2008年 10月 06日 ( 1 )

再臨

世界統一の名のもとに、従わないものたちへの弾圧を繰り広げる連邦。擬似太陽炉を装備した機体で、旧型と化したティレン、イクナトといった各勢力のMSを蹴散らしていくアロウズの量産型MSアヘッド。

その知らせを受けた反連邦勢力カタロンのリーダークラウスと、マリナの下から飛び出したシーリンは、つかまっている同士の救出を前倒しして、行うことを決定する。

まあ、アザディスタンも4年前の世界では、時流に乗り遅れていて、それを付け込まれて、内乱になりかけたことがあるだけに、強引に進められる世界の統一には、なおのkとお、納得が行かない人が多いのだろうなあ・・・・。

マネキンから、アロウズに転属するという連絡を受けるセルゲイ。って、ソーマも一緒かい(汗
しかもこの間の話って、アレルヤがつかまっていたり、知り合いだったことを考えると、彼がらみで、説得を試みるとか、洗脳するということだろうか?

同僚のとばっちりで連行され、強制労働をさせられる沙慈。って、コロニーの中で、人力で、物資を運ぶ強制労働って、分かりやすい独裁振りだなあ・・・(汗ろくな取調べも無いまま、一方的に連行されて、しかも強制労働って、のっけから、いかにも連邦が独裁を強いているということをアピールしているけど、これも二期に分けた弊害かな? なにしろ、アニメ以外では、いくつか外伝もかかれてはいるけど、死んだとされている謎のマイスターがらみのねたが中心だし、アニメしか見ない人には、世界の情勢を知るのは、アニメでしか見られないわけだけど、リボンズが中心になって、何かをやっているということも一因とはいえ、詳しくは説明されていないわけだからなあ・・・・。ぶっ通しで一年やっていれば、このあたりの世界の変化を少しはかけたのかもしれませんが。まあ、二期にわけることで、ガンダムの場合、ガンダムのキットとかを売る野がやりやすくなるというメリットの方が大きいでしょうからねえ・・・。
種以降、ストライクやインパルスといった、最初の主役ガンダムの商品をいくつも大々的に売り出すわけですが、途中で、フリーダムやディスティニーという後期の主役メカにとって変られるのは、容易に想像できるわけだけど、前半の主役メカはクリスマス商戦とかがあるから、大々的に売りやすいけど、後半の方は、売り出される商品というのは限られてしまうわけで、半年、間をおいて、二期カラスタートさせたほうが、後半に出てくるガンダムの商品も、クリスマスH操船で、大々的に売り出しやすいと思いますしね。コードギアスR"の場合、ナイトメアフレームのキットをあまり出せなかったのは、そういう時期的な理由もあったのかもしれないですよね・・・。

二期に分けたことで、こういう分かりやすい独裁振りを描く方が理解されやすいのかもしれないけど、ある意味、種デスと大差ないような・・・・。

ガンダムWとかがよく引き合いに出されるけど、どっちかというと、新連邦が発足して、それに対して反発するというのは、どっちかというと、ガンダムXの方が近いような気がするような。
00の場合は、ガンダムXのような世界が大きな傷を追うような大破壊は起きていないけど、ぱっと見違うような印象があるのかもしれないけど・・・・。
悪役じみたやり口は、種の大西洋連合を思わせるところもあるが。

コードギアスのシュナイゼルの言うマシな方に着くというやり方なのでしょうかね?

ソレスタルビーイングも行動を開始するわけですが、ティエリアがセラヴィーで出撃し、彼、おそらくは刹那が来るのを待っているかのようなセリフを。

沙慈たちがいる強制労働の場を狙って、アロウズがその強制労働の場にいる捕虜たちを粛清しようとするのだが、そのアヘッドのパイロットの中に、ルイスの姿も。
って、すごいすれ違いというか、一歩間違えれば、ルイズが、知らなかったとはいえ、沙慈を殺していた危険性もあったわけで、のっけから、シャレにならない光景が繰り広げられているよなあ・・・・。

救出作戦を展開するカタロン。それを狙って、出撃するアロウズ、そして、一人、潜入する刹那。

アロウズは、カタロンのメンバーが居る強制労働の場に、オートマトンという虐殺兵器を投入して、始末しようとするわけだが、そこを刹那に助けられ、数年ぶりに、かつての隣人たちは再会する。
仲が良かったというほどではないにしろ、姉が居て、恋人の尻に敷かれて、というそれなりに幸せだった頃を思い出させるには十分な再会ですから。

沙慈をつれて、逃げながら、刹那は、こんな風な世界は望んではいないという刹那。
彼が少年兵として、利用され、戦っていたころから、何も変っていないというわけですが、時代の先を行くエネルギー技術を手にして、ソレスタルビーイングという敵の存在によって、団結したはいいけど、あくまで、それは一時的な緊急措置というものでしかないわけだし、各地には、色々と問題が山積みされている。武力で抑えていた奴が居なくなって、そいつらを追い払った連中が、今度は、頭も使って世界をこんな風にしてしまったわけで、ソレスタルビーイングによって、もたらされた変化自体が招いたゆがみともいえるわけですしね。

そういう意味では、刹那にも、原因があるし、リボンズに操られたオコーナーのやっていたことを、食い止め切れなかった、ソレスタルビーイングにも、こういう世界を招いた責任の一端はあるでしょう。

ボロボロのエクシアで、アロウズと戦うものの、擬似太陽炉を使った新型の前には敵わないで、
苦戦を強いられるわけですが、刹那にしてみれば、自分たちが戦い、多大な犠牲の末にやってきた時代は、今までと変らないで居るわけだし、リボンズが作ろうとしている世界は、おそらくは、彼らが、作られた存在であることを考えれば、優れた人種によって、統治された管理社会だと思うのだが、世界を良くしていく為に優れた人間が必要とされるのではなく、優れた人種が納めるから、何の疑いもなく、すばらしい世界だと信じられて、その偏った世界を営んでいくために、不都合な要素や人々は切り捨てるということか?

ガンダムマイスターも、最初は、全員、イノベイターのような存在で、構成しようという案があったらしく、それは結局、イレギュラーなスローネの三兄妹にとどまったわけだが、基本的に、素材が優秀な人材を生み出すことは出来ても、その後の教育とかで、まっすぐに育ちもするし、場合によっては大きくゆがむわけですからねえ。リボンズは、そういう弊害の結果生まれたものなのでしょうかね?

彼が世界を治める前段階として、連邦やアロウズに、やりたい放題暴れさせて、悪役としてのイメージを印象付けて、用済みになったらリボンズ達が前面に出て、救世主みたいな顔で、世界を納めようとするのかな?

それとも、それすらもイオリアシュヘンベルグの計画(オコーナーのような存在が現れることも計画のうち?)であり、人々が自分の生きていく世界のあり方に関して、世界を良くしていく為に、自らの頭で考えるようにする布石ということでしょうか?

刹那からしてみれば、小さい頃に神は居ない、神はその名のもとに、大事なものを奪っていく世界は、代わらずにそこにあるわけで、4年間、放浪していった間にも、そういう光景がそこかしこで繰り広げられていたでしょうからねえ・・・・。

しかし、第一期でも、次から次へと新型が出てきたり、すぐにガンダムが苦戦に陥ることになっていたので、あまり、アヘッドとかに、エクシアが押されるのを見ても、苦戦しているというイメージは、あまり、抱けないのですけどね。
ガンダムWあたりは、ヘタすれば、ヒイロたちがガンダムよりも、リーオーやトーラスに乗って戦って戦っていたというイメージの方が強かったりするので、そのイメージに比べると、エクシアに乗ったまま、しかも、間に4年間の空白があって、その間、どう戦ってきていたのか、ということを知らないので、いきなり、ボロボロのエクシアで、しかもこの後、新型に乗り換えるのが分かっていると、苦戦していて、あっちこっち、破壊されても、あまり、相手が強くなっても力の限り戦っていルト言う説得力を抱きにくいような・・・・。
そういう意味では、製作陣のひいきがあったとはいえ、SEEDDESTINYで、シンがフリーダムを、インパルスで撃破するという演出に説得力を感じられたのは、ある意味、凄かったのだな、と改めて考えさせられるのだが・・・。

なぜ今になって現れたということはエクシアで各地を転々としていないで、エクシアを隠して、放浪して、世界を見て回っていたということなのだろうか?

今のところ、ソレスタルビーイングの活動で、その隙をつかれて、今のような世界になったわけで、それを考えると、ソレスタルビーイングの面々の活動の仕方によっては、その言動に対する評価を安易に認める訳には行かなくなりそうですしね。

クラウスは好機とかいい、シーリンなH、自分たちが武力介入の対象になるかもしれないということですが、今のところ、カタロンは連邦に反抗している勢力ですが、そのために、人々を苦しめたり、そのことを口実にして、連邦に対抗するために、手段を選ばなくなったら、即座に武力介入の対象に、いつなってしまってもおかしくはないでしょう。

ティエリアのセラヴィによって、危ないところを助けられるわけですが、沙慈は、刹那に怒りをぶつける。
そのティエリアのサジに対する発言だが、一歩間違えれば、「俺らは世界の真実を知って、世界をよくするために戦っているんだよ、世界の真実を知らないで、ぬくぬく、平穏に暮らしていた奴が、わめいてるんじゃない」というようなセリフを投げつけるわけだが、ティエリアもロックオンを失ったり、ヴェーダとのリンクを切り離され、自分の頭で考えないといけなくなり、力を蓄えるために、潜伏しなければいけなくなったということだが、あくまで、それは戦う意思と力のある人間が、自らの責任で行動して、その結果であるわけで、そういう犠牲を払いながらも、立ち上がって、果たさないといけない目的や守らなければいけないもののために戦わないといけないという覚悟があってのことであって、ソレスタルビーイングは、自らの目的のために、世界を戦乱に巻き込んでしまったわけですからね。
だから、世界に対する罪矢責任はあったとしても、ティエリアのようなセリフを、沙慈にぶつけるのは、戦う側の傲慢を、守られる側に、守ってやっているのだぞ、と戦う側の傲慢をぶつけているようなもので、4年間という時間はティエリアに、中途半端な成長しかもたらしては居ないのではないか、と思えてしまうのですが。
そりゃ、自分あっちの世界に関して、しっかりと自分の頭で考えて、行動しないといけないのでしょうけど、力を持っているものが、力を持っていないものに、そういう覚悟を一方的に突きつけるというのは、違うと思うのですが。
ソレスタルビーイングの行動は、あくまで劇薬であるわけで、その反応も、極端になってしまい、ダメージだって高くならざるを得ないんですから。そういうたぐいの行動する人間の覚悟をもって、行動する方はいいけど、それに巻き込まれて、大事なものを奪われても、世界をよくするためだ、我慢しろといわれて、納得しろというほうが難しい。
まあ、刹那なら、力なきものが大事なものを奪われるという実感を、理解しやすいわけですから、まだしも。

考え方が王留美寄りなのか、そういう厳しいセリフをぶつけて、あえて、沙慈を力づけているつもりなのか(こういう言動は、根底に傷を追ったガゆえの優しさがナイト、ただの傲慢なのだけどね)?
刹那が何も言わないのは、自分たちの行動で、傷ついたものたちに対して、後から言葉で何を言っても、言い訳にしかならないわけで、その怒りを正面から、受け止めているということなのだと思う。

とはいえ、水島監督、ティエリアに関しては、人間じゃあないですから、という発言を盛んに繰り返していたとかで、今回のような嫌な発言とか、刹那やアレルヤに言わせるわけには行かないような発言を、彼にやらせて、作品に対する不評を抑えようということでもさせる気じゃあないだろうなあ、とか思えてしまうし。
まあ、確かに、己の役目を果たすために嫌われ役を行うということをする人はいるが、嫌われ役をそういうい意思のもと行うのと、嫌われ役をつくって、そいつに、マイナス感情をぶつけさせるのとでは、ちょっと違うと思うのですけどねえ・・・・・。
そういう補正演出を露骨に屋って、ティエリアに対する同情も引き出そうとかいうことまで考えているんじゃないだろうなあ(汗
下手をすれば、コードギアスみたいな、派手な展開で、興味を引くということを優先して、ストーリーが置き去りになってしまうことが繰り返されそうな気が(汗

相変わらず、飲んだくれているスメラギとか、仮面キャラになったグラハムとか、アロウズに入隊していて、セルゲイの前に現れる息子とか(父親へのコンプレックスとかいうのか?)?
監禁されているアレルヤ。

まあ、顔見世編としては、ある意味、第一期よりも、派手な引きだったなというのが正直な印象ですね・・・・・・。
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by kwanp | 2008-10-06 14:40