうかと思うのだけど。
このそろえやすさみたいなのも、バンダイのカードダスの売りの一つだったのが、他のトレーディングカードと大差なくなっちゃってしまうのは、まずいのじゃないかと思いますが。
只でさえ、バンダイのカードって、その番組が終わったら、集める意欲にかけてしまうのが多いのに、そろえにくくしてしまうから、カードを集める人口が減ってしまってるんじゃないか、と思うのですが。

ガッシュのアニメ3年目の終わりごろなどは、コンプリートする場合は、大抵、トレードで集める人が主流で、それもカードが発売されたら、直後に、目ざとい人が、即座にコンプリートして、後は、なかなか、カードが集まらないというケースを見かけましたし。しかも、表示マークを変えて、これまでのカードを出すなんて、とんでもないことまでやってしまうし。しかも、ファウード編ラストの紫電の雷帝は実質、千年魔物編の魔物のカードが多かったという有様で、かなり、末期的ナ印象を受けたシリーズでしたからねえ・・・・・。

そろえにくいわ、賞味期限は短いわ、と言うようなことが目立つようになってきているので、そういう方向ばっかりやっていると、それこそ、ますます売れなくなってしまうんじゃないか、と思えてしまうのですが。

刻を越える列車に乗って旅をしろということだ、とチケットを見て、断言する士。平成ライダーに関する知識はそこそこある士はともかく、クウガの世界のユウスケは、刻を越える列車という話にちんぷんかんぷん。

っていうか、士も、電王の世界の知識があるなら、扉を出る前に説明しておいたら、いいのに、と思うのは私だけか?

どこで乗れるのですか、という夏海の問いに、そこまでは知らんという士。電車といえば、駅と相場が決まっているとかいうのですが、任意の扉に、ぞろ目になる時刻にパスをかざせば、という設定はあるにしても、作中じゃあ、どんどん、その設定は忘れ去られていってた記憶がありましたしね。

って、描いている本人(電王メイン脚本)が、そんなこといって、どうするの。そりゃ、形骸化しちゃってたけどさ。

そこへ、謎の球体(勇者シリーズとかで、エクスカイザーや、ファイバードなどのエネルギー生命体が現地のメカに乗り移る前の状態みたいなアレ)が飛んできて、士に乗り移り、時計が紅くなって、いきなり、人格が豹変して、声が関俊彦さんに変った士。ハイ、説明するまでもなく、モモタロスに憑依された状態です。
近くにいた駅員っぽい人に「出て来いよ」とつかみかかる。引きずり出してやろうか、という士の言葉に、「ハナがきくな」と正体を現すイマジン。
パスを取り出し、電王ソードフォームへと変身する。

って、ディケイドライバーを持っている士に憑依しているのだから、間違えて、ディケイドライバーを出すというようなシーンを入れても、良かったのじゃないか、と思うけど。もともと、コメディ主体の作品なのだし。

あれがこの世界の仮面ライダー? と驚くユウスケ。いや、だから、解説役になって驚いていないで、変身しろよ、ユウスケ・・・・・。

ちなみに、電王世界は、オリジナルと同じ、ということですが、刻の列車を行き来するということで、他の世界と違って、改変の影響をそれほど大きくは受けていないということでしょうか?

デンガッシャーで、イマジンを滅多切りにする電王。近くにあった時計が9時26分を指している。
必殺技でチャージして、剣先を飛ばし、縦一文字に両断して倒すソードフォーム。倒した後で、つまんねえ!とかんしゃくを起こして、どっかにいこうとして、それを慌てて追いかけるユウスケたち。「どうしたんだよ、おかしいよ、お前」というユウスケですが、表面上がクールっぽく見えているか、粗暴な態度を見せているかの違いがあるだけで、大して、変らないと思うのだが・・・・。

変です、とにかく正気に戻さないと、というけど、いつものあれも、十分に正気じゃないと思うのですが。
笑いのツボを突いて、それによって、モモタロスが離れるわけですが、お前、いつもハナに殴られているんじゃないのか? 殴られるのと、ツボを突かれると言うのは勝手が違うのかねえ。

よくやったという士。都合のいいときだけ、夏海の笑いのツボを利用するわけね・・・・。

士から離れたイマジンを見て、驚くユウスケ。人に憑依しないと、実体を保てないらしいとイマジンのことを説明する士。そういえば、Tvシリーズ終了後の劇場版とかでは、イマジンが相手と契約した描写を見ていないのだが、分岐点をどうにかしたことによって、契約という手順を踏まなくても良くなった、ということか?
っていうか、他人のことお構い無しに憑依するって、結構、はた迷惑なことをやっているよなあ・・・・・。

しかも、士はもう一度、憑依しようとするモモタロスに対して、ユウスケに憑依させるわけだが、
モモタロスたちとどう違うって言うんだ?っていうか、前回のラストの板についてきたコンビぶりはなんだったのか、と少し哀しくなるけど・・・。

モヒカンチックに髪を逆立てたすがたになってしまうユウスケ。夏海は、ユウスケがおかしくなっちゃったと悲しむわけですが、あんた、悲しんでいるというより、笑いをこらえていない?

キャラの立ち位置的には、ユウスケもモモタロスも、ある意味、大差ないから、話の処置としては、間違ってはいないのだけど、自分の身代わりに仲間を憑依させるって、身勝手ぶりは変っていないような・・・・。

取り付かれるとこうなるとか、女の子の頭つかんで、モモタロスに憑依されたユウスケを見せたりとか、小林女史の目には、ロクでもない男のように見えているみたいですね、士は。実際、そうだけど。
士に殴りかかるモモタロスだが、あっさりとかわされてしまう有様。しかも荒れていると指摘される。

お茶でもしないか、とモモタロスから情報を聞き出そうとする士の言葉に聞く耳をもたないモモタロス。しかし、ケーキをつけるという言葉にあっさりと、承諾して、光が作った巨大プリンを何倍も食べるわけですが、イマジン好みのお茶って、味覚的にとんでもなかったはずでは(汗)

プリンを何皿も食べているモモタロスの話によると、数日前から、実体が保てなくなってしまったということで、人から人へ乗り移っていたということで、その話を整理して、モモタロスのことを人魂という夏海。
人魂って言うな、と怒るモモタロス。いや、傍から見たら、そうにしか見えないけどね。

もとはどういう姿だったんだ、と尋ねる士に、なんだか、もう思い出せねえよ、俺は俺を失ったと逆切れをするモモタロス。
モモタロスの姿は電王の主人公のイメージが作り上げた姿で、そのつながりが失われていくわけですから、普通だったら、絆が失われていく、という風になると思いますが、主人公は自分や、自分の周囲のことだけしか考えないで行動するし、ハナが首根っこ抑えていて、なんとかなってたけど、いつのまにか、イマジンたちとナあなあな関係になっていたわけだから、あんまり、説得力ないだろうし。

そもそも、自分が実体を失って、体から体を渡り歩いている時点で、生き延びるために仕方ないとは言え、人の体を断りもなしに憑依して、暴れているわけだから、俺は俺を失った、とかいって、状況に浸っているけど、やってることは十分にロクでもないわけだからなあ・・・・。

そのモモタロスを撮る士。言ってるせりふは、哀しげなのだけど、やってることは、実体を無くしたということを差し引いても、人の体勝手に憑依して、自分の状況嘆いているだけなので、被害者とばかりはいえないし。そんなシーンに、何か感じて、写真とっても、ロクでもない奴同士が共感しているだけにしかならないのですけどね・・・・。

っていうか、何で、モモタロスだけ、みんなとはぐれて、行動しているのか? それに、ウラタロスたちは、全然、探していないみたいだけど、この異変をどうにかしたら、モモタロスも元に戻るから、そっちを優先しているということなのか?
にしても、ハナも探すくらいはしてあげれば、いいのに。

あっちこっちにいるモグラのイマジンが悪いとか言い出すモモタロス。何で分かるのですか、と突っ込みを入れる夏海(いや、ほかにも突っ込みどころはあると思うのだけど、モモの言動とか)。
勘だ、とたいした根拠がないのをごまかしてから、飛び出すモモタロス。光が作ったプリンは食べず終い。

飛び出したモモタロスを追いかける士と夏海。しかし、士はユウスケを貸しておいてやればいい、減るもんじゃないしと、思いっきり他人事。自分の身にふりかからなければ、他人はどうなってもいい、ということを平然と口にしているわけで、実際、全然、初期から変わってはいないのですよね、彼。
ユウスケが横でフォローしているから、話がマシに見えているだけで。

最初にイマジンと闘ったときにもあった時計が11時を指す。

脳細胞とかが減ったらどうするという夏海に、士は、「そりゃ、やばいな、アレ以上減ったら、大変だ」というのですが、士よりかは、まだ、マシだろ。
何で探しているんですか、と怒る夏海に、パスとチケットを見せて、デンライナーを探していると答える士。

相変わらず、目的のことしか見えていないけど、アギトノ世界で用意されたヒントに比べると、若干、ヒントがパスと何も描かれていないチケットだけ、というのは、難易度が減ったということなのだろうけど、目的のことしか見えていないで、それ以外のことはどうでもいい士というのは、あながち、描写としては、間違ってはいないのですよね、というか、イマジン相手にためをはれる身勝手なメンタリティをありのままに描かれている主人公って、どうなのだ、と思いますが・・・・・。

小林さんの電王も、井上氏のキバも成長度合いからいったら、士のこといえませんけどね。
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by kwanp | 2009-04-27 00:04 | 特撮

結局は・・・・2

自分がやることは過去にいくことなのかもしれない、どうやって乗るかは知らないけど、駅らしきものを探している、という士は、夏海の顔を写真に撮ったりするのですが、それで見つかるのか、と首をかしげる夏海。
士は、自分のやることがそれなら、見つかるというわけですが、デンライナーのことを知っている割には、載る手段に関しての記憶は、失念しているのでしょうか?
思いっきり、説明の都合にしか思えないのですが・・・。

そこへ夏海に声をかけてくるスカウト。それをあしらう彼女ですが、夏海を都会的という彼のセリフに、産地直送とかいうわけですが、出所が怪しい奴に言われたくはないよなあ・・・・・。
そうやって、夏海をからかっていると、ウラタロスに憑依されてしまった士は、しつこいスカウトを、ゴミがついているとかいって、追い払い、それを見て、また人魂に、と驚く夏海。

人魂はともかく、お茶デモしながら、話を聞きたいとか言っていると、今度はキンタロスが憑依して、目的が変っているといい、ウラタロスと交互に表意しあう二人。彼らが用があるのは、ディケイドとかいうのですが、
夏海もディケイドの関係者ということで、話をきいてみたいとか、こじつけるウラタロス。どうやら、モモタロスたちに起きている異変は、ディケイドが関係しているようで。

そこへリュウタロスが乱入してきて、「僕が倒してもいいよね、答えは聞いていない」とか言い出すのですが、
倒す相手に憑依してどうするよ・・・・・・。

士を返せという夏海の言葉に、ダメというリュウタロス。士のせいでおかしなことが起きているというのですが、異変と、人の体を勝手に憑依して使うのとは話は別だと思うのですが・・・・・。

異変が起きているせいで、ビルが消えたりと、現世にも影響が出ているようで、ウラタロスたちも困っているとか言い出すわけですが、そもそも、イマジンは消えてしまった可能性の時間からやってきた存在だから、不安定で影響を受けやすいということなのでしょうね。

しかも、主人公も、異変のとばっちりを受けているようですから、イマジンもそれとは無関係ではいられないということか。

ウラタロスを突き飛ばし、「これもディケイドのせいだって言うのですか!?」と問いただす夏海。ウラタロスは可能性の話といっていますが、いきなり現れて、体を奪って、しかも、お前のせいなんていわれたら、そりゃ、怒るわなあ・・・・・。大体、モモタロスたちは、自分たちさえ良ければいいような手合いだから、自分たちに不都合だから、動いている、というのが関の山、っぽいし。

「ぼく達も困ってるんだよね、悪魔だって、所詮噂だから」というウラタロス。まあ、桜井もどきがそういう情報を流して、それぞれの世界の仮面ライダーたちに、ディケイドと戦うようにけしかけているわけですが、その最たる結果が平成ライダー大戦ということになるのでしょうか?

電王の世界がオリジナルというのはやはり、劇場版の都合彼らが刻の列車に乗っているということとも無関係ではない、ということか?

笑いのつぼを押して、ウラタロスを追い払ったと思いきや、今度はキンタロスが入ってきて、ディケイドに関係あるのか、と聞いてくる彼を置いて、逃げ出す夏海。士を置いていって、いいのか? なすすべもない、というのは分かるけど。

一方、モモタロスにも、ビルが消えていく光景は目に入っていて、何が起こっているんだ、と飛び出そうとしたところに現れる海東。
「なんだてめえ」と食って掛かるモモタロスに、「電王に興味があってね」と答え、デンライナーにFFRしてくれると思って、と、FFRを言おうとして、言葉に詰まるモモタロスにFFRデンオウのカードを取り出すわけですが、今いる世界のライダーのFFRのカードは、その世界のライダーの同意がないとできないということか?
実体を無くした君には、丁度いい話だろ、という海東ですが、あくまで、彼に都合がいいから、そういう話を持ちかけるわけであって、モモタロスのためではないですから、ふざけるなと怒るのも、普通なら当然でしょうけど、この場合、モモタロスも相手のことお構い無しに、人の体勝手に使っているわけですから、海東のこと、とやかく言える立場じゃあないでしょう。
簡単には手に入らない、というのも、手に入れるための難易度程度の認識しかないということで、相手の真情のことを考えて、というわけでもないようですし、腕ずくで、とディエンドに変身し、モモタロスもソードフォームへと変身して、闘う羽目に。しかし、電王は、特異点でないと変身できないわけですし、モモタロスたちも主人公に憑依したことがあったり、主人公のイメージから、その体が形成されていたからこそ、変身できたわけです。では、ユウスケは特異点かというと、YESであり、NOであるわけですが、それを語ると長くなるので、また別の機会に。
というか、FFRして、デンライナーになるって、実物大ということなのだろうか(汗)

逃げる夏海の前に、リュウタロスが現れて、夏海のことはどうでもいい、ディケイドと戦いたいということをいうのですが。ディケイドは、お前が憑依しているだろうという突っ込みを入れたい気もしますが。
リュウタロスからも逃げ出す夏海。まいたと思ったら、今度はウラタロスが現れるわけですが、怪人に追いかけられて、逃げて、逃げたと思ったら、又追いつかれて、って、怪人に襲われる被害者のシチュエーションを地で行ってるし。モモタロスたちも、レベル的には大差がないのに、それで、素直に話してくれなんていわれて、はい、そうですか、と頷けるわけ無いじゃん・・・・。

知っていることがあったら、何か教えてくれないかな、と詰め寄るウラタロス。夏海は憑依されている士に呼びかけて、「オレもいいかげん、頭にきた」とウラタロスたちを追い払う士。
気弱というか、状況に流されながらも、自分に有利なように振舞う主人公と違って、気に入らない奴に、自分の体を好き勝手にされるのが癪だというようなこと考えというか、感情でイマジンを追い払ったということかな? 相手に対する嫌がらせにその力を注いでいるようなところが在るし。

話し合いはあとだ、と戦う気満々の士。元々、相手との意思疎通が満足に出来るようなタイプではないわけですし、自分の体を勝手に使われて、腹が経っているという感情が強くて、ウラタロスたちのやっていることが、道義的に許せない、というのではないようですよねえ・・・。悪びれない態度のリュウタロスたちも戦う気満々で、夏海に乗り移るわけですが、異変をどうにかするためとはいえ、人の体に勝手に乗り移るというのをその場の勢いでやってしまうのはどうなのだろうか?
特に、ウラタロスは一応、女好きなわけだけど、レディの嫌がることはしないとか言うような、一線とかは、そういえば、本放送中でも見たこと無かったな、そんな姿。まあ、女の子が好きというのも、自分がスキとか、自分が楽しいとかいうような感情が最優先されるということかな?

勝手に夏海に憑依して、変身するリュウタロス。やってることはものの見事に、悪の組織の怪人レベル・・・・。

士もディケイドに変身し、夏みかんは返品してもらうといい、それに嫌だねと答えるガンフォーム(同レベルのやりあいに見えてしまう)。ちなみに、さらば電王で、それぞれに変身ベルトが手渡されているから、同時に二つ変身ベルトが存在して、それぞれが戦うようなシーンが可能だったりする。

一方、ディエンドは、「君には、これが丁度いいかな」とサソードを召還して、「何が丁度良いか、みせてもらう」と言ったソードフォームにぶつける。

ダンスの動きで接近戦を仕掛けてくるガンフォーム。勝手に体を動かされて、てんてこ舞いの夏海。
銃で攻撃されたディケイドは、ちょっと我慢しろとアギトにカメンライドするのを見て、アックスフォームにチェンジする。
アギトはパンチ攻撃をするが、アックスフォームのボディにはびくともしないで、逆に、斧で攻撃を叩き込まれる始末。フレイムフォームにチェンジして、立ち向かっているところに、公園にいた人々を、謎の一団が襲い、さrないは、公園にあった箱の中のツボを持ち去ろうとする。そして、その中には、銀色の仮面ライダーらしき姿も?

そんな連中をよそに戦いを続けるディケイドアギトとアックスフォーム。夏海も、その光景をもどかしいもいで見ているしかない。って、人が襲われているのは、ガン無視か、キンタロス。って、この男、そういえば、人が襲われているのお構い無しに、自分の目的優先した前科があったんだっけ・・・・・・。

モモタロスが食べずに残していったプリンを食べていた光は、外の戦いに気がつくようなそぶりを見せるが・・・?

ディケイドアギトはストームフォームへとチェンジして、電王もロッドフォームへとチェンジして、ロッド対決になだれ込が、桜井もどきがライダーを召還するときのよどみが現れ、写真館の前の時計の針が動き出し、場所が荒野へと変っていく。

この世界に取り残されて、とライダー大戦の時の姿になる夏海。

どうなっているのか、分からないけど、と戦いを続行しようとするウラタロス。時計の針は11時45分をさしている。

サソードと戦いを続けているソードフォームにさらにサガを召還して、追い詰めていくディエンド。その戦いを見て、「崩壊する電王の世界が」とほくそえんで、ディケイドが破滅を呼ぶという桜井もどき。

アギトとロッドフォームが戦いを続けている間にも時計の針が進み55分をさしている。

一方、夏海は、この世界は終わっているということをいい、ライダー大戦の時と同じとつぶやく。

時計の針が12時近くを指している中、アギトはFFR(自身で変身したときには、ライダーキック)、ロッドフォームもお互いに必殺技をぶつけ合い、爆発が起きて、お互いに吹っ飛ばされ、倒れる両者。12時になる同時に、時計が止まり、間に合わなかったというようなことを口にする夏海。

そういえば、小林女史が書いていたタイムレンジャーとか、龍騎とか、電王には、何らかの形で、制限時間が存在している描写がありましたよね。
タイムレンジャーでは一年間、龍騎は変身の制限時間に、優衣の誕生日。電王は、時間軸が定まる期限みたいなものが出てきていたわけですが、メイン脚本でないにしても、本編の設定を電王流に解釈して、描写したというのは考えられる話です。

デンライナーは時間の外の存在だし、モモタロスたちが実体を保てなくなってしまったのは、世界に対する干渉が行われて、不完全とはいえ、主人公がモモタロスたちと知り合って、一緒に闘ってきた時間が塗り替えられてしまったから、主人公と契約した事実が揺るがされてしまい、実態を保てなくなってしまったということになるのかもしれませんね。しかも、モモタロスは一番最初に主人公と契約して、最後まで一緒に闘ったわけですから、その影響を一番受けやすいと思いますし。
電王がどのイマジンと契約したかによっては、モモタロスたちって、下手をすれば、とっくの昔に倒されていた可能性だってありますから。

ウラタロスたちイマジンも、いつのまにか、どこかへ行って、変身解除した二人の前に現れるデンライナー。一方、追い詰められ、「デンライナーにFFrしてくれ」というディエンドにわけわからねえこといってるんじゃねえ」と突っぱねるソードフォーム。
ディエンドの口のきき方がムカツクというソードフォーム。
まあ、いきなり現れて、FFRなんて、訳のわからないことを言い出しているけど、自分の言うことを聞けといっているわけですから、いくら、元に戻れるとか言われても、それは素直に従うわけにはいかないでしょうね。
生まれつきだというディエンドに、そいつは可哀想にな、と切りかかっていく。

デンライナーに乗り込む士達。そこには、ナオミ、小ハナ、さっきの戦いで怪我をしたウラタロスたちが勢ぞろいしており、さらには、最近、よく警視庁に出向しているオーナーが現れて、デンライナーを刻を走る列車と説明するわけですが、どうやら、大変なことが起きているようです、ディケイドの世界にも、我々、電王の世界にも、と語るオーナー。

最近、木8のドラマや、土曜のアレなどで、えらいさんの腰ぎんちゃくとか、事なかれ主義の気弱なオヤジとかの役が多いせいか、何でも大見通しな得体の知れない台詞回しに、説得力を感じないのは気のせいだろうか?

しかも、最近、メイちゃんの執事とか、一部のドラマで、水嶋ヒロさんとか、佐藤健さんを良く見るけど、木8だと、加賀美父やオーナーが出ているし、しかも、この間のおみやさんの最終回スペシャルでは、青空の会がなくなって失業したのか、嶋が振り込め詐欺グループのリーダーになっていたけど、元々、青空の会のメンバーは性格に問題がある人間が多いから、青空の会がまんま転進した姿とかいわれても、納得してしまいそうなところが嫌だけど(汗)

ディエンドのFFrによって、吹っ飛ばされるソードフォーム。吹っ飛ばされ方が、モモタロス&ユウスケと思わせられるのがなんとも・・・・。

しかし、今回の話は、劇場版の前振りなのか、シンケンジャーに力が入っているのか、突っ込み役不在で、イマジンたちが好き勝手に暴れていて、一年にも及ぶ物語や2本の劇場版を経た戦いで、対して成長していないというkとおを証明して見せたように思いますね・・・・。
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by kwanp | 2009-04-26 23:51 | 特撮

あまり、協力する気にはなれないなあ・・・・

http://akitashoten.blog103.fc2.com/

人面犬さんところで、PUNISHERで最終回に関する記事のリンク集を作るから、記事を書いてくれという呼びかけがあるのですが、私個人は、賛同する気にはなれません。
まあ、PUNISHERはワンダー登場以降、記事を書くのを止めた人が何人もいるというのは知っているし、作者と読者の距離が乖離している作品だともわかってはいるし、人面犬さんの感想スタイルは知ってはいるが、いや、PUNISHERという作品でなくても、自分が感想リンクを作りたいから、書いてくれと頼むものじゃあないのじゃないと思うのですが。

意見を集めたいというのは分かるけど、あくまで、他人が自発的に書いた感想をリンクする、あるいは、自分が捕捉していないサイトの情報をください、というなら、ともかく、リンク集を作りたいから書いてくれと頼むのは、そのために感想を書けといってるようなところもあると思えてしまうので(書かない、もしくは、少なめでも、それがその人が、最終回を見て、感じた実感であるわけで、多く書くことだけが、意見ではあるまいに)、ありがとうの気持ちで最終回を送ろうという考えは、いいことだと思うが、他者にまで、同じテンションを求めて、書いてくれ、というのはやめておいたほうがいいのではないか、と思うのですが。他人に多めに書いてくれ、といわれて、その気になるような感想が、その人の正直な意見とは考えにくいし。冗談にしても、他人に多く書けとか、他人のテンションに口出しするようなことを言うようなことではないと思いますしね。盛り上げようとしたつもりなのかもしれないが、やり方が違うだろと思うし。
私個人としては協力する気にはなれませんので、ウチを見つけたとしても、ウチとしてはリンクはお断りします。 
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by kwanp | 2009-04-24 07:38 | コミックス

描きたいことはいろいろとあるけど・・・・

胎衣を突き破り、復活する死神。その死神の前方に一度って、死神として覚醒したミルキィ。唖然と、それを見上げるアルト。
普通なら、ここで盛り上がるところなのだろうけどねえ・・・・・・・・・。

ウォーゼルは、その様を見て、早すぎらぁ、とつぶやくウォーゼル。復活するのが早いということだとは思いますが、復活するにしても、アルトとミルキィが世界を変えるということをどういう形であっても期待していた男ですから、その段取りがすべてぱぁになっったということでしょうか?

まあ、彼の場合、自分の目的のためにアルトとミルキィを誘導していた節が大きいので、ウォーゼルが世界を変えるためにやるべきことが、アルトやミルキィにとっていい結果を有無とは限りませんし。

なんですか、アレ? と問うアルトに見たまんまさ、死神様のお出ましだ、と語るウォ-ゼル。アルトはまだ、僕たち、サンサディアに行ってないじゃないか、と、ミルキィに呼びかけるアルト。

いや、別に、死神の手がかりがあるというだけの話で、サンサディアに行ったら死神になれる保障があるというわけじゃあないのだけどね。それとも、サンサディアに行くまでは、死神になることは無い、ということを己に言い聞かせたかっただけなのかもしれませんね。

もっとも、佐渡川氏的には、ウォーゼルの早すぎらぁという声とともに、物語はまだまだだというのに、というぼやきも入っているのかもしれませんが・・・・・。

無敵看板娘がアニメになったから、好きなことを書いても大丈夫だと思ったのでしょうか?

この状況に既視感を感じるアルト。彼の前に立ち、

「しょーがねーなあ」
「やるだけやってみるか」

とぼやくウォーゼルと、バルハーク。

「やるって、何をですか?」と問うアルトに、ウォーゼルは、仕事だよ、あの黒いのをブッた斬るのさとウォーゼルが答え、

「かつて、封印に用いられた八つのアトモスツールを受け継ぎし者 再び、死神とあいまみえし時、これをもって、神刑執行人のもと、抗いの限りを尽くすべし」

八戦聖の役目を教えるバルハーク。

だから、振られたからって、村人を見殺しにするようなあなたが八戦聖になれたんですね。

能力的な適正があったから、八戦聖になれただけの人間でしかなかったわけで、海蛮の事を、すき放題言っていましたが、結局、逆恨みの八つ当たりでしかなかったわけですね。

スキは人々が各々の武勲、武勇を讃え、いつしか称号と地位を与えるようになったというようなことを言っていたわけですが、死神によって破壊された忌まわしい記憶が強く残るルウォールで、死神になるとかいって、得意げにほざくような人間に壮剣が死神を封印する鍵なんて、あの時点で言ったら、ミルキィはアルトと分かれて、一人で行きかねないし、それを止めて、ミルキィを説得するような気概がアルトに合ったとは思えませんし。よくよく考えてみると、ミルキィの暴言がどれだけ、無神経か、思い知らされる発言ですよね・・・。
何しろ、ヤヤナーナ編でミルキィが、「もれなく滅んでしまえ」なんて、暴言を言ったときにも何もしないで黙っていたわけですし(そういうセリフをキャラに言わせるのはいいわけだが、それを駄目だと言えるような人間がいない、もしくは、駄目だと思わせる価値観が作中に存在しないのが問題)。

スキの言ってたことと、バルハークが語る八戦聖の役割が違うことを言っているのはさほど、妙ではない。

本来なら、もう少し、成長して、その事実を明かすということだったのかもしれないけど。

そして、神刑執行人とは壮剣ガーヴィナルを携えし者、今闘ったら、ミルキィが、と慌てふためく、アルトと語るウォーゼル。

壮剣が死神を封印したアトモスツールということで、おそらくは機がついていたけど、目をそらしていた事実を突きつけられるアルト。

死神と同化し、なんと新鮮な憎悪に満ちた素体だ、とか、

セコい犯罪を繰り返し、身勝手なことばっかりしてきたミルキィの体で満足する死神。

ラスボスとしての迫力皆無です。

選びナ、死神(ミルキィ)を斬って、この星を救うか、それとも、このまま、500年前の地獄を再来させるか。

と究極の選択を突きつけるウォーゼル。

ようするに、八つのアトモスツールと壮剣が死神を封じたということでガーヴィナルの所有者であるアルトは死神を討たなければいけないわけですが、狩りの道具とかで、散々、壮剣を使っていたのだから、その点では言い逃れが出来ませんしね。

ただ、原因その1、その2がえらそうにその究極の選択をアルトに突きつけれるような立場じゃあないだろう!!

と思えてしまいますが。ウォーゼルは、リブリでアルト達にあってから、金を渡したり、スキに便宜をはからったりして、かげながら、色々とアルト達をサポートしてきました。

ただし、それは物質的、情報的に、のみです。

精神的には、かげながら見守るのはともかくとして、全然、導いていませんし、やったのは空王シャフォーの洗脳くらいで、それだって、犯罪者同然のミルキィがアルトに精神的に依存するようになって、少しは、犯罪行為にストッパーがかかった程度です。

暗黒の胎衣が現れて、ヴァウシーフの海で直行できなくなってからは、風のアトモスツールを使って、ショートカットを進めてきていましたしね。
やれるところまでやってみな、というのも、スキ同様、アルトやミルキィの力量を見て、そうそうたいしたことが出来るわけではない、ということを見極めて、という態度ですし、そもそも、昔は、あっちこっちを旅していたり、すき放題やっていたような、リブリでの態度とかを見ると、役目のおかげで、好き勝手に生きることが出来なかったから、アルトやミルキィを使って、勇者に死神を討たせて、そういう役目を受け継がなくてもいいような状況にしたかっただけではないか、と思えて為りませんが。

おそらくは、役職だとか、地位というような立場とかに囚われないでいる自由な人間ということを表現したかったキャラだと思うのですが、結局は、好き勝手やりたいだけのキャラに成り下がってしまっていたということなのでしょうか?

神刑執行人云々に関しては、おそらくは死神を一方的か、それとも、自分たちの正当化のために、悪と決め付けて(死神がああした理由も、少なからず、人類が関わっている可能性もありそうですし)いるようにも思えますし。

しかも、バルハークは自分のこと棚に上げて、海蛮を悪者扱いして、力を振るって、中途半端に締め上げているだけだったし、それで、調子こいて、ミルキィを血祭りに上げた結果がこれだから、

こいつらに役目をどうこう言う資格がどこにあるんですか?

どちらでも構わない、いずれにせよ、お前のような小僧に何が出来ると見下しているわけですが、その通りです。自分が傷つくのが嫌だから、何もしないし、ようやく何かするにしても、結局は、自分ア逃げれなくなった時であり、それも、自分が悪者になるのが嫌だから、自分が嫌な思いをしたくは無いから、自分は悪くありませんよというパフォーマンスだけはしっかりと怠らないわけですし。

死神に憑りつかれているミルキィを見て、ボクの知っているアイツはそんな顔で笑わないとかいうのですが、

大して変らない、というか、むしろ、思いっきりにあっていると思うのは私だけか?

死神の鎌を受け止め、

目を覚ませ、ミルキィ、一緒にサンサディアに行くんだろ!?と訴えかけるわけですが、

サンサディアに行くのは、死神になるための手がかりをつかむためなんですから、死神の力を手に入れた今、サンサディアに行く意味なんて、ないと思うのですが、ミルキィは。

無駄だ、この娘は既に余の闇の中、お前の声など、届くものか!! 絶望を抱えて、死ぬがいい!

というのですが、アルトは、彼女に、死神になったら、最初に殺してよとか言ってたわけですし、結局は、ミルキィに関して、自分が嫌な思いをしたくはないから、という理由で一緒に旅していただけですし、ミルキィの心を助けたいとか、どうすればいいのか、ということも考えたことは無いわけですし、例の暴言でも何もいえませんでした。しかも、その後は、自分の復讐のことで頭が一杯なだけでしたし。

だから、ミルキィがこうなったというような展開は、分からなくも無いわけですが、お互いがお互いを大事に思い、ともに成長し合うというよな関係ではなく、お互いがおたがいに依存しあっているだけの関係でしたから、こういう状況を招くだけの材料はそろっていたわけで、二人旅とかいいながらも、二人とも、自分のことしか考えていなかった、アルトはミウrキィを刺して、嫌な思いをしたくは無かった、ミルキィは一人になて、昔の嫌な思いを又、したくは無かっただけで、いずれも自分のためでしかありません。

しかもヤヤナーナ編のラストで父親の仇云々を持ち出されていますが、序盤に語られていた内容だけでは、狩りをする暮らしにも、いじめられていたこともあって、嫌気がさしていたのではないか、とも取れる内容でしたし、母親への報告をダシに、そういう生活から抜け出したかったのでは、と思える部分もありますからね。
いきないr、父親の敵を出されて、暴走して、周りが見えなくなってしまうわけで、それ以降ミルキィのことが見えなくなってしまったのですから、こういう事態を招いたのはじ自業自得でしかないのですけどね・・・・・。

しかも旅の中で、全然成長していないし・・・・・。

大丈夫よ、あなたの思いは無駄じゃあない、と壮剣から勇者が現れたわけですが、ミルキィを斬るわけですが、

闇の中でミルキィは、

すべてが憎かった、みんな死ねばいいのにと思った。そのとき、私を呼ぶ声が聞こえて、そこに行った時から全てが真っ暗に見えた。どこか居心地が良かった、でもどこか、居心地が悪かった。

そんなとき、闇の奥からまた、別の声が聞こえてきて、とりあえず、私は応えてみた。

光がさしてきて、勇者に抱きしめられるミルキィ。

死神からミルキィを切り離すアルト。その光景に唖然としているウォーゼルとバルハーク。

全然役目を果たしていませんね、あなた。ウォーゼルのほうは、おそらくは、アルトにミルキィを倒させることを目的としていた、自分が役割から解放されることを考えていたと思うので、死神を倒したわけではないので、不本意なのでしょうね。

おそらくは、エルの兄がパピルの魂を呼んだように、勇者の魂がミルキィの魂を呼び寄せて、死神から切り離したということなのでしょうね。よく、バトルマンガとかにある邪悪な力だけを切るというシチュエーションだと思いますし。
他の魂を呼ぶだけなら、エルの兄にも出来たことですから、勇者の宿った剣を使うアルト出なくては出来ないというようなことではないと思いますし。
最強のアトモスツールとか言われていますが、死神と同じ素性の武器という可能性は高いと思いますし、しかも、そういう素性は隠しておく場合が殆どですからね。ウォーゼルが語ったアトモスツールの定義も、おそらくはそういったことを隠すためのカムフラージュの側面もあるでhそうから。
死神が、命を奪うのであれば、おそらくは、壮剣の力は再生か、再構成の力をもっていて、呼びかけるだけではなく、おそらくは、死神からミルキィをきっちりと、切り離すための見極めというか、制御みたいなことをアルトができるとは思えないですから、そっちの役割を勇者の魂が担当していたと思います。

一方、ゼロハートは自分が死神になれなかったばかりか、その死神を退けるアルトがいるわけですから、自分の目的を果たすためにも、アルトは邪魔者でしかありませんから、それを倒そうというのは、行動としてはあっていると思いますしね。

死神はミルキィから切り離されただけですし、ミルキィも助けられはしたものの、彼女の世界を憎む心の問題は解決していないわけですし、とりあえず近付いてみたということから、アルトや勇者のいる方が、都合がよさそうだから、そっちに行ってみただけでしかないので、アルトに依存する状況は、全然、変っていないのですよね。

まだ諦めてねぇみてぇだ。完全に愛されちまったな。これじゃあ、この先ずっと付きまとわれるぞ。

ということで、死神は完全に倒されていないわけですが、佐渡川氏的には、無敵看板娘を面白いというファンのことを象徴しているんじゃないか、と思えてしまうのですが、この死神。

ゆうきまさみさんも、究極超人あ~る以降、光画部的な要素を自らの漫画で決着をつけようとする形跡が、以降の作品に見られたということですが、佐渡川氏の場合は、ヒーローを語るために、どたばたコメディとは距離を置きたいということなのでしょうかね?

まあ、弟子の吉谷やしょさんの描く作品は、ある意味、コメディと作中の登場人物が、メインの最強クラスの女性に張り倒されて、周囲の人間に引っ張りまわされながらも、成長して、ヒーローになるというようなことを、ある意味、師匠よりもうまいバランスをとって、描いているので、そのあたりも意識しているのでしょうかね?

なまじ近いと、そういう傾向というのは避けてしまうものでしょうし、それでそれぞれの独自性を出すのは、至難の業ですから。

ウォーゼルは、どうするよ、この先も、二人つるんでいくってんなら、敵だらけだぞ、と警告するウォーゼル。

世界の秩序を守るために、死神を封じようとするスキ。それぞれの目的から、死神を蘇らせるゼロハートとグロゼオ&強い奴と戦いたいだけのザイナーハ。

って、アルトを追いかけてきているカッツまで敵扱いですか!?

最終回なのに、そういうシーンでしか出番が無いし(汗)

こいつはむしろ、アルトを倒すのは俺だ、とスキやゼロハートたちにアルトがやられるのは黙っていられない立場だと思うのですが・・・・・・。

それに対し、アルトは世界も死神も関係ない、結局、僕が守りたいのは一つだけだったんです。そのためだったら、ボクは誰とでも戦います。でも、どうせなら、二人でだと断言するアルトですが、

結局のところ、言っていることって、憂い山の一件から変っていないのではないか、と思えてしまいますね。
アルトは自分が嫌な思いをしたくはない、悪者にはなりたくはないということですが、死神を倒すためには、死神の鎌を持っているミルキィごと倒さないといけないということだと思いますが、おそらく、勇者の魂では、ミルキィから死神の鎌を切り離すのが無理なのかもしれませんね。まあ、500年経っても、魂が宿っていて、しかもそれで力を顕現できるというだけでも、十分すごい話だと思うのですが・・・・・。

ミルキィはアルトの傍にいたいということを思っただけで、世界に対する憎しみとかは解けていないわけですし、世界とミルキィをはかりにかけて、その重さに悩んだ挙句、ミルキィを選択するというようなことではないですし、彼にとっては、世界から良く思われていない、というような考えを抱えていても不思議ではありません。
だから、アルトが、世界よりもミルキィを選んで、闘う、そのための力ももっているのですから、当然といえば当然の選択なのですよね。

アルトもミルキィも、周囲から迫害を受けていたわけだし、そこから逃げ出して、旅をしてきたわけですからね。だから、似たような境遇の連中同士、つるむのも、世界よりも、相手のことを選択のも当たり前ですし、しかも、死神や、それをどうにかしようという連中から、ミルキィを守っていくわけですが、死神が健在な限り、おそらくは生命の命を奪っていくのは明らか。
世界を敵にまわしてでも、ミルキィを守るといえば、聞こえはいいけど、そうしている間にも、死神は多くの命を奪うし、最終的には、植物も人間以外の動物も存在しきれなくなってしまうから、アルトも存在できなくなってしまい、結局、一人残されたミルキィが死神と化して、全てを破壊するような心情になってしまうのは時間の問題ですから。アルトの住む星が死滅したら、おそらくは死神は他の星へ向って、同じようなことをしでかす可能性が大きいから、

つまり、ただ、ミルキィを守るという、彼の選択では、結局はミルキィを守りきれるものではなく、アルトの単なる自己満足でしかないのは明らかである。

まあ、壮剣の力で、死神とミルキィを切り離したということは、ミルキィ自体が世界に対する憎しみを昇華するなり、それに対して、何らかの区切りをつけるなりして、自分が生きている世界も、そこで生きている人も、そのまま受け入れて、その世界の中で、自分が生きていくことを選択しない限りは、死神は離れないということでもあるけど、おそらくは、ミルキィがいる限りは、死神は離れない。

せめて、死神のほうだけでも、封印するとか死神とミルキィを封印して、力をつけて戻ってくるみたいなラストにすれば、まだ、体裁も取り繕えたでしょうに・・・・。

結局、自分のためにのみ、その力を振るうというような域を出られたキャラは一人もいない。まあ、物語の進行状況から、不自然な成長をさも、正しいように語られるよりかは、マシなのかな・・・・。

結局、世界からはじき出されたもの同士が寄り添って、世界と戦うことをなんとも思わないのは当たり前なわけで、一年あまりに及ぶ物語も結局は、その当たり前のことを語るために費やされてしまったことになるわけです。そこから先も考えていたとは思いますが、結局、同人誌などで、佐渡川氏が続きを描かないと見ることができないわけですし。

まあ、やりたいことが先走ったとかいわれる、この作品ですが、中途半端にキャッチィな要素があったところで、それで騒ぐ人間が出てくるだけで、そっち方面に受けるように書かないといけません。PUNISHErと同時期に始まった悪徒だって、それで失敗したようなところがありますし(話の展開の遅さは、PUNISHERも悪徒も、大して違わないし、後者は、それをキャラやハーレム展開で興味を引いていたから受けていたわけですが、ヒーロー要素に関しては、それっぽい要素を持ってきただけで、ヒーローを追及していたとは到底思えない作品だったし)。
この作品自体、佐渡川氏のやりたいことから考えると、それを望んでいる読者は少ないようなので、読者に喧嘩を売って描いていくくらいしないといけない物語であるわけだから、喧嘩を売るからこそ、読者に納得させる姿勢は必要だったのではないか、と思うのだが。


すくなくとも、アルトやミルキィの境遇以外にも、もう少し、この作品内の世界の価値観に関して、語るようなことはして欲しかったのも確か。世界の人々がどういう考えをもっていて、アルトやミルキィが取り巻く環境下で、そういう大部分の人たちが指示する価値観というのが、どうして、迫害されるのか、死神によって、破壊されてから、再生した世界が、それによって、どういう価値観を構築していき、現在にいたるのか、それを何らかの形で描く必要はあったと思うし、それに、世界の価値観から外れた人たちというのは、どういう存在なのか、というのも、アルトやミルキィとは別に描くこともやっておいたほうが良かったと思いますし。なにせ、ウォーゼルに目をかけられて、金を貰ったり、スキへの便宜をはかってもらって、優遇されている時点で、世界の価値観から、外れた人々よりも、運がいい人間ということになるわけですしね。それで、チヤホヤされて、ろくに学ばずに、自分のことだけ大事にして、お互いに依存していれば、そりゃあ、バクハークを勝手に悪者扱いした暴言を吐いたときのような言動をする人間にも為りますからね。アルトを追いかけるカッツだけではなく、世界の価値観の中にいる人たちの目から、アルト達がどう思われているか、とか、それとアルト達を正面からぶつけることも、アルト達の成長には必要不可欠だったと思いますからね。

まあ、アルトのようなキャラというのは、主人公らしくはないというよりは、成長を見せるために、らしくないというか、消極的なキャラにして、成長を顕著に見せるということもあるのですが、成長前は何をしてもいい、ロクでも無くてもいい、というようなことで、好き勝手させたり、全然、立派じゃあないキャラにして、弱いから、成長前だから、というようなことを免罪符にして、キャラを甘やかすケースも珍しくは無いわけですし、しかも主人公となると、主人公だから、まっとうというか、誰から見ても、納得のできるというか、正しい存在で無ければいけないわけですが、主人公だから正しいというような感覚だけが強調されて、しかも、それに待ったをかける価値観や突っ込みが、そういう作品に限って、存在しないから歯止めがないというようなことも結構、多かったりするわけだし。
最近は、そういう作品でも、表面上の形式は踏まえてはいるけど、それゆえに、逆にどこと無く、いびつさが漂っている結果になってたりするものだけど。

死神を復活させて、アルトとミルキィをぶつけさせることも目的の一つだったとはいえ、人々と係わり合い、色々と学んでさえも、いやだからこそ、ミルキィが死神として覚醒するという悲劇は映えてくると思うのですが、アルトとミルキィがぶつかるという目的のために、あまり人とかかかわらせていなかったと思うけど、アルトやミルキィのような人間が、一度、人々から必要とされた後で、世界から結局、拒絶されるというのは、結構、精神的なダメージも大きいと思うのだけどなあ。

アルトやミルキィのキャラを考えると、親近感を持たせようとして、失敗してしまって、シナリオにかかわろうとしないPC1、ヒロインという感じだったからなあ。

まあ、嫌がらせというか、読者に喧嘩売ってるような作品だったにしては、気合の入れ方足りなかったのかもしれませんね、いろいろな意味で。
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by kwanp | 2009-04-23 13:45 | コミックス

そりゃあまあ・・・・

春の新番組のワーストは鋼の錬金術師がほしいままにしそうだから、そっちのほうに話題もっていかれると思うのですが。

・・・・同じ脚本家でも、鉄腕バーディのほうがはるかにマシだったと思い知らされましたよ(汗) まあ、あっちは、1クールを二回だから、大丈夫だったということがあるのかもしれませんが(汗)

しかし、話題独占とか、全世界待望とか、キャッチコピーがやたら、でかく出る方向にばっかりシフトしていきますね、サンデーは・・・・・。

あっさりとやられてしまうギルバート。ハヤテとお嬢は、ギルバートのことなど、忘れたようにバイオ5の話に興じるものの、ギルバートに呼び止められて、「あなた、誰でしたっけ」とか言うわけですが、どう考えても、知らない人を相手にする振りをしているよなあ、作中では、一ヶ月前の咲夜の誕生日に、ギルバートの名前を出していたし。

しかし、今、ラッキークローバーの名前を出すなら、名前だけ同じで、見た目別人なネタくらいやってほしかったところですが。しかも、最後の出番から、4年以上も経っているわけですから、牧村印のロボットとかで、それをやって、そっちが本物認定されるとかいうオチでしめるとかありだと思いますが・・・・・。

桂母が若返っているというネタをやっているから、無理じゃあないでしょうけど、女性キャラはともかく、男性キャラだと難しいかな?

なおもしつこく食い下がろうとするも、何度も、張り倒されるギルバート。

マリアが、容赦は無いとかいうわけですが、雇い主&職場の実力者の前でいい格好して、アピールしたいとか言う魂胆もあるでしょうし、そもそも、目先の利益にならない相手には、容赦が無いですからねえ、ハヤテは。というのも、長期的というか、結果的に、利益につながることとには、考えが及ばないわけでして、目先で役に立たない、あるいは、自分の利益にならない相手には露骨に本性を表して、邪険に扱って事が多いですからねえ。
まあ、そういう相手ほど、しつこく付きまとうわけですから逆効果ですし、さりとて、飴と鞭を使い分けて、制御するような器量は無いでしょうから、その場その場の行動が多いわけですし。

何度も襲われたら、キリがないとかいうマリアとお嬢に、自分は別にいいですけどというハヤテ。
そりゃ、お嬢やマリアの目の前で、自分の力アピールする機会、あまり、回数重ねると、効果も薄れるとは思いますが、そういう機会は逃したくは無いでしょうからね。
治療するお医者さんとかが、と言っていうのは、何度やっても自分が勝てるということを言いたいのでしょうし。
でも、それって、思いっきり、負けるほうのフラグを踏んでいるようなものですし、この手の言い回しを好き好んでやるようなタイプって、見掛け倒しな場合が多いのですけどね・・・・・。

ハンデをくれといいだすギルバート。まあ、ギルバートのほうも狂言誘拐の時のような千載一遇のチャンスは早々回ってはこないのでしょうが。

「なんか、いい顔でおかしなことをいいだしましたよ、この金髪」

「というか、相変わらず、プライドとかは無いのか?」

とハヤテとお嬢が主従そろって、ツッコミを入れていますが、ハヤテの場合は、自分を良く見せることに力を注いでいるといっても、自分のプライドを優先して、相手のことを考えないで、手段を選ばない(といっても、手段が巧妙とかそういう手の込んだことはしていなくて、なにも考えていないだけですが)し、そこそこ、能力があるのは別にしても、運とかに助けられている要因も無視できませんので(マラソン大会では、お嬢を金儲けに利用していますけど、ああいう類の行動が明らかになれば、お嬢のようなタイプって、スキだった分、反動が大きいわけですから、下手をすれば、ハヤテの社会的生命が立たれかねない危険性が高いです)、

土下座して、何とかなるなら、アル意味、ギルバートの方がはるかにマシといえるのですが・・・・。お嬢のようなタイプって、逆鱗に触れたら、土下座しても、手遅れでしょうし。前回のような、言ってくれないと分かりませんよ、なんて、言葉が通用する相手ではないですからねえ。

ビーチバレー勝負とかいって、ギルバートが勝てば、石の破壊、負ければ、二度と現れないということですが、この手のキャラは、しぶといのがお約束ですけど、それこそ、名前だけ同じで、見た目が違うとかいうネタで切り抜ける気なのでしょうかね?

お嬢は、なんで、お前の出した条件を飲まないといけない、とかいうわけですが、意気地が無いとか、所詮、三千院の執事は三流とか、言う言葉に踊らされて、勝負を受けることに。

自分以外の人間の人生も掛かっているようなことを感情任せに決めるって、全然、成長していないような。
自分の人生賭けてれば、いいってものでもないけど。

しかし、ハヤテは、何度きても構わないといってた割にはそれに驚いていますが、、お嬢の負けず嫌いで、ハヤテの人生はもちろん、自分の人生もろとも、かけているので、お嬢が負けたら、職を失ってしまいますからね。自分が勝てる相手で、しかも、懐が痛まないからでしたか、言っているようなものですよね。で、結局、余裕こいた挙句に、自分で自分の首をしめる結果になってしまって、自業自得なのですけど。

2対2ということで、ギルバートは、牧村印のバレープロ2000Gtに。ハヤテは、その辺で選んだ人ということですが、丁度いいハンデじゃないですか。勝てば、お嬢の好印象間違い無しでしょうし。
三人娘が首を突っ込んでくるわけですが、これで負けても、彼女たちには、リスクは無関係ですから、気楽にやるでしょうし、彼女らは。

桂妹は、言われないと分からないとかハヤテに言われて、逃げ出したわけですが、お嬢のようなタイプにかかわっているのに、別の相手には、そういうせりふを言っている時点で、おもいっきり、相手を見ているというか、甘えているようなものだと思いますが。
逆にいえば、こういうタイプって、いわれなければ、なにをしてもいいというような態度に出たりして、言っても効果がないというか、何を言っても無駄というようなことが多いのですが・・・・・・。

裸を見られたのが効いて来た西沢と鉢合わせするわけですが、先ほどのやり取りを見ていた彼女に相変わらず、とか言われるわけですが、多分、一生変らないと思います、彼は。

思いを伝えるくらいはいいのじゃないか、とか西沢が言うわけですが、余計にハヤテを調子付かせるだけだけで、桂妹にとっては、いい結果にならないと思いますけど。
まあ、西沢の場合は、一度は断られていて、それでも追いかけてくるガッツがあるならともかく、桂妹の場合は、過去のトラウマがあるから、自分からスキだと、相手に言えないわけですし。
しかし、パッと見には、勇気を振り絞って、一歩踏み出すみたいなことをアドバイスしているけど、知らないとはいえ、思いっきり相手のトラウマ刺激しているよな、西沢も。それとも、ハヤテの借金、知っていたように、調べた可能性はありそうですけど。
何しろ、手に入れたチケットで、ハヤテを誘わずに桂妹を誘ったりして、ハヤテを射止めるよりも、桂妹に対する牽制のほうに力を注いでいるようなところがあるので、後押しするようにみせて、逆に、相手が身動き取れないようにしているように思えてしまうのですが・・・・。

でまあ、告白した場合をシミュレートしてみるわけですが、あっさりと、か弱くない女の子に興味は無いと、断られる光景を思い浮かべて、逆切れしt、えみんなのところに戻ってみると、ビーチバレー勝負の話になっていて、ギルバートがか弱い女の子を選ぶ段になるわけですが、ハヤテは、明らかにお嬢と組まされるのは目に見えているとか言うようなことを内心考えるわけですが、確実に勝てる手を打つという意味では、間違ってはいないし、それで、そこそこうまくいっているというか、予定調和を感じさせるのが、面白さを感じない一因なのでしょうね・・・・・。
ハヤテの言動も叩かれる一因になっているから、そういう内面でロクでもない、ことを考えているよな描写をしているようですが、ほとぼりが冷めたら、軽くスルーするようなことをしそうですけどね。

ハヤテの言動もそうだけど、この作品も批判されたから、とりあえず、なおしました感が強いですし、ヒナ祭りの時には、自らの身勝手な行動に触れていたわりには、口先だけで、ほとぼりが冷めたら、また、好き勝手やっていたわけですし。節目のイベントだから、それっぽく、描いているということもあるようですけど。

しかし、選んだのが、桂妹なわけですが、いつもだったら、自滅みたいなものですが、ハヤテが、価値を確実にするためにか弱いとか言って、桂妹をパートナーにしようとするわけですが、か弱い振りをして、手を抜くようなことをするということでしょうかねえ?

もし、そうだったとしたら、クイズ大会のときもそうだったけど、自分の都合で、勝負に手心加えたり、詳しい事情を知らないとはいえ、人様の運命か勝った試合で、好きな相手にか弱いと見られたいがために手を抜くような事をしていたら、結局、自分のことしか考えないはた迷惑なええ格好しいとしか思えないのだけど。
普通、普段見かけない奴が現れて、か弱い相手を選んで、お前ら、勝負しろとか言われていたら、どういうことか、と詳しい事情を尋ねるものと思いますし、それこそ、白皇学院生徒会長の洞察力の見せ所じゃないか、と思うのですけどねえ(それでなかったとしても、桂姉とともにトラブルの嵐をかいくぐってきた経験から、本能的に察するものがあると思いますし)、畑健二郎センセイ
都合のいいときだけ、白皇学院生徒会長を務めるだけの洞察力云々を持ち出してきて、こういう時にそれを働かせないで、友人の運命が掛かっているような試合に、何かしら察せずに、自分の都合で手を抜くようなことをして、その理由が、恋心といっても、出来ない理由にするには、都合が良すぎやしませんかね?
いくら、恋は盲目というような言葉があっても。

何しろ、クイズ大会の一件があるから、こういう可能性もやりかねないと想定せざるをえないわけで、もし、本当にそういうことをやったとしたら、成長して、立派になる可能性を考慮して、なんて理屈ぬきで、桂姉はどうしようもない、と思わざるをえませんが。

しかし、前振りをして、ギルバートがか弱いとか言って、桂妹をパートナーにするものの、それだけという感じですし、結局は、ハヤテが桂妹に対して、「か弱くなくても、いつもの方が魅力的」とかいって、その気にさせて、逆転勝ちするというような展開でもする気なのでしょうかね?
勝ちを確実にするために悪だくらみして、逆に墓穴を掘るというような展開で描いているつもりなのでしょうが、結局、桂妹とチームを組んでいる時点で、最終的に勝つとういのが目に見えていますからねえ。
地下迷宮の時もそうだったけど、パーティのメンバー編成にソツが無さ過ぎですし。

桂姉とか文が乱入してくるとか、相手方にいるというのであれば、また話は違ってくるのでしょうけど。なにせ、欲が絡むと、やたら力が入りますしね、桂姉は。

か弱くない女の子云々で引っ張ってきたにしても、このビーチバレーの展開次第では、感想を書くのをやめることも考慮に入れております。
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by kwanp | 2009-04-22 20:03 | コミックス

なんだかなあ・・・・

リオールの街にラジオでコーネロの宗教放送が流れ、その一角のフードスタンドでエドとアルの姿を見て、あんたら、大道芸人かい、と主人に聞かれる。エドは機嫌を悪くするわけですが、暑い所で鎧来た人間を見て、そう思うのって、無理ない気はしますからねえ。

店を出るときにアルがラジオを壊してしまって、それを錬金術でなおすのだけど、旧アニメだと、
コーネロを讃える街の人々の話に辟易したエドが店を出るときにアルが壊したラジオを直して、しかも、宗教放送が流れていたり、ラストがエルリック兄弟の噂話をして、それで、アルを鋼の錬金術師と勘違いするというお決まりのパターンなのですが、アニメだと、大道芸人だと思われる、ラジオを壊す、鋼の錬金術師をアルだと間違われる、エド怒るのコンボで、その後でコーネロのことを説明するというように、パーツをイチイチ、ばらして、組み立て方を変えたというような印象を受けるのですが・・・・・。

コーネロが奇跡を起こすのを見物に行って、植物を鉱物に替える芸当を見て、賢者の石ではないかという見当をつける兄弟。

教会でロゼが祈っているところに、声をかけてくるエルリック兄弟。旧アニメや原作だったら、フードスタンドでお供え物を買いに来たエドやアルを案内したのだけど、まあ、錬金術は等価交換だし、理解分解、再構成というように、万能の技ではないから、知識は必要ではあるから、ある種の合理主義者といえると思うけど、それと宗教、しかも、見ている人間は少なからぬ割合で、前のアニメを見ているわけだし、しかも、コーネロがインチキだって、分かっているから、インチキ宗教に縋っている人間と、それを破壊しに来た人間のやり取りが、ますます、険悪な形になっているような気がしないでもないのだが・・・・。コーネロの奇跡も、水がワインに変るというのを、植物が鉱物に、と見た目が派手にはなっているけど・・・。

人体構成に必要な材料を列挙するエドと言い争いになるロゼ。原作やアニメを見たときには、それでも嫌な印象は受けなかった記憶はあるのだけど、ロゼやリオールの町の人がコーネロに騙されているからくりが見えているためか、見ているほうとしては、インチキ宗教に騙されている人間に、騙されていない人間が、知識を片手にそれを嘲笑っているように見えてしまうなあ。
この手のやり取りは、正体見たり枯れ尾花ということに為りやすいし、知識を武器に通りすがりの熱心な信者相手に、けんか吹っかけて、いい気になっている人間にしか見えないからなあ・・・・。

エルリック兄弟が面会に来たということを聞いて、軍がかぎつけたことを悟るコーネロ。
副教主に案内させて、人目の無いところで兄弟を始末しようとするが、返り討ちにあって、副教主が持っていた銃が、ロゼの足元に転がってくる。
そこに現れ、高いところからわびを言うコーネロ。コーネロを胡散臭そうな目で見るエドは、彼のみ技をせこい錬金術といって、化けの皮をはがしに掛かる。

何も無いところから、レトの神像を作り出すコーネロ。それを見て、賢者の石、コーネロのしている指輪がそれだと指摘するわけですが、インチキ宗教の正体暴きに来て、奇跡の正体を手に入れようとしている火事場泥棒にしか見えないのですけど・・・・・。
賢者の石をのどから手が出るほどに欲しがっている、というのは分からなくも無いのですが。

自らの恩をちらつかせて、ロゼにエルリック兄弟を銃で撃てと命令するコーネロ。
冒頭のやり取りに、ロゼはいなかったので、彼女もアルの方を鋼の錬金術師と勘違いして、それをエドに指摘されてしまい、狙いをエドに向けるものの、引き金を引くことが出来ないで、誤ってあるをうってしまい、カブトが外れるわけですが、中身は空っぽというアルの正体を見せられて、恐れおののくロゼ。

それを見て、排除すべき存在だ、とキメラを出すコーネロ。

旧アニメだと、エドが人体構成に関して、語っていたところに、クレイが乗り込んできて、アルを銃で撃つが、アルの中身が空っぽという正体を見せられて、人体練成を行った結果、兄弟がどうなったか、ということを強調した演出で、そこから逃げ出して、コーネロの元へおびき寄せられるという流れになっているわけで、コーネロも、旧アニメのほうがハッタリが聞いているし、アルたちが賢者の石を求めるのも、ロゼが宗教という希望に縋る理由も、どっちも納得は出来たと思いますからねえ。

キメラを見て、地面から武器を練成するエド。左足を攻撃されるが義足なのでダメージはなく、キメラ左前足の爪を切断する。今度は右腕に噛み付くが、これも義手で、あっさりとキメラを叩きのめす。

アニメではインコを巨大化させたり、右腕に噛み付いて、蹴っ飛ばして、倒すわけですが前のほうが、スピード感とか重さを感じたような気が・・・・。
エドの義肢とアルの姿で、二人が禁忌とされる人体練成を行ったことを指摘するコーネロ。

エルリック兄弟が錬金術師最大の禁忌を犯したことを声高に告げるコーネロ。太陽に迫って、地に落ちた人間の話をするエドの言葉が、ロゼの脳裏に蘇る。
これが禁忌を犯したものの姿だ、と語るエド。ただ、旧アニメでも、一話の終わりにそのことを告げていたりしているので、話のカットの仕方もえらく、歯切れが悪いかな、と思えてしまいますが。

覚悟はあるのかと問うエド。

その姿を嘲笑うコーネロに、賢者の石が無ければ、何も出来ない三流がと言い返し、アルも賢者の石を渡してくださいと警告を告げるように言うが、コーネロは聞き入れないで、杖をガトリングガンに買えて、エルリック兄弟に向けて、発砲する。

「オレって、神様に嫌われているだろうから、行っても、追い返されると思うぜ」
石の壁を作って、ガトリングガンの弾丸を防ぐエド。

旧アニメでは、「アッブネー」と安堵の息をつくわけだし、おおむね、兄弟が人体練成を行って、兄は義肢、弟は鎧の体になってしまったということを声高にばらされて、覚悟はあるか、と、ロゼに問うあたりのやり取りは同じナのだけど、新しいほうのアニメは、前に比べると、格段と迫力が落ちたような印象を受けてしまう。

傍にいたロゼを抱えて逃げるアル。アルの方に銃口が向けられるが、エドが扉を作って、通路に強引に脱出し、コーネロが信者たちに、追いかけろと怒りながら、指示を出す。

前方をさえぎっていた信者を義手を練成して、刃物に変えて、振り回したりと、次々と蹴散らされる信者たち。

「わかっただろ、ロゼ」と鐘をいじりながら、コーネロが皆を騙していたことを説くアル。ロゼは、まだ信じられないというような顔をしながらも、人体練成を行ったことを訊ねて、「もう一度、母さんの笑顔がみたかった」と語り、兜を脱いで、鎧の中にある血印を見せる。

ロゼを巻き添えにして撃つことで、信じていたことがまやかしだったということを思い知らされる展開に変えて、ということなのかもしれないけど、人気の無いところで仕掛を作っているところで、ロゼに自分の身の上話、それも、己の右腕を代償に弟の魂を鎧に定着させてしまったということを語っているわけですが、信じていた相手が、インチキで騙していたかもしれないと動揺しているところに、そういう身の上話で語って、というのは、過ちを犯した人間からのアドバイスのつもりなのかもしれないのだけど、前半の話のつなぎ方がまずかったためか、強引に、自分たちの言うことを聞かせるために丸め込もうとしているようにしか見えないのですが・・・・・。

それでも、コーネロを信じようとするロゼ。

教主の部屋に居座っているエドを見つけて詰め寄るコーネロ。賢者の石の秘密が欲しいだけというエドは、軍の出動をちらつかせて、コーネロの目的を聞き出して、それをスピーカーで町中に流し、その正体を明らかにし、逆上したコーネロがまた、杖をガトリングガンに変えて襲い掛かるわけですが、あっさりとエドに真っ二つにされてしまい、なおも、賢者の石で練成しようとするも、錬金術に使ったエネルギーが、体内に逆流して暴走するリバウンドが起こり、コーネロの体が膨張して、エドと一戦交えるわけだが、「私の言葉は神の言葉、この拳は神の拳」と叫ぶコーネロに、レト像を練成して、レト像の拳を喰らわせるエド。
やっと取り押さえて、賢者の石を手に入れられると思ったら、砕け散ってしまい、それが偽者であるという事実に打ちのめされてしまうエド。
どこへでもいってしまえ、と命乞いをするコーネロを追っ払う。

ちなみに、旧アニメでは、たくらみが明らかになってしまいながらも、何とか取り繕おうとするコーネロだったが、エドが巨大なレト像を練成して、動かして、賢者の石で、何とかしようとしたら、それがまがい物だったという展開になる。

賢者の石が偽者だったということを知らされるアル。やっとお前を元に戻してやれると思ったのにな、とアルの体を小突くエド。
そこへ賢者の石を渡して、と銃を突きつけるロゼ。偽者だったというエドの言葉にも耳を貸さない彼女は、嘘をついて、独り占めしようとしていると思い込むのだが、母親のことを持ち出してしまったがために、エドの怒りに火をつけてしまう。
エドは死んだものは生き返らないと言い放つのだが、それを受けて、生き返るといった、祈っていれば、とコーネロの教えを信じてきたのに、と、それが嘘であったことを思い知らされてしまい、打ちのめされるロゼ。

旧アニメと違って、死んだ恋人の声をしたキメラに襲われるという描写が無いから、尚の事、信じられないという思いはまだ残っているからだと思うのだが、前のアニメがグロ展開を批判されていたのと、ストーリー上の都合でカットされたのか?

何に縋って、生きていけばいいと泣き叫ぶロゼに、そんなもの、自分で考えろというエド。立って歩け、前に進め、あんたには、立派な足があるじゃないか、と自分の足で進むことを説くわけですが、
前のアニメと違って、突き放して描いている事も関係していることや、二話分の話を一話に纏めたのは、ともかくとして、エルリック兄弟の過去がかかれた二話があったにしても、カットする部分、特に、冒頭のフードスタンドでロゼと知り合ったり、彼女の境遇を知るシーンは重要だったと思うのだけど、それをカットして、インチキ宗教に騙されている、あるいは信じたがっている被害者というようなスタンスで描いたがために、コーネロの口から語られるなど、軽く流されているようなところがあったし。
母親を練成するという過ちを犯してしまって、体を失ったエルリック兄弟が、ロゼや、リオールの人たちの希望をぶち壊しにしても、賢者の石を求める、どんな手段を使っても元の体に戻ることを決意を見せるとともに、失ったものは、どんなことをしても戻ってこないということが骨身にしみているから、まやかしの希望で、信者を騙すコーネロのやっていることが許せないから、その正体を暴くということもあったと思うのだけど、インチキのからくりを暴いて、騙されていた人間を足蹴にするような、印象を受けてしまっているわけで、原作や前のアニメのときは、まだ納得できる部分もあったのですが、このエピソード。
違いを見せることと、話をコンパクトに纏めることが最優先されてしまったというより、そのために省くシーンと、各シーンの選択を間違えたがために、印象が悪くなってしまっているような・・・・。
まあ、八年分のエピソードをアニメ化するわけですから、ダイジェストになってしまう嫌いはありますが、それでも、リオールのエピソードは、最初の話ですから、二話つかっても良かったのではないか、と思えてしまうというか、第一話のほうが、そこそこ見れたと思えるのですが・・・・。

第二話のエルリック兄弟の後で、この話だから、エルリック兄弟寄りの価値観で話が進んでしまっていて、「俺たちに比べれば、あんたのほうがましなんだから、我慢しろ」みたいな物言いになってしまっていることでしょうか。
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by kwanp | 2009-04-20 22:57 | アニメ

そして、旅を続けて 1

ギルスにベルトを奪われ、変身解除してしまう士。それを見計らったかのように引き金を引いて、士に狙いを定めて、マーキングして、ルシファーズハンマーを放つデルタ。GM-01を放り出して、全速力で士を庇うユウスケ。

いや、そこでクウガのドラゴンフォームに変身するという手は無かったのか、ユウスケ?

危ないじゃないですか、と抗議するユウスケに済ました顔で、「ごめんごめん、士を狙ったわけじゃあないんだけどね」と答える海東。士も嘘付けと突っ込みを入れていますが、士を狙っているだけならともかく、変身解除した瞬間に引き金を引いていますから、明らかに故意でやっているはずですから。

士のバックル返せの言葉を無視して、闘おうとするも、急に苦しみだすギルス。「逃げろ、お前たちみんな、ここから離れろ、奴がくる」と士たちに逃げることを促すギルス。次の瞬間、現れたバッファローロードと、クイーンアントロード(劇場版にでてきたアンノウン)が出現し、「人間よ、そんな力に惑わされてはいけない、ひとはただ、人でさえあればよいのだ」と語り、バッファローロードは手持ちの武器を展開し、十字架を模った攻撃を放ち、放り出されたG-3xのマスクが吹っ飛び、デルタとドレイクが消え、ギルスも変身解除されてしまう。

オリジナルアギトでも、光と闇の二つの青年が闘っていて、光の青年が負けて、闇の青年が勝ったわけですが、光の青年は、やられる前に闇の青年が生み出した生き物、人間に力を与えて、その後、あかつき号に現れて翔一に力を与えて、アギトにして、消えていったわけだが、闇の青年は、それを嫌って、人間が力を得ることを嫌って、アンノウンに力を得かけている人間を襲わせているという背景があるわけですが、アギト知っている人はともかく、知らない人にはきついのではないか、と思いますが、このセリフ。

吹っ飛ばされたショックでカメラがつながったのか、ショウイチの姿が映り、驚き、通信機越しに呼びかけるのだが、その声を聞いたショウイチは一目散に逃げ出してしまう。

それを確認して、姿を消すアンノウンたち。

「大丈夫かい、士」と肩を貸す海東。「ここでは何を狙っている?」と問い正す士に、人聞きが悪いなとはぐらかす海東。いい子にしていてくれよ、とか言っているけど、相手が自分の都合のいいように動いて、当たり前みたいな態度ですよねえ、これは・・・。

士はショウイチを守りに行くと言い張り、ショウイチを見つけるのですが、ショウイチはディケイドライバーを手にして、「これを返して欲しいのか?」といって、「もうお前に闘う力は無い」というのですが、闘う力が無いから、オレを止めることが出来ない、とでも言うつもりなのでしょうか?

オリジナルアギトでは、闇の青年にアギトの力を奪われて、戦意喪失した翔一達を身ながらも、簸川は戦うことを諦めないで、G-3Xを装着して、戦おうとし、涼は、ようやく見つけた絆だ、と翔一を放って置けないといい、翔一はアギトノ力が無くなったとはいえ、それでも、人を守る意思を失ってはいなかった。
闘う力は必要ではあるのだが、それ以上に問われるのは、闘おうとする意思、そして、それを支える何かなのだが、ギルスの力に目覚めてしまったのと、一年以上もの逃亡生活がショウイチから、そういうことを忘れさせてしまったということなのだろうか?

しかし、それでも、「オレはあんたを守る、そういっただろ?」といい、ショウイチの念動力で吹っ飛ばされ、殴り飛ばされる士。

まあ、前回の士の態度もそうだけど、「オレはあんたを守る」とか親切そうに声をかけてくるのには、大きくわけて、二通りのタイプがいて、一つは、本当に相手を心配しているタイプで、もう一つは優越感というか、自分の都合丸出しで関わってくるタイプで、こういうタイプは親切そうにしているけど、信用できないというか、都合が悪くなるとすぐに逃げ出すケースが殆どですからねえ。

そこへ駆けつけてくる夏海が、殴り倒された士に駆け寄って、呼びかける。

G-3ユニットの方では、グロンギを倒した海東をすごいじゃないか、と賞賛する上司の刑事。
「しかし、新しい敵には敵わなかった」といけしゃあしゃあと答える海東。海東のようなタイプはうわべを相手に合わせて、取り繕うことは妙にうまいというか、そこそこ要領がいいタイプが多いのですよね。けど、肝心な部分で、地雷を踏むようなタイプが多いわけですが。
「新しい敵?」と訊ねる八代に、海東は、「グロンギをも倒す新しい敵が出現した」と説明し、ユウスケに同意を求める。ユウスケは、海東はG-3xの力を使わないで闘ったことに口をつぐんでいたわけですが、カメラの角度から、気がついているような気もしますが。
でも、劇場版では、自衛隊の基地に乗り込んだときに、気を失ってアンダースーツの姿で、医務室に転がされていたこともあったから、分かりにくい部分もあるということでしょうかね?

八代はその存在を知っていたようで、未確認生命体と区別するためにアンノウンと呼んでいるのだとか。数度目撃例があるということなのですが、それって、ショウイチを追いかけていて、知ったということなのでしょうか? そうでなくても、グロンギ相手にはともかく、神経断裂弾で対抗しきれない相手だと想うのですが、グロンギと勘違いして、それに応戦した警官とかがいたら、災難どころじゃあないと想うのだが・・・・。
当然、その対抗策も用意しているという八代。G-3X開発の予算が下りたのも、そういう報告を受けて、その存在の危険性を認識して、ということなのか? ひょっとすると・・・・、用意してある対抗策というのは・・・?
上司の刑事は、G-3Xでさえ、パワーが問題になっているということで、危惧するわけですが、彼女の場合、強力な敵と戦うために、性能を追い求めるあまり、それを扱う人間のことを考えてはいないということが問題だと想うのですが(汗)

しかも、これまでの話からすると、それを芦川ショウイチ用に設計、調整したものを、志願したり、つれてこられた装着員に纏わせているわけだから、そんなもの、うまく使えるわけが無いですし。
オリジナルアギトでは、小沢の恩師がG-3Xの人工知能を制御するための回路を作って、それを手渡したわけですが、八代の場合は、そういう人物の存在はいなかったということか?

しかし、ユウスケが出張っているとはいえ、この世界の未確認生命体4号はどうしているのやら? と思うのですが・・・・・。神経断裂弾のように、警察でもグロンギをどうにかできるというめどがついたのか、アマダムの力に振り回されて、力及ばず倒れていったのか? ユウスケを見て、初対面だったみたいですから、この世界での4号は、場合によっては、他の人物か、あるいは警察と接触していない可能性もあるのかもしれませんね・・・。

着替え終わったユウスケは、ロッカールームで、ショウイチが使っていたロッカーに、「ショウイチ、アタシは」と語りかける声を耳にしてしまう。G-3Xを使いこなせるのは、ショウイチしかいないわけですが、その当人がいなくて、未知の敵に立ち向かうことが出来ないでいること、そして、その手段であるG-3X,おそらくはg-4も、その必要性というか、その危機に立ち向かう力が必要だということを殆どの人間が気がつかないまま(グロンギがどうにかできるようになっていることもあり)、それに立ち向かわなければいけない、ということへの心細さなのだろうか?
好きだった女性が、頼りにしている相手がいなくなってもなお、その相手が使っていたロッカーに語りかける、その相手のことを便りに思っている、ということを、偶然にしろ、見てしまうわけですが、その相手の力に、自分はなってあげれないという現実がのしかかってくるわけですから、なおのこと、打ちのめされてしまうものがあると思いますから。
そこへ現れる海東。「どうやら、大切なものはそこにあるようですね」といい、八代を跳ね除けて、ロッカーをあけて、チップを取り出し、「探しましたよ、G4チップ。やはり、完成していたようですね」といい、ディエンドライバーをぶっ放す。
彼の目的はG4だったようですが、G-3ユニットにもぐりこんで、データを奪うって、まんま、劇場版の深海と同じやり方ですからねえ。しかも尾室を丸め込むあたりも同じだし(汗)
目的の物を奪うのには、手段を選ばないし、相手がそれをどれだけ大切にしているか気にしないから、どんな手段でもとれて、奪えるということか。
ある意味、天道以上に平成ライダーを象徴するキャラなのかもしれない。

殴り飛ばされた士を介抱する夏海。どうかね、と声をかけてくる光。いつもの士らしくは無いという夏海。
「人を助けようとしたんだって? 立派だね」
「それが変なんですよ、いつもの士君だったら、ちょっと、人に手出しされただけで10倍返し。悪いな、忘れた、ボコボコボコ」

と士の性格を端的に表現する夏海。実際、その通りですからねえ・・・・・。

「人を凶悪犯みたいにいうな」

と言い返すわけですが、実際、海東がいるから、マシに見えているだけで、自分が相手に嫌がらせするのであれば、そのためには手段を選ばないし、それで巻き込まれた人間がどういう思いをしようとお構いなし、というのは、変っていないわけですからね。
海東は、ばけものには、ばけものということでキバw召還したことがありましたが、前回、カメンライドした時には、ケモノにはケモノとキバ・ガルルフォームにカメンライドしてましたから、表面上はともかく、肝心な部分には入り込めていないわけで、ユウスケの助けがあったから、なんとかなっていたわけですからねえ。

それでも行こうとする士に寝ててください、といい、どうして、あの人を守ろうとするんですか、と問いかけると、ショウイチへの手紙、差出人は八代のそれを夏海に差し出す。

G-4チップを手にして、それに関して、得意げに語り、お宝と言ってのける海東。お宝という言葉に、顔をしかめるユウスケに、「僕が興味あるのは世界に眠るお宝だけさ」と言い切るのだが、おそらくは、その価値は自分の判断基準で決めたものとかじゃあなく、その価値が妥当かどうかを判断する基準はもっていないと思いますが、この男。

「返してください、それは姐さんのものだ」と詰め寄るユウスケに、「彼女は君の姐さんじゃあない、別の世界の住人だ、わかってるだろ?」

このセリフ自体は同感ですが、海東がそれを分かった上で言っているというよりも、ユウスケに自分の邪魔をさせないために効果的だと、理屈の上でわかっているから、もっともらしく言っているだけなのでしょうね。

「それでもオレは姐さんの悲しむ顔を二度と見たくない」

クウガに変身しようとするユウスケ。

好きだった女性とそっくりな相手を見れば、やはり、心が動くし、その人が悲しんでいたら、放ってはおけない、というのは分かるのだが、姐さんの悲しむ顔という言葉がこの時点でのユウスケの心情を良く表しているように思えてしまう。八代でなくても、誰かの悲しむ顔がみたくないからこそ、行動するのだと思うが、八代だけに限定するというあたりは、彼女を守りきれなかった過去を引きずって、その代償行為をしようとしているという域を出ていないように思えてしまうわけで、会川氏の降板がなければ、そこから先へ進んだユウスケのセリフが聞けたのかもしれませんね。

そういう意味では、この時点でのユウスケは、まだ、クウガの世界のユウスケのままということか。

それに対して、ディエンドライバーを突きつけて、「僕の旅の行き先は、僕が決める。君の旅は、ここで終わりらしいが、ボクは違う」というのだが、旅の行き先は、自分で決めるのはともかく(それが実現できるかはまた、別の話だと思うが)、その旅で、泥棒をやって、人の大事なものを、自分の感情の赴くままに奪っていって、言い訳が無いと思うのだけど。それとも、帝王のベルトに、G-4チップと、海東も何かしら目的があるからやっているといことなのかもしれないが、目的があるから、何をやっても言い訳ではないのだし、そのために、外部からの声を遮断して、思考停止のまま、行動するというのであれば、結局、自分の欲望のままに行動しているのと変らないで、それにもっともらしい口実がついているだけ(それによって、さらに思考停止)でしかないですから、何をやってもいい理由には為りません。

そこへ現れた八代が発砲し、海東に隙を作って、それを取り押さえるユウスケ。それで、とっくみあって、争っているうちに、G-4チップが地面に落ちたのを見て、すかさず、発砲して破壊する八代。

ボクのお宝と声を上げ、参ってしまうな、大切なものの価値がわからないとは、と盗人猛々しいことをいい、さっていく海東。ユウスケに駆け寄る八代。すみません、というユウスケにアレは本当に大切なものを守るために作ったの、という八代。しかし、後述するけど、そのセリフに関しては、説得力が無いような・・・。

それを物陰で聞いていて、ほくそえむ海東。

バッファローロードからショウイチを庇う士。

見ず知らずの士が、自分を守ることが信じられなくて、「なぜだ、なぜ、そこまで自分を守る」と問いただすショウイチに、八代が悲しむと答える士。

一方警視庁前で、トライチェイサーを引っ張って、先ほどのことを考えながら、歩いているユウスケの前に現れ、士を助けて、と頼む夏海。まあ、いつもは、ユウスケが横で、士のサポートをして、その世界のライダーとの橋渡しをやっていたわけですからね。

「あいつ、どうしたんだ、バケモノみたいな奴を守るなんて言い出して?」と、首をかしげるユウスケ。

ユウスケ、お前もか(汗) ギルスのやってたことって、あの場に乱入してきて、アンノウンと戦っていたわけだから、安易にバケモノ扱いはどうかと思うのですが。しかも、海東一応、ギルスのことを説明していたのに・・・。まあ、先ほどのことがあったから、海東のいってたことも、素直に信じるには抵抗があるというところもあるのかもしれませんが。ただ、オリジナルのクウガでは、クウガも未確認生命体扱いされていたこともあったわけですし、DCdクウガでもその名称で呼ばれていたわけだから、警察に怪人扱いされてしまったこともあったと思うのですから、得体の知れない相手をむやみに、バケモノ扱いするようなセリフをポンポン口に出させるというのはやめて欲しかったと思いますけど・・・。

「バケモノなんかじゃない、彼は芦川ショウイチ、G-3の最初の装着候補者、八代さんにとって、一番大切な人だったんです」と説明し、手紙を見せる夏海。

手紙には、「あなたが私の前を去ってから、数ヶ月がたちました。もしかしたら、前のウチに戻ってきているかもしれないことを期待して、この手紙を出します。私だって、あなたを守ることは出来ます。G-3をより強化したG-3Xであれば、あの怪物たちと対等に戦うことが出来るはずです。どうか、もう一度帰ってきてください。私にはあなたが必要です」と描かれていて、そのショウイチが必要だという八代の叫びが綴られた手紙を読むユウスケ。

八代にとって、ショウイチがいかに大切か、ということが書かれていて、アギトの世界の八代は、自分の知っている八代ではない、ということを痛感させられるユウスケ。もっとも、この想いにも突っ込みどころはあるのだが。

G-3xのマスクを手にして、出動命令は出ていないという八代に対して、「連れて来ます、G-3xの本当の装着者を」というのであるが、決めているシーンではあるのだろうけど、ユウスケは知らないわけですが、結果的に、人の手紙勝手に見たことになるわけだから、その手紙の主の前で得意げに言うせりふじゃあないですよねえ・・・・。

アンノウンから逃げるショウイチは、G-3の完成前に、自分の体に異変が起きて、アンノウンに狙われるようになり、八代の前から姿を消した過去を語る。

怖くなって、逃げ出したと語るショウイチ。そこへ襲い掛かってくるバッファローロード。地面に転がるディケイドライバーとライドブッカー。士に今のうちに消えろといい、変身するショウイチ。
そこへ、ガードチェイサーで颯爽と現れるG-3xを纏ったユウスケ。
「やっと、見つけたい場所の居心地はどうだ」とユウスケに問い掛ける士。
「手紙を見た、芦川ショウイチが八代さんにとって、どういう存在なのか」と答えるユウスケ。自分の知っている八代と違うと知ってはいても、それでも傍にいたいと、役に立ちたいとG-3xの装着員を買って出た彼であったが、それは結局、自分のためでしかなかったということを自覚したようで。

違う世界の八代の傍にいることがみんなの笑顔のために戦うことにつながるわけではないのだから、何かしら違うものを感じていたということでしょうかね。

ユウスケは「どうして、お前は、あの人を守る?」という問いに、士は、「あいつがしねば、八代はまた笑顔を失ってしまう、八代の笑顔がお前の望みじゃなかったのか?」と答えるのだが、ファイズの世界の時は、写真という要因があったから、士が考えて行動するのはたやすかった。今回の場合は、ショウイチ宛ての手紙に、八代の気持ちが赤裸々にか綴られていたから、どう行動すればいいのか、という方針を立てやすかったという側面があったから、言ってみれば、どうすればいいのか、という攻略法付だったから、行動方針を立てやすかったということか・・・・・。
必要な情報を与えられているわけだから、どう行動すればいいのかも、わかりやすいというか、さほど、考えなくても、どう行動すればいいのか、が見えているといえますし。これは二週目のアドバンテージというか、何週目かによって、選択肢が出てくるというような奴なのでしょうかね?

「オレのため?」というユウスケに、早く行けと、士に促され、ガードチェイサーで追うユウスケ。
それを見届けてから、ディケイドライバーとライドブッカーを拾い、ライドブッカーをあけて、力を失ったままのアギトのカードを手に取る士。まだ、果たすべき目的は終わってはいない、ということか?
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by kwanp | 2009-04-19 23:37 | 特撮