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言っとくけど、復活じゃあないですからね

やっていること自体は、さほど、間違いというか、理屈は通っているけど、どこかしら感情が納得しないという類のことが多いと思うのですよね、ハヤテという作品は。

ハヤテの言動とか、フラグをあっちこっちに立てるとか。

ハヤテの言動の場合は、私の場合、ハヤテと言う人間は、セコくて、ズルくて、自分の利益しか考えていない身勝手な人間ではないか、と考えているわけだが、そういう人間を、不幸でかわいそうな人間ということや、そういう人間や不幸にもめげずに頑張るというような、序盤の最初のころにしか描かれていないイメージを今もって引きずって、強調している割には、その見せ方が納得いかなくて、そのくせ、ハヤテはかわいそうですよ、不幸だけど、優しい奴ですよというようなイメージで押し通そうとして、ロクでもない言動に関しては、追及が甘いという部分が好きになれないわけだし、そういうハヤテが、身勝手な人格と執事の職務との板ばさみというような葛藤みたいなことも殆ど描かれていないし、あったとしても、あっさりと自らの身勝手な選択を選び、それに関しての内面描写を詳しく描かないどころか、それを作中で他人にも指摘しない、という意味では、それで、前述のイメージを強調して、ハヤテはいい奴とか、ニブチンとか言うようなイメージを強調して、強引にすり抜けようとしているわけだしなあ。

そもそも、最近は、執事コメディ云々が、感想ブログ界隈で取りざたされていますが、

散々、ないがしろにしてきて、何を今更というような実感が正直なところですが。そもそも、萌えやネタに喜ぶようなニュアンスの感想が目立っているわけだし、それに反応して、今の路線になった時点で、すっぱりと切り捨てられた要素であり(一応、最初のころはそれを書こうとしていた節はあったが)、執事コメディなんて、歯牙にもかけない態度を見せていたと思われるような意見が目立っていたわけだし。たしか、06年に、執事コメディ作品として、というか、女性に受けない理由として、執事コメディとして、序盤、ハヤテと、中学生くらい(序盤、お嬢が高校生という設定は明かされてはいなかった)の女の子のベッドの下から出てくるような変態だけしか、出番が無い(巻田、国枝は背景同然だったし、咲夜とのやり取りもまったくといっていいほど無かった上に、鷺ノ宮家の執事は、その他大勢というようなニュアンスでしかかかれていなかったし、その後の出番はまったくといっていいほど無かった)わけで、それで、執事スキーの興味が引けるわけが無いみたいな記事を描いたのだが、こいんさんあたりが、執事モノとしてみている人は、もういないと思いますみたいな発言してくれた記憶がありましたし。
作者の畑氏に関しても、それに添うような形であるのと、執事コメディは後付とか、執事コメディのママいけば、あっという間にネタが尽きていた設定とか(そういう設定にしたのは、自分自身なのに、それを長期でも持つような努力や工夫をしないで、そういうことを平然と言って、悪びれないあたり、どうかと思うけど)、そういうことを主張して、自分がそういうことを描けないことに対するいいわけをアピールをしっかりと行っていたわけですが。しかも、人生経験足りないから、漫画が描けないというようなことを、漫画で言ってたわけだけど、よくよく考えてみれば、この手の理由って、漫画レビューサイト、それもかなり、辛口のサイトやブログではどっかで見たような内容のネタや設定を批判するときに使われる常套句なのだが、この理由って、批判する側(読者)だけではなくて、書き手の側でも、自分がかけないことに対する言い訳としても、有効なのも、事実なんですよね。その足りない人生経験を、資料や想像で補うことだって出来るわけだけど、資料で調べるのはともかく、想像で補う点に関しては、世間でイメージされる執事と主の姿を描くことすら、投げ出しているというような印象が強いわけだが、ハヤテという作品は、あくまで、執事ブームが始まるか始まらないかのころに、連載されて、知名度がでかくなった故に、執事コメディという看板を掲げていたがために、執事ブームに乗っかれた作品、いってみれば、たまたま、そのころに出た作品の中で、声でかかった、アピールに長けていた作品のひとつに過ぎない(それ自体はたいしたことなのかもしれないが)。それも、あくまで、少年誌というか、男向けの作品の中で、という意味合いに過ぎないわけだし、執事喫茶のさきがけ、スワロ-テイルがヒットするまでは、この作品、執事に関して、かなり軽く扱っていたというのも確かな事実だし。というか、その前の、執事喫茶待望論に関して、多少なりとも、言及したサイトやブログって、うちをのぞけば、殆ど、無かったも同然(当時のハヤテ感想サイトやブログが今よりも少なかったことを考慮しても、であるが)だったはずだし。ところが、スワローテイルが繁盛したやいなや、しっかりと、対談の場所に使うなど、宣伝に利用していたりするわけだから、執事コメディとして、描く努力はしていないけど、アピールするのだけはしっかりと忘れなかった作品なのは確かでしょう(その利用の仕方も、うまいとは到底いえないシロモノだったのも確かだけど)。確かに、執事は超人とか、執事は必殺技があるとか、執事の名誉は主の名誉とか、設定っぽいものは語られていますが、殆ど、有名無実で出しただけになっているのが、正直な現状であるということも確かです。おそらくは、バトルマンガになるのを避けるために、あえて、そういう部分を避けたわけですが、バトルマンガにしないとか言うのは、あくまで方便でしかなくて、それがラブコメ部分でやっているだけで、結局はバトルマンガから抜け出せていない現状ですし。

まあ、だからといって、執事コメディ云々してはいけないとは言わないですが、散々、ないがしろにしておいて、何を今更云々してというような光景は、さすがにどうかな、と思えてしまう部分も確かにありますけどね。

遅まきながら、気がつくとか、そういうこともあると思いますが、それでも、それに関して、拘ったり、何かしら一家言持てるようになるまでの人は、一割でも残れば、マシなほうでしょうね。


まあ、サンデー側にしてみれば、最初は、「○○もの」としてはじまったのに、今は別の作品になっているとい
う作品は珍しくは無かったので(サンデーだと、久米田氏や安永氏等)、そのノリでやっている部分もあるのかもしれませんが、そういった歴代の作品というのは、ジャンルとしてはともかく、そういう方針転換を気にならないほどのパワーもありましたし、登場人物たちにも、そういうことを吹き飛ばすようなパワーも存在していたのも確かで、それに比べると、ハヤテという作品というか、登場人物はそこまで突き抜けていない部分も確かにありますから。
他の有名作品と被ることを避けて、比べられたくは無いというような部分もありますからね(まあ、ハヤテが始まった時点でも、既に人気を博している作品があったし、しかも、ハヤテのことを皮肉るような描写を行っていた作品もありましたからねえ)。

おまけに、私自身は、畑氏が執事コメディとギャルゲー的な作品の両立は難しい力量の持ち主だと思っていたので(序盤の話の進行の描き方を見れば、描きたいことをコンパクトにまとめて、スピーディに話を進行する芸当は難しい作風なのは一目瞭然だし、それを露骨に行ったマラソン大会の3連戦は大顰蹙を買いましたし)、どっちかに偏った作品にしかならないというのは分からなくも無いが、ただ、畑氏やサンデーの場合、「買って買って」と読者にアピールして、大量買いを促すような言動をしたりして、利益優先の態度が見え隠れしていたわけだし、そのために、読者の喜びそうなことをしてきて、執事コメディ部分は、ここ数年、かなりおろそかになっていたし、それを描くチャンスであった、マラソン大会、地下迷宮では、ハヤテのやったことは、誰にも追及されないで、しかも、ハヤテの不幸ぶりばかりが強調されてしまうばかりか、ハヤテが、弱点を付いた、卑怯な闘い方で勝った桂妹に対して、謝りもせずに協力を要請するというような事をして桂妹を怒らせたものの(この時点で、すでに執事の名誉は主の名誉というようなことは、作中で言われていたにも関わらず、そういう理屈でのハヤテに対する追求はまったくといっていいほど、なされていなかった)、結局、桂妹は気になるから助けに行って、しかも、ハヤテがやったことに関しては、結局、うやむやになってしまったまま、というような展開になってしまったわけだし、そういうロクでもない部分に関しては、全然といっていいほど、触れないで、ハヤテが気になるというような描写をして、あげく、ヒナ祭りといわれる五大行事の一つでは、ハヤテのことが好きだ、というような結論にたどり着くわけですが、むかつくけど、気になる奴みたいな描写をしていて、そのせめぎあいみたいな描写を何度か入れていたなら、まだしも、そういう描写を入れないで、気になるような描写ばかり強調して、あげく、「好きなんだ」と言い出す始末。

当時、この展開に心底あきれ果て、週一の感想以外は、書く気が失せて、それ以外、全然、書かなかった記憶がある。

しかも、この時点では、西沢がハヤテを追いかけていたわけで、二人の中を応援するというようなことを言っていたにもかかわらず、ヒナ祭りでハヤテを好きだと言い出して、友人との約束と、自分の恋の板ばさみに悩むようなことをせずに、あっさりと、恋のほうを優先するし、その後も、イベント編以外では、そういう板ばさみの描写なんて、殆ど無くて、ハヤテのことを意識するような態度しか見せない。
しかも、クイズ大会では、出題者側にいながら、西沢を意図的に勝たせたり、最近のお嬢の遺産相続が掛かったビーチバレー勝負では、ハヤテにか弱く見られたいがために、わざとか弱い振りをして、手を抜く(おまけに、勝負を終えるまで、桂妹がこの遺産相続の条件を知るような描写はかかれてはいなかった)様なことをやっているわけで、才色兼備で学園のマドンナというような描写をされているヒロインという位置付けにあるキャラとしてみるなら、常人離れした力を持っている彼女が、自分の欲望のためだけに、他者を踏みつけにして、自分の欲望を満たすために好き勝手していると見られても、不思議ではないわけで、どう考えたって、好意的に見ている人間以外は、叩かれるのは無理ないでしょう、これは。

恋は人をおかしくするとかサブタイトルにもあったけど、それだって、結局は、こういう言動に対して、免罪符を用意しているようにしか見えないわけだし、かといって、こういう常人離れした登場人物が、好き勝手に暴れる作風というには、突き抜け切れていない(というか、こういうことをしたがる作品に限って、そこまでの説得力が無い場合が殆どだし)。そもそも、ハヤテのような分かりやすさを強調した作品で、成長を匂わせるようなニュアンスがアル場合、成長は見せ掛けに過ぎない場合がほとんど、という例もありますしね。

しかも、そういう行動には、申し訳程度に、下田の時に、裏切り云々というようなことがマリアによって言及されていたし、西沢に白状するような事をしているが、申し訳程度でしかなく、後は、自分の恋のことしか考えていないのでは? と思えるような態度が目立つうえに、意外と、前述したような、「なんで、そうなっちゃうの?」と突っ込みたくなるような描写が多いうえに、基本的に、作中ではそういう描写に対する追求はまったくといっていいほどなく、全面的に肯定される始末。
叩く人間が出てくるのも、避けられないでしょうし。

ただ、付け加えるなら、こういう批判が強く出出したのも、最初のアニメ化になってからなんですけどね。それ以前に、ウチ以外で、強くハヤテを批判しているサイトやブログって、まったくといっていいほど、なかったんですけどね。

ただまあ、桂妹の内面描写に関して、ぼかすようなことをしているのは、彼女の恋愛に関して、オチが存在するからなんじゃ? という気がしないでもないけど。

というのも、ハヤテと桂妹がであったのは、桂妹が木の上にいたときだし、しかも、桂妹には助けれ無かった鳥を、ハヤテが桂妹が助けようとするのを、制止して、うまいこと助けたわけですからねえ。

さらに、その後には、時計塔の最上階で、乱入してきた桂姉とひと悶着の末、最上階から、まっさかさまに落ちかけていた桂姉をハヤテが助けた。

さらにいうなら、マラソン大会では高所恐怖症を刺激されたとはいえ、つり橋の上で揺らされて、というような事をされていたわけです。

最後のは、釣り橋効果に近いものがある上に、その後、謝りもせずにハヤテが助けに来たことで、その怒りがぶり返していたわけで、結局、ハヤテは、その怒りに気圧されて、退散してしまい、それで、気になった桂妹が助けにやってきたという展開だったわけですが、思い出して怒りが再燃したのと、事情があって、困っているのを知って、見過ごせないということとか、その後、結局、それに対する謝罪は、作中で、まったく持って、なされてはいない。

しかも、彼女性格は、負けず嫌いだったわけで、最初の出会いは、自分のトラウマ(親に捨てられたこと)を彷彿とさせるよう場面で、ハヤテに制止されて、他人に自分がやりたかったことを成し遂げられたわけですし、自分を守ってくれた姉を、さらに、同じ相手に助けられてしまう。
家族に見捨てられた雛鳥を助けれたとしたら、自分が見捨てられたという思いをいくばくかでも、慰めることが出来た、いってみれば、代償行為なわけですが、それを制止されて、おいしいところをハヤテに掻っ攫われた、結果的に助かり、実現可能なものがやったほうがいいということもあるのは確かですし、初対面のハヤテが、彼女の内面にまで、隅々まで見抜くというのは、技術的には可能ではあるだろうけど、それにこだわって、助けれないというよりも、助けれる確実な方法を、というのは無難な選択ではあるのも確かですが、桂妹からすれば、代償行為を行う機会を他人に奪われた上に、それを行ったのが、自分が苦手な高いところにいるのを見られた人物なわけで、負けず嫌いとしては、相当にプライドを刺激されるわけですし、しかも、かつては、自分を守ってくれた存在であり、今は手のかかる姉を、さらに自分の眼前で、助けられた上に、自分の弱点をついて、卑怯な手で、勝利をおさめた上に、それを謝りもせずに、今度はぬけぬけと力を貸してくれとかいう相手というのは、相当に腹が立つ相手ではないかと思うのですが。

ところが、気になっていろいろと面倒を見ているうちに、自分と境遇が似ているというような情報までもたらされていたわけで、挙句の果てには、時計塔の最上階、生徒会室で、待ちぼうけ食らわされた上に、口八丁で丸め込まれたあげく、最上階から、夜景を一緒に見るような展開に持ち込まれてしまったわけで、思いっきり釣り橋効果で、すきだと認識してしまうわけで、錯覚するには、十分な要素ですしね。

ちなみに、ハヤテと桂妹とよく似た、シチュエーションとしては、4コマ漫画「私立T女学園」という作品で、メインキャラで作者と名前が同じ、竹田というキャラの両親の出会いがあり、高いところに上って、降りられなかった竹田母が、通りすがりの竹田父に助けを求めたのに、臆面もなく、自信たっぷりに助けられないことを主張して、竹田母を怒らせて、結局自力で降りて、竹田父を張り倒したが、その晩、竹田父のことが忘れられなくて、翌日探しに行ったのがきっかけで付き合うようになったのだが、その直後、次女の竹田に指摘されたように、むかつく感情と恋愛感情を勘違いしたまま、20年以上いっしょにやってきたというオチになっていて、桂妹も、そういう錯覚と自分と境遇が近いということでほだされた部分、さらには時計塔での、待ちぼうけをごまかすための丸め込みで、勘違いするだけの要素は十分に整っていると思いますし。

まあ、勘違いから、恋や愛が始まっちゃいけないとは思わないのですが、内面を深く突き詰めない一因は、そういう勘違いに気が付かれるのを避けるためということもあるのでしょうけど、それとその展開に納得できるか、というのとは、また別の話ではあるし。
そもそも、ハヤテという作品では、勘違いという要素がでかいかのように言われていますが、それが強かったのは序盤の数ヶ月だけで、その後は、思い出したかのように勘違いっぽい描写がたまに出てきているだけで、まったくといっていいほど、勘違いという要素を取り扱った描写で、うまいと思わせるような描き方は、殆どなされていないのが、実状です。節目節目に強調しているから、そう見えるだけで。

それに、仮にそういう理由があっても、それをうまく見せられているか、といわれれば、NOとしか言いようが無いわけで、最近のビーチバレーだって、かって当たり前の試合、ギルバートを何度も張り倒したハヤテ&運動神経抜群の桂妹VSギルバート&牧村印のバレーマシンという組み合わせで、それを盛り上げるための展開というと、ハヤテにか弱く見られたいがために、手を抜く桂妹というような状況で、桂妹が本気を出したら、あっさりと勝てたという有様。

かって当たり前の話、一週か、二週であっさりと片付くような話に、身勝手な葛藤挟み込んで、しかも、それを恋する乙女の苦悩みたいな書き方で美化して、何週も延々と描かれれば、納得いか無い人も出てくるだろうし、作品に疑問をもつ人もそりゃあ出てくると思いますよ。私だって、いいかげん付き合いきれなくて、感想書くのを止めちゃいましたし。

しかも、その渦中にいるヒロインが、人気投票第一位で、作品でもプッシュしているヒロインだったりすれば、
そういうヒロインをプッシュするような体勢に首をかしげる人も避けられないだろうし。

これは桂妹が、というよりかは、作品自体に関しても作者が力を入れているキャラをよく見せるために、他にもサブキャラ、脇役キャラと魅力ある、ほかのキャラたちが、しっかりと描かれない、あるいは、特定のキャラをよく見せるために妙な方向にキャラが変ってしまう場合も珍しくはないわけで。
その物語や、そこに登場する人物たちをしっかりと描いてもらえなくなってしまうのではないか、という不安が強くなってしまうわけで、キャラ単体に対する不安というよりかは、物語全体に対して、不安みたいなものを感じてしまうのではないでしょうかね。まあ、そういう不安はえてして払拭されないまま、というケースも珍しくはないのですが(汗)

前述した、4コマ漫画の一回分数ページの内容でかかれたオチと同じか、それに近いものだったとして、その内面をぼかして、触れるのを避けながら、何年も書いてきて、それをうまく見せるのも難しいというのは無理からぬ部分があるのは分かっているが、それでも、納得できる見せ方ではないと思うし、最初からかって当たり前というより、その予定調和をあからさまに感じさせるようなことをしているわけで、仮に、私が推測したようなオチが待っているにしても、それをぼかした上で、その勘違いをこいだと認識したままで、数々の騒動を面白く見せるような手腕には乏しいというか、ソウ見せるためのやり方がまずいというのも確かだといわざるを得ないと思うのですけどね。

冒頭でも言ったが、やっていることは、あとから考えれば、間違ってはいない部分もあるけど、それに対する説得力が乏しいわけですからねえ。まあ、読者の好むようなことをやってきたけど、読者の好むことと、自分の描きたいことの両立というよりかは、前者のほうに比重が思いっきり傾いていて、そればっかりやってきたから、後者をアピールするノウハウが乏しくて、いざ、それをやっちゃうと、受け入れられないという側面があると思いますから、4月3日とか、過去編とかが不評を受けたりするのでしょうけど。まあ、前者に至っては、アニメ化で刺激を受けて、その衝動のままに、ろくに考える時間もないまま、下田編の再挑戦を実行に移したという側面も大きいのだと思うけど。読者を喜ばすものと、自分のやりたいことを前面に出すのとは、また、別の話ですからね。
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by kwanp | 2009-05-23 11:57 | コミックス

帰るべき場所1

弟切ソウがマユの兄だということを知り、驚く夏海達。しかし、士は、「あいつが兄貴であるはずが無いのだが」とカブトの知識を知っているので、サビーの装着者のソウがマユの兄であることに首をかしげる。

しかし、ここぞとばかりに、相手の鼻っ柱を折るのを好むタイプといえば、それまでだけど、それにしても、こういう情報を知っているなら、それを一人で抱え込むのって、事態を悪化させてしまう一因だと思うのだけどなあ・・・・。

夏海は、だとしたら、どうして帰ってこないのか、と首をかしげ、「記憶喪失では?」というユウスケ。

ユウスケたちは直接は面識ないから、分からないけど、カブトに憎しみの念を抱いているソウだから、そのために家に帰らないで、任務に勤しんでいるとか、記憶を失っていて、カブトへの憎しみだけが残ったとか、そのあたりの理由とかが思い浮かびますが・・?

光は、「思ったよりも入り組んだ話のようですね」というようなことを言っているか、と思えば、推理小説の話だったわけですが、えてして、こういうセリフが事態解決につながるヒントになることもありますし。

それをあきれた顔で見ながら、リンゴをかじる士。

ゼクト本部では、ソウがクロックダウンシステムが完成すれば、カブトはクロックアップの世界から引き摺り下ろされることになる、とほくそえむソウ。

一方、マユは、祖母に兄が生きていたことを知らせるが、「それで?」とそっけない態度で返されてしまい、さらには、「だったら、それでいいじゃないか」、「生きていて、帰ってこないのは、戻ってこれない理由があるからさ」というような言葉ではぐらかされてしまう。

兄が生きていたことにも、連れ戻そうともしないで、平然としている祖母の態度に納得がいかないマユ。優しかった兄がいなくなったのって、ただでさえ、ショックがでかいわけですからねえ。生きていたと分かったのであれば、見つけ出して、事情を教えて欲しいとか、帰ってきて欲しいとか思うのは無理もないでしょうね。

しかし、ばあさん、やらなきゃいけないことがあるからとか、ほかに言いようがあるのじゃないか、と思うのだが。ばあさんにしてみれば、戻ってこないには戻ってこないなりの理由があるのをわかっているつもりなのかもしれないけど、少なくとも、そういう事情があるにしても、残されたマユに対して、それを分かってもらう努力をするとかいうことはしておかないといけないのじゃないのか、と思えてしまうのですが。
まあ、この手の人物は、そのあたりの、自分がわかっていることに対して、人に分かってもらうということというか、自他の認識の違いという奴に関して、ピンときていない部分が大きいですからねえ・・・。

っていうか、前回の終わりに兄だと分かったのに、その場で、問いただそうとするなり、あるいは、それに聞く耳もたないで、ソウが帰投してしまうようなシーンでもあれば、ともかく、そういうシーンをぶった切って、だから、想像で補完しろといわんばかりの態度が目立つ気がするが。

公園で、夏海と一緒に歩くマユ。「どこを探せばいいのか」と皆目見当がつかないマユ。「私たちもあたってみたけど、ZECTって、組織、本当にヒミツみたいで、連絡先も分からないんです」と夏海もお手上げ状態。

しかし、兄がいたころに、何かあった場合の連絡手段とかを参考に探すという手段も駄目だったのだろうか?
妹から見て、優しかった兄なのだから、何かあったときのための連絡先(直接、職場につながるものではないにしろ)くらいは教えることはしているんじゃないのか、と思うけど。

祖母あたりだったら、何か知っていて、それでも、あえて、ソウジのやっていることを考慮して、言わなかったというくらいのことは考えられるけど。

近くのベンチに座っていたサラリーマンがワームで、その話を聞いていたのか、ワームに変身して、二人に襲い掛かる。逃げ出す二人。
ワームの追跡を振り切ったところで、「気が付いたことがふたつあってね」と現れる海東。
まず、マユがなぜか、ワームに狙われていることというがいなや、ワームが現れるが、近くにいたなら、なぜ、襲われないのか、と思うが。自分のエモノはワームじゃないというように、海東自身に戦う気がなくても、ワームには関係ないわけだからなあ。
まあ、自分は力を持っているから、襲われたって、大丈夫だとか思っているのか、それとも、結局はカブトが助けに来るから、とタカをくくっているのかもしれないけど、力を自分のためにしか、使わないというのは、どうかと思うのだけどなあ。
エモノを手にするためとはいえ、直接的なメリットのためにしか行動しないのって、後々から、マイナス要因になることだって多いと思うけど。

現れたカブトがワームを一掃し、それを見て、「やっぱりね、なぜか、カブトがその子を守っている」というのですが、得意げに指摘するようなポイントじゃあないような・・・・・。むしろ、前回、指摘するようなことじゃあないのか、と思うが・・・・。

ディエンドに変身して、カブトのクロックアップシステムが一番、性能がよさそうだ、といいどうせ頂戴するなら、一番性能がいい方がいい、というのですが、エモノを手にするためとはいえ、マユを危険にさらすとか、やり口が直接的過ぎるけど、そう言うことをやっていたら、カブトから見れば、ワームと大差ないと認識されてしまうのじゃないか?
まあ、珍しいものだから、手に入れたいというだけで、それも自分の価値観中心に物を缶変えて、相手の価値観を全然考慮しないから、パッと見、有効そうな手段に手を出した、ということなのだろうか?

アタックライドブラストを連射して、ワームや、クロックアップで移動しているカブトに命中させるディエンド。出てきたころ、加速装置使っていたけど、そういうの関係無しに、超加速で動いている相手に命中させられるということかな?

でまあ、イクサとサイガを召還するわけですが、イクサはロックオン機能でカブトの動きを解析するような描写があるのだが、本編でも、見かけなかった記憶があるのだけど、その描写。
サイガの方は、劇場版でアクセルフォーム相手に互角の戦いをしていたので、同じ加速能力のあるカブトライダー相手に召還するのは、不思議ではないわけですが・・・・。しかし、海東あたりだったら、ブレイド召還して、TIMEのカードで動きを止めるとかいう手段も使えるのじゃないのか、と思えてしまうのだが・・・・。それをやると身も蓋もなさ過ぎるから、そういう描写をしないだけかもしれないが、ディケイドがブレイドに変身して、マッハとかメタルのカードを使っているから、絵札(J~Q)はともかくとして、1~10あたりは手に入れててもおかしくは無いという描写をやっていて、ディエンドもブレイドブレード使っているのだから、持っていてもおかしくは無いのですよね。

そのライダーの世界では、そのライダーのカードが使えないというのも、よく考えてみると、各世界で、力を取り戻しているカードを使っているから、その理由も成り立ちにくいし、そういう制限は、海東には関係ないだろうしなあ・・・。

イクサ、サイガと戦いを繰り広げるカブト。

ディエンドがカブトと戦っている隙に、逃げ出した夏海とマユ。そこへ現れたワームはマユを狙うわけだが、一人だけ、ワームに狙われるマユから距離をとって、逃げようとする夏海、・・・・・って、駄目ジャン、それ!!

しかも、士が駆けつけたときには、マユの体が光だして、その力によって、ワームは爆発してしまうのだが、オリジナルのひより同様、彼女もワームが正体であるということが明らかになって、それを知って、取り乱すマユ。

夏海を庇って、爆発から、助けた士も、さすがに、そういう部分まで踏襲しているとは思っていなかったのか、唖然としている。

案の定、クロックアップに翻弄されて、「クロックアップがこれほどのものとは」と驚いているディエンド。って、対抗手段、イクサとサイガ以外には考えていなかったのか? というか、ファイズを召還して、アクセルフォームにするか、直接ファイズアクセルフォームを召還するとかいう手もあったはずなのですが、それとも、持っていないのか?

自身がワーム、人を襲っている怪物であることを知り、愕然とするマユ。人間だと思っていたはずが、自分が人を襲うといわれているバケモノだったと、いきなり知らされてしまった訳ですから、自分が生きてきたすべてが、根底から否定されてしまったと思い込んで、ショックを受けるのも無理はない。オリジナルでも、ひよりやら、神代やら、コピーした相手になりきっていて、自分がワームだという自覚のないキャラもいましたから、自分がワームである、という自覚のないまま、人間として育ってきたというのは、分からなくも無いけど。
しかも、自分もひょっとしたら、身近な人間を本能のままに襲ってしまうかもしれないという、自分が自分でなくなってしまうという恐怖もあるわけですし。

そこへ現れるソウが、「オレなら、お前を受け入れられる」といい、ワームである正体を明らかにして、マユに語りかけるのですが、自分が信じていたものを根底からひっくり返されてしまい、心細くなっているところに、オレなら受け入れられるとか、同じワームだから、というようなことで説得しようとしているあたり、思いっきり、人の心の隙に付け入っているよなあ。

最初は戸惑うも、一緒に行こうと、差し伸べたソウに、眼帯に手を当てて、カブトにやられたといわんばかりの態度を取るわけですが、姿や記憶をコピーできるのだから、そのあたりのことで、兄であるというようなことを演出する時点で、うさんくさい気もするけど、最初から、兄がワームだったというのであるなら、ワームゆえ二カブトに殺されそうになったという風に理解しても不思議ではないかもしれませんね・・・。
ソウの言葉を聞いて、マユは、相手のことを信用したようですが? ワームなら、どうして、ワームを倒すZECtには行っているの? というような疑問もあると思うのですが、そのあたりの疑問は、こういうショックで不安になっているときには、中々気がつきにくいということでしょうか? それにしたって、気が付く人は気が付くと思うのですが。

おでん屋に行って、マユがワームであるということを話す士と夏海。しかし、そのことを知っていたtいわんばかりに祖母はそっけない態度をとる。それを見て、知っていたんだな、とつめよる士。
しかも、それがどうかしたかい、とまでいいはる始末。オリジナルでも、天道の両親(母親はひよりを身ごもっていた)を殺して、摩り替わっていたわけですから、場合によっては、自分の子供や孫を殺して、摩り替わっていた相手だと知って、一緒に暮らしていたわけですから、そのことを踏まえている士が驚くのも無理はないでしょう。

「ワームだと分かった以上、俺はあの子を倒す。それがこの世界のルールなんだろ?」と問う士だが、オリジナルでも、一応、人とワームの共存というような描写は語られていたわけですし、ワームの脅威以上に、株との脅威が語られていた斗思うのですが、この世界では・・・・。

ただ、このあたりは、祖母の本音を探ろうとして、カマかけをしていたということなのでしょうかね、士の言葉は?

「ワームだろうが、何だろうが、関係ない、あの子は私の孫だよ」というのだが、どういう経緯で、マユがオリジナルと入れ替わったのか、語られていないわけですから、オリジナルと同じ経緯で入れ替わったとかいうような経緯を想像するしかないですし、カブトを知らない人にとっては、子供や孫を殺した相手を孫と言っているわけだから、「あの子は私の孫だよ」と言われても、さすがに、厳しいところがあるのではないかな、と思うのですが・・・・。
ファイズの世界では、タクミは自身がオルフェノクで、オルフェノクが人を襲うと喧伝されても、それでも、守りたい人がいるから、大事な思い出があるから、それを守るために、、闘っていたという風に納得できるものでしたが、カブトの世界では、そういう入れ替わった描写や経緯は書かれていないわけだから、血のつながりとか、人とワームの違いなんて、関係ない、とかいきなり言い出されても、どうもねえ。

まあ、この時点では、ソウジもワームであり、マユもワームだとすれば、一人残されて、しかも入れ替わったバケモノを排除する力も無いとすれば、受け入れざるを得ななくて、あの子は私の孫だよ、というセリフで、虚勢を張って、取り繕っているだけともとれてしまうし。

あのこのからだの中には、隅々までウチのツユの味がしみこんでいるんだよ、というけど、恩讐を超えた感情というのを表現するにしても、一緒に暮らしてきたから、といいたいのかもしれないけど、いきなり、そんな状況だけ見せられて、納得しろといわれてもねえ・・・・・。血のつながりとか、種族は関係ないというようなセリフを安易に利用して、と思えてしまうのだが、このあたりのセリフのやり取りは・・・・・。

ソウにつれられて、ZECT本部まできたマユだが、いきなり、ブライトルーパーのメンバーに取り押さえられてしまう。アラタは抗議するのだが、カブト捕獲作戦のためだ、と一蹴されてしまうものの、なおも、そんな作戦中止してください、と食い下がるが、「作戦は決定事項だ」と、頑として譲らないで、ゼクトルーパーに取り押さえられてしまい、袋叩きにあってしまう。

って、取り押さえるだけでも十分だと思うのに、リンチはやりすぎじゃあないのか?

ブライトルーパーにつれられていきながら、兄に呼びかけるが、ソウは「餌は手に入った」と不適に笑うのみ。
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by kwanp | 2009-05-17 16:05 | 特撮

帰るべき場所2



まあ、兄も同じワームだったから、ということで、信じられていたのに、土壇場で、それも裏切られてしまったわけですから、さらにどん底へ突き落とされてしまって、ショックはでかくならざるをえないでしょうし。ただ、これだったら、先ほどの説得の時に、前述の疑問とかを口にして、そのやり取り次第では、このシーン、必要なくなってしまうやり方もあったのではないか、と思えてしまいますが。

クロックダウンシステムが開発され、カブト捕獲作戦が実行されるというニュースが流されて、カブトにおびえることはなくなります、というようなことが喧伝されるわけですが・・・?

まあ、このあたりも、ワームの正体を明かすシーン以外は、見ようによっては任務を遂行するために、家族に憎まれてでも、非情になるという解釈も出来るし、自分がワームであることを知って、取り乱すマユを説得するような事をしなくても、強引に取り押さえるとか、あるいは、たとえ、「お前がワームでも、オレの権限で守ってやる」とか、あるいは、大事なモノを守るためにZECTに入って、闘っていたのに、いつのまにか、そういう基本的なことも忘れて、任務に従事して、ワームを倒すことに重点を置いてしまうという本末転倒的な態度を見せるだけでも、十分に、マユにショックを受けさせて、どん底に落とすことは出来たのではないか、と思えるのだが・・・・・。

そのニュースを聞いて、不安な顔になる祖母。他に何か知っているのか、それとも、それを行っているのがソウだと気が付いて、マユを拘束して、計画を行おうとしているか、それに近いことをしていると勘付いたということか?

マユが拘束されシーンの背後で、カブト捕獲作戦で、市民に安堵の声が流れているというようなことが語られ、そのニュースを見ていた士達の前に、深手を負ったアラタが駆け込んできて、「弟切さんを止めてくれ、あいつは普通じゃない。カブトを捕まえるために、女の子まで利用して」と助けを求める。
「まさか、マユちゃんを?」と動揺する夏海。
「どうやって、カブトを捕まえる?」と問う士に、「システムが稼動すれば、カブトはクロックアップ能力を失うというアラタ。それをきいて、「そういうことか」と合点が行くような口ぶりの士は、カブトの動きが止まれば、ライダーの動きも止まると推測し、「なに?」と驚くアラタ。
まあ、ZECT自体、ワームが背後で操っていた組織だから、カブトの世界の知識から、推測して、クロックダウンシステムが、ライダーの動き求めるシステムであることを看破した、ということだろうけど、ライダーシステムは、ワームの能力を機械的にコピーしたものですから、機械の仕掛をどうにかすることで、ライダーのクロックアップをどうにかするということなのか?

しかし、士が情報をオープンにして、マユの正体が分かった後に対処していたら、マユがソウに捕まってクロックダウンシステムでカブトを捕獲するという状況になるのを完全に防げたとまではいかなくても、防ぐために行動するという態度を見せていても良かったのではないか、と思うのだが。
マユの祖母の家に帰っていないか、立ち寄るのはともかくとして、悠長に家でニュース見ている場合じゃないだろうに、士たちは・・・・。

バイクでZECTに乗り込む士だが、ユウスケは!? 一応、前回のペガサスフォームの戦法もあるんだし、敵わなくても、一緒に闘うという姿勢くらいは見せてもいいのではないか、と思うが・・・。
それと、アラタ、お前も一応、ライダーだから、ついていけよ、少女を助けるために。

一方、ZECTでは、作戦の準備が完了するのですが、ゼクトルーパーの一人が、ソウにカブトはやってくるのでしょうか、と聞くわけですが、「餌がある限り、奴は必ず来る」と断言する。って、どうやって、その情報を知るのだろうか、カブトは? ニュースでは、そういうことには一切触れていないわけだし。
それとも、ストーカー同然に、常時、マユを見守っているということか、クロックアップの世界で?
信じていた兄に、利用されたことで、ショックw禁じえないマユ。

そこへ、何者かがドアをぶち破ろうとしているのを見て、カブトと判断して、システムを作動させるソウ。現れたのはカブトであり、クロックアップを停止させられて、ダメージを負っている有様。

「ようやく会えたな」と嬉々として語りかけ、ブライルーパー達に取り押さえさせるソウ。

「ついに捕らえたぞ、カブト!! オレの勝ちだ」と勝利宣言をすると同時に、部下の何割かがワームに変身してしまう。ZECTは、オリジナルでもワームとつるんでいたり、ネイティブが背後にいたりと、ワームによって、操られていた組織なので、メンバーの何割かが、ワームになっていても不思議ではないのですよね。

クロックダウンシステムでカブトを捕獲しようとしたのも、クロックアップの世界にいるカブトが邪魔だから、悪魔のように喧伝して、とマイナスイメージを植え付けて、排除するための一手だったと思いますし。

暴れ出すワームたち。

「全てのライダーのクロックアップは無力化された、クロックアップできないお前など、我々の敵ではない」とカブトを蹴り飛ばすソウ。
蹴り飛ばされたショックで、ゼクターが離れてしまい、変身解除されるカブト。その正体は、予想通りソウジであったのだが、「お兄ちゃん、どうして?」と戸惑うマユ。
せめて、どっちが本物か、気が付けよ・・・・。

久しぶり、といいながら、この世に二人の俺はいらないとソウジを踏みつけにするソウ。
このあたりは、カブトとダークカブト、カブトとガタック、あるいは、序盤の、矢車(ザビー)に憧れめいたものを感じて、その指示に従う加賀美というニュアンスを描いていたということか?

そこへ消えるのはお前のほうだ、と士が現れ、「おばあちゃんが言っていた。つゆの味は目で見ただけではわからない」といい、マユが見たのは、兄に擬態したワームだ、と説明するが、今回ばかりは、裏目に出ていないか、その平成ライダーの知識。
ここぞという時に、その知識を披露して、相手の鼻っ柱をへし折るのを好む性格のためか、情報を出ししみするわけですが、それによって、無用な混乱とかを生み出しているわけだからなあ、今回の場合。
混乱しているときに、何を言っても無駄、とか言う意見も出てくるかもしれないけど、それにしても、すこしは、マユを捜そうとかしないで、悠長にTVを見ているのだから、余計に説得力ないし。

その戦いの後、クロックアップの世界から戻れなくなったというソウジ。妹に、ワーム、それも、自分に擬態した相手を倒していたところを見られたことが原因か、それとも、装置の暴走か?
それを除いても、兄を殺していたと見られたことと、ソウが組織とグルになって、ソウジと入れ替わって、成りすましていたということで、組織内にソウジが戻る場所はなくなって、さらには、社会的にも、戸籍とかで先手を打たれてしまったということか?

そのあたりの事情で、間にもうひと騒動ありそうな気がするが・・・。ともあれ、クロックアップの世界、というのに関して、全然説明していないという気もするが、おそらくは、クロックアップというのは、時間の流れを捜査して、高速で動く力とか説明されていたが、これ、カブト編では、全然、語られていないからなあ・・・。
カブトゼクターのクロックアップを司る部分、いってみれば、体内時計を操作する装置みたいなのが、暴走して、止まらなくなったということだろうなあ。クロックダウンシステムは、その動きを停止させる装置でワームと違って、機械的に再現しているゼクターの仕掛に作用するように作られているとは思うけど。

マユに、まだ戻れると呼びかけるわけですが、ソウは「こいつはワームだぞ、今更、戻れる場所などない」と笑い飛ばす。しかし、「違うな。この世に一箇所だけ、たとえ、世界の全てを敵にまわしたとしても、家族の帰りを待っている場所がある。そして、この世に一人だけ、たとえ、世界の全てを敵に回しても、家族のために戦う男がいる。誰にも声が届かない世界で、孤独に耐えながら、みんなを守ってきた、誰より強い男だ」ととく士。

その人というか、マユにとって、彼女の帰りを待っている場所や、彼女を守るために戦う人がいるということを言いたいのだろうし、それには、人もワームも関係ないということを言いたいのだろうけど、マユがワームであるという要素は、今週になって、かかれたものだし、マユがワームで、オリジナルはどうなったというのはカブトの知識があれば、ともかく、カブトの知識がなければ、じゃあ、オリジナルのマユはどうなった、ということになってしまうし。そういう部分や、それにまつわるソウジや祖母の感情や葛藤を描かないで、それで、「私の孫だ」とか、「お前はまだ、戻れる」というようなことを言われても、説得力が無いし、だったら、悠長にTV見ていないで、探しに言って、そのセリフを、マユに言ってやれ、と思えてしまうし。
マユが攫われたというシチュエーションを作り出すとか、そういう部分が先にありきで話が作られていると思えてしまうのだが・・・。

誰にも声が届かないって、さっき、あっさり、ディエンドの攻撃で、停止させられていたのはどこの誰だよ。
そもそも、士って、天道と大差のないとオレ様野郎だから、天道をフォローするセリフって、結局のところ、自画自賛と大差ないわけですし。

そもそも、自分の妹を守るために、オリジナルの天道は暴走して、すき放題やらかしていたから、家族や妹を守るためだけに、闘うのであれば、邪悪な存在でも、それを行えるのだと思うので、ライダーというか、ヒーローの証明にはならないと思いますし。

ソウを虫けらとか一蹴するのはどうかな、と思うけど。第一、ワーム相手に虫けらって、まんまじゃないか・・・。

世界は俺のものだ、とワームに変身するソウ。「どうかな、オレは全てを破壊する」と破壊者呼ばわりされていることを逆手にとって、宣言し、「通りすがりの仮面ライダーだ」と叫ぶ士。

襲い掛かるワームを相手に、生身で立ち回りを繰り広げている間に、マユの拘束を解くソウジ。「なんで、私を守ってくれるの?」というマユに、「お前はオレの妹だ、オレは?」ときいて、「お兄ちゃん」と言わせるのだが、
単にたとえ、ワームであっても、妹だ、と言わせるには、ワームは人に成りすまして、オリジナルを殺すという設定があるから、それだけでは説明不足というか、語る手間を惜しんでいる以上、それっぽく見せているだけで、説得力に欠けるといわざるを得ないし。

マユを安全なところに避難させてから、ダブル変身するディケイドとカブト。キャストオフして、ライダーフォームへ。
ザコワーム相手に立ち回り、ディケイドのライドブッカーがレーザーブレイドのように舞う。

ソウが「クロックアップを封じられた貴様らがオレに勝てるか!!」と襲い掛かるが、よけられ、「残念だったな、どんなに早く動いても、お前の攻撃パターンは見切った」と、あっさりとクロックアップをよけるって、あーたら(汗) さらに、分身で、叩きのめす。
せめて、ペガサスフォームか、前回同様、アクセルフォームとか、防御力の強いタイタンフォームやドッガフォームとかに変身して、捕まえるとかしたほうが良かったような気もするが・・・・・。

ソウは屋上のほうへ逃げるのだが、力を取り戻したカードで、カブトをカブトゼクターに変身させて、屋上へ出るディケイド。

「もう、システムは止められない」というソウ。「システムを破壊すれば、あんたはまた、永遠の孤独に戻ることになる、いいのか?」と聞くが、「いつでも帰る場所がある。だから、俺は離れていられるんだ」というカブト。

クロックダウンシステムによって、クロックアップシステムが作動しないで済んでいるから、普通に動けるのだが、もどったら、また、高速移動の日々に逆戻りになってしまう。だが、戻る場所、帰る場所がある限り、ということなのだろうけど、帰る場所があるから、闘えるだけでは、それが失われたときに、逆に人々を滅ぼす魔王と化してしまうことだって、ありえるわけだから、ある意味、それだけでは、50点か、それ以下ということなのだけどなあ。
脅威が無くなれば、今度は、手のひら返して、ヒーローをバケモノ扱いするわけだし、そもそも、ワームであるマユもいるから、大丈夫だから、そういっているようにも思えてしまうので、言ってる言葉ほど、たいした覚悟じゃあないのかも。

世界は俺が支配するというソウに、「この一家がいる限り、それは不可能だ」というディケイドは、FARで、カブトゼクターになって、ソウを捕まえ、ソウごと、タワーを破壊、そして、ゼクターのボタンを押して、ライダーキックの体勢にはいり、ディケイドとのダブルキックで、ソウを倒す。

「なにか、ばあちゃんに伝えることは?」と問う士に、「ないな、おばあちゃんは全部分かっている」と答えるソウジに、ソウだな、と頷く士。

そこへやってくるマユ。無言で見つめあいながら、クロックアップの世界へ帰っていくソウジ。いうべきことは言ったとばかりに。

祖母のもとへ戻るマユ。お帰りと迎える祖母。マユは私の孫だ、といっていた通り、マユがワームであることが、彼女が分かっても、受け入れる。マユも祖母のおでんを食べる。

「お兄ちゃんも、いつか帰ってこれるかな?」ということばに、祖母は「ソウジはいつだって、ここにいるよ。私たちが変らない限りね」と心の中に、ソウジがいると答える祖母。逆にいえば、ソウジが変らない限り、マユや、祖母も、ソウジの傍にいるということなのだが、結局、一家の中で、話が完結しているだけだし、そのために闘うのであれば、ある意味、当たり前というきはするけど・・・・。

それを写真にとる士。写真を現像して、なかなか、いい写真じゃないかという光。皆で写真を見ているところへ、お宝は手に入らなかったとか文句をいいにくる海東だが、士は、「これをやろう」とビンを投げ、「バスコ・ダ・ガマが命がけで捜し求め、金と同じ値段で取引されたという伝説のスパイス」といって、持って行けというのですが、夏海が「胡椒じゃないですか?」という夏海の突っ込みどおり、当時は故障は貴重品で、海をわたって、それを捜し求めていたわけですが、海東が、そのことを知らないのか、士の言っている金よりも価値があるという言葉に、コロリと騙されたか(この手のタイプは、自身の目よりも、周りがどう評価するか、というほうを鵜呑みにするし)。あるいは、知っていて、あえて、騙された振りをして、貸にしておいてやるとか心の中で思っているのか?

そこへ、ワームに擬態されたキバーラが現れて、お前が偽者だ、と言い争うのですが、そんなことお構い無しに、真実はそれだけだとかソウジの真似をする士に、「どっちもキレイだ」と言って、逆にキバーラたちの怒りを買う光。そして、キバーラ達に突き飛ばされる(あっちにいけよって、地が出ているし)光が紐を引いて、今度は響鬼の世界ですが、

「残る世界は、後一つになってしまった。だが、ディケイド、そこがお前の死に場所となるという桜井もどきが音叉を額に当てるのですが、鬼に変身できるのでしょうか、彼は?

そして、響鬼が現れ・・・。って、キバーラに擬態したワームは、スルーでいいのか(汗)


カブト編の場合は、クロックアップの世界から抜け出せなくなってしまったソウジの代わりに、マユや祖母がソウジを語ることで、士と天道という被りやすいキャラを両立させようという狙いは分かるのだが、見ている人間のカブトに対する知識に頼っていて、感じな部分がどうなっているということを語っていないで、それっぽいセリフで語っていただけだから、もっともらしいシチュエーションを用意した、言ってみれば、パロディの域を出ない内容になってしまったと思いますし。そもそも、士自身、天道とキャラ被るので、クロックアップの世界とか言う設定持ち出して、直接関わらせないための方便にしか思えないし、その域を出ていないように感じるし。ユウスケが動かないと、士を良く見せるために、他の世界のライダーが引き立て役にしか見えないような構図ですからねえ、ディケイドは。
会川脚本の場合は、本編の要素を踏襲しながらも、ちゃんと前後編で、その世界のライダーの物語を描ききれていたと思いますが。やり方にもよるけど、信念がないのに、信念があるとか言う風に装って描くのは、出来ないことではないのだよなあ、ということを見せ付けられた話だった気がするが・・・。
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by kwanp | 2009-05-17 12:54 | 特撮

これはまた・・・・

リゼンブールにに向う汽車で、発車を待っているエドワードに声をかけてくるヒューズ。当方のマスタング組の面々は忙しくて、これないとかで、ヒューズ一人ナ訳で。アニメや原作だと、そのあたりのことに触れたシーンがあって、前のアニメでは、それぞれ、手が離せない理由を口にするたびに、少佐が筋肉でアピールするシーンでしたからねえ。まあ、スカーのエピソードと、マルコーのエピソードが一緒になった上に、軍に対して、不審を抱いているという描写もありましたが。
ちなみに、義手を破壊されて、錬金術が使えないエド、鎧を破壊されてしまったアルという状況で、スカーに襲われデモしたら大変だ、ということで、エドたちの帰省にアームストロング少佐もついてくることに。
しかし、少佐と一緒の席は確かにきつい(汗)

少佐の好意なんだ、素直に受け取れというヒューズに、子供は遠慮無用とか言う少佐なのだが、引っ込み思案な妹がいたりするわけですし、面倒見がいいのも、そのあたりが関係しているのかな?

アルの「兄さん、僕、この体になって、初めて、子ども扱いされたよ」のセリフはなしだが、鎧姿でなく、兄弟を扱うというセリフは嫌いじゃないので、カットされたのは残念ではありますが。

しかも、アルは荷物扱いで、羊と一緒だし(汗) 俺の弟を何だと思っているんだーー! と怒るエド。

この体になって初めて、荷物扱いされたというオチだけしかかかれていないのは、片手落ちという気もするけど。ロイからの伝言、「事後処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬな」「了解、ゼッテェー、てめえより先に死にませんと伝えといて」のセリフはカット。旧アニメ版では、スカーが、エルリック兄弟の行方を知るために、子供を使って調べさせていた。

サジ加減によっては、悪い人じゃないけどって、のを、地で行く人なのだな、少佐は。まあ、今のアルの姿で、客車に乗っていたら、何事か、と思われるのも確かですけどね・・・・。

発車時間のベルが鳴り、「道中、気をつけて、中央によることがあったら、声かけろや」と敬礼するヒューズ。
エドは左手で、少佐は右手で、敬礼をするわけだが、えらく遠近感の違いを感じる構図ですよね、エドと少佐が敬礼している光景は(汗)

エドは左手で失礼のせりふを言っているのだが、これもカット。

途中停車した駅で、見知った顔を見て、声をかける少佐。後のセリフで分かるわけですが、この人、研究資料を持って、逃亡しているわけで、しかも、特徴のありまくるマッチョな巨漢。それが力いっぱい大きな声で呼びかけてくる。
ヤバイと思うのは無理もないでしょうね。冷静に考えて見ると、追っ手として送り込むなら、キンブリーあたりとか、他にうってつけの人選があると思いますけど、素性を隠して、逃亡生活を送っている人間が、あの状況で、シュンジにそこまで、気が回らないと思うし、回ったにしても、少佐のようなお人よしだったら、本人にそのつもりが無くても、何気なく言った言葉で、アシがつく可能性もあるから、やっぱり逃げざるを得ないだろうし。

前のアニメ版では、エドとアルも、マルコーを探しにきて、後からつけてきた少佐を中央からの追っ手だと思っていたという勘違いをしていたわけですが、実力はともかく、少佐は逃亡者を追いかける役目を任せるにしては、目立ち過ぎると思うのだけどなあ・・・・。裏をかくにしても、リスクはでかいと思いますし。

あの状況じゃあ、そういう可能性も、ち、考えてしまうか。

でまあ、少佐は、マルコーのことを中央にいたやり手の錬金術師で、錬金術を医療に応用する研究をしていたが、イシュバールの内乱の後、行方不明になっていたと語る。
成体練成に関して、何か知っているかもしれない、ということで、降りて、マルコーを探すことに。

少佐の似顔絵術で書いた似顔絵で聞いて回ると、マウロ先生だなという答えが返ってきて、医者が徴用されて、いないところに現れて、親身になって治療してくれるということで評判になっているわけですが、

よく気が付かれなかったものだ。

そういう評判も、中央から、列車が走っているので、アシがつく危険性が大きいような気がするけど。後の話で、エドが追われていた時に、服装と髪型で手配が回っていて、気が付かれなかった例もあるから、一概には言えないけど、未完成とはいえ、賢者の石で治療していたら、その評判で、外部の人の耳に入って、とかいうことに、よくならなかったなあ、と思えてしまうのだが・・・・・。現によそからきたエドや少佐に、マルコーのこと、色々と喋っているわけだし。

マルコーの家をたずねたら、追っ手だと思われて、銃を突きつけられて、結果、落ち着いてくださいといって、あるを投げつける少佐(汗) 旧アニメだと、ここでは、エドとアルだけで、しかも、アルが前に立って、説得して、例によって例の如く、アルの方を鋼の錬金術師と勘違いする流れになっていたのですよね・・・・・。

こんな田舎に隠れ住んでいたとは、と驚く少佐。極秘資料を持ち逃げしたという噂を口にする訳ですが、それに関して、上の命令とはいえ、己のやったことに耐えられなかったと告白するマルコー。
自分のやったことは、この命を持ってしても償いきれない。それでも、できる限りのことを、と医者をやっていると告白する。
それを聞いて、研究を命じられているものとは? という少佐の問いに、賢者の石と答えるマルコー。
彼が持ち出したのは、石そのものと、研究資料で、ビンに入った赤い液体を見せて、それを机の上にこぼしたかと思うと、石のような形をとる。

哲学者の石、天上の石、大エリクシル、赤きティンクトゥラ、第五実体、賢者の石、と形状は石であるとは限らないようですが、不完全品で、いつ、限界がきて、使用不能になるのか分からないと説明する。

旧アニメでは、このあたりで、グランが現れマルコーを拘束して、連れて行こうとして、スカーに襲撃されて、暗殺されてしまい、という前回の感想でも言った流れになるのですが、このあたりは割愛。

「それでも、イシュバールの内乱では十分威力を発揮した、リオールのエセ教主もそうだ。不完全ヒントは言え、奴の能力は確実に底上げされていた。それだけのものが作り出せるなら、研究次第では、完全品も夢ではない」と笑みを浮かべ、研究資料を見せてくれと迫る。このあたりのセリフは、マルコーの家に現れたグランによって、語られている。
それを聞いて、エドの素性を少佐に尋ねて、国家錬金術師だと聞かされて、恐ろしさを禁じえないマルコー。
イシュバールの内乱の後、人間兵器であることに耐え切れなくて、資格を返上した者も少なからずいるという。
このエドのセリフは、賢者の石の正体を知らないで、言っているわけですが、石の正体を知っているマルコーからすれば、完全品を作れると嬉々としていうエドの姿に恐ろしいものを感じざるを得ないでしょうし。

エドのほうは、バカな事だってわかっていると言い返し、目的を果たすためなら、針のむしろだろうと、と決意を語るわけですが、アルを見て、完全な賢者の石を作り出すことが出来るかも、と語るがそれでも、資料を見せることを拒むマルコー。それって、犠牲者が出ることを意味するから、それはNOというほか無い。
地獄なら、とうに見たと言い張るエドだけど、この後にわかる真実を考えると、その決意でも、まだ、及ばないものだったのかも、と思えてしまう。常人からすれば、十分にたい変なことだったとはいえ。

結局、何も得られないまま、マルコーの家を後にするエド。地獄ならとうに見たというエドの言葉が頭から離れないマルコー。



少佐が、「本当にいいのか?」と念を押すように聞いてくる。不完全品とはいえ、取り上げることも出来たのに、と尋ねる彼だが、のどから手が出るほど欲しい、という本音を隠さずに、アルも彼の治療を必要としてくれる人たちのものだ、と言う。
賢者の石が作れるとわかっただけでもめっけもの、また、別の方法を探すと気持ちを切り替えるエド。

この時点で、タッカーとか、復讐のために行動するスカートかを見ているので、同じようになりたくは無い、というような思いがますます強くなったのかもしれませんね。旧アニメだと、逃げる途中で、賢者の石をマルコーに手渡して、それとマルコーは、あの人たちのものだ、と言う。自分の欲望ではなく、力を必要とする人たちのために、という意識が生まれていくといったところか?

賢者の石は、アニメではスカーの右腕に吸収されてしまう。

少佐に報告しなくていいのか、と聞くと、我輩が会ったのはマウロという街医者だ、とすっとぼける。

そこへやってくるマルコーが資料の隠し場所を書いたメモを渡し、
「真実を知っても公開しないというなら、これを見なさい。君なら真実の奥の更なる真実に・・・」といいかけて、口をつぐむ。

まあ、地獄を見ても、なおもつき進もうとする強さを見て、真実を知っても、それで行われていることを止めることを期待していたのか? そうはならなくても、真実を知ることで、考えを変えることを期待していた面もあるのかもしれません。
真実を教えないと突っぱねても、エドのように行動して、力もある人間が、別の形で真実を知って、取り返しがつかなくなることだって、ありえたはずで、真実を教えることが、時には、傷を浅くするという事だってあるわけだから、真実を知って、突き進むのと同時に、止める意図もあったのかも。

元の体に戻れる日が来るのを祈っているというマルコーに礼をするエド、敬礼をする少佐。前のアニメでは、エドに、こっそりと、研究資料の隠し場所を書いたメモを渡すようになっている。

国立中央図書館第一分館に手がかりがあると期待に胸を弾ませるエド。一方、家に戻ったマルコーの前に、「探したわよ」と現れるラスト。

前のアニメだと、スカーに追われた後、大総統の管轄下に置かれて、ホテル(?)の部屋で待っていたら、ラストが現れて、エドに話した内容を確認しようとして、マルコーの反撃を受けたが、復活した後、人質をとって・・・・・・・・・、のやり取りは、ほぼカット。しかも、アニメだと、この後は・・・・・。


リゼンブールのロックベル家。作業中のウィンリィを、ピナコばあさんが呼ぶ。

アルをかかえた少佐とともに、ロックベル家に顔を出すエド。ピナコに小さくなったねと皮肉られるが、少佐と一緒じゃあ、でかくなっても実感わかないのも確かだよなあ・・・・・・。

前のアニメでは、ロックベル家に向う道すがら、4年間帰っていなかった事情を話して、エドが「少佐も、俺たちのこと、大体は聞いているんだろ?」と聞き返してきて、少佐が言葉を濁すシーンがあったり、このやり取りの間に、少佐が「目上の方に・・・・」と起こるシーンが挟まっている。

しかも、メンテナンスに来るときは先に連絡を入れろといったでしょ、とスパナを投げられる始末。おまけに、スカーにバラバラにされた義手を見て、顔が真っ青になるウィンリィ。
涼しい顔で「わりぃわりぃ」と謝るエド。このあたりの温度差はいつの世も変らない構図だよなあ・・・・・、そりゃ、殴りたくもなるわな(本当は殴っちゃいけないけど)。
アルみたいに、「てへっ♪」なんて、無邪気に言われた日には、蹴飛ばす気持ちも分かるよな。
これは明らかに殴られたり蹴られているアルやエドが悪い。

旧アニメでは、もう少し、申し訳なさそうな態度とか、ばつが悪そうに答えあぐねるシーンとかがあったわけですが、ギャグで流しているつもりなのでしょうかね?壊された義手のパーツが書かれている描写はなし。

事情を話して、大至急なおしてくれと頼み込むエド。足も調整が必要と聞いて、一応のびているのね、と冗談めかして、おちょくるウィンリィ。うるせーと怒るエド。
腕は一から作らないといけないかな、というピナコ。一週間くらい掛かるかな、と訪ねるエドに3日でやってやるよ、と答えるピナコ。

スペアの足を接続するエド。エドの義足をかかえて、3日のうちにやら無いといけない作業を考えて、げんなりするが、早く中央に行きたいというエドのために、気合を入れてやってあげるというウィンリィ。もっとも、特急料金は、催促されてしまうが(笑)

前のアニメでは、中央に行かないといけないという江戸達の態度に、やばいものじゃあないでしょうね? といぶかしむセリフがあったが、それもなし。

素手で薪を割り、ピナコのところに持ってくる少佐。エドの姿が見えないという少佐に、母親の墓参りと答えるピナコ。墓参りに向う途中の光景が挟まれる。

義足を調整しながら、少佐にエドたちがどういう風に過ごしているか、を尋ねる。こういう田舎には、情報が入ってこない、というような説明はなしで、心配だというニュアンスも書かれにくい。
「彼らは中央でも名の通った錬金術師です。それゆえ、トラブルにも巻き込まれるようですが、なに、大丈夫です。あの兄弟は強い」
「強いかい? だといいのだけどね」
太鼓判を押す少佐の言葉に、不安げにつぶやくピナコ。前のアニメでは、人体練成を行った時のことや、義手をつける時の事を思い出すわけで、言葉よりも、心配なのが伝わりやすいと思う。
「ピナコ殿にとっては、あの兄弟は孫みたいなものですか?」
ウィンリィや兄弟の昔の写真を手にとりながら、兄弟のことをピナコに訊ねる少佐。
ホーエンハイムとは昔からの飲み仲間だったが、今じゃあ生きているのかどうか、もわからない。と墓参りの途中、顔見知りにあい、墓に参る光景とともに、ホーエンハイムのことを語るピナコ。前のアニメでは、このあたりのくだりや、アルの記憶があいまいという事にも触れられている。墓参りの時に、母親を練成しようと、決意する過去を思い出すエドというシーンもあった。
そして、少佐に尋ねられて、ウィンリィの両親のことを、戦地に赴いたことを放すが、それを聞いて、戦地に赴いた少佐も、実感たっぷりに、「ひどい戦いでした」と頷く。
そろそろ、夕飯の支度だ、と腰を上げるピナコに辞退しようとするが、エルリック兄弟も、ここしか泊まるところが無いから、もう一人分も変らないから、遠慮しなくていいと言ってのけるピナコ。

少佐のようなガタイだと、エルリック兄弟の件を考慮の外においても、こういうときは、遠慮しなくていいと押し切られることって、田舎だと、よくある話し出しなあ・・・・・。

兄弟には帰る家が無いと少佐に教え、焼け跡になった自分たちが住んでいた家の前にたたずむエド。
ピナコは家を焼いて、後戻りできないようにしたと語る。

しかし、帰った途端に少佐が涙目で迫ってくるのは、確かに大変だ(汗)原作では、リゼンブールに向う際に、少佐も、人体練成のことを知って、涙ぐむのだけど、流れ的には悪くは無いのだけど、一話でもソウだったけど、少佐の大げさな感情表現の描き方って、やたら、オーバーにギャグチックに描かれているのが、ちょっと・・・。前のアニメだったら、気にならなかった程度なのですが。今のアニメシリーズが、苦手な一因って、このあたりにも理由があるのですよね。

銀時計に興味を持ったり、自分の記憶があいまいなことにショックを感じてしまったアルが、エドに記憶がbんやりしていることを話したり、そこへ元気付けようとしているアームストロングが乱入してくるシーンなどはカット。

翌朝、目を覚ましたエドが、徹夜作業のウィンリィにそっけなく、徹夜と答えられ、夜も徹夜とそっけなく答えられ、その翌朝には、ばつが悪くて、声をかけにくいという有様(汗)で、部屋をたたき出される始末。

大人しく待っていようよというアルに、中央に賢者の石の手がかりがあるということが分かっているので、どうも落ち着かないというエド。こういうときは、時間が長く感じてしまうものですからねえ。前のアニメでは、このシーンで、あるに墓参りに行ってきなよ、と促されるのだが・・・・。

そこへ義手が出来たとやってくるウィンリィ。義手と義足を接続する痛みに耐えるエド。体が元に戻れば、この痛みともおさらばだ、というエドに、金蔓がいなくなるのは残念だねと憎まれ口を叩くピナコ。
オートメイルの薀蓄を語って、エドに、機械オタクといわれるウィンリィ(彼女もエドに錬金術オタクと言い返すが)。

早速、接続した義手を動かすエド。ウィンリィが言うには、クロームの比率を大きくして、錆びにくくしたとのことで、軽くなったものの、強度が下がったとの事で注意するウィンリィだが、聞く耳をもたないエドは、さっさと外に行くわけで・・・・・・。

接続時の痛みに耐えるシーンはカットされていて、その痛みで横になっているエドの姿が描かれているわけですが、このあたりのニュアンスは難しい、と言ってたらしいのですが、そのあたりのニュアンスも、カットされている。

アルの鎧を修理するエド。鎧に血印がかかれているので、これを崩さないように、再構成するにはコツがいるらしく、エドにしか出来ないのだとか。

前のアニメだと、スカーの襲撃を受けたあとで、破壊の後に創造というセリフとともに、少佐が修理をしようと申し出て、それが出来るのは、鋼のだけといってましたからねえ。前のアニメでは、血印を見て、感激するセリフがここに挟まれているのだが、エドの少佐のあしらい方が、えらくなれてきた感じが、良かったわけだが。
後は直っていく仮定が、描かれていたが、今回のは、一枚絵で、直った後が描かれているようなシーンになっていた。

練成して、修理を完了して、早速、動作チェックも兼ねた組み手を行う二人。前のアニメでは、少佐に、師匠の教えを説明して、相手をしてやろうといわれて、即効で遠慮するシーンがあったり、少佐との組み手や、ウィンリィが銀時計にかかれた自戒を見て、エドに申し訳ない気持ちになるシーンや、焼けた家の跡地に行って、在りし日をしのぶ兄弟と、その帰りを待つウィンリィのシーンなどがあったわけですが。
それを見て、ここもまた静かになるねとしみじみとつぶやくピナコ。いよいよ、賢者の石に近付いたと期待に胸を弾ませるエド。その後に待っている絶望をまだ知らないわけで・・・。

腹を出して、眠っているエドを見て、しょうがないと世話を焼くアルを保護者みたいだね、と苦笑するピナコが兄弟の年を聞き、エドが15、アルが14t答える。
自分と変らないのに、人間兵器だなんて、この姿を見ると笑っちゃうなというウィンリィ。本当の家族みたいに接してくれる二人に感謝するアルとエド。分かってるよ、というピナコ。

翌朝、一番で出発するエドたちに、たまには飯でも食いに戻っておいで、と声をかけるピナコ。寝ぼけ眼をこすりながら、行ってらっしゃいと手を振るウィンリィ。その言葉を背に、彼らは中央に向う。そして、寝溜め下後でおきてから、部品を付け忘れたことに気が付くウィンリィは冷や汗に(汗)

大まかなストーリーはなぞっているけど、肝心な部分が殆ど、そぎとられて、描かれているのでは、と思える話で、脚本家によっては、ムラの差が大きくなっている印象を強く受けますね・・・・。でも、話の構成は、前のアニメと殆ど同じような仕組みにしているみたいで、強く意識しているようですが、グリード編以降はそのあたりも、変ってくるのでしょうか?
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by kwanp | 2009-05-11 01:11 | アニメ

途中・・・・

ジークを主人公たちに押し付けて、やってきたカブトの世界。右手の人差し指で、スクリーンの絵の如く、東京タワーをバックにしている士。今回の格好は、ゼクトルーパー。
なんだこりゃ、とゼクトルーパーの格好に首をかしげていると、放映当時、入りたくない組織№1を誇っていたZECTの車が通りがかり、中からアラタが出てきて、何をしていると、士を車に乗せてしまうわけですが。

考えてみれば06年の特撮は、サージェスにZECTとロクでもない組織が勢ぞろいしていたのですよね。リューケンドーのがマダマシだったんだなとつくづく・・・・・・。

クロックアップを使うワームに対して、兵士であるゼクトルーパーは使い捨ての扱いで、マシンガンブレードの装備しか、ゼクトルーパーは使わせてもらわなかったわ、天道のように能力があるにしても、人格に問題のある人間の好き放題にさせるなど、安易な実力主義など、最近の世情を見ると、ZECTのことをいえる会社が、どれだけあるのか、というのを考えると、嫌な意味でリアルな組織だったのかもしれませんが。そういえば、07年にも、あったなあ、そういう作品。

士が連れ去られた後に、もう一人士が現れるのですが、どう考えてもワームですね。出てきた夏海が、「どうしたのですか?」と聞くのですが、士は「さあな」と写真館に入っていき、夏海は、「なんか、トレンディ」とか言い出すし。

ゼクトルーパーじゃないよな、東京タワーを見て言ったのですよね?

まあ、ゼクトルーパーも、ある意味、悪くは無いデザインなのだけど。

そして、現れるキバーラ。電王の世界では姿を見なかったわけですが、クウガに変身できるユウスケはともかく、存在自体が完全なパラレルな彼女は、オリジナルの世界では、存在を保ちにくいとか?

そして、ミラー越しに映る桜井もどきが残る世界は二つ、このカブトの世界で、とつぶやく。響鬼の世界だと、なにか、都合が悪いのでしょうか? 噂に聞いた話では(以下略)。

倉庫街でブライトルーパーに追い詰められる一般人? そこに先ほどの車が到着して、増援のブライトルーパーがさらに囲んでいるのを見て、士が、一般人を庇うわけですが、その一般人はワームだったというオチで(キバのときと同じ)、「これはワームか」と平成ライダーの知識が出てくるわけですが、ワームの名前が出てくるなら、ゼクトルーパーの格好をしている時点で、その知識が在るなら、大体のことは察しがつくと思いますし、その世界の事に関しての知識を持っている割には、電王の世界では、最初にモモタロスに憑依されて変身した時点で気がつくと思うし、ワームの知識があるのに、ゼクトルーパーには気がつかない。ワームを見て、ワームか、と気がつくのは、見ている側、平成ライダーに詳しくは無い人にとって、分かりやすいのかもしれませんし、知識があって、ゼクトルーパーのやっていることにスムーズに従うというのは、そりゃ、不自然というか、力づくでも、面白いものじゃあないわけですが、絵面的に分かりやすければ、何をやってもいいのか、とも思いますが、たとえば、第二話の士が八代を殴ったときなど。まさか、あれも降板の一因とか言うのじゃないだろうなあ・・・・・。
知識がある割には、その知識を生かす力が追いついていないような気が・・・・・・。

マシンガンブレードで攻撃するブライトルーパー達だが、ワームは脱皮して、成体に。成体に脱皮すると、クロックアップを使えるようになるわけですので、ゼクトルーパーでは太刀打ちしきれないわけですので、ライダーシステムの装着者の力が必要になってくるのですけど。

ZECT隊長の弟切ソウがザビーゼクターを、アラタがガタックゼクターを召還して、変身するわけですが、

キャストオフ時に隊員巻き込んでどうする(汗)

それをひょいっとよけて、マスクドライダーシステムか、とカメラを手にとる士。ブライトルーパーを相手に暴れ回るワーム。クロックアップして、カメラを手にとった士や吹っ飛ばされ、宙に舞うブライトルーパーが静止した状態で、ザビーは拳で、ガタックはガタックカリバーを手にして、戦う二人のライダーと、ワーム。って、ブライトルーパーの扱いがひどいな(汗)

しかし、ワームのほうが有利で、劣勢に立たされてしまう二人だが、そこへ、高速移動するなにものかが現れて、二度の攻撃を加えて、ワームに隙が出来たところで、ライダースティングでとどめを指すザビー。

って、やり方がせこいのは、ここでも一緒か、ザビー・・・。

変身を解除する二人。

「今のは・・・」と口を開くアラタ。そして、口々に「カブト」の名前を口にするブライトルーパー達。
忌々しそうに、カブトの名前をつぶやくソウ。撤収命令を出すのだが、ブライトルーパーの扱いがひどいですね・・・・・・。
ZECtのひどさはこの世界でも同じということですか・・・。

「今のがカブトか? クロックアップだっけ、あんたらの戦いも俺の目には見えなかったが・・・・・」とアラタに声をかけてくる士。
「お前、ゼクトの隊員じゃないのか?」

いや、それは早く気がつこうよ・・・・・・・・。

隊長や副隊長がゼクトルーパーで、一般兵士がブライトルーパーだったら、ゼクトルーパーの格好をしている人間が、一人でうろついていたり、いきなり、一般人に化けているワーム相手に庇ったりする時点で、妙だと思えよ・・・・。

ワームの脅威だとか、クロックアップとかを強調するためとはいえ、話の持っていき方がちぐはぐな印象を受けるのだが。

「だから、色々聞きたいんだけどな」と話を持ちかける士。

安直魔法かくかくしかじか

「別の世界から来た?」
光写真館で事情を聞いて、すっとんきょうな声をあげるアラタ。九つの世界を旅していると説明する夏海、世界を救うために、というユウスケ(自分のためという気もするが)。
夏海はこの世界のことをおしえて欲しいというのですが、士の知識じゃあ、おぼつかないというより、士の言動から、信用できないということか?
この世界にはワームという生命体が存在し、人間そっくりの姿に擬態し、記憶までコピーするという説明をするアラタ。
第一話で夏海に擬態したワームがいて、カブトにカメンライドした事もあったのだが、夏海からすれば、あの状況じゃあ、何が起こったか、分からないというところか。

自分の撮ったピンぼけ写真にため息をつく士。ここも、自分の世界じゃあないらしいと、もう一人の士がため息をつき、士がそれに頷くわけだが、

夏海「さっきから、思ってたんですけど、士くんふたりいませんか?」
ユウスケ「本当だ」
夏海「疲れてるのかしら」

士「そういえば、なんか変だと思ったんだよな」と顔をあわせる二人の士(左の士が後ろ髪がはねていて、右は、今までのまま)。

ユウスケ「確かワームは人間に擬態して・・・・って、えっーーーーーー!?」

って、もっと早くに気がつけよ・・・・。というか、もう片方の士は、士が連れて行かれた後に、現れて、そのまま、写真館にいたわけですから、士がアラタを連れて、戻ってきた時点で、怪しいと思わないのか?

疲れているとか、そうえいえば、で済む話じゃあないだろうに・・・・・。ギャグでやっているつもりなのかもしれないけど、それにしたって、不自然にも程があるような・・・。
大体、ワームに擬態している人間が、そのまま、大人しくしていたとは思えないわけだけど、まあ、ユウスケがクウガだから、その力を察知して、大人しくして、隙をうかがっていたという見方も出来そうだけど。

そういえば、オリジナルのカブトでも、幼少時の天道が、両親が襲われた後、なぜか襲われなかったりとかいうようなことがあったっけなあ・・・・・。

お前がワームだろと言い合う二人の士。

ユウスケ「どっちがワームなんだよ!?」
夏海「アラタさん、見分ける方法は?」
アラタ「ない」
夏海「ええっ~~~!?」
ユウスケ「そんな」

って、ゼクトスコープは? たしか、人間か、ワームかを見分けるアイテムがあったような・・・・。
まあ、本編でもいつのまにか、便利すぎて、姿を見なくなったアイテムだったけどね。

好意的に解釈するのであれば、ZECTはネィティブに支配されていた組織だから、それを乱用されて、ネィティブを襲われたらたまらないという考えのもとに、使用を禁じたか、あるいは、ネィティブには反応しないように改造を加えている間に戦いが終わってしまい、作中では使う機会が無くなってしまったか、というところなのかもしれないが。

腕相撲やあっち向いてホイをしても勝負がつかないで、いいかげんにしてくださいとかいう夏海だが、この妙な状況に全然、気がついていなかった人間に言われてもなあ・・・・・(汗)

そもそも、アラタは、この中では部外者なのだから、士が二人いることに関して、ある意味、一番最初に気がついていないといけない人間なんじゃ・・・・。まあ、「双子かな?」と勝手に想像を付ける場合だってあるから、一概には言えないけど。

笑いのツボで笑い出した士と、なくような反応を見せた士に分かれて、ユウスケが「この場合は、どっちがワーム?」とアラタに尋ねるのだけど、いつもの反応が分からないのに聞かれてもなあ・・・。

一々、書くのも面倒なので(感想の内容によっては、字数制限の原因に為りかねんので)、笑ったほうを士(笑)、泣いた方を士(泣)とします。

そもそも、うっかりツボを突き間違えるケースだってあるわけだから、笑わなかった士が偽者という規準には為りえないわけだし。

「笑わせるな、俺に決まっているだろ」と笑ったほうの士が言い、ないたほうの士は逃げ出すわけだが、と今日タワーの見える桜のある場所で、追いついて、「俺に成りすますとは10年早い」と士(笑)がいい、「本当にお前が本物か?」と士(泣)、しばし、間をおいてから、「当たり前だろ」と士(笑) 「どうだか」と士(泣) その間、二人の間で右往左往する夏海。

まあ、「ギャラクシーエンジェる~ん」やスレイヤーズのように、偽者のほうが、善良というようなケースもあるわけですが、ワームの場合は、相手を寸分たがわずにコピーするというタイプの相手なのですが、士って、中途半端に自我が強い人間だと、そういう相手だと、本性が出やすいと思うのですが・・。

証明してやるさ、とカードを出して、ベルトにセットして、変身するわけですが最初っから、それやれよという突っ込みが思い浮かんでしまいますけど。

まあ、それまでコピーされたら、どうしようかという不安もあるでしょうから、そう簡単には出来なかったのかもしれませんが、士のようなオレ様野郎って、そういう不安や躊躇をふっとばして、そういうことを実行するから、使いに見えるのだけどなあ・・・・・。

たしか、カブトでも、ワームがライダーに擬態したことは無かったはずだし、元々、ワームを元に作り出したシステムだから、もとからある力は擬態できないということか?

クウガはグロンギと同等の力を持つ存在で、アギトは人が進化して、常人離れした力をもった存在、龍騎はモンスターの力を付与された存在、ファイズはオルフェノク因子に反応して、変身する、ブレイドはカテゴリーエースの力で変身し、他のカテゴリーの力をその身に取り込んで闘う。電王はイマジンという精神生命体が人のイメージを借りて、実体化している存在で、契約している人間が特異点であり、その特異点がベルトで、そのイマジンの力を具現化している存在だし、キバはファンガイアのクイーンと人のハーフが、アームドモンスターの力を借りて闘うわけだから、今の時点でも、ディケイドライバーの力をコピーしようとすれば、最大で23~4(ブレイドは、上級アンデッドの存在をカウントしていない)の存在をコピーしないといけないですからね。
ワームの処理能力を超えてしまうということもあるのでしょうけど。
ディケイドライバーでディケイドに変身する能力だけでもコピーするとか、そういうことはやっても良かったのではないか、と思えてしまいますが(他のライダーにカメンライドできないことで、化けの皮がはがれてしまう)。

自分で自分を殴れないだろ、という士(泣)ですが、自分のことが嫌いな人間とか、中途半端な自分のコピーもありますので、意外と、自分を殴ることに躊躇の無い人間って、多い気もするのですが・・・・。
むしろ、自分の大事なものの方が殴るのに躊躇するケースのほうが多いと思いますし。

なので、あっさりと殴られてしまう士(泣)

正体をあらわしたワームは、近くを歩いていた少女に襲いかかろうとして、高速移動しているカブトに袋叩きにされて、たおされてしまい、変身を解除した士は、それを見て、カブトとその名前をつぶやき、力を失っているカブトのカードを取り出す。
夏海は、今おきた光景を見て、「あの子を守っているように見えました」と解釈。
その言葉が聞こえているのか、振り向く少女。
天道屋という、おでんしか注文が無いおでんやに招かれる二人。祖母におでんの注文を告げる少女。備え付けているTVでは、ニュースが入り、渋谷で原因不明の爆発事故が起こって、カブトの仕業ではないか、といわれているわけですが、渋谷って、カブトだと、隕石(ワーム入り)が落ちた場所だったとか言われいる場所ですよね・・・・・。

劇場版だと、ハイパークロックアップで時間を遡ったカブトによって、被害が小さくなったとほのめかすような描写もありましたが。

クロックアップという機能によって、常に超高速の時間の中で行動しているといわれるカブトに関して、対応の手をこまねいている政府に市民の不満は高まるばかりということですが、オリジナルでもテロライダーとか言われていたくらい、大規模な破壊を次々引き起こしていたわけですから、そんなのが、超高速で暴れまわっていたら、そりゃあ、そんなバケモノ放置していて、なにやってんだ、と批判の声が巻き起こるのは、当然でしょう。

つーか、ゼクトも、情報操作で、それくらい、どうにかしろよ、と思うのだが。それとも、そういう情報操作を嘲笑うかのように暴れまわっているということか?

そのニュースを聞いて、拳を握る少女。そこへ、おでんを持って、やってきた祖母が、「世の中には、慌てて飲み込んではいけないものが、ふたつある。TVのいうことと、お正月のおもち」というのですが、放送局的には、言って大丈夫なのか? と思えてしまうのですが(汗)
まあ、Tvというメディアが、意図的に、自分たちに有利な情報を流して、利益を得るとかいうようなことは、散々行われていたわけですし、Tvによる影響で、一部の人間の都合で一方的なイメージが強調されて、不利益をこうむったなんて、ケースも珍しくは無いわけですし、それに関しても、誰も責任をとらないわけですからねえ。

まあ、平成ライダーに関しても、白倉Pのいうこともかなり怪しいわけですしねえ。ディケイドにおけるメイン脚本の会川氏の降板に関しても、最初からこうなることを見越しての起用だったのでは? とうがった見方もしてみたくなりますが。

というのも、リ・イマジネーションということで評価されていたアギト編までの脚本はともかく、10年目で、しかも、平成ライダーのアピールの側面が強いのに、井上&白倉コンビとは方向性が違う会川氏の起用(ブレイドのカードダスは、後半、品切れが続出していたわけだが、その件もあってか?)が最後まで、白倉氏の望みそうな方向性に従えるような脚本をかけるとは思えないし、ボウケンジャーでも、妖奇士のメイン脚本をやっていたとはいえ、クリスマス商戦の脚本から外れていたケースもあり、妖奇士の方も打ち切りに為っていた会川氏のことを考えると、途中まではともかく、最後まで任せるような、人選とは思えないわけですし。
しかも、劇場版公開もあって、ゲストの小林女史には、電王編の脚本を書かせているのに、メイン脚本の会川氏にブレイドの脚本の描かせないというのも、何かあると思わせるには、十分な布陣なわけだけど、ライダーバトルという要素を強く押し出していた龍騎も結局は、お祭り騒ぎに終始した作品であり、小林女史と井上氏の脚本家同士の確執が前面に出た内容だという評価もある。
でまあ、結局、ファイズまでの平成ライダーと同じだったのと、玩具が高い割には、面白みが無い(ブレイラウザー以外は、そのラウザーのスート以外は読み込めない仕様等)などの理由で、商業的にガタガタになって、シリーズ存続の危機だったブレイドで、後半、命や平和を守るライダーが復活して、その後の響鬼も、その路線を受け継いだものの商業的に不振になってしまい、あげく、井上&白倉コンビの復活になって、それに対する賛否両論が激しかった記憶があるわけで、白倉pや、東映&バンダイは、スタッフ間のゴタゴタも、注目を浴びる材料ということで、受けるためのおいしい要素と認識するには、前例がそろっているのですよね。
つまり、そうなることを見越した脚本起用だったのではないか、と疑いたくなるのですよね、会川氏の起用は。
仮面ライダーブレイドで、命や正義のために戦うライダーで後半、ストーリーが持ち直したこともあるように、イ上&白倉コンビが掲げる勧善懲悪への疑問によって、彼らが作り出したヒーロー像との対立路線を演出するには、うってつけの相手に見えますし。
ボウケンジャーの時も、妖奇士のメイン脚本でクリスマス商戦のときは離れていましたし、ストーリー的にはともかく、商業的ナ盛り上がりを期待する相手とは思えませんから、途中でご退場願うには、説得力もあるわけですし。井上&白倉コンビの姿勢から、会川氏の側が勝利するような、状況を演出したがるとは思えませんし、したとしても、カブトの失敗の後、電王、キバでは、表面上はともかく、実際は、それまでの平成ライダーと大差のない内容だったことを考えると、一から、平成ライダーの破壊や、再構成を考えれるとは到底思えないわけですから。興味を引くための、演出の域を出ていない可能性はたかいわけだしなあ。額面どおりにとれないし。

質問しようとする夏海に、無駄口を聞くんじゃないよ、食べ物は出された瞬間が一番おいしいのだよ、と右手の人差し指をつく祖母。オリジナルでも、天道が盛んに口に出していた、「おばあちゃん」なわけですが、普通、この手のキャラは、前面に出さないで、イメージを強調する場合が多いのですが、ディケイドのように、オリジナルとは違う世界が展開されるパラレル的ナ要素の強い作品でなら、やれるやり方でもありますよね、おばあちゃんを出すのは。

士が、具はこれだけか、というのに対して、がんも、大根、卵、それで全部と決まっているんだ、不満なら、よそに行ってくれというのですが、まあ、このあたりは、種類が少なくても、おいしいおでんというか、他では食べられない味があるなら、それ目当てに来る客もいるでしょうからねえ。

とはいえ、この手の強烈な人間というのは、傍から見ている分にはともかく、身近で接すると、付いていけない人が続出するというのも、また確かですから、映像作品とはいえ、あるいは、だからか、どぎつさも足りないように思えてしまいますが(汗)

それとも、ライダーが気に食わないなら、よその特撮作品あたってくれ、ということか?

少女は士のカメラを見て、カメラマンなんですか、と尋ねてくるわけですが、夏海が、「と、いえるかどうか」と士の写真の腕を思い出して、ツッコミを入れるわけですが、かっこいいとか、とってもらいたいとか言い出す始末。
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by kwanp | 2009-05-10 20:35 | 特撮

途中・・・・2

少女が制服着たり、チャイナ服着たり、着ぐるみきたりしているわけですが、どういうチョイスだ・・・。

少女に、「君は何を着ても可愛い」という光、あまつさえ、夏海も昔は可愛かったとかいうわけだけど、いや、光の怪しい言動とかを見れば、そりゃ、目くじらも立てたくなるだろうし、夏海が、少女が着ていた服を見て、懐かしいとか、言ってたけど、それらを夏海に着せて、写真を撮っていた可能性もあるので、夏海が、そういった言動に怒るだけの理由がそろっているとしか思えないのだが・・・・・・。

おまけに、今は、ピンぼけした写真をとりまくって、それでトラブルを振りまいている士までいるわけだし。

しかし、士のピンぼけしまくった写真を、「せっかくのいい被写体」という夏海や、「ごめんね」と謝るユウスケたちの言葉をよそに、素敵とか、普通に撮った写真よりもずっといい、とかいい出す少女。しかも、おばあちゃんは言ってたとかいって、「真の才能は少ない、それに気が付くのは、もっと少ない」とか言ってたけど、それって、井上&白倉コンビとか、米村氏のことを言っているのか? と勘ぐりたくもなるのだが、あのコンビは、単に王道を外して、好き勝手やりたいだけにしか、見えないし(王道を否定する人って、大抵、そういう人が多い)、それを除けば、面白いものを描いているのは確かだけど、米村氏は、趣味に走っているきらいが強くて、それ以外は、見向きもしないような脚本しか書かないし。
少なくとも、士のそれは、設定を考慮すれば、世界に拒絶されているということだし、技術的には、ピンぼけだから、才能とは違うと思うけど。それがいいっていうのは、記憶が元に戻っていなくて、己のわかっていない士を言いといっているようなもので、本来、士にとっては、誉め言葉にはならないのではないか、と思えるのですけど。

まあ、士って、天道的ナ要素が強いから、そうやって持ち上げる内容にしたくなるというのは、平成ライダー的に無理からぬ部分があるのだろうけど。

少女は士を、自分の兄に似ているとかいうのですが、士に似ているって言うけど、士は、記憶を失って、それを取り戻すために、行動しているわけで、写真がピンぼけなのも、自分が世界に拒絶されている、つまり、自分の本当の世界ではない、ということですからねえ。

オリジナルの天道は、「おばあちゃんが言っていた」とかいって、ことあるごとにおばあちゃんの格言を取り出していたわけですが、己が弱いという意味では、当たっているかもしれませんね。そういう発言をして、ことアルごとに、祖母の発言を持ち出す、つまり、尊敬している相手の言っていることをいうといえば、聞こえがいいわけですが、強烈な人間の下で、人を育てた場合、それに反発して、育つか、あるいは、その個性の下で、個性を抑えられるか、劣化コピーになるか、という場合が殆どで、個性が並立して育つというようなことは、めったに無いわけですから。

強烈な人間というのは、庇護者、理解者というには、頼もしい存在ですが、敵対者、あるいは、抑圧者としても、強烈な側面がありまして、しかも、後者の場合、敵対する、自分の障害になる相手を排除できるだけの力を持っているケースも少なくは無いわけだから、作中でも、気に食わないなら、よそにいきな、なんて言われるわけだし、想像するなら、そういう相手を締め出したり、出入り禁止をして、締め出すくらいは、今までもやってのけるだろうし。

しかも、天道は、そういう人物の下で、両親や生まれてくるはずだった妹を亡くして、育てられたわけで、他に頼れるような相手がいたとは思えないから、なおさら、祖母の言動に従うような性格にならざるを得ないのは、容易に推測できるわけで。
そういう意味では、祖母の影響を受けつつ、己の独自色を出すなんてことは、難しいわけで、むしろ、そういう強烈な人間の下で生きのびることに、全力を注いで、いびつなキャラになってしまうわけだし、後半の妹を守る、それも妹のコピーでしかないワームを、という目的のためになりふり構わない言動を取ったというのも、そういう環境だと、納得できる部分もあるわけですよね。
平たくいえば、こういうタイプは、虎のイを駆る狐とか、寄らば、大樹という言葉になるわけですが。

しかし、士に擬態したワームをあっさりと蹴散らしていたけど、これって、場合によっては、士が何者か、ということに迫れたかもしれない場面だったのに、そういう要素には、まったく言及しないで、逃げ出して、カブトにやられていたわけだからなあ・・・。

私の言うことなんでも聞いてくれて、とかいうわけですが、都合のいい兄貴ってことじゃあ(汗)

仕事のことは人を守る仕事としか言ってなかったというのですが、おそらくはZECT関係の仕事ということか?

彼女の兄は、カブトに殺されたといい、カブトを許さない、という少女。

一方、カブト捕獲計画が持ち上がるわけで、開発中のシステムがもうすぐ出来きあがるということですが、カブトは、噂されているような悪魔なのでしょうか、と口をはさみ、黙れと殴られるアラタ。目を抑え、カブトに襲われたときの記憶が蘇るソウ。

クロックアップの世界にいるカブトを市民は恐れていて、その不安を取り除くのも、ZECTの使命というので、そんなバケモノを市民が恐れるのは、無理からぬ話ですが、ソウの場合は、それに便乗して、カブトに対する憎しみをどうにかしようと企んでいる意味合いのほうがでかいと思いますが。

カブトを許さないというソウ。

しかし、ユウスケが加賀美ポジションだったためか、今の時点で、アラタは、ガタックになって、ZECTのメンバーとして行動している人間、ZECTの価値観に従う人間として、描かれていたので、カブトが悪魔のように言われているというようなことに関して、いきなり疑問を呈しているような描かれ方になっているし・・・・。

写真館の掃除をしながら、士がおでん屋を手伝うことを話しているユウスケと夏海。少女と、祖母では大変だから、というので、自分が手伝って、宇宙一のおでん屋にしてやると豪語するわけですが、どう考えても、ブレイドの世界での食堂の建て直しの経験があるから、自信を持っているのだろうけど・・・。

その話を聞いて、珍しいねと驚くユウスケ。夏海の話では、妹がいたような気がするとかいうのですが、それって、夏海のことか?

要するに柄にも無い行動をとるために、そういう話が出てきたということでしょうけど、写真、事情を書いた手紙、自分を無くしたというシチュエーションが続いたことを考えると、これも、士にとって、感情移入しやすい要素を持ってきた可能性があるので、妹がいて、それが夏海である可能性は高いと思いますが、前述したように、士に擬態したワームと、夏海に擬態したワームという場面があったのですから、そのあたりでも、多少なりとも、言及していれば、謎の解明に役立ったり、あるいは、妹がいたような気がするとかいうような勘定がいきなり出てくることを納得させるだけの材料になったかもしれませんし。
話を見ていれば、少女におだてられて、いい気になって、さらに彼女の身の上話を聞いて、助けてやろうと買いう気になったとかいうような解釈が自然に浮かびますから、気に為りにくいでしょうけど。

士と少女がおでんを作っているところに、

「あれ、あんた」と、祖母が顔を出してきて、具を増やして、おでんを作っているのを見て、「何やってるんだよ」と祖母の逆鱗に触れるのだが、昆布巻、餅巾着に牛筋、静岡産の黒はんぺんという風に、人気のありそうな材料でなべを作って、人気メニューにしようとしたのは、ブレイド食堂での経験があるから、この店を世界一、宇宙一のおでんやにという自信があったのでしょうけど、おでんや、ダシは捨てられてしまうわけですが、いくら、祖母の気に入らないものとはいえ、みすみす捨てさせていいのか? と思うのだが・・・・。

少女は、ごめんなさいと謝る。

タネを増やしたら、味が変ってしまうとかいう祖母ですが、確かに、大根や卵と、士の付け加えたメニューでは、煮る時間が全然違うわけだし、牛筋だと味が違ってくるわけだから、そりゃ、ずっと、同じメニューでやっていた人間からすれば、怒るわなあ・・・・・・。
ずっとやってきた人間にはそのひとなりの知恵とか、経験とかがあるわけだし、そういう事情を鑑みないで、それを横からしゃしゃり出てきた意見に考えなしに、変えられちゃあ、たまらないわけだし。

それを言いたいこととしていっているのか、それとも、それを変える側として、書き手が書いているのかだけど、変らないでいるのが大事なのだ、と訳あり気味にそういっていることを見ると、後者のほうが可能性が高そうだよなあ・・・・。

少女に片付けるようにいい、その場を出て行く祖母。捨てることは無いだろうという士。いや、だったら、全部食べるくらいはすればいいじゃん、と思うのだが。

自分が悪いんです、という少女の弁によると、天道屋のおでんは、家族が好きなものだけでやっているようで、思い出の味というやつらしいです。

そこへ現れるワーム。少女を逃がして、変身する士。ムシが相手なら、こっちもムシだ、とクウガに変身。

クウガに変身して、有利に闘っているも、クロックアップで反撃されてしまい、吹っ飛ばされるDCDクウガ、ペガサスフォームに変身しようとするが、カードをセットする前に、クロックアップで攻められ、とどめを刺そうとして、距離をとった隙に、ペガサスフォームへとチェンジして、超感覚で、相手の動きを察知して、倒すが、そこに駆けつけてきたソウのチームに攻撃を受け、「貴様、ZECTノライダーじゃないな」と言われるのだが、あるのか、ZECT以外のライダー? ネオZECTか、それともそれ以外の組織がライダーシステム持っているということか?

ディケイドか? と問いただすマスクドフォームのザビー。だったらなんだ、と聞き返すディケイドに、「お前のことは聞いている、この世界を破壊する悪魔だとな」と答えるザビー。例によって、例の如くの返答に、「またか」とうんざりするディケイド。

同じくキャストオフ前のガタックと一緒に戦いを挑まれるディケイドだが、士たちの言葉に、アラタはディケイドとの関連性を考えてイなのか? カブトを悪魔とする考えには疑問を抱くけど、ディケイドに関しては、そのような考え方を持たないようだし、アラタに殴られていて、表面上は口にしないにしても、闘い方に舞が無いように感じるし?

電王のカードを取り出し、ソードフォームへとチェンジして、ソードフォームのカードをセットし、

「ATTACKRIDE ORE SANJOU!!」

で、「オレ、参上」のポーズをとって、何か起きると思いきや、何も起こらず、それがどうした、というツッコミをザビー

「ATTACKRIDE KOTAEHA KTE NAI」

でガンフォームに変身して、踊りながら、答えは聞いていないというせりふを口にするのだが、ゼクトルーパーとブライトルーパーにさえ、「何か質問したか?」と突っ込まれる始末。他の電王系のカードを取り出しても、キメ台詞のカードしかないわけで、「あのアホどもが・・・・・」と怒るわけですが、クロックアップを使うカブト系ライダーじゃなければ、相手によっては、フォームチェンジで、キメ台詞を決めて、相手のペースを崩すというような戦い方も悪くは無いんじゃないのか? というか士の性格って、こういう闘い方で相手の鼻っ柱を折るようた闘い方を好むスタイルだと思うので、カードと、その特性自体は悪くは無いのだと思うのだが・・・・・。

ふざけるな怒ったザビ-とガタックがキャッストオフ、クロックアップで電王ガンフォームを叩きのめす(そりゃ、怒るわな)。

一方、逃げた少女はというと、ワームに追われているわけで・・・・。

ザビーとガタックに叩きのめされているディケイドを見物しながら、「この世界のライダーだけのクロックアップシステム。まさにお宝だ」
とディエンドに変身する海東。止めを刺そうとするザビーら(悪役みたいな描かれ方だな)と、ディケイドの前に割り込み、ザビーらを攻撃して、「この世界のお宝が欲しいだけさ」というディエンド。っていうか、加速装置ついていたのだよなあ、こいつ?

結局、ザビー対ディケイド、ガタック対ディエンドに分かれて、戦うのだが、クロックアップは使わないのか?

ワームから逃げる少女。って、逃げた先は、オルフェノクの王や魔化魍ガイル場所で余計に危険な気が・・・。

ガタックカリバーの猛攻に吹っ飛ばされたディエンドは、ライオトルーパーを召還するも、あっさりと一蹴されてしまうのを見て、「やはり、すばらしい。絶対貰うよ、その力」とアタックライドで、透明になって、ガタックの攻撃をかわす。

ワームに追われていた少女が卵を落としたところに、闘っていたディケイドとザビーが現れるのですが、クロックアップできないお前に立ち向かう術は無いといわれるが、「付き合ってやる、10秒間だけな」とアクセルフォームに変身するディケイド。
高速移動対高速移動で、ぶつかり合う二人。戦いの最中、少女を見つけて、駆け寄るdcdファイズアクセル。しかし、逃げるな、とザビーにニードル攻撃を受けて、その数本が、少女に命中するか、に思われたとき、カブトが現れて、ニードルとワームを撃退する。
それを見て、逆上して、カブトに切りかかるも、あっさりと返り討ちにされてしまうザビー。
タイムアップになって、変身を解除する士。クロックアップが終わり、少女の眼前には、ワームではなく、いつのまにか、カブトが現れたかと思うと、すぐさま、姿を消してしまい、ディエンドも姿を消していなくなる。
変身解除したソウを見て、少女は、「お兄ちゃん」と呼ぶのですが・・・・・・。

ソウ=ソウジでしょうけど、おそらくは、ソウの方はワームが擬態していて、ソウジを殺そうとして、カブトに変身した彼に返り討ちにあいかけた、ところを妹に目撃されて、逃げて、そのまま、姿をくらましたというところか。ところが、ソウの方は、オリジナルの神代と同じように、擬態がうまく行き過ぎて、本人に為りきっていて、何の疑いもなく、本人のポジションに収まってしまい、しかもzectの関係者だから、カブトに襲われたことで、カブトを敵認定してしまったから、カブトは戻ろうにもどれなくなってしまって、クロックアップの世界に行ってしまったということかな?

もし、ソウだとしたら、そういう意味では、妹のこと優先で考えるのは相変わらずという気がしないでもないが。

しかし、今回の話は、場面の組み立て方が、妙にちぐはぐな印象が強かったし、見た目の派手さ、とか、考えなしにギャグに走っているような印象が強くて、しっくりこない話だったという感じですよね・・・・・。米村氏だったら、間違いなく、趣味に走るだろうから、まだ、こっちのほうが、マシなのかもしれないですが・・・・・。
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by kwanp | 2009-05-10 20:34 | 特撮

あの日の約束

かつて、鬼退治の伝説が残る島にやってきた釣り人たち。地元の人間でもめったにこないというそんな場所で釣りをしようという彼らは、鬼退治の伝説を作り話と決め込んでいるわけですが、そんな彼らの目の前に現れる白髪の男と、何故か、彼らの配下になっているゲルニュート。龍騎17、18話に出てきたミラーモンスターですが、どうして、ここに?
彼らは釣り人たちを襲うわけですが、伝説では退治された鬼が復活したのか?

地元でも、その噂がささやかれているわけですが、東京からの転校生の少年はそれを作り話だと決め付けて、その噂を話していた子供たちを怒らせるわけですが、勉強は出来るけど、運動はからっきし駄目ということと田舎扱いするということでいじめられているわけですが、目の敵にされるだけの理由は十分かな、と思いきや、彼が今住んでいる田舎を嫌いだというのには、理由があるようで?

いじめられて、その場を飛び出し、その地域が見渡せる場所にやってきた少年ですが、冒頭に現れた白髪の男とゲルニュート。何かを探しているようですが、見つからず、鬱憤晴らしに子供でも潰そうか、とか言い出す始末。運悪く、少年は見つかってしまい、潰されそうになるところに現れたデネブに憑依される。

「子供に何をする!!」

と怒るも、結局、逃げ出すことに。ビルに駆け込んで、屋上まで逃げて、追い詰められたところに、現れたのは、NEW電王。ゲルニュート達を倒していき、その間に、逃げるデネブ(少年)。

一番下まで降りたところで、現れる少年の姿になった電王主人公。

って、最初から、この姿かいっ!?

彼らがいうには、時空に影響を与える地震がおきて、過去の時代と現代(おそらくは、80年代中盤~現在?)につながってしまい、退治される前の鬼がこの時代にやってきたということと、彼らが探しているのは鬼退治の時に二つに分かれた鬼の切り札と呼ばれるものらしく、失ったもう片方を探している様子。

それを聞いて、母親から渡された代物に心当たりがアル少年だが、知らないとすっとぼける。

そこへ、白髪の男にやられたNEW電王が落下してきて、さらには白髪の男も現れるのだが、金棒の力で変身(THE NEXTのV3系のデザイン)するのだが、時空が歪んだ原因なで、変身する力を身につけたらしいが、元々、人間離れしている力を持っているのに、そのうえ、変身能力まで(金棒の力によるものらしい)身につけていて、手におえない強さを発揮。
結局、つぶし甲斐がないということで、相手にされずに姿を消し、主人公は少年にチケットを渡して、少年の祖母も探しに来たという事もあり、デンライナーに乗って、さっていく。ちなみに、少年の名前はユウというのだそうですが・・・。

このあたりまでが、Tv版で、主人公たちが姿をあらわさなかった理由になるのでしょうか? これと同時進行でモモタロスが実体を失ったり、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスが現れて、夏海の体に憑依して、ディケイドと一戦交えるのでしょうけど、各ライダーの世界は二話しか割けないとはいえ、主人公がモモタロスのこと放っておくとか、ハナ以外、誰もモモタロスのことを気にかけないとか、思いっきりはしょられている部分が目立つので、通して見ても「?」と思える部分がありますけどね。


白髪の男はミミヒコといい、ゲルニュートたちが電王を消さなくていいのか、と訊ねると、先に切り札のほうを探しておいたほうがいいといい、過去の時代に残っている兄クチヒコもそういっているという。
ゲルニュート達に隠れて、モモタロスが現れて・・・・、って、何やってるんだよ、あんたら!?

自分の部屋で、渡されたデンライナーのチケットを見ながら、母親のことを思い出すユウ。彼の家に伝わるものらしく、その石が、片割れに反応したのを、当然、ミミヒコが見逃すわけは無く・・・・・。

翌日、祖母から、父親のところに行かないか、という話を聞かされるユウ。祖母のいる田舎になじめないので、父親のいる外国に行って、家族一緒に暮らしたほうがいいのではという祖母であるが、ユウが東京がいいというのだが、田舎が嫌というよりは、母親が死んでしまって、一人で田舎に預けられて、なじめないことがいやなようで、急激な環境の変化というのも、子供にとっては、結構、ダメージが大きい上にスキだった母親が亡くなってしまったということも、それに拍車をかけているようで、そのことで、余計に荒れてしまって、新しい場所になじめないという悪循環。

でも、父親がいるとはいえ、海外に行ったとしても、馴染めるかも怪しい気もするんですが(汗)言葉の問題とかもあるしね・・・・・・。
まあ、日本びいきの場所とかだったら、多少はマシなのか? 

そのことで、家を飛び出し、外で昨日渡されたチケットを見て、考え込んでいると、ゲルニュートが現れたのに、気がついて、自転車で逃げ出すユウ。通学時間なので、いじめっ子たちにも見つかり、「今日もズル休みか?」とはやし立てる彼らに構わず、逃げる彼はデンライナーのチケットを使って、逃げるのだが、追いつかれてしまい、あわやというところで、何者かの攻撃で、9時9分9秒に近くにあったロッカーの扉を開けるのだが、

この設定って、本編じゃあ、形骸化していたような・・・・・・。

ゲルニュート達が、「もう逃げられないぞ」とロッカーを開けても、中には誰もいなくて・・・・。ちなみに、攻撃を仕掛けたのは、NEW電王。

って、怪人に襲われているのにデンライナーに乗るのを援護しないで、とっとと、助けにいけよ・・・・。確かに、助けないで見守ることが大事な場面というのはあると思うけど、ここはゲルニュートから逃げているわけだから、デンライナーに乗るにしても、見ていて、援護が失敗して、ユウが襲われたり、怪我したりしたら、どうするつもりだろうか?

ゲルニュート達から逃げ切ったユウの前に広がる刻の狭間。そして、彼の前に現れ、停車するデンライナー。デンライナーの扉が開き、ナオミが現れて、「チケットを拝見いたします」と促してくる。

中に入ると、デネブやハナ、オーナーがいて、自分が鬼の切り札を持っていることを打ち明けて、デンライナーに乗せてくれと頼むユウ。母親のいる時間に行きたいと思っているわけだが、切り札を手に入れたら、鬼胎児に向うので、寄り道は出来ないというオーナーにそれでも、乗せてくれと頼むユウ。

そして、そこへ戻ってくる幸太郎がユウの頭をなでて、「やるじゃん」と誉める。もしかしたら、と思って、張り込んでいたという話ですが、それだったら、もっと早くに助けに行けよ・・・・・。デンライナーに間に合うか、間に合わないか、のタイミングで、ハラハラするよな場面を描いているつもりなのだろうけど、NEW電王が見守っている時点で、台無しな気がするのだけど。せめて、ミミヒコが出張ってきて、それを食い止めるくらいしたほうが、まだ、説得力あったのではないか、と思えてしまうが。

それで、主人公が幸太郎の祖父で、しかも、ハナと同じく、時間の変動の影響を受けて、少年になったとか、デネブが現れたときは、砂の姿だったのに、デンライナーの中では、実体があることを訊ねられて、主人公が契約しているイマジンがその影響を受けて消えてしまったとかいう話を聞いたり、デネブの契約者も消えてしまったということを聞いたりして、母親をなくしたユウには、大きなショックを受けているデネブのその気持ちが痛いほど、よく分かるようで・・・・。

ターミナルにやってくるデンライナー。駅長がやってくるのですが、オーナーとそっくりといわれて、気のせいだと言い張る二人。
駅長が言うには、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスが昭和10年にいるということで、米泥棒を捕まえたという記事を駅長から見せられるのだが、昭和10年に何故かいるガルル、ドッガ、バッシャーの体に憑依して、長屋で暮らしているわけですが(ウラタロスだけなら、女を丸め込んでヒモ暮らしが出来るとか言うのですが、キンタロスやリュウタロスを見放さないだけマシか、というきもするけど、見放しても、関わって来て、録なことにならないから、離れないだけか?)、コメを食べようとしたリュウタロスを止めようとした(キンタロス、米俵一俵が一回分だとか(汗))騒動がきっかけで、一回、ガルル達から離れてしまうのだが、イマジンを見た彼らの反応が、変な奴等って、

お前らが言うな・・・・・・・。

というか、どこの種族だと言う反応のほうが先だと思うのだけど・・・・。

騒ぎを聞きつけた隣のおばさんを、ウラタロスのトークで丸め込む。って、井上氏のキャラに対して、思いっきり、振り回すような散々な扱いをするわけですが、龍騎の時のことも関係しているのかな? 散々苦労したとか言う話しだし。

一方、ウラタロスたちを探しに来た主人公達も、その当時の姿をしていて、ハナは着物姿、主人公は学生風の姿に、ユウは小僧さんの姿で、デネブの境遇に共感できるものがあったのか、進んで体を貸すと申し出る。
どこに行けばいいのか分からないので、道を聞きに入った店が、光写真館で、ジークに憑依された士を光が撮影しているというとんでもない光景が・・・・・。ハナを見て、姫と飛びついてきて、それを張り飛ばすハナ。

カブトの世界に行ったはずなのだが、ジークがいるためか、それが出来なかったということか?

士から離れても、懲りないジークを嬉々として、撮影する光、ジークを押し付けあう夏海とハナ(押し付けたくなる気持ちは、嫌というほど分かるけど)。そこに現れた幸太郎が、士を見て、あっちこっちの世界を渡り歩いているディケイドといって、士が原因なんだろとかいうわけですが、龍騎世界のゲルニュートを引き連れているとか、オリジナルとは違う人間がライダーやっている世界を渡り歩いたりしているのだから、そう思いたくなる気持ちも分からないでもないよなあ・・・・・。

ジークが持っていた巻物にモモタロスが描かれていて、しかも、戦国時代では、クチヒコの軍勢が人を覆っているところに高みの見物していて、助けようと乗り込もうとしたら、敵と間違えられるモモタロス。
なんで、とか言ってるけど、あんた、みたまんま、鬼じゃん・・・・・。タイミング見計らっていないで、さっさと乱入して、暴れていれば、まだ、味方だとか、用心棒してやるぜとかいう口実を口にするチャンスがあったのでは? と思えてしまうのだが・・・・・・・。

モモタロスを助けてから、向うはずが、同時並行になってしまったとこぼすハナなのだが、手間が省けてよかったと思いますが・・・・・。

人々が襲われているところに助けに現れ、NEW電王はもとより、キンタロスが憑依した主人公や、デネブが憑依したユウ。そして、素手でゲルニュートをぶっ飛ばすハナが暴れて、敵を撃退する主人公たち。村人が手を貸してくれないか、と頼んで、村人のリーダーのトキも最初は渋っていたが、協力を請うことに。

翌日、鬼たちに戦いを挑み、協力を申し出たものの、子供に無茶をさせられないというトキ。攻撃を仕掛けるのだが、鬼と間違えられたことでふてくされていたモモタロスを見つけ、黙ってみているわけには行かないだろ!! とやる気の無いモモタロスを説得、電王に変身する。

実を言うと、最初からイマジンたちと引き離されているのと、主人公が少年になっていて、あまり、描写がされていないためか、いつもよりも、主人公がまともっぽく見えているのですよね、今回は・・・・。
イマジンたちが、すごいすごいとむやみやたらに持ち上げているシーンが描かれていないということもあるのでしょうけどね。主人公と引き離されていることもあって、モモタロスたちが自分の欲望だけで行動しているままということとか、本編中には、表面上ごまかされていた数々の問題点が浮き彫りになっているわけですからね。
さらば電王では、イマジンたちがメインになっていて、幸太郎やテディに主人公は凄いんだぜ、とか、いうから、これはこれで、、問題があったわけだし。主人公が主役じゃないから、ということもあるのだろうけど、さらば電王では、前半、主人公に対して、的確に批判していた幸太郎がはぶられるわ(電王揃い踏みの際には、彼だけいなかった)、イマジン達に主人公がすごいということを吹き込まれるわで、今回も一緒に行動していたのは、幸太郎たちがイマジンの役回りしていたから、自発的に主人公が行動しているように見えたのか? と思えてしまうし。

戦いの中、ユウに契約してくれと頼むデネブ。ユウを守りたいのだが、砂のままでは出来ないからというkとおを言われて、契約するには願いを言ってくれればいい、ということで、ユウはデネブの契約者が戻ってくるように、と鬼を退治することを願い、それによって、実体を得たデネブは戦いの中に飛び込んでいく。
って、ユウを守らなくていいのか?
戦いの中、ユウが虫に驚いたのが目に入ったクチヒコは、ユウを狙って、攻撃し、怪我をするトキ。それを庇った幸太郎は捕まってしまって、切り札のかけらと、デンライナーと交換を迫られる。

桜井もどきあたりから吹き込まれたのか、デンライナーの知識は?

期限は翌日。

幸太郎を助けに行こうとするテディだが、人質が増えるだけ、みんなで助ける手を考えると言われて、思いとどまらされる。偽モノを用意すれば、というリュウタロスの言葉になにやら、考えがあるようなオーナー。

手当てをあけるトキを辛そうに見るユウ。トキが母親にそっくりだから、怪我をしたのを見ているのが辛かったし、幸太郎も自分のせいで、捕まったという彼を、子供が怪我をするよりかは、ずっとマシだ、と慰める。
切り札を自分の親が持っていることを話すユウ。
鬼や盗賊相手に闘っている自分の境遇を語る彼女に、刻の列車に乗って、平和な時代へ行こうというユウ。
母親にそっくりな彼女と一緒に暮らしたいと思っているのか? しかし、彼女は、ここが自分が暮らしてきたふるさとで、自分の一部だから、と今を生きることを選ぶ。
デネブに共感するのも、自分が母親を亡くした、自分が辛いから、それがわかるというわけで、悪いことではないのだけど、自分が辛い思いをしたから、その痛みが分かるのはともかく、場合によっては、その考え方って、結局は、それ以外のことには理解を及ぼさないという考えに転びかねないところがあるわけだし。

一方、捕まっていた幸太郎は、どうせ、主人公達が企みを叩き潰すから、クチヒコの切り札に関して教えろというが、クチヒコに袋叩きにされてしまう。

翌日、切り札とデンライナーと幸太郎を交換して、デンライナーに乗り込むクチヒコ達だが、現代に行ったかと思いきや、主人公たちが窓や前方の風景を絵でごまかすというペテンでひっかけて、しかも駅長とオーナーが入れ替わっていて、デンライナーの非常停止スイッチを入れて、停車されていたということで、デンライナーを取り返し、バトルに突入する主人公たち。電王に変身するモモタロスだが、セリフの途中でキンタロスに入られて、リュウタロス、ウラタロスと入れ替わって変身し、しかもディエンドが現れて、G-3、コーカサス、王蛇を召還して、立ちさっていく有様。
さらには、切り札を一つにして、現代にいるミミヒコに渡るようにさせて、刻を渡る戦艦を召還して、合流するミミヒコ。二人とも変身して、暴れているところに、ジークを押し付けに来る士。G-3たちを見て、事情を察して闘おうとするのだが、モモタロスに憑依されてしまい、ウラタロスたちも、G-3、コーカサス、王蛇に憑依して、電王はウイングフォームに。さらにデネブまでもが、NEW電王に憑依して、電王ベガフォームに。

しかし、ディエンドが召還したライダー、特にコーカサスはクロックアップを使わなかったが、アタックライドのカードを使わないと、アドベントやら、クロックアップは使えないということか?

ユウも怪我をして、弓を引けないトキを助けるために、苦手な虫を払って、弦を引く。そして、戦艦の錨を弓で、クチヒコに落とし、電王たちのピンチを切り抜ける。クライマックスフォームに変身した電王、デネブ、ディケイドで必殺技を放つが、ミミヒコがクチヒコを庇い倒れて、怒りで頭が一杯になったクチヒコが戦艦の力を解放する。

モモタロスが鬼扱いされたりしていることから、クチヒコ、ミミヒコも、追い詰められて暴れる可能性も示唆されていたわけですが、響鬼の劇場版のように、鬼やその力を持つというだけで迫害されていたという可能性もあるわけで、それによって歪んで、人を襲うようになったという可能性も考えられるのでは、と思えてしまう。
強力すぎる力というのは、それだけで人々を恐れさせるわけですし。鬼だって、響鬼では魔化魍と同じように見られておりましたから。鬼たちは静かに暮らしていたけど、時代が時代だけに、名誉欲やら、その力を自らのものにしようとする者たちが鬼の住んでいる場所を襲うことを繰り返しているうちに、やらなければ、やられてしまうという考えに走って、ああいう風になったのかもしれませんし。

しかし、刻を走る戦艦というのは、刻を走る列車のプロトタイプというか、より強力な刻を走る列車の空母みたいなものかなあ。ターミナルは時間の分岐点に現れるわけだから、使用する機会が限られてしまうわけですし。となれば、刻の列車を収容する場所とか、メンテを行う場所が必要になってくるわけですが、それらを収容する場所だったとも考えられますし、ブレスやベルト以外のアイテムを変身の媒介に使うとなると、ライダーだと、サソードがありますし、THENEXT系のライダーのデザインに近いのですから、まさか、ZEECT系のライダーのプロトタイプとか、刻を走る列車の扱い方が分からないで騙されたということは彼らが切り札や刻を走る列車を扱うものではなく、祖先が残して、作り方は分からないが扱い方はどうにか分かるシロモノで、刻の列車とは別系統の刻を行き来する技術の産物ということか? タイムレンジャーでも、VレックスやGゾードが実験の途中で行方不明になっているから、それ以前の時間を渡る実験の産物だから、ああいう露骨な戦艦っぽいデザインになったということか? 戦艦だけなら、タイムパトロールの実験の産物という可能性もあるのですよね。
鬼が現代にやってきたという描写もタイムレンジャーの大消滅ほどではないけど、それを思わせるような理由だったし。

その圧倒的な火力に翻弄されながらも、デンライナーに乗り込んで立ち向かう主人公たち。士は「ここでの役目は終わった」とかいって、姿を消す。って、最後まで手を貸してもいいのじゃないか? というか、ユウスケでてこないし、モモタロスと同じ役回りだし。共闘させるというより、他のキャラより、すごいとか言わせて、主役や、その周りをよく見せたりしているわけですし、ユウはデネブに憑依されていたということもあったのだろうけど、意識はちゃんとあったのに、ユウスケはモモタロスに憑依されていても、それはなしで、全然事情をつかんでいなかったわけですし。ディケイドがかかわった電王の話って、まんま、クウガの世界でのディケイドと同じような、士がもっともらしいセリフを自分の血肉ではなく、丸暗記したのをそのまんま口にしているような印象が強かったわけですし。
しかも、この後はあいつらの物語だ、とかいって、放置していたけど、無理やり巻き込まれるにしても、ジークの押し付けとか、ジークを押し付けに来たとかで(士って、自分の意思で空間の移動できないのじゃないのか?)、妙なところがあるし。それとも、これも何かの伏線か? 士という人間は、淡白というか、元々、人とあまりかかわりを持ちたがらない人間で、ノルマを果たせば、後は知らんみたいな態度は、元々、己が希薄とか、冷淡な人間で、他人がどうなろうと知ったことではないが、自分の大事なものだけは守るというようなニュアンスが強いというところなのか? しかし、そんなセリフつけなくても、強制的に戻されるのだけでも、十分に途中退場の理由は立つと思うのだけど。それとも、途中で強制退場なのに、かっこつけて、ああいうせりふを言ったのか?

デンバードに乗っているモモタロスの後ろに乗るデネブ。「意味ねえよ!!」というモモタロスに、「ユウくんと約束したから!!」というデネブ。それを聞いて、「じゃあ、いくぜ!!」とやる気になり、ついには、デンバードで乗り込み、ソードフォームだけで、クチヒコを倒し、脱出する。

トキは、ユウに、鬼から奪った石がユウの時代に伝わっているなら、自分が子供を生み、ユウの時代まで繋げた証だろうといって、ここで生きて、ユウのいる時代まで繋げてみせるといい、ユウもまた、オーナーが寄り道をして、母親に会わせてあげるという申し出を断り、自分の今を生きることを決意する。母親にはもう会えなくても、この冒険で時間をつないでいくこと、大事なモノのために行動することということを学び、帰っていく。劇場版では、主人公やゲストの刑事(クライマックス刑事)が在りし日の親を見る、会うというようなシーンがあったわけですが、今を生きるということで、それを選択しないユウ。

別れ際、デネブは、「君と未来であえたなら、君を助ける。これは契約ではなく、約束だ」といって、デンライナーで、元の時代へ去っていく。
まあ、母親にそっくりな相手に言われたから、それを選んだ、というような可能性も捨てきれないけど。
今は亡き母親に会いたいから、デンライナーに乗った→大事な契約者を失ったデネブに共感できるものがあったから、体を貸したり、デネブの契約者が戻るようにということで、デネブと契約するというように、心情の変化が丁寧に描かれていたわけだし、守るべき子供から共に闘った仲間として、再び会えたなら、対等の相手として、力を貸すと、一緒に闘った二人の絆を描いているということか?

今に戻ったユウはいじめっ子に立ち向かい、その光景で、ユウが少年のころの桜井だということが明らかになる。

現在に戻ったデネブは、デンライナーから降りて、桜井と再会して、おっかなびっくり、ユウが桜井かどうか尋ねるわけだが、桜井にけんもほろろにあしらわれてしまう。しかし、契約ではなく、約束という言葉を口にするわけだが、この約束を口にしたのは、戦いが終わった後のデネブだが、年をとって、ゼロライナーで、時間お流れが変るかもしれないということを知らされて、己の記憶を代償に戦って、その中でデネブとともに闘うようになって、と考えると、絆の強さというか、縁みたいなものを感じてしまいますね・・・・・。

まあ、電王n物語の中では、割合に面白い部類に入る話でしたが、理由を考えると、主人公ではなく、ユウを主役にして(主人公がメインだと、主人公がすごいとか持ち上げるような話になってしまうので、今回も、幸太郎周りでそれがありましたが)、それで、失った思い出に縋る少年から、失ったものは戻らないけど、それでも、生きていくことで得ていくものはあり、生きて、時間の流れを紡いでいくということを決意するまでの物語としては面白いわけですが、これは、電王という物語を知っているから、そう思えるわけで、そうでなければ、単体で見たとしたら、母親にそっくりの人間に言われたから、とか、大事な人を亡くしているから、ということでデネブに共感できたとか、自らの感情で想像できる範囲のことで、理解しているというか、それが止まっているように見える部分もあると思うので、不幸という要素も、よく考えれば、ユウが母親を亡くしたという形で書かれているといえるわけだし、相変わらず、電王だけど、ユウを主人公にしたら、まともそうに見えてしまうということか? TV版本編でも、主人公が特異点として、何の代償もなしに変身できていたうえに、イマジンたちやハナに囲まれていて、甘やかされていたのに対して、桜井は、自らに関する記憶を失うことで戦っていたわけですし。ある意味で、桜井のほうが主人公っぽく見えている部分もあるので、そういう意味では、今までの中でマシっぽく見えていたのかもしれませんね・・・・・・・。主人公周りでは首を傾げたくなる内容がてんこ盛りでしたが。
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by kwanp | 2009-05-07 12:38 | 特撮

土砂降りの中で

リゼンブール、自分が練成した馬の玩具を母親に見せるエド。さすが、お父さんの子供ね、とエドを誉めるトリシャ(ジョブ:猛獣使い)。でも、自分はちゃんと練成してくれなかったのに、と、と手にしていたトマトが、床に落ちて、あの夜の異形の姿になるトリシャ。さらに、ニーナとアレキサンダーが現れたかと思いきや、融合して、キメラの姿になって、「遊ぼう」と声をかけてきたところで目を覚ますエド。

自分のしでかした人体練成の罪と、助けられなかった命。自分のしでかした罪にさいなまれるエド。

エドとアルが生体練成に興味を持たなければ、あるいは、引き起こされなかったかもしれない悲劇の可能性もあるから、尚の事、罪の意識にさいなまれてしまう。ましてや、自分が母親を練成したことがあるし、やっていることの表面上の違いはあるにしても、よくよく考えると、自分の欲望のために母親を生み出そうとしたり、助けるためとはいえ、自分の弟の魂をつなぎとめたりして、別の姿にしている。そういう意味では、非常にエドはタッカーに近しい人間と言えなくもない。
精々、力があって、弟と二人で助け合ったり、助けてくれる周りの人たちがいたというたった一つにして、大きな違いがあるとはいえ。

どんな手段を使ってでも、元に戻ることを考えていたとはいえ、今回の一件は、戻るために、生み出された犠牲と言えなくもないのだし。

起きたエドが左足を抱えているのも、自分の罪を意識しているからか?

当方司令部に顔を出し、タッカーとニーナがどうなったかということを確かめるわけですが、二人とも死んだ、ということを知らされてしまう。自分がかかわった相手がどうなったかということを知りたいというのは、当然の感情だし、出来ることがあれば、何かしたい、もしくはやってあげたいという感情はありますからね。
ただ、相手のためを思って、のことももちろんあるでしょうけど、後ろめたさの方が大きいでしょうけど(そういう感情でも助けられるものがあるのであれば、否定はしないですが)。
現場に付いて行こうとするエドとアルにダメだ、といって、同行を拒否して、見ないほうが言いというホークアイ。

前のアニメでは、ニーナが分解された現場に立ち会って、しかも、タッカーの研究を引き継ぐような命令まで受けてしまうわけですが・・・。

ただまあ、ニーナとタッカーが殺されたということでその現場を見ないほうがいいと遠ざけているにしても、前回のラストのロイとのやり取りをエドとアルの前でやっていたりするので、見ないほうが言いという配慮が、事務的ナそれに思えてしまうのは気のせいか?

一足遅かったか、とつぶやくヒューズ。このままでは・・・、と焦るアームストロング。彼らの姿を見て、事件を予期していたような口ぶりだな、と訊ねるロイ。
まあ、人員を配置しても、国家錬金術師を殺せる相手を人海戦術で、どうこうするのは、犠牲が大きくなりそうですから知らせを聞いて、人員を配置して、警戒させるくらいはしているかもしれないけど、どこまで有効か、あやしいものだからなあ。

コーネロに成りすましたエンヴィーがリオールの人々をあおり、コ-ネロを疑っている人たちとの間に対立を生じさせているホムンクルスたち。
人間は懲りないで同じ過ちを繰り返す、と。しかし、ホムンクルスから切り離されて、賢者の石で増幅された七つの大罪を基に作られた存在だから、その人間の一部みたいなものなんですけどね、ホムンクルス達も。
常人離れした命(賢者の石を使っているから、大量の命で食いつないでいるというところか)と死なない体をもっているということで、上位種みたいな感覚でも持っているということか?

コーネロに化けているところを見られて、見た部下を口封じにグラとニーに食べさせている間に、タッカーが殺されたという噂話をするエンヴィーとラスト。殺した男の話になるわけだが・・・。

旧アニメでは、「教主が賢者の石で何とかしてくれるのであれば、何でこうなった!?」と街が二つに分かれて、暴動を起こし、そこに軍が介入する光景が書かれていたわけだが、前のアニメのほうが、まだ、教主を信じる側と、疑いを持つ側とに分かれて、暴動がおきてしまった現状を突きつけて、「それでも、教主の奇跡の力を信じられるのか!?」と問いただす言葉や、人間の愚かさを語るラストたちのセリフも、同じであるだけに、前のほうが妙に説得力を感じてしまうのだが。

傷の男(スカー)という呼び名を聞かされていて、顔に大きな傷があるということでそう呼ばれていると聞かされるロイ達。アームストロングが言うには、正体不明で、神出鬼没なのだそうだが。
憲兵司令部のお声がかりで、そいつを追ってきたヒューズたち。国家錬金術師だけで、中央で5人、国内で10人が被害にあっているということですが、ある意味、わかりやすい特徴があるとはいえ、国家錬金術師は、ある意味、人間兵器みたいなものだから、そんな人種を殺せる相手を指名手配はしていると思うけど、それで、見かけて、気がついたとしても、現行犯逮捕できる人間がいるとは思えないですからねえ。

アニメではグランがこの時点ではやられていないし、しかもロイとヒューズのやり取りは、酒場でやり取りされている(そんな情報を酒場でやり取りしていいのか?)。

グランもやられたと聞いて、驚くわけですが、原作だと、酔っ払っているときにやられているけど、普通は、そういう状況でやられた、とは夢にも思わないだろうし。

ヒューズも、ロイに警護の数を増やして、大人しくしておけ、と警告する。それを聞いて、エドがいることに思い当たって、マズいと焦るロイ。

前のアニメだと、ロイとヒューズの会話で、この時点では、グランは生きていて、ドクターマルコーのエピソードと同時進行でしたからねえ。

雨に打たれながら、自分達の信じる錬金術って、なんだろうとつぶやく。
錬金術とは物質のうちに存在する法則と流れを知り、分解し、再構築することであり、この世界の法則にしたがって、循環していき、人が死ぬのも、その流れの一つ、それを受け入れると語り、センセイによく言われたっけ、と思い出す。

そういう理屈を知っていることと、それがどういうことかを理解している、それを実践しているということは別物であるということであって、それが分かっていなかったがために、自分たちは体を失い、それを取り戻すために、あれこれと模索していって、結局、タッカーを追い詰めてしまい、ニーナがああなってしまったうえ、それを助けることが出来なかったわけで、打ちのめされるのは無理からぬ部分がありますしね。全部が全部、エドやアルのせいではないにしても、エドやアルが査定が近い時に、やってきて、その力にタッカーの心が追い詰められて、ということもありますから、助けたいという気持ちもあるけど、罪悪感もあるのでしょうね。

どうにもならないことをどうにかしようと考えている。この感情自体は、誰でも考えてしまうことではあるのですが、問題は、エルリック兄弟には、それを可能にしてしまえる力があることだから、どうにか出来たかも、という意識が強くなり、余計に、後悔の念が強くなってしまうのでしょうね。

只でさえ、エルリック兄弟は、人体練成を行ったように、目的を達するためなら、それを実行するための行動力とかは人一倍強いわけですから。人体練成をしてはいけないと思っているのは、失敗して痛い目を見たからという側面が強いわけですし。痛い目を見たから、せめて、体を取り戻そうという考えになっているのは、やってはいけないと理解しているのとは、やや異なるわけですからね。

そういう意味では、タッカーがやったこととは、成功しているか、失敗しているかという違いでしかないわけですし、そのあたりを踏まえて、タッカーは、エドの罪悪感に付け込んで、同レベルの事をしていると言う意識を植え付けて、うやむやにしてしまおうとしたのだと思いますし。

エドの少しも成長していないという認識は、その通りだと思います。
前のアニメだと、ドクターマルコーのエピソードと絡めて、グランに連行されていくマルコーが、戦場で自分の行っている行為に嫌気がさして、脱走し、その罪を悔いている姿を見て、それとかつて、タッカーがニーナを練成した時に、何も出来なかったことを思い出して、今また、彼を必要としてくれる人たちの前でマルコーが連れて行かれるのを見て、「心がガキのままじゃダメだろう」と走り出すのですが、自分の目的のために行動していくだけであるなら、タッカーと変わりが無いわけで、自らの罪を悔いて、それで、少しでも多くの人を助けようとするマルコーを持ち出し、捕まっていく姿を書くことで、そのことを寄り鮮明に書き出そうとしているのかもしれませんね。

雨なら、もやもやした気分を、というのですが、それはあくまで、一次的ナ者にしかならないですしね。

それでも、肉体を雨が打つ感覚は分からないし、それは寂しいし哀しい、といい、元の体に戻りたいというアル。元の体に戻りたいという欲求は当然でしょうし、エドの義手、義足と違って、アルは魂が鎧に定着しているだけですから、その思いを共有できる相手もいないわけですし。同じ痛みを分かち合った兄弟のエドでさえも。それをかかえて、一人で生きていくというのは、やはり、辛いでしょうから、自分たちが命をもてあそんだ結果とはいえ。ただ、タッカーと違うのは、生きている誰かを犠牲にしたのではないわけですけどね。

そこへ現れるスカー。錬金術で防御を行っても、それを無効に破壊されてしまうエド。
そのヤバさに逃げなきゃ、と、アルと一緒に逃げ出すわけですが、階段を下りようとしたところで先回りされて、階段を壊されてしまうものの、階段につかまったアルに掴まったはいいが、その階段も壊れてしまい、結局落下してしまう。

自分が落下した部分を練成して、逃げようとするも、それも破壊されてしまう。

それでも、何とか逃げ出しながら、「なんだっていうんだ、人に恨みを買うようなことは・・・・、一杯しているけど、命狙われる筋合いはねえぞ」とバツの悪い顔をしながら逃げるエド。しかし、路地裏に追い詰められてしまう二人。

「何で俺たちを狙う!?」と問いただすエドに、「貴様ら、作るものがいれば、壊すものもいるということだ」と答えるスカー。それを聞いて、やるしかないか、と武器を練成するエド。

攻撃してくる兄弟を、「いい度胸だ、だが、おそい」とアルの鎧の右半分を破壊するが、中身が無いことに驚くスカー。なおも攻撃してくるエドを捕まえて、投げ飛ばして、エドのオートメイルに気がつく。
右手のオートメイルを練成して武器を作るエド。アルは、逃げたほうが、というけど、「お前を置いて、逃げられるか」と闘うことを選択する。

錬金術が使えないように、と義手を破壊されてしまうエド。地面に散らばるオートメイルの部品。

しりもちを突くエド。右腕が無いので、思わず、右側に転倒してしまい、立ち上がることも精神的に出来ない。アルが逃げてと叫ぶが、動こうともしない。

神に祈る間をやろうというスカーに、「あいにくだけど、祈る神はいないんでね。あんたの狙いはオレだけか?弟をあるを殺す気か?」と確認して、「邪魔をするなら、排除する。だが、裁きを下すのは、鋼の錬金術師、お前だけだ」と答えるスカー。
弟には手を出すな、と約束させて、覚悟を決めるエド。アルは逃げろというわけだが、それを選択しなかったのは、それを行ったら、自分が生き延びるために、身近な家族を犠牲にしたタッカーと同じになってしまうから、選択できないという心理的な抵抗が強かったのではないか、と思いますが。

やめろと叫ぶアル、エドに手をかけようとするスカー。そこへ、駆けつけ、包囲するロイや軍の人間。

錬金術はあるべき姿を異形へと変えるもの、それすなわち、万物の創造者たる神への冒涜というスカー。

邪魔をするなら、貴様も排除するという言葉に、その気になるロイですが、雨の日は無能ということで、あっさりと、ホークアイに下がっててくださいといわれてしまう。

それを好都合と勢いに乗り、邪魔するものを全て、倒すというスカーですが、そこに駆けつけたアームストロング少佐と闘うことに。

軍が包囲していることで、スカーの素性が気になったエドに、タッカーを殺害した犯人と説明するハボック。
それを知って愕然とするエド。知らなかったとはいえ、ニーナを殺した相手に、手も足も出ないで、何も出来ないまま、殺されてしまうところだったわけですから。

街を破壊しないでくださいというハボックの突っ込みに、「破壊と想像は表裏一体、壊して作る、これ、大宇宙の法則なり」と脱いでポージングを決める少佐。「なぜ、裸?」と突っ込みを入れるが、多分、感情表現みたいなものでしょう。
無茶苦茶な理屈と突っ込みを入れるハボックですが、少佐のビジュアルとキャラがそう思わせている部分も歩けど、人に被害が出なければ、あとで、錬金術で修復すればいいというようなところもあるのかも。

あながち、無茶な理屈ではないだろうということで、スカーに同意を求める少佐。スカーの使っている力も錬金術であると看破し、理解・分解のところで止めていて、破壊に使っているということが明らかになる。
スカー自身が神の道にそむいていると指摘されるが、復讐のためなら、たとえ、神の道にそむくような選択でも手段を選ばない、選ぶ余裕も無いということもありそうですし。

しかし、なぜ、国家錬金術師の資格をもつものばかりを狙うのか? という疑問をもつロイ。

少佐がわざと作り出した隙に乗じた攻撃だったが、少佐は、後退して、逆にスカーに隙が生じてしまい、そのチャンスに、スカーに向って、発砲されるのだが、一発かすった程度で、彼のサングラスが、落ちてしまったに留まる。そして、そのサングラスの下から、褐色の肌に赤い目、と内乱において、中央に弾圧されたイシュバール人だと判明する。
包囲されて、逃げられないと思いきや、地面を破壊し、地下水道から逃亡するスカー。ロイに謝られた少佐だが、自身も、やられないようにするのが精一杯というところだとか。
そこへ現れるヒューズ。隠れていたと胸をはり、デタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むなと抗議するわけだが、気持ちは分かるけど、せめて、必要な手配くらいはしておいたほうが良かったんじゃないのかなあ・・。

アルに駆け寄るエド。彼を殴り飛ばし、「何で逃げなかった」と怒鳴るアル。エドの場合は、その選択は、何があっても行わないのは、前述したとおりですからね。

「わざわざ、死ぬ選択をするのはバカのすることだ。生きて生きて、生き延びて、もっと錬金術を研究したら、元の体に戻る方法も、ニーナのような子を救う方法も見つかるかもしれないのに、その可能性を捨てて、死ぬことを選ぶなんて、絶対に許さない」
どんなことをしても、元に戻る方法を見つけることを選択のはもちろん、ニーナを助けられなかった現実を突きつけられて、しかも、大人しく、殺した相手の手に掛かることを選んだわけですからねえ。
エドにしてみれば、これ以上、誰も失いたくはないわけだけど、それは残して逝く側の理屈であって、残された側は、たまったものではないでしょう。ましてや、エドまでいなくなったら、正真正銘、一人になってしまいますからね、エドは・・・・・。
旧アニメの劇場版では、エドを向こうの世界から引き戻すために、エッカルトの野望に手を貸すような形になってしまったわけですが、最終回で体を取り戻した~劇場版のアルは、人体練成前だから、そういう自分の目的をかなえたい欲求や行動力というのは、それこそ、人一倍大きかったわけですし、ベクトルが違えば、目的を果たすために必要なことを躊躇無く行える行動力というのは、置いていかれたくは無いという感情が原動力なのかも。

右手ももげてしまって、ぼろぼろになってしまうエルリック兄弟。でも、二人とも生きている、それだけは確か。

その光景を見て、万国スペシャルビックリショーとつぶやき、口をつぐむことを約束するヒューズ。
しかし、イシュバールの人間が国家錬金術師を狙っているという厄介さを痛感させられてしまう。

イシュバール人はイシュバラの神を唯一絶対の創造の神としている東部の一部族であるわけだが、13年前に、軍の人間が、子供を謝って殺したことで、内乱が勃発。内乱は東部全域に広がり、七年に及ぶ内乱の末、国家錬金術師が投入されて、イシュバールの殲滅が行われた(グランやアームストロング、ロイといった国家錬金術師の面々の顔ぶれがそろっている)。それによって、イシュバールの民が甚大な被害を受けたわけだが、ロイが正当性があるといったのは、自身も、イシュバールで、錬金術を使って、多くの人を手にかけたということもあるからなのでしょうね。

それをくっだらねえ、といって、切り捨てるエド。関係ない人を巻き込む復讐に正統性は無くて、神の代行人というオブラートに包んでいるだけ、とばっさりと切って捨てるエド。
是非はともかく、自分の価値観で、相手の命を奪ってしまっているわけだから、神のナの元に復讐をしていると言われるのも、無理からぬ部分はありますし。異形の姿に変えられたとはいえ、行きたい死にたい、は他者が決めることではないですから。タッカーに一方的にキメラにされたことも、スカーがニーナを殺したことも、他者の一方的な都合で、弱い命をもてあそんだことには変りはないわけですから。それに対して、神の代行人とか、復讐とか言うことを持ち出されても、それがニーナの命を奪うだけの正当性は、どこにも無いと思いますし。
ロイは死ぬわけには行かない、ということをいうのですが、それだって、やろうとしていることはともかく、どんな理屈であっても、奪われる側からすれば、たまったものじゃないと思うでしょうし。重さは承知していて、それを背負う覚悟があるとはいえ、その犠牲の上に成り立っているわけですからね、ロイは。
だからこそ、せめて、それを無意味にしないために、スカーを倒すことを決意するロイと、それに頷くヒューズたち。

旧アニメ版では、兄を殺された怒りも交えて語っていて、アルの「兄が殺されるのを黙ってみているわけには行かない」というセリフとやり取りもあったので、なぜ、国家錬金術師が憎いか、というようなことがよく分かっていましたし、神の代行者といいながら、「この腕が導くままに」といっているように、神の教えにそむいても、復讐を行うということを言っていて、復讐の感情の強さを表していて、弟は殺すなというエドの心情も、その前の、

アル「同じ立場なら、自分も同じ選択をする」

エド「お前は生きていればいいんだ、生きて、生きて、幸せになれ」という言動があったので、不自然ではなかったわけですし、それでいて、マルコーに対して、「何で逃げなかった」というようなセリフや、マルコーが、賢者の石を使って、スカーを何とかしようという態度も、抵抗無く見れる展開でしたから。
ドクターマルコーが殺されるのを受け入れようという態度で、スカーの復讐の正当性を認めるところも、納得できるものでしたからね。
イシュバールのことに関する説明も、マルコーの口から語らせているように、一方的な虐殺に加担して、その行為を悔いている人間から、事の一部始終を語らせることで、事情が分かりやすいようにしていたと思いますし。

そういう意味では、あの時点の原作の進み具合(旧アニメでは、まだグリード編に入るかはいらないか、のころ)で分かる材料で物語をどう描いていけばいいのか、ということを踏まえて、再構成していたようで。

ヒューズは、エルリック兄弟に、どうする、と尋ねるのだが、また、「歩き出すよ、生きている限り」と前にすすむ気力を取り戻すエド。そして、アルをなおすために、オートメイルをなおしにリゼンブールへ・・・。

それにしても、話の進行が早い今のアニメ版よりも、前のアニメ版の方が、話にスピード感を感じてしまうのですが、たば、カットすればいい、もしくは、どの部分をどう表現すればいいか、という手腕においては、前のアニメのほうが良く分かっていたのではないか、と思いますしね。
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by kwanp | 2009-05-06 23:24 | アニメ

狙っているだろ、これ? 1

ディエンドの必殺技を受けて、吹っ飛ばされて、屋上から落下する電王ソードフォーム(以下電王SF)。
飛び降りてきて、「僕のものになってくれる気になった?」と、電王とデンライナーが描かれたFFRのカードをちらつかせて、問い掛けてくるディエンド。

たおれたまま、ディエンドに足払いをして、「誰がなるか!!」と食って掛かる電王SF。

それを聞いて、一端引き上げようといいながらも、モモタロスが実体を無くしているというkとおを強調するディエンド。
落下した時に受けた痛みを受けながらも、今の君は、何者でもないというディエンドの言い分に、怒る電王Sf。さっさと飛び降りて、姿を消すディエンド。

変身解除して、どうしたら、元に戻れるか、といらつくモモタロス。

自分の姿、電王主人公がイメージしたモモタロスの姿を失い、自分が自分であるということを見失っているモモタロス。電王主人公とともに戦ってきたことが、今の自分を形作っているから、それを失ってしまって、取り戻せないということが、彼をいらつかせている、というkとおだろうし。

デンライナー内

スプーンをクイックドロウの要領で手にとって、チャーハンで旗たおしをしながら食べるオーナー。
刑事ドラマでのキャラの方が強く出ていないか? まあ、よくよく考えたらクライマックスでも、戦いそっちのけでチャーハン対決していたわけだし。ネガタロスに予備のパス盗まれるようなこともありましたからねえ。

バランスボールに乗るウラタロス、鉄アレイで鍛えているキンタロス。なわとびがこんがらがっているリュウタロス。士たちに、イマジンには評判のコーヒーを出すナオミ。

ナオミのコーヒーに面食らっている士たちに、ハナがオズオズと事の次第を説明して、事情わかりました? と尋ね、「なんとなく」と、自信なさげにいう夏海と、完璧だと胸をはる士。さりげに、コーヒーを押しのける。

オーナー、ナオミ、ハナをそれぞれ写真にとりながら、確認する士だが、イマジンたちに自分が圧勝したとか、ハナのことをまる子といったりするのだが、肩までのセミロングに小学校くらいの女の子だったら、まる子とかいうことかね?
しかし、ナオミとハナのことを士が写真撮ろうとしたら、しっかりと入ってくるオーナー。
まる子と決め付ける士に自分の名前を訂正するハナ。全然違うという夏海。全然違うじゃないですか、と口を挟む夏海に、「大体あっているだろ」とどこ吹く風。

ウラタロスたちは、士が、ハナに対して言った「俺が圧勝したイマジンたちの元締め」という言葉に納得できなくて、キンタロスの精々、五分五分や、リュウタロスが「もう一度やれば、僕達が絶対勝つし」と口をそろえるわけですが、文句を言うわけですが、自分が最強とか言い張るところは、お互いに人のことは言えないような気がするけど。
最初のころは、モモタロス達もイマジン同士で内輪もめとかやっていたわけだし。

でも、前回の戦いは、夏海に憑依していたから、士が手加減した部分も確かにあると思うので、負け惜しみにしか聞こえないのだが。平成ライダー大戦では、士が夏海を守って戦っていたようにも見えるので、記憶を失う前の夏見は士にとっては、大切な存在だったという可能性もありそうですし。
まあ、夏海を痛めつけても、イマジンたちには痛くも痒くもないということもあるし、士の性格は相手を最大限に瀬心的なダメージを与えて、嫌がらせをするというタイプですからね。

イマジンたちの方も、実体がない、もしくは、主人公がいない、ある意味、人質に取っているということで、五分五分なのは確かだろうけど、キンタロスは、自分の言ってる内容の情けなさに気がついていないのだろうか?

ハナがいいかげんにしなさいと怒鳴り、「あんたたち、あやまんなきゃ、でしょ? 時間が歪んだのは、ディケイドのせいじゃないっていうのに」といい、キンタロスが、「せやけど、そういう話やったからな、ディケイドは世界を破壊するって」といい、それに頷くウラタロス。

つまり、ディケイドが世界を破壊すると、桜井もどき当たりに言われて、そのうちに異変が現れ始めて、しかもただ事じゃあないということで、ディケイドのせいだと結論付ける・・・。

強引にも程があると思うのだが・・・・。

大体、ウラタロスは魔王は噂とか言ってなかったか? まあ、魔王といわれるような存在が、こういう時に現れて、無関係とは中々、考えないものだしなあ。手がかりがつかめるかも、と思うのは無理もないような・・・。

しかし、ウラタロスは、「それに彼の方こそ、話し合いというより、殴り合いって、感じだったし」と言い返すのだが、ウラタロスたちも、いきなり憑依して、人の体勝手に使って、夏海に声をかけてきたスカウトを蹴散らしていたわけだし、人の体に憑依したまま、士のことお構い無しに口げんか始めていたので、それで話し合いするぞ、とかいわれても、それは納得しないでしょ・・・・。

ウラタロスたちの態度で喧嘩を売っていないとか言われてもなあ。人の体使って、自分の本能のままに行動していたわけだから、こういう部分は、結局は変っていないということかな・・・・。

いいわけはいいの、と夏海を巻き込んだことも最悪というハナ。前回、全然言及していなかったとはいえ、それをいったら、こいつらだけで、行かせたハナたちの責任もどうなるのか、と思うけど。
反省しなさいと、食堂車の外に追い出そうとするハナ。しかし、食堂車の隣は、いつのまにか、写真館になっていて、光が、刻の狭間を見て、はしゃいでいる始末。っていうか、キバーラはどうした(汗)

っていうか、前はジークの部屋になってたのでしたっけ、そこ。劇場版がらみで、占拠されやすい車両に思えてしまうのは、気のせいか?

コーヒーを持ってきたナオミと一緒に写真を撮ってもらうウラタロス、光と将棋をするキンタロス。スクリーンに落書きをするリュウタロス。

「人や建物が消えるのは過去が帰られているから、過去でイマジンが暴れているから」という、さっきのハナから聞いた話を確認する夏海。「何日か前から、イマジンのボスみたいなのが現れて、仲間を過去に送り込んでいるの」と説明する。
「そのイマジンも、刻の列車みたいなのを持っているのか?」と訊ねる士に、イマジンは、人を使って、その記憶を過去へつながる道にして、過去に飛ぶというように、イマジンが時間を超える仕組みを説明する。

過去が変れば、未来が変る、それが積み重なれば、時間が歪んでしまうということで、自分たちの仲間にも影響が出ていると、ハナが説明していると、デンライナーが急停止する。
「デンライナーにも異常が起き始めているようです。世界の滅亡を防ぐためにも、イマジンたちを止めないと」と力説するオーナー、誰も食堂車にいない、というオチですが、今まで、チャーハンを食べるのに夢中で、皆が移動したのに気がつかなかったということでしょうか?

イマジンのボスはどこにいる、と尋ねる士に、人から人へ乗り移っていくから、分からないと答えるハナ。
って、それ、モモタロスもやってます。
それを聞いて、前回の警官のことを思い出す夏海。それを聞いて、自分がこの世界ですることが大体わかったと、イマジンをぶっ叩くとやる気満々の士に、それを追いかけるハナや夏海。

外に出てきたものの、どこをさがせばいいのでしょうかと首をひねる夏海に、「こういうとき、モモがいれば」とため息をつくハナ。
イマジンが憑依している人間を捜し当てることが出来るということを説明するのですが、だったら、探しに行けよ・・・・・。

モモタロスを探しに行っていないわけですが、ディケイドのほうに行って、闘うなり、手がかりを得るなりしたほうが、事態の解決になるということなのでしょうかね?
有力そうな手がかりと、どこにいるのか分からなくなっているモモタロスじゃあ、どっちのほうが分かりやすいか、というのは、分からなくもないけど。かけらも言及するそぶりがない、というのは、さすがに問題あるんじゃないかと。

時間のゆがみで実体保てなくなっちゃって、いなくなっちゃった、と語るハナに、「乱暴で、プリンとか好きな?」と思い当たる節を語る夏海。知っているんですか、というハナに、俺の体を使って、電王に変身したり、と語っているわけですが、電王に変身し時点で気がつくと思うけど・・・・・。

デザイン的に一応、似通っていると思うし、デンガッシャーは、四つのパーツを組替えている武器なので、もしかしたら、と思うような要素ってあると思うのですが・・・・・?

さらに主人公や幸太郎のことを説明するのだけど、主人公を囮にして、モモタロスを探し当てるという手もあったんじゃ? それとも劇場版で、そういう手がNGというような理由でもあったのか?

モモタロスの様子をたずねるハナに、イラついているか、へこんでいると答える夏海。
イマジンにとって、人のイメージで手に入れた姿って、凄く大切なんですと説明するハナ。人の頭の中にあるイメージから具現化するわけで、神話とかをモチーフにしているということですが、イメージというのは、人によって違うわけだから、それこそ、前衛的tだったり、独特すぎたイメージで具現化しちゃったら、それでも大事なのだろうか?

俺は俺を無くしちまったと落ち込んでいる姿を思い出して、それでやけになっているわけか、と合点が行く士。

しかし、やけになっていても、何をやってもいいというものではないでしょうに・・・。それを馬鹿というハナ。
確かにばかっぽいが、自分を亡くすという気分は分かるという士。ファイズのときは、写真、アギトのときは、事情を書いた手紙と、士がいく先々でどうすればいいのか、というようなヒントや攻略ポイントが設定されているわけですが、今回の感情移入の条件は、自分をなくしたということですか。

チケットを見つめながら、戻れるものなら戻りたいとつぶやく。

まさか、ディケイドが来るというので、モモタロスの実体を無くさせるというシチュエーションを、何者かが用意したとかいうのじゃないでしょうね?
感情移入しやすい条件を作り出して、士の性格でもクリアできるようにお膳立てが整えられているのでは、とか考えてしまいますから・・・・・。

そいつを見つけるほうが、イマジンを見つけるよりもやりやすいかも、という士。馬鹿は目立つのだそうですが、人のことは言えないと思う・・・・・。

道路の真ん中で、しましまの入ったスーツに、黄色いシルクハットを被った人物を追い掛け回すモモタロス。
その人物の体を捨てて、正体を現すモグライマジン。それを見て、Sfに変身するモモタロス。
後ろから切りつけて、取っ組み合いになって(いいのか?)、モグライマジンを倒すモモタロス。爆発の時に、火が燃え移ったりして、あげく、右手に怪我をするわけで、水で洗い流して、「やりすぎた」とぼやくモモタロス。そこへ「やっぱり、簡単に見つかった」と出てくる士。そろそろ返してくれないか、という士に、まだいるんだよ、と突っぱねるモモタロス。

どう考えても、狙って書いているだろ、このセリフ(汗)

モモタロスを馬鹿といい、あんな雑魚倒して、何とかなると思っているのか、というのですが、夏海やら、ユウスケやらに助けられて(特にユウスケ)、しかも、分かりやすいヒントまで提示されて、各世界をクリアしている人間が、単身、実体を失って、どうすればいいのか分からなくて、右往左往している人間にいえた立場ではないのじゃないか、と思うのですが(汗)

モモタロスをお前は取られた玩具を探して、泣き喚いている子供と一緒、こどもなら、まだ可愛げがあるということですが、自分が一番じゃなきゃ気がすまないとか、十分に人のことが言えないと思いますしね。

それこそ、脳細胞丸ごと落としたといい、それを聞いて、それも馬鹿って言うことなんだろうな、と怒るモモタロスに、自分で考えろという士。いや、人のこと言えていないじゃないですか・・・・。

多少落ち着いて、馴れ合いで得ているものとはいえ、自分の居場所を得たと思ったら、それを失った、あるいは奪われてパニくっているモモタロス相手に食って掛かるようなことをいうのは、デンライナーで、心配している人間がいる(その割には探さないことに関しては言及していないけどね)のを見て、本人は失っているつもりでも、自分の記憶や場所を持っている相手が、記憶や自分を持っていない士からすれば、うらやましいというか、腹立たしいというところもあるのだろうか?
自分が、世界を渡り歩いているのに、やけになって暴れまわっているのを見て、腹立たしいということもあるのだろうけど。
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by kwanp | 2009-05-04 14:44 | 特撮

狙っているだろ、これ? 2

そんな感じで言い争っているところへイマジンが現れて、それに勘付き、「大物だ」とモモタロス。前述の警官が現れる。
それを追いかける二人だが、プールのある建物のあたりで警官の姿を見失い、自転車に乗った子供しか見当たらないのですが、その子供から、大量に砂が出ていて、あっさりとばれてしまいます。
すかさず、追いかけようとするモモタロスのマフラーを引っ張って、回り込めと指示し、はさみうちにする。
子供の体を捨てて、顕現するイマジン。ベルトを装着して、変身する士とモモタロス。殴りかかろうとするも、足を引っ掛けられて、士のいるところに盛大にすっ転ぶモモタロス。
そこへモグライマジンが数匹現れ、襲い掛かってきて、ディケイドは「アタックライド:ブラスト」のカードをセットして、モモタロスにお構い無しにぶっ放す(モモタロスは振り向きざまに、頭を引っ込めて、よけている)。
文句をいうも、聞く耳をもたない士。その言い争いをよそに、過去へ跳ぶイマジン。子供にチケットを取り出そうとするも、見つからず(憑依している体は関係ないのか?)に、士が持っていたチケットをかざし、08年の12月30日の日付が出てくる。
行くぞ、と仕切るディケイドの態度に食って掛かるモモタロス。そこへデンライナーがやってきて、急いで、飛び乗る二人。
前述したように、モモタロスが馬鹿というより、士がモモタロスをやっかんでいて、それで、冷ややかに当たっているところもあるのじゃないか、と思えてしまいますけど。

そして、そこに現れる海東。直後、彼の前をデンライナーが横切って、乗ったと思われる。

デンバードに勝手に乗り込むディケイド。それはオレのだ、というモモタロスに、どけと突き飛ばすディケイド。
人のものを勝手に使っておいて、それを悪びれもせずに、持ち主に対して、どけとか平然と言っているわけで、やっぱり、似た者同士じゃないのか、ウラタロス達と・・・・・・。
同族嫌悪か・・・・・・。しっかりやれとか、みょうなこといってるわけですが、デンバードだけで、出撃しちゃうNEW電王に比べたら、マダマシだってことか・・・・・・・・?

08年の12月30日にやってきて、前述の子供がスケートをしにやってくるわけですが、年末に大掃除手伝わされないのでしょうか、この子の家では?31日に纏めてやるとか、既に終えているとか、習い事で行かされているという可能性もありますが、いささか、気になる日付です。
子供から現れるイマジンはビルを破壊して、現在はビルの姿がなくなったところへ現れるデンライナー。
っていうか、さらば電王で、みんなそろって変身したのだから、今回もなんで変身しないのでしょうか?

子供に駆け寄り、イマジンのやったことに怒るモモタロス・・・・、って、おいっ!! 元の時間では、倒れても放置していたのは、どこのドイツだよ!? 戦っている最中とはいえ、自転車乗ってるときにイマジンが現れて、転倒しているわけだから、そのときに駆け寄らないで、過去のときだけ、駆け寄るってのは、どうかと思うのだけど。頭打ってたら、どうするのだか・・・。

イマジンと殴り合いに為り、どけとイマジンに挑んでいくモモタロス。キバのカードを取り出して、カメンライドするディケイド。キバと一緒に闘ったこともあるのに無反応?

しかし、イマジンは強くて、反撃にあい、吹っ飛んで、カメンライドが解除されてしまうディケイド。モモタロスも滅多打ちにされてしまい、デンガッシャーを奪われて、それで攻撃を何度も何度も受けてしまう。
それでも痛めつけながらも、なおも殴りかかっていき、「ここまでかよ。もとの姿に戻れないままで・・・」と、諦めるようなことを言うモモタロス。とどめを加えようとするイマジンの攻撃を受け止めて、モモタロスを庇うディケイド。
子供だって、欲しいもののためには、もっと頑張るぞと発破をかけるわけだが、自分のことを棚に上げて、モモタロスに気合を入れるようなことを言っているのか?
実態を取り戻したいなら、自分でイメージしろよ・・・・って、それ無理なんじゃあ(汗) イマジンは、人のイメージを元にして、具現化するわけだし。

って、電王主人公呼んできて、憑依させたほうが手っ取り早いのではないか、と思うのですが・・・・。まあ、出さない理由は、これまでのケースから、ダブルライダーでの共演ということで、その世界の主役ライダーがかませ犬にされてしまうから、出さないというこおtもあるのでしょうけど、一緒に闘った仲なんだし、心配しているにしても、探したとか、探すよりもディケイド優先する理由とか、少しは描写に割いてもいいのではないか、と思うのですが(汗)。
モモタロスは本編放送時でも、他のイマジンからひどい扱いうけていたから、という理由でしょうけど、主人公も一応は、不幸キャラのはずだから、士に言いように振り回されるのも、立派な不幸なので、出しても大丈夫だと思いますが、佐藤健さんのスケジュールの問題で出せなかったということなのでしょうかね?
メイちゃんの執事とか、ルーキーズの映画とかありましたし。そういえば、ウルトラマンダイナでも、劇場版で元ガッツの面々が出てきたときでも、ダイゴの姿が無かったし、Tvでも大阪を舞台に新旧ガッツの面々がそろったときにも姿は無くて、最終回直前で、ようやく、ダイゴとアスカが顔合わせしたというようなことがありましたが、今回は、少なくとも、主人公と一緒に戦った仲間の身に異変が起きているのだから、もう少し、心配するようなそぶりとか描写があってもよかったのでは、と思いますし。

たとえ、最初は人のイメージでも、お前の中に、お前がいるはずだ、ということですが、士は、その自分の断片すらつかめていないという状況なのか、複数の仮面ライダーに変身することで、意識がこんがらがっている、ということなのでしょうか(汗)?

ライオトルーパーをカメンライドして、三体召還するディエンド。ライオトルーパーと闘っているイマジンを追いかけていき、ディエンドの姿に気がつくディケイド。「電王はそろそろ、僕が貰うよ」t語り、電王のFFRのカードを取り出す。
「実体なんて、取り戻す必要は無い。こいつは僕のお宝になる」というわけですが、自分の価値観を押し付けて、他人にもこうしたほうが、こいつにとっては幸せさと一方的に決め付けているって、度こぞのギャルゲーの主人公か、あんたは(汗)
まあ、小林女史からすれば、やおいネタを振りまいているという意図もあるのだろうけど。
てめえ、と主人公や、ともに戦ってきた記憶を否定され、怒るモモタロス。
「もうわがままはやめるんだ。ただのイマジンから、最高のお宝に変るなんて、すばらしいじゃないか」というディエンドの言葉に、「ただのイマジン?」と怒りをあらわにするモモタロス。
まあ、ただのイマジンとか、向こうの都合で、一方的に、自分の価値を決められているわけですし、デンライナーへFFRしたほうがディエンドにとって都合がいいだけでしかありませんから。

殴りかかろうとするモモタロスを押しのけ、カードを持っている左手をつかみ、「こいつはただのイマジンじゃない、こいつは、こいつは、馬鹿だ」というディケイド。
案外優しい一面もある、憑依した相手を気遣うくらいには、というけど、今の時点で、憑依していて、大ダメージを受けたら、一蓮托生で、また、新しい体を見つけないといけなかったからなんじゃ・・・。しかも、あったかっているときは、ユウスケの体を考慮しないで戦っていたように見えましたし。

「実体なんか無くても、こいつはちゃんと存在している」といって、「なにしろ、俺が知っていんだからな、モモタロス」と(知ってたのなら、出会ったときにもうちょっと反応すればいいのに、と思うのだが)、肩にかけてきたモモタロスの手を払いのけて、力を取り戻した電王のカードを手にするディケイド。
デンライナーのあったところモモタロスの姿に変っている。

そのままだったら、デンオウモモタロスに変身していて、ドラグレッダーみたいな感じになっていたということでしょうか?

モモタロスを導いているというよりかは、モモタロスよりも、士が上だというkとおをアピールしたいというか、ヘタすれば、モモタロスがうらやましいから、実体を失ってえ、右往左往しているこいつに恩を売ってやれ、と岩ばかりのニュアンスを感じてしまうのだが、士の態度には・・・・。

アギトの時も双でしたが、士がライダーとの絆を生み出して、カードが力を取り戻したといいうよりも、その世界のライダー相手に得意そうなことを言っているけど、実際は、その相手のために何かやっているというようなことは無くて、自分だけのため、というか、そのライダーよりも自分が上だと思いたいだけではないか、と思えるような言動しているわけだし。

いくぞ、と駆け出すディケイド。その後から、ディエンドにあばよと言い放って、突いていくモモタロス。ライオトルーパーとイマジンが闘っているところへ乱入していく。
ライオトルーパーを一刀の元に撃退し、消滅させるイマジン。
FFRのカードをセットして、ユウスケがはじき出された電王は、モモタロスの姿へと、変身していくわけですが、戦隊ものの怪人のように巨大化したかのような態度で、「オレ参上」とキメるモモタロス。実際は、その気になっているだけで大きくなっていないのだが・・・・。

取り戻したらしいな、というディケイドですが、取り戻したというより、カードの力で元に戻ったわけだから、士がモモタロスに言っていること、意味無かったのでは・・・・? 恩に着るという必要が無いような。通りすがりの仮面ライダーというセリフを、啖呵を切って言うのではなく、尻尾をむいて、名乗るほどのものじゃあない、というあたりは、時代劇マニアゆえか、小林女史が?
っていうか、ユウスケはただ憑依されているだけだったけど、意識を取り戻して、モモタロスと言い合うくらいの精神力があってもおかしくは無いような気がするのですが・・・・。まあ、士だけの説得だと、相手のことというよりも、いているセリフは、いい事いっているっぽく見えるのだけど、自分がいっていることが正しい、こいつのために言ってやってるとか言わんばかりのニュアンスが見え隠れしていますからねえ・・・・。

またせたな、と実体を取り戻したモモタロスが、ここからが本番だ、とイマジンに向って言う。どこまでも邪魔を、というイマジンに、「当たり前だ、俺が見つける前に世界を壊されちゃ、たまらない」というディケイド。
自分の真実を見つける前に、ということか?
「オレは最初から最後まで、クライマックスだ、途中で泣き言は聞かないぜ」と切りかかっていくモモタロス。
気を失っているユウスケは、いつまで寝ているんだとたたき起こされて、クウガへと変身する。

まあ、今まで、何故か変身しなかったからねえ・・・・・・・。

会川氏の脚本から考えると、ユウスケ=加賀美(同じクワガタモチーフだし)で、加賀美がガタックになったのは、夏ごろで、それまでは一時期ライダーになったことはあっても、基本的に、無力な人間という形で書かれていたわけだから、正体不明のディケイドに、その世界のライダーとか、殆ど、外付け変身装置で変身するし、アギトの世界でもG-3がメインになっていたのは、アギトは自己進化、その人の資質でアギトに変身するかしないか、が決まってくるわけだから、外付け変身装置が定着した今だと、親近感をもたれにくいから、アークルと同化したクウガやアギトを前面に出していなかったのかもしれません。まあ、龍騎以外のライダーは設定的には、変身するための条件みたいなものがあって、それを満たさないとベルトを装着しても変身できないわけだけど、視覚的には、分かりづらいものだからなあ・・・。
仮面ライダー剣でも、自分たちに年が近かった睦月が、子供たちに人気があったとかいう話もあったわけだし、G-3は、前にもいったように、本放送時、クリスマス商戦の時には、アギトやギルスはあったのに、G-3xだけ見当たらなかったわけだからなあ。

親近感を持たせやすいという理由で、クウガに変身させなかったということは十分に考えられるのかも。つーかー、ヒーローを変身させないで親近感を持たせるというのも、思いっきり、本末転倒な気がしてしないでもないが、変身するということよりも、その行動で、ヒーローであるということを描きたかったのかもなあ・・・。

しかし、変身して、キックをかましたのは良いが、モモタロスにって言うのは、ギャグのつもりか?

っていうか、夏海も憑依されている間、意識があったような描写があるのに、ユウスケだけ、完全域を牛ナ程立って、夏海に何かヒミツがあるのかもしれないけど、モモタロスと同じようなバカというポジションで囲うとしているのかもしれないけど、一時とはいえ、体を憑依していた、されていたわけだから、その間に、絆が生まれるような描写でもして、モモタロスの姿には面識は無いけど、俺の体を使っていた奴だろ、ということで、イマジンを攻撃するとか言う風に描く手もあったのではないかと思うのですが・・・・。
ユウスケだって、みんなお笑顔のために戦うようになるために、あれこれと模索しているわけですから、自分をなくして、いらいらしているモモタロスに対して、「自分のために戦うことから、みんなの笑顔のために戦うようになる」ために、行動しているユウスケも、自分の居場所を失って、いらいらしているモモタロスに、ン愛か言えることがあったのではないか、と思うわけで、自分の記憶をうしなっている士が感情移入しやすいのは分かるけど、それを強調しすぎて、ユウスケをバカに描くということで、キャラの扱いに関しては疑問を感じる部分がありますよね。

それとも、そういうのを愛情の現れのつもりで書いているのでしょうか?

まあ、キバやブレイドの世界では、士が何もやっていなくて、美味しい所取りしていたから、そういう部分が気になっての措置だと思うけど、主役を守り立てても、相棒キャラが何も生かされていないのでは、大して変りはないような・・・・。

そもそも、ヒーローが見た目で、相手を判断するって、ギャグでやっているにしても、やっちゃいけないことなんじゃないのか、と思うのだが・・・・・。

貴様ら、ふざけているのか、と怒るイマジン。オレは主役だというモモタロス(これに関しては説得力無いけど
。しっかりしろというディケイド(それはユウスケに言うことじゃないのか?)。キックをしたまま、謝るユウスケ。
ギャグにしても、ちょっと、やりすぎじゃないのか?
キックを受けて、曲がったクビをディケイドが戻すと、どこに目をつけているんだよとクウガに食って掛かるモモタロス(分からないでもないが、モモタロスも人のこと言えないような)。
その横で、FFRクウガのカードをセットして、クウガをゴウラムに変形させて、しかも、FARデンオウのカードで、モモタロスにデンガッシャーで必殺技w発動させて、デンガッシャーの切っ先が、ゴウラムの尻の部分に刺さるのは、ギャグとしてはともかく、露骨過ぎだろう・・・・・・・。

ギャグっぽく書いているつもりかもしれないけど、逆に露骨過ぎるのが、笑えないような・・・・。

変身が解除されて、放り出されるユウスケ。今回は、おもいっきりとばっちり喰らっているような気がするのだが・・・。

デンライナーに戻ってきたら、誰もそっぽ向いて、反応しないかと思いきや、いきなり、ハリセンとかでもみくちゃにされるモモタロス。
胴上げしたりと、皆、喜んでいるわけですが、ハナ以外、誰も言及していないわけですから、本当に心配していたのか、と思えてしまいます。
その光景を写真にとる士。

士は、体の痛みが残っているユウスケの体を引っ張ったりして、面白がっているけど、このあたりの描写が、本人ギャグのつもりでやっているのかもしれないけど、やりすぎというか、行う側の観点で書かれていて、全然、笑えない場合が多いように見えますから・・・・。ユウスケのようなポジションのキャラを痛めつければ、ギャグになるとでも思っているのだろうか? まあ、電王本放送時も、不幸描写が、なんちゃって、出しかなかったわけだし、そのあたりの描写に関しては、相変わらず、ということか。

時間のゆがみが戻って、良かったですね、という夏海。電王主人公と幸太郎も戻ってきて、時間のゆがみの原因がわかったというのだが、モモタロスたちはすっかり、解決した気でいたのだが、幸太郎がいうには、鬼の一族がうろうろしていて、「本当か?」と問うモモタロスに、主人公と幸太郎は頷いて、異変は続いていると答えるが、デンライナーにも異変が起きて、モモタロス達が消えてしまう。そして、オーナーが、「どうやら、原因は別にあるようですね。また、旅に出ないといけないようです」といい、劇場版に続くわけですが、士は、「あいつらの物語だ」というのですが、多少なりともともに戦った人物に異変が起きても、自分の世界のことじゃあないから、と知らない顔をするのと、あえて、突き放すのとは、また別の話だと思うし、あいつらの物語だ、とか言っている間に、それによって、世界が滅んでしまったら、それこそ、士の探しているものが見つからない可能性もあると思うわけですが・・・。
モモタロスの間に絆が生まれたような描写は見せ掛けだけですか・・・・。

リュウタロスに落書きされたスクリーンから、カブトの世界(東京タワーと、天を指差す右手がかかれている)が提示されるのだが、そこにジークが現れて(前は、ジークの部屋だったわけですからね)、士のカメラをみて、思う存分、私の姿を撮るがいいと言い放ち、光は嬉々として、撮影するわ、夏海を見目麗しいとかいったりして、すっかりとジークのペースなのですが、彼が落とした巻物にはモモタロスの姿が描かれていて・・・。

電王の時と同じく、劇場版と連動しているわけですが、劇場版も単体で見て、ひとつの物語として成り立ていないと(TV版を見なくても、という意味)いけないと思うし、そもそも、TV版放映時はともかく、放送終了後に、こまめに、そのエピソードをひっくり返すことも少なくなるわけですからねえ・・・・。
ディケイドだと、被害が少ないと思っていたけど、単発で見ることを念頭においていない劇場版の内容を考えると、大して変りはないのかもしれませんね・・・・・。
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by kwanp | 2009-05-03 22:38 | 特撮